Dufftown 街角ミュージック

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カテゴリ: wine

Paul Jaboulet Aîné(ポール・ジャブレ・エネ)のHermitage La Chapelle というと、90年代まではJean Louis Chave(ジャン・ルイ・シャーヴ)やChapoutier(シャプティエ)等と共にHermitage(エルミタージュ)の巨頭と呼ばれたが、15年程前に身売りしてボルドーのChâteau La Lagune(シャトー・ラ・ラギューヌ)を所有するベルギー人のJean Jacques Frey(ジャン・ジャック・フレイ)及びその一族の所有となり、娘のCaroline Frey(カロリーヌ・フレイ)がPaul Jabouletの指揮を執る。

この蔵の歴史は1834年に遡るが、初代Antoine(アントワーヌ)の後、その双子の息子Henry(アンリ)とPaul(ポール)が引き継ぎPaul Jaboulet Aînéという形にした。その後はLouis(ルイ)、Jean(ジャン=ルイの弟)という具合にジャブレ一家の下で操業を続ける。ローヌワインの一大レジェンドとなった1961年ヴィンテージはルイの時代の物である。Hermitage La Chapelleで所謂パーフェクトワインは1961、1978、1990の3つのヴィンテージである。これら以外でも怪物の様なそれこそ魂をブチ抜かれる様な作品は幾つも存在する。

90年代に入るとGérard(ジェラール)の弟で共にメゾンを牽引していたJacques(ジャック)がスキューバダイビングの事故で働けなくなる。そして1997年にジェラールが55歳で急死するとリーダー不在の状態に陥り、世代交代にも失敗。ここから経営悪化が本格化する。そしてそこから10年も経たずに身売りである。
ポール・ジャブレを離れた元当主のNicolas Jaboulet (二コラ・ジャブレ)は2007年から、Beaucastel(ボーカステル)でお馴染みのPerrin(ぺラン)一家にくっ付いてMaison Nicolas Perrin(メゾン・二コラ・ぺラン)というネゴシアンをやっている。
(Nicolas Perrinとしての最初のHermitage=2006も飲んだ事があるが、ハッキリ言って大した事は無かった。並の波程度でワロタ)


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ここからはワインのインプレッションに入るが、色の話からすると、25年という割に色は若い。僅かにルビーパープルも残っている、ガーネットにはなり切っていない。色の濃さも深度も結構ある。
出て来たエレメンツを列挙して行くと
黒文字、楠、丁子、スターアニス、リコリス辺りがいきなり先行。そこから少し遅れてカシスブルーベリーシャンボールリキュールブラックチェリーが恰も真打の様に登場。
更に続いて出て来た脇役達はBénédictineJägermeister、Earl Grey、キームンティー、ハスカップエルダーベリー、竹炭、シーダー杉、檜、紫無花果プルーンリエージュシロップ
そこから更に出て来たものは、コリアンダーシード、カユプテ、セルリアック花椒乾燥セップ茸、トリュフ


全体的躯体を俯瞰して見ると、何処となく昔のボルドー(殊にRive Gauche)を想起させる所が結構感じられ、そこも含めて流石のHermitageだと思う。少なくとも言えるのはCôte Rôtie(コート・ロティ)とは明らかにベクトルが違うという事。勿論Cornas辺りとも違う独特のベクトル感である。此奴も正当なHermitageだと言えるだろう。

酸もタンニンもまだまだ全然しっかりしている。このクラスのワインなら普通に当り前でなければならない筈の事が有難く素晴らしく見えてしまう。何かが圧倒的という所はないが、総体的にまだまだ全然boldで、且つ端正に締まって見える、美しい。無論静かでも長い、フィニッシュに掛けて凄く盛り上がるとかいう訳で無いのは残念に思う部分もあるが、しっかり溶け込んだ一体感はガッチリ主張して長い。ワインとしての質感も文句なしどころかスゴイに近いが、それでもこの状況は蛹化以上だが羽化以下という所か?

