元国鉄 101系! グランドフィナーレ

秩鉄1000系そして旧国鉄101系にいよいよ最後の時が迫ってきた
3月になって3度目の撮影だったが、これがおそらくラストになる可能性が高かったので、まだ撮った事のないポイントでの撮影を試みた。



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永田~武川間、コンクリート工場近くの踏切から。
見ての通り、光線状態はかなり良いのだが、架線が何故かここで2重になっていてその影が…、そこまで計算し切れなかったorz


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武川駅付近に移動しロケハンをしたが、電線類やら障害物やらで…ポイントがなかなか定まらない。比較的マシな所を選んで撮る事が出来たと思われる。

101系は全電動車方式を前提に開発されたものの、変電設備容量不足、更には主電動機の熱容量問題等等の諸事情も絡んで実現しなかった。これが101系にとっては大きな躓きになってしまった。
結局、国鉄形通勤車のスタンダードという地位を得たのは後継の103系である。103系登場後も細々と1969年まで追加製造が続き、製造両数は1535両=歴代5位に達したがその割りに、存在感が薄かったのは否めない。
国鉄電車の新性能化の魁とはなったが、天下は獲れなかったのであった。アリがちな話だが…。


旧国電スタイルも関東では遂に見られなくなってしまったその一方、関西では103系が阪和線・奈良線・関西本線等で往生際悪くのさばり、利用者からの顰蹙(ひんしゅく)を買っているが、 嘗て大都市圏で天下を獲った生きた化石として貴重な存在になっているとも言える。
関東では、JR に於いて101系は2003年秋に南部支線を最後に消滅し、103系も2006年春に成田線を最後に消滅している。(東北では2009年10月まで仙石線を走った)
ただ、秩父鉄道1000系の存在によって103系の後で101系が消えるという一種の逆転現象が起きたという事になる。


秩鉄1000系製造から約50年(通算で)走り続けた事になるが、曲げ・捩り剛性でE231系の2倍以上というボディの存在によるところが大きいと言えなくもない。
角度を変えれば、軽量化とコストカットを徒に追い求めた様な今時の車が如何に弱いかを表すジョークの様に聞こえなくもない。東急東横線・元住吉のあの事故を見たら尚更であるww。


ctdk102@muk01

羽生行きを狙うまではまだまだ時間がある。武川まで行ったら、貨物を狙わない訳には行かないと、期待を寄せてみたのだが…、この日の午後は単機ばっかり、damn!

そして、夕方前の羽生行きを撮るロケーションとして、八高線と秩鉄が並走するあの有名ポイントを選んだ。
有名なのは東側から撮るアングルだが、今回はその逆アングルとなる。
実際行ってみると、八高線の側にある妙な障害物が…orz、かといってロケ地変更も利かない

ct7506@yor01

リハーサルとして7500系の三峰口行きを撮り、本番に備える。撮影者は私一人、静かにその時を待つが、自然と緊張が高まる。 失敗も怖いが、万が一八高線に被られでもしたら…。

そして、この時がやって来た。自分を、機械を信じ、シャッターを切ったショットは…、成功!


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Adieu !! La Série 1000 du chemin de fer de Chichibu
originairement la série 101 du Chemin de fer nationaux Japonais

さらば、秩鉄1000系=元国鉄101系に今生の別れを!
一つの時代のアイコン、その消えゆく後姿を見送った。ラストは後追いのショットで良かったのだと… そして、気付けば秩鉄も6000系以外はステンレスばかり、この後撮りに行く事はあるのだろうかと思ってしまう。
今こそ退廃する鉄道文化を検証し、再建して取り戻す必要があるとすら思う小生であった。



標準規格だか何だか知らねぇが、糞くだらねえ手抜きの基地外 4 letter 無塗装車ばかり走らして、 何がサービスだ?何が環境だ? 冗談言うのも大概にしろ!
テメェらのやってる事はただのケチ&画一化、既に立派な貧困だ! 乗るのは人間だ、物じゃねぇ! ただの「数」じゃねぇ事思い知れ!
たとえ利用者は黙って見逃したとしてもこの懐剣が承知出来ねえとよ!
 


