Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
画像をクリックすると大きな画像が出る。

鉄道

寝屋川橋で京阪をという件 Part 2

前記事では天満橋駅に吸い込まれて行く淀屋橋行きのものを専ら載せていったが、京都方面の列車も撮れない事は無い。
ただその場合、手前側=下り線の架線とケーブル類が車輌にモロ被りして醜くなってしまうのは不可避だがそれでも、京都に向けてTake Off!というテイストの絵にはなる


kh8001@tmbs02

前記事に続き登場の 8001F 、つまり淀屋橋に行った後折り返して来たという事なのだが…
下り・淀屋橋行きは手前の4番線に入り、上り列車=京都方面は3番線から発車する。
手前に写る2本の線路は中之島線開業の為の形状変更(2006年)までは折返し用で、日中は殆ど使われていなかった。淀屋橋発着列車は以前この影に隠れている1・2番線=現・中之島線側に発着していた。
中之島線大失敗作とされるが、こういう絵が撮れる様になったのは同路線開通の副産物であり、小生はそのおかげを享受したのであった。
3番線だけこんな形になったのかといえば、1970年11月の複々線化が行われた際、1・2番線を高架で跨ぐ事によって、天満橋始発列車が下り線の線路と平面交差をせずに上り線に入れる様にした結果である。


kh8009@tmbs02

こちら 8009F もTake Off!
Taking Off~ Taking Off~ 皆よう知ってる京都へ~
Taking Off~ Taking Off~ 枚方樟葉出町柳へ~
てな感じで調子のイイ事言っても、貼られている金網が細かくて下回りは辛うじて透けて見える程度なのが痛い


kh3001@tmbs01

区間急行萱島行きに入った 3001F も飛び立つ( 3000系 と決められている格下げ運用のスジ)
この間合いの格下げ運用について言えば、 8000系 が普通として中之島線に入線するケースも朝時にある。



kh7202@tmbs01

7200系7202F の急行樟葉行き
午前中の急行は9時台には4本あるが(出町柳行き・樟葉行き共に2本ずつ)、その後は17時台まで無い


kh9004@tmbs02

9000系9004Fの普通萱島行き 20周年記念の副標付き
この車が登場した当初は「特急兼用車」と位置付けられ、 8000系 を補完する存在として優等列車運用に就く事も多かった。その時代の9000系にも乗車した事がある小生だが、結構輝いた存在に見えた。
ところが登場から僅か5年で始まったロングシート化によって、単なる一般車に格下げを食らった後、元々のポジションは 3000系 に奪われた。


kh9004@tmbs01

9004F 快速急行2456F 急行出町柳行き
時系列的には直ぐ上のピンのショットと逆になるのだが、一番撮りたかった構図のショットだったのでトリに持ってきた。上下線で線路の高さが違うからこそ撮れる絵である。
これが 8000系 6000系の競演だったら悲鳴を上げて失神したかも知れない(する訳ないやろ!ドアホ!)
上下線で競演するシーンはもっと多いかと思って期待したが、75分程粘って実はこの1回だけ。
期待外れの序で言えば、13000系10000系(7連)、それから引退間近といわれる5000系の何れにも遭遇しなかった。(TДT)
10時を過ぎる頃には正面が翳りだして、光線もかなり高くなってしまった事もあり撤収。昼過ぎからの仕事が控えていたのでその現場への移動を開始した。

京阪本線は高架区間が多く、駅間撮りのスポットがただでさえも少ない。しかも編成の京都側から順光で撮れる場所は更に少ないから、決して綺麗には撮れないが春夏向けの貴重な撮影地と言えるかも知れない。





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寝屋川橋で京阪をという件 Part 1

先々月関西に行った際の話たが、初日は天気に恵まれて、明けて2日目の事。午前は空いていて、天気は良いという予報だった。前日は阪急を撮ったという事もあり、次は久し振りに京阪を撮りたいと考えた。そこで、京阪なら西三荘大和田でと行きたいところ。だがその場合、時期は4月下旬であるから光線状態があまり良くない。
5月~7月あたりなら土居で超望遠使って朝早く仕掛けるという手があるが、時期的にそれもまだ早いので、京阪を狙うにも一寸悩ましい状況であった。