嘗ての名門も今は色々な意味ですっかり変わってしまったが、超逸品だったHermitage La Chapelleが辛うじて昔の懐かしいその姿であった最後の作品かも知れない。(テイスティングは今年5月)

最後に採点結果を言うと… 18.5/20



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日本版蛎殻町というと人形町とか茅場町や兜町の隣で、有名な水天宮のある所である。まさに都心部と全然呼べる場所である。水天宮は安産祈願等で有名だが、その主な祭神は天之御中御主神、安徳天皇となっている。そして、総本宮(本社)は久留米にある。安徳天皇の母=按察使局(あぜちのつぼね)伊勢が久留米に逃れて、1190年頃筑後川沿いの場所に水天宮を祀ったのが始まりとされる。
さて、そんな「都心に南アフリカが爆誕した」ってどういう事と思われるだろうが、爆誕したものは爆誕したのである。勿論。南アフリカ共和国の領土がいきなり日本に食い込んで来た訳では無い。


南アフリカワインを専門に扱うワインショップが都内に存在するという記事は2019年10月にアップしている。
その時の記事では…
>南アフリカワイン専門店と称する所が足立区の一寸マイナーな場所にあった!ので、思い立ったが吉日と増税前2019年9月に押し掛けてみた。その店の名は何とアフリカー(Af-Liqour)、アフリカ(Africa)とリカー(liquor)を足して2で割った何の捻りもないストレートなネーミング。
日暮里舎人ライナーの下にある尾久橋通り沿いで、西新井大師西駅・谷在家駅の丁度中間に当る様な場所にあるそんなに大きくもないマンションの1階にひっそりと所在して営業していた。如何せん非常に小さな店なので、店の2/3はセラーになっていて残りは狭いカウンターという具合で、動線を確保するにも苦労する様な所だった。


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このアフリカー(Af-Liqour)が何と、足立区の店を畳んで去年春に、Wine Square a2 by Af-Liquorとして日本橋蛎殻町なんていう都心部の場所に店を構えたのだ。しかも足立にあった時より店が明らかに広くなっているが、足立の時と比べて2倍になったのだとか。移転のアナウンスも去年3月末にショップのYouTubeでコッソリ突然やった感じだった
南アフリカのワインを大々的に扱う店で実店舗というとここ以外は小生も知らない。(EC専門なら幾つか存在するのを知っている)


因みに店主の小泉氏曰く、「株式会社ANPAN代表。南アフリカワイン専門店のアフリカー(https://af-liquor.com)を運営中。ソムリエ(JSA)。 他に旅人シェアハウスを運営中。 南アフリカワイン良さを日本に広めること、それと、旅人を増やすこと。 遊びに自分の事業。全て満喫できるようがんばります!!」(同氏Twitterより)

その店のスペース、以前は中古自転車の店だったらしい。セラーは地下フロアにあって地上のフロアには売り場とテイスティングのスペースがある。(有料のテイスティングは1種類で300円、3種で800円、6種で1500円)いずれにせよ、足立の時よりスペースには全然余裕があって、買い物がし易い。ここまで来ると、小さな南アフリカが爆誕したと言っても良いかも知れない。

蛎殻町での初の買い物はシラーのワイン2種類と相成った。
左画像から、Boekenhoutskloof(ブーケンハーツクルーフと読むらしい)が作り出すSyrah100%のワイン。ヴィンテージは2016で、7個の椅子が並んだラベルはこの生産者の最上級レンジの特徴でもあった。「あった」と書いたのは訳があって、これに使う葡萄からより厳選した物でPorseleinberg(ポルセレインベルク)という別のプレミアムブランドを作り始めたからである。
現在ここの蔵を率いる人物はマーク・ケント(Marc Kent)。
Boekenhoutskloofとは、アフリカーンス語で「土着の橅の木」を意味していて、南アフリカ#1のワイナリーに選ばれた事もある(2008)。Franschhoek(フランシュック)で1776年に創業した南アでも老舗名門ワイナリーで25haの畑からワインを作っている。葡萄樹はブッシュスタイルで仕立てられ、栽培はオーガニック。
Franschhoekはコースタル・リージョン(Coastal Region)地域の南東部にある小さなエリアで、有名な生産地であるパール(Parrl)・ステレンボッシュ(Stellenbosch)に隣接し、更にはケープ・サウス・コースト(Cape South Coast)地域のエルギン(Elgin)にも境を接する。
17世紀末、宗教迫害を受けて南アに移民したフランスのカルヴァン(Calvin)派プロテスタントであるユグノー(Huguenot)の人々によって開かれたワイン産地で、フレンチ・ユグノー文化を未だに残している「グルメの都」としても高名な街。L エルミタージュ・フランシュフック・シャトーアンドヴィラズ・ホテル(L Ermitage Franschhoek Chateau andVillas Hotel)も有名。



