Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

タグ:1997年

1997年生まれ=今年で21歳という事になるが、換言すれば 500系 世代という事にもなる。その中で早くも最下位決定戦が出来そうな情勢になってきた。

500w8@mgmz42
(W8 編成 2010年・大田区にて撮影)

この世代、鉄道では東武30000系京阪9000系、800系叡山電鉄900系JR 東日本E653系、同E2 系 山陽5030系 等が存在する。
では 500系 と同級生に当る御仁達はというと・・・女性では松井珠理奈(SKE48)、芳根京子、小芝風花、桜井日奈子、唐田えりか、生田衣梨奈(モー娘)、生田絵梨花(乃木坂46)、「みるるん」こと白間美瑠(NMB48)、森保まどか(HKT48)、岡田奈々(AKB48)、伊藤萌々香(Fairies)、
SU-METALこと中元すず香(Babymetal)、藤田菜七子(騎手)、山口茜(バドミントン)
男性で挙げて行くと、先ず何といっても宇野昌磨、「柔道界のひふみん」こと阿部一二三、小笠原慎之介、高橋光成、オコエ瑠偉、平沢大河、松島聡(Sexy Zone)

そこでその最下位決定戦進出者だが・・・
勘の良い御仁なら直ぐにお判りであろう。
対戦カードはご想像の通り・・・、オコエ瑠偉 vs. 松井珠理奈

6月の総選挙で前代未聞の醜態とゴリラっぷりを世に示してしまった松井珠理奈。
その後、体調不良を理由に活動休止を発表。(不良なのは体調より脳みその方違うか?)更に一時は重篤な状態とも囁かれて、近い内の復帰は難しいとも言われていたが、今月に入って面の皮という名の鎧を更に厚くした模様で赤くもならずにしれっと復帰! 
復帰と聞いた際に開いた口が塞がらなかった御仁達も多かったはずで、最早厚顔無恥の極みとしか言い様がない!

そして、彼女と同等に酷いのがオコエ瑠偉

オフの過ごし方が毎年問題になって、去年のウィンターリーグに参戦すれば全く使い物にならず。本来なら自主トレをという時期にグアムで観光
(時を同じくして同じ地で体作りに励んでいる他の選手達もいたのにである。)
開幕は2軍、途中1軍に上がるも怪我で逆戻り。シーズン中にも拘らずいきなり野球と関係ないファッションのブログを立ち上げ、それもまともに更新されない。
入団当初、「将来は MLB に行きたい」とか、「トリプルスリーをやりたい」とか大口叩いてみたものの、一軍には定着出来たとは言えず、時々上がって来るものの爪痕すら殆ど残せず、このザマかと世間の嘲笑を集めてしまっている。
伝わってくる話からだと、プロ野球選手という自覚すらある様には思えない。ドラ 1なら来年位には覚醒しなければならない筈だが、それも先ず期待出来ない。


諄い様だが、このクソな 2名は 500系 と同級生! 少なくとも現時点ではこの世代の恥晒しなのは間違いない。



(またかよ!とお思いだろうが・・・、ここからはざつだん形式にて)

「芸能人なんて何にも出来ませんから・・・」
というのは安室奈美恵が先日イラネッチケーの特番で放った言葉。しかも一寸自嘲気味にな。
やい、松井珠理奈! お前もこの言葉しっかり噛み締めて自覚しやがれ!

まともに自覚出来る様な人は何チャラ48の類になんか入りましぇ~ん!

余所の何某娘OG の誰かさんみたいに酒気帯びで轢き逃げした  訳違うからまだそこは大目に見てやれや!

3年前のドラフトで楽天が1位で指名した時、ぶっちゃけズッコケたわ!

あの程度の奴をドラ 1って、楽天のフロント無能

ノーマークから急に出て来たもんで、身体能力高い=伸び代大きいという話になって、過大評価された。
その男に関してはこんな所です


契約金だけで満足してしまったのか? オコエは
野球やりたいのかハーフタレントになりたいのかどっちなのか?


どっちも無理やろ、あれじゃ

オコエ松井珠理奈ってレベル一緒ならいっその事、一緒にさせたら良くねぇ?

アホ! この 2人の間で子供出来たらチンパンジー以下なのは確実やんか!

そだねぇ~ 




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前記事で600アイテムに到達し、このシリーズもいよいよラスト、の筈だったが・・・
この回で全て終らせようとすると、ここが冗長になってしまう。よって、分割して急遽新に Part 12 を設けそこでフィニッシュしたい。

本題に入る前に1997年デビューという 500系 と「同期生」に当る面々を探してみると・・・


俳優女優陣では橋本マナミ、吉田羊、釈由美子、満島ひかり(当時はFolder の一員)、水川あさみ、小野真千子、山田純大(杉良太郎の息子)、藤原竜也、吉岡毅志(ウルトラマンガイアで有名)
芸人では永野、鉄拳、トータルテンボス、インスタントジョンソン、レイザーラモン、いとうあさこといった所。
音楽の世界では、スガシカオ、Zeebra、Dragon Ash、DA PUMP、ゆず、モーニング娘。、あの Beyoncé(ビヨンセ)を擁する Destiny's Child (デスチャことデスティニーズ・チャイルド)という面々が挙げられる。

