Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う。 連綿と受け継がれる日本と大和民族を護ろう

カテゴリ: wine

Beaucastel (ボーカステル)といえばヌフパプ(Châteauneuf-du-Pape)の中でも名門中の名門の様に言われる。このサイトでも1999を既に取り上げている。(その時の記事はこちら。)
1909年に蔵を開設し、今や南フランスの幅広い地域に合計で300haを所有するFamille Perrin (ファミーユ・ぺラン)の中心ブランドである。2代目であるPierre Perrin(ピエール・ぺラン)、3代目のJacques Perrin (ジャック・ぺラン)の間に発展を遂げたこの生産者も、今は4代目(つまりJacques の息子達)に当るJean Pierre とFrançois が当主を務めているが、5代目に当る世代も育って働いている。
2000年を境に作りが変わったという作り手は結構ある。5代目の世代も恐らくその辺りで参加する様になったのだろう。近年では、ネゴシアン部門を広げるなど商売も大きく広げている。中でもあのPaul-Jaboulet の息子を引き込んでジョイントヴェンチャーみたいなものを立ち上げたりもしている。


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色はルビーパープルがほぼ変化し切ってガーネット
出て来たエレメンツを挙げて行くと…
ブラックベリー、プルーンエキス、ブラックチェリー
ミントユーカリ、白檀、煎りたてのシティローストのコーヒー昔のチェリーブランデー黒文字、リコリス
Bénédictineリエージュシロップセミスウィートチョコシャンボールリキュール、黒胡椒、日本山椒なんて言う訳で華やかさは割とある。エレメントの分析がし易くある意味判り易いワインであると思われる。
一見、シームレスに非常に良く溶け込んで具合が宜しく見えるが、酸もタンニンも予想よりかなり穏やか。こんなんでイイのかという位で、もっと主張があってよい筈である。


熟成が意外と早く進んでしまった様で、もっと頑強かと思ったが意外であった。早々にヘタるのではと心配させる程である。
予想より華やかであったが、最後の一盛り上がりという所が足りない。何処かしら全体が薄く感じる。
何じゃという様な一寸プアともいえる位のアフター、力強さにかけ長さも然程ではなく非常にガッカリであった。2000年位を境に作りが変わったのだろうか。


90年代までのBeaucastel を知っている者にとっては信じられない結果である。思えば、2001は最高の出来と騒がれて正に鳴り物入りで売り出されたのであった。現在は売り出されて15年以上が経ち、メッキが剥げてコレかいなという残念な事態である。ワインの将来なんてそうそう簡単に分かりはしない。騒がれて市場に送り込まれても、最終的にとんだ一杯食わせ者で終わる奴だって仰山ある。
Beaucastel も例に漏れず?この辺のヴィンテージから価格が高騰し、入手機会も減った。
どんな名門でも世代が移行する時は造りという面でブレや揺れがどうしても生じ易いのは事実だが、最近ではこの弟分に当るCoudelet de Beaucastel (クードゥレ・ドゥ・ボーカステル)についてもイイ話はあまり聞かない。抑々、商売も一寸広げ過ぎな気がする。


最後にスコアリングを発表すると…、16.5 / 20 まぁこんな所だろうか

長らくCNDP の王であるかの様に振舞ってきたこの蔵も、そんな偉そうな面も出来なくなる日が来るかもしれない。こんなのより全然優れたヌフパプなんてまだまだある。



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ローヌワインをこんなにしつこく取り上げる奴なんて、そうそういるものではないだろう。小生は確かに変わり者かも知れない。

コート・ロティといえば、ローヌだけにどうしても Guigal (ギガル)Chapoutier (シャプティエ)の名が浮かんでしまうのは仕方ない。この2大巨頭、Côte Rôtie でも素晴らしいワインを作っているのは疑いのない事実である。コート・ロティなら René Rostaing (ルネ・ロスタン)は今やこれ以上ない対抗馬である。
Côte Blonde  という男、1971年に家族が持っていた畑を纏める形でスタートさせたが、Rostaing の家はフランス革命より前からワインを作っていたらしく、幼少期から親族の畑の収穫の手伝いなどはさせられていた様だ。
前記事でウトの A. Dervieux(A. デルヴュ)の畑を89年に、叔父の M. Gentaz (M. ジャンタ)の畑を92年に引き継いだと書いたが、補足すると叔父から引き継いだ畑にはあの Guigal のワインでも有名な La Tuque (ラ・テュルク)の区画が入っていて、これを手に入れた事が特に大きかった様である。


