Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

タグ:EF66

この企画、越年させるつもりは無かったが、パソコン死亡とか色々あって思う様には行かないものである。

ヨンサントウ改正は戦後鉄道史の中の一大イベントだったという事に異論は差し挟めないであろう。これに合わせる様にデビューしたのは EF66 以外にも、EF81 485系 583系 というまさにそれぞれのジャンルに於ける決定版といえる車達で、それぞれが長年に渡りウルトラ級の大スターであり続けたのである。

このカルテットと同い年に当る御仁達を挙げて行くと…
羽田美智子、森口博子、松下由樹、紫吹淳、菊池桃子、荻野目洋子、鈴木京香、いしのようこ、和央ようか、杉本彩、大塚寧々、河合美智子、井森美幸、生稲晃子、長嶋三奈、重太みゆき、勝間和代、小野文恵、高嶋ちさ子、Chara、
城之内早苗、濱田マリ

つんく♂、木山裕策、内野聖陽、渡部篤郎、佐々木蔵之介、岡田圭右、葉加瀬太郎、名倉潤、月亭方正

スポーツ界に目を遣ると、野球界からは桑田真澄、野茂英雄、山崎武司、金本知憲、矢野燿大、長谷川滋利、杉浦正則、緒方耕一、緒方孝市、飯田哲也
その他スポーツ界では琴錦功宗(朝日山親方)、北沢豪、原田雅彦、深堀圭一郎、伊澤利光、永田裕志、ブル中野、尾崎魔弓、ミスター雁之助、ハヤブサ、邪道、鈴木みのる、薬師寺保栄、小川直也、長崎宏子


海外のスター達から挙げると、Celine Dion(セリーヌ・ディオン)、Kylie Minogue (カイリー・ミノーグ)、Lisa Loeb(リサ・ローブ)、Naomi Watts(ナオミ・ワッツ)、Will Smith(ウィル・スミス)、Mark Anthony(マーク・アンソニー)、
スポーツ界、特に MLB では90年代~2000年代のスタープレイヤーが目立つ(当然だが)。
Frank Thomas(フランク・トーマス)、Mike Piazza(マイク・ピアッツァ)、Sammy Sosa(サミー・ソーサ)、Jeffery Kent(ジェフリー・ケント)、Gary Sheffield(ゲイリー・シェフィールド)、Jeffery Bagwell(ジェフリー・バグウェル)、Roberto Alomar(ロベルト・アロマー)、Mike Mussina(マイク・ムシーナ)、
その他のスポーツでは、Paolo Maldini(パオロ・マルディーニ=サッカー)、Mika Hakkinen(ミカ・ハキネン=F1)、Colin McRae(コリン・マクレー=ラリー)、Michael Stich(ミヒャエル・シュティッヒ=テニス)、Kurt Angle(カート・アングル=プロレス)
極め付き?は、Felipe VI=現・スペイン国王フェリペ6世

余談かも知れないが、ゼロロク世代には小生の知っているバーテンダーさんにも結構いる訳でバーテンダー界でも一寸した Golden Generation だったりもするのか?

ただ、この世代を見てゆくと実は飛び抜けたスターが少なく、全般的にやや小物感が否めない所がある。その中ではやはり横綱に EF66 、大関には 485系 583系 EF81が列せられるのは間違いなく、C. ディオンやW. スミス、S. ソーサ、K. アングルで関脇・小結という感じだろうか?

「同期デビュー」という視点に変えて見ると、
Deep Purple(ディープパープル)King Crimson(キングクリムゾン)、Yes(イエス)、ジュンとネネ、池乃めだか、大谷直子、和田アキ子、丘みつ子、水木一郎
プロ野球では高田繁、関本四十四、川藤幸三、松岡弘、村田兆治、小川亨

更に他では出前一丁、ボンカレー、霞が関ビルディング、道路交通法違反点数制、日商岩井、ソニー・トリニトロン、トヨタコロナマークⅡ(現・マークX)、日産ローレル、いすゞ117クーペ、タカラ人生ゲーム、少年ジャンプ、ゴルゴ13、ゲゲゲの鬼太郎(アニメ)、郵便番号、文化庁、全仏オープン(オープン化がこの年)、キイハンター、巨人の星、お昼のワイドショー、3時のあなた、夜のヒットスタジオ、オールナイトニッポン

