Dufftown 街角ミュージック

マイナーパワーがこの世を救う。Make 大和民族 Great Again! 今こそ日本を大和民族の手に取り戻せ!連綿と受け継がれる日本と大和民族を護ろう。言論表現の自由は神与の物として護るべき!

2021年06月

今年初のワインの記事となるが、5月から飲酒は再開となってワインも飲みだした。
今回はブルゴーニュでもクラシックな作り手として名高い George Mugneret (ジョルジュ・ミュニュレ)の作品を紹介するが、この板では2回目(多分)。
George Mugnuret、その名は1988年に 59歳で死去した先代で、その死後は Marie-Christine(マリー・クリスティーヌ)、Marie-André(マリー・アンドレ)という 2人の娘に引き継がれて今に至る。Mugneret は Vosne Romanée では何世代にも渡って見られる名門というべき名前である。このドメーヌは先々代に当る André (アンドレ)及び Jeanne (ジャンヌ)の Gibourg (ジブール)夫妻によって1933年に創立され、その一人息子で薬剤師をしていた George に引き継がれ彼の名を冠する様になった。
ピュアで繊細にしてトラディショナルなワインを目指すという素晴らしいプリンシプル(principle)を貫いているのは間違いない。先々代の時からの畑は Mugneret-Gibourg (ミュニュレ・ジブール)を名乗り、先代はGeorge Mugneret を名乗っていたが、2009年ヴィンテージから統合され、Geroge Mugneret Gibourg(ジョルジュ・ミュニュレ・ジブール)となった。


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このワインも黄色っぽいエティケットが懐かしい。(現在は白地の物を採用)15年程度前に購入したと思うのだが、その時の相場は今と比べ物にならないほど安く、笑ってしまうレベルだが、その当時はコイツも8000円台だった様に記憶している。
現在、この作り手の特級(grand cru)に至っては¥50000に迫る等、草も生えず不毛としか言い様がない所までゴ~~ンぬっという訳である。


色は薄旨的な色の典型でクリアな大人しい感じのガーネット。くすんだ感じが微かにあるが、色調は明るめ。
拾い出せたエレメンツを挙げて行くとこうなる
第1の集団として、リコリス野薔薇、野苺、ラズベリー、赤スグリ、クランベリー、ハイビスカスティー煎ったカカオ(中南米系)ルバーブ桑の実Griottineコケモモタイベリー
サブになるものの一団は、Bénédictine、Jägermeister、Armagnac、ニルギリティー、キームンティー、黒文字、シナモン、フェヌグリーク、ハスカップブラックチェリー、プルーン乾式葉巻山査子
更にその下にはAmaro系リキュールスミレビターチョコ、楠、クコの実ドライデーツ


きめ細かいタンニンは結構大人しく見えるが、その代わりというか酸が強めに主張して全体を締めてくる。酸に締められてはいるものの、その酸がアフターまでを形成する。さすがはクラシックスタイルの厳格さがありながらシルキーなBourgogne という所か?その酸は旨味をシッカリシームレスに乗せているのが明らかで、更にそれに引っ張られる様なアフターはやや静かだが確実に非常に長い。特級(grand cru)にしては細く感じるかも知れないが、2001というヴィンテージの性格とこの生産者のスタイルがマッチしている結果と考えられる。

溶け込み感と旨味感が前面近くに出て来るのにはそれなりに時間が掛かると思った方が良い。酸が長くて美しい上に力を確実に感じさせる。厳しいながらも優しさ華麗さシルキーさそして抜ける様な青空の如きクリアネス・美しい海の様な深さがある様に見える。
(テイスティングは2021年5月)



本当に久し振りとなるスコアリングの結果だが…、18 / 20



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(十六代)九郎衛門=じゅうろくだい・くろうえもんという日本酒を御存知か?これを作っている蔵は「最も星に近い酒蔵」といキャッチフレーズで売っているのだそう。
そういう小生もこの酒を知ったのはつい最近。大塚にあるこだまという酒屋に足を運んだ折に見かけた、しっかりしたボディの熟成系の酒を探していたのでそこで勧められて購入。


