Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

タグ:EF81

去年お亡くなりになった名神クロス、名神高速と共に東海道線を跨ぐ一般道が出来たのは2005年位といわれているので、その生涯は僅か10年少々と短いものだった。
2017年秋の時点で線路南側の農地は潰されるという情報は受け取っていたので、その時から名神クロスの御臨終は覚悟していた御仁も多かろう。
線路の際まで 3階建てみたいな住宅がびっしり建てられるとまでは正直予想していなかったが、近い内の人口減少が目に見えているこんな場所で今更宅地開発を推し進めるなんて、旧態依然の土建国家っぷりには反吐が出てしまう。



210102@mescr01

直流区間の主役面をして我々を辟易とさせているEF210 、名神クロスでもデカい面をしてのさばっていた。この102号機は岡山のカマなので正式な桃太郎=100番台1次車・1999年投入

21016@mescr01

こちらは18機しか存在しない 0番台=16号機・1998年投入
901号機投入=1996年から2年後の1998年になって量産型機がデビューしたが、でもその翌々年の2000年3月には100番台にいきなりジャンプした。0番台から彼方此方変更されたらしいが、それなら最初(0番台)から変更しておけと突っ込みたくもなる。



66131@mescr01

こちらはEF66-131 号機、空コキ1両が一寸残念
EF210 がのさばる中でも午前中にEF66 のスジが確実に存在した時期もあり、運が良ければ2回捉えることも出来た。ただ、名神クロスに限らず関西で今まで小生が捉えたEF66 は何れもサメちゃんである。年に数える程しか関西に行く機会がないので、なかなかそうは上手く問屋が卸してくれない様である。

66108@mescr01n

普通電車に並ばれかかる108号機、空コキの隙間から207系の顔が覗いてしまった。

51002@mescr01n

この場所では日本海ルートからの列車も来るので、関東では見られなくなった EF510 が両パン状態で拝める。(敦賀以北では交流なので片パン)

510504@mescr01n

500番台もここで撮影出来たが、寝台特急牽引機時代の小綺麗に保たれた姿を何度も目にしている小生からすると、どこかやるせない気持ちにさせられる。この500番台レッドサンダーになる事なく全検をクリアしてしまったが、青いからといってブルーサンダーは名乗れずそんな「宙ぶらりんな状態」を何時まで続けるつもりなのか?

※ここまでは2014年11月、2015年10月撮影の画像を使用

81103nhk@mes01

EF81-103 の牽く日本海、2011年10月撮影
2011年の後半はトワ罐に牽引されるケースが非常に多かったと記憶している。
山に囲まれた場所である為か、急に曇られたりするパターンにも結構泣かされた。これも完全にマンダーラである(´;ω;`)


蛇足かも知れないが、名神クロスからも割と近い上牧築堤は如何かというと…

225i6@kamk01

225系網干車8連の新快速、2015年10月に名神クロスと掛け持ちして撮影したもの。

名神・新名神高速高槻JCT に繋がる府道79号が上を跨ぐ様になってしまったこの場所だが、築堤もこの有様に変わってしまった。現場に行くと何やら余計なものがあって色々煩い。初見という事もあり、どういう構図で行くか答えが出難かった。もう少しサイド気味のアングルで行くべきなのだろうが、それでも絵的に大きく改善する様にも思えない。



ここからはざつだん形式…

これは西山天王山が悪い! 阪急が悪い!
西山天王山・大山崎からも約1kmやけど、この辺をバスはほとんど走っていないし決して便利な立地でもない。


奥さんが車で駅まで送ってくれて、あとは電車という郊外型のパターンで行くんやろ。

そんな尽くしてくれる嫁なんて殆どおらんから、駅までチャリやろ。

これはこれは、開発してなけりゃ死んでしまう土建国家病が日本を巣食っているぜ~っ!

戦後すぐに日本人を思考停止に追い込んで、アメリカ式郊外型消費生活を無理やり刷り込んだGHQが悪い!

アメリカの物を大量に買わせて、郊外開発で土建屋と住宅メーカーを食わせられるという一石二鳥という話やったけど、結局それで幾つの街をダメにした?、エッ!

戦後60年間は人口が増えてきたからそれでも良かったんや!

