Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

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鉄道

西武、黄色い電車抹殺を急ぐ?

西武鉄道から11月11日開催の「トレインフェスティバル2017 in 横瀬」に関するアナウンスの中で、「今年度から廃車が始まる 9000系 …」という件があった。
1993年12月に新製された 9101F の全検がこの12月で切れる。新製時は4連で、翌年3月中間車6両追加。
新101系 2000系 も全廃になっていないのに何故 9000系 廃車開始なのかと思うかも知れない。9000系は今年末から2019年にかけて全検切れを迎えるが、この度の話は 9000系の3全検は無いという西武の意思表示 と見て間違いない。



sb9001@irmgw01

2012年8月、仏子・元鍛冶間の入間川の橋梁にて撮影した 9001F

sb9101@tok01

これが現在の姿、2016年7月より9月まできゃりーぱみゅぱみゅ 嬢メジャーデビュー5周年記念 KPP トレインとして走った後、ラッピングは外されピンク1色の姿で走行していた。全検切れまで1年程度で、廃車予定だった事もあり黄色に戻されなかったと考えるのが妥当という事になる。

御存知の通り 9000系 は1993年12月に4両ユニットとして導入開始となりその後程なく10連化、当時は 101系 の走行機器を流用した抵抗制御車だった。2003年から機器更新で 20000系 と同仕様の機器を積んで漸くVFD 制御になった。それでも乗車した時の音の感じからして 101系 からの流用機器が残っていたのは間違いない。
単純に考えれば、 101系 流用機器の老朽化が原因とも言えるかも知れないが、機器の再更新という選択肢が無いわけでもなかろうから、それは原因の1つに過ぎないと思うのが妥当。

西武サイドには池袋線系統の10連は地下鉄対応車で統一する狙いがあるとしか思えない。10連ながら地上線専用の 9000系 は使い勝手が悪くて邪魔になったとしか思えない。40000系の製造予定数は10連8本=80両で、 9000系 の数とピッタリ一緒である。

更にそこからは、地上の池袋駅に発着する運用を減らして地下鉄直通運用を主体に変えたいという意図も見て取れる。換言すれば練馬以南は有楽町線をメインにして、池袋線は補助的な位置付けに変えたいのかも知れない。そうすれば西武的には自社で保有する車両数を減らせる可能性があると思われる。


西武黄色の電車という図式は数年内に過去のものとなるのは間違いない
西武池袋線に於いて、1940年代には汲み取られた糞尿を肥料の材料とすべく埼玉に輸送する貨物列車を運行していた。それは嫌味を込めて「 黄金列車 」( 黄害やろホンマは! )と呼ばれていたが、これが当時危機的だった経営を何とか支える役割を果たし、その後の発展に繋がった。
1969年登場の 101系 から始まった黄色い電車はそれへのオマージュだったのか?、又2020年を控えてこの 黄害 の歴史をしれっと葬る意図もあって 黄色い電車 抹殺を急ぐのだろうか?
穿ったものではあるが、そういう見方も出来る。


sb40101@tok

黄色い電車 抹殺の刺客として増殖している40000系の第1編成 数日前・所沢駅付近にて
一見すると日立製に見えるが、この系列の製造は川重である。どうやら新たに製造された編成(第4編成)が近日中にも神戸からやってくる見込み。


西武という会社の歴史を見ると、新宿線の 2000系(Ⅰ) 廃車発生品を取り付け減車の上で 2000系(Ⅱ)完コピ車 6連(又は4連)に仕立上げ新宿線で使い倒すというまさかのウルトラC 的な事も決して考えられない訳ではないだろうが…




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有名なこの場所も…

選挙を台風が直撃するなんていう事は小生の記憶にもない。
投票率も前回よりは上がったが、それでも戦後2番目の低さ。台風直撃で50%を切るかも知れないと思われたが、それは史上最低更新と共に免れた。
それにしてもアベ・ジョンイル政権になってから投票率は低いまんま。低投票率では組織票がそのままモノを言う、中でも特にあの何チャラ学会のウェイトが重くなる。嘗て程の力は無いといっても、そこはさすがである。
かくして、投票率は落ちてアベゾフ政権の支持は上がる。


テレビは選挙番組一色だったが、その合間に台風の情報が入ってくる。その中で、大和川が氾濫したという情報があった。そして、阪和線浅香駅の改札口が浸水し沼の様になった映像が入ってきて、小生もそれにはおったまげぇ~になったのと同時に、大和川の状況がリアルに把握出来た。
阪和線の大和川橋梁は数回足を運んでいる。南海もこの近くで大和川を跨いでいるが、鉄橋の橋桁スレスレまで濁流が上がっていたらしい。


