Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

タグ:北陸本線

このPart 3 は1年ぶりに使用した Twilight Express (旧)のネタから。因みに彼女の出身地である苫小牧も停車駅だった。

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タペストリー(JR 公式品=元画像撮影地は疋田カーブ?)にグリーンイエローのバルーンをあしらってみた。

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タペストリーマグカップを追加。トワエクのロゴを見せるのも忘れずに。
ヘッドマークに取り敢えず一番近い色のローズピンクの風船を手にしてもらった。


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こちらはマフラータオルグリーンの風船

後半戦はトワエクと打って変わって…

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旧3000系+8000系プレミアムカーという訳でタオル2種
ここにルビーレッド+イエロー、序に一般車カラーのグリーンもあしらった。本来ならイエローではなくゴールデンロットをアレンジしたいが Twilight Express との絡みもあったので代用してしまった。そうは言っても、イエローだって女子にはそれなりに人気はあるのである。


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PREMIUM CAR現3000系にも導入される事が決まっている。8000系の場合は既にある車の改造で、改造中は7連運用だったが、現3000系の場合は新造となる模様である。そうなると、編成数は6本で抜き出される中間車も全部で6両となる。更に同系列と13000系は基本設計が同じであるから、13000系0番台4連に3両ずつで組み込まれ、13028・13029編成が登場する事になると考えるのが妥当である。
3000系のプレミアムカーグッズが発売されるかどうかは分からないが、PREMIUM CAR グッズダブル共演でルビーGロットブルーのバルーンも用意する形は今から想定はしている。


ここで前半戦は取敢えず終了で、次回=Part 4 より後半戦に入る。


May 2nd, 2019 Pulchra 撮影会@江戸川橋の近くのスタジオ(名前は忘れた)
PENTAX K-3 Ⅱ+smc DA Star 16-55mm f2.8・smc DA 35mm f2.4
GODOX オフカメラストロボ使用




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去年5月の撮影会のネタだが、ほかのネタとの絡みもあってなかなか出せずにいた。結局そうこうしているうちに1年以上が経ってしまった。
今回登場するモデルちゃんの名はは Naru (なる)。この撮影時はまだ北海道から出てきて日も浅かった模様だが、今ではすっかりPulchra 撮影会の顔ともなっている。
スタジオは江戸川橋至近の雑居ビルにあったのだが、古くて狭いビルなのでエレベーターが無い。しかも階段が狭くて急で、小道具類や撮影機材を持って下から上がるのには労力も時間も掛かるてなわけで、撮影開始時点で小生は少しグロッキーになってしまった。
エレベーターの付いている様なビルは賃料も高くて、撮影会用のスタジオにはなり難いのかも知れない。


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485/489系ボンネットシリーズから開始。先陣を切るのは特急界の伝説的スターだった 雷 鳥
立山にいるのはライチョウ、彼女の出身である北海道に生息するのはエゾライチョウ。
エゾライチョウは雷鳥と違い天然記念物ではない。それどころか嘗ては頻繁に遭遇できた一般的な野鳥だったらしい。生息数が激減した現在でもその美味故に狩猟鳥である。
雷鳥は欧州北部を中心にジビエとして珍重される。(実際になかなか美味である


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雷鳥を英訳するとサンダーバードというのは北陸人の悪い癖?(特に富山)
いしかわ動物園には※ライチョウはサンダーバードではありませんという看板が掲げられているという。正解は ptarmigan(ターミガン)、若しくは grouse(グラウス)となる。(ウィスキーのFamous Grouse はまさに有名な雷鳥)
これはすべて明らかにJR 西日本が悪い!
季節で羽の色が変わるのが ptarmigan で変わらないのが grouse という説もあるがそこのところの正否は分からない。