叔父さんから引き継いだ畑の葡萄で2013年からCôte Brune という新たなプレステージ品を作り始めているが、叔父M. Gentaz の伝説的作品Côte Brune の名を継ぐ物という事で、価格もレジェンドクラス。それまでの2Top であるLa LandonneCôte Blonde の1.5倍以上の価格らしい。なので凡そ3万超え、Guigal の有名な3バカトリオとほぼ一緒。
更にウトの伝説的ワイン、Côte Rôtie La Vlaillere の名を継ぐ物もデビューさせている。


ここでこの生産者の主だった3つのキュヴェを比較してみよう
スタンダードなAmpodium(アンポディウム) は自社の13の区画からのSyrah 100%で、除梗はおよそ40%前後。2008年までClassique と名乗っていた。
多分厳密にいうと今は本当のスタンダードキュヴェと言える物は存在しないのだろう。
La Landonne(ラ・ランドンヌ) はSyrah 100%、除梗は凡そ1~2割。La Landonne はCôte Brune =酸化鉄を多く含む土壌の区域に最上級の畑の一つ。600ケース前後が生産される。
Côte Blonde(コート・ブロンド) はSyrah 95%+Viognier 5%、除梗は35~50%。Blonde という名の通り鉄分ではなく石灰質やチャート等を多く含む色の薄い土壌から生産される。生産量はLa Landonneより更に少ない350ケース。


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能書きばかり延々と述べても仕方ないので、ここでワインのインプレッションに行こう。
先ずは色。くすんで暗めのガーネットだが、深度は中程度。


拾い出したエレメンツを挙げて行くと、最初の表層的レイヤーはAngostura、土で始まる。各要素が非常に複雑に絡まり合っている模様で、「因数分解」が非常に難しい展開になる。
その後、ラズベリークランベリー野苺ブルーベリーブラックベリー、ラプサンスーチョン(薫茶)、キームン
かなり遅れてArmagnacが登場。


続いて更なるサイドアタッカー陣として、シャンボールリキュール、鉛筆の削りカス、Jägermeisterリコリス、ジュニパー
奥から非常に遅れて野薔薇ハイビスカスティー、更にもっと遅れてラヴェンダーリエージュシロップ、シロップ漬けGriotteine


酸とかタンニンは最初おとなしくなったのかと思いきや、途中から目覚めたのか結構強めに主張してくる。特に酸の美しい伸びがインプレッシブになって来る。


お澄まし系の綺麗な出汁の様な広がりと口当たり、から梅酒の様な喉越しが強まって来る。淡そうで淡くなく明確な主張。展開スピードがかなり遅く、抜栓から6時間以上、飲み始めて3時間以上経っても、全然展開中だった。

スローにステディにエレガントに嫌みなく美しくというワイン。突出した特徴はないがトータルパッケージは素晴らしい。シルキーで伸びやかでマジで長い、フィニッシュ~アフターの一押しもちゃんとある。

本来ならあと数年寝かせても全然大丈夫だし、そうすればもっと違った表情が出て来るであろうと思われる。ただ、抜栓した時の感覚でいうとコルクがヤバくなる兆候があったので、ここで丁度良かったのだろうか。90年代以降、コルクの寿命は明らかに短くなっていて、25年も持てば御の字という事だろうか。

スコアリングの結果は…、19 / 20 は遣りたい。La Landonne とCôte Blonde 、甲乙付け難いが、酸の美しさではCôte Blonde に一日の長がある。
桝久さん、反論でも言い訳でもするならどうぞ!