右画像はイギリス出身のRichard Kershaw (リチャード・カーショー)が作り出す、GPS Klein River Syrah(GPS クライン・リヴァー・シラー)
この生産者のElgin Syrah Clonal Selection 2014 (エルギン・シラー・クローナル・セレクション)2019年10月16日の記事で買ったボトルとして取り上げたが、そいつのラベルは青帯、このクライン・リヴァーのは緑帯。名前の通り、エルギン地域ではないクライン・リヴァー区域のSyrah 100%を使っている。Clonal Selectionは" cool climate, clonal select wines from Elgin "という通りにエルギンのブドウで作り、それに対しGPSは" Exploring exemplary parcels of vines from outside the Elgin region "という事で、エルギンでないWO(wine of origin=1973制定)のブドウで作る様だ。この生産者のワインはClonal SelectionGPS、" Single site, soil and clone wines from Elgin "と謳うDeconstructedの3種類のシリーズから構成される。。


R. カーショー氏は料理人で成功しつつも世界中を旅して南アフリカに1999年辿り着き、その後Master of Wine (マスター・オヴ・ワイン)の称号を獲得、2012年に自身のワイナリーを立ち上げた。赤ワインPinot Noir並びSyrahから、白ワインChardonnayから作られる。
このElginという所は、1000m級の山の麓にある標高250~400m辺りの緩斜面に葡萄畑が広がっている模様。画像を見る限りアフリカとはイメージし難い様な光景が広がっていて、それこそイタリア北部辺りと勘違いしてしまう様な所である。年月をかけてなだらかに削れた様な地形で地層は非常に古い。そこで池が各所に点在していて、地中の水分は適度に保たれやすい事も窺い知れる。
20世紀初頭からリンゴを始めとした各種のフルーツの生産地として急速に発展していた位の場所で、リンゴ果汁100%の炭酸飲料として世界的に有名な Appletiser (アップルタイザー)もこの場所で産声を上げている(1966年)
南緯34度といいいながら、ブルゴーニュに良く似た冷涼な気候で葡萄もピノノワール、シャルドネが主力になっているが、そんな気候で育つシラーも実は期待が持てる。
Elginのみならず、南アフリカでは10億年の歴史を持つ古い土壌が露出している所が多い。加えて気候の面では、南極大陸から海流で運ばれる冷たい海風が大陸の暑さを吹き飛ばし、ブドウ畑の気温が低く抑えられるという事らしく、その海流の水温は5℃位だという。


買い物の際に店の人と話していると、この両銘柄をローヌのワインで例えると前者は何しかHermitage(エルミタージュ)に似ていて後者はCôte Rôtie(コート・ロティ)をリマインドさせる様なワインだという話になった。

南アフリカはワインの産地としてはかなりの歴史がある、1659年に初のワインが出来たという記録が残っていて、アメリカより先輩となる。南アフリカという産地を決して侮ってはならないが、それを専門で扱うワインショップを実店舗でやるなんて普通は考えないかも知れない。でも、それをやってしまう小泉氏はある意味スゴイ。この店と南アの秀逸なワイン達に出会えたことも幸せだと思う小生である。



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今年初のワインの記事となるが、5月から飲酒は再開となってワインも飲みだした。
今回はブルゴーニュでもクラシックな作り手として名高い George Mugneret (ジョルジュ・ミュニュレ)の作品を紹介するが、この板では2回目(多分)。
George Mugnuret、その名は1988年に 59歳で死去した先代で、その死後は Marie-Christine(マリー・クリスティーヌ)、Marie-André(マリー・アンドレ)という 2人の娘に引き継がれて今に至る。Mugneret は Vosne Romanée では何世代にも渡って見られる名門というべき名前である。このドメーヌは先々代に当る André (アンドレ)及び Jeanne (ジャンヌ)の Gibourg (ジブール)夫妻によって1933年に創立され、その一人息子で薬剤師をしていた George に引き継がれ彼の名を冠する様になった。
ピュアで繊細にしてトラディショナルなワインを目指すという素晴らしいプリンシプル(principle)を貫いているのは間違いない。先々代の時からの畑は Mugneret-Gibourg (ミュニュレ・ジブール)を名乗り、先代はGeorge Mugneret を名乗っていたが、2009年ヴィンテージから統合され、Geroge Mugneret Gibourg(ジョルジュ・ミュニュレ・ジブール)となった。