1000系に捧ぐ最後の一曲を選ぶのに苦悩したが…、
最終的に選んだのはこの曲!


Patti LaBelle 並び Michael MacDonald のデュエットによる超有名曲、 " On My Own " (
これがヒットしたのは1986年、即ち秩鉄に1000系が登場したその年である。
全米#1、カナダでも#1、全英では#2まで行っている。 Patty はNY で、Michael はLA で各自別々に撮った映像を組み合わせただけのPV が印象的wwで懐かしい。
それから既に四半世紀を越える時が流れている。


この曲の懐かしいPV はこちらをご覧あれ!

So many times, said it was forever, said our love would always be true
Something in my heart always knew I’d be lying here beside you
On my own..., on my own..., on my own

So many promises never should be spoken
Now I know what loving you cost
Now we’re up to talking divorce and we weren’t even married
On my own once again now..., one more time, by myself

No one said it was easy..., but it once was so easy
Well, I believed in love
Now here I stand, I wonder why

I’m on my own...,
Why did it end this way ?
On my own..., This wasn’t how it was supposed to be
On my own..., I wish we could do it all again

So many times, I know I could have told you losing you it cuts like a knife
You walked out and there went my life, I don’t want to live without you
On my own..., This wasn’t how it was supposed to be
On my own..., I wish we could do it all again
On my own..., I never dreamed I’d spend one night alone
By myself...

On my own, I’ve got to find where I belong again
I’ve got to learn to be strong again
I never dreamed I’d spend one night alone, by myself..., by myself

I’ve got to find out what was mine again
My heart’s saying that it’s time again and I have faith that I will shine again
I have faith in me...


両者は一回も顔を合わすことなく、レコーディングもPV 撮影も別個に行った。これは、曲の元々のコンセプトに忠実に作り上げる上で必要な事だったと云われている。
両者が対面したのは後に、この曲を歌うべく、" The Tonight Show "(有名なTV 番組=NBC ) に出演した時だった。


hanyu85joker549n01そして追撃編として… 左は、今をときめくイチローズ・モルトはカードシリーズからの "JOKER " 羽生1985で、Part 7 でも名が出た秩父ウィスキー祭りでお披露目された際の画像である。

イチローズ・モルトといえば、最近国内は元より、海外でも人気沸騰中で入手が非常に困難な状況が続いている。
このイベントの時もイチローズ・モルトのブースは物凄い行列で、私は一滴も試飲出来なかったorz


肥土伊知郎(あくと・いちろう)氏は東農大~サントリーを経て、実家である東亜酒造に入社、2000年同社の羽生蒸留所が売却される際には、同蒸留所のウィスキー原酒を買い取り、その管理を福島県の藤の川酒造に委託。自身も藤の川酒造の業務に携わりながら秩父蒸留所の建設に着手。2007年に完成し翌年生産開始。2011年秋に秩父蒸留所最初のウィスキーをリリースした。

羽生と秩父を結ぶ秩父鉄道はまさに、Ichiro's Malt の歩みを結ぶ鉄路なのである!
だからこそ、秩父鉄道1000系メモリアルとなるウィスキーを是非ともリリースして欲しいのである!
もし、羽生の原酒がまだ残っているのであれば、その為に少しでも使って頂きたい。これはイチローズ・モルトの責務であると言っても過言ではない!(何様のつもり?ww)



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jul. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



)Patti LaBelle =Philadelphia で1944年5月に生れる。つまり、久米宏、高橋英樹、長池徳士(元・阪急)と同い年。1962年Patti LaBelle and Bluebells のヴォーカルとしてデビュー、1977年解散後はソロに転向し、20作のアルバムをリリースしている。
Michael McDonald =1952年、St. Louis 生まれ。同い年は水谷豊、渡辺喜美、夏樹陽子、簑田浩二(元・阪急)というあたりww。1974年Steely Dan に参加した後、76年からDoobie Brothers の2代目ヴォーカルを務める。1982年からソロに転向し、数々のヒットを作り出す。特徴的な歌い方とバリトンヴォイスで有名。




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