こんな辺りが挙げられる。


そんな事は兎も角、ここでは東北本線でも活躍していた頃の ゼロロク様 の絵を紹介して行きたい。
午前10時半頃にワシクリを通過する3096レ(当時)に充当されていた(黒磯以南)
この時代には 0番台 も廃車が進んでいたので、運用の大部分はサメちゃんだったのは言うまでも無かったが、運が良ければ ゼロロク閣下 にも出会えたのである。


6626@krky01

いつだったかは判らないが、ワシクリで ゼロロク 初撮影となったのは 26号機
でもこれは本当は失敗例と考えるべき。引き付け気味に撮ろうとして架線柱の処理を誤った典型例。本来ならもっと奥に追いやるべきだったのだろう。この時は久し振りのワシクリだったが、その当時多用していた撮り方と違う撮り方に挑戦したらこんな失敗。
この失敗で引き付けて撮るのが怖くなってしまった小生、以下の構図(従前の形)で撮る様に戻ってしまった。


6633@krky01

裏被り食らった 33号機 、相手はEF210 のコンテナ列車。何故かこういうケースが多かった。
以上 2点は K-5 Ⅱ時代の作例。これ以下は K-3 (2015年1月購入)へとバトンタッチ。




ここで EF66 御登場の1968年はどんな年だったかを振り返ってみると、それは「激動の時」という言葉で表現される事も多い。
先ず、この国は東京五輪(Ⅰ)から4年後で翌々年には大阪万博(Ⅰ)を控えていた高度成長の時代だった。この機関車は高度成長の末にGNP 世界第2位となり先進国の仲間入りを目前にした時代の申し子の様にして誕生したとも、高度成長の歩みが必然的に産み出した怪物とも呼べるのである。


安保闘争はクライマックスに近い状態で全共闘その他の過激派が暴れていて、ヴェトナム反戦運動もピークに達し、東大闘争も始まった。10月には新宿騒乱=新宿解放区なんていう事件まで起きた。三里塚闘争を始めとした成田闘争も最高潮に近い状態で、第1次~第3次成田デモ事件等々が起きている。
他では横須賀線電車爆破事件、金嬉老事件、日大闘争の引き金になった20億円使途不明金事件、3億円事件もこの年の事件。
公害問題もクライマックスとなり、水俣病が公害病認定を受け、カネミ油症事件が起こったのもこの年であった。


年明け早々にプラハ(当時はチェコスロヴァキアだった)の春が起きて、続いてヴェトナム戦争では所謂「テト攻勢」も始まったが、これを対抗する様にフォンニィ・フォンニャットの虐殺、ハミの虐殺(この 2つをやらかしたのはバ完酷)、更に米軍によりソンミ虐殺事件も起こった。
春になるとワルシャワで「 3月事件」が勃発。アメリカでもキング牧師(Martin Luther King)が 4月に暗殺されると人種暴動勃発の引鉄が引かれた。6月には RFK ことRobert F. Kennedy (JFK の実弟)暗殺事件も起きている。
フランスでも所謂「 5月革命」が3月~7月にかけて起きたが、5月の大規模ゼネストがそのピークであった。
8月にはプラハの春に対抗してワルシャワ条約機構軍がチェコスロヴァキアに侵攻するチェコ事件が発生。10月にはメキシコでも五輪の10日前に民主化要求デモが起こり、これに対し警官隊が発砲し数百人の死者が出た。



現代史の話はここまでにして閑話休題という訳で…

6633@krky02

K-3 での ゼロロク様 初撮影は2015年2月上旬で 33号機 だったが、又も裏被りを食らってしまう=[ 悲報 ]

なんでこんな構図で撮っていたのかという理由だが、その一つとしてこの場所では線路の脇に道路があるのだが、線路から離れてしまうとそこを車や歩行者が入ってしまうと完全にアウトなので、そのリスクを避けるという事もあった。踏切の手前なので微妙な所に障害物が出来てしまったりで当時の小生はこういう撮り方しか考えなくなってしまった。(猛省)


6621@krky01

こちらは 21号機 =2次形最初のカマ
裏被りがなく撮れたのは良いが、途中で空コキが連続して非常に間抜けな感じになってしまった。これは臨貨なのか代走なのか今となっては解らないが、前出の #33 と同日撮影であった。一度に2回も 0番台 のシャッターチャンスが訪れるなんて夢の様な日もあったのだ。