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2005年から作り始めた山廃酒母で作った酒を2年熟成でリリースしているのが、この美山錦山廃純米。精米歩合は65%で、2年熟成でミルキー感が加わるのだという。小生が入手したのは2017BYで4年熟成になっている。

日本には酒蔵はどれだけあるのかというと2016年の国税庁データによると1400程度は存在する。これでも2000年の時点で1977だったのでそこから600近くは減少した事になる。生産量200kl以下の小規模の酒蔵は半数が低収益で経営難が慢性化している。異業種からの買収による参入やベンチャーでの新規参入も目立つようになった。高価格帯製品の拠出量は増加して総売上高は低下しても純利益は増えている。
蔵の数ベースでカウントすると1位=新潟県、2位=長野県、3位=兵庫県、4位=福島県、5位=福岡県で、生産量ベースだとTop3は兵庫県、京都府、新潟県という順である。灘や伏見に大手メーカーを擁する兵庫や京都の生産量は多くなるという事らしい。大手は他所の契約蔵から原酒を買っている事も多いが、生産量は最終的な製品でカウントするのだろう。


前出の「最も星に近い酒蔵」という酒蔵は湯川酒造店(ゆかわ・しゅぞうてん)という。「天国に一番近い酒蔵」とでも名乗っておればもっとイイとも思うが、何故か「最も星に近い酒蔵」を名乗る。原田知世女史主演映画の「天国に一番近い島」はガチで青春した世代なので、「天国に一番近い酒蔵」名乗ってもらえると嬉しいのだが。
ところで、この蔵は創業370年を迎えるらしく、「木曽路」と「十六代九郎衛門」という2つのブランドを展開している。長野県木曽郡木祖村薮原に所在する蔵だが、中央本線(西線)の藪原駅から北に1㎞程行った場所でほぼ線路沿いにある様だ。名古屋からでも特急WVしなので木曽福島に行って更に普通車に乗って薮原に行くと3時間は掛かる。
最も星に近いという根拠は最も標高の高い酒蔵という事だったが、もっと高い場所に他の蔵が別蔵を作ってしまったので2位に転落。今更「2位ではダメなんですか?」と言ってみたって後の祭り。だがこの湯川酒造店、標高も高いが酒造りのレベルも高い。蔵の目指す作りとしては、「味をしっかり出しつつもキレを高めて、同時に丸くて上品な飲み口である」、「香味のインパクトももちろん必要ではあるが、いつのまにか杯が進む酒に魅力を感じる」と言う事である。
湯川の名の通り、現在は16代目に当る湯川慎一(杜氏)・尚子(社長)夫妻以下、外部の人の力は借りず杜氏と社員だけで酒を醸造している。杜氏が人手不足なのかも知れないが、常に蔵及びそこの酒に接し続けている社員だけで酒を造る方が安定してコストも下げられるという事はあるのかも知れない。
湯川慎一氏が杜氏に就任したのは2012年尚子女史との結婚を機にという事だったが、翌2013年に蔵が火災に遭ってしまった。そんな苦難を乗り越えて今や、中部や信越地域におけるトップコンテンダーに十分食い込んでいると言っても良いだろう。全国の高品質とされる新しい酒米にも積極的にチャレンジして手掛けている。


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江古田の日本酒で有名な秋山という酒屋に行った際には、思わず買ってしまった九郎衛門の山廃・赤磐雄町特別純米原酒=凡そ3600円、中庸からやや高めの価格

低地から山間部の高地まで酒蔵は散在しているが、材料や製品の流通の都合や、優れた仕込み水が手に入るか否かという事が蔵の立地には大きいファクターとなる。
標高が高いと何が影響するか?、気圧が低くなって水の沸騰温度が下がる。山に登って飯盒炊飯なんかやるとコメが生煮えになるのを想像して欲しい、水の沸騰温度が下がると麹や掛米に使う米が充分に芯まで蒸せない事が起きうるのだという。平地では無い様なリスクが起きうるのだが、平地で作る酒にはないメリットも色々あったりするのだろう。設備は若くクリーン・衛生的、洗米は気泡で洗うタイプの機械で行って脱水機でしっかり水分調整を行う。洗いムラが少なく糠の抜けもイイのだという。標高が高い事で麹菌が米に食い込み易いのだとか。酒母造りでは山廃用・生酛用を仕込むのは最後になるという。


ストックに入った2本はいずれもまだ開封していないが、今から楽しみである。夏場ではあっても燗酒が良いだろうか?