そこで考えたのが、土佐堀通の寝屋川橋辺りから天満橋駅に吸い込まれる淀屋橋行きを狙うという作戦だった。天満橋は京阪にとって昔のターミナル駅で、大川と寝屋川の合流地点でもあり、如何にも水の都大阪という空気絵の中に織り込めるのではないかという期待もあっての事だった。

この寝屋川という川は交野市の丘陵地から出発、そこから北上し寝屋川市駅の北側で進路変更、大東市まで一気に南下。JR 住道付近で西に向きを変えて、片町線とほぼ平行になる形で大阪城公園を掠めて第二寝屋川と合流しこの寝屋川橋で大川(旧淀川)に合流する。

天満橋の地下駅から土佐堀通に出て、東方向(京橋方面)に歩く事数分。寝屋川橋東詰の歩道橋に上って戦闘開始。
線路の向きは天満橋に向って凡そ2時から8時(2 to 8)という形で、4月下旬の大阪なら9時前位がベストという一応の計算は成り立つ。9時前には現場に着く事が出来たが、予定より20分以上押してしまった。朝早いのは一寸苦手な部分のある小生である。
橋の南サイドには日経新聞大阪支社とテレビ大阪社屋があるので、その影が被ってこないか心配もされた。時期が4月という事が幸いしてか杞憂に終った。


先ずは 8000系 の作例から

kh8007@tmbs01

先頭パンタの処理が結構難しい事に気が付くであろうか。こういう事は実際にその場所で撮って初めて判る事でもある。よって、慎重に構図を考えなければならないが、背景が如何せん煩いので、パンタを抜けても報われない感がある。これは 8007F  

kh8001@tmbs01

この時点でプレミアムカー改造の為、全て7連化されている。そういう情報が無くとも、ここは線路がカーブしている上に、地下への入り口があって編成全体は入らないが、この系列の編成の組成が判っている人ならこれでも気付く筈である。これは 8001F


kh8009@tmbs01

こちらは 8009F が吸い込まれるシーン
川の感じはあまり演出出来なかった様だが、先ず第1に線路を潜る寝屋川が如何せん単なるドブ川にしか見えなかったのである。


kh3003@tmbs01

こちらは 現3000系3003F の天満橋進入シーン
コイツのカラーリングが何故 ネイヴィー+ホワイト なのか小生は理解出来ない。京阪のイメージからかけ離れ過ぎていて、その登場時から唐突な感が否めない。
特急の約1/3はコイツが充当されていて、3ドア車であるが故に特急の混雑緩和に一役買っているという事を言う輩もいる様である。ただ、この 現3000系 も元々は快速急行が前提で、特急には 8000系 が存在する以上、どうしても遜色特急にはなってしまう


kh6002@tmbs01

6002F 特急運用
6000系自体は名車である事は疑い様もなく、10000系までのデザインの基本線を作った大変な御存在なのだが、これが特急でという事だと遜色を通り越してかなり残念な特急になってしまう


kh6006@tmbs01

こっちは6006F 準急運用
8連を表す「8」のサインが出ているので、出町柳始発でない事は明らか。枚方市又は樟葉始発という事になる。
ラッシュ時・深夜以外の急行を廃止して、特急準急・普通の組み合わせでダイヤを組んだ結果、特急の混雑が激しくなってしまった上、利便性もダウンした様にしか見えない。
特急が混雑する様に持ってゆけば、夏から導入のプレミアムカーが常時満席になって収益性が増すという魂胆なのだろうが、それは机上の論理に過ぎないと考えられる。混雑が酷くなり利便性もダウンとなれば利用者離れに繋がる。
準急をやめて特急急行・普通という組合せに変えるべきである。


kh2452@tmbs01

2400系準急
関西の私鉄で冷房装備でデビューした通勤型車はこれが最初。それにしてもクーラーキセ分割し過ぎww
天満橋の駅ビルから西天満エリアのビル群、大川に掛かる天満橋・天神橋や阪神高速1号線なんてところも少しずつ入れられれば、大阪的場景は少しでも演出出来るだろうか?
出来れば、駅ビル最上部の KEIHAN CITY MALL という看板も入れられれば、そこは更にポイントアップか。

前半戦はここまでとして、後半戦=Part 2 へと続く!




