Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う。 連綿と受け継がれる日本と大和民族を護ろう

カテゴリ: 時事その他

コメダ珈琲店を見てみると、東京にはないフィーリングである。
木を使った暖かい感じの内装。コーヒーを前面に押し出してはいない。店の感じから何から何までオシャレ&意識高い系を前面に押し出す何チャラバックスとはエライ違いである。珈琲店としてコーヒーをメインとしながらも色々なフードを出して来る等、コーヒースタンド系とは明らかに違う。名古屋の喫茶店のモーニングの下地を外してはいない。


普通、喫茶店等の店は長居をさせないようにして客の回転率を稼ごうとしている。それが常識になっている。
ところが、コメダの場合は各座席にコンセントが備わっている。長居OKともとれるこの仕組みは常識に抗っている。木目調の内装を含めたインテリアは居易さを追求している。
それでもこれがコメダのスタイルとして受けているのであり、比較的堅調な業績を支える要素になっている。



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名物の一つである味噌カツパン

名古屋の喫茶店文化の始まりは茶の湯文化の定着ではないかと述べたが、その始祖は徳川宗春とも述べた。現在の日本は首都圏・京阪神はまるで戒厳令、外出禁止、おまけに徹底した倹約令に近い様な状態である。日本人は倹約令が好きな民族の様であるが、倹約で世の中が良くなると思い込んでいる様な所がある。享保年間で幕府は倹約令を徹底し世間を立て直そうとしたが、効果は限定的だったと言える。この倹約令に抗ったのは徳川宗春だった。宗春自身は家来達の反逆等で後に悲惨な結果になってしまっったが、宗春が江戸に抗って名古屋に齎した繁栄を今こそ考えて再評価するのも非常に有用とも考えられる。

実物が見本の画像より小さいとか劣るという、見本詐欺というのは色々とある食品飲食業界では当たり前のように存在する。ところがこのコメダでは「逆・見本詐欺」と呼べるケースが多い。見本の画像より量も多く見た目にも豪華で旨そうという期待をプラスの方向に裏切る有難いケースが多い。これが小さい店なら兎も角、全国で850店舗を誇るチェーンで行われているのである。

Part 3 へと続く!


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飲食業界は壊滅状態に見えるが、マクロでは確かに壊滅に近いと思われる。ケンタッキー・フライド・チキンは業績を伸ばしていて、コメダも前年比では減益乍ら黒字経営である。他ではここ数年店舗の大量閉鎖も目立つ所も多いが、殆ど閉鎖もない。コメダは飲食業界でも非常に有能な優良企業で数少ない勝ち組とも言える。先日店に入った時もほぼ満席で、閑古鳥が泣いているなんて事は一切無かった。

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今やスーパー等でこんな物も売っている

コメダ珈琲店は名古屋エリアの喫茶店文化のアイコンみたいにも言われるが、同店のデビューは1968年。583系485系EF66EF81キハ181系・山﨑武司・内野聖陽・松下由樹・菊池桃子等と同い年に当るわけだが、1号店は名古屋市西区にあった。
小生がコメダ珈琲店に出会ったのは東海以外に進出を本格化させる前の2005年、名古屋市内での事だった。名古屋エリアにおける現代の喫茶店文化の始まりは、1950年頃の一宮周辺の繊維産業という事になっているが、古くは茶の湯の文化が庶民にも広がっていた事にルーツがあるとされる。第7代尾張藩主徳川宗春の時代に幕府(吉宗)が倹約令を徹底しようとしたのに抗って名古屋の街を活気付ける様な施策を展開した事で茶の湯の文化が名古屋の街に広がったと言われる。
中京圏では喫茶店でコーヒーを頼めば最低でもピーナツ位は付いてくる。
その時代から300年弱、名古屋発祥のコメダが全国展開し、コロナ渦で飲食が悉くダメになる時に於いても勝ち組の様に振舞っているなんて誰が想像したであろうか?。コメダが一気にそれこそパンデミックしたのはここ約10年である。15年位前なんてコメダ珈琲店は中京圏まで行かないと体験出来ないものだった。今や全国区になった?シロノワールも名古屋のローカルフードに過ぎなかったのである。
次はコンパル(KONPARU=名古屋の老舗喫茶店)に後を追ってエビフライサンドで大ブレイクしてもらいたいと思うのは小生だけだろうか。

Part 2 へと続く!




