Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

タグ:名古屋鉄道

岐阜市内の金公園(こがねこうえん、キムコウエンではない)で静態保存されていた「丸窓電車」ことモ510形・513号車が岐阜駅北口広場に引越しした。それがただの引っ越しではなかった!
去る16日の白昼堂々、パレードという形で駅前広場に搬入されたのであった。ボディも下回りも塗装も綺麗に直された状態で、一寸した装飾まで施されて観衆の見守る中で駅前広場入りしたのであった。(この日は某・沢〇〇リカが捕まった日なのだが…
普通こういう物の陸送は交通量の少なく規制のしやすい深夜帯に行う事も多いのだが、岐阜駅周辺には住宅も多く人口密集地でもあるので夜間の陸送も問題があったのであろう。修繕の終った同車は11月4日に金公園に一旦戻ってお披露目された模様で、それから半月も経たずに駅前に引っ越した事になる。


mt513@gif01n

実はこの513号車、今年3月に岐阜市の重要文化財に指定されていたのである。
駅前広場完成10周年を記念したイベントの一環という事もあり、移設もパレードとして行ったらしい。
台車以外と台車が2台のトレーラーに分乗する形で移動して、広場内で又合体させた模様である。514号車擬きに扮したマイクロバスが先導していたのには草生えるが、各務原市にある岩戸工業が改造した谷汲山参道らくらくバス(原則高齢者専用らしい)がゲストに来たという事らしい。


その模様が撮影された動画がこちらのようつべであるから宜しければ参照されたい


mt513@gif02n

更にこのパレード、宴会?のオマケ付きだった。「岐阜の地酒で乾杯」と「岐阜ワインフェスタ」のコラボ企画で「岐阜駅前広場10周年に乾杯」というイベント。岐阜周辺で作られている100種類以上の酒と一寸した食べ物等が楽しめるというものだったらしい。
これと同じく16日なのだが、5ヵ月ぶりとなるミュージックレインボーが草加駅前ではなく南越谷駅前にあるサンシティ越谷の中庭で開催されて、朱里乃(じゅりの)嬢、ゆきこhr 嬢、小出美里 嬢が出演していたので当然の如く足を運んでいた小生だった。
しか~し、若しその日弾丸ツアーで岐阜に行っていたらそっちの方が楽しかったかも知れないとどこかで思うのでもあった。


mt513@gif03n

ギリギリ大正生まれのこの形式の歩みを振り返ると…
美濃電気軌道セミボ510形として1926年に日本車輛製造にて5両が生を享ける。半鋼製車でボギー台車を履いていたのでセミスティールボギー、略してセミボであった。市内の軌道線を路面電車として走りつつ郊外の専用軌道を高速で走行出来るという二刀流を目指して作られた。これは当時アメリカ等にあったインターアーバンを踏襲してのものである。登場当時の集電装置はトロリーポールだった。(集電装置はヒューゲル→パンタグラフと変遷する)
美濃電気軌道は1930年に名岐鉄道に編入。この車両も鉄道線で使用されていたが、それを機に美濃町線に転属。
1935年8月、名岐鉄道は愛電こと愛知電気鉄道と合併して名古屋鉄道に。セミボ510形モ510形に名称変更したのは1941年。戦後20年以上を経た1967年からは520形と共に揖斐・谷汲線・岐阜市内線直通急行運用に就く。1960・70年代にかけて各種改造・改良が繰り返されるがさすがに 1980年代に入ると老朽化・陳腐化が激しくなった事もあって、1988年までに2両が廃車になる。 その中でも、残った3両は鉄道友の会エバーグリーン賞を獲得する。「古希」に達した1997年に定期運用から離脱するも、その後イベント列車などで走る。
晩年は製造当時の設計図が残っていたのを利用して確保出来なくなった部品を名鉄サイドで製造して可動状態を保ったというエピソードもある。そんな所も岐阜市の重要文化財に指定された理由の一つなのかも知れない。
2001年に谷汲線が、2005年3月31日に美濃町線・田神線・岐阜市内線・揖斐線が廃止されると、最後まで残った2両も運命を共にして、79年の歩みに終止符を打った。