因みに、コート・ブロンドの方を取り上げた記事はこちら


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ローヌワインの最高峰の一つ、Côte Rôtie (コート・ロティ)。その中でも今やクラシキストの権化の様にすら言われるRené Rostaing (ルネ・ロスタン)だが、小生とこの酒屋では意見が分かれる。
小生の意見では「基本クラシックでそれ故に厳格さを持ったワイン」となる。これに対し生麦の酒屋氏は「とっつき易いアメリカを意識した様な作り手」だと考えている様で、意見がほぼ逆である。
これは恐らくお互いのイメージするヴィンテージが違うからではないかと思われる。小生の思い浮かべる(テイスティングした)年代は90年代後半~2001年頃までの世代。彼のイメージする年代はどうやらもっと前の1988ヴィンテージの辺り。


1990年近辺を境に作りは変わったのはどうやら間違いない。(一気にクラシックに回帰したのか)
ウトであるAlbert Derviex (アルベール・デルヴュ)が1989年に引退し、1992年には叔父のMarius Gentaz (マリウス・ジャンタ)も引退。Rostaing はこの両者から畑を引き継いだ。
両者とも素晴らしい作り手でロスタンは優れた畑と葡萄樹を手に入れたのであったが、この辺が一つの大きなターニングポイントになった可能性は高い。それまで法律家と二刀流していたのもやめて、ワイン作りに専念する様になったのもこの頃だったと記憶している。この頃、ルネは40代半ば位だったと思われる。


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左=Côte Rôtie Côte Blonde 1996 右=Côte Rôtie Ampodium 2014

更に調べてみると、所謂モダニスト達がやる様な「革新的」な事も色々と試していた時期はあった様だ。でも結局はそれらの殆どは直ぐに止めた模様である。
若い時は色々新しい事もやって試行錯誤もする、だが年を経るとクラシックな方向に回帰して行くというのは実は多い。
横回転ドラム式タンクは未だに使っている様だが、これは一般的には抽出を早めるエアレーションも行うのに使う。しかしロスタンはこれも回転方向を一定化する等して抽出をゆっくり行うのに使っているそうだ。最新の技術もクラシックなワインを彼なりにブラッシュアップするのに使う様にしている様だ。
因みに矢向の南仏フリーク聖地の酒屋も、私とほぼ一緒の意見。


これだけなら、生麦の酒屋の言った事をデマだと攻撃する気はなかった。
どうやら、彼は30年前のワインの記憶の再整理という事を考えていた様で、その事もあって「らしくない」注文をしてのではないかと思われる。
30年前のその時は丁度ルネロスタン、更にはボーカステル(Ch. de Beaucastel)等が日本に紹介され始めた時だと思われる。彼の場合、ロスタンのワインのイメージもその時のまま止まっていると推測される。
逆に小生はその時は殆ど知らず、90年代中盤からのイメージしか持たない。


そのRostaing も出来て50年近く(来年で50周年)を経た今は代替わりして、息子のPierre がワインを作っているが今時珍しい100%全房発酵らしい。(小生的には大歓迎)

小生もロスタンがクラシックかモダンか(一寸乱暴な質問だが)と言われれば、文句なしにクラシックと答えるが、100%正統派かというと、若干の違和感を覚えるのも事実である。Jamet やCrusel-Roch(クリュゼル・ロック)、Gilles-Barge (ジル・バルジュ)の方がもっと正統派だと小生は考える。

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左=Crusel-Roch Côte Rôtie Les Grandes Places 2005 右=Gilles-Barge Côte Rôtie Côte Brune 2005
どちらも素晴らしい正統派のコート・ロティだが、恐ろしく入手困難



でも、話はここで終わらない。ただ偵察のためだけに店に来たと言うんだったら、さすがに小生もそこまで暇じゃない。季節は6月、手頃な白ワインの一つでも買おうかと思って物色し、候補を2つまで絞った。片やジュラ地方からCôte de Jura Chardonnay 2014 Dom. Courbet (コート・ド・ジュラ。シャルドネ 2014 ドメーヌ・クルベ)、もう片や南西地方代表でSève d'Autonne Juraçon sec 2013 dom. Cauhapé(セーヴ・ドトンヌ・ジュラソン・セック 2013 ドメーヌ・コアぺ)、全くキャラの違う両者の間でどっちを取ろうか悩んでいると、
そこで店主が店のセラーから「これを一度飲んだ方がイイですよ」といって出してきたのがコレ


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La Canopèe Juraçon sec 2016 dom. Cauhapé つまり、コアぺの最上キュヴェで買おうと考えていたヤツの150%高い。しかもこれはストックとして保存すべき物、すぐにでも飲むワインを買いたかったのに、これだけだと目的が果たせなくなってしまうので結局Svoie (サヴォア)の安いワインをもう1本買い足して合計6000円少々。
これならさっさと候補に挙がった2本を纏めて買ったしても支出は同じだった事になる、それなら高いヤツの出番は無かったという事になる。3000円の予算で来た所、約倍使わされた事には変わりない


アンタがあんなこと言わなきゃ予定外の仕入れなんてしなかったのに…、少しは多めに買って返せという事なのだったのか?