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3ヶ月も入院していた小生、実は一寸した朗報もあった。30年振りに背がデカくなったのであった。小生の身長だが、21歳=大学の時に計った数字をもとに公称170㎝としていたが、それから30年、病院でメジャーを使って計った数字は172㎝だった。
170も172も大して変わらんと言えばそれまでだが、これで公称も172にして問題なくなった。

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COVID-19 ウィルスだって対策は素人が対策をやっている様なもので、そうい う場合は感情論に押されてしまう。人や物の移動を規制しろとかいきなり言い出すのは、「感染拡大=Go to travel のせい」だとか、「東京の人間が日本中にバラまいて感染爆発が起きる」、何かの特定の場所や業界やジャンルを感情論や精神論で叩くのは政治やマスゴミの常套手段である、自分達が叩かれない様にする為でもある。

イギリス生まれの新型株が非常に恐ろしいと騒ぎ出す奴等が増えているみたいだが、感染力(広がりやすさ)   と毒性・死亡率は本来反比例の様な関係にあるのが普通で、ウィルスは人間との共存を狙うものである。ウィルスのゲノムには人間等の生物と共通する部分があると言われる。
人を簡単に殺す様な毒性の強いものは流行らないで広がらないのである。勿論、例外はあってペストやエボラ出血熱、天然痘、SARSの様なものはあるが、SARSパンデミックは半年で終わってしまった。COVID-19にはそんな「例外的」な奴が出て来るとは一寸考え難い。



医療崩壊ばかり叫んでいるが、他の色々な業界が同時に崩壊しようとしている。仮に医療崩壊が起きるとしてもそれは厚生労働省の無能無策怠慢ではないか。人口当たりのICU や医師の数では劣っているわけではなく、その数で言ってもトップクラスの数字なのに、患者数も欧米諸国の何分の一というレベルなのに医療崩壊なんてパニックになるのチャンチャラおかしい筈なのである。
閑古鳥の泣いている医療機関も山ほどあって医師や看護師も暇を持て余し、開店休業状態の人達も沢山いるのに、その一方で医師不足だ看護師不足だとかワーワー騒いでいる。COVID-19の位置付けを2類感染症指定(=ペスト・エボラ出血熱レベル)から5類レベルに変えるのが、沢山の幅広い医療機関も対応できて現実的であるが、そうするとバカみたいに騒げなくなる上にD.S.の許しも得られないから指定変更は出来ない


経済の崩壊で自殺者が沢山出ても、余計な人口が減って御めでたいと片付けるつもりなのだろうが。医療崩壊は人類滅亡みたいに言う。こんなレベルの状況で医療崩壊するんなら医療の基本的システムに問題がありすぎるとしか思えない。医療業界の政治的な力と、そこへの忖度が絶対的正義とされる
経済は捨てて命を取るのが当たり前だと2者択一みたいに迫るのが左翼のやりでもある。しかし、経済と健康は対立するものではない。健康にも金は要るのだ

それでも政治は感情論に流される事が多いから、科学的に明らかに間違っている事が政治的には正しい事になってしまう。政治的に正しいとなると、絶対的に正しい事になってしまう

左翼マスゴミや野党はポリティカル・コレクトネスに感情論と精神論を交えて政権批判をする事が多いのであり、それが目的になってしまっている。

自粛なのに強要=従わないと公表して晒し。これはもう自粛要請ではない、完全な営業禁止である。それでも強制力のある自粛要請という日本語として全く成り立たないものが公権力によって振り回されている事をおかしいと思う人も少ない。日本も何だか北朝鮮みたいな国になり果てたとしか思えないが、