尚、製造された5両のうち、512~515の計4両は静態保存されている。512=旧美濃駅(美濃市)、513=金公園(2006~2019)→岐阜駅前広場に移動、514=旧谷汲駅(揖斐川町)、515=オールドスパゲッティファクトリー名古屋店内(名古屋市南区)
この車両の静態保存率は 4 / 5=80%という驚異的数字である。一方、これの3年先輩で相棒的存在でもあったモ520形の保存車は2010年5月を最後に完全消滅してしまい、明暗を分ける結果となった。
520形の方は元々木造で、その後鉄板を張っただけの簡易半鋼製車となったが、登場時にあった丸窓は戦時中に塞がれて戦後も丸窓が復活する事も無かった。そんな事実も両者間で明暗を分けたのかも知れない。


※画像は2012年9月中旬に金公園にて撮影



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思った様にホテルが取れず兎に角不便を強いられ、それで現地での移動費用が予定を上回り、オマケに予想以上の酷暑というトリプルパンチが4年経った今殆どトラウマみたいになっている2012年9月の遠征。
たった1日の事で延々とPart 3 までやってしまったが…、序にその続きをやる。
 
2日目は愛知県下で名鉄撮影。だが、何せ宿泊地は岐阜、ホテルがやや不便な所にあるので駅に着くまで一苦労。そんなこんなで午前中はほとんど何も出来ず。昼前に何とか豊明~富士松間のポイントに到着。


mt1014@tafm01
1000系/1200系・1014F

ただ、このポイントにはあまり長居はせず(出来ず)、富士松から再び名鉄に乗って名古屋を通り犬山方面を目指す。そして徳重・名古屋芸大(北名古屋市)に到着。そこから小さな川を渡って岩倉市に入りこの路線でも比較的有名なポイントで撮影

mt212@tngtz01

200系212F 界磁添加励磁制御とVVVF が混在する編成
そして、丁度この辺りが球界で「北のカリスマ」とも呼ばれる?稲葉篤紀氏の地元。
更にそこから東に少し行くと豊山町=イチロー・スズキ氏の地元である。


撮影終了後、駅に向かう途中で一軒の古びた喫茶店を発見。店に入り何て事はないアイスコーヒーを飲む。でもそれが、凄い癒しになったのであった。それは今でも記憶から離れない。それも当然かも知れない、35度近かった中で2時間続けて撮影した後なのだから。 暑い暑いと言いながらも、それだけで大人しく宿に戻る小生ではなかった。

名古屋に移動して隠れた夜景スポット向野橋(こうやばし)で名古屋車両区の夜景を撮影。
更にはその後、名駅近くのBar Neat 名駅店でウィスキーを嗜む。(本店は東区東桜、国道41号沿いで東海テレビの近く)
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本店の方が品揃えのレベルが高いので、本当なら東桜の本店に行きたかった。しかし最後に岐阜まで移動する事を思うと名駅店で妥協せざるを得なかった。

そして夜遅く漸く岐阜へ。ただ、ホテルには直行せず柳ヶ瀬のバーで更に飲む。その店は「洋酒天国」という如何にもという感じの名前だが、岐阜では名の知れたバーだったらしい。
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地方でのナイトライフも早々頻繁には体験出来ないものとはいえ、小生も結構欲深いww

 

そして最終日…、朝は岐阜の酷い宿をチェックアウトして、宅急便センターに行って荷物を送りだす。(ホテルから直接送り出せないのが無性に腹が立つ、あのホテル思い出す度に反吐が出る)

その後、岐阜市内にある金公園(こがねこうえん)で静態保存されている美濃電気軌道セミボ510形(後に名鉄モ510形)と4年振りの御対面~!


mt513@gif03n

モ510形の話は、この記事にアップしてあるので御覧頂きたい。
岐阜から名古屋まではミュースカイに乗ったのだが…、稲沢市辺りで凄い光景に遭遇。
所謂ゲリラ豪雨!空は真っ黒で雷あり、しかも小さな竜巻みたいな物まで見えた。


その後、名古屋に着いたら何にも無かった様に晴れていて当然暑かった!(この日も35度近かった気がする)
前日同様、豊明~富士松間のポイント名鉄を撮り、午後は四日市に移動して近鉄内部・八王子線(現・四日市あすなろう鉄道)を赤堀駅付近で撮影してこの遠征を締めた。
今でこそ3セクとしてリスタートしているが、何せその時は存続危機で何時廃止されてもおかしくなかったので、兎に角撮りに行ったのであった。


何で岐阜に無理矢理泊ったんだろうという後悔が今でも拭えない!
岐阜に泊まるなんて言った時点で当初の予算をオーヴァーするのは目に見えていた。どうせなら、初日の松阪から大阪に渡って残り2日を関西での撮影に当てなかったのか?