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こちらもお馴染みになった 白 鳥 =日本海縦貫時代
北海道の人には青函連絡時代の方が馴染みかも知れないが、彼女の出身は北海道でも苫小牧なので、馴染みは無かったかも知れない。
白鳥の日本における飛来数は減少しているとされるが、日本では冬鳥と思われているこの鳥が手賀沼・霞ヶ浦周辺では留鳥として水田等を荒らして問題になっている。実を云うと件の種類はコブハクチョウで日本に持ち込まれて定着した外来種=皇居のお堀でも見られる奴と同種である。


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はくたかでもレアだったボンタカのヘッドマーク。JR 西日本485系(電気釜)でもこれとほぼ一緒のトレインマークを使用していたが、2002年2月で同車によるはくたか運行は消滅。それから9年後の2011年3月まで489系金沢車代走の際にのみこのマークが見られるチャンスがあった。(小生も一度でいいから撮りたかった


これは勿論入り口に過ぎず、Part 2 へと続く!

May 2nd, 2019 Pulchra 撮影会@江戸川橋の近くのスタジオ(名前は忘れた)
PENTAX K-3 Ⅱ+smc DA Star 16-55mm f2.8・smc DA 35mm f2.4
GODOX オフカメラストロボ使用




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いよいよここから、鉄グッズシリーズに突入。相手が誰でもこれで攻める、それが小生流!
てなわけで、日本海縦貫ラインの 485 / 489系 ヘッドーマークシリーズから、さぁ~っ行ってみよう~っ!


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ボンたか出現の時だけ見られたはくたかのヘッドマーク。681系(683系)が足りなくなった時の代走が所謂ボンたかだったのだが、489系引退直前の2011年2月末にもこの代走があったという事なのだが、それが最後の代走だった可能性がある。(綿密に調べられていないので断定はできないが)

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現在は2019年5月半ば、あと半月で国鉄発足(1949年6月1日)から70周年を迎える。その時国直轄から独立採算の公社になった訳だが、公社化された時期が如何せん悪かったと考えられる。それはさておいても国鉄特急網の中でも又、北陸特急街道のキングとも呼べる存在だったのがこの 雷 鳥 様であった。そんな時代を築いた名列車がサンダーバードに跡目を譲ってのラストランを迎えてからもう8年が経った。

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12時間もかけて大阪~青森間を走り抜けた 白 鳥 だったが、「そんな所を12時間で行けたんだ」と妙に感動する娘もいたのである(因みにそれは彼女ではない)
最長の昼行特急だった(筈の)この列車で全区間乗り通すヤツの比率は何パーセントだったのだろうか?




続いては京阪ネタ、旧3000系の「テレビカー」というニックネームに「えっ、何?」という反応を示す娘は多いが…
テレビカーというと旧3000系のイメージが強いが、1954年に1800系で産声を挙げ1900系は勿論の事、8000系にもテレビが付いていた。その後結局は2011年7月の地上波デジタル移行によって受信不能となり翌年8000系のテレビは撤去された。因みにそのテレビは言うまでもなく西三荘にある Panasonic 製、イラネッチケー(日本犯罪協会ともいう)しか映らなかったが京阪は受信料を払っていたのだろうか?


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当サイトでは2度目の登場となる京阪特急PREMIUM CAR 。この有料指定席サービスは京阪からすると鉄道復権の切り札として「進取」の精神を受け継いだという事なのだそうだ。だが8000系は2ドアなので朝のラッシュ時には運用が殆ど無くゆったりとしたプレミアムな出勤は早朝に限られる。(フレックス出社ならこの限りではない)

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彼女にとっては少々大変だったかも知れないが、京阪特急に合わせてルビーレッドの風船も持ってもらった。華やかさが加わったのは良かったと思うが、持ち易いかと思ってスティックに付けた状態で持たせたのは今一つだったか?

2時間近い撮影だったのでネタはまだまだある、Part 3 へと続く!

