Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う。 連綿と受け継がれる日本と大和民族を護ろう

タグ:北陸本線

2018年11月に撮影したが、納得する出来栄えにならなかったので、お蔵入りしていた。そうは言いながら、お蔵入りしたままではもったいないと思い少しでも陽の目を見せてやろうとアップに踏み切った。
相手の娘は龍崎慧流、この字読めるか? これでとうざきえると読む、撮影当時19歳だったので現在は多分21歳。

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Part 1 では485系の電気釜トレインマークシリーズ、先ず登場は白 山
白山というと意外と知られていないが、北陸地方第一位の高さがあり、日本三霊山の一つ。これがまた石川・福井・富山・岐阜の4県の県境になっている。


納得する出来栄えにならなかったと述べたが、それは機材をケチったのが全ての原因。小さいストロボは嵩張らないからキャリーも楽だが、定常光のLED と併用しても光量は如何せん足りない。
抑々スタジオと言ったって名ばかりみたいな所も多い。定常光照明といっても家庭用の物でしかないから非常に苦労する。バッテリー式モノブロックを購入したのはこの直後だった。


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白鳥、日本海縦貫から切り刻まれて青函に押し込まれ、北海道新幹線開通で廃止になり4年が経つ。

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雷鳥(二ホンライチョウ)、生息地は立山であり富山の県鳥でもあるが、白山には明治以降は生息していない。雷 鳥は富山まで走ってこそ雷 鳥だったのだ。
石川の県鳥は雷鳥の天敵であるイヌワシなのは皮肉である。

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と き181系(161系)のイメージが強いが、70年代中盤以降は183系での運転が多くなっていった。1962年の161系での運転開始当初のヘッドマークは「朱鷺」だった。
因みに、朱鷺の学名はニッポニアニッポンだが、日本の国鳥は雉である。


Part 2 へと続く!

Nov. 11th 2018, Pulchra 撮影会@世田谷区内某所のスタジオ
PENTAX K-3 Ⅱ+smc DA☆16-50mm、smc DA 35mm
LED ライト、小型オフカメラストロボ使用




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断続的にやっている一村ゆうか嬢の撮影記もいよいよPart 5、これ一個で色々作れる便利グッズ(Yeah!)電気釜トレインマーク集!

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ひたちというと、ボンネットクハを九州から持ってくるという事があった(九州の特急短編成化という事情があった)ので、ボンネットのイメージが強いが、1990年以降ボンネットはサハ481からコンバートされたクハ481-1100番台に差し代わり電気釜顔が一気に増えた。同時にひたち色とかいうカラーリングが出て来たことで、国鉄色ひたち色が併結されて、ボンネットと電気釜の異なる顔が1本の列車の中に混在するという事も度々あった。そんな一寸カオスな状態は置き換え完了の1998年末まで続いたのである。

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ボンネットシリーズのヤツとは違うがこれもはくたか。赤も鮮やかなあのトレインマークは2代目=1997年新幹線連絡特急として復活した485・489系が走る場合に使われていたもの。この水色のやや地味なマークは長岡経由のルートで1982年まで走っていた初代のモノ。上越新幹線に殺されてその後連絡特急として再び生を吹き込まれたという因果な運命を持った列車だった。

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右と左で背景がこんなに違うの?かと思われるかも知れないが、実はこれを撮っている途中でセットから追い出されて移動を強いられたのであった。
白 山というとトリコロールな白山色でボンネットというイメージが強いが、3年程だったが電気釜300番台白山カラーもあったのである。鉄道ファンなら白山が北陸に実在する山なのは常識だが、一般にはあまり知られていないらしい。

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東北本線、それこそヒガハスでもワシクリでも485系がうじゃうじゃ走っていた時代なんて知っているのは40代後半以上だろうか?
そのうじゃうじゃいた中の代表格が上野と仙台を結んでいたのがひ ば り(1961.10~82.10)だった。61年の当時は不定期だったが、定期列車に昇格した後は徐々に増殖開始。ヨンサントオで5往復になり、70年代に大増殖してゴーサントオで15往復を数えるまでになって事がある。小生にとっても東北本線昼行特急というと直ぐに思い浮かべる名前がコレ!
今回は485(489)系に終始してしまったが、183(189)系も入っているので大変お得。



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これはオマケ。前半終了間際に撮って見た Twilight Express のマグカップ。一寸久しぶりの登場となった。(使用車両が国鉄形という事で…)

あと3回くらいは出来そうだ、てなわけでPart 6 へと続く!