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The Legendary Super Star 阪急電鉄6300系電車 追撃編 Part 2

前記事は2年5ヶ月ぶりに撮影した京トレイン6354F の件だったが、6300系の主戦場は嵐山線である。

南茨木に行ったその翌々日、朝方は空き時間だった、その日の天気は徐々に下り坂で雲が増えてくるという予報だった。
この日仕掛けるなら、朝方しかないが、嵐山線なら鈍足なので、仮に多少曇っても大きな問題にはならないだろうと考えた。4月下旬という季節で朝方順光で撮れる場所はGoogle ストリートビュー等で予め探しておいたので、松尾大社駅南東側で松尾中学校付近のスポットに行ってみた。


桂駅で京都線から嵐山線に乗り換える。朝方という事もあり、駅構内は混雑していた。そこに嵐山からの電車が着くと多くの乗客が降りてきて、更なる混雑に見舞われた。それでも6300系に乗車して席も確保出来た。
6300系乗車なんて何時以来だろうか?10年近く御無沙汰だったかも知れない。嵐山線用にセミクロスシート化されたり大きく変ってしまった部分はあるが、そこは痩せても枯れても6300系阪急初のワンハンドル車でもあり、無論の事関西私鉄界のクラウンジュエルとして30年も君臨した車であった。
痩せても枯れてもそこは何てたって阪急! 一寸セレブな人気者!


松尾大社駅で降りて、線路東側の道を歩く事5分強、先ずは中学校の直ぐ脇で桂行きが地上から築堤に上るところを撮ろうと(嵐山行きは地上に降りる)した。
しかし現実は甘くない。実際やってみると草も多く下回りが殆ど写らないという状況で断念
そこで仕方なく駅方向に少し戻ったポイントを試した、が…

hk6352@mtso01

フェンスが意外と高く、枯れ草が絡みまくり且つ潅木もあって下回りがあまり写っていなかった
この絵を良く見ると、その手前にもフェンスがあるのがお判りだろうか。その2枚のフェンスの間に用水路と廃道になった小路がある。これやったら線路側のフェンス要らんやろって!


この日の京都は朝から晴れたり急に曇ったりでコンディションの変化が頻繁に起きていた。
嵐山線はかなり低速で走るので何とか対応のしようはある。


さて、このポイントも諦めた小生は僅かだが更に駅側に戻った場所で何とか撮れるポイントを設けて撮ってみた。

hk6351@mtso02

曇った状態での6351F。画面右端に見えるのは駅の構内の信号。
この日運用に就いていたのは6351F 並びに6352Fだった。6353F は桂駅構内で寝ていたのであった。



hk6352@mtso02

同じく曇った状態での6352F、絵的に何かが変って来るわけではないが…


hk6351@mtso03

雲の一団が去り晴れた状態での6351F
斜めに突き出した小さなフェンスがホンマに憎たらしい、これも要らんやろ!
上述の如く本当に小さな用水路が線路の東サイドから線路を潜っている形だが、そこに無理矢理に付けた様なフェンスが目立っているのである。


hk6352@mtso03

晴れた状態での6352F も載せておく
前面がフェンスに掛かるギリギリ手前まで引き付けると、一つ目のパンタが思いっきり隠れてしまう。何てこったパンナコッタである。(辻〇茂〇さんやないねんから…)


嵐山線は住宅街の中を縫う様に走っているので撮影場所を見付けるのが至難の業であった。ここのポイントも障害物が多いのはお判り頂けるであろう。小さな用水路に張られたフェンスこれが本当に酷い物である。これが無かったらもっと綺麗に撮れるのであるが、これ一つで台無し。
これに加えて、保線用の資材が置かれているのであろうか?(画面中央やや右の下部)、そこの部分が覆われている部分があるのも大きなマイナスである。それが何やらD.I.Y. で作った様な見てくれなのが哀愁を誘うと言えなくも無いが