Apr. 2018 東京近郊での或る撮影会(現在は廃止)
PENTAX K - 3 Ⅱ+smc DA star 16 - 50mm f2.8 / smc DA 35mm f2.4
モノブロックストロボ1基及び LED ライト使用









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このシリーズの歩みはこれと共にあったと言っても過言ではなかろう。
485/489系ボンネットヘッドマークシリーズ、先ずは 白 鳥 から


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民家一棟をスタジオにした場所なのだが、基本的に暗い。大型のバッテリーストロボを借りてくるべきだった。しかも適切なホワイトバランスが取り難い、ホワイトバランスは撮影時というより RAW 現像時の問題なのだが、演色性の高い照明器具をある程度備えておく事はスタジオである限りマストだと思う。会社であれ個人であれスタジオを運営するならそれ位の事は考えなければならない。

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鉄道ファンにとっては栄光の列車と呼ぶべき 雷 鳥 481・483・485系の歴史そのものといっても差し支えない。1964年末の481系登場と共に運行開始したのが 雷 鳥 しらさぎ だったのである

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こちらは はくたか 、正確に言えばレア列車だった所謂 ボンたか 。小生も一度お目に掛かりたかったのだが、北陸とは縁が薄くそれは叶わず。
2014年にヨンダーこと683系4000番台の謂わばヨンたかには遭遇してしまっていたが、それでは全然つまらないのを通り越して思い出したくない話である。


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485系 雷 鳥 のブラッシュアップ版ともいえる スーパー雷鳥 はバブル真っ只中の1989年に登場、パノラマグリーン車はこの時に登場した。現在のサンダーバードの元祖という事にもなるのだが、2001年にサンダーバードにその座を譲って廃止。パノラマグリーン しらさぎ に移った。その2年後=2003年、683系2000番台(現289系)に置き換えられて 雷 鳥 にカムバックする格好になった。更にその半年後485系ボンネット 雷 鳥 から消えた。(2011年3月まで残ったボンネットは 489系

言うまでもなくここはまだまだ序盤戦、Part 3 へと続く!

Jan. 27th, 2018 Pulchra 撮影会 杉並区内のスタジオにて
PENTAX K-3Ⅱ+smc DFA 35mm f2.4, DA-Star 16-50mm f2.8
オフカメラストロボ・LED ライト使用



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今年で生誕50年を迎えた EF81、通称パーイチ。従前の EF80 をさらに進化させた謂わば「交直流機の決定版」として1968年12月に登場した。今月で丁度50年になったのである。
EF80 には1台車1電動機を採用していた事等から生ずる各種問題があり、新たな標準的交直流機の開発が必要だった。そこで50 / 60HZ の交流+直流の「 3電気対応機」として同世代の EF65 をベースに開発されたのがこのパーイチ様だったのである。


当時は交流機でサイリスタ位相制御が実用化されていて、パーイチも当初はサイリスタチョッパ制御の採用も検討されていたというが、抵抗制御という事で決着してしまった。汎用機として、日本海縦貫を中心にほぼ全国で使える様にするという大前提があった上、3 電気対応の為の各種機器を搭載する事等も考慮され 6軸(F級)で抵抗制御というシステムが採用された。

2014年北陸に遠征する事2回、この時のメインターゲットは 681/683系 はくたか であったのだが、サブターゲット達も豪華な大正義だった。無論、その中にはここで取り上げる富山の EF81 もあったのである。


2014年北陸遠征の1回目は5月末だった事は他の記事でも述べているが、初日の朝も500番台だったが新潟方面に向って来ていたのであった。
しかし、レンタカーの貸出手続きに手間取り、急いで撮影地に向ったが、到着したところで通過してしまい唯々見送るだけという破目になった。
(ジャパ〇レン〇カーは 24H 営業というのは助かるが、何せ場所が悪くて不便で対応もダラダラして今一つの事が多い)
その後 9時前の新潟方面もEF510-500番台だったので、パーイチ様は午後の部までお預けになってしまった




81721@tak01

初めて撮れた貨物パーイチは721号機の単機だった
関東在住の小生にとってはパーイチというと寝台特急を始め回送、工臨、イベント列車等々を牽引するJR 東日本所属機、真っ赤なパーイチのイメージが強かった。
正統派のパーイチはこの色であると確信した次第であった。