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K-3 MarkⅢ試し斬りの記事も10アイテム目であるが、東急で多摩川を渡る列車を撮ったのでそれをフィーチャーしたい。
東急東横線・目黒線の多摩川鉄橋=東京都・神奈川の都県境の神奈川サイド(川崎市)この季節は鉄橋の15時位から西側で撮影したものになる。
この日は晴れというのに16時位までは全体で曇が多めだったが、西側はその後に晴れて状況は好転。しかし川の東側(背景側)ではその後も薄い雲が取れず綺麗な青空にはならなかった。ここでは東横線と目黒線の両方を狙える。今回は東横線列車の画像を載せて行く。


tq5821@tamg01
世界最大最悪のの欺瞞偽善との呼び声も高いSDGsラッピング5121F5050系でなく5000系の8連東横線用タイプで8連4本しかないからかなりの少数派。5121Fは田園都市線から移った編成。2020年9月にラッピングでの運行開始した。この仲間に緑の5000こと5122Fもいる

SDGsに引っ付きさえすれば多額の補助金等々の公的補助が付く事もあるのでそれだけでボロ儲けする事も夢では無いのであろう。SDGsとはsustainable development goals=持続可能な開発目標の事で、誰一人取り残さない、経済・社会・環境を生み出すための、個人や企業といった全てのセクターにとっての目標という事らしい・2015年に国連総会で採択された2030年に向けた具体的行動指針が示され、17の世界的目標、169の達成基準、232の指標から成る。
こう聞くと何しか聞こえは非常に良いが、これにはディー〇ス〇〇トによる新しいバカ儲け・更なる搾取・新しいタイプの人類奴隷支配の為のトラップが数え切れない程埋め込まれているのは間違いない。国連はその言いなりで追認したに過ぎないのであろう。
SDGsなんて言われて無邪気に踊りたがる〇〇チョン次郎なんていう奴が大臣なんてやっていて総理にしたい男なんて呼ばれるこの国はどうしようもなく腐っている。


この場所では裏被りや被りが酷い余りにも多過ぎてヤル気が萎える。東横線は裏被り食らってボツというケースが多かった。
この絵でも左隅で都営地下鉄6300形に裏被りされている。


tq4010@tamg01
50㎜(実際は75㎜相当)でもアングルの作り方に工夫が要る。兎に角10連はカツカツになるから注意が必要。5000(5050)系でも少数派の4000番台10連車、4010Fはお馴染みShibuya HIKARIE号で2013年4月に登場した時からこの姿。

tq5853@tamg01
東横線用5000・5050系では多数派の8連車

y504@tamg01
Y500系Y504Fだが、Y500系を捉えるチャンスは少ない
この場所で裏被りや被りを食らわずにしっかり捉えるとなると完全に運任せではあるが、難易度が上がる。橋梁の西側から撮る場合、上り電車(渋谷方面・目黒方面)を後追いで狙うのが無理が無くて良い。春夏期は午後遅く橋梁の西にあって多摩沿道道路を跨ぐ歩道橋上から撮る形になる。
秋冬時期は東側の中原街道の丸子橋に行って昼前の下りを狙うのが良いという事になる。


tmt10132@tamg01
東急・メトロ・西武・東武・横高の直通優等列車ではエース的存在の東京メトロ10000系、Alexander Neumeister監修のデザインでその気合の入り方からして、この形が東京メトロのデザインの基本になるのかと思われたが、違った様だ。