プロ野球では、前年のアトランタ五輪出場選手のプロ入りも多かったため結構な豊作となった。井口資仁、松中信彦、小阪誠、小笠原道大、谷佳知、森慎二、和田一浩、大塚晶文、磯部公一、今岡誠、関本健太郎、濱中治、黒田博樹、澤崎俊和、森野将彦、岩村明憲、入来祐作、鈴木尚広、川村丈夫がこの年にデビューした。
サッカー界では、Michael Owen (マイケル・オーウェン)、James Carrager(ジェイムズ・キャラガー)、稲本潤一といったあたりになる。


ここから本題に入るが、2009年も年末に差し掛かると、 500系のぞみ 終焉のカウントダウンが本格化してきた。

栄光のW 編成最後の時に向けて

500w1@numb41

2009年の冬に田園調布付近で撮影、陽の向きと角度が良く判る。フロント部分に落ちる影は隣の横須賀線の架線からの物

2009年末から2010年の正月にかけての臨時便にも 500系のぞみ が設定された。馬込坂は新幹線と横須賀線が併走する所なのだが、線路の南側は西側と違い道幅にも余裕があり、冬場の昼頃の列車なら撮影がし易いという事で、既に結構な数の撮影者で賑っていた。
この頃から、ここでの望遠撮影をする様になった。(上りは後追い)


500w7@mgmz41

上り列車の後追いの作例から・・・
フェンスはそれなりの高さだが、フェンス際にコインパーキングもあるため、その看板がかなり邪魔である。結局はその看板に非常に苦労させられっ放しになるのだった。
W7 編成はこの年始の運用を最後に離脱し、こだま転用の工事に入ってしまった。


500w8@mgmz44

門松が取れると、 W8 ・W1 しか残っていない状態となり終焉が近い事をマジで感じざるを得なかった。

500w8@mgmz43

本来ならもっと手前に引き付けたアングルで撮りたいのだが、フェンスと件の看板が手前に目立って列車に被ってくる危険性も高いので出来ないのである。


500w1@mgmz42

下りの作例も・・・
この W1 編成 は元々試作編成だった事もあり、今や博物館と車庫の肥やしになっている。(1号車=京都のアレ、16号車=博多総合車両所)



500w1@mgmz43

500系のぞみ最後の冬だったが、空色の良くない日が多かった。東京都内でも冬場は空色がもっと綺麗な筈なのだが、湿気て濁った空になる日も多かった。
又こういうケースでは、当時使用していた K-7 の偽色の多さと発色の基本的に厭な所が非常に目立ってしまいそれが小生のストレスを増大させてくれたのである。


2月28日が近付くと、毎日何回も間近で見られたものが見られなくなり、山陽でこだまとして走っているとはいえ、遠くに離れてしまったという感は拭えなかった。東海道新幹線から本当の花形が無くなってしまう様で非常に淋しい思いに駆られてしまう小生だった。

2010年2月下旬、 500系のぞみ の終焉が迫った晴天の日に撮った以下の2枚が、 500系のぞみ のラストショットになった。この日もやってきたのは W8 編成であった。


500w8@mgmz45

正午の 6A は被りを食らう危険性も考え、今まで何度も撮ってきた形で納めようという事で望遠後追いはせず、脚立使用で金網に登ってのショットを選択したが、まあまあの感じの出来にはなった

500w8@mgmz46


当然、この日の2枚目として返しの29A を撮ろうと場所を移動したが、この日もかなりの人数が既に犇めいていていいアングルは取れなかった。結局、件の看板がかわせないという最悪の事態になってしまった
更には時期的な事を鑑みると黄砂、PM2.5、杉花粉等の影響も多分にあったと思うが、発色も悪い。馬込坂の近所は環状7号と国道1号という大型車の通行も非常に多い道路がある事も空色の悪さに拍車を掛けたのだろうか。


実は、同じ所でばかり撮っていてはいけないと思い遠方への遠征も考えていたのだが、結局それは実現せず、馬込坂になってしまった。

そして、2月28日=終焉の日は午前中を中心に雨だった。それでも東京駅を始めとして沿線各地には人が押し寄せて激バだったのは約8年経った今でも御記憶の方も多いのではないか。
因みにその日の昼頃小生は車を走らせていた。最後の 500系のぞみ=29A が東京駅を出発する12時30分、小生は山手通りの初台付近にいて信号待ちをしていたのだが、心中に去来してきた想いに小生は涙を押さえる事が出来なかった。


かくして、1997年から12年半続いた 500系のぞみ は終焉となった。2008年以降、運用が減った中でもN700系以上の存在感を示し続けたのは明らかで、伝説になるのは開発されたその時からの約束だったというべきであろう。
以来、8連の V 編成 になって山陽区間のこだまの運用に就いて新たに得た使命を遂行している。それまで山陽のこだまは0系100系が主体だったので高速化に対応出来なかったが、 500系V編成 700系E 編成(Rail Star) がこだまの高速化に寄与したという事である。