81404@tak01

富山にいた基本番台は運転記録装置の取付を機に600番台に改番されたが、こちらは404号機。元々は131号機だったが、九州用となり404号機に改造された、2007年に富山に転属。2011年には御覧の様な富山更新色に変った。
2015年以降はJR 東日本から移籍してきたEF510-500番台に役目を譲り、富山パーイチの運用が消滅。404号機は 2016年4月に門司に帰還を果たし再び九州内での運用に就いている。


そして翌日・・・。前日取り逃した7時台の 北 越 もパーイチも逃さずキャッチするぜぇ~という訳で

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7時半頃新潟に向う725号機=元125号機。湖西線開業に合せて1974年に投入され、旧敦賀第2機関区で活躍した後に富山に。入梅前の朝日の中でやってきた。

81735@tak01

2日目の午後に単機でやってきた735号機=元135号機・1975年製造、ヒサシ付きというのがマニア受けするらしい。ただ、ヒサシは上越線運用対応化の為の後付という事らしい。これも日本海縦貫での運用を失ってその挙句、去年廃車になってしまった

81729@tak01

この日の午後2本目のパーイチは荷のある 729号機だったが、編成長を読み違えてしまいケツが切れるという失態を犯してしまった 地方線区のカモレは不慣れなので編成長は余計に読み難いのは確かだが、多少長くても良い様に対応しておくべきだったと反省する小生である。
今から思えば、5月末で時刻も15時を過ぎていたのでここから少しだけ西高岡寄りのカーブでも撮れた気がする。それを思うと余計に残念なショットになってしまった。


同年9月末に遠征した時には、既にEF510 (0番台・500番台)が主体になっていた。門司所属だった500番台は続々と帰還してしまっていて、しかも撮影した場所が高岡ではなく富山だった事もあって、パーイチ様に出会う望みは叶わず、EF510 しか捉えられなかった。



81725@meis01

同年11月、名神クロスで晴天の下捉えた725号機。この罐とは半年振りの再会を果たせた事にはなるが、運用離脱が進んでいた事もあってこれが富山パーイチのラストショットになってしまった。この725号機も2016年に廃車されてしまった。
名神クロスでパーイチを撮るという一つの夢は何とか一度だけでも叶ったので良しとせねばならんのか?


元々九州用だった400・500番台以外でも門司に転属して走っているのは 717、716、718 の3機であり、2016年に721・725号機、2017年には726・735号機、今年には719号機が廃車になってしまっている。



参考がてらに旅客会社の方の EF81 も序に乗せておく

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今は亡き敦賀の101号機(=JR 西日本所属)・2011年に淀川の鉄橋にて撮影
この101号機は2013年廃車、最後まで残った原色=106・108号機は2017年廃車となり原色は姿を消した。トワエク仕様の物でも先日 44号機 が廃車され残存するのは 113・114号機 のみとなっている


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JR 東日本所属 98号機牽引のカシオペア紀行=2017年2月撮影 98号機真っ赤なボディに流れ星マークの入った所謂北斗星カマ
E26 系も通常のカシオペアとしての運行は2016年春に終了し、以来はツアー列車として運行を続けているが、今年に入ってからその頻度は下がっている。