6624@krky01

ダブル撮影の約一週間後、裏被りなしでほぼフルコンで #24 も捉えられた。
2015年2月は 0番台様 に逢える機会が比較的多かった様に思うが、嗚呼、帰れるならこの時に帰りたい。


6626@krky02

2015年10月中旬、 26号機 は2回目だった。
また少しアングルを変えてと思って撮ってみたが、今一つな形に
架線柱が中央付近に来てしまったのは悔いが残る。今の小生ならこういう構図はない90~100mm相当でもう少しだけサイド気味に引き付けて撮る。


6630@sam01

年は変わって2016年1月、黒小屋ばかりだとマンネリ過ぎるので佐間のストレートで撮る事にしたが、それが結果的にしくじりだった。
その日3096レでやって来るのは 30号機 、歩道橋からの俯瞰アングルでとも思ったが、線路の脇道に歩行者等が入り込むと完全にアウトなので、それを避けようと地上に降りて撮影した。そうしたらこんな絵に。(黒小屋に撮影地変更するにも既に他の撮影者で埋まっている危険性があったので佐間で我慢)


この時期は、その少し前に都内で起きた架線柱倒壊事故を受けてか、急に架線柱の架け替えを行う事にしたのか?、従前の物に加えてコンクリートのゴツい架線柱が増やされていたのである。聞いた所では、前年末から急に増殖したらしかった。増やされた奴のせいで、画面全体が串刺しという惨劇になってしまった。俯瞰撮影ならリスクはあってもここまでの惨劇は起こらなかっただろう。(パン抜きは至難中の至難になっただろうが)

その後3月からは東北本線は EH500 独壇場になってしまった事もあって、結局これがワシクリ、そして東北本線での ゼロロク様 ラストショットになってしまった。



小生が EF66-0 番台を捉えられた回数は、実を言うと屁みたいな数でしかない。
何でもかんでも片っ端から追い駆けられる訳ではないが、以前からもっと情報にアンテナを張りゼロロク様を優先して真剣に追い掛けていれば、結果は全然違っていただろう。消え行こうとしているこの 偉大なる領導機様 とのシャッターチャンスを慈しみたかった。そしてこれからも、残った1機 とまだ巡り会えるチャンスがあると信じて、諦めずに待って逃さない様にしたい。。

てなわけで、今回の一曲として、Dionne Warwick (ディオンヌ・ワーウィック)の " Never Gonna Let You Go " をこの偉大なる車両に捧げたい。註1彼女は故・Whitney Houston (ホイットニー・ヒューストン)の従姉としても知られる。この曲は実を言うと Sergio Mendes (セルジオ・メンデス)の曲としての方が有名だが註2、実質的オリジナルは彼女の方。
この曲は元々Earth, Wind and Fire のために書かれたが、それがレコーディングにも至らずで、D. ワーウィックが1982年のアルバム " Friends In Love " に収録したのが最初となった。
翌年、アルバム制作の為にバラード曲を探していたメンデスがこの曲に注目し、カヴァーしたのがシングルとしてもリリースされて全米(Billboard Top 100)でもTop 5 入りするヒット曲になり、以降は大変有名な曲となった。


D. ワーウィックのオリジナルの方は こちらのYouTube を参照いただきたい、
S. メンデスのカヴァーのライブヴァージョンもリンクさせておく事とする。(メンデス氏は殆ど映っていないが…)


両者で曲の構成と歌詞が若干異なるが、掲載の lyrics は D. ワーウィックのヴァージョンの方である。

I was as wrong as I could be to let you get away from me
I’ll regret that move for as long as I’m living
And now that I’ve come to see the light, all that I wanna do is make things right
So just say the word and tell me that I’m forgiven


You and me, we’re gonna be better than we were before
I loved you then but now I intend to open up and love you even more, this time you can be sure


Never gonna let you go, I’m gonna hold you in my arms forever
Gonna try and make up for the times I hurt you so
Gonna hold your body close to mine, from this day on, we’re gonna be together
Oh, I swear this time, I’m never gonna let you go


Looknig back now, it seems so clear, I had it all when you were here
Oh. you gave it all and I took it for granted
And if there’s some feeling left in you, a flicker of love that still shines through
Let’s talk it out, Let’s talk about second chances


When you see it’s gonna be sweeter than it was before
I gave something but now I intend to dedicate myself to giving more, this time you can be sure