日本は手ぬるい・甘い」と言い、欧米の様にどうしても「厳しく」やりたい奴等も多いのであろう。必要もないのにどうしても極限のロックダウンを自己満足の為にやりたがる政治家や役人、更にマスゴミの奴等の顔が目に見える。

12月から遂に中獄完酷からの「ビジネス客」(ビジネス客を名乗るだけでイイ)にはPCR 検査をしないで良いとなったのである。日本政府は一貫して、空港検疫で引っ掛かった人間の国籍別シェアを公開していない。中獄完酷からは幾らでもウェルカムにしているのは、2nd floor 爺のケンエキが絡んでいるのは間違いない。
日本人の身体生命財産や基本的利益を先ず護るという当たり前にやるべき事を最初から無視して売国行為に勤しんでいる事が一にも二にも許せないし、許してはならないのである。

付ける薬の無いレベルのバカが多過ぎるのは間違いない。



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人の一番嫌な(暗い)所を見なければならないのは医者と刑事だ。」そんな言葉があった。病院で見かける光景には人の一番嫌な(暗い)所が透けて見える。病院も犯罪現場も人の生き死にが深く絡んでいる極限の場所である事も多いのだから、綺麗には行くわけがない。

看護師というと昔は白衣の天使なんて呼ばれていたが、現実にはそんなもんはウソである。
譬え有名大学附属病院なんて言っても、実際は看護師にとっては相当ブラック職場だったりする。離職率も高いというのはガチで聞いちゃった話である。
看護師と聞いて白衣の天使なんていう人は今やいないが、実際見ていると神経がラフな奴や思いっ切り鈍感な奴も多い、何と言ってもそれ以前に頭悪いのが多い。


小生がリハビリテーションしていた所のスタッフは兎に角若い。
療法士達は大半が20代、自分の甥や姪と同世代どころか同級生の人達の指導を受け乍らリハビっていた。主治医でさえ私より年下。私より年上なのは院長先生(何故か院長だけ70代)ぐらいしかいなかった。


昨日昼前に退院して帰宅する途中で寄った所があった。先ずは床屋である。これには訳があって…、入院中に看護師に滅茶苦茶酷い切られ方をしたのである。これで酷い姿になってしまっていたので、人に会ったりは出来たものじゃない。退院帰宅の途中でいつも使っている床屋に整えて貰わざるを得ない。都心のある病院からタクシーで新宿まで一っ飛びしたのである。床屋の後にもう一つ用事をこなして帰宅したのである。
これも実は〇〇〇ウィルスの影響である。病院だと理美容師の出張なんていうのが月数回はある。それが〇〇〇ウィルスのせいで無くなってしまったのである。こうなると、看護師が適当に切るしかなくなる。こうなると酷い事になるのは犬でも猫でも分かる話である。

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〇〇〇ウィルスと言えば、路上で倒れた際、救急車がやって来て最初にやったのは何とPCR 検査。違うだろ!と言いたいがこれが現実。幸いにして陰性だったので、次のプロセスに進めたが、脳卒中を起こして倒れて危ないかも知れない急患にやる事ではない。順序が明らかに違う!。

日本でもPCR の検査数を兎に角稼いでやたら感度を上げて、陽性率が100% かそれを越すように色々工作すればとんでもなく大きい数字が出せる。街中の一寸した広場がPCR 検査場になっているのは入院していた病院の直ぐ近くであった事。現にコロナに全く罹患していないのが明らかなのに感染者にされたり、交通事故で怪我しただけなのにコロナの重症患者にされたり、滅茶苦茶なインチキが後を絶たないらしく、そんなあからさまな水増しがマニュアル化されているという。感染者=犯罪者という感じの扱いであるPCR陽性者は患者ではない。発症なんかしていない人が多い、ウィルスの欠片が数個だけ粘膜に付着しただけで感染者=重罪人にされるのである。〇〇〇ウィルス肺炎は発症するには最低10000個位は活性のあるヤツが必要だという事が分かっている。相当大きな飛沫を一気に食らわないと発症は難しい事になる。
冬場は〇〇〇ウィルスを含むRNA ウィルスにとって安定して数を増やせる。インフルエンザは冬場の風物詩だったのもこの為である。どんなに騒いでも、〇〇〇ウィルスの感染者数でもインフルエンザには遠く及んでいない。因みにインフルエンザは約1200万人が罹患している計算である。
インフルエンザが大流行した事は数回あったが、気を付けましょうというのが関の山で、ロックダウンなんてちゃんちゃらおかしい話だった。


