Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

タグ:Whisky

今日からモデル撮影記・Lana 嬢のシリーズに戻り、今回=Part 4 では鉄グッズを一旦離れて、あまり使う機会のない自動車のラジコン。本当に初期の頃は使っていたクッションも引っ張り出して久し振りに使ってみた。
決してラジコンとして走る事のない、小道具専用として買ったラジコンである。


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サーキット専用に30台製造され29台販売されたFXX のラジコン。秋〇原の某・ヨ〇〇シカ〇ラで買った様な記憶がある。(それすら曖昧
実車はサーキット専用という事で=自走してコースには行けないから、トランスポーターみたいなトラックにでも載せないと移動出来ないから非常に面倒な話である。


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続いては 458 Italia +クッション。小生としても本当に久し振りのコーデとなり、何しか懐かしい。スタジオでのモデル撮影を本格的に始めて約8年程だが、色々小道具が増えまくって出番無く眠っている奴も結構多くなってしまった。こういうテーブルがあるだけで小道具が使い易くて小生的には助かるが、テーブルの無いスタジオも多い。



ここからは酒シリーズ、とはいってもネタは非常に限定されていつものヤツしかない。

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何度も登場している Glenfarclas (グレンファークラス)だが、このタオルも使い始めてからもう7年になる。この蒸留所のボトルも最近購入していない上に、自宅以外の場所で保管している他の貴重なボトルをわざわざ引っ張り出すほど時間もない。そういう訳で秩父ウイスキー祭2017のボトルが小道具として専ら使用される状態が続いている。

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2度目の登場となる Jack Daniel's (ジャック・ダニエル)
コーディネートするなら今時のチャラいボトルでは気が済まないてなわけで、わざわざ80年代(と思われる)45%時代のボトルを使用しているのであるが、これももう30年前のボトルという事になる。
この創業者=Jasper Newton (Jack) Daniel =ジャスパー・ニュートン(ジャック)・ダニエルは一説によると、13歳でウィスキー製造を始めたとされる。貧困な家の出で、幼くしてMoonshine という蒸留所も経営していたDan Call (ダン・コール)という牧師の下で働き始め、その蒸留所を引き継いで Jack Daniel's を世に送り出した。因みにアメリカ政府公認蒸留所第 1 号はここである。20世紀に入り、甥に当るLemuel Motlow (レミュエル・モトゥロウ)に引き継がれるものの、1947年にMotlow が亡くなると、後継ぎがいなかった事もあって、最終的には1956年にBrown-Forman (ブラウン・フォーマン)に買収されて今に至っている。


ここはまだまだ中盤戦という事なので、次回 Part 5 へと続く!


Apr. 2018 東京近郊での或る撮影会(現在は廃止)
PENTAX K - 3 Ⅱ+smc DA star 16 - 50mm f2.8 / smc DA 35mm f2.4
モノブロックストロボ1基及び LED ライト使用




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高岡は銅器の街といっても差し支えなく、その歴史は約400年にもなる。そして最近、世界的に所謂クラフト蒸留所が雨後の筍の如く出現している。実を言うとそこで使われるポットスティル=単式蒸留器が高岡銅器を覚醒させるかも知れないのである。クラフト蒸留所だけではなく、メジャーな既存の蒸留所にも広がって行く可能性も将来的には否定出来ない。

その先陣を切るのは砺波市にある若鶴酒造で、世界初の鋳造ポットスティル 2基(容量は共に3000リットル)が稼働しようとしている。若鶴酒造は1862年(幕末で生麦事件のあった年)創業で日本酒・ウィスキー・米焼酎・リキュールを生産販売するだけでなく、北陸コカ・コーラボトリングを傘下に収める会社でもある。廃れかけたウィスキー部門を再興し、クラフトウィスキー蒸留所として新たなスタートを切った三郎丸蒸留所として注目を集めている。3年前に「三郎丸1960シングルモルト55年」を、1本55万円で売り出した事で大きな話題になったのは記憶に新しい。
現在この会社がウィスキーを蒸留するのは 6~9月のみという事なので、稼働は来月以降になりそうである。同社のメインはあくまでも日本酒であるので、ウィスキーにばかりリソースは割けないからと思われる。