Jan. 13th 2019、Pluchra 撮影会@品川区西品川に存在したスタジオ
PENTAXK-3Ⅱ+smc DA-star 16-50 f2.8、smc DA35mm f2.4
LED ライト・Tokistar 300W バッテリー式ストロボ使用




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こんな時で時事ネタ中心にやっているだけだとつまらない。てなわけで、もう1年以上経ってしまったが、去年1月に参加したPulchra 撮影会のネタを公開する。
先ずは御馴染みの485 / 489系トレインマークをフィーチャーした作品から


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ここで 白 鳥 のヘッドマークを手にしているのが、今回のモデルちゃん一村ゆうか(いちむら・ゆうか)
スタジオは当時西品川に存在していた古い建物を改造したところで、当然の如くエレベーターなんて無く、道具一式を2回まで急な階段を2往復する破目になった。そのスタジオも去年の春で閉鎖になってしまっている。


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このスタジオについてだが、建物は非常にぼろくお世辞にもキレイとは言えないが、スタジオは広く幾つかの区画に仕切られていて色々な所を使ってヴァリエーションに富んだ撮影も結構できる所だった。

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日本海縦貫の雄だった 雷 鳥 、北陸新幹線なんかに使い回される事無く消えたのは良かったのかも知れない。電気釜風よりボンネット形ヘッドマークレプリカ、価格も高いし種類も少ない、しかも重くて嵩張る。それでも風格と存在感が違う!

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若い人達ははくたかが在来線特急だった事を知らない。太平洋側の人達には元々馴染みが薄かった。年代に関係なく鉄ヲタ以外は知らないといった方が正しいのかも知れない。
この地味~な特急は元々白鳥からの分離で1965年に登場(当時はキハ82系)、その時代は1往復(後に2往復)。69年の電車化の際、489系登場前だったので寝台特急北陸と同じルートでの運転に変わったが、向日町(大ムコ)の485系はくたかを含む北陸特急各種に加えて76年7月からは九州のみどりとも共通運用になるというおバカ超広域運用を組んでしまった時期があり、78年まで続いた。489系登場以降も白山が横軽ルートだったのでルート変更なしで走り続けて1982年の上越新幹線開業に伴い廃止。
その15年後、北越急行開業で越後湯沢と金沢を結ぶ新幹線連絡ローカル特急で復活。681系で在来線特急で160km / h での営業運転という金字塔を打ち立てたものの、余り知られていないローカル特急というポジションから脱せないまま新幹線への移行を迎えたのである。


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北陸新幹線に移行したはくたかだが、未だにその立ち位置があやふやでしっくりこないと思うのは小生だけだろうか。長野以北はほぼ各駅停車なのだが、各駅停車はつるぎとあさまがあるのだから停車駅も幾つか減らして他の列車と丁度良い感じの差別化が出来ないのだろうか?

実はこの日、次の月に待つイヤ~な展開を示唆する事態が起きていた。撮影会の序盤にDA-star 16-50のAF が動かなくなるという事が起きたのである。MF で対処しようかと思ったが、レンズをマウントにセットし直したらAF が起動したので事なきを得たが、2月に不調がはっきりし3月に入って早々に入院という事になった。FA 43mm を中古で買い足してスタジオ撮影は35mm・43mm の単玉2本主体でやるというシステムに変わったのであった。

Part 2 へと続く!

Jan. 13th 2019 Pluchra 撮影会@品川区西品川に存在したスタジオ
PENTAXK-3Ⅱ+smc DA-star 16-50 f2.8、smc DA35mm f2.4
LED ライト・Tokistar 300W バッテリー式ストロボ使用




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2018年12月のライル嬢撮影記のPart 2になるが、和室を使って電気釜ヘッドマークシリーズ。旧来の485 / 489 ボンネットシリーズ4種に加えて、国鉄特急の主流だった電気釜顔のトレインマークも19種類揃い、大幅に戦力アップしてヴァリエーションが広がった。
2018年10月に行われた鉄道フェスティバルにて4300円程で購入。(2019は台風で中止)


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先ずはひたちの作例。1982年の東北新幹線開通で東北本線から485系が姿を消してからも常磐線は関東唯一の交直流王国として残っている。1989年の651系登場時から485系の淘汰は始まっていたが、最終的に淘汰されたのはE653系増備完了の1999年春の事だった。

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和室のあるスタジオも少ないので、その一角を使用。2人っきりの状態で撮影を進行させられたので、やや狭いながらもイイ感じの時間であった。