日本国中何処も彼処も同じ景色同じ看板って頭がおか C

土建業界には完酷塵超賤塵がタップリ入り込んでる、道路や宅地を開発すればする程そいつらに富が吸い取られる

街がドーナツ化して旧市街がゴーストタウンになって、それはな、根付いてきた歴史や由緒、文化が蒸発してしまう事なんやで!

道路開発+宅地開発→ショッピングセンター+病院+ラブホテルのセットという定期
工場なんか作っても何処から来たか分からない様な派遣労働者ばっかり増える。

それって田舎の話やろ、大都市圏と一緒に語るな!

抑々今って、あの辺のJR って撮るモンあるんか?





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今年もあと数時間で終わる、今年大きな節目となるアニヴァーサリーを迎えた車両達が存在した。
その筆頭格は伝説の「ヨンサントウ改正」から丁度半世紀!、てなわけで ゼロロク 世代カルテット= EF66 EF81 485系 583系 、この同級生は阪急5000系。他は国鉄の貨車が多かったが何といっても件のカルテットが偉大過ぎる。
神戸高速鉄道が開業、東京都営地下鉄浅草線が全線開通+京急との乗り入れ開始もこの年。


81725@meis01

EF81-725 号機@名神クロス
既にほぼ完全に死亡と確認された名神クロスの懐かしい絵


6633@krky01

今は亡き EF66-33号機 が東北本線の運用にも就いていた頃の画像、撮影地は黒小屋踏切。これから公開する予定だったものを一足早く公開。

485a1a2y157b

2年前の 485系仙台車A1+A2 関東ラストラン

583@hghs01n

2011年2月にヒガハスで捉えた 583系秋田車 、ゲレンデ蔵王号送り込み

hk5008@yodg01

そこそこ祝ってもらえたのが阪急でも地味な5000系だったのは草

この中でも 485系 583系 は現存しないのだから祝しようもなかったといえばそれまでだが、せめて今年まで引っ張って50周年を迎えさせて欲しかったと思うのは小生だけだろうか?



あのサザンオールスターズがデビューし、新東京国際空港=Narita Airport が開港、阪急対ヤクルトの日本シリーズで大杉勝男氏の疑惑ホームラン、最後に疑惑なしのホームランでダメを押したあの時から40年。
近鉄30000系が40周年、ヴィスタカー自体は60周年。初代ヴィスタカー10000系が1958年に登場したが僅か13年という短命に終わった。その後2代目=10100系が1959年に登場したが、連接では使いにくいという事で1978年に置き換えられた。
京成スカイライナーも1973年から従前の「開運号」の代替として暫定的に運行していたが、78年5月の空港開港によって正式に空港特急=スカイライナーとして運行開始に漕ぎ着けたので、スカイライナー自体は40周年である。
40周年を迎えたのは 国鉄781系 新京成電鉄8000形京浜急行800形名鉄100系等があるが、781系は10年以上前に引退し現存しないからアニヴァーサリーもへったくれもない。


ktv@masug01

2013年11月真菅のカーブで捉えた30000系単独の4連。こういう緩いカーブでの短編成は収まりが悪い

kq823lt@kanzb01

復刻塗装 Love Train だった 823 編成

sks8513@tkwd01n

今は亡き新京成8000形8514編成=去年8月末運用離脱(常盤台駅付近・2015年)



昭和も終わりになった1988年、その年の後半は昭和天皇が崩御されるかという事態になり、彼方此方のイベントの「自粛」が相次いだ。そんな中でもお構いなくバブル真っ只中で謳歌していた御仁達も多かった訳であるが、もうそれから30年が経つのである。更には阪急ブレーブス並びに南海ホークス最後の年になってしまった。
更に、 Bruiser Brody (ブルーザー・ブロディ)がプエルトリコで José Gonzalez (ホセ・ゴンサレス)に刺殺されたが、それはこの年7月17日の事だった。


この年デビューといえば…、何といってもコレ!

ktulp@isash05

先日も取り上げたが、アーバンライナーも30周年を迎えたのであった。

mt1012@tafm01

アーバンライナーの同期生の一つが、この名鉄パノラマスーパーであった。(画像は旧名義で流用、ゆるしてニャン



今度はバブルも弾けてかなりの年数が経った1998年、この年に生まれた連中も20歳になる。多摩都市モノレール、大阪高速鉄道国際文化公園都市モノレールが開業、東京と大阪それぞれの郊外同士を結ぶ連絡の足が誕生した。鉄道は関東を中心に今時的な「手抜きチャラい安物時代」に本格的に入り始めたのもこの辺り。
そして、国鉄清算事業団が消滅したこの年にデビューしたのはというと…


