Dufftown 街角ミュージック

マイナーパワーがこの世を救う。今こそ日本を大和民族の手に取り戻せ!連綿と受け継がれる日本と大和民族を護ろう。 害人天国を~、ブッ壊す!

2014年04月

mntrs94n01当ブログではこの1990ヴィンテージを以前に取り上げたが、今回は1994。
1994年のボルドーというとあまりパッとしないイメージだが、そんな中でも高評価を得る銘柄もある。


このエティケット(1999 ヴィンテージまで)が今となっては懐かしい。現在のエティケットと比べるとこちらの方が上品である。
ボルドーといえば、近年は見た目も中身も下品になっている物が多いのだがwww。


それはともかく、 色は結構品の良い暗めのガーネット。 幾分タニックではあるがあまり出しゃばらず、思ったより綺麗に熟成しているという印象。

リコリス、なめし皮プルーン、カシス薬草系リキュール、Armagnacブラックチェリー、ブラックベリー、微かにクランベリーカカオリキュールにエスプレッソ、遅れて枯葉、土
綺麗に纏まって大き過ぎない躯体で、出汁の効きかけた感じもある。どこかが目立っている感はなく、上手く纏めて来たという印象だが、この事が結果としてこのワインにボルドーらしさをもたらしている。
残念なのは、フィニッシュが然程大きくは盛り上がらず、アフターが
medium long というレベルに留まるという事


Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点を付けるとするなら…、17.5/20

因みに、Montrose 1990の記事はこちら



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Apr. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい

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小生は先日、京阪神方面に2日間遠征して参ったのだが、神戸に足を運ぶのは2年半振りになってしまった。2年半前もほんの2時間程度の滞在で、夜景を撮影しただけだった。

ここ数年、関西に行っても西宮や芦屋止まりが多く、去年7月は姫路まで行ったのに神戸は素通りしてしまった。神戸にある程度長い時間いて、それなりに満喫したというのは4年振り位になるかも知れない。
鉄道ネタは兵庫より大阪・京都の方が豊富であるのは間違いなく、仕方が無い部分もある。 初日は朝からほぼ完ぺきに近い晴れで、7時40分位から淀川河川敷で阪急京都線を撮影し、9時前に1300系は捕獲した。その後、京阪大和田、西三荘と移り、いったん京橋で風呂に入り、午後は 叡山電鉄 を元田中~茶山間で撮影し、梅田に宿泊。


2日目だが…、朝は初日に続き淀川河川敷で阪急京都線を撮影。朝から湿気ていて雲が多く思った様にいかない中、終焉迫る2300系を何とか捕獲。 その後、阪急に乗って向かったのは…、この場所
 
hk7004@mik01

あの御影のS字カーブである。条件としてはあまり宜しくなかったが、10時過ぎから約1時間撮影した。ここで撮るのは5年振りだったが、その時に比べて撮り難くなった様に思えたのだが、気のせいだろうか?
 
kb5018@nag01

新開地経由で神鉄長田に移動し、同駅北側の踏切脇で2時間半程撮影。神戸電鉄の撮影は約4年振りになる。神鉄に関しては、鈴蘭台駅付近以外で撮るのは初めてであった。 曇りとはいえ、薄日は射していたという状況下で、相手は鈍足?の神戸電鉄、アウトカーブ0度というアングル等々を考え合わせると撮影地の選択は良かったと思う。 2時間半粘った甲斐もあってか、主力であるこの5000系を始めとして、1000番台の旧型車2000系、更には 3000系 もキャッチ出来たが、 6000系 だけはキャッチ出来なかった。

montplus01n

パティスリー激戦区神戸に於いて、僅か数年で屈指の名店に伸上った MONT PLUS (モンプリュ、正式には Monter au Plus Haut de Ciel =空の天辺まで跳ね上がるという意味)
その店自慢のケーキ2点!