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電気釜では白山もイシュー。ご存じの通り、現在の北陸新幹線と非常に近いルートで上野~金沢を結んでいたのはご存知の通り。京都鉄道博物館ではクハ489-1 白山色のラッピングで今日まで展示されていた。
碓氷峠の存在自体知らないという場合は論外だが(意外と多いから困る)、そこを越える「横軽」なんて知らないという世代がドンドン増えてきている。碓氷越え協調運転の際、電車側のマスコンとブレーキ弁は切られて制御は全て補助機関車側で行っていた。


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ボンネットシリーズでお馴染みの雷鳥、電気釜ヴァージョンも基本的デザインは同じだがサイズと縦横比が違うのでこちらの方がこじんまりしたデザインで纏まっている。

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在来線時代のときというと、181系のイメージが強いが、1974年から78年にかけて183系1000番台が新製されて置き換えられた。因みに、183系1000番台+横軽用協調運転装置=189系である。

電気釜トレインマークはこれ以来、重要な戦力として活躍しているという訳で、次回=Part 3 へと続く!


9th of Dec. 2018 Pulchra 撮影会@世田谷区内のあるスタジオ
PENTAX K-3Ⅱ+smc DA star 16-50mm f2.8・smc DA 35mm f2.4
Tokistar 300W バッテリー式ストロボ使用




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ファンなら誰でも知っている伝説の列車 Twilight Express が今年30周年を迎えた。1989年7月に団体ツアー専用列車として運行を開始し、同年12月から臨時列車をなり一般販売を開始。これは北斗星の1年後輩でカシオペアの10年先輩という事でもある。
時はJR 発足から約2年、何といってもバブル絶頂!
ここで、西日本旅客鉄道はそれまでのブルトレのイメージから一転、ダークグリーンを基調にしたカラーリング、輸送力ではなく豪華仕様の商品力という部分も取り入れた列車を開発。東の北斗星・西のトワイライトと共にそれなりに贅沢も出来る列車として、バブルの後押しもあってかデビューと同時に好評を博した。2年目の1990年にはA個室(スイート・ロイヤル)が増車され、更に91年には第3編成が追加で落成し多客期の毎日運行が可能になった。こうして Twilight Express JR 西日本が誇る一大看板になったのである。



twiex@tak01
2014年5月下旬、大阪行きの後追い撮影=高岡~西高岡間(2014当時)

網干総合車両所宮原支所所属24系25形客車の専用編成使用で電源車を除いては9両で、サロンカーと食堂車が入っていた。
御存じの通り、Diner Pleiades(ダイナー・プレアデス)のスシ24形は元電車である。抑々24系の食堂車でオシ24形が存在していたが、民営化前1985年の時点で廃車になり形式消滅していたので、使われなくなった489系等の電車特急食堂車を改造するしかなかった。サシ489-3スシ24-1(現在京都で晒し者)、サシ489-4スシ24-2サシ481-52スシ24-3北斗星用の500番台グランシャリオも基本的に一緒)
1990年代以降、ブルートレインは下火になって縮小廃止の流れが加速する中でも、トワイライト北斗星と共に寝台特急の東西両横綱としての地位を確立し鉄道界の大スターとして君臨していった。1999年にカシオペアが登場すると夜行列車 BIG 3 として輝き続けたのである。


8143twiex@sojj01
2014年11月末、安威川の堤防での撮影だったが、既に現在のJR 総持寺駅建設工事が始まっていた様で、工事用フェンスや新しい架線柱が増設されていて悲惨な状況だった。

この列車、実は重大な弱点があった。それは日本海側を走り続けるという事である。豪雪地帯を延々と走り続けるので冬場になると大きな遅延なんて当たり前、ウヤになる事も多かった。そこは太平洋側(東北本線)を走る北斗星やカシオペアとは大きく違う所である。
その中でも、臨時列車運行終了直前の2月13日~15日掛けてに起きた25時間遅れ、所定22時間程度の所その倍以上掛かったというのは。その時の大雪が如何に凄かったかを物語るニュースとしても大きな話題になり、まさに伝説の遅延になった。また其の10日程前にも15時間というある意味偉業クラスの遅延も話題になった。これだけの遅延となるとJR 側も臨時で駅弁の支給を強いられる等追加の負担が大きくなるから、廃止直前の最後の一稼ぎの時でなければウヤだっただろう。