そんな状況下でも、テレビは選挙の話一点張りで大和川等の災害は殆どまともに取り上げないといういう趣旨のツイート等が多々見受けられた。
投票前から大勢が判っている様な選挙より、今起きる蓋然性が高い災害の方にウェイトを置くべきだと考えられるが、全国放送でやる限りそんなフレキシブルには出来ないのであろう。何せそこは「10月に大型台風が襲来するなんて想定していない」とぬかす様な記者クラブメディアのマスゴミ、そもそも期待は出来ない。


浅香の駅から直ぐの大和川の橋梁といえば阪和線の超鉄板撮影地。近くには南海本線・高野線阪堺電軌、更には近鉄南大阪線の撮影地もある。
阪和線の方は東京在住の小生でさえ数回だけだが足を運んでいるが、納得の行く撮影が出来ていない。東側(午前アングル)に行った時は何故悉く曇られる、西側に行く時は何故かダイヤが乱れる


浅香駅が思いっきり浸水の被害を受けているのだから、大和川河川敷は推して知るべし。
大阪市でもこの川の流域に当る4区では避難勧告が出て約30万人が影響を受けた。


225hf413@ymtg01
225系区間快速 午後アングルの作例=2015年10月


225hf424@ymtg01
225系回送列車8連 午前アングル作例=こちらも2015年10月

6年前に初めて午前アングルに挑戦した時だが、河原に下りたら大和川といえどそこはあまり広くなく背の高い草がボーボー、立ち位置決めるのも結構窮屈でアングル作りにも少々苦心したのを憶えている。そかもその時には1匹の老害がレンズの前にボケ~っと立ったまま全然どかないで列車を撮り損なった事もあった。
西側のアングルで撮ろうとした際は、彼方此方糞(多分犬の物、まさか人糞という事は無いだろうが)が放置されていて気持ちよく撮れる場所でもなく幻滅を覚えた事もあった。


今若しその場所に行ったら、撮り鉄どころの状態ではないかも知れない。実際の被害の状態は情報不足で良く判らないが、河原は滅茶苦茶に荒れて足の踏み場も無い状態という事も想像出来る。
大和川といえば関西を代表する河川の一つだが、そういう割りにはエスケープゾーンである河川敷が余り広くない。これが大雨になった時の氾濫のリスクは大きくさせている。


そして洪水から一週間、また台風が接近し持ち上げられた秋雨前線との相乗効果でまた水害のリスクが大きくなっている。足を運んだ撮影地、しかも撮り鉄のメッカともいうべき場所が自然災害でやられたとしたら、そこはやはり心が痛む




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107系に押し出される車両は? Part 2

107系に押し出されて廃車になる車両を予想する件だが、押し出す側の107系の走行機器が1960年代製の 165系 からかっぱらって来た物と言う事が、事態をややこしくする様でならない。

最新型2013年新製の 7000形 は云うに及ばず、1981年新製の 6000形 は生き残りが確実と思われるが、微妙かもしれないのがコイツ

jsd1001@yamn01

1000形  1976年新潟生まれ 撮影は2013年7月・山名~西山名間
一見そんなに古い車には見えないが、1976年生れの41歳 後に登場する 6000形 1000形 から踏襲した物が多いとはいえ、年齢だけで言えば 500形 =元 西武新101系 より古い事になるから、まだ完全に安心は出来ないか?
非冷房で登場し、3連ユニットだった事もあり1990年代は出番が少なく、2001年に2連化・冷房化を行い主力に復帰している。



jsd251@yamn01  jsd252@yamn02


jsd252@nymn01

上2点は山名~西山名間 下は西山名駅の外から 何れも2013年7月撮影

250形 、といっても編成ではない。この形式は下仁田側のモハだけで両運転台である。これ実は1981年デビュー= 6000形 と同期で、コイツの正面は微妙にΣ カットなのである。
251号(上段左)の相方はクハ300=非冷房車
252号 の相方は クハ1301号 =運転台を 1201号車 に明け渡し、 250形 と良く似た運転台(同じではない)を新たに取り付けたというかなりの魔改造車

そういう訳で高崎側のクハが曲者、107系導入を機にクハを外して モハ250形 2両で実質固定化する可能性もそれなりにあるといえる。

そしてもう一つ、大穴と見た方が良い車がある。それがコイツ!

jsd503@yamn01

500形第2編成=元 西武新101系 293編成 (2連) 2013年7月・山名~西山名間にて
両パンで走る姿は今や懐かしい絵になってしまった。
西武新101系 は2連から製造開始したので、これは当然1979年製の初期車になる。それでも1000形より若いという一種の逆転現象が存在する。


6000形・250形 を新造して以来、2013年に 7000形 を導入するまで新車の自社発注は22年間行われなかった。その間に西武の中古車を導入しお茶を濁し続けたが、 7000形 を新造したその舌の根も乾かぬ内に今度は107系購入とはまさに地方私鉄の置かれた状況を如実に示している。

本命=200形 対抗= 150形  穴= クハ300、クハ1301 、大穴= 1000形、500形  こんな感じの予想になろうか?