285i3@tky01

あの 583系 以来、丁度30年ぶりに寝台電車が登場! その名は285系SUNRISE EXPRESS、今やこの国に残る唯一の定期寝台特急となってしまった。翌年のブルーリボン賞も受賞。 

kq2109@tsmg01

京急の看板として君臨する 2100形 も今年で20歳になった。1998年は前年の反動だろうか?、デビューした車両が少なく、世代の谷間の様な所がある。



そして今やリーマンショックから10年が経ったが、それと同様の経済危機がこれから近い内に起きる可能性も高まっている。10年前の2008年といえば巨人軍の所謂「メークレジェンド」の年で、AKB48の勢いが本格化した時でもある。
日暮里舎人ライナー及び横浜市営地下鉄グリーンライン開業という出来事もあったが、三木鉄道が廃止になり島原鉄道線もその44%に当たる区間を廃止した。福島交通も会社更生法適用を申請している。その年の鉄道界では元祖・夢の超特急=0系引退が大きなニュースだっただろうか。

kh3001@nss01

スターになり切れない京阪3000系(Ⅱ)、中之島線に入る快速急行という前提でデビューしたがその中之島線は大スベリしてしまった8000系の存在が大きく、先代から引き継いだ3000系の名も重すぎたのか中途半端な存在になってしまっている。ただ、プレミアムカー導入も決定して将来的に巻き返しを図れるか?


kbd6002@nag01

神戸電鉄の風景には到底マッチしない場違いな物にしか見えないが、同社初のステンレスカーである6000系が登場。(2015年11月・永田駅付近にて)

st11903@kaswd01

相模鉄道で最も影が薄いと思われる11000系=つまりE233系のパクリもこの年に登場。この編成はそうにゃんラッピングの物。

sb30101@tok01

「爆弾ドア電車」との異名も付いたスマイルトレインこと西武30000系も10周年。このデザインを考えたのは女性社員だというのだが、如何せん悪趣味だとしか思えない。


あと3時間も経たない内に2019年、あの最強世代との呼び声も高い?1989年組が30年の節目を迎えてしまう。



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今年で生誕50年を迎えた EF81、通称パーイチ。従前の EF80 をさらに進化させた謂わば「交直流機の決定版」として1968年12月に登場した。今月で丁度50年になったのである。
EF80 には1台車1電動機を採用していた事等から生ずる各種問題があり、新たな標準的交直流機の開発が必要だった。そこで50 / 60HZ の交流+直流の「 3電気対応機」として同世代の EF65 をベースに開発されたのがこのパーイチ様だったのである。


当時は交流機でサイリスタ位相制御が実用化されていて、パーイチも当初はサイリスタチョッパ制御の採用も検討されていたというが、抵抗制御という事で決着してしまった。汎用機として、日本海縦貫を中心にほぼ全国で使える様にするという大前提があった上、3 電気対応の為の各種機器を搭載する事等も考慮され 6軸(F級)で抵抗制御というシステムが採用された。

2014年北陸に遠征する事2回、この時のメインターゲットは 681/683系 はくたか であったのだが、サブターゲット達も豪華な大正義だった。無論、その中にはここで取り上げる富山の EF81 もあったのである。


2014年北陸遠征の1回目は5月末だった事は他の記事でも述べているが、初日の朝も500番台だったが新潟方面に向って来ていたのであった。
しかし、レンタカーの貸出手続きに手間取り、急いで撮影地に向ったが、到着したところで通過してしまい唯々見送るだけという破目になった。
(ジャパ〇レン〇カーは 24H 営業というのは助かるが、何せ場所が悪くて不便で対応もダラダラして今一つの事が多い)
その後 9時前の新潟方面もEF510-500番台だったので、パーイチ様は午後の部までお預けになってしまった




81721@tak01

初めて撮れた貨物パーイチは721号機の単機だった
関東在住の小生にとってはパーイチというと寝台特急を始め回送、工臨、イベント列車等々を牽引するJR 東日本所属機、真っ赤なパーイチのイメージが強かった。
正統派のパーイチはこの色であると確信した次第であった。


