今年に大きな記念の節目を迎える人や出来事・物をフィーチャーする、「2022年、大きな節目」今記事で21回目になる。始めた当初は、表面的にサラッと取り上げて羅列して行こうとも思ったが、それで気が済まなくなった。

72年のあの虐殺事件の原因になった北アイルランド紛争だが、これを題材にした映画は幾つもある。その一部を挙げて行くと…

1996年の「Michael Collins」(マイケル・コリンズ)は有名(ヴェネツィア国際映画祭でLeone d'Oro=最高賞)。この作品の主演はLiam Neeson(北アイルランド出身だがカトリック)、コリンズ氏のフィアンセ役はJulia Roberts、監督はNeil Jordan(The Crying Game=1992で有名)、Sinéad O'Connor(現・Shuhada' Sadaqat)から3曲の楽曲提供があった。UKアメリカアイルランド合作。
Michael Collins氏はアイルランド独立運動を率いた超レジェンダリーな英雄であり、今年でその死後ジャスト100年=1世紀である。
ただこの映画公開当時、映画のストーリーで史実と乖離している部分が多いと非難を受けている。これに対しN. ジョーダン氏は、「完全に現実通りというわけではない、1916年から22年にかけてのアイルランド史を知らない世界中の観客が理解出来る様なストーリーを120分以内で説明する必要があった」いう旨のコメントをしている


この虐殺事件をドキュメンタリータッチで描いた作品も勿論存在する。事件から丁度30年という年=2002年に制作公開されたその名も「Bloody Sunday」。監督はPaul Greengrass氏(Matt Damon主演のBourne Supremacy=2004が代表作)、中心キャストはJames Nesbitt、Tim Pigott-Smithの御両名。

アイルランド内戦~北アイルランド紛争という流れで、UK寄りと反UKが対立する60年代末の北アイルランドを描いた、「Belfast(ベルファスト)」は去年制作で、日本でも今年3月に公開された。監督は同地域出身のKenneth Branagh(ケネス・ブラナー)氏=61歳、という事はブラナー氏が幼少期に厭という程見て来た現実が素になっている自伝的作品がこの「Belfast」なのは論を待たない。第94回アカデミー賞では脚本賞を受賞したが、作品賞でもノミネートされている。
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アイリッシュウィスキーでは、West Cork(ウェスト・コーク)も進境著しい。画像は2013蒸留のシングルカスク

1970年代にThe Undertones、Rudi、The Outcasts、Protexといったバンドを世に送り出した北アイルランドのレコードショップ+レコードレーベル「GOOD VIBRATIONS」の創設者で、「ベルファスト・パンクのゴッドファーザー」と呼ばれるTerri Hooley(テリー・フーリー)氏の実話をもとに、その半生を描いた作品。勿論、タイトルも「GOOD VIBRATIONS」。
2013年にUKで公開された同作だが、日本での公開は2019年8月だった。
70年代といえば北アイルランドにやって来るミュージシャンは激減し、同地域の音楽産業は壊滅状態だったという。1975年にはThe Miami Showband Massacreと呼ばれる事件が起きてしまう。Miami Showband(アイルランドのグループ)が北アイルランドにツアーで訪れた所、アルスター義勇軍に惨殺されたのだ。


一向に改善しない状況にしびれをきらしてこの地域を去る若者も多い中で、ナイトクラブのDJだったHooley氏は結婚を機に、生計を立てるため1977年、ベルファストに「GOOD VIBRATIONS」を立ち上げる。
Hooley氏はこの時点で29歳だったが、70年代後半といえばパンクの時代北アイルランドの若者も当時伸し上って来ていたSex PistolsやBuzzcocksに触発され、パンクバンドを結成して行った。そんなパンクのライブを観て大いに感動し、パンクロックという新しい世界へと踏み出す。当時の厳しい社会情勢の下でも、人と人をつなぐパンクの反骨精神、そして何よりも楽しさを大切にしようと胸に誓う人間達のストーリーという事らしい。


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アイリッシュの蒸留所でも超有名なBushmillsは、唯一北アイルランドに所在する

72年の虐殺に話を戻すと、事件現場の周囲、更には市内各所に虐殺に関する壁画が描かれているのは有名。その中の代表的な物として、銃で撃たれた市民を数人の人間が救助して運んでいる白黒の絵がある、絵のその背景部分には「Civil Rights」と書かれている。その絵の中で銃撃を喰らって運ばれている人物が最初の犠牲者=John Duddy氏(享年17)。
ボグサイドでは「You Are Now Entering Free Derry」という壁画も有名。この壁画が集中する辺りはFree Derry Cornerとも呼ばれ、ウォーキングツアーも開催される。


他の場所には「Unifnished Revolution、PSNI禁止」 (PSNI=Police Service of Northern Ireland  、「Join the I.R.A.」「Victory to the Repbulican Prisoners IRPWA=The Irish Republican Prisoners Welfare Association」なんて言うメッセージの看板・壁画もある。IRAは今でも政治活動自体は行っていて、若い世代を中心にリクルーティングも継続している。
事件現場だった所に建っているMuseum of Free Derry=2006年設立で、ヘリテージ・プログラム・コーディーネーターをしているJulien Campbell(ジュリアン・キャンベル)女史は=J. Duddy氏の姪に当る。



EU統合で北・それ以外のアイルランドで行き来も自由となり、取敢えず北アイルランドが「UKの一部か否か」を争う事は棚上げになった。こうして何とか訪れた平穏な日々だったが、それも20年で、今度はBrexitによってまた再び引き裂かれたとも考えられる。北はEUの外、その他はEUの内という事で「北がUKの一部か否か」を争う必要が出て来る可能性は高い。
苦肉の策としてBrexitの後も北アイルランドではEUの貿易ルールが例外的に適用されている。


Brexitの背景にはUK=プロテスタント中心で、大陸側=カトリックが主体という事で宗教的な部分の壁も大きく働いた可能性があると小生は考える。EUが造られる前の欧州委員会=ECの時代から、UKは除け者にされていた時期(1972年まで)がある等、大陸側・特にフランスUKには確執が横たわっていた。フランス18代大統領=Charles de GaulleUKを敵視していた事が大きいとされる。
(フランス・イタリア・西ドイツ等はECSC・EECを作った国でInner 6、UK・デンマーク・アイルランドとかはOuter 7だった)


Brexitは、押し寄せて秩序や安定、文化や伝統を破壊しまくる移民どもから国家社会をガードして、更にはチュウ獄凶酸倒の浸潤をこれ以上進行させないという事には一定の効果があったかも知れない。EU統合なんて所詮、左翼リベラルが絵に描いた餅で抑々無理があり過ぎるのである、だから即刻ブッ壊せ!と小生は言いたい!

アイルランドのこの話もなかなか終わらない、てなわけで、Chapter 22へと続く!



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