更に続き、
その酒屋のHP を覗いてみると、ビックリ。小生の事に関してデマが書かれていた。まず第1に、1996年のAmpodiumなんて元から存在しないものをどうやって飲むというのだろうか?
無理矢理自分の望んだ結論を言わせようとしたのか、最初から誘導っぽい話の持って行き方でかなり不快だった。
Rostaing について小生が話したことも随分曲解して書かれている。
小生は穏健保守を志向しているが、リベラルと決めつけられた事に強い不快感を示したい。リベラルでパヨパヨしているのは桝久さん、あなたの方ではなかろうか?




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つい先日、生麦のこの酒屋来年で創業100年になる!)に足を運んだ時の事だった。
その酒屋、柄にもなくルネ・ロスタン(René Rostaing)とJL ジャメ(Jean Luc Jamet)なんて仕入れたというので、小生もホンマかどうか探りを入れたのである。この2つの生産者、南仏はローヌの銘醸地Côte Rôtie (コート・ロティ)でも超名門で今や15000~20000円はするという高嶺の花になってしまった。
(10年前ならこの半額位で買えたのに…
結局、仕入れられたのはロスタンでは4本(Ampodium 3本+La Landonne 1本)、ジャメに至ってはたったの1本という結果だったという。店側の割ける予算が多くない上に、インポーター側の持ってる在庫が抑々非常に少ない。ジャメは特に生産量も非常に少ない上にイギリスで人気があって日本に割り当てられる本数は非常に少ない。


ジャメのワインなんてガチの100%正統派コート・ロティだが昔から流通は非常に限られていた。東京でもなかなか手に入らないというものだった。そんな物が15年以上前だが、神戸で手に入ったなんてことがあった。
今井商店(関西のワインファンなら皆知っている?)がまだ坂の上でこじんまりやっていた頃に小生も神戸に足を運ぶ機会がそれなりにあって行く度に買っては東京まで新幹線でハンドキャリーしたのを今でも覚えている。(Rostaing もそうやって入手した事もある)
その後通販でも取り寄せてそこそこの本数はストック出来たが、ここ数年は御無沙汰である。
エージェントが某ジェ〇〇ーム(その前は主にファインズ)に変わってからである。値段は倍近くに跳ね上がり、ただでさえも入手困難だったのがさらに困難に。(このインポーターが高級レストランばっかり相手にしているので異常な強気は仕方ない部分もあるが)

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(Jamet といえば1999年頃まで使われていたこのラベルが懐かしい)

Jamet といえば、昔はJean Paul et Jean Luc Jamet (ジャン・ポール・エ・ジャン・リュック・ジャメ)として、その後2000年頃からDomaine Jamet になり、最近Domaine Jamet とJean Luc Jamet に分れた様だ。分かれたと言っても同じワインを分け合って兄のJaen Paul はJamet として、弟の方がJean Luc Jamet の名義でワインを売るという事になった様だ。ワインは以前から弟のJean Luc が専ら作っていたので、名義は違えどワインの造りは変わらずという事である。

そこで店主氏からこんな意外な言葉が飛び出した、
あなた(小生)がこの間、Rostaing の話をしなければ今回の仕入れは無かっただろう
確かに前回その店に行った際、ロスタンの Côte Rôtie La Landonne 1995 をテイスティングした時の事を話したのは事実。(このワインの事は後日上げる予定)
小生がそんな話をしたからといって、普段なら飛びつかない様なインポーターからオファーに乗ってそんな仕入れをしたというのも俄かに信じられなかった。(あの酒屋が高価なものをひょいひょいと仕入れる所ではないのを知っているだけに)
小生が無理強いをしたのではないにせよ、資金的に潤沢とは言えない所に(そうかどうかは分らないが)それなりに値の張る予定外の仕入れを結果的にやらせる事になったのか?
(売れなくてもセラーの肥やしにはなると言っていたが、セラーは事情があって空きスペースが目立つのは事実w)



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René Rostaing の Côte Rôtie La Landonne 1995 クリーム色の味気ない感じのラベルだが、ワインはスゴイ!