この店でケーキを食うのは5年振り位だと思う。年に数回は足を運んでいた時期が懐かしい。今この店の看板や包み紙のカラーリングを見ると、北陸新幹線 E/W7系 を想起するのは私だけだろうか。 当初の予定では、日没を見計らいヴィーナスブリッジに行って夜景撮影と洒落込む筈だったが、湿気も多く曇天だったので諦めざるを得なかったorz
これで素直に引き下がっては勿体ないので…



dronach94kinko01ウィスキーファンなら知らぬ者はいないと言われる神戸の名店、 Main Malt に立ち寄る。

これも随分な時を空けてしまった気がする。その間にSMWS からBen Riach が店の主役の座を奪ったが、敢えてBen Riach 以外のモルトを 2種類頂いた。(小生はひねくれモンやから) その内の一つをここでは簡単に紹介する。(もう一つについてはまた別の機会に)
Glendronach 1994-2012 18yo 55.3% 1st fill Sherry hogshead
for Kinko, Kagoshima
小生も数回お世話になっている酒のキンコー(鹿児島市)向けボトリングのもの。(キンコーの通販サイトはこちらから) 開栓から然程日数が経っていないせいか、まだ閉じ気味と思われ、樽の渋みが少々感じられる場面もあった。シェリー樽の掛り方は嫌味が無く、クリアネスを保ち良い塩梅である。 白の干し葡萄黒の干し葡萄ブランデー漬のミックスドライフルーツカシューナッツ、アーモンドパウダーシナモン、ジンジャークッキー、エスプレッソ、カカオマスという辺りのニュアンスを楽しめる。 もっと開いて来ればフレーヴァーの数はまだ増える可能性もあるが、ストラクチャーもそこそこ堅牢で、美しいバランス感を持ち、余韻も結構出ている。飲み飽きしないウィスキーで、それこそボトルで長く楽しみたいという物だった。 小生としては買い損った事がまことに惜しい。鹿児島というと芋焼酎しかないというイメージを持たれる御仁も多かろうが、こんなモルトを出せるキンコーには「お主、中々やるのう!」と言いたい。

Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点を付けるとするなら…、17.5 or 18 / 20

この後、慌しく大阪に移動し、西天満に移転したBar Rosebank (店のサイトはこちら)に寄ってから、のぞみ64号(この日はN700・N15編成)で帰京した。
西天満・Rosebank の話も含めて、この遠征で得られた諸々のネタは機会を改めて紹介する。




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dullan100n1Glendullan(グレンデュラン)といってもピンと来ない御仁も多かろうが、有名なOld Parr のメインモルトといえばお分かり頂けるであろうか。又、現在のSingleton 北米向けの正体はこの蒸留所。 (
1980年代まではシングルモルトとしての流通もそれなりにあったが、旧United Distillers の戦略見直しがあって以降、専らブレンデッド・ウィスキーの原酒に回る様になり、モルトウィスキーとして見かける機会少なくなった。
そのGlendullan 創業100周年記念ボトルが1998年に2種類出ていたが、これはそのうちの一つ。(もう一つは65.9%というもの)


色はストローとゴールドの中間という感じか さすが62.6%、暴力的ハイプルーフでアルコール爆裂、…ではない!。
最初はビターオレンジグレープフルーツ。次にCognacエスプレッソ、粕取りブランデー(MarcやGrappaみたいな奴)。その後、微かに赤系果実類(ラズベリー、苺、レッドチェリー等)。更に舌の上ではトロピカルフルーツタルトを時折発する。


基本的にオイリーさがやや目立つ、アルコール感の出方は思いの外綺麗であるが、僅かにセメダイン的なニュアンスも出してくる。モルト感、麦感は強めで、これが強いアルコールと融合する様にフィニッシュにかけて厚みを増す。
一寸野暮ったくも感じられる場面もあったが、そこはGlendullan らしさでもある。


総体的には、かなり力強くかつwell balanced、かなり良く出来ていて飽きが来ない酒でもあると言えよう。ただ、余韻の方がmedium long というレベルなのが玉に傷か。

Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点と付けるとすれば…、17.5/20

Glendullan Distillery
1897年にWilliam Williams & sons の手によって創業。1902年イギリス国王Edward 7世のお気に入りとなる。 1926年にD.C.L. の傘下となり、1939年にはS.M.D. の一員になる。無論現在はDiageo の一員。
1960年代から設備の近代化を進め、1972年には設備の新設追加も行ったが、1985年に旧蒸留施設を閉鎖し売店等に転用。現在は72年に建てられた設備内の3対=6基のスティルから約370万リットルの年間生産量を誇る。 所謂「7 stills of Dufftown=Dufftown の7つの蒸留所」の一角を占める。 (残りの6つ=Dufftown、Glenfiddich、Balvenie、Mortlach、Pittyvaich、Convalmore これらに加えてParkmore、Kininvieを含める事もある。)


