私事だが、このサイト更新が1週間以上滞ってしまったのは、これまで5年弱使ったパソコンがお陀仏になってしまい、急遽10万を超えるローンを組んでパソコンを買い替えたからである。
注文してから届くまで4日も掛かりその上セットアップだ何だで更に時間が掛り、OSもWindows 11に替ってセットアップが結構やり難く、更に一部のアプリケーションも入れ替える破目になった。SSD等のストレージはまだ生きていたが、マザーボードが御臨終だった。
ところで、「キハ40が今熱い!」と言ったら…
「エンジンで軽油燃やしてんやから熱いの当り前やんか!」と言われればそれで終わりかも知れないが、地味な一般形ディーゼルカーに過ぎなかったキハ40ブラザーズの人気が来てる!
当たり前だが、抑々ディーゼルカーは地方線区(私鉄も含めて)で走る事が多い。国鉄末期からはみみっちくて薄っぺらい感じの車が導入されて、地方私鉄では第2世代レールバス→LE-car→NDCシリーズ・LE-DCなんていう物が蔓延っていった。JRでもキハ120(西日本)・キハ125形(九州)はNDCである。
キハ40系はボックスシートのイメージが強いが、JR西日本の2000・3000番台はロングシート化された車。そして何と言っても軽快ではないと分かる、昔ながらの重厚なルックスが「超Niceですね!」「す・ば・ら・し・い~っ!チャチャッチャチャ~ッ!」
キハ40系は両運転台+片開きドアのキハ40形、片運転台+両開きドアのキハ47形、片運転台+片開きドアのキハ48形の3兄弟である。
これは2018年になって初遭遇を果たせたキハ47。手前は3000番台・♯3001だが、後ろ側は恐らく別番台車
4年前、晩秋のある日、午前は瀬戸大橋線・備中箕島付近に行き、昼前から中庄付近で山陽本線を狙って、最後は桃太郎線こと吉備線に転戦。E73中国横断自動車道・岡山総社IC至近、足守~服部間の岡山郵便局の辺りで撮影、ここは岡山市北区でまだ総社市に入っていない。
こんな光景もあと数年で見られなくなるかも知れないと言いたい所だが…。2018年4月に纏まってJR・岡山市・総社市の間で調印された吉備線LRT化の計画だったが、例のアレの影響で財政が悪化したという事で計画は2021年に中断され、頓挫した状態。
岡山市を中心に倉敷・総社・備前・玉野という辺りのエリアを包括する交通ネットワーク=岡山県南クリーンモバイル都市圏構想なるものもある様である。(こんな餅が絵に描けるのか?)
西日本のキハ40系というと所謂たらこカラー。JR各社で色々なカラーリングの車があったが、西日本は結局首都圏でもないの首都圏色=たらこに統一した。この会社のキハ40に於いて、機関はコマツ製・SA6D125H-1A又はSA6D125HE-1に換装され、変速機もコマツ若しくは新潟コンバータの製品に換えられている。
キハ40というとDMF15系エンジン+平均で36~37トンという色々な意味で重厚な車体という事で走行性能が低く、加速力自体が低い上に、低速域の引張力が小さいので起動もトロい。電化区間に乗り入れる際はダイヤ作成の障害となった以外に、平坦な非電化線区においてもこの形式が使用される列車はこの形式でも乗れる遅いダイヤを別途に設定しなければならない等、スピードアップ阻害要因として叩かれまくって、ダメ気動車の烙印を押されていた。
キハ40系でJR東海継承車はエンジン換装でカミンズ製のC-DMF14HZを搭載、変速機も新潟コンバータ製C-DW14Aに取り換えられて、この外見でキハ75形と同じ機関を積んで、「外は国鉄・中身はJR」という或る意味でハイブリッドな車となった。
思いっ切りヴァージョンアップした東海のキハ40だが、新製されたキハ25や転属のキハ75にリプレイスされて消滅。
旧国鉄一般形気動車標準色に近いカラーリングだったキハ48形♯6502=伊勢市駅で2013年4月撮影。参照記事はこちら
アイボリーに湘南色の帯を巻くJR東海の気動車標準色・キハ48の6800番台
JRでは東海からは完全に消え、東日本からも観光列車以外では2021年に消えたが、北海道・西日本・四国・九州ではまだ見られる線区がある。その他では道南いさりび鉄道・小湊鐡道・錦川鉄道・北条鉄道で走っていて、会津鉄道でもAT-400に魔改造されて現役。最近では各種観光列車のネタ元として大々的に改造されるケースも多く、繰り返し改造されて訳が判らん様になるケースもある。
JRからは除籍されても、東南アジアへ(主にミャンマー)渡ってセカンドキャリアを迎えている車もある。
首都圏では抑々電化路線が多いので、キハ40なんてお目に掛るチャンスは少なかった。首都圏にも非電化路線はあったが、キハ35等が多かった。
そしてこの「ダメ気動車」は、21世紀の今は観光資源としても期待され、所によってはアイドルの様に持て囃され?、一部では「客が呼べる存在」とも呼ばれたりもするらしい。
こんな日が来るなんて20世紀には一体誰が想像し得たか?
