Dufftown 街角ミュージック

マイナーパワーがこの世を救う。今こそ日本を大和民族の手に取り戻せ!連綿と受け継がれる日本と大和民族を護ろう。 害人天国を~、ブッ壊す!

タグ:秩父鉄道

1010F、大雪に消されたラストダンス

2月の土休日には1000系1010F の固定時刻運行が行われるというので、当然、予定を立てて狙いに行った。
本来行くはずだった2月9日は、一発目の大雪orz、その翌々日=11日朝から車を飛ばしてあの定番ポイントに…。

幹線道路上は除雪も進み問題なく走れたのだが、脇道はまだ雪が結構残っていたorz。

そうはいっても、残雪と絡めて撮るという機会が出来たのは非常にラッキーな事であった。

ct1010feb14a


実は羽生に向うところから撮るつもりでいたのだが、国道125号が予想より混んでいて間に合わなかった。国道125号では予想できない様な混雑や渋滞が起きる事があるので始末が悪い。

絶好且つ有名な撮影地という事で、既に混み合い始めていたが、返しの三峰口行きだけは必ず押さえようとポジションを取った。 残雪がレフ版の役割をして、光を持ち上げてくれるかと期待したが、微妙に曇ってしまった為かどことなく冴えない。

1003F も他のスジで動いていないかと期待してはいたのだが、居合わせた方から、故障で動かない状態であるという情報を受け取ってしまった。


ctc7502@arak01

参考までに、7500系7502F 長瀞に春を告げる不動寺の火祭りH.M. 付き 関東平野部での降雪は冬の終りに多いのだが、まさか雪+火祭りというコラボで春を告げようなんて…ww。

午後の三峰口からの返しは熊谷行きだという事だったので、ひろせ野鳥の森駅付近に移動。 ここでも線路上には結構な残雪があり、ステンレスカーでもボーナスショットになるという事で、何本か撮って時間を過ごした。
そして件の熊谷行きも、そこで確実に撮ろうと駅の横の道の上でスタンバイ。

しかし、そこで予想外の事態が…、 1000系と直ぐに判るあのブタ鼻のヘッドライトは見えず、来たのは別の車両!ガ――ン!+orz 

大雪の影響で車両運用が変更になったのか?
何せ、三峰口の辺りでは熊谷の様な平野部とは状況が大きく異なっていたのかも知れない。 羽生経由で熊谷まで行って、ここであっさり引き下がるのは納得が行かず、ひろせ野鳥の森駅の真横まで移動して、もう一つ後のスジまで待つ事に賭けてみた。 そしてその結果は…


ct1010feb14b


諦めずに粘った甲斐もあって、今度こそ、キタ――ッ!
何とか目標は達成し、無事帰京した小生だが、帰京の途中で既に、2月23日のラストランも撮りに行けないかと考え始めた。

2月23日というと、その日は秩父ウィスキー祭りが秩父神社内の秩父会館で予定されていた。 小生は強欲にも、如何したら掛持ち出来るか色々とプランを練っていた。熊谷辺りで前泊する事まで考えていたのであった。
ところが、2月14日にあの大雪が関東を襲い、全てを打ち砕いた
秩父鉄道は数日間全線運休という事態に陥り、その後も一部区間運休や間引きダイヤを余儀なくされた。 その中で、23日に予定されていた1010F ラストランは早々と中止になってしまい、最後の雄姿を拝む事は叶わず、この11日午後のショットがラストショットになってしまった。
20日頃に西武秩父線が復旧し、失意の中、秩父ウィスキー祭りに向かったのであった。 そこで、入場者が当初の想定を大幅に超えた事もあって、楽しむ事も儘ならない程の混雑に見舞われた。

その上、 DQN に随分酷い仕打ちを受ける等、あまり思い出したくない一日になった。
てなわけで、小生は結局、ダブルパンチを喰らった格好になってしまった sh*t !

neigedechichibu2014a
因みに、これが秩父ウィスキー祭りに行くために寄った際の西武秩父駅周辺の様子、2月23日昼頃の事。 秩父市内ですら「雪の壁」が散見されたのである。
三峰山付近では3mを超える積雪となった様で、実際に23日の時点でも西武秩父線・芦ヶ久保辺りでは電車が半分雪に埋まる様な感じだった。

それでも、羽生~寄居間位に規模を縮小してでもラストランを行う事は出来なかったか?
この時、オリンピックをやっていたソチでは雪不足で、遠く離れた秩父でこのザマwww