この私鉄の沿線には富岡製糸場があるのは有名だがこれが世界遺産に登録されて、その当時は観光客も一気に増えたが今は伸び悩んでいるという。世界遺産を増やそうと狂奔する日本だが、世界遺産登録を拒否する又は登録解除も辞さない場所が世界的に増えつつある模様。
訪問客を増やすべく各種の施策を打とうにも、世界遺産故の制約が立ちはだかってしまい手が出せないという現実がある様で、世界遺産にはデメリットも大きい事が判る。製糸場サイドも当てが外れた格好である。
世界遺産はそもそもが観光産業のためにあるものではないし、登録された事で地元民達の生活や産業に支障をきたしているケースも増えている。
そして仮に観光客が増えても、一部の業界にしか恩恵が齎されない事が多く、地元の住民達の生活が脅かされてしまうケースも多い。現在、欧州の一部では観光客流入の抑制に向けた動きが加速している所もある程である。




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107系に押し出される車両は? Part 1

7日の事だったが、107系がJR でのラストランを終えた。8月末に2連2本=4両が先行して移籍、3日には最後まで定期運用に就いていたR7・R8 編成も移籍

107系 上信電鉄 に移籍するのは12両だが…、12両全てが走る訳ではないだろう。12両の内には部品取り用にストックされる奴がいるのは間違いない。
107系は1M+1T という構成で、モーター出力は120kw=2連での出力は480kwとなる。上信電鉄の他形式との比較で言えば、 250形+クハ1301 or クハ303 (400kw)よりは上回るが、その他の形式よりは大きく下回ってしまう。1996年にワンマン化と準急廃止で速達性重視の運転は無くなっているものの、2M 化してしまう可能性も完全には捨てきれない。ただ、2M 化すると予備のモーターが確保出来ない事になる。
1M+1T を維持する前提で考えても、走行機器が 165系 の流用品=約50年前の代物であるから、2編成位は部品取りに回す可能性がある。就役するのは4編成と小生は見ている。ただし、既に廃車された他の編成からの廃車発生品を別途購入していればこの条件も変ってくる可能性がある。


上信電鉄は殆どの場合一度に4運用と考えられるが、高崎で1日の内で何回も車両交換をしている様で、これで古い車両への負担を軽減している可能性がある。仮に4編成就役となった場合、常識的には4編成が離脱する事になるので、ここではこの前提で予想を立ててみた。


jsd204@jsfs01

デハ204+クハ304=1969年所沢生まれ  2014年3月・上州新屋~上州福島間にて

これは廃車確実か 非冷房というのが特に決定的だろうか?
コイツは21世紀になっても非冷房なので夏場は殆ど走る事はない。というか走らせられない。予備車に回っている。台車は150形として走っている西武701・801系のものと同一設計なので、台車だけは使いまわせる模様


jsd151@jsfs01

150形・第1編成 元西武411→401系  2014年3月・上州新屋~上州福島間にて
1964年12月に411系(吊り掛け駆動)として所沢で生まれ、78年から新性能化・黄色化・冷房化で401系407F となる、1992年5月に移籍
これも可能性高い



jsd155@yamn01

150形・第3編成 =元 西武701系755F (1966年新製) 2013年7月、山名~西山名間で撮影
4年前の絵では美魔車に見えるが現在は御年51歳 一見501系(Ⅱ)の様にも見えるが違うので注意されたい。中間電動車ユニット(モハ755・756)に同編成制御車から運転室を移設した魔改造車

このカーブ、夏場の午後遅い時間はかなり綺麗な光線状態で撮れるのだが、畑が本当にギリギリまで迫っているため、作物の種類によっては床下が隠されてしまう



jsd153@jsfs01

150形・第2編成=元 西武801系801F (1968年新製) 2017年9月・上州新屋~上州福島間にて
これも又一見501系(Ⅱ)の様にも見えるが違うので注意されたい。中間電動車ユニット(モハ801・802)に同編成のTc 車の運転室を移設した魔改造車


3編成とも種車が全て違うのに、 150形 で一括りというのは草生える、更に第2編成より第3編成の方が車齢が高いのも一寸草生える
3編成が何れにせよ1960年代生まれという事から、普通に考えればこの2形式4編成が有力なのだが


この記事を書いている時点でまだ発表は無く、予断を許さない部分もあるので、Part 2 へと続ける!