(註)EU 向けにはDufftown、日本向けではAuchroiskが使われている




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このPart 2 では(理論上)340~360㎜相当に作った画像を専ら載せる。
自動車鉄の御仁には、車で現場付近に直接アクセスしようとしても無駄である事について注意されたい。
車を置ける場所は無く、能見台駅付近のコインパーキングに駐車して、徒歩で向かうか、京急バスを利用する事になる。 実は、現場近くで車を置ける場所を探してしまった事が前記事の「惨劇」の原因であった


kq2173@nok01

現1000形アルミ車 1025F・8連 快特三崎口行き

kq1113@nok01

現1000形でもこちらはステンレス車の1113F・8連 
快特三崎口行き 2007年製造分からステンレス車体に切り替って、1000形の中でも今やこのステンレス車が多数派になってしまったorz。
1988年以来アルミ合金車体(無塗装ではない!)を貫いてきた京急も、遂にステンレスの邪悪な誘惑に釣られてステンレス車を増殖させている。
フィルムの部分を多めにして京急色を出そうとしている感はあるが、側面はチープでブス!
フロントガラスはアルミ車の場合、2分割だが、こちらのステンレス車の方では5分割に変っている。
表示類はLEDになったが、ss=1/250secで種別や行先は切らずに出せるが、運用番号だけは切れてしまう。


kq2173@nok01
 
京急のフラッグシップ 2100形 2173F・8連 
快特京急久里浜行き コイツが来た時は気合が入るというものである。関東の私鉄でスターと呼べる車は少なくなってしまった現在、この2100形はその希少なスターと言えるか。


kq605@nok01

現600形 605F・8連 エアポート急行金沢文庫行き
現在の「京急顔」を作った現600形も今年で20周年。この編成はまだ「デカパン」だが、シングルアームへのパンタ換装も進んでいる。
ここで一つ厄介といえば厄介な事がある。この場所は何せ国道16号、車の往来、特に大型車による振動である。この対策も多少なりともしておけば安心であろう。



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小生、実は京浜急行に殆ど縁が無く、撮った回数も本当に僅かである。
恥しい話で恐縮だが、この有名撮影地に漸く初めて足を運べた。その場所とは、能見台~金沢文庫の有名なカーブである。

能見台といえば、駅の近くにはあの有名な横浜中・高等学校がある。以前は、駅北側のストレート(それこそ、横浜高校の脇)も有名撮影地だったが、2010年頃に2m程のフェンスが張られ、撮影出来なくなった。
その一方、こちらのカーブはまだまだ健在で、私が行った時も既に2名の先客がいた。線路に寄り添う国道16号歩道上からの撮影である。 何処がベストポジションなのかは正直よく判らないが、先客達の後から撮影開始。
準備している間にスカイブルーの2100形が通過してしまうという惨劇に見舞われたorz


kq2061@nok01

登場から30年が経過し、去就が俄かに注目される様になった2000形・8連。
羽田空港~金沢文庫・新逗子間の急行運用が多い(多分) 旧600形の後継車ともいわれ1983年ブルーリボン賞も獲得したが、快特として活躍していた時代も隔世の感がある。
2ドアから3ドアに改造したのでサイドは結構ヘンチクリンである。


kq827@nok01

「だるま」こと800形・6連普通浦賀行き。
京急では最古参の1978年末デビュー、近鉄30000系VISTA-3(現EX)とは同期生になる。 以上2点は300㎜相当の画像であるが、架線柱等を処理しながらこの焦点距離でとなると、これが限界に近く、8連ではそこそこマシな構図だが、6連では少々マヌケな絵になる。


kq1625@nok01

理論上340㎜相当に加工した1500形・6連の画像。(元画像は300㎜相当)
上の800形よりマシと言えようが、構図的には然程良くはない。 京急の場合、先頭パンタは存在しないのでパン切れのリスクは考慮しないでいいのは楽であるが、これが限界である。8連が丁度うまく収まる。


背後に映る高架橋は横横こと横浜横須賀道路。国道16号の一般道を同バイパスが跨いでいるという事である。 横浜横須賀道路金沢支線の堀口能見台I.C.至近で ()、首都高湾岸線幸浦出口からも10分程度で着けるが、実はこれが曲者で、上述の「惨劇」の原因でもある。

Part 2 に続く!

(註)釜利谷からの車線にのみ出入り口があるハーフインター。首都高湾岸線方面から入った場合は利用出来ないので注意が要る。



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