関西の方が倒壊より当然ながら選択肢が広い。一寸気転を利かせればそういうプランでもっと有意義な遠征に出来たのに…、
何せその時期は京阪初代3000系の引退興行の最中だったのにである。


近鉄内部・八王子線の画像は2年以上前にアップしているので、 こちらの記事ををご覧あれ!

四日市あすなろうへの移管を受けて260系も去年から冷房化、塗色変更、中間車差替えが進められていて、非冷房・パステルカラーも貴重な絵になりそうである。
 

豊明~富士松間のポイントでの画像を数点紹介したい。

mt1012@tafm01

1000/1200系・1012F このパノラマSuper
トップの座を2000系ミュースカイに譲った今でも名鉄の顔であるのは間違いない。



mt2209@tafm01

2200系2209F 
2000系と酷似したデザインだが、ヘンチクリンな冷蔵庫みたいに見えなくもない。基本的にガングロ過ぎなのだと思うが、デザイン的にもう少し如何にかならなかったのか。関東を埋め尽くす酷い電車達よりはまだマシなのも事実だが…


mt3505@tafm01
3500系3505Fが3100系を従えての急行

ここの絵は全て南側から狙った絵である。

この場所、線路が豊橋方向で135度、岐阜方向は315度の方向に走っている。
夏の朝は東側から(豊橋方面行き)、午後は西側から狙える(名古屋方面行き)。冬場は南側から豊橋方面行きを狙う形になる。秋口や春先は光線状態が中途半端になってしまい具合が悪い。


2枚目から4枚目の様に齧り付きでガッチリ望遠を効かせて撮ろうとすると(これで約300㎜相当)6連の時ケツが架線柱に掛り気味で具合が悪い。

名鉄の場合、優等列車の大半が6連だからこれはマズイ。 100~120㎜相当辺りで撮る方がまだ良いかも知れないし、あまり齧り付かない方が綺麗に撮れるような気がする。
夏場の朝に東サイドから撮るのが一番確実かも知れない。背景にそびえる高圧鉄塔、これはかわし様が無い。


mt3305@tafm01
因縁のぎふ清流国体・ぎふ清流大会記念ラッピング(当時)の3300系3305F

この時の遠征で最大のガンだったのがこの国体!何が国体だ!このクソヤロー!何が医学会だ! 何がジャニーズだ! 
全部まとめてこのクソヤローども!その内地獄に叩き込んでやるから覚悟しろ!

 

こちらは犬山線・大山寺~徳重名古屋芸大間での画像小さな踏切の近くから撮影するのだが、こちらは午後アングル。構図作りに意外と苦労する。線路の東サイドから午前中に撮影する事も可能な様あるが、構図作り自体は東サイドからの方がやり易いかも知れない。いずれにせよ、高圧鉄塔の存在に酷く悩まされる事になろう。

mt2004@tngtz01

元々は快速特急「ミュースカイ」だったこの列車、2008年12月27日以降快速特急という肩書が取れ、ミュースカイという列車種別になった。
以前はデイタイムでも岐阜に発着していたが、今は岐阜発着は朝と夜のみ。犬山線ではデイタイムでも毎時1本が走る。



mt3522@tngtz01

一般車の中でも主力を張り続ける3500系とその弟分に当る3100系による急行
3300系以降はステンレス車が導入されて今や120両を超えて、かなりのウェイトを占める様になった。そういう中でも3500系一門には名鉄赤い電車最後の砦として頑張ってもらいたいものである。



mt1384@tngtz01

今は亡き1380系、この撮影から3年後の去年9月廃車
存在したのは当然ながら4連1本だけだった。この撮影当時は広見線、各務原線、犬山線(東岡崎直通)での普通運用が殆どだった。
元々は1030/1230系・1134F だった(1993竣工)。ただこれも7500系の機器を流用している。この1134Fは2002年9月、稲沢市内の大里8号踏切で車との衝突事故に遭い脱線し、特別車の1030系は大破したので廃車になったが、一般車部分4両(1230系)はモ1384に先頭車化改造を施して1380系としてリスタートした。


3日間も遠征した甲斐あってかそこそこネタ数は稼げたからその点は良いが、納得が行ってはいない。名鉄に関しては時期と場所をもう少し吟味してリベンジせねばいかん!