Never gonna let you go, I’m gonna hold you in my arms forever
Gonna try and make up for the times I hurt you so
Gonna hold your body close to mine, from this day on, we’re gonna be together
Oh, I swear this time, I’m never gonna let you go


Let me hold you to my heart, let me say that you’re a part of me
And you always will be, I’ve come to see there’s no one else but you
So, won’t you say you want me too


Never gonna let you go, I’m gonna hold you in my arms forever
Gonna try and make up for the times I hurt you so
Gonna hold your body close to mine, from this day on, we’re gonna be together
Oh, I swear this time, I’m never gonna let you go


Never gonna let you go, I’m gonna hold you in my arms forever
Gonna try and make up for the times I hurt you so
Gonna hold your body close to mine, from this day on, we’re gonna be together
Oh, I swear this time, I’m never gonna let you go...  ( repeat and fade out )


その 唯一残った0番台 はまだ出て来てないが、それはどうしたかって?
その辺の事も含めてPart 3 へと続く!




註1)Dionne Warwick は1940年12月New Jersey 州生まれで、本名はMarie Dionne Warrick。大学時代に音楽を専攻し、音楽プロデューサーの Burt Bacharach と出会う。大学卒業後の1963年にデビュー、翌年 " Walk On By " というヒット曲を放つとその後は70年代後半の不振を除いての活躍は夙に有名。
註2)Sergio Mendes は1941年2月・ブラジル生まれのブラジル人。幼少期はクラシックを学んでいたが、その後はボサノヴァ・ジャズを手掛ける様になる。80年代に入るとadult contemporary にも進出。その際のヒット曲が " Never Gonna Let You Go "




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今年もあと数時間で終わる、今年大きな節目となるアニヴァーサリーを迎えた車両達が存在した。
その筆頭格は伝説の「ヨンサントウ改正」から丁度半世紀!、てなわけで ゼロロク 世代カルテット= EF66 EF81 485系 583系 、この同級生は阪急5000系。他は国鉄の貨車が多かったが何といっても件のカルテットが偉大過ぎる。
神戸高速鉄道が開業、東京都営地下鉄浅草線が全線開通+京急との乗り入れ開始もこの年。


81725@meis01

EF81-725 号機@名神クロス
既にほぼ完全に死亡と確認された名神クロスの懐かしい絵


6633@krky01

今は亡き EF66-33号機 が東北本線の運用にも就いていた頃の画像、撮影地は黒小屋踏切。これから公開する予定だったものを一足早く公開。

485a1a2y157b

2年前の 485系仙台車A1+A2 関東ラストラン

583@hghs01n

2011年2月にヒガハスで捉えた 583系秋田車 、ゲレンデ蔵王号送り込み

hk5008@yodg01

そこそこ祝ってもらえたのが阪急でも地味な5000系だったのは草

この中でも 485系 583系 は現存しないのだから祝しようもなかったといえばそれまでだが、せめて今年まで引っ張って50周年を迎えさせて欲しかったと思うのは小生だけだろうか?



あのサザンオールスターズがデビューし、新東京国際空港=Narita Airport が開港、阪急対ヤクルトの日本シリーズで大杉勝男氏の疑惑ホームラン、最後に疑惑なしのホームランでダメを押したあの時から40年。
近鉄30000系が40周年、ヴィスタカー自体は60周年。初代ヴィスタカー10000系が1958年に登場したが僅か13年という短命に終わった。その後2代目=10100系が1959年に登場したが、連接では使いにくいという事で1978年に置き換えられた。
京成スカイライナーも1973年から従前の「開運号」の代替として暫定的に運行していたが、78年5月の空港開港によって正式に空港特急=スカイライナーとして運行開始に漕ぎ着けたので、スカイライナー自体は40周年である。
40周年を迎えたのは 国鉄781系 新京成電鉄8000形京浜急行800形名鉄100系等があるが、781系は10年以上前に引退し現存しないからアニヴァーサリーもへったくれもない。


ktv@masug01

2013年11月真菅のカーブで捉えた30000系単独の4連。こういう緩いカーブでの短編成は収まりが悪い

kq823lt@kanzb01

復刻塗装 Love Train だった 823 編成

sks8513@tkwd01n

今は亡き新京成8000形8514編成=去年8月末運用離脱(常盤台駅付近・2015年)



