小田急線を彩った名優達

この春終焉を迎えたのは、新幹線車両だけではない。関東で言えば、小田急の線路を彩った名優達もピリオドを迎えた。

odk5063@ebn02

最後まで残った小田急顔、5000形!
子供の頃から見慣れた面構え、このツラでなけりゃ小田急じゃない。
This is ODAKYU . でも、若い人はこの小田急顔を知らない人も多い。 本当に最後まで残ったこの1本は、オリジナルの2段窓。 正真正銘の5000形
8両固定では運用上の制約が大きくなるとされ、将来的に10両での運用も考慮されて4両ユニットで作られた。6連で登場した1段窓のものは1978年から追加された通称5200形
昔は 小田急 急行といえばこの 5000形 だったのである。


odk5163@ebn01

2600形 旧4000形 、みんなこの顔だった。 5000形 と併せたこのトリオは小田急車両の大型化を推し進めて輸送力を大幅にアップさせて今の小田急の礎を築いた大功労車である。そこに地下鉄乗入対応の「骸骨」こと 9000形 が加わるのである。 時代を築いた伝説の車も悉く消えてしまった。その代表格 5000形 も、 5200形・9000形 という盟友達を見送った後、遂に終焉を迎えたのである。
アイボリー+青帯という出で立ちも遂に 8000形 のみになってしまった。今はステンレスボディ全盛である、味気無くて萌えない時代である。


odk5063@ebn01

画像3点は全て引退イベント「The Last Greeting」にて撮影。
こういう小生だが、実は小田急にはあまり縁が無く、撮っている回数も非常に少ない。2006年から淘汰が急速に進んだ事もあり、 5000形 の走行写真は撮れずじまいだった。
繰り言の様に聞えるかも知れないが、関西では50年クラスの車すらまだ本線で走っている。
この 5000・5200 と同世代の車は主力として走り続けている。各社の個性を色濃く残す車両が関東では急速に消えているのである


小田急電鉄・5000形
急行を大型車8両で運行する為に1969年に登場。2400形の電装品と2600形の車体をベースに開発された地下鉄乗入を行わない地上線用車。1972~75は9000形の増備のために製造中断、76年から再開。
1978年には6連ユニット(通称5200形)が登場し、急行10連運用が本格化する。


Part 4 もある!

※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jul. 2012)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



当サイトは各種ランキングに参加しておりますので、画面右側若しくは記事内のバナーをクリック下さい。
御訪問の序でにその中のどれか1つでもクリックを頂ければ幸いです。


にほんブログ村 鉄道ブログ 鉄道写真へ   にほんブログ村   にほんブログ村 写真ブログ デジタル一眼(PENTAX)へ   にほんブログ村   にほんブログ村 酒ブログ ワインへ   にほんブログ村



写真 ブログランキングへ