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コイツを憶えていますか? 
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※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2016)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



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名鉄モ510形といえば、 "丸窓電車" として有名だったあの車である。
私はこの車の現役の時の姿を一度も見る事が出来なかったが、今は岐阜市の中心部にある金公園(こがねこうえん)で静態保存されている513号車を手軽に拝める。

 
mt513e

このショットは2008年7月上旬に岐阜を訪れた際に撮ったもので、この時は見ての通り、パンタを上げた状態だった。K20D で撮影、パンタも一応抜けている。

mt513@gif01n

ここからは2012年9月中旬にこの地を再訪した時のショットになる。機材は勿論 K-5。
前回は曇りで光線状態ははっきりしなかったが、基本的に午前順光と判った。ただ、パンタは下げられてしまっていた。


この車が産声を挙げたのは1926年で、「大正生まれの丸窓電車」とも呼ばれる所以である。1923年に木造ボギー車DB505形=後の520形が登場した後を追う様に、美濃電気軌道セミボ510形として日本車輛製造にて5両が製造された。
セミボはセミスティール・ボギーの略で、半鋼製であったという事である。設計は20世紀初頭にアメリカで流行ったInterurban(インターアーバン)のスタイルを踏襲したとされる。 美濃電気軌道は企業合併により、1930年に名岐鉄道に編入される。鉄道線で使用されていたが、それを機に美濃町線に転属。


mt513@gif02n

1935年に名岐鉄道は名古屋鉄道に。モ510形になったのは1941年。1967年からは520形と共に揖斐・谷汲線・岐阜市内線直通急行運用に就く。
1960・70年代にかけて各種改造改良が繰り返される。 1980年代に入ると老朽化・陳腐化が激しくなった事もあって、1988年までに520形は全車が、510形も2両が廃車になる。
その中でも、残った3両は鉄道友の会エバーグリーン賞を獲得する。「古希」に達した1997年に定期運用から離脱するも、その後イベント列車などで走る。


mt513@gif03n

2001年に谷汲線が、2005年3月31日に美濃町線・田神線・岐阜市内線・揖斐線が廃止されると(600V 区間消滅)、最後まで残った2両も運命を共にして、79年の歩みに終止符を打った。
尚、製造された5両のうち、512~515の計4両は静態保存されている。512=旧美濃駅(美濃市)、513=金公園
514=旧谷汲駅(揖斐川町)、515=オールドスパゲッティファクトリー名古屋店内(名古屋市南区)


※2019年11月に一部画像差し替え

※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Feb. 2013)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



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小生は名古屋には縁が薄かったせいもあって、パノラマカーに乗った記憶ははっきりしない。
近年に数回足を運んではいるが、その時になるとパノラマカーに遭遇する事自体が殆ど無くなってしまっていた。ただ、引退直前の2008年に遭遇する事が出来たので、拙い画像だが何とか収められた。
この程度のネタでも、敬意を表し無理やり強引にThe Legendary Super Star としてお送りする。


mt7000@jgm01


mt7000@jgm02

2008年8月某日夕方に神宮前駅でたまたま遭遇した時のショット。展望席の乗客を守る為に付けられた「ダンプキラー」なる油圧式ダンパも健在だった。
名鉄カラーとも言うべきスカーレットはこのパノラマカーで始ったが、これは画家の杉本健吉氏の提案であったらしい。
パノラマカーが生まれたそもそもの背景として、モータリゼーションへの対抗策としてインパクトの強い車を出したかったというのがある。名鉄幹部がイタリアのIl Settebello (イル・セッテベロ))を見て思い付き、1954年からその構想を温め、7年の歳月をかけて1961年にデビューさせたという事である。



mt7011@otb01

2008年12月上旬に名古屋に行った折、JR尾頭橋駅のホームから撮った、岩倉行き普通の後追いショット。何と言っても、枯れてもなお残り続けるセイタカアワダチソウが被る!
午前10時過ぎだったが、まだ正面光に近い状態だった。 尾頭橋はJRの駅ではあるが、名鉄の撮影地として有名であった。
豊橋・セントレア・知多方面が午前遅めから昼前で順光になるが、見ての通り、障害物が多く、撮るのは難しい。


mt7011@otb02

普通東岡崎行きのケツ持ちショット。半逆光だったが、折角の貴重な機会なのでトライした。
70-200mmのワイド端だったが、画角が足りず、一部が切れた。
しかし今となっては、定期運行終了直前の姿を記した貴重な1枚かも知れない。