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高岡の隣の砺波に所在する若鶴酒造のハードリカーである。同社は1952年からウィスキーの製造を行ってきた。
左は三郎丸のニューメイクスピリッツ、モルトウィスキーの熟成前の奴である。因みに非売品で、非売の理由は生産できる量が非常に少なく、スピリッツで売ってしまうと将来ウィスキーとして売れる原酒が無くなってしまうからだという。
右は以前から所謂地ウィスキーとして販売していたブレンディド・ウィスキーのSUN SHINE 40%
このSUN SHINE が発売されたのは1953年だったが、同年5月に大火災を起こし施設は全焼してしまったが、何と約半年で再建に成功。翌1954年には日本では当時珍しかったアロスパス形連続蒸留器も導入(こちらはグレインウィスキー用だったのか?)



ポットスティルは現在、スコットランドのForsyth (フォーサイス)が他を圧倒しているが、このスティルを作れる業者自体が抑々少ない。ポットスティルという物は大きな銅板を鍛造してそれを組み上げて作られる。更には蒸留時の高い圧力に耐えられるような精度と強度も要求される。
蒸留器の爆発による死亡事故も起きているのは事実で、蒸留自体がスティルに対して大変な負荷を掛ける。そこでそのストレスに耐え続けられる様に作るには鍛造に於ける高い精度と組み立ての技術が必要になる。よって、単式蒸留器の製作には、かなりの日数と手間が必要でどうしてもコストは高くなる。
加えて純銅の板を鍛造する場合、その板の厚さには限界がある。そして、蒸留を重ねて行くと銅板自体が痩せて行く事は避けられない。ある程度の年数で大きなパーツを交換するか、蒸留器自体を交換する必要が生じてしまう。
銅は蒸留液の不要不善な成分(特に硫黄化合物)と化学反応を起こし、スピリッツに入らない様にするという重要な役割を持っている。ハードリカーの蒸留器には必ずという程銅が使われるのである。


鋳造されたスティルは純銅製ではなく、銅に8%程の錫を加えた合金で出来ているという。ここで錫なんて入った蒸留器で大丈夫かと思われるであろうが、銅と錫は近似した特性があり、焼酎の蒸留器では錫のパーツが組み込まれている程である。ミニチュアみたいな試作機で検証テストを繰り返し行った所問題はなかったどころかオフフレーヴァー除去の点では期待を上回る部分もあったという。

鋳造なら鋳型があれば同じものを作れば作る程コストが下がる。鋳型を工夫すれば板金では難しいとされる様な複雑な曲面も容易に作れる。そして鍛造より金属を厚く出来るので寿命も長くなり、おそらく接合面も少なくて済むので強度もアップすると考えられる。又発注から納品までの日数も短くなるとも考えられるので、鋳造ポットスティルが軌道に乗れば世界のハードリカー界に革命を起こす存在になり得るであろう。

品質を落とさず中長期的なコストを抑える事に寄与するとなれば、既存の大手資本も注目し導入を進める可能性もある。若しそうなれば高岡銅器は世界に向けてその存在を大きくアピールし、前田利長高岡入城400年にして大覚醒を果たす事になるかも知れない。そこはまさに見ものである。

5年前は高岡というと北陸本線・城端線・氷見線・万葉線と乗り鉄撮り鉄三昧を楽しむ所だった。それも今は昔、北陸本線が 3セクローカル線になってしまいその楽しみは随分しぼんでしまった。
若鶴酒造は城端線の油田駅にほど近い場所にある。未だにキハ40系気動車の走る城端&氷見線砺波の地酒・クラフトウィスキーを絡めるという楽しみ方もあるという訳である。




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高岡といえば昔は越中の国府が置かれていた所である。北陸本線を走る特急群の最後の雄姿を収めようと高岡に足を運んだのは今から丁度 5年前になるが、その時の街の印象というと豪く寂れたものだった。金曜日夕方だというのに中心市街地で歩行者あまり見掛けない、旧市街地は恰も死ぬ寸前みたいに見えた。