それでも関西私鉄のカリスマとして今でも輝き続けるこの車の今の姿を撮れたという事に対して成果があったと思って自らを慰めるしかないのだろうか。そして同時に、6300系をこんな窮屈な路線に幽閉しっぱなしで良いのだろうかと改めて思ったのであった。4連ならダブルにして臨時列車として京都線を走らせたらどうかと思わざるを得ない。(嵐山線の運用に穴が開く分は6連車を臨時に使えばよい)


katzriv@matz01

駅へ戻る途中で松尾橋(四条通西側終点)の上から高雄の山々を望んだショットだが、この日の空模様が良く判る。早くも夏の様な積雲(積乱雲の小さいヤツ)が湧いて来ている。

嵐山線の西サイドの物集女街道(府道#29)側からもう少しマシな絵が撮れる場所もありそうな気がするので、次はそちらから何とか撮ってみたいと思う小生だった。

かくして、小生は昼前からの仕事のために再び桂まで6300系に乗車して、京都線に乗り換え京都市内に戻った。
会議や打ち合わせを終えて、まだチャンスがあるかと思って空を見たが、殆ど雲に覆われ、しかも積雲だらけ。これでは撮り鉄は無理と諦めた
この後小生は四条通近辺をブラブラとしたのであるが、その夜は大阪北新地で呑んだくれると決意して阪急で大阪に移動してみると…、大阪は京都と違ってまだ結構晴れていた!
早々と大阪に行っていたら何処かでもう一勝負出来ていたかも知れないと思うと悔しい限りだった。





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左画像=烏丸蛸薬師にある前田珈琲の名物、カプチーノパフェ。これにありつくのも実は数年ぶりなのであった。珈琲関連のアイテムで纏めてあり、同店オリジナルのビスコッティも入っている。更には栗と黒豆で京都らしさを演出?

右画像=錦市場の有名な酒屋で購入したラム。滋賀県内で少量生産されるNINE LEAVES(ナイン・リーヴズ 註1)のEncrypted(エンクリプティド=暗号化された)という銘柄。熟成に使用した樽がバーボン、コニャック、シェリーの3種類、それに加えてもう1種類「秘密の」樽が入っているので、Encrypted と名が付いているらしい。


shzycurry01

その翌日、雨の中で昼前に京都を発って帰京したのだが、その際志津屋(SIZUYA)京都駅店に初めて足を運んだ。パン好きと云われる京都人に大人気らしく、20以上の店舗を展開しているとの事。因みに購入したのはこの卵入りカレーパン(京都駅店限定らしい)及び定番のクラッシュチーズだった。乗車したのはN700A・F5 編成、K 編成はそれなりに乗車しているが、F 編成は初めてだった。

英語でApril weather というと空模様が安定しない事を指すのだが、日本でも4月は天候に悩まされるケースが多い。そんな中で天候も3日目の途中までは晴れて、それなりの釣果は挙がったから良しとせねばならんのだろうか。




さて、移転後初となるThe Legendary Super Star シリーズ恒例の「今回の一曲」としては、月並みな選曲ではあるが、

George Bensonジョージ・ベンソンの超有名曲、" Nothing's Gonna Change My Love For You " を

今も輝く不滅の名車6300系と一寸セレブな人気者の阪急に捧げてこのネタを締めたい。本当に久し振りに阪急漬けになった感のある3泊5日だった。

鉄道ファンの間でも阪急は人気がないのか、阪急の話は食い付きが悪い様である。関東では全く興味を示さない御仁も多かろう。
確かに、目立つ様なネタも少なく、京阪の様な面白さは無い(京阪がオモロ過ぎるだけやって)、近鉄の様に豊富な車両群がある訳でもない。
譬えファンが少なくとも、木造電車疑惑が掛けられようとも、阪急はリスペクトすべき名門なのであり、無塗装の安っぽくてチャラい電車に囲まれてウンザリしている関東の人間にとっては、まさにパラダイスというべき所なのである。


If I have to live my life without you near me
The days would all be empty, the nights would seem so long
With you, I see forever oh, so clearly
I might have been in love before, but it never felt this strong
Our dreams are young and we both know they’ll take us where we want to go
Hold me now, touch me now, I don’t want to live without you

Nothing’s gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
One thing you can be sure of I’ll never ask for more than your love
Nothing’s gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
The world would change my whole my life through, but nothing’s gonna change my love for you