tmt7131@tamg01
ドアの窓が長くて大きいのは2007年以降にB修繕+副都心線対応工事を施した証拠。未だに何しか違和感がある。この7131Fは88年登場の5次車、これだって昭和の車なのだ。

tmt7116@tamg01
この7116Fは1974年製の1次車なので昔は連結面に特徴的なキノコ型貫通路があった編成である。
17000系8連の増備もこれから本格化するらしいので、メトナナも風前の灯火になろうとしているから、撮るなら今のうちにという事である。2007年までは有楽町線の黄色い帯の電車だった、こんな生キャラメルみたいな飾りになって10年以上になる。最初に導入されて47年、新陳代謝が早い傾向にある関東の鉄道では相当な古株である。これでも関西ではひよっこでしかない?


tb51071@tamg01
東武からは9000系のほかに50000系50070形も東急に乗り入れ。その中のトップナンバー51071Fを捉えられた。50070形は数は意外と多くなく、10連が7本あるのみである。
50050は半蔵門・田園都市線用で、東横線・副都心線等に入るのは50070、TJライナーとかになるのは50090と分かれている。


sb40002@tamg01
西武40000系S-TRAINも東急の多摩川の橋を走って行く。S-TRAINを東横線で捉えた=土休日に撮影したのがバレるという事だ。
一見すると西武だか東京メトロだか区別が付き難い感じだが、西武がこんな車両を入れて来るなんて時代は変わったものである(LOL)


今回の撮影は東急を撮るだけが目的ではない。本来の目的はお試しである。
来年以降に予定されるあの事に備えての東横線も目黒線もテストで撮影しておく必要があったのだ。
闘紺込め~てぇ~、青空へ~、電車飛ぶ飛ぶ~(飛ぶわけねぇだろ!)炎と燃えて~(燃えたら危ねぇだろ!)」という訳で、一応感じは掴めた気がするので意味があっただろうか?
巨人軍多摩川グラウンドはこの対岸の東京都側にあった=現・多摩川緑地広場硬式野球場)


其の拾壱へと続く!



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赤羽というと東京23区でも隅っこ、駅はメジャーだが更にそこから西へ1㎞以上行った所に桐ヶ丘という所がある。バスでのアクセスはし易いが、至近に鉄道の駅は無い。北区でもこのエリアは僻地ともいえる場所で桐ヶ丘も寂れた(廃れた)50年オーヴァーの団地が広がっていて、若い世代も多いとは言えず、ボロい空き店舗も多い。下手すりゃスラムの一歩手前で、犯罪者やテロリストのイイ隠れ家アジトになってしまう可能性もある。赤羽台とか桐ヶ丘とかは都心から最も近い「マチュピチュ候補」であるのも事実。

そんなイメージの御世辞にも良いとは言えない町に、日本酒と焼酎を主に売っている酒屋がある。名前は「三益酒店」(みますさけてん)
実はネットは勿論各種メディアでも度々登場する都内でも人気の酒屋なのである。YouTubeに「三益ちゃんねる」というチャンネルを持って配信をしていて、その他日本酒関係のチャンネルで度々出ているので、そちらで御存知の方の多かろう。小生もこの店の存在は最近YouTubeで知った次第。早速どんな店か見て確かめようと足を運んだ。


行った時の店構えは地味に見えた。中も狭くて少々古臭いが、東海林家のカワイイ素敵な3姉妹東海林美保(しょうじ・みほ)嬢・佐藤由美(さとう・ゆみ)女史・東海林美香(しょうじ・みか)嬢が3代目として店の実務を仕切っている。売り場を見ると地酒と焼酎が半々に近い比率で、これは少々予想外。
日本酒に於いても焼酎(泡盛含む)に於いても原料に含まれる澱粉を麹で糖化して同時に酵母で発酵するのは一緒であるからまぁ良いか。僅かだが日本のメーカーからのウィスキーもあって、長浜蒸留所のAMAHAGANも売られていた。(AMAHAGANの原酒の大部分はスコットランド産