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485系特急北越・2014年5月 高岡~西高岡間にて

嘗ての特急街道だった北陸本線も今や昔、第3セクター化されて半ばローカル線に転落してしまった。
新高岡駅は中心から外れている、こうなると町が更に分散して薄められて更には新幹線のポンプとしての吸引力は相当なものなので、衰退がアクセルレイトされてしまう事が十分に予測される


ここまでネガティブな話ばかり書いて来たが、高岡をディスる目的でこの記事を書いているのではない。高岡という所は長い歴史の糸というものを紡いできた本来は立派な街なのであり、それが国土政策や現代の流れによって蒸発してしまうのは忍びない事だと思っているのである。

そんな高岡だが、高岡銅器という名産品がある。銅・真鍮を鋳造して作られる銅器だが、国内シェアは95%とほぼ独占で、作られる物は大仏・梵鐘の様な大きい物から銅像、更には食器・花卉・アクセサリー類まで多岐に及ぶ。
この地場産業は1611年に前田利長が高岡城入りした時、鋳物職人を呼び寄せて様々な特権を付与した上で金属産業による街の繁栄を図ったのが始まりとされる。この当初作られていたのは鉄器であり、銅器が生産されるようになったのは19世紀に入ってからという事らしい。
明治以降は美術工芸品が盛んに作られる様になったが、太平洋戦争中は地金の銅が不足した事と軍用機部品の生産の必要性に迫られた事から、アルミニウムの鋳造加工が主になった。これが戦後に富山でアルミ関係の産業が発展するきっかけになったとされる。
1970年代前半までは中心市街地に近い金屋町に関連企業が集まっていたが、1976年以降は戸出地区の銅器団地に移転していった。


400年の歴史を持つ高岡銅器だが、バブル崩壊した1990年代以降は苦境に立たされる様になる。そこに職人を含めこの産業に従事する人間の高齢化が追い打ちを掛ける様になった。大仏・梵鐘等から神仏用品といった「宗教関連用品類」需要の大幅低下も逆風となったのは間違いない。
補足すれば、宗教法人の宗教活動収入はここ20~25年で40%前後減少しているとされるので、その関連業界でも倒産廃業が相次いでいるという。


それでも近年は町興しの一環で人気アニメ漫画等のキャラクター銅像設置が各所で行われる様になり、そこで高岡銅器が使われる事で知名度がアップし受注も増えているという。
1975年に国指定の伝統的工芸品となり、79年には特定産業の産地指定を受け、2008年には高岡銅器協同組合は特許庁の「地域団体商標」としての登録がされた。又現在とやまブランドの一つとして大々的に売り出す動きも盛んである。
高岡銅器の鋳造方法としては主にこの4種類=双型鋳造・焼型鋳造・蝋型鋳造・生型鋳造が用いられている。


高岡銅器は1950年代辺りから輸出もされているというが、今世界的に覚醒するチャンスが訪れようとしている。
そして現在そのムーヴメントは隣接する砺波市で具体的に進行している。

1回では冗長になる可能性があるので、この先はPart 2 にて!




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このシリーズ、今回は水野鈴菜(みずの・れいな)嬢が " モデルとして " 登場。
モデル撮影記なのだから当り前田のクラッカーと云われるかも知れないが、彼女の本業はシンガーソングライター。だが、彼女はモデルもやっている。
前にもこの記事でモデルとしての彼女を撮りたいと書いたが、実はその願いは去年 1月下旬に実現していたのである。
2018年の1月というとえらく寒かった上に、20日頃に都内でも大雪が降った。その積雪が残っている週末に杉並のスタジオで2枠=120分みっちり撮影した。


言うまでもない事ではあるが、彼女とは既にそれなりに面識があったので、初対面の相手とやる様なぎこちなさや妙な緊張感はなかった。シンガーソングライターとしての彼女の姿は複数回取り上げているのだが、モデルとしての姿をご覧頂きたい。