昭和も終わりになった1988年、その年の後半は昭和天皇が崩御されるかという事態になり、彼方此方のイベントの「自粛」が相次いだ。そんな中でもお構いなくバブル真っ只中で謳歌していた御仁達も多かった訳であるが、もうそれから30年が経つのである。更には阪急ブレーブス並びに南海ホークス最後の年になってしまった。
更に、 Bruiser Brody (ブルーザー・ブロディ)がプエルトリコで José Gonzalez (ホセ・ゴンサレス)に刺殺されたが、それはこの年7月17日の事だった。


この年デビューといえば…、何といってもコレ!

ktulp@isash05

先日も取り上げたが、アーバンライナーも30周年を迎えたのであった。

mt1012@tafm01

アーバンライナーの同期生の一つが、この名鉄パノラマスーパーであった。(画像は旧名義で流用、ゆるしてニャン



今度はバブルも弾けてかなりの年数が経った1998年、この年に生まれた連中も20歳になる。多摩都市モノレール、大阪高速鉄道国際文化公園都市モノレールが開業、東京と大阪それぞれの郊外同士を結ぶ連絡の足が誕生した。鉄道は関東を中心に今時的な「手抜きチャラい安物時代」に本格的に入り始めたのもこの辺り。
そして、国鉄清算事業団が消滅したこの年にデビューしたのはというと…


285i3@tky01

あの 583系 以来、丁度30年ぶりに寝台電車が登場! その名は285系SUNRISE EXPRESS、今やこの国に残る唯一の定期寝台特急となってしまった。翌年のブルーリボン賞も受賞。 

kq2109@tsmg01

京急の看板として君臨する 2100形 も今年で20歳になった。1998年は前年の反動だろうか?、デビューした車両が少なく、世代の谷間の様な所がある。



そして今やリーマンショックから10年が経ったが、それと同様の経済危機がこれから近い内に起きる可能性も高まっている。10年前の2008年といえば巨人軍の所謂「メークレジェンド」の年で、AKB48の勢いが本格化した時でもある。
日暮里舎人ライナー及び横浜市営地下鉄グリーンライン開業という出来事もあったが、三木鉄道が廃止になり島原鉄道線もその44%に当たる区間を廃止した。福島交通も会社更生法適用を申請している。その年の鉄道界では元祖・夢の超特急=0系引退が大きなニュースだっただろうか。

kh3001@nss01

スターになり切れない京阪3000系(Ⅱ)、中之島線に入る快速急行という前提でデビューしたがその中之島線は大スベリしてしまった8000系の存在が大きく、先代から引き継いだ3000系の名も重すぎたのか中途半端な存在になってしまっている。ただ、プレミアムカー導入も決定して将来的に巻き返しを図れるか?


kbd6002@nag01

神戸電鉄の風景には到底マッチしない場違いな物にしか見えないが、同社初のステンレスカーである6000系が登場。(2015年11月・永田駅付近にて)

st11903@kaswd01

相模鉄道で最も影が薄いと思われる11000系=つまりE233系のパクリもこの年に登場。この編成はそうにゃんラッピングの物。

sb30101@tok01

「爆弾ドア電車」との異名も付いたスマイルトレインこと西武30000系も10周年。このデザインを考えたのは女性社員だというのだが、如何せん悪趣味だとしか思えない。


あと3時間も経たない内に2019年、あの最強世代との呼び声も高い?1989年組が30年の節目を迎えてしまう。



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今年も大きなアニヴァーサリーを迎えた車両は色々存在したが、その中の真打はやはりコレに尽きるだろう。日本鉄道界最大のスターとして君臨し続けたあの機関車

小生、正直言うと幼少期には EF66 といってもピンと来なかった。小生の幼少期は1970年代だが、この時代勿論100番台(サメちゃん)は存在せず、走っていたのは基本番台(即ちゼロロク様)。EF66 はそもそも貨物用の罐で、(高速貨物用に開発されたのだから当然だが)旅客列車を牽引するなんてありえない時代だった。小生は子供心に、関係ない遠い世界の存在みたいに看做していた様に思う。