そしてこの記事の締めとして、 500系W 編成 「のぞみ」に捧ぐ最後の曲として小生が選んだのはこの曲であった。
 3 Doors Down (スリー・ドアーズ・ダウン)が2003年に放った大ヒットナンバー、" Here Without You " 。 (
いつもながらの展開だが、この曲自体の紹介はこのリンク先の You Tube にて


A hundred days had made me older since the last time that I saw your pretty face
A thousand lights had made me colder and I don’t think I can look at this the same
But all the miles had seperated
They disappeard now when I’m dreaming of your face

I’m here without you, baby, but you’re still on my lonely mind
I think about you, baby, and I dream about you all the time 
I’m here without you, baby, but you’re still with me in my dreams
And tonight it’s only you and me

The miles just keep rolling as the people either way to say hello
I hear this life is overrated but I hope it gets better as we go

I’m here without you, baby, but you’re still on my lonely mind
I think about you, baby, and I dream about you all the time
I’m here without you, baby, but you’re still with me in my dreams
And tonight it’s only you and me

Everything I know, everywhere I go, it gets hard, but it won’t take away my love
When the last one falls, when it’s all said and done
It gets hard, but it won’t take away my love, oh, oh…

I’m here without you, baby, but you’re still on my lonely mind
I think about you, baby, and I dream about you all the time
I’m here without you, baby, but you’re still with me in my dreams
And tonight, girl, it’s only you and me

次こそ本当にファイナル、Part 12 へと続く!



)3 Doors Down は Mississippi (ミシシッピ州)で1996年に結成され、2000年に世界的大ブレイクを果たす。
このバンドにとっての2nd アルバムである " Away From The Sun " (2002)からの 3rd シングルとしてヒットしたのが " Here Without You "で、Billboard Hot 100 では最高位が5位だった。




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~このネタ、まさかの越年~
本来、越年させたら意味が無くなってしまうのであろうが、完遂しない訳にも行かないので続行する。


一寸強引になってきたが、1997年のワインは如何だったかを少し語ってみよう
ヨーロッパ全般では比較的恵まれた所が多い印象であるが、フランスではかなりばらつきがあった模様である。
ボルドーでは駄目だった。ブルゴーニュは夏の高温が続いたのが災いし、肝心の酸が上手く育たずバランスの悪い物が多かった。シャンパーニュ・ローヌ北部・プロヴァンスといった産地で作柄に恵まれ、アルザス・ロワールに関してはまあまあ良い部類と思われる。
イタリアでは北から南までビッグヴィンテージになった所が多かった。ドイツやスペインはそこそこ良かったという感じで、オーストリアが抜群に良かったと言われている。

ただ、産地毎のヴィンテージ評価自体が結局はザックリとした目安でしかなく、実際に出回ったワインをテイスティングする事すらなく机上の論理だけで決めてしまう人間も多い。いざ実際にワインを買うとなれば、個別の銘柄の出来不出来が重要で、それは結局飲むまで判らない。

てなわけで、のぞみ時代の 500系 の画像を載せながら20周年を語って行く事にする。


500w7@numb31
(W7編成 田園調布付近にて

2008年以降、N700系の増備が本格化して、 500系 のぞみの終焉は刻々と迫っていた。運用列車も減って行き、遂に2009年春からは2往復4列車のみになってしまった=6号,29号,28号,51号。更に同年秋には1往復2列車のみに。それでも臨時列車での運用はそれなりの数があったので、狙うチャンスはそこそこ確保出来た。

のぞみ50号(2007年当時)等の最終近くのスジで運用されていた頃は新大阪・名古屋→東京で乗る事が結構あった。
先ずはあのボディ形状なので乗り降りがし難いのは事実だった、某・川〇俊〇や某・遼〇は〇ひの場合、頭がつっかえてしまい乗れなかったという噂もある。
車内に入ってしまえば、電車とは思えない様な形状の空間、紫やグレーをベースにしたインテリアが相俟って「そこまでやるか」感に満ちた世界が広がり、他の車両とは一味も二味も違う!と小生は陶酔感すら覚えたものであった。


もっとも、2008年の時点でN700 との比較で 500系 の旧さが露呈していたのは事実で、2007年11月からV 編成への改造=こだま転用(W3→5→6→4→2という順で)は始っており、のぞみ運用が減って行く中、遂には 500系 のぞみに乗車するチャンスも無くなり、2009年は乗車した記憶が無い。
ただ、同年秋にに新神戸→新大阪の1区間だけこだまとしての 500系 に乗車出来たのである。
そういう現実の中でこの曲が、漆黒の車窓を眺めながら 500系 に乗っていた素晴らしい時間の思い出と何処かシンクロナイズしてしまう。
その曲とは、 Whitesnake (ホワイトスネイク) が1987年に放った大ヒットナンバー、" Is This Love " (註1
因みに、Billboard Hot 100 では最高位が2位、全英では最高9位を記録。
この曲の収録アルバム共々ヒットしてから30年が経つ、アルバムは国鉄終焉とほぼ同時にリリースされていたのであった。(別に何の関係性も無いが)