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一発目のネタは Jack Daniel's(ジャック・ダニエル)、テネシー・ウィスキーの最大勢力にしてブラウン・フォーマン(Brown Forman)の一番の主力ブランド。
小道具は実際のボトルとロゴ入りT シャツ(恐らくは販促用)。両方とも横浜にある酒のリサイクルショップで購入したが、このジャックは45度なのでバブルの頃若しくはそれ以前のボトルという事になる。彼女はその時生まれていない。


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ジャックのボトルも昔は角が丸くて全体的なシェイプも少しシンプルだった。彼女は今時のボトルしか見た事が無かったらしく、少々驚いていた。
バブルの頃、当時日本の若年層(小生もその一人)はウイスキーといえばバーボンやテネシーだった。それもアメリカの御都合だったのである。というのも、当時アメリカ経済は長い低迷期で自国で生産したウィスキーも思うように売れなかった。そこで業界は日本市場にあの手この手で売り付けたのであった。




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前半はアメリカ代表のジャックなら、後半はスコットランド代表を出さにゃいけん。てなわけで、Glenfarclas (グレンファークラス)を投入。2017年の秩父ウイスキー祭記念ボトルでFamily Cask シリーズの物、蒸留年が2004と2005という 2種類が出ていた。小生が入手したのは2005年の方。
このファークラスと同時にイチローズモルトの秩父蒸留所からも記念限定ボトルがリリースされていた。


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ファークラスのボトルは色々持っているのだが、抑々割れ物で結構重く値も張る。更にはスーツケースに入れるのも大変なので使いイイ小道具ではない。首の所にパラフィルムが巻きっぱなしになっているのも御愛嬌という事で

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本当は他の蒸留所もフィーチャーしてみたいのだが、使えるグッズが見つからない。このタオルは昔限定ボトリングの物を買った際におまけでついて来た一品。
普通、ウィスキーの販促グッズなんて一般には手に入らない、それこそ飲食店・バー・酒屋等から流れてきた物をリサイクルショップ辺りで探せれば可能性はあるだろうが。世界的なウィスキー人気で販促グッズなんて使わなくても売れる時代である。


ところで、小生の中での彼女のイメージをスコッチモルトの蒸留所に喩えた場合、実を言うとファークラスにはならない。だが、どの蒸留所がフィットするのかというと今の時点では答えには窮する。

てなわけで、Part 2 へと続く!

Jan. 27th, 2018 Pulchra 撮影会 杉並区内のスタジオにて
PENTAX K-3Ⅱ+smc DFA 35mm f2.4, DA-Star 16-50mm f2.8
オフカメラストロボ・LED ライト使用




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日本のみならず世界の彼方此方でブームになっていると思われるアイリッシュウィスキーだが、アイリッシュにはモルト、グレイン、ブレンディド、そして(シングル)ポットスティルウィスキー(以前はピュアポットウィスキーの名称)の4種がある。
ポットスティルウィスキーはアイリッシュ独特の物で、大麦麦芽と大麦(未発芽)の両方、更にはオーツ麦等(これも未発芽)を加えて、それをマッシング・ウォッシングを経てポットスティルで2回又は3回蒸留するのでモルトとグレインの中間的な作り方と言えるかも知れない。
そんなスコッチにはない特徴を持った酒もアイリッシュには存在する。

前記事で述べた様に、嘗て2ヶ所にまで減った蒸留所も34箇所まで増えたが、新しく出来た蒸留所も、スコットランド同様に資金繰りに色々な工夫を必要としているのは想像に難くない。ウィスキーと平行してその他の製品を製造販売しているケースも多い。その代表例が、ウィスキーになる前のスピリッツで、POTIN(ポーティン)と呼ばれるスピリッツも注目を浴びている。
2011年にCooley(クーリー)蒸留所がサントリー・ビーム(Suntory-Beam)に買収されると、同蒸留所からの外部への原酒供給が廃止されてしまった。原酒をここからの供給に依存していたメーカー(ブランド)はピンチに陥り、自前の蒸留所を作らざるを得ない所が出てしまった。これも蒸留所増加の大きな原因である。