81404@tak01

富山にいた基本番台は運転記録装置の取付を機に600番台に改番されたが、こちらは404号機。元々は131号機だったが、九州用となり404号機に改造された、2007年に富山に転属。2011年には御覧の様な富山更新色に変った。
2015年以降はJR 東日本から移籍してきたEF510-500番台に役目を譲り、富山パーイチの運用が消滅。404号機は 2016年4月に門司に帰還を果たし再び九州内での運用に就いている。


そして翌日・・・。前日取り逃した7時台の 北 越 もパーイチも逃さずキャッチするぜぇ~という訳で

81725@tak01

7時半頃新潟に向う725号機=元125号機。湖西線開業に合せて1974年に投入され、旧敦賀第2機関区で活躍した後に富山に。入梅前の朝日の中でやってきた。

81735@tak01

2日目の午後に単機でやってきた735号機=元135号機・1975年製造、ヒサシ付きというのがマニア受けするらしい。ただ、ヒサシは上越線運用対応化の為の後付という事らしい。これも日本海縦貫での運用を失ってその挙句、去年廃車になってしまった

81729@tak01

この日の午後2本目のパーイチは荷のある 729号機だったが、編成長を読み違えてしまいケツが切れるという失態を犯してしまった 地方線区のカモレは不慣れなので編成長は余計に読み難いのは確かだが、多少長くても良い様に対応しておくべきだったと反省する小生である。
今から思えば、5月末で時刻も15時を過ぎていたのでここから少しだけ西高岡寄りのカーブでも撮れた気がする。それを思うと余計に残念なショットになってしまった。


同年9月末に遠征した時には、既にEF510 (0番台・500番台)が主体になっていた。門司所属だった500番台は続々と帰還してしまっていて、しかも撮影した場所が高岡ではなく富山だった事もあって、パーイチ様に出会う望みは叶わず、EF510 しか捉えられなかった。



81725@meis01

同年11月、名神クロスで晴天の下捉えた725号機。この罐とは半年振りの再会を果たせた事にはなるが、運用離脱が進んでいた事もあってこれが富山パーイチのラストショットになってしまった。この725号機も2016年に廃車されてしまった。
名神クロスでパーイチを撮るという一つの夢は何とか一度だけでも叶ったので良しとせねばならんのか?


元々九州用だった400・500番台以外でも門司に転属して走っているのは 717、716、718 の3機であり、2016年に721・725号機、2017年には726・735号機、今年には719号機が廃車になってしまっている。



参考がてらに旅客会社の方の EF81 も序に乗せておく

81101nhk@yod01

今は亡き敦賀の101号機(=JR 西日本所属)・2011年に淀川の鉄橋にて撮影
この101号機は2013年廃車、最後まで残った原色=106・108号機は2017年廃車となり原色は姿を消した。トワエク仕様の物でも先日 44号機 が廃車され残存するのは 113・114号機 のみとなっている


8198casp@krky01

JR 東日本所属 98号機牽引のカシオペア紀行=2017年2月撮影 98号機真っ赤なボディに流れ星マークの入った所謂北斗星カマ
E26 系も通常のカシオペアとしての運行は2016年春に終了し、以来はツアー列車として運行を続けているが、今年に入ってからその頻度は下がっている。



EF81 EF66 の様な圧倒的な存在感は無いのは事実、決してハイスペックでもない。汎用機というだけに一見平凡にも見えるが、同時に偉大なる平凡というものの凄さを確認させてくれたのだった。
生まれも育ちも東京で、EF81 というと嘗ての東北寝台特急のイメージを持ってしまう小生、貨物の EF81 とは御縁に恵まれなかった訳で、貨物のパーイチ様のこれだけしか押えられていない。
それならもっと早くから日本海側に足を運ばなかった?と突っ込まれれば返す言葉は無いが、小生も往還自在というには程遠い立場で、足を運ばなければと思っている内に2014年まで来てしまったのだった
JRFパーイチはまだ九州で走っているし、それも含めて国鉄形機関車は長寿である、非常に使い易いとされる事がその背景にあろう。 EF64 では1000番台=80年代製造ばかりになってしまったが、1970年製の 37号機JR 東日本)はまだ生きている。 EF65 でも70年代後半以降のロット(勿論PF1000番台)は 国鉄特急色 に復帰するなどしてまだまだ健在である。その一方、「JR 形」の 3桁機関車がそんなに長生き出来るのかは、はっきり言って疑問である。(多分ダメだろう・・・)