都内で生まれ育った小生は貨物列車を見かける機会に恵まれず、それもあってか機関車というと EF64 EF65 EF81 にシンパシーを感じていた様に思い出される。それでもその圧倒的な存在感は否定しようがなく、旅客列車を牽引する日が何れ来ないかと思っていたのも確かである。

tomix660b

モデル撮影会の小道具として2016年春に導入したTOMIX のHO ゲージ模型、価格は23000円程度。
尤もTOMIX のヤツだからその値段で収まったとも言える。天賞堂だったら幾らになるのか考えるだけで gkbr 。分割払い購入したが、HO ゲージのサイズでも小道具としてなかなか目立たせる事が出来ないのは計算外だった。


tomix660a

スタジオポートレートでもこの偉大なる ゼロロク様 の御事跡を残そうと頑張っている小生だが、この画像の様にレールに乗せて両面テープで仮止め的に固定して相手の娘に持たせると、「わぁ重い!」と言われる。値段を言うと ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル になってしまう娘もいる

tomix660d

模型を撮影するのは意外と難しい。寄って撮ると被写界深度が稼げないから、1.4m程度離れて中望遠レンズの70㎜(APSC)で撮影。少し離してやった方が被写界深度も稼ぎ易いと考えたのである。
それでも思ったようにはいかない。これでも F18 まで絞って300W のモノブロックストロボを使用して撮っている。そのストロボも300W という割にパワーがない。




EF66は御存知の通り、その試作機が EF90(後に EF66-901 となる)として制作され、2年近いテストを経て伝説のヨンサントウ改正=1968年10月に合わせる様な形で15機が投入された。それが EF66 半世紀の歩みの始まりだった。
登場から17年、貨物専用だった EF66 に一大転機が訪れた。予てからこの機関車にブルトレを牽いてもらいたいと思っていたファンは多かった筈である。3月14日のダイヤ改正でそれがついに現実のものとなったのであった。
寝台特急はやぶさのロビーカー連結により EF65 ではパワー不足という事になり牽引機として ゼロロク様 が抜擢された。同時に他の九州方面寝台特急もこの機関車が牽引する事となり、ブルトレ EF66 という時代が訪れた。
そのダイヤ改正から18日後の4月1日に「夕焼けニャンニャン」がスタートした。当時ティーンエイジャーだったおニャン子達(小生と完全に同世代)も今やその大部分が五十路なのである。若作りが過ぎる渡〇美奈代でさえ来年50になるのである。


更にその翌年11月には貨物でもスーパーライナーという花形運用が登場して、日本鉄道界の真の花形役者としての地位を確立したといえる。この両方とも国鉄民営化を見越した対策だったのは言うまでもない。


6620@kkgw01

2008年10月、加古川に赴いた際にたまたま巡ってきたシャッターチャンス。やや曇り気味であった事が幸いした。改正なら周囲の建物の影が落ちてしまうか、サイドは丸つぶれだった可能性は高い。
ゼロロク様の初撮影はこの 20号機 だった。同機はこの翌年に廃車になってしまった。60年代製造の1次車を撮れたのはこれが最初で最後という事になってしまった。
この 20号機 は 1次形である為、運転台上の「弁当箱」が付かなかった。内部機器の制限の関係でクーラーが付けられたのは 21号機 以降の 2次形のみである。因みにこの20号機は1987年8月から約5年間 特殊試験塗装 で走っていた。(どう考えても評判は悪かったのは間違いない)


6624@otbs01

2008年12月、JR 東海の尾頭橋駅から並走する名鉄を狙っていたら、東京方面へ向う 24号機 がやってきた。慌ててカメラを向けて撮ったは良いが、顔に架線柱の影が架かってしまった。シャッターを切るのが早すぎたようだった。普通ならこんなのはNG として棄ててしまうのだが、相手は何せ ゼロロク様 という事で残しておいた。
今の K-3 Ⅱならあたり構わず博打的にでも高速連射をかけてしまう所だが、この時の K-20 は連射が遅すぎて使い物にならず、基本的にワンショットで使っていたのがここでは裏目に出たか。本命より外道の方が遥かに素晴らしいのは言うまでもなく、こういうのもセレンディピティと呼べるのであろう。



6628@otbs01

実は 24号機 を撮る4か月前(8月下旬)、同じく尾頭橋で 28号機 も捉えていた。
あのクソ経営で国民に迷惑を掛けまくった国鉄が、この半端ない機械芸術を作ったなんて信じられない様な事実でもある。(尤も、クソ経営になったのは国鉄自体だけの責任とは言えないが…)