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左右ともにTeeling のボトルから
左=Teeling Vintage Reserve 24yo 46.4%=single malt Irish whiskey
右=Teeling Irish whiskey 2001-14yo Sheery cask 58% Whisky Magazine editor's selection


The Teeling Whiskey Company(ティーリング・ウィスキー・カンパニー)というボトラーは近年、左の画像にある様な25~30年クラスの長熟シングルモルト等をリリースしている。
それが同年代のスコッチモルトより評価において上回る物も多いという事となると、アイリッシュの実力は世に知れ渡り、最近のアイリッシュ人気爆発に繋がったとも言える。

先日も某酒販店で、このTeeling vintage reserve のシリーズ(25000円前後)が並んでいる所を指して、「これ位のレベルの酒をスコッチで探したら、これより全然高くなりますよ」と言う言葉を耳にした。(4万位にはなるという事か)
今まで人気が無かった分結果的に凄い樽が上手く残ったのではないかとも思った、そして同時に清水の舞台から飛び降りたつもりで手を出してみようかと気持ちが動きかけたものの、決してワイズスペンディングにはならないと思い留まった小生だった。

Teeling の親子(John、Jack、Stephen)がアイリッシュの牽引役としての役割も担っているが、親父=Johnは1987年にCooley 蒸留所を立ち上げた人物でもある。
この一家はクーリーを売却した金でダブリン市内のビール工場を買収し蒸留所に作り変えた。これがTeeling 蒸留所であり、モルトやポットに先行する形でグレインの原酒から蒸留を開始している。この背景にはクーリーからの原酒供給の廃止決定があると思われる。
ダブリンにはこの他に計画中の蒸留所が3ヶ所ある様で、全部稼動すれば4ヶ所。嘗ての「ビッグ4」には到底及ばないが、アイリッシュ中興、ウィスキーの都ダブリン復活の大きなアイコンと成るかも知れない。
嘗ての「ビッグ4」の一角だったMarrowbone Lane(マローボウン・レイン)を作ったのが誰あろう、この親子の先祖であるWalter Teeling(ウォルター・ティーリング)だった。それから200年を経た今、その子孫達がダブリンに於けるウィスキーの伝統的スタイルを復活させると息巻いているのである。(


長い間下火になっていたアイリッシュも90年代終盤から増産に転じたものと思われるが、その頃から作りも変ってしまっているのかも知れない。となると、最近の人気に火を付けた超傑作品はこの先もう手に入らなくなる可能性が高い。
何せ、最近のウィスキーは効率よくアルコールを採り、在庫の回転も速くする事に腐心し過ぎているとしか思えない部分がある。

アイリッシュの回復に対して、ダイヴァシティ(diversity)的な部分では喜んでも良いのであろうが、その一方でこんな事が続くのだろうかと懐疑的にもなる。
最近のマーケットを見ていると、ネタを見つけてバカ騒ぎして消費し尽くしたら、ばった屋みたいに又何処かに飛び移るというのを繰り返す様な気がしてならない。


アメリカでもバーボンは戦後長い間日陰の存在だった、日本がバブルの頃バーボンが持て囃されたものだが、行き場の見付からない酒が無理矢理日本に売り付けられたという背景もあったのである。
アイリッシュはウィスキーの元祖としての底力を取り戻し、バーボンを含めたアメリカ系ウィスキーと共にスコッチにどれだけ対抗出来るかという所は小生としても見物である。

Teeling が凄いのか、はたまたアイリッシュの潜在させる力が凄いのか?その答えが判るのにはこの先数年は掛かりそうである。何せ相手は酒という本来ロングスパンな時間と忍耐を強いる代物なのであるから。



)Thomas Street、Marrowbone Lane、Bow Street、John's Lane の4蒸留所がダブリンのビッグ4と呼ばれていたが、1920年代までに前者の2箇所が消え、1970年代には後者の2つも消えている。



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