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このワインも黄色っぽいエティケットが懐かしい。(現在は白地の物を採用)15年程度前に購入したと思うのだが、その時の相場は今と比べ物にならないほど安く、笑ってしまうレベルだが、その当時はコイツも8000円台だった様に記憶している。
現在、この作り手の特級(grand cru)に至っては¥50000に迫る等、草も生えず不毛としか言い様がない所までゴ~~ンぬっという訳である。


色は薄旨的な色の典型でクリアな大人しい感じのガーネット。くすんだ感じが微かにあるが、色調は明るめ。
拾い出せたエレメンツを挙げて行くとこうなる
第1の集団として、リコリス野薔薇、野苺、ラズベリー、赤スグリ、クランベリー、ハイビスカスティー煎ったカカオ(中南米系)ルバーブ桑の実Griottineコケモモタイベリー
サブになるものの一団は、Bénédictine、Jägermeister、Armagnac、ニルギリティー、キームンティー、黒文字、シナモン、フェヌグリーク、ハスカップブラックチェリー、プルーン乾式葉巻山査子
更にその下にはAmaro系リキュールスミレビターチョコ、楠、クコの実ドライデーツ


きめ細かいタンニンは結構大人しく見えるが、その代わりというか酸が強めに主張して全体を締めてくる。酸に締められてはいるものの、その酸がアフターまでを形成する。さすがはクラシックスタイルの厳格さがありながらシルキーなBourgogne という所か?その酸は旨味をシッカリシームレスに乗せているのが明らかで、更にそれに引っ張られる様なアフターはやや静かだが確実に非常に長い。特級(grand cru)にしては細く感じるかも知れないが、2001というヴィンテージの性格とこの生産者のスタイルがマッチしている結果と考えられる。

溶け込み感と旨味感が前面近くに出て来るのにはそれなりに時間が掛かると思った方が良い。酸が長くて美しい上に力を確実に感じさせる。厳しいながらも優しさ華麗さシルキーさそして抜ける様な青空の如きクリアネス・美しい海の様な深さがある様に見える。
(テイスティングは2021年5月)



本当に久し振りとなるスコアリングの結果だが…、18 / 20



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今回登場するCave des Clairmonts(カーヴ・デ・クレルモン)という生産者、マイナー過ぎて情報が本当に少ない。聞く所によると地元の協同組合に参加する生産者らしい。それは1972年に3つの生産者が立ち上げた協同組合らしく現在は14の生産者が加入する程になったという事で、ここもその中の一つだとか。このボトルとの出会いは恵比寿の某所。
Crozes-Hermitage Cuvée des Pionniers(クローズ・エルミタージュ・キュヴェ・デ・ピオニエ)なるワインは Crozes-Hermitage の中のChâssis(シャシ)という区画の古木のSyrah から作られるらしく、そこは非常に痩せた土壌だが葡萄は丸い小石に護られているという。
葡萄は収穫後、除梗されて色素とタンニンの抽出を優しく行うべく18~21日間かけてマセラシオンを行うが、その間にピジャージュとルモンタージュを日々行う。その後の樽熟は12カ月掛ける。まぁこれに関してはこんな所である。


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能書きはこれ位でちゃっちゃとワインのインプレッションに移る。

先ず色を見ると、少し暗めの鮮やかなガーネットだが色だけ見ると27年という割に若く見える。

拾い出したエレメンツをざっと挙げて行くと…
湿式葉巻、腐葉土、セミスウィートチョコ焼き立てのバゲットエスプレッソを第1のレイヤーとして
続いてはラズベリー古い刻み煙草、カラメルスタウト、プチグレインアロマ、ティートゥリー
3段目としてブラックチェリー、ブラックベリーハスカップ、煮詰めた黒葡萄、トドマツアロマ、Bénédictine
更にラヴェンダー八角、アニス、オールスパイス