If the road ahead is not so easy, our love will lead the way for us like a guiding star
I’ll be there for you if you should need me
You don’t have to change a thing, I love you the way you are
So come with me and share this view I’ll help you see forever too
Hold me now, touch me now, I don’t want to live without you

Nothing’s gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
One thing you can be sure of I’ll never ask for more than your love
Nothing’s gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
The world would change my whole my life through, but nothing’s gonna change my love for you
Nothing’s gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
One thing you can be sure of I’ll never ask for more than your love


Nothing’s gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
The world would change my whole my life through, but nothing’s gonna change my love for you
Nothing’s gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
One thing you can be sure of I’ll never ask for more than your love
Nothing’s gonna change my love for you
You ought to know by now how much I love you
The world would change my whole my life through, but nothing’s gonna change my love for you 
(fade out)


良く知られた曲ではあるが、如何いう曲かについて御存知ない場合、こちらの動かない動画wでもご覧頂きたい。

関連記事 The Legendary Super Star 阪急電鉄6300系電車 Part 1  Part 2



註1)愛知県内で自動車部品製造会社を営む男性が、奄美産の黒糖及び滋賀県内の長石鉱山跡から湧き出る超軟水(硬度12)を原料として製造している。2013年製造開始で原料も一般的なモラセス(廃糖蜜)ではなく黒糖なのでラムとしては邪道視される事も多い。実際に黒糖焼酎的なテイストも結構出ている。
註2)元々はMichael Masser・Gerry Goffin の2名によって書かれ、George Benson のアルバム、" 20 / 20 " (1985)に収録された曲。この2年後にGlenn Medeiros(グレン・メディロス)によるカヴァーが世界的ヒット曲となる。





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The Legendary Super Star 阪急電鉄6300系電車 追撃編 Part 1

嘗て阪急の帝王と云うべき存在だった車といえば、紛れもなく6300系である。
1975年から従前の2800系に代って京都線特急車の座に就いたこの車は、当時のライバルだった 京阪3000系(初代) 国鉄新快速153系 を向こうに回しての大立回りで、競争で遅れを取っていた阪急の救世主にもなった。
競争で遅れを取り闇夜を彷徨う如きだった?阪急京都線に御来光を齎したのであった。
そして言うまでもなく、関西私鉄界の大カリスマの一角を占めた。


長い間、十三~大宮間ノンストップだった特急が1997年、高槻市に停車する様になり、これを契機にして特急が速達性を捨てて、21世紀に入ると「特急の急行化」が一気に進んで行った。
そしてこれに呼応する如く、6300系も三十路を迎えた丁度その頃、9300系が登場。当然の如く帝王の座から滑り落ちて行った。2ドアで車端部に偏るという「特急車らしさ」が仇となったのである。
2008年に6356F=第7編成が廃車になり、以降6355F6357F6330F(変り種の6330系) という具合に4編成が廃車となり、6353F・6351F・6352F という順で嵐山線用に減車と仕様変更が行われた。
2010年2月、京都線特急としてのラストランを迎える。ただこれも、 500系のぞみ ラストランと思いっきり被る形になってしまうという悲劇に見舞われてしまった。


それ以来、京とれいんとなった6354F については、阪急京都線を土休日に撮影する機会自体殆ど無い為、撮影は2回だけのみに留まっていた。



先月末、関西方面に行く機会があったのだが、その初日が日曜に当たった。しかも朝方こそ曇った時間も少しだけあったが、それ以外はほぼパーフェクトな晴れ。
朝方は神崎川の土手から阪急神戸線を撮影。神戸線の撮影も29ヶ月振りとなってしまったが、約2時間に渡って結構な釣果だったと思う。
何でそんな所でと思われるかも知れないが、阪急撮るなら梅田行きを狙いたい。神戸線は秋冬向きの撮影地が多いのも事実であるから、春夏の時期に神戸線の梅田行きを良好な光線状態で狙える場所は此処しか思い浮かばなかった。(Google ストリートビュー等を使って事前に研究してはいたのだが)


hk1007@kzkgw01

1000系1007F特急梅田行き
京都線の1300系は撮影しているのだが、神宝線仕様の1000系は初撮影となった。
ただ、何と言っても向う岸のフェンスが邪魔!それさえなければイイ感じの撮影地になるのだが…
ネットを使って下調べしても、意外と気付かない事も多い。実際に撮影してから「あれっ? えぇ?」というケースも多い