如何いう曲かはこちらのようつべでもご覧あれ
PV では " Here I Go Again " と同様に David Coverdale(デイヴィド・カヴァデイル)の当時の彼女だった Tawny Kitaen が出ている。


I should have known better than to let you go alone
It’s times like these I can’t make it on my own
Wasted days, sleepless nights, and I can’t wait to see you again
I find I spend my time waiting on your call
How can I tell you, baby, my back’s against the wall
I need you by my side to tell me it’s alright, ‘cause I don’t think I can take anymore


Is this love that I’m feeling  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming
This must be love ‘cause it’s really got a hold on me..., hold on me


I can’t stop the feeling I’ve been this way before
But with you I’ve found the key to open any door
I can feel my love for you growing stronger day by day and I can’t wait to see you again
So, I can hold you in my arms


Is this love that I’m feeling  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming
This must be love ‘cause it’s really got a hold on me..., hold on me


Is this love that I’m feeling  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for


Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for... (fade out)



見る者達に対して感情移入の隙を見せずこれを全く許さないものこそスーパースターであるという論調も世の巷にはあるが、ありったけの感情移入をさせてくるSuper Star が 500系 なのだとつくづく思う。



さて、 500系のぞみ 最後の夏となった2009年の夏は、今までと違うショットを求めて品川界隈に繰り出した。国道15号北品川交差点から御殿山に向う路地が線路を跨ぐ所から金網を通しての撮影となる。その夏は実を言うと天候がやや不順で晴天率も低めでゲリラ雷雨も結構多く、撮り鉄泣かせな夏になってしまった。


500w8@goty31

15時過ぎに東京を出発する臨時便の後追い作例を3点

500w1@goty32

ただでさえも金網が細かくレンズを遮ってしまう上に、この線路を跨ぐ道路が狭く三脚も使えないという状況下での撮影は困難だった。

500w9@gtym32

博多に向う W9 編成だが、これ位だとまあまあ納得の行くショットにはなる。

500w1@goty31

夕方近くになって上京してきた W1 編成、旧盆くらいになると夕方前には御殿山の影に全体が覆われてきてしまう。

このアングルで順光になる事は無いが、夏場の午後遅い時間なら光線状態は少しはマシになるかという程度で夕方になると御殿山の影に覆われてきてしまう。基本的には曇りの日用のアングルと考えて欲しい。
品川駅を向いて下り列車を撮るなら午後順光。
2009年夏の時点でボディはK-7 だったのだが、コイツのセンサーの色の偏りが酷く、その事もあって納得のゆく絵作りが出来ていない。この時にせめてK-5 であったならと恨み節も出てしまうのである。


500w8@sng31

品川を出発して同駅構内のシェルターから飛び出してきた W8 編成

夏場の午後遅い時間に撮るというのなら、馬込坂の午後アングルで望遠撮影というのも有力な選択肢なのだが、その場合はキャパシティも少なく又被りのリスクも非常に怖かった。
前述の様に空模様が安定せず、しかも近隣住民の一部に撮り鉄を敵視する人間がいるらしく、穏便には済まない可能性もあったので避けたのである。





500w8@mgmz32

小生定番だった 6A @馬込坂のショットだが、フェンスの上からではなく金網にレンズを付けて撮った作例。湘南新宿ラインと思われる超つまらない奴が左サイドに割り込んできた。

500w8@mgmz31

W8
編成による 6A の後追い撮影
このショットも夏場だった事もあり光線はトップライトに近い上に、金網の影響が結構強く出ている。障害物も多いので非常に窮屈な撮影にならざるを得ない。


若しこの時代にFA Limited 43mm f1.9 やFA Limited 31mm f1.8 なんて持っていたらもっと良いショットが撮れたのではないかと悔やまれる。(今も持っていないが・・・、何せかなり高価
FA Limited は口径が非常に小さい物が多く、金網引っ付けには最適だったはずである。それこそこれ専用にでも中古でも買うべきだったかと今でも自問自答する小生である。(43mmなら今でもスタジオでバリバリに働いていただろうが・・・)


500w9@mgmz31

金網の上から撮った W9 編成、2009年9月頃のショットだったが、この編成を捉えた最後のショットになってしまった。この構図で何度も撮ってはいるがその中でもかなり納得出来たショットではある
同編成は11月上旬に運用離脱し、翌年2月から V9 編成として山陽こだま運用に専念している。


ここで、今回 500系 に捧ぐ2曲目として、STYX (スティクス)の有名曲、" The Best Of Times " (1981) を紹介したい。この曲はアルバム " Paradise Theatre " からシングルカットされ、全米でTop 3 を記録する大ヒット、隣国カナダで#1ヒットなった。作者は勿論 Dennis DeYoung (デニス・デヤング)。(註2
どんな曲かという事については、こちらのYou Tube でも御覧になられたし。