光線状態等々を考えると決して褒められたショットではないが、今となっては大事な宝物である。




さて、この国の鉄道史に燦然と輝く金字塔である 偉大なる領導機様 を讃え申し奉る一曲として先ずは今回セレクトしたのはコレ!
Carpenters (カーペンターズ)が1970年に放った有名曲、"(They Long to Be) Close To You " である。このデュオにとっては最初の全米#1ヒットであり、カナダ、オーストラリアでも#1となり、全英チャートでもTop 10 入りをして、翌年のGrammy Award も獲得に繋がる。

2回続けてかよ!と思われるかもしれないが、この曲を出す事は以前から決めていたのであった。

それこそ有名過ぎて犬でも猫でも知っているというレベルで、もはやスタンダードの域に入っているといえるが、曲については こちらのYouTube でもご覧頂きたい

中京地区の方々は、嘗て中京テレビのクロージングとして1999~2007年にかけて使用されていた Cubic U (宇多田ヒカル)のヴァージョンを思い出されるのではないだろうか。


Why do birds suddenly appear everytime you’re near ?
Just like me, they long to be close to you
Why do stars fall down from the sky everytime you walk by ?
Just like me, they long to be close to you


On the day that you were born, the angels got together and decided to create a dream come true
So, they sprinkled moon dust in your hair of gold and star light in your eyes of blue


That is why all the girls in town follow you all around
Just like me, they long to be close to you


On the day that you were born, the angels got together and decided to create a dream come true
So, they sprinkled moon dust in your hair of gold and star light in your eyes of blue


That is why all the girls in town follow you all around
Just like me, they long to be close to you
Just like me, they long to be close to you


Waaa..., close to you... Waaa..., close to you... Ahhh..., close to you…

小生は勿論、鉄道ファンならそれこそ誰もが傍にいたいと思う存在、それが ゼロロク様 である!

てなわけで、Part 2 へと続く!



)1970年のアルバム、 " Close To You " のタイトルトラックでもある。この曲、実はカヴァーである。オリジナルは Richard Chamberlain (リチャード・チェンバレン)が1963年にリリースしたものである。作曲者は Burt Bacharach (バート・バカラック)とHal David (ハル・デイヴィッド)



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このネタも中盤戦の Part 3 に入る。
ここでは初公開ネタとなる「The Legend」「国宝」「産業遺産」、 ゼロロク様 こと EF66-0番台 をフィーチャー



akieri123  akieri124

世界で一点だけのタペストリー。自作したと言いたい所だが、さすがに無理なので用意した画像から業者に作ってもらった。
掛ける為の紐も付いているのだが、こういうスタジオには殆どフックが無い。適当に紐をテープで仮止めして使うのだが、これだけで結構大苦戦。テープで付けられる様なフックも自前で用意してしなければ使えないのか?
上は今は亡き 26号機 =黒小屋踏切で撮影、下は独りぼっちになってしまった " 国宝 "  27号機 =八甫ストレートで撮影、何れも東北本線の運用に就いていた時の懐かしい画像である。



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タペストリーの次は模型、見栄えがする様にHO ゲージを購入。これが TOMIX の物で24000円程度。これでも十分高価だが、あの天賞堂謹製ならもう一桁上がる可能性もある?

高価な模型を導入しておいてだが、重大な欠点を発見してしまった。手で直接持たせると、手に隠れてしまうのである。これでは折角大枚叩いて買った HO ゲージの存在感が消えてしまう。この解決策として後に短いストレートのレールを買い、その上に引っ付けて使うという形で何とか解決したのであった。

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模型とタペストリー同時にフレームインさせる。因みに、彼女は長い事埼玉に住んでいたらしく、ワシクリのクリ=栗橋という名前に直ぐピンと来た。(旧栗橋町=現在は久喜市)

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本来ならタペストリーを左、彼女を右サイドに置くと収まりが良いのだが、タペストリーを下げられる場所が限られていて、理想的な構図を作れない

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この際荷の方はどうでも良いと言わんばかりの構図で作ってみた。
JR 貨物は企業が顧客という事もあって、一般ファン向けのグッズを作ってもビジネスチャンスには繋がらない。確かにこれは事実であろうが、 EF66 グッズを大々的に売り出せばファンには大うけ間違いなしで、売り上げは稼げる筈である。 EF66 は今年が50周年で(パーイチと一緒)、来年は鉄道貨物輸送近代化完了から50周年という事もあって、JR 貨物 27号機 がまだ生きている今だからこそグッズで売上アップのチャンスと思うのだが