hk7010@kzkgw01

7000系7010F特急運用
2013年にリニューアルはされているが、先頭部分の車番を横河に移したため、ヘッドマークが無いと間抜けな感じに見えてしまう。いっその事、7008F の様に顔面整形もやってしまえば良かったのに。(これ以上顔面整形するカネはないらしい


hk8003@kzkgw01

8000系8003F の普通運用
前面部の車番が横にずらされているが、8000系の様な額縁フェイスだとまだ見られる感じか。
実際に撮影してみると、120~130mm相当で、先頭パンタは2丁ともそれなりに上手く抜ける。妥協を強いられる点は多々あるが、神戸線の春夏用撮影地としては貴重かも知れない。


神戸線自体、この記事のメインの話ではないので、これ位にしておくとして…
その後昼時は鶴橋に移動して、結構有名なスーパー銭湯一風呂浴びて更にはビール中ジョッキ。気分爽快で戦闘モードに戻り、先ずは京橋経由で寝屋川市へ。

駅前では「ねや音」というステージイベントが行われていたので一応覗いてみた。それは駅東側の小さな広場でこじんまりと行われていた。草加駅前のMusic Rainbow を小さくした感じというとイメージし易いか。地元のNPO が主催して月1回程度開催されているらしい。

その日はほぼ快晴、しかも13時過ぎなんでトップライト、ステージは北向き。故に光線状態は最悪に近い、この後曇る気配もない。しかも、面子を見てもあまりピンと来ない(小生は関東の人間なので当り前だが)。
折角関西まで来たのだからこんな時はやっぱり撮り鉄

そして場合によっては夕方前に寝屋川に戻っても良いという考えになり、京阪+モノレールで南茨木に移動。着いたのは14時半過ぎ、バリ順タイムの始まりであった。
この日は試運転が無かった為か、集う人間も小生含めて3人程で、静かにマッタリ撮影開始。この場所は4月や8月あたりが最適かも知れない。


hk7305@mib01

7300系7305F・普通天下茶屋行き
DA star 50-135mm のワイド端を使って撮ってみる(75mm相当)
これはこれでそれなりに良くは見えるがシャッターを切るタイミングが難しい。60mm程度(90mm相当)のところにセットして画角を少々変更


hk9307@mib01

京都線の現・特急車9300系・9307F が前職特急車の露払い的役割を果たした格好だが、9000 / 9300系の妙に丸っこいスタイリングは、他の車輌が角張っている事もあってか少々気になってしまう。



そして、この日午後のメインイベント!真打登場!
6354F 京トレイン特急の続行のスジに入る快速特急運用である。


hk6354@mib02

15時を少々過ぎてホンマにバリ順! 休日の京都線でこれを撮らずして何を撮るのか?
この日の昼時にも十三駅で目撃しているが、快速特急といいながら、特急より遅い。混雑緩和には貢献出来ない。今や不要論まで出る始末。
不要論を唱える輩はこの名車6300系及び阪急京都線を冒涜しているとしか思えない。
今でもその存在感はクラウンジュエルというレベルである、9300が幾ら足掻いてもこの領域に到達出来まい。
このレジェンダリーな名車を久し振りに、快晴の空の下で撮れた事に感謝!





4月でこんな快晴も結構珍しいので、勿論その後もまだまだ撮影継続…


hk7303@mib01

7303F 準急 梅田行き
前出の7305F 同様に2014年のリニューアルと共に貫通扉のガラスが下に伸び、制御方式も界磁チョッパから VFD()に変更されている。
7300系8連車の更新だが、例の顔面整形は7320F のみに留まり、残りの編成については制御方式変更が主になり見た目はあまり変わっていない。

7000 / 7300系のリニューアルを総体的に見ると混迷が感じられる。最初にやった7008F 顔面整形のインパクトが強かった上に、その後のトーンダウン(簡略化)が目立つ。特に7000系は数が多い事もあってか、リニューアルのペース自体が遅く、その間にリニューアル内容も数回の変更を経ている。
このスローペースと混迷は阪急の置かれた経営状態を如実に示しているといっても否定は出来まい。


hk8332@mib01

8332F+8313F 古都ラッピング車、こちらも 準急 運用
2015年1月17日から開始されたこのラッピング、去年3月までの予定が今年11月まで延長となった模様。この日の朝、小生は神戸ラッピングの8032F+7017F に乗車しているのであった