Tonight's the night we'll make history, honey, you and I
'Cos I'll take any risk to tie back the hands of time and stay with you here tonight
I know you feel these are the worst of times, I do believe it's true
When people lock their doors and hide inside
Rumor has it, it's the end of Paradise
But I know if the world just passed us by, baby, I know I wouldn't have to cry, no, no


The best of times are when I'm alone with you
Some rain, some shine, we'll make this a world for two
Our memories of yesterday will last a lifetime
We'll take the best, forget the rest, and someday we'll find
These are the best of times...  These are the best of times


The headlines read these are the worst of times, I do believe it's true
I feel so helpless like a boat against the tide
I wish the summer wind could bring back Paradise
But I know if the world turned upside down, baby, I know you'd always be around my mind


The best of times are when I'm alone with you
Some rain, some shine, we'll make this a world for two
When I'm alone with you ( The best of times... )
Everything's alright ( Are when I'm alone with you... )
When I'm alone with you ( Some rain, some shine... )
You brighten up the night ( We'll make this a world for two... ) ( fade out )


この時代は 500系 のみならず、300系700系N700系と種類に富んでいた。東海道新幹線の半世紀を超える歩みの中でもピンズドで " The Best of Times " だったという事になるのであろう。そして 500系 と共にあった時間の想い出は、それこそ認知症か記憶喪失にでもならない限り心の中でずっと続くであろう。


500w7@mgmz31

2009年の晩秋に 29A の運用に就く W7 編成を国道1号から2つめの跨線橋から撮ったパターン。周囲の建物等の影の伸び方が季節を感じさせるが、これが 500系のぞみ が終焉へのカウントダウンに入り始めた現実をも示していた。それにしても29A は何故こんなにという程に裏被りを食らう状況は変わらなかった様に思う。

このシリーズもラストスパートで最終回=Part 11 へと続く!



馬込坂で 500系 の序でに撮れた、釣りで言う「外道」に当るショットの中から2点を載せる。

n700n3@mgmz01

N700系でも西日本所属編成=N3 この当時のN 編成も今はN700A 「もどき」K 編成になってしまった

700b13@mgmz01

2019年には東海道から一掃される700系・B13 編成 この姿を見られる機会も少なくなってきた。




註1)" Whitesnake " というアルバム名の通り、このバンドの代表作となった。このアルバムからは " Still of the Night "、 " Here I Go Again "、 " Is This Love "、 " Give Me All Your Love " 等のヒットシングルも生れて、北米だけでも1000万枚以上を売り上げた。2007年には20周年記念リメイク盤、去年には30周年記念のリメイク盤がリリースされている。
註2)このアルバムは1970年代終盤のアメリカ社会の変化というものを、同バンドの地元 Chicago に嘗て存在し人気を博した Paradise Theatre (1928年開場→ '56年閉鎖・'58年取壊し)にてライヴを行うというフィクションストーリーに准えて表現したコンセプトアルバムだった。全米アルバムチャートで#1を記録し、300万枚以上を売り上げた。




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先ずは1997年の海外スポーツを振り返る話の続きを…
MLB ではワイルドカードから下克上してワールドシリーズに進出した Florida Marlins (フロリダ・マーリンズ=当時)がシリーズもその勢いで制して、創設5年目でワールドチャンピオンに輝いた。しかしその直後悪化した経営建直しの為に主力選手を一気に放出する " Fire Sale " (ファイアー・セイル)を行ってしまい翌年は最下位に落ちる。
このチームはワールドシリーズを2回制している(1997・2003)のだが、その2回ともワイルドカードからの勝ち上がりで、今まで地区優勝は1回も無い。

WWF (現・WWE)でも年間最大のイヴェントである Westle Mania 13(レッスルメイニア 13)が3月に行われ、Bret Hart(ブレット・ハート) vs. Steve Austin (スティーヴ・オースティン)の試合はアメリカプロレス史上最高の名勝負の一つと称される事となった。(勝者は B. Hart)
メインの WWF ヘヴィー級タイトルマッチは The Undertaker (ジ・アンダーテイカー)が Sycho Sid =Sid Vicious
(サイコ・シッド=シッド・ヴィシャスとして有名)を下して王座を奪取した。


このネタもそろそろ佳境に入って来たという事で、今回登場するのはこの車!

ezd901@trgi01
(宝ヶ池駅付近にて 2011年11月撮影)

叡山電鉄900系(きらら)

1997年に京都市営地下鉄烏丸線が国際会館まで延伸された。国際会館駅は叡山電鉄の宝ヶ池、八幡前、岩倉の各駅に近い事もあって、京都の中心部へ地下鉄で直結出来るようになった事から通勤・通学利用者の流出が予想された。そこで通勤通学客に頼るのではなく、鞍馬・貴船方面の観光客をターゲットにした列車を開発する事とした。そこで開発されたのがこの900系「きらら」であるが、見方によっては苦肉の策で生れた車と言えなくも無いのである。
製造は2編成で第1編成(901-902)はメイプルレッド+ベージュ第2編成(903-904)はメイプルオレンジ+ベージュという具合にメイプルしているが、京都名物→紅葉=楓=メイプル(maple)という事と思われる。