さて、このシリーズ恒例ww今回の一曲は…、
STYX は1983年のヒットナンバー、" Don't Let It End " (
11枚目のアルバム" Kilroy Was Here " から、あの有名曲" Mr. Roboto " 後続のシングルとして彼らの代表的なヒットの一つとなった。


如何いう曲かについては、この動かない動画、若しくはこの古いライブ映像でも御覧頂きたい。 

What can I do ?  Pictures of you still make me cry
Trying to live without your love, it’s so hard to do
Some nights I’ll wake up
I’ll look at your pillow hoping that I’ll see you there

But I get up each day, not much to say  I’ve no where to go
Loneliness fills me up inside ‘cause I’m missing you
So if you’ll give us a chance to remember the love we had once together
Wait and see, time is all that we really need
I’m praying you won’t say no, I mean to tell you

Don’t let it end  Baby, we could have so much more
Don’t let it end  Honey, please don’t walk out that door

I’m telling you baby, I made my mistakes
But I’ll make you this promise to do what it takes
I’ll be there to protect you and hold you tight
You’ve got my loving baby, every single night

Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way
Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way

Don’t let it end  Baby, we could have so much more
Don’t let it end  Honey, please don’t walk out that door
Don’t let it end, I’m begging you
Don’t let it end this way
Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way No, no, no  

No, no, no...
What will I do ?  If you say we’re throughI need you to stay, honey
Don’t let it end this way...


DeYoung のソロのライブ映像もある!


11日の撮影の際、駅の西側から広瀬河原の車庫を覗くと1003F が留置されているのが見えて、先述の情報が正しかったと確認してしまった。
月末の時点でも、最後の砦となった1003F は故障中で、再び走れるか分らない状況だったので、1000系自体がこのまま終わってしまうかとすら思われたが、Don't let it end this way、復帰をひたすら祈りながら3月を待ったのであった。


そして、いよいよ運命の春が来る!この続きは、Part 8 で!


※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



)Chuck とJohn のPanozzo 兄弟とその友人Dennis DeYoung を中心にシカゴ近郊で結成され、1972年にデビュー。75年にTommy Shaw が加入、5枚目のアルバム" Equinox " がヒット、その後80年代初頭までの大活躍は有名。80年代中期からバンドは休止したが、1990年に復活。以降も休止と再開を繰り返す様になるが、1999年にDennis DeYoung が脱退。現在残るオリジナルメンバーはJames Young のみ。




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1000系は冬の季語?

1000系に限らず、秩鉄の撮影は、都内在住の私の場合、ワシクリ(又はヒガハス)での寝台特急撮影とセットになる事が多く、結果的にでも殆どが冬場になってしまう。

ct1005dec11a

最初は、2011年12月に石原~ひろせ野鳥の森駅付近で捉えた1005F。実はこの数日後に、1005F は退役し廃車になってしまった。同編成のまさに最後の姿である。 思えば、このロケ地も武州荒木~東行田間あの定番スポット程ではないが、結構世話になったものである。 2013年12月、ヒガハスで寝台特急等を捉えた後で東北道を北上するというパターンで2回挑戦したが…。

ct1003dec13a

1回目こそこの様に1003F を捉えたが、結局これのみorz。(実はこの日の午後、上村叶恵嬢を捉えるべくウニクス南古谷に移動してしまった事もあるのだが…)
その1週間後の2回目では昼前から午後まで粘っても釣果ゼロという惨劇を味わったorz & too bad!
博打で負けたのと同じと言えばそれまでだが、こんなザマになるのなら、同日に行われた183系幕張車=旧あずさ色の廃車回送さよなら運転(一回目)を狙いに行った方が良かったと…

そしていよいよ、1000系最後の時が近付いてきた2014年1月、鉄活初めはワシクリでの寝台特急、そして秩鉄。
どうして年末の慌しくなる時期や、正月3が日のクソ寒い最中であっても埼玉の僻地wまで撮りに行くのか? 1000系狙いなんて博打に近い状態。
もう終りだからというだけではなく、又単なるノスタルジーでもない。 先頭2丁パンタの絵が撮りたいだけでもない。
これらの部分以外にも、小生を惹き付けてしまう何かを感じる様になっていたのだと思う。


ct1010jan14a

一発目からコレ!1010F 羽生行き捕獲成功!これで返しの秩父方面もこの場所で狙える事も確定!
クソ寒くてもこの青空、そこで1000系をいきなり捉えれば心も弾む!