背後の集合住宅が如何せん邪魔! 被り付いて正面気味に望遠で切り取るのが正調というのも頷ける
どちらにせよあのボックスが厄介(以前は無かった気がするのだが…)
今迄厭と言う程撮影させられてきた3300系は殆ど来ず、5300系はやたら多かった。


osk66612@mib01

サブキャストの役割を果たす大阪市交通局66系 第12編成なので中期型車
阪急の路線を走る唯一のステンレス車、2012年からリニューアルが始まっているがそのペースは実にゆっくりで、小生はまだ更新車の姿を見た事がない。

南茨木で結局16時直前まで粘ってしまい、近くの建物の影が線路上に落ちてきたので撤収。寝屋川に戻る事も諦め、駅ビル内の喫茶店でレイコ(関東ではアイスコーヒー)と共にgdgd と一服。
でもそこで、グランフロント大阪に直行すれば、公認路上ライブが見られるかも知れない!と気を取り直し、5300系 準急 で梅田に向かった。
着いたのは17時、約1時間だけMUSIC BUSKER UMEKITA 公認路上ライブを観られた。
こんなの川崎や草加で慣れっこなのだが…、年に数回しか行かない場所で、勿論初対面で再び逢えるかどうかも判らない相手に対して、いつもと違うドキドキ感を味わっていた小生だった。
その時の絵は後日、別のネタとしてうp する事とする。


てなわけで、京トレイン以外の6300系の話はPart 2 にて!



)VVVF は和製英語で、正しい英語表記は VFD(variable-frequency drive)、AFD(ajustable-frequency drive)、簡略化してinverter drive 又は AC drive とも書く



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さよならの後は… 千葉ニュータウン鉄道9000形電車 Part 2

この千葉ニュータウン鉄道 9000形 も2013年に第1編成が廃車となり、第2編成を残すのみとなった。だからといってこの車自体が極めて地味で日影の存在とすら呼べる様なものだったから、炎天下でも寒風の下でも追い掛ける様な輩がいた様には思えない。
1編成だけになった車でも、 北総7260形 とはその辺が違っていた様に思われる。尤も 7260形 は京成の歴史を物語る鉄道記念物とも呼べる存在だった事を思えば、同一次元に並び得ないものだったのか。


cnr9018@ttis01

第2編成を立石駅の東側のカーブで2014年7月にくそ暑い中で撮影したショット。
この日も別にこれを狙ったわけではなく、 北総7260形 が最大の狙いだったのだが、この時キャッチ出来たのは非常にラッキーであった。


サイドを彩るギザギザが古めかしい感じを演出するが、この車の登場した1984年頃は軽量ステンレス車体がまだ普及していなかった。日本車輌で作られたこの車は旧式のスキンステンレス(セミステンレス)構体だったのである。
(軽量オールステンレス車体の普及は205系の量産化を待つ事になる)


因みに1984年といえば、グリコ・森永事件があった年で、三陸鉄道とプランタン銀座が営業を開始している。更には鈴木啓示氏(近鉄)が300勝を達成し、蔵前国技館が終焉。所謂「ミソラ事件」はこの年の大晦日。

そして何と言っても、伝説の深夜番組「オールナイトフジ」の第1次黄金期
素人同然の女子大生軍団「オールナイターズ」から、おかわり・おあずけ・おかおりシスターズなんて派生ユニットまでが出現して女子大生ブームの集大成的状態の時だった。(おかわりシスターズに至ってはコンサートまでやっている)

この辺りの時代は深夜番組が一気に拡大して花開いて行った時でもあり、関東では生放送のワイド系番組や所謂お色気番組が土曜の深夜を彩ったのである。
(関東以外、特に西日本の御仁達には御理解頂けないであろう 
当時高校生だった小生にとって、サタデーナイトはベストヒットUSAプロ野球ニュースオールナイトフジと梯子するのが勝利の方程式wだった。