この車両でパノラミックトレインとも呼ばれる如く、ガラスの部分がとにかく大きく設けられ、ワイドビューよりワイドビュー。今でこそ彼方此方に観光列車としてインテリアも凝ったものを採り入れる車両が登場しているが、この900系はその魁ともなった車である。

小生からすると、この900系で特筆すべきは抵抗制御という部分かと思われる。90年代も終わりに近付いて新製された車両にして抵抗制御とは異例である。
この背景として、第1には鞍馬線は運行頻度が高くなく、VFD 制御の様な機構を採用すると変電所が容量オーヴァーに陥る危険性があるとも考えられる。(回生制動から生ずる電流による電流過多)
2点目としては、京阪京津線の昇圧に伴って捻出された600形のモーター(600V 用)を複巻式から直巻式に作り直し、それを採用してコストカットを計ったと考えられる。
因みに、エアコンプレッサーや制動装置は同期生に当る京阪800系と共通である。



最初の絵は2011年11月下旬の某日、宝が池駅北側で鞍馬線と本線の間にある畦道みたいな所からサイド気味に撮ったもの。
この日は数日泊り掛けした最終日だったが、朝方に叡山電鉄を撮影し、その後タクシーで京都駅にすっ飛んで千里丘を経由して南茨木~摂津市間のポイントで阪急京都線を撮影(京トレインも撮りたかったので…)。昼過ぎの新幹線で新大阪から帰京し、夕方は所沢駅前のイベントに出撃した。(今はもうこんな無茶は無理





次に叡電に逢えたのは2014年4月だった。この時の本来のミッションは引退間近となっていた阪急2300系出たての1300系を押える事だった。この日午前は先ず阪急を撮影、その次に京阪も撮影し京橋で一風呂浴びて、さあ午後如何するか考えた。
本来のミッションからして普通なら南茨木辺りで再度阪急をとなる所、小生は何を思ったか京橋から京阪に乗り出町柳を経由して叡山電鉄を撮りに行ってしまった。


ezd903@chay01
(茶山駅を出発したての903-904

この日は茶山駅を発車したての所を撮る事から始めて、光線状態の変化を見ながら徐々に元田中寄りに移動する作戦だった。

ezd901@mtan02

茶山から移動して両駅の中間にあるカーブにて外側から望遠でほぼ正面アングルで撮ったらこうなった。
この撮り方自体はカーブでの撮影の基本的なやり方なのだが、叡山電鉄は1両単行か2両であるから、この様にバランスの良くない絵になってしまった。住宅地なので電柱も多くて背景もクソ。
内側に構えて標準~プチ望遠辺りで切り取りに行く方が得策だったか?



ezd901@chay02
(茶山停車中の901-902

その後叡山電鉄を撮りに行ったのは、2年半以上も経った2016年11月末の事だった。その時期、関西は天候があまり良くなかった、というより非常に変り易かった。
この日も午前は宝ヶ池駅の北東側で、午後は茶山~元田中間での撮影をと考えていた。しかし午前中の撮影はドン曇りで陽が差さずどうにもならないと判断し早々に断念。午後に懸けてはみたものの、晴れたり曇ったりどころか時折時雨れるという全く読めない天候状況の中、こんな絵を撮るのが精一杯だった。
寒さとストレスで腹痛にも見舞われた散々な日だった。





ezd903@mtan01
(2010年5月・元田中~茶山間にて)

実は初めてこの900系を含めた叡山電車を撮った時の絵がコレである、2010年5月上旬の事だった。この時のマシンは画質最悪なK-7 であったから、絵作りには非常に苦戦した。この時は朝から雨で昼過ぎには酷くなるという展開。諦めムードの中14時位に雨が止むと晴れ間も出てきたので、急いで元田中に向った。ただ思った様には晴れず、撮影自体で苦労した。


~京都市左京区が産んだスター~
2016年11月の際は出町柳~茶山の2区間で4分程度だけだったが、この900系に初めて乗ることが出来た。乗車してみると、苦しい中でも生き残りをかけて魂と意地を込めて作った会心の作品だと改めて判った。
叡山電鉄は京都市左京区という単独の区内で完結する超ローカル私鉄である。(京都市左京区が広すぎるだけなのか?)
この900系はローカルスターの域は超えていて、もはや全国区のスターなのは明白(少なくとも鉄ヲタにとっては)。しかもこの車は乗車券だけで乗れる普通電車であるというのも贅沢としか言い様がない。
1998年度のローレル賞はこの車だが、同期生に あの化け物大正義 さえいなければブルーリボンだった可能性は高かった。

一度は街中ではなく、貴船口近くのポイントで撮ってみたい。ただしその場所は山に囲まれているので、光線状態との絡みで時期の選択が難しい。
叡山電鉄、撮り易そうで意外と撮りにくい。それでも何とか攻略したいものである。そう強く思わせるのはやはりこの900系の存在あってである。なかなか上手く行かないが、挑戦すれば又挑戦したくなる、こうして900系のみならず叡山電鉄のファンになってしまうのだろう。