ct1003jan14a

1003F
もやって来た!正月早々縁起が良い! と言いたい所だが…、先の1010F の前のスジで羽生に向かったその返しという事だから、羽生行きを撮り損なっているという事でもある。
この原因は北斗星の遅れ。ただでさえも「冬ダイヤ」で遅くなっている所で、更に40分以上遅延しやがった。冬ダイヤでも定刻で来ていたら、1003F を羽生行きでも撮れていた可能性は高かった。


ct1010jan14b

先程の1010F が羽生から折り返し、三峰口に向かう所。後位のパンタもギリギリ抜けた! しかし強欲な小生はw、これだけでは飽き足らず、三峰口からの返しも狙えないかと考えた

昼時からは、ひろせ野鳥の森~石原間で撮影。三峰口まで片道で、羽生から120分、熊谷からでも100分掛る。熊谷近辺まで帰って来るとしても早くて15時位という予測はついた。
 正月では日が暮れるのが早い。粘れても16時が限界だろうと思われた。季節柄、15時を過ぎると少し暗くなり始める。近隣の電柱や住宅等の影にも一層の注意が要る。
その上、万が一曇られた時(SS が稼げない)の事も考え、野鳥の森駅の方に近付いてのリハーサルもした。
結局曇られる事もなく、15時22分、報われる時がやって来た

ct1010jan14c

執念のショットと言いたいところだがw、サイドが少し翳り気味で、 あまり良い画像とは思えない。それでも熊谷行きを何とか撮れた。
枯れ芒が結構凄い状態w、正月を迎えるに当って、草焼き位はして欲しいものだがww


この一方で1010F に先行して三峰口に行った1003F は三峰口で昼寝をしてしまったと思われる。
ワシクリと合わせれば、結構な釣果を挙げた鉄活初めという感じであった

という事でございましてぇ~、 今回の一曲は…、

国鉄101系が秩鉄に1000系として最初にやって来た1986年
イギリスのバンド、LEVEL 42 が放った大ヒットナンバー、" Something About You " (
どの様な曲かについては…、
このPV近年と思われるライブ映像を参照されたい。

Now, how can it be that a love carved out of caring, fashioned by fate
Could suffer so hard from the games played once too often
But making mistakes is a part of life’s imperfection born of the years
Is it so wrong to behuman after all
Drawn into the stream of undefined illusion
Those diamond dreams, they can’t disguise the truth

That there is something about you, baby, so right
I wouldn’t be without you, baby, tonight

If ever our love is consealed, no one can say that we didn’t feel
A million things and a perfect dream of life, (gone…) fragile but free
We remain tender together, not so in love
It’s not so wrong, we’re human after all
These changing years, they add to your confusions
Oh, and you need to hear the time that told the truth
Because there is something about you, baby, the way you are, so right
I couldn’t be without you, baby, tonight
 
I know there is something about you, baby..
And I couldn’t live without you, tonight...
 

今回はここで終わらず、初撮りの行掛けの駄賃となった中から2点を紹介する。

ct7201@hir01

7000系元東急8500系でも正調の顔を持つ7001F
2010年に1000系抹殺の刺客として導入された7000系も、2編成のみというレアな立場にとどまり、主力にはなれなかった。


ct6002@hir01

良く見ると、無茶苦茶な魔改造ぶりが光る6000系=元西武新101系 
正月らしい開運H.M.付き 種車の西武新101系はあくまでも通勤電車! 
これを2ドア化して無理矢理クロスシートを付けて、ワンマン運転しながら一丁前に急行料金なんて取る秩鉄は凄い度胸の持ち主であると言えるww


いよいよ佳境に近付くという事で、Part 7 へと続く!