EF81 EF66 の様な圧倒的な存在感は無いのは事実、決してハイスペックでもない。汎用機というだけに一見平凡にも見えるが、同時に偉大なる平凡というものの凄さを確認させてくれたのだった。
生まれも育ちも東京で、EF81 というと嘗ての東北寝台特急のイメージを持ってしまう小生、貨物の EF81 とは御縁に恵まれなかった訳で、貨物のパーイチ様のこれだけしか押えられていない。
それならもっと早くから日本海側に足を運ばなかった?と突っ込まれれば返す言葉は無いが、小生も往還自在というには程遠い立場で、足を運ばなければと思っている内に2014年まで来てしまったのだった
JRFパーイチはまだ九州で走っているし、それも含めて国鉄形機関車は長寿である、非常に使い易いとされる事がその背景にあろう。 EF64 では1000番台=80年代製造ばかりになってしまったが、1970年製の 37号機JR 東日本)はまだ生きている。 EF65 でも70年代後半以降のロット(勿論PF1000番台)は 国鉄特急色 に復帰するなどしてまだまだ健在である。その一方、「JR 形」の 3桁機関車がそんなに長生き出来るのかは、はっきり言って疑問である。(多分ダメだろう・・・)



てなわけで、そんなパーイチ様に小生から捧げる珠玉の一曲は、この曲と相成った
Peter Cetera (ピーター・セテラ)並び Amy Grant (エイミー・グラント)がデュエットし、1986年の末に全米#1 をも獲得した超有名曲である " The Next Time I Fall " 
Peter Cetera は Chicago (シカゴ)のヴォーカルを長らく努めた後、脱退してソロに転向したばかりだったが、" Glory Of Love " に続く2曲連続の全米#1 獲得となりソロシンガーとして非常に良い滑り出しを見せた格好であった。
一方、Amy Grant は元々ゴスペルシンガーだったが、この曲の大ヒットでポップスシンガーとして認知度を上げて、その後90年代に入ると一気にメジャーな名前になった。(註1)(註2
因みに作曲者は Paul Gordon (ポール・ゴードン)と Bobby Caldwell (ボビー・コールドウェル)


この曲のPV はこちらのようつべでも御覧頂きたい。当時20代半ばだったエイミーは結構美しかったが・・・


Love, like a road that never ends
How it leads me back again to heartache, I’ll never understand
Darling, I put my heart up on a shelf‘
Til the moment was right and told myself


Next time I fall in love, I’ll know better what to do
Next time I fall in love..., oh, oh, oh,
The next time I fall in love..., the next time I fall in love, it will be with you


Now, as I look into your eyes
Well. I wonder if it’s wise to hold you like I wanted to before
Tonight, oh, I was thinking that you might
Be the one who breathes life in this heart of mine


Next time I fall in love, I’ll know better what to do
Next time I fall in love..., ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo
The next time I fall in love..., the next time I fall in love, it will be with you


Next time I’m gonna follow through
And if it drives me crazy, I will know better why the next time I try


Next time I fall in love, I’ll know better what to do
Next time I fall in love..., ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo
The next time I fall in love..., the next time I fall in love, it will be with you


Next time I fall in love... ( next time I fall ), oh, oh, oh, oh...
Next time I fall in love..., ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo, ooo
The next time I fall in love..., the next time I fall in love, it will be with you...




註1)Peter Cetera=ピーター・セテラは1944年9月・イリノイ州生まれ=長池徳士、安仁屋宗八、杉良太郎、平泉成、内田勝正、渡瀬恒彦、野川由美子等と同い年に当る。
Chicago の前身時代(The Big Thing)を含めて1967~1985年までリードヴォーカル兼ベースと務め、1985年に41歳で脱退しソロ活動に転ずる。1986年のアルバム " Solitude Solitare " 及び1988年の " One More Story " は大ヒット作品となった
註2)Amy Grant=エイミー・グラントは1960年11月・テネシー州生まれ=清水ミチコ、コロッケ、安寿ミラ、福良淳一、津田恒実、旭富士正也(伊勢ヶ濱親方)、氷室京介等と同い年になる
1976年にゴスペルシンガーとしてデビュー、1982年のアルバム " Age to Age " はゴスペルとしては異例のミリオンセラーを記録。" The Next Time I Fall " の大ヒットを機にポップスに進出し、1991年のアルバム " Heart in Motion " からのシングル " Baby Baby " でソロでの全米#1を獲得。90年代はポップスシンガーとして大活躍。その後21世紀に入るとゴスペルに復帰。




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