てなわけで、そんなパーイチ様に小生から捧げる珠玉の一曲は、この曲と相成った
Peter Cetera (ピーター・セテラ)並び Amy Grant (エイミー・グラント)がデュエットし、1986年の末に全米#1 をも獲得した超有名曲である " The Next Time I Fall " 
Peter Cetera は Chicago (シカゴ)のヴォーカルを長らく努めた後、脱退してソロに転向したばかりだったが、" Glory Of Love " に続く2曲連続の全米#1 獲得となりソロシンガーとして非常に良い滑り出しを見せた格好であった。
一方、Amy Grant は元々ゴスペルシンガーだったが、この曲の大ヒットでポップスシンガーとして認知度を上げて、その後90年代に入ると一気にメジャーな名前になった。(註1)(註2
因みに作曲者は Paul Gordon (ポール・ゴードン)と Bobby Caldwell (ボビー・コールドウェル)


この曲のPV はこちらのようつべでも御覧頂きたい。当時20代半ばだったエイミーは結構美しかったが・・・


Love, like a road that never ends
How it leads me back again to heartache, I’ll never understand
Darling, I put my heart up on a shelf‘
Til the moment was right and told myself


Next time I fall in love, I’ll know better what to do
Next time I fall in love..., oh, oh, oh,
The next time I fall in love..., the next time I fall in love, it will be with you


Now, as I look into your eyes
Well. I wonder if it’s wise to hold you like I wanted to before
Tonight, oh, I was thinking that you might
Be the one who breathes life in this heart of mine


Next time I fall in love, I’ll know better what to do
Next time I fall in love..., ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo
The next time I fall in love..., the next time I fall in love, it will be with you


Next time I’m gonna follow through
And if it drives me crazy, I will know better why the next time I try


Next time I fall in love, I’ll know better what to do
Next time I fall in love..., ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo
The next time I fall in love..., the next time I fall in love, it will be with you


Next time I fall in love... ( next time I fall ), oh, oh, oh, oh...
Next time I fall in love..., ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo
The next time I fall in love..., the next time I fall in love, it will be with you...




註1)Peter Cetera=ピーター・セテラは1944年9月・イリノイ州生まれ=長池徳士、安仁屋宗八、杉良太郎、平泉成、内田勝正、渡瀬恒彦、野川由美子等と同い年に当る。
Chicago の前身時代(The Big Thing)を含めて1967~1985年までリードヴォーカル兼ベースと務め、1985年に41歳で脱退しソロ活動に転ずる。1986年のアルバム " Solitude Solitare " 及び1988年の " One More Story " は大ヒット作品となった
註2)Amy Grant=エイミー・グラントは1960年11月・テネシー州生まれ=清水ミチコ、コロッケ、安寿ミラ、福良淳一、津田恒実、旭富士正也(伊勢ヶ濱親方)、氷室京介等と同い年になる
1976年にゴスペルシンガーとしてデビュー、1982年のアルバム " Age to Age " はゴスペルとしては異例のミリオンセラーを記録。" The Next Time I Fall " の大ヒットを機にポップスに進出し、1991年のアルバム " Heart in Motion " からのシングル " Baby Baby " でソロでの全米#1を獲得。90年代はポップスシンガーとして大活躍。その後21世紀に入るとゴスペルに復帰。




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JR 東日本キヤE195系JR 東海キヤ97系の兄弟車を東北地区に導入するとアナウンスしたのはご存知であろう。JR 東海は早々とレール運搬を専用の気動車に切り替えたが、これが遂に東日本にも波及したと云えるだろう。
キヤE195系については定尺レール用・ロングレール用各1編成ずつ、この冬から試験運用を開始し、その後本格導入となる見込みである。


レール運搬が機関車列車ではなくなるという流れが、いよいよ全国に波及するとでもいうのだろうか。今はまだ首都圏でロンチキやチキの工事列車がまだたまに見られるが、これもキヤE×××系に置き換えられる可能性が出てきた。
現実を言えば、旅客会社(地域会社)では機関車列車が廃れて長く、機関士の数も減って、近い将来いなくなる可能性は高い。機回しすら効率が悪いといって無くしたがる今の在り様である。JR 東日本でも現在所有する機関車はEF64EF65EF81 であり、何れも残りの寿命が長くないのは明らかである。