酒屋の中が狭く見えたのは角打ちのカウンタースペース「三益の隣」があって、そこが緊急事態宣言+日本版禁酒法の為に休止中で閉鎖されていた事がある。その為に店構えも地味に寂しく見えたのであろう。その角打ちも週4日しかやらない。それでも角打ちをやっている時は非常に賑わう様である。
3姉妹の祖父=東海林善次郎氏が戦後満州から引き揚げて酒屋を始めたのが始まり=1948年、その息子夫婦で3姉妹の御両親=東海林孝生氏・博子女史が2代目として引き継ぎ今も御健在、親子5人+佐藤聖司氏でこの酒屋を経営しているのである。孝生氏があつみ温泉にバス旅行で行った折に出会った〆張鶴が転機となって全国酒蔵の旅を始めたという。そして今日の地酒を売りにする三益酒店の基礎が出来たと言って構わない。


地酒を扱わせてもらえる様になるのには、蔵元に何度も足を運ぶのは当たり前だったという。取引をするには信用が必要、それは一朝一夕には不可能なのである。

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純米・生酛山廃・熟成酒、クラシックで芳醇がLoveな小生がキュートなお嬢さん達に勧められてその日に購入したのは、三重県は大台町(大台町と言いながら大台ケ原にアクセス出来ない)にある元坂酒造株式会社が送り出す酒屋八兵衛(さかや・はちべえ)という銘柄で、生産量の90%が三重県内で消費される。言い換えれば県外に出されるのは10%程度という事になり、蔵の生産量が如何に小さいかという事でもある。
この元坂酒造は純米酒が得意で生産する酒の殆どが純米である。
左画像=山廃純米酒備前雄町・1升瓶、右画像=純米酒・4合瓶
三重の酒というと而今(じこん)の天下で無風区の様な感じにもなっているが、一時期有名になったるみ子の酒や作/鈴鹿川、天遊林、早春/田光、瀧自慢なんていう銘醸もある。


日本酒もワインに負けず劣らず「なのである。まだまだ知らない銘酒がありまだ見ぬ強豪がひしめいているのである。殆ど日本でしか作ってないのに、今や生産者も1400しかいないのにそれでも沼になるのだ!
一流の酒でも1.8ℓで3000円前後かそれ以下で買える物だって多い。1.8ℓは一般的なワインの2.4倍の量でありマグナムよりデカい事になる。グレードの高いワインを買おうとすれば750㏄で3000円なんてすぐに超える。
当サイトに出て来るワインも昔の購入時の価格で7000~10000円というのも結構ある。日本酒生産者には慎ましく欲張らない所が多く、ワインを作る西洋人の真反対みたいなものである。ワインに2万3万平気で出す奴はそれなりの数がいる様だが、それに対して日本酒にそんな金を平気で出す人は幾らいるのだろうか?不思議な所である。


兎にも角にも三益の隣も再開した様なので、今度は是非とも角打ちをやりに行ってみたい。序に言うと、この記事から新しい記事カテゴリー「日本酒」が爆誕した。



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K-3 MarkⅢ試し斬り特集も9記事目となる今回は、東急東横線の都心から一番近い撮影地でもある学芸大学・自由が丘間の場所に行ってみた。
ここも具合のイイ撮影地ではなかった。良いポジションの定員は1名と思って良い。そのポジションもその撮影地を根城にして領有権を主張している様な奴がいるので使えない。
行っておいて何だと言うかも知れないが、撮影地としては実質殆ど役に立たないと思って良い。

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東京メトロ最新鋭今年3月デビューの17000系だが、他とどこが大きく違うのだろう?という感じである。10両編成6本と8両編成15本を投入する予定で、10連の投入は完了という事で、これからの増備は8連だけらしい。