※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



)Mark King、Mike Lindup を中心に1979年にロンドンで結成されたフュージョン系バンド。 1980年代後半に一世を風靡した。94年に一度解散するも2001年にメンツを変えて再結成し今に至る。
" Something About You "、" Lessons In Love " 等のヒット曲を持つ。
LEVEL 42 というバンド名の由来は、SF 作品" The Hitchhiker's Guide to the Galaxy" の中で、「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」について、スーパーコンピュータが出した答えが、"42" であるという話から来ているらしい。




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Le Dernier Automne ~遂に2編成だけになった最後の秋~

秩父鉄道を撮りに行くというのは小生にとって容易い事でもない。2013年10月の1001F ラストランも関越道の渋滞に阻まれるのが必至でダイヤの関係上順光で撮れる所は非常に少ないと思われ、早々に諦めてしまった。

同月下旬のある日、ワシクリ(八甫)でカシオペア・北斗星、更には黒小屋踏切付近で貨物列車も撮影し、その日の午後、一年半ぶりに秩父鉄道を撮影出来た。ただ、1001F が消えた直後であり、1003F1010F しか残っていない状況だった。 東京から70㎞程離れた所まで行って、空振りという超惨劇を味わう可能性も覚悟しなければならなかったのだが…

ct1003oct13a


武州荒木から新郷寄りに少し行った場所で…、この日は意外と簡単に1003F を捕獲! 羽生行きの後追いだが、フレーミングが強気過ぎてカツカツww。

秩鉄の架線柱は基本的に貧乏臭く見えるがw、脇の電線類が貧乏臭さに拍車を掛けるww。更に中途半端に所々立っている木製の柱は如何にかならんのか?

この返しを撮るべく光線状態を考えた上で、持田~熊谷間への移動を決意。その途中で1010Fが羽生に向かうところを目撃し、ダブルで行けると喜び勇んだが…。

行田市内の125号が渋滞していて(その原因が爺婆や女のドライバーだったりするとホンマに腹立つわ!)、着いた時点で 時間に余裕が無くロケーションを殆ど吟味出来なかった。取り逃がす事こそ避けられたのだが…、その結果がこれである。

ct1003oct13b


このポイントは持田寄り、国道17号BP・125号が交差する持田インターから西に約200m程のポイントだったのだが…。 秋らしい空色+出しゃばらない程度の草の緑オレンジヴァーミリオンが映える。

しかし、電線類の影が…酷い!予想以上に酷くて最悪! ガーン! 電線類がばらけて纏まっていない場所はN.G. であった。

実はこの近くでもう少し纏められている所があったわけで、そこを選ぶべきだった。ただ、10月末というと太陽も低くなってくる季節だったので、電線類以外にも建物や電柱の陰にも警戒が要るから一層ややこしい

ct1010oct13a


1003F の一つ後で1010F がやって来た 1010F が来るまでの間にロケーションを吟味して移動出来た筈なのだが、何故かそれを怠ってしまった。

実はここから400m程西にあるパチンコ屋(某G**A)駐車場の裏手ではもう少しマシに撮れるポジションがあったのである。 反省すべき所は色々見つかるわけだが、2編成のうち片方だけでも捉えられたら良しとしようと思っていた所で、両方押えられたのは非常に幸運だった。

てなわけで、1000系に捧げる今回の一曲は…、

Paul Davis註1)のヒットナンバー、" '65 Love Affair "(1982) (註2

'65 とは1965年の事を指すが、小生はまだ生まれていない。この曲自体は色褪せず変る事無く心に生き続ける10代の日々の想い出を歌ったものである。
小生にとって、国鉄101系は幼少期の、秩鉄1000系となっては中年の日々の想い出として心に生き続けるという事なのだろうか…。


どの様な曲かについては、このHD の静止画wwを御参照して頂きたい。


I was a car hop, you were into be-bop
You sang..., do wop diddy wop diddy wop doo
All of them changes you put me through
If I could go back again, well, I know I'd never let you go
Back with all of my friends to that wonderful '65 Love Affair
We weren’t gettin' nowhere, but we didn't care
It was a crazy '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clear
Oh, I still can hear, I can hear it baby

Well I acted like a dum-dum
You were bad with your pom-poms
You said, ooh wah go team ooh wah go
Ooh-ee baby I want you to know
If I could go back in time, well, I know somehow you'd still be mine
I wouldn't be so blind to that wonderful '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clear Oh, I still can hear, I can hear it baby

Well, I tried to make you give in
One night at the drive-in
You said, oh no baby, oh no woo
All of them changes you put me through
If I could go back in time, well, I know somehow you'd still be mine
I wouldn't be so blind to that wonderful '65 Love Affair
We weren’t going nowhere, but we didn't care
It was a crazy '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clear
Oh, I still can hear, I can hear it baby

We sang doo wop diddy wop diddy wop doo
Doo wop diddy wop diddy wop doo (repeat 5 times)