まだバラスト運搬の方は配給機関車列車である程度は残るであろうが、これも将来は怪しくなってきた。極論すれば、近い将来バラスト運搬用のディーゼルカー又は電車が出現しかねない。それこそ、キヤにバラスト運搬機能が追加されるかも知れない。

若し将来そうなったら…、こんな光景はそれこそ「メモリーズ」という事にになってしまうのか?


8180@shi01

EF81-80 牽引の宇都宮配給下り Jun. 2015 白岡~新白岡にて

8195@higj01

北斗星の序に撮った宇都宮配給=EF81-95 牽引 Jul. 2015 ヒガジュウにて

dd511193@aigw01

DD51-1193(宮原)牽引の工臨か配給の類(詳細は不明) Nov. 2014 現・JR 総持寺付近にて

この国内で使われる鉄道のレールは、新日鉄住金八幡製鉄所(北九州市)とJFE 西日本製鉄所(福山市)でその殆どが生産され、各鉄道会社のレール集積所に船舶又は貨物列車で輸送される。
JR 貨物の方としてはまだまだチキ・ロンチキを使ったレール運搬列車を機関車牽引で運行するであろうが、こっちだって将来は判らない。




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ブログの移転後、第5弾となるモデルネタだが、今回は去年2月末に新宿6丁目のスタジオ撮影会=Pulchra 主催で撮った画像を紹介したい
カプリpop 東新宿3C というスタジオだったのだが、CAPRI(カプリ)という会社は都内に数十箇所の小型のハウススタジオを運営する会社らしい。


Pulchra 撮影会の場合、1日で2人を相手にする様にしている小生である。補助機材の一部をレンタルで調達しなければならないが、それだけでも数千円かかる。そうなると1人ではペイ出来ないので、2人以上撮影するのである。
その日2人目の被写体となったのが、この十綾乃(つなし・あやの)嬢であった。以前、芸〇報〇という深夜番組に或る芸人の友人として出演した事もあるので御存知の方もおられよう。
「十」と書いて「つなし」と読むなんて、それこそ御幣島(みてじま)、河堀口(こぼれぐち)、特牛(こっとい)辺りに匹敵する位の難読名だが、前から一寸興味を持っていた相手だった。


てなわけで…、早速このネタから始めてみた

dix001  dix002

先ず登場したのは Twilight Express (勿論初代)
タペストリー タオル という組み合わせだけだったが、今回の場合これが「入りのネタ」だったので、これ位にしておいた。彼女のアウターがヘッドマークの色と丁度マッチしたのは偶然(だろう)
タオル は養生用のプラダン(プラスティック段ボール)に留めて板状にして使用。これにより片手でも持てる様になり、使い勝手がアップ
アングルが一寸上を向き過ぎだったのは頂けなかったが、これにはPENTAX のAF エリアの狭さも起因している


この日はストロボ等の補助機材が初めて使う物だったので、なかなか上手く行かず、順調に進まない中、60分で予定のネタは完遂したいという事で結構焦りながらやっていた。

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入り口の Twilight Express から日本海縦貫繋がりで、御馴染み 485 / 489 系 ヘッドマークシリーズに突入、先ずは 雷鳥 。小生の下には4種類あるのだが、60分の枠では全部やっているだけの時間は無い。そこで2つだけ選ぶのだが、どうしても 雷鳥 には触手が伸びてしまう。

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2種類目に選んだのは はくたか だが、如何せんソファのオレンジが鮮やか過ぎ、カーテンも一寸派手オレンジのソファ・ピンクのアウターという所ではヘッドマークの存在も翳み気味。
ここのスタジオは少々悪趣味に感じられる。セットの調度品の主張が強いのには参ってしまう、もう少し抑えて頂かないとやり辛くて仕方がない。


Part 2 へと続く!

Pulchra 撮影会@カプリpop 東新宿3C スタジオ Feb. 28th, 2016
PENTAX K-3+smc DA Star 16-50mm f2.8 / smc DA 35mm f2.4
ストロボ2種及びLED ライト使用




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