国を挙げて恐怖を煽るべく数字稼ぎに狂奔し、第3波なんて捏造しているのだ。しかも、欧米の数十分の一みたいな数の患者しかいないにも拘わらず、医療崩壊なんて寄って集ってぬかすこの神経。
コロナが死因に殆ど関係ないというケースでもコロナで死亡したことにカウントしたり、何だかドミニオンあたりで集計しているのかと思う様である。ワクチンが救世主となって老いも若きもそこに縋り付いて製薬会社は大儲け。同時にデジタルトランスフォーメイションが一気に広がってゼロ・コンタクト社会に移行するという大規模な世界的公共事業が展開されているのである。
ただ、世界経済の低迷でデジタル・トランスフォーメーションという設備投資はなかなか伸びないのであった。ゼロ・コンタクト社会への転換で人間の孤立化が一気に進んで行けば、大多数の人間は更にメディア等からの洗脳に弱くなるのは間違いなく、人間の家畜化も大幅に進んでゆく
こうなるとD.S.とコミンテルンの台本通りである。日本人の産業や生活をこういう時にこそ護るべく手を尽くすのが政治や行政のやるべき事なのに、D.S.と一緒になって全ての産業等を完全に崩壊させビッグ・リセットを一気に加速させようと政治も行政も狂奔しているのは明らか。恐怖や危機を煽り続ける奴等も含めて馬鹿に付ける薬はない。

其の参に続く!



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小生、3ヶ月振りに帰宅した。どこから帰宅したかというと、刑務所ではなく、病院である。だから当ブログもその間は止まっていた。
実をいうと、小生は昨年10月半ばの或る夜に脳卒中を起こして都内の路上で倒れてしまった。急性期の治療で某大学病院で4週間、その後リハビリテーションで7週間他所に入院していたのである。
50代前半なんて脳卒中の患者としては若かった、言い換えれば脳卒中になるには早過ぎたと言える。そんな年齢で罹患してはならないのだった。
リハビリに入ってから担当医も驚く程のスピードで回復して本日退院まで漕ぎ付けたのである。


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自動車運転再開の為のリハビリテーションは別途の通院が1ヵ月以上必要で、更に声のリハビリも必要と思われ、完全復活となるとまだまだ先に道はある。
個人的な話で恐縮だが、2020年は母親の17回忌に当る年で父が死んで丁度30年に当る。しかも父は1988年10月31日(=F1日本GPでA.セナが初のチャンピオンを決めた日)に脳梗塞で倒れ、喋れなくなり立つ事も殆ど出来ぬまま、その約2年後にガンで(インオペ状態)死んだ。70手前だった。
母は倒れた時の私の年齢で(35年前)胃にポリープが出来て入院している
近年になって10月になると体の方で不具合が毎年の様に起きていたから厭な予感がしていた。それにしても脳卒中でいきなり倒れるなんて酷いと思う。
その後、リハビリで入った病床の番号が亡き母の誕生日と一緒って、一体どこまで呪われた2020年なの?エッ?
来年2022年は父の33回忌に当る年で生誕100周年である。序に母方祖父の23回忌でもあるから、私若しくは兄弟達に何かが起きる可能性があると思う。兄弟達は既に60を超えているから尚更だ。
父母祖父母の〇回忌という年はえぐい事がよく起きる気がする。小生の知人その他でも似た様な事が起きている。


其の弐へと続く!


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