If I could go back again, well, I know I'd never let you go
Back with all of my friends to that wonderful '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clearOh, I still can hear, I can hear it baby
'65 Love Affair
We weren’t going nowhere, but we didn't care
It was a crazy '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clearOh, I still can hear, I can hear it baby...(fade out)


1965年といえば、101系の製造はほぼ終了して、103系に移行していたが、80年代初頭まで 中央快速線・中央総武緩行線は101系で埋め尽くされていたのであったが、実はこの路線に閉じ込められてしまっていたという方が正しいのかも知れない。

この歌の中に、Rock 'n' roll was simple and clear という件があるが、60年代は元より、小生が幼少期を過ごし、101系が活躍していた1970年代でさえ、今と比較すれば世の凡てがsimple and clear だった気がする。実際はそう思わされていただけなのかも知れないがww。

この企画、まだまだ引っ張ってやるぜぇ~、Part 6 に続く


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註1)1948年、Mississippi 州生れのシンガーソングライター。ロックのみならずカントリーもこなし、" I Go Crazy "、" '65 Love Affair " 等のヒットも放つが、90年代以降は表舞台から姿を消す。2008年4月、60歳を迎えた次の日に心臓発作で死去。
註2)1981年発表のアルバム" Cool Nights " からのシングルで、彼最大のヒット曲となる。 最初のタイトルは'55 Love Affair だったが、レコード会社から'55~ では若年層へのアピールが足りないと云われ、'65~ に変更された。本人はこの曲をあまり気に入っていなかったとも言われる。




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蒼い稲妻?、これも結局一度きりだった orz&泣

小生がスカイブルーこと1001F を捉えられたのは、2012年4月中旬の事であった。
Part 2 の チョコバナナこと1007F と同日であったのだ。この日は、先ずは朝、ワシクリ(八甫=県道との立体交差)で寝台特急2本と臨時列車を撮ったが、その後、武州荒木~東行田のあの定番ポイントに向かった。


ct1001apr12a

午前10時過ぎの熊谷行きでいきなり捕獲成功!と思ったら、思いっきり面潰れ。この場所は冬の場合、10時位でほぼ完全順光になるのだが、4月だと太陽が南方向へ回り込むのが遅かったのは計算違いだった。

ct1001apr12b

しかし、その後、熊谷行きの返しに当る羽生行きは完全順光! それにしても行先表示幕の汚れが酷い…

ct1001apr12c

羽生行きの返しが影森行きとなったところを新郷駅付近で撮影。
この一本後がPart 2 1007F であったが、前位パンタを完全に抜ききれんかった(要懺悔)


ct1001apr12d

影森行きの返しのそのまた返しを、前出の定番ポイントの午後アングル(線路を挟んで反対側)で撮れた。
この約30分後、Part 2 の 1007F も捉えてから、高速を飛ばして帰京し、秋葉原のスタジオでのモデル撮影に臨んだ (その撮影記は2013年1月に掲載済み)。
一日の内で、寝台特急~秩父鉄道~モデル撮影会なんて云うスケジューリングはあまり聞かないw。


リバイバルカラーと称して旧国電風に単色化された1000系の中でも、スカイブルー1001F は結構人気があったと思われるが、京浜東北線で101系が使われたのは1970~78年の間でしかなく、しかも5編成のみ(約7%)と超少数派でしかなかったので、小生の中では101系と青22号は結び付き難いのである

小生がこの1001F を捉えられたのはこの日の4枚だけだった。その理由としては、秩父鉄道はどちらかというと地理的に追い掛け難いものであり、他のネタとの兼ね合いがあって、この後1年半程、秩父鉄道から遠ざかってしまった事が大きい。
更に丁度この時期、小生の車が原因不明のトラブルを抱える様になり、遠出をする事が困難になってしまったのである。遠出の為にレンタカーを借りる始末にもなった。そういう間にも1000系の運用は減って行き、殆ど運用に就かない日もかなりあった様である。 この1001F は2013年10月12日にイベントを最後に引退し廃車になってしまった。
廃車直前の1001F の状態は相当悪く、殊に中間車からは異音が出ていたという話もある。