さてこのルネ・ロスタンだが実をいうと小生と酒屋氏、お互いの印象があまりにも違うのでビックリした。なぜそんなに違う答えが出て来るのか?
その所は次回其の弐で解き明かして行こうと思う。




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今月上旬だがつまらないワインを3本続けて空けてしまった。以前、買ったという事なのだが。最初からつまらないと分かっていたら買っていなかっただろう、確かに結果論的には騙されたという気もしないではない。
言い訳になるかも知れないが、蓋を開けなければ分らない部分が多分にある。

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先ずは、Les Brunes IGP pay d’Oc 2005 Domaine Les Creisses(上段左)
ボルドーのテルトル・ロトブフ(Château Le Tertre Rôteboeuf)で有名なフランソワ・ミジャヴィル(François Mitjaville)の甥、フィリップ・シェスロン(Philipe Chesnelong)が1998年からワインメーカーを務める。
Brune は暗褐色という意味だが、ムールヴェドルを植えている区画の土の色が暗褐色という所から来ているらしい。CS=60%+Syrah=20%+Mourvèdre=20%というセパージュ
色が濃く暗くギトギト。ミント、ローズマリー、ローレルがいきなりダッシュ
その後、Bénédictine、昔のFernet 系、土、西洋杉、白檀、ブラックベリー、ブラックチェリーココア、煎りたての深煎りコーヒー
Kirsch、炭、ブルーベリージャム苺ジャム
ボディはやっぱりギトギト只管諄い、早い時点で飽きが来る。インパクトは強いがアフターはその割に短い。エレメンツはそれなりにあるが、展開がなく割とすぐ止まってそこからそのまま終わり。

このタイプのワイン、ヒルズ族、ヤンエグ、B級成金には結構好かれるあのOpus One なんかにありがち。


Ryan 2006 Mt. Harlan Calera (上段右)
Calera といえば誰もが知るピノノワールやシャルドネで有名なワイナリー。創業者はJosh Jensen、1974年にマウントハーランの頂上付近にワイナリーの開墾を始め、1978年に独自のワインをデビューさせると、「カリフォルニアのロマネコンティ」「世界最高峰のピノノワール」等とまぁ大層な賞賛が付きまくった。(初めに植えた葡萄樹は確かにDRC の苗木だったが)
その中でも、このRYAN は2002年デビューと遅く、有名なMills、Selleck、Jensen、Reed から見ると弟分に当り、畑も少し離れている。
初期ヴィンテージとは言え、これはガッカリものだった。ガッカリした物自体はそれなりにあったが、そういう中でも最上級かも知れない。当時6000円相当だったが、それにしても酷かった。それが今やこれでも10000円位平気でしてしまう。
色はガーネットで、深度は中程度。
ココア、シナモンクランベリー、苺、ラズベリー新品の畳Armagnac、コーラ、Jägermeister
そこからだが、どうしてしまったのかと思う程、完全にストップした様で展開が無い!


Beckmen Estate Syrah 2002 Santa Ynez(下段)
Beckmen Vineyardは北米でもローヌスタイルのワインでは第一人者と呼ばれる作り手の一つで1994年にスタートした。こちらも中々有名なワイナリー。
ブラックチェリー、ブラックベリー、カシス、プルーンエキス、シャンボールリキュール
シナモン、クローブ、フェンネルシード、楠、ローズティ
昔のFernet 系リキュールAngosturaエスプレッソ、ビターチョコミント、ローズマリー(生)、ローレル(生)
要素はそれなりに多く酸も決して低くない、でも質として今一つというか溶け込み方が良くはない。タンニンの甘苦さが目立って、エレガンスに欠けどことなく鈍重である。要素はある程度で切ってしまうとその後はどこか退屈で単調。


失敗作のストックを始末したという点と、これも勉強としてこれからに生かす。そう思えば決して無駄ではないであろうと慰めにはなる。これ3本とも2000年代前半~中盤、こういう作りが流行った時期かも知れない。



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