この列車の輝かしい歴史にピリオドを打たせたのは北陸新幹線と北海道新幹線、2つの整備新幹線であった。厳密にいえば並行在来線の経営切り離しと青函トンネルの問題だった。
斯くして2015年3月13日に一般販売される臨時列車としての運行を終了した。最終列車が大阪駅に到着する模様は東京のTV でも生中継されていたが、221系が危うく被りそうになっていて、本当に被っていたら大暴動が起きていたかも知れないと考えると結構草生える
その後1年間は元々の団体専用に戻る形で特別なトワイライトエクスプレスとして運行された。団体専用で始まり結局団体専用で終わるという27年弱の歴史だった


何かというと新幹線をよこせよこせという土建屋・政治家ども、新幹線が来れば豊かになれると何も考えず信じ込む田舎者、高速鉄道網でCO2 を減らせると大嘘をつく環境関係の活動家達がグルになって寄って集って整備新幹線を田舎に伸ばそうとしている。安倍政権下で調子に乗った奴等がやれ「四国だ山陰だ」、挙句の果てに「単線でやれる」とか…、そこまで来ると「もうエエ加減にせぇや、どついたろか」である。
トワイライト北斗星の終焉にはそんな日本の国土政策のアイコンになってしまったという側面があると言って差し支えないだろう。この両列車にはせめて30周年まで走り続けて欲しかったと思うのは小生だけだろうか?


87mizk@naks01
87系瑞風の初撮影は2018年11月・山陽本線は庭瀬~中庄間にて。

そして2016年2代目とも称される87系気動車トワイライトエクスプレス瑞風が登場した。
JR 九州77系九州ななつ星が成功したとなるや否や、他のJR もセレブ観光客用商品に舵を切らざるを得なかった。
兎に角国内外から上級市民セレブの人達を呼び込んでおもてなしすれば良いという発想から生まれたおバカ商品が Twilight Express なんて名乗っているのが解せない。この国も本格的なグローバル格差差別社会に入った事を如実に示すアイコン的列車である。
序にフロントセクションの見た目も何しかアメリカンフットボールのヘルメットみたいで、展望デッキに手を掛けようものならフェイスマスクの反則で15ヤードの罰退を食らいそうである
この手の列車は乗る事自体が目的だとか言っても、列車と船舶では訳が違うという部分を加味しても、豪華客船のショートクルーズの方が全然コストパフォーマンスが高い。まともな脳ミソを持っているなら豪華客船の方を選ぶだろう。


瑞風トワエクの発展形だと評する向きもあるが、その論理には疑問を持ってしまう小生である。


私鉄からのアンサーソング? いや、唯のパクリか?
私鉄のトワイライトエクスプレスとも呼べるヤツも存在している。


ezd732@trgi01

叡山電鉄が開発した「ミニマムな」Twilight Express700系・732号車=ひえい(2018年11月・宝ヶ池駅付近)
2019年(=令和最初)鉄道友の会ローレル賞も受賞している
何だか少々卑猥にも見える顔つき(女性器みたいだとまでは言わないが)、観光列車と銘打っておきながらロングシートという具合に突っ込みどころはある。京都市左京区内のみを走行し、15分にも満たない時間ではあれど乗車券だけで気軽に最短最小のトワイライトエクスプレスの旅が楽しめる
732号車はデオ730形で京阪1800系(Ⅱ)からの流用機器をふんだんに用いて1988年に製造され、三十路を迎える去年にこの様なとんでもない改造を受けた。その時に機器類も京阪5000系の流用品に替えられた可能性がある。
因みに小生はこのひえい初撮影の翌日に瑞風の初撮影をしている。



そしてもう一つは…
kt154pn@isash01

それは近鉄のツアー用(クラブツーリズム)列車・15400系かぎろひである。見ての通り12200系の改造車で2連が2本存在する。
12241F15401F(PN51)12242F15402F(PN52)という車歴で、車内にはイベントスペースとバーカウンターを装備している。トイレも温水洗浄便座を備え男性用・女性用に分かれている。


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1枚目=伊勢朝日~川越富洲原間・2015年11月撮影、2枚目=川越富洲原~近鉄富田間・2013年4月撮影

2枚とも狙っていたわけではなく、たまたま当たったというショット。トワエクをパクったのではなくクラブツーリズムの高級バス「ロイヤルクルーザー・四季の華」に合わせたのでこのカラーリングになったとされる。このR.クルーザーも見た目だけならバスツアー界の Twilight Express と呼べるかも知れない。
15200系15400系共々車齢の高さは相当なもので、近い将来「2代目かぎろひ」が登場するのだろうか?
数年後は2連のユニットが余る可能性が考えられて、22000系AS 若しくは22600系AT なんかがかぎろひに変身するかも知れない。




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