てなわけで、今回の一曲は…、
このブログでも取り上げた事のある、"心のお薬シンガー" こと伊藤さくら 嬢の 「 Blue Sky 」 (…全く何のひねりもないww)
この曲は、彼女が2009年にリリースした1st ミニアルバム「 7 Days Supple 」にイシューされている。 如何いう曲かについては
この動画でも御覧頂きたい。

itosak528太陽に急かされる様に 眩しい陽で目覚める
空っぽの予定に感謝して シーツに隠れる
鏡に映る起き抜け顔閃き カーテンを開いた
Blue Sky 時間忘れる程の綺麗な空
Fly to the Sky 流れる雲が
心解いて行く 前髪くすぐる風に 小さく微笑む


そよぐ風誘われた気がして 背伸びでカメラ取り出す
脱ぎ捨てたパジャマ お気に入りに袖を通した
緑をくぐり風と遊びながら ファインダー覗いた

Blue Sky 空を見上げて沢山シャッター切る
Fly to the Sky いつもの景色
光でお洒落して 私の心も光で飾り付けた


隠してた笑顔の裏側 この空は知っていた

Blue Sky オレンジ色で私を染めるから
Fly to the Sky 誰も知らない素直な顔になる
気付かれない様に強がり蹴飛ばす
Blue Sky 特別はない だけど贅沢時間
Fly to the Sky 街の明かりが夜を彩る頃
開けたままカーテンを笑顔でそっと閉めた


(伊藤さくらの画像は、2014年4月下旬横浜クロスストリートで撮影)

まだまだ続く、次は当然 Part 5 !

秩父鉄道1000系
種車は言わずと知れた旧国鉄101系非冷房車。1986~89年にかけて旧国鉄/JR東日本から36両が譲渡され、一部機器の交換や先頭車の冷房化を経て、最大で3連×12本が存在した。その種車の殆どが0番台だが、2両だけ1000番台だった車が含まれていた。




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オレンジ色の憎い奴www!

オレンジ色の憎い奴なんて、どこかの夕刊タブロイド紙が昔使っていたキャッチフレーズみたいだが リバイバルカラーで中央線時代のカラー=オレンジヴァーミリオン(正確には2代目)になった1003Fだが、国鉄101系と云えば、1980年代に入る頃まで中央線快速中央総武緩行線は殆どこの車だった。
103系も混じってはいたが、少数派であった。 幼少期の小生は四谷、水道橋、代々木にある進学教室に通っていて、そこへの行き帰りに乗っていた/見ていたのが101系であった。10連から3連になり、あの時絶対あり得なかった先頭2丁パンタなんて姿になっても、思い出の電車である事には変わりないのである。

ct1003dec11a
 
2011年12月上旬に 1002F を撮った後、撮影した1003F
さすが12月!空の青が美しく、オレンジヴァーミリオンが映える!(自画自賛ww)
この 撮影地は羽生・行田両市の境にある国道125号BP行田大橋のすぐそばで、何回もこの場所に通う事になるが、まだこの時点では、そこまでは思っていなかった…。
今回の3点は全て後追いになってしまったorz


ct1003dec11b

その1週間後に同じ場所で1003F を捉える、ただしやや面薄状態。 この返しの光線状態は期待出来たが…、何と失敗!orz
この後、6000系急行秩父路5号(熊谷始発)を始めとした午後の撮影にリベンジを期して、ひろせ野鳥の森付近に移動した。


ct1003dec11c

ケツ打ちながらリベンジは一応成功? 2枚目画像の列車の返しのその又返しにあたるスジと思われる。この時は午後2時すぎであったが、少し夕方っぽい感じの色が早くも出始めていた。
12月中旬と言えば日没が最も早いのであるから仕方が無いが。
毎度の事だが、フレーミングが超カツカツww、それにケーブル類の影の映り込みが恐ろしいorz。


この場所、単線にしては敷地が妙に広くww、実は片持ち架線柱が両サイドにあるのである。複線化計画でもあったのだろうか?
画像に映ってはいないが、使われていない架線柱に電線類が掛けられている。 線路の向きと光線状態の関係を考えると、冬場向きなのだが、太陽の角度が低い事が絡んで、電線類がえげつなく映り込んでしまう。

 
今日はこんな所です、というノリで、Part 4 に続く!


秩父鉄道1000系

種車は言わずと知れた旧国鉄101系非冷房車。1986~89年にかけて旧国鉄/JR東日本から36両が譲渡され、一部機器の交換や先頭車の冷房化を経て、最大で3連×12本が存在した。その種車の殆どが0番台だが、2両だけ1000番台だった車が含まれていた。



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