この記事の締めとしてだが、アメリカのカントリーバンドとして有名な Lonestar (ロウンスター)が(註1)1999年に放った大ヒット曲 " Amazed " を以て900系を称えたい!
この曲は彼らの3枚目のアルバム " Lonely Grill " からの2nd シングルだったが、Billboard に於いてHot Country とHot 100 の両方を制した稀有な曲としても有名である。(註2
因みに、これがどういう曲であるかは、こちらでも御覧頂きたい

ezd903@mtan02 903-904 編成 2014年4月の画像)

Everytime our eyes meet,
this feeling inside me is almost more than I can take
Baby, when you touch me, 
I can feel how much you love me and it just blows me away
I’ve never been this close to anyone or aynthing
I can hear your thoughts, I can see your dreams


I don’t know how you do what you do
I’m so in love with you, it just keeps getting better
I wanna spend the rest of my life
with you by my side forever and ever
Every little thing you do
Baby, I’m amazed by you


The smell of your skin,
the taste of your kiss, the way you whisper in the dark
Your hair all around me,
baby, you surround me, you touch every place in my heart
Oh, it feels like the first time every time
I wanna spend the whole night in your eyes



I don’t know how you do what you do
I’m so in love with you, it just keeps getting better
I wanna spend the rest of my life with you by my side forever and ever
Every little thing that you do
Baby, I’m amazed by you


Every little thing that you do
I’m so in love with you, it just keep it better
I wanna spend the rest of my life with you by my side forever and ever
Every little thing you do, oh…, ( Every little thing that you do )
Every little thing that you do
Baby, I’m amazed by you


次はいよいよ真打登場! 次回 Part 9 をお楽しみに!



註1)テネシー州で1992年に結成されたカントリーバンドで、1995年にメジャーデビュー。カントリーチャートでは9曲の#1を含めて20を超えるヒット曲を持つ。
註2)Billboard Hot 100 とHot Country の両方を制したのは1983年に Kenny Rogers が Dolly Parton とのデュエットでヒットさせた " Island In The Stream " 以来であった。




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本章に入る前に、先ずは1997年の海外スポーツを振り返ると、史上最年少というキーワードが欠かせない。
テニスでは何といっても Martina Hingis (マルティナ・ヒンギス)の活躍が目立った。1月の全豪オープンを制して史上最年少で世界ランク1位を奪取。更には同年のウィンブルドン・全米オープンも制圧して3冠に輝く。しかし、彼女のシングルプレイヤーとしての天下は2年程で終わってしまう。
その後は2度の引退と復帰を経て近年は混合ダブルスを主体にプレイしていたが、この秋に3度目の引退を発表した模様である。

ゴルフでは言うまでもなく Tiger Woods (タイガー・ウッズ)が史上最年少でマスターズを制し、一気にトップの座に躍り出て最強の座を欲しい侭にした。
あれから20年、落魄れたタイガー・ウッズは今や見る影もなくなり生際も後退し、すっかりおぢさんになってしまった

奇数年恒例の陸上世界選手権はアテネで行われ、日本選手の獲得メダルは2個で両方とも女子だった。(マラソンの鈴木博美が金、10000mの千葉真子が銅)

サッカー界では、5月28日に行われたUEFA チャンピオンズリーグ決勝で Borussia Dortmund (ボルシア・ドルトムント)が Juventus (ユヴェントス)を下して初のヨーロッパ制覇を成し遂げた。

モータースポーツを振り返ると、1月のダカールラリーではシノケンこと篠塚建次郎が日本人として初の総合優勝を飾った
F-1 では Jacques Villeneuve (ジャック・ヴィルヌーヴ)と Michael Schumacher (ミヒャエル・シューマッヒャ)が王座を争い、この年は Villeneuve が僅差で勝利。父である Gille Villeneuve (ジル・ヴィルヌーヴ)が成し得なかったタイトルを獲得。
又、彼自身はこれでアメリカ時代のCART シリーズ、インディ500に続いての「三冠王」に輝く事となった。
2輪車のロードレース世界選手権(現・MOTO GP)では、500ccクラスで Michael Doohan (マイケル・ドゥーハン)が4年連続チャンピオン(翌年、最終的に5連覇となる)、250ccクラスでも Massimiliano Biaggi (マッシミリアノ・ビアッジ)が4連覇を達成。


何とも懐かしい名前が連発した所で、今回のネタとなる車はコイツ!