更には、翌年登場した夕焼けニャンニャンに代表される女子高生ブームのその前夜とも言うべき時代でもあったと言えるかも知れない。
まぁ、そこはともかく…

cnr9018@sng01

品川第1踏切で京急を撮影した祭に幸運にも出くわした 9000形第2編成 ・快特羽田空港行き
これが結局 9000形 最後のショットになってしまった。


本来ならコイツに対しても何らかの悪足掻きをすべきだったのかも知れない。
品川の踏切はキャパが少なくなかなかポジションが取れない事も多い。北総沿線まで出掛けるにもそこは不便である。いずれにしても万が一空振りだったら眼も当てられない。何と言っても小生がそこまで駆り立てられる様な状況でもなかった。
そして3月20日のラストランも天気が今一つ読み難い状況だった事もあって、結局はブッチしてしまったのである。
(3月は遠征とモデル撮影会があって余分なエネルギーも金も割けなかったという事もある)

同期デビューのプランタン銀座は一足早く消滅し(去年12月31日)、この車もその続行のスジの様な形で(?)消えたのである。小生は別に京成一門のファンという事はないから、基本的に影が薄い存在だったのは間違いない。




此処からの画像は全て2014年夏に立石駅東側のカーブで撮影したもの

cnr9201@ttis01

2013年に 9001編成 を抹殺した9200形だが、コイツも1編成だけの珍車ということになりそうである。


cnr9128@ttis01

公団がやや気合を入れて作った様にも見える C-Flyer こと9100形 、千葉NT鉄道のエースであるのは言うまでもない。ただ、これも京成3700形のパクリであるのは有名(機器類が一緒)

ks3738@ttis01

そしてこの度 9011編成 を抹殺したのは9200形第2編成…、ではなく、この京成の優等生とも称される3700形
ネットでも既に記事になっていて御存知の方も多かろうが、この3738編成がリースされて千葉NT鉄道9800形に変身した。9200形第2編成が登場するものと思っていた御仁も多かろうが、予想を見事に覆して借り物で済ませる所が受継がれた公団のというものであろうか。
かくして中途半端な珍車が又一つ生れたのであった。




旧ブログ時代から続く、「さよならの後は…」のシリーズはこちらに移転してから最初となったので、その名の由来になったこの曲を改めて紹介したい。 
当ブログでも取り上げている安本美緒 嬢のデビューシングル、「さよならの後は(reprise) 」(2008)
そう言えば、彼女もこの 9000形 と同い年やったわ… 

ysmm546

二人の時間を刻む砂時計 気付かぬ間にそっと別れを告げた
キスした後ははにかんでた その横顔を
何時までも見れるように願っていたけれど
Good-bye my sweet heart, Never forget you
溢れ出す涙 この想い胸の中大切に終おう
Good-bye my sweet heart, Never forget you
指切りをしたね 離れても遠くでも 強くある様にずっとずっと

出逢いと別れを人は繰り返し 涙流す度 愛を知るの
手を繋いで歩いた道 一人で歩く
変わらない風の中 あなたに会いたい
Good-bye my sweet heart, Never forget you
振り向かない様に 前を見てしっかりと 進んで行くからね
Good-bye my sweet heart, Never forget you
約束をしたね 離れても遠くでも 強くある様にずっとずっと

Good-bye my sweet heart, Never forget you
溢れ出す涙 この想い胸の中大切に終おう
Good-bye my sweet heart, Never forget you
幸せだったよ 何時か又出逢えたら 一番の笑顔で手を振りたい

lyrics=安本美緒、composition=萱生昌樹

(安本美緒の画像は2013年に川崎駅西口で撮影 絵が旧いのは色々お察しください

6年前の古い動画だが、彼女が実際に歌っている所はこちらの映像を!(彼女もまだ20代だった)


旧ブログを始めた当初の見込みからは大きく遅れてしまったが、このサイトも漸く500アイテムに到達!
(今回こそ本当に!)

無論、その大部分は旧ブログからの移転記事だが…




 深夜番組はローカル放送が元々多い上に、関西ではエロ・グロ排除路線が高橋信三(MBS創業者)の下で定着していたのに加えて、関東・関西間の文化的な壁が非常に高かったので、東京で製作された深夜番組が関西で流れる事は殆ど皆無だった。




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