このネタはまだ続く、次は勿論 Part 4

Mar. 25th, 2017、Pulchra 撮影会@新宿5丁目デプススタジオ(Depth Studio)
PENTAX K-3+smc DA star 16-50mm f2.8 / smc DA 35mm f2.4
バッテリーストロボ=Cononmark i6T EX、LED ライト使用





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同じ罐に頻繁に出くわすという言うのは、同じ場所で定点観測をしている様な人ならある事かも知れないが、小生には当てはまらない。
寝台列車等の様に使う罐の限られている場合はともかく、貨物の罐の場合、運用範囲が広く、その上比較的数の多い物となると頻繁に顔を合わせるケースはなかなか無い。


例えば、EH500=金太郎なんて実質東北本線・青函線又は関門に限られる。東北側(つまり仙台車)で64両も存在しているから、現時点で黒磯以南では運用も少なくなるので、同じ罐に出くわす率は低くなってしまう。

EF66-100番台=サメちゃんでもその運用範囲は東京~幡生の約1000㎞に加えて、首都圏各線の運用にも入り得る。スジは多くなくとも、同じ罐に遭遇するのは結構大変かも知れない。
サメちゃんを含めた EF66 は吹田所属で、吹田のスジは代走になるケースも多い。途中で急に付け替えられるケースもあるので、余計にややこしい事も起こり易い。
サメちゃんは33機が存在し、決して少数とは言えないから同じ罐にそうそう出逢わない。ただし、同じ罐が一定期間狭い範囲をグルグル回る様なケースもあって、その場合は続けて出逢う可能性がある。


66101@otb01
 
2008年12月上旬に尾頭橋駅で撮影した101号機 本来なら向こうを走る名鉄を撮影するのだが、その序にJR も撮ったらコイツに遭遇首都圏の何処かで遭遇していても不思議ではないが、残っているファイルを調べても、この時以来この罐に遭遇した形跡はない。小生が近年に遭遇したサメちゃんに関しては、90年代製造の角形ライトのタイプ(109号機~)が圧倒的に多く、丸型ライトの89年組(101~108)は少ない。
 
66101@krky01

先日、ワシクリは黒小屋踏切に行った際に3064レで捉えられた。7年振りの撮影である。 この日一発目に八甫でカシオペア撮影後、黒小屋に移動するとこのスジに101号が入るというのが分った。 0番台 が入る可能性が比較的高いとされるスジで、サメちゃんというのではガックリな話。ただ、この101号機はJR 貨物発足後初の直流型新製機というメモリアルな罐なのである。

7年振りというのは帰宅後ファイルの整理をしていて気付いたのである。サメちゃん自体は何度も撮っているが、上述の様にこの1次車に遭遇するケースは意外と少ない。 丸いライトは1989年登場1次車(101~108号機)の証し、という事は今年で26歳、黒小屋で居合わせた人が「何時落ちてもおかしく無い」と言ったのを聞いて、もうそろそろ先行きが不透明になって来る年頃であると気付かされた。

後輩のEF200 も一部が落ちているから、環境に優しいww桃太郎がますますのさばって来るのは必至。

黒小屋で直流機の話が出来るのもあと僅かかも知れない。来年春以降、EH500 の首都圏での運用が拡大する可能性が高いからである。近い将来、黒磯のデッドセクションが駅の北側に移動して、機関車付替えが無くなるという噂もある。
来春以降寝台特急が消滅し、頼みの綱の貨物も実質的に金太郎独壇場になるとすれば、黒小屋に足を運ぶ事も殆ど無くなってしまうかも知れない。小生、金太郎が嫌いではなく、それどころか寧ろ結構積極的に撮る罐で、第一エンドから来てくれた時等は非常に嬉しいのだが、さすがにこればっかりになったら食傷を起こすのは目に見えている。


蛇足になるが、隣の水沢踏切とこの黒小屋との間で人気に差がある様な気がする、というより、現実的に差がある。黒小屋が余り人気になるのも個人的には困る話だが()、恐らく黒小屋だと県道の跨線橋がバックにどうしても映り込むのを嫌がる御仁達が水沢を選ぶからとしか思えない。
しかも、水沢踏切にはファンクラブみたいなものもあるらしい。 実は2日前、この黒小屋で撮ったのは102号機、こちらは5年振りの再会である。



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Dec. 2015)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



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