653k301@nkgw01n
(那珂川の鉄橋を渡るK301 編成単独7連 2012年2月)

JR 東日本 E653系

485系 殺死の刺客として~
1997・98・2005年に72両が日立、近畿車輛、東急車輛にて製造され、「フレッシュひたち」として投入された。これで常磐線に残っていた 485系 を抹殺しやがった
1998年にグッドデザイン賞も獲得したが、鉄道友の会の賞レースでは同期生に 大正義なライバル (それは後々述べるが)がいたために如何にもならなかった。
それでもJR 東日本となってからの交直流車としては初の50 / 60HZ 両用対応となり、耐寒構造にプラスして耐雪構造も備えた。


外観については、白とグレーメタリックを基調にして、下部のカラーリングを編成毎の色違いにした。
K301・305=スカーレットブロッサムK302・308=ブルーオーシャンK303・306=イエロージョンキル(ジョンイルではない)、K304・307=グリーンレイク、付属4連の K351~354は全てオレンジパーシモン
4連が全てオレンジであるために、11連運用ではカラーリングが揃えられないというジレンマが出来てしまったのであった。


653k354@nkgw20
(那珂川の橋梁を渡り勝田に向うK354編成以下11連 2009年9月撮影)

小生がフレッシュひたちに乗車したのは2008年11月の1回しか無い。それまで茨城に足を運ぶ事など殆どなかった小生だが、当時水戸市内で繁栄していた有名な酒販店を訪問する事にしたのだった。
水戸に行く、しかも買物前提なら車で行けば良い筈なのだが、当時はガソリンが異常に高騰していた状況で、平日という事もあり常磐線の特急を利用してみる事にした。
上野に到着した時刻の関係で利用したのがフレッシュひたちだったのだが、乗ってみるとガッカリ。これは E257 系にもいえる事だが、内装が一寸チープでシートの印象も良くなかった。これでは 485系 も浮ばれないと思われた。
この設計コンセプトは「これからのスタンダード」「洗練されたシンプルさ」なのだが、それも度を過ぎてチープになってしまったという事だろうか?
おかげで帰りに乗車した 651系 が余計に良く思えたものだった。



653k304@uchr01n
K304 編成の7連 2010年12月・内原~赤塚間)

常磐線の特急運行形態再編と新型車導入計画が発表されたのはこの時期。そこから常磐線がやや慌しくなってきたのであった。だがその話は3ヵ月後に暗転してしまう…


653k306@uchr01
K306 編成単独7連 2013年2月・友部~内原間)

2010年末以降は E657系 の投入と 651系 の撤退が迫っていたこともあり、常磐線方面に繰り出す機会は増えた。ただし、ターゲットはあくまでも 651系 及び安中貨物であり、このE653 系は序でのものでしかなかった。

653k301@usk02
K301 編成以下11連で 2011年・佐貫~牛久間)


653k3002@usk01n
K302編成以下11連 2013年3月・佐貫~牛久間)

常磐線でも有名な場所からの絵を2点。国道6号の牛久沼東交差点で国道とクロスする県道からの撮影。
ここは俯瞰で撮れる良い撮影ポイントの筈なのだが、架線柱が千鳥に配置されてしまったために、下り線側の架線柱が上手く処理出来なくなっているのは困る。


常磐線の特急は E657系 投入に伴い、いわきを境に南北で再編される筈だった。2010年末当初のプランでも基本編成は新潟に転属というのは変わらなかっただろうが、付属編成はいわき~仙台の特急運用に就くと予想された。
しかし、東日本大震災と原発事故でその計画は白紙化され、 651系 E653系も常磐線で活躍する時間が伸びる事となった。常磐線は未曾有の災害に翻弄されたが(今もまだされているというのが正しいか)、2013年3月のダイヤ改正でに両系列とも定期運用離脱となった。


485系 殺死再び~
そして2013年から2年をかけて基本編成は いなほ用の1000番台U 編成 となり、付属編成は しらゆき用のH 編成 となって新潟に渡った。これで同所に残った 国民的特急車485系 は抹殺された
つまり、この E653系 は勝田と新潟で 485系 殲滅を2度成し遂げた事になり、これは皮肉にもその開発コンセプト、東日本の定番特急という役割を見事に成し遂げやがったともいえるのか?
ひたち時代にモノクラスでチープだった内装もその反省からか?改善された様で、グリーン車も設けられた事を考えれば、この転用に関してそれなりに力を入れていた事も窺い知れる。


~そして何と単色化
そんなこんなで、 いなほカラー もすっかり定着した感のあった E653系U 編成 だったが、そこに何と新たな笑撃が走った
それがまさかまさかの単色化である この単色化で瑠璃色になるものとハマナス色になるものとに分かれるという。指定保全()を迎えた編成から順次単色化すると考えられる。
U-106編成が瑠璃色で出場し運用に就いているが、間もなくU-107編成がハマナス色で運用復帰する見込みである。
新潟転属からたった4年でのこのカラーチェンジ、一体如何いう風の吹き回しというのか?
これでは西の方のある電車と一緒である この先新潟で迷走する予感がしてきた。


小生としても来年は新潟に遠征すべきと思う様になってきた。第1には終焉間近で残り少ない 115系 の事がある、同時に E653系 が全編成単色化されないうちに撮っておくべきと考えるからである。
因みに、前述の「水戸で繁盛していた酒販店」だが、既に倒産して消滅した模様である。


次はどの車両が取り上げられるか…、次回 Part 7 をお楽しみに!



)JR 東日本が採用している独自の保全体系によるもので、指定保全は2.5~4.5年のサイクルとされる。この保全体系は209系以降の車両が対象



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