ここではFA Limited 43mm f1.9 も使ってみた。DA Star 50-135mm f2.8(ワイド端)の作例と混じっている。FA Limited 43mmは確かに優秀なレンズなのだろうが、鉄道には今一つ向かない。FA、つまりフィルムカメラ時代のレンズで、ピントと絡んでの写りもピーキーな所がある。解放がF1.9なのでかなり明るい単玉だが無理した明るさとは言えない。このレンズ、カリカリシャープはあまり得意ではない様で、その代わりある程度絞ってポートレート辺りで使うには非常に有能である。


tmt7132@tordg01
メトナナも8連車ばかりになってしまった。10連車は7101F1本だけである。
それにしてもメトロの車でこの長細い窓の付いたドアには未だに馴染めないというか違和感を覚えてしまう。営団地下鉄の車両のドアというとガラスは小さく正方形に近いものだという固定観念が小生の世代にはあると思われる。ドア窓のガラスが広い方が大きく採光出来るので明るくて圧迫感も軽減されてイイのは分かっているのだが…。8000系7000系6000系、3000系、5000系しかりである。


この撮影地でベストなポジションを取れない場合、8連だとケツが架線柱に被ってしまう。10連だとケツは架線柱の後ろに抜ける形となるが、こんなんだと鉄道写真としては不細工で気持ちも乗って来ない。

tb9102@tordg01
東武9000系で最初の量産車となる9102Fがやって来た。50050系がいながら9000系も東横線に入る。
試作車に当る9101F(1981~)は先日東武東上本線内を準急森林公園行きとして走行中に、床下機器から出火したらしく、途中北坂戸で運転打ち切りで森林公園検車区に留置されて運用離脱している模様。9151F、9104Fも現在離脱中らしい。試作車から量産開始まで6年も掛かっているのである。


tq5823@tordg01
青ガエルこと5000系(初代)のオマージュとして2代目5000系(5050系)にグリーンのラッピングを施した5122F。このラッピングは2017年に始まって2018年に1回目の延長、2019年に再延長で今に至っている。どこかの〇〇事態宣言みたいであるが、こういう延長はイイ。
渋谷駅前で観光案内所として使われていた5001号車は渋谷区の持ち物になっていたが、去年8月に秋田県の大館市に寄贈された。両自治体は忠犬ハチ公繋がりの交流がある。


sb6051@tordg01
東横線で見かける機会が意外と少ない西武6000系・アルミ車。これはDA Star 50-135mm f2.8を使った作例。小生はステンレス車よりアルミ車の方が撮っていて嬉しいのだが。アルミ車体でも6000系はライトグレーの塗装、20000系・30000系・40000系は無塗装、001系は一見無塗装に見えるが大日本塗料のスーパーブライト2000で塗装している。本来自動車に使われる事が多いアルミ顔料をベースにした金属調塗料だが、それが鉄道に使われたのである。(実際は多目的の塗料である)

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東京メトロ10000系(キャラメルサタンとも呼ばれるか?)は東京メトロ発足後初の新造系列だったという事もあって、Alexander Neumeister(アレクサンダー・ノイマイスター)がデザインを監修。この名前、どこかで聞いた名前と思った人は勘がイイ!、JR西日本500系新幹線電車のデザイン監修を行った人である。それだけ気合が入っていたという事でもあろう。
前照灯のデザインは300形(丸ノ内線)へのオマージュらしい、東京メトロのアイコン的な存在にしたいという願いが込められていたとか。


tq5865@tordg01
東横線5000系は8連車が5050系、10連車が4000番台を名乗るが8連車が圧倒的多数派である。10連でなければならない運用は4000番台が受け持つが、優等列車だけである。各駅停車は8連でないと具合が悪い。優等列車が止まらない駅は8連にしか対応出来ないからである。10連の電車が東横線を走る様になったのは2013年以降である。東横線=8連、田園都市線=10連という時代が非常に長く続いてイメージとして固定化されているのである。

tq5866@tordg01

わざわざ東急東横線なんか撮りに行かないが、東急5000系の一団は西武や東武の沿線でも撮る機会がある。では何でこんな所にというと、このK-3 MarkⅢ試し斬りという事もあるし、来年以降予定されているある事に備えた予行演習・下調べという意味合いがあるのだった。

遂にこの特集も2桁に乗る、其の拾へと続く!



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