名鉄パノラマカーといえば誰でも知っている様な超名車である。私鉄特急車の中で、all time でもtop 5 に悠々入れると言えよう。
7000・7100・7500・7700系でパノラマ一門なんて言われた時代もあったが、1998年から全廃の方針が打ち出され、先ず7500系が2005年に全廃、2009年9月15日に7000系が消滅、同年末に7100系、2010年春に7700系が消滅し、この一門は姿を消した。
特に7000系7011F の廃車回送の折、港で解体の為にクレーンで吊り上げられる場面を見て涙したファンも多かったと聞く


この車を超える物は名鉄のみならず日本の鉄道界全体でもこの先出て来ない可能性が高い。我々の夢の中では、その燦然たる雄姿は色褪せる事無くあり続けると信じたい。
このシリーズ恒例の今回の一曲は、


Dokken註2)の1985年のナンバー、" In My Dreams "
このバンドでも一番有名な曲と思われる。 どういう曲かは
こちらの映像でも御覧頂きたい

In my dreams, it’s still the same
Your love is strong, it still remains

Toss and turn all night in the sheets, but I can’t sleep
Night after night don’t know what it means..., in my dreams
What can I say or do, you won’t come back, we’re through
I’ve realized too late that, baby, your love has turned away

In my dreams, it’s still the same
Your love is strong, it still remains
In my dreams, you’re still by me just the way it used to be

Calling your name, but you’re turning away,   Please don’t leave
Running in circles, waiting to see you in my dreams
What can I say or do, you won’t come back, we’re through
I’ve realized too late that, baby, your love has turned away

In my dreams, it’s still the same
Your love is strong, it still remains
In my dreams, you’re still by me just the way it used to be

In my dreams, it’s still the same
Your love is strong, it still remains
In my dreams, you’re still by me just the way it used to be

In my dreams, it’s still the same
Your love is strong, it still remains
In my dreams, you’ll always be...  In my heart and in my dreams
In my dreams, it’s still the same...  In my dreams you’re still by me
In my dreams, just the way it used to be
In my dreams, what can I say...
In my dreams, you’re still by me, and in my dreams, you’ll always be...
In my dreams, you’ll always be
In my dreams, your love is strong... my dreams…, it’s still the same
In my dreams...



合理性や効率を専ら追求すればこんな車は存在し得ない。これは今時の味気無い電車を見れば明らかである。しかし、パノラマカーは時代と場所(某T 自動車の御膝元)が生んだ必然であった。
前述の通り、モータリゼーションへの対抗という使命を担い日本の交通史に金字塔を打ち立てた。非合理的な合理性を持っていたとも言えよう。
高度経済成長からオイルショック、そしてバブル、その後の衰退…、1961年~2009年の約半世紀に渡り走り続けたこの名車が最後の時を迎えた時は、奇しくも半世紀以上政権を握り続けた某政党が政権から完全に滑り堕ちた時と一致する。

 

名鉄7000系
1961年デビュー、以降1975年まで増備が繰り返され、最大で116両が在籍。1962年ブルーリボン賞を大差で奪取(2位・キハ80系の6倍の得票)。
低床化・走行機器改良等を加えた7500系も72両存在した。
製造は日本車輛。2008年12月26日に定期運行終了、翌年8月のさよなら運転を経て9月の廃車回送にて全廃。


註1)イタリア国鉄が1952年に開発した高速特急列車用のETR300のこと。7両ユニットで、営業最高速は160km/h、設計上の最高速は200km/hであった。1952~92年まで走り続けた。Settebello は7つの美という意味。鉄道史上に燦然と輝く伝説の名車の1つ。この4両ユニットのものはArlecchino ことETR250。
註2)Don Dokken及びGeorge Lynch を擁したアメリカのハードロック系バンド。80年代一世を風靡したL.A.メタルに分類される。1976年結成、1984年メジャーデビュー、1989年に一旦解散するも1993年再結成。
"In My Dreams"は2枚目のアルバム"Under Lock And Key"に収録。



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