Part 2へと続く!
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ところで、「キハ40が今熱い!」と言ったら…
「エンジンで軽油燃やしてんやから熱いの当り前やんか!」と言われればそれで終わりかも知れないが、地味な一般形ディーゼルカーに過ぎなかったキハ40ブラザーズの人気が来てる!
当たり前だが、抑々ディーゼルカーは地方線区(私鉄も含めて)で走る事が多い。国鉄末期からはみみっちくて薄っぺらい感じの車が導入されて、地方私鉄では第2世代レールバス→LE-car→NDCシリーズ・LE-DCなんていう物が蔓延っていった。JRでもキハ120(西日本)・キハ125形(九州)はNDCである。
キハ40系はボックスシートのイメージが強いが、JR西日本の2000・3000番台はロングシート化された車。そして何と言っても軽快ではないと分かる、昔ながらの重厚なルックスが「超Niceですね!」「す・ば・ら・し・い~っ!チャチャッチャチャ~ッ!」
キハ40系は両運転台+片開きドアのキハ40形、片運転台+両開きドアのキハ47形、片運転台+片開きドアのキハ48形の3兄弟である。
これは2018年になって初遭遇を果たせたキハ47。手前は3000番台・♯3001だが、後ろ側は恐らく別番台車
4年前、晩秋のある日、午前は瀬戸大橋線・備中箕島付近に行き、昼前から中庄付近で山陽本線を狙って、最後は桃太郎線こと吉備線に転戦。E73中国横断自動車道・岡山総社IC至近、足守~服部間の岡山郵便局の辺りで撮影、ここは岡山市北区でまだ総社市に入っていない。
こんな光景もあと数年で見られなくなるかも知れないと言いたい所だが…。2018年4月に纏まってJR・岡山市・総社市の間で調印された吉備線LRT化の計画だったが、例のアレの影響で財政が悪化したという事で計画は2021年に中断され、頓挫した状態。
岡山市を中心に倉敷・総社・備前・玉野という辺りのエリアを包括する交通ネットワーク=岡山県南クリーンモバイル都市圏構想なるものもある様である。(こんな餅が絵に描けるのか?)
西日本のキハ40系というと所謂たらこカラー。JR各社で色々なカラーリングの車があったが、西日本は結局首都圏でもないの首都圏色=たらこに統一した。この会社のキハ40に於いて、機関はコマツ製・SA6D125H-1A又はSA6D125HE-1に換装され、変速機もコマツ若しくは新潟コンバータの製品に換えられている。
キハ40というとDMF15系エンジン+平均で36~37トンという色々な意味で重厚な車体という事で走行性能が低く、加速力自体が低い上に、低速域の引張力が小さいので起動もトロい。電化区間に乗り入れる際はダイヤ作成の障害となった以外に、平坦な非電化線区においてもこの形式が使用される列車はこの形式でも乗れる遅いダイヤを別途に設定しなければならない等、スピードアップ阻害要因として叩かれまくって、ダメ気動車の烙印を押されていた。
キハ40系でJR東海継承車はエンジン換装でカミンズ製のC-DMF14HZを搭載、変速機も新潟コンバータ製C-DW14Aに取り換えられて、この外見でキハ75形と同じ機関を積んで、「外は国鉄・中身はJR」という或る意味でハイブリッドな車となった。
思いっ切りヴァージョンアップした東海のキハ40だが、新製されたキハ25や転属のキハ75にリプレイスされて消滅。
旧国鉄一般形気動車標準色に近いカラーリングだったキハ48形♯6502=伊勢市駅で2013年4月撮影。参照記事はこちら
アイボリーに湘南色の帯を巻くJR東海の気動車標準色・キハ48の6800番台
JRでは東海からは完全に消え、東日本からも観光列車以外では2021年に消えたが、北海道・西日本・四国・九州ではまだ見られる線区がある。その他では道南いさりび鉄道・小湊鐡道・錦川鉄道・北条鉄道で走っていて、会津鉄道でもAT-400に魔改造されて現役。最近では各種観光列車のネタ元として大々的に改造されるケースも多く、繰り返し改造されて訳が判らん様になるケースもある。
JRからは除籍されても、東南アジアへ(主にミャンマー)渡ってセカンドキャリアを迎えている車もある。
首都圏では抑々電化路線が多いので、キハ40なんてお目に掛るチャンスは少なかった。首都圏にも非電化路線はあったが、キハ35等が多かった。
そしてこの「ダメ気動車」は、21世紀の今は観光資源としても期待され、所によってはアイドルの様に持て囃され?、一部では「客が呼べる存在」とも呼ばれたりもするらしい。
こんな日が来るなんて20世紀には一体誰が想像し得たか?
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