トーンは全体的に暗いが、北のSyrah に欲しい要素はほぼ満たしていると思う。しっかりした酸とタンニンがボディを裏付ける。熟成した果実味と溶け込み感が非常に心地よい。なかなか甘美な液体に仕上がっている。意外と迫力もある。


最近まで蔵の中にあった事も(一見して明らか)あってか、まだヘタる事無くあと数年は楽しめるであろう。フィニッシュ~アフターも割と静かだが結構長いと来ている。


Crozes-Hermitageでこの出来とは全く侮れないどころか、腰抜かすヤツだっているかも知れない。小生も期待以上でビックリと同時に、これで除梗しているというのだから更にビックリ。ローヌの奥深さを思い知らされた気がする。(テイスティングは2020年6月)

採点結果発表… 18 / 20 もうこれ位遣ってもイイ!



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今年6月にテイスティングしたワインの話になるが、今回フィーチャーするのはPaitin(パイティン)として知られる作り手、Pasquero-Elia (パスクエロ・エリア)ともいう。本拠を構えるのはBarbaresco (バルバレスコ)でもNeive(ネイヴェ)区域、その南側にあるSerraboella(セッラボエラ)という所。地質が緻密で力強いワインが作れる。

この蔵は19世紀末からワインの醸造に加えて元詰を行い、当時当主だったGiuseppe Elia (ジュゼッペ・エリア)が1893年、Barbaresco del Bricco di Neive(バルバレスコ・デル・ブリッコ・ディ・ネイヴェ)という名のワインをデビューさせた。この時代はBarbaresco黎明期というべき時代だった。
その後1938年に休止の憂き目にあうが、10年後に再興される。
1965年にSecondo Pasquero-Elia (セコンド・パスクエロ・エリア)が設備を一新・葡萄樹の植え替えも行い、今の形のカンティーナを設立した。それから50年以上経った今も、Secondo の息子2人=Giovanni(ジオヴァンニ)とSilvano(シルヴァノ)がワインを作っている。現在は17ha程度の畑を持ち、Barbaresco以外にも、Dolcetto d'Alba、Langhe、Barbera d'Alba、Roero Arneis、Nebbiolo d'Alba 等を作っている


Barbaresco の場合、1.4ha前後の畑から収穫された葡萄はプレスと同時に除梗され、発酵はステンレスタンクで行われる。マセラシオンは4~6週間、26~28℃で行われる。Nebbiolo(ネビオーロ)種のブドウについてはすべて手作業で行われる。
熟成にはトーストされていないスラヴォニアンオーク・オーストリアンオークの大樽(30hl~50hl)が使われ、24ヶ月の樽熟が施される。その後瓶詰前にステンレスタンク内で2ヶ月休ませる。


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ワインのインプレッションに移る。
先ずカラーだが、全体がガーネット、深度が思ったよりある。エッジにレンガ色は入っていない。
酒質は固い、開きだすのに時間がかかった。そしてコイツの手強さを体感する事に…
最初大人しいのかと思ったら大間違い。時間経過と共に酸が貫きながら強烈に主張する展開に。続いて中々強固なタンニンも出て来る。でも、これがNebbioloという葡萄が本来持つ姿の一つの側面という事なのだろう。


拾い出したエレメンツを挙げて行くと
1段目のレイヤーとしては土、リコリス煎ったカカオ、刻み煙草、昔のFernet系リキュール
続いてのレイヤーはビターチョコプルーンブラックチェリー、ブラックベリーラズベリー古いバルサミコ酢キナリキュール葉巻
更には黒文字、白檀、その後の展開で薔薇、アフターの中から上質なニルギリティー…大体そんな所だろうか




アフターはまだまだタイトな所がある。酸とタンニンで引き締まってはいるが、その間隙を縫って出て来るものは更なるアフターの伸びを予測させる。その後は予測通り、ジンジンと迫り来る様なフィニッシュで長いアフターが演出された。

採点結果だが、18~18.5 / 20といった所だが、あくまでもテイスティングした今年6月時点の話。あと3~5年待てればもっと高い点を付けた可能性は充分ある。



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