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メモリーズ JR 東日本107系電車 Part 3

正直に言えば、小生にとって然して強い思い入れがあった訳でもなく、贔屓目に見てもスターとはいえない様な存在だった107系
ただ7月になって引退が発表されれば、それまで撮れた回数が非常に少ない事もあって、その最期を撮りに行こうと思うのが人情。

ただ、そこでとんでもない壁が立ちはだかった、それはこの夏の天候があまりにも不順過ぎた事である。殊に関東以北は本当に話にならなかった。
天気に関係なく、2連×2本=実質4連1本だけで運用という状態であり、朝夕しか運用が無くデイタイムはどこかで車庫番という事も多かったらしく、高速代と燃料費をかけて行っても空振りではシャレにならない状況だった。


そんな中、最後まで残存していた2連×6本=12両が 上信電鉄 に譲渡される事となり、その第1陣としてR13・14編成の4両が8月下旬に高崎駅から 上信電鉄 に送り込まれた。
てなわけで、JR での最後の姿を拝めなくとも 上信電鉄 でまた逢えるのであるから、無理してまでは追い掛けない事とした。
ただ、入るものがあれば出るものがある。 上信電鉄 サイドでは今回の107系獲得によって最期を迎える車があるという事になる。最期を迎える可能性が高い車はもう一度押えておく必要があると考え、9月下旬群馬に出撃する事となった。


午前の部は昼前の時間帯に烏川の鉄橋を渡る列車を東サイドから狙うという、ド定番の撮影。


jsd153@krsg01

最期を迎えるかも知れない150形第2編成、大概の人達はこのカラーリングを縞馬と思うだろうが、それは間違い。これはあくまでも群馬サファリパークとその名物であるホワイトタイガーを模したラッピングである。
季節はまだ秋分、昼前の時間ではまだ陽が結構高く今一つの感触。川原で夏の間に伸びきった雑草がやたら凄くて、ポイントを決めるのに苦労する。ここで数本撮影したが、「危なさそうな」車両はこの153Fだけしか来なかった。

正午前にこの川原を後にして、次なるスポットは上州新屋~上州福島(甘楽郡甘楽町)となった

jsd1001@jsfs01

絶対に安泰とはまだ言い切れない1000形
上信電鉄で下仁田側の先頭にパンタがないのはこの車が唯一だが、これは以前(1976~2001)は3両編成だった事の名残とも言える。高崎側にクハ1301が付いていたのを切り離し、運転台も中間車だった1201に移設して今の姿になった。



上信電鉄を撮りながら彼是考えた結果、途中までは上信電鉄を狙って、最後は一か八かで高崎問屋町若しくは伊野付近で107系が来る可能性に賭けようという事にした。
伊野に移るその途上で、烏川の西側(高崎市寺尾になる)に移って2本撮影したが、線路の反対側には東農大二校のグラウンドがあり、練習試合らしきものが行われていて球児達の出す球音を聞きながら列車を待っていた。東農大二校といえば嘗ては北関東を代表する様な野球強豪校だったが、それも隔世の感がある。(現在でもラグビーや陸上では強豪校)

jsd6001@negy01

どっちを向いても先頭パンタという撮影者にとっては非常に美味しい車である?6000形
ここでの撮影後に城南大橋を渡り高崎駅西側の市街地を北上し国道17号問屋町を経由して伊野に移動。





15時半近くになり太陽の高度も下がってくる時間帯、光線状態のみならず建物の影が落ちて来難いといった条件も考えなければならない.。そこで伊野~新前橋間でも伊野駅寄りの場所をチョイス。
ただ、午後から雲が増えていたので、空に対しナーヴァスになりながら列車を待った。


107r7@ino01

見ての通り、「ありがとう107系仕様」のR7+R8 編成
意外と簡単にキャッチ出来てしまって少々拍子抜けではあったが、晴れているタイミングでやって来たので非常に有り難かった


9月30日・10月7日に行われた107系JR ラストランはこの編成と思われたが、JR は何とその裏を掻いてR15+R16編成を充当してきた
このR7+R8 編成はラストランに就く事なく、10月3日に 上信電鉄 に譲渡回送された。


211a56@ino01

107系の後にやって来た 211系 も一応載せておく。コイツがグンマーを制圧するのは時間の問題。

ひょっとしたら 115系 も来るか、高崎に行った107系の返しも撮れるかという淡い期待もあって暫く待ってみると…直ぐ近くの踏切が鳴り伊野駅を出て新前橋方面に向う列車の姿が見えて、急いでアングルを作り備えたら…

107r7@ino02

やや曇り気味になってしまって残念だが、高崎での返しになる伊勢崎行きを何とかキャッチ成功! 
この時は15時40分頃だったが、この時間になって雲がかなり増えてきて、 115系 が来る確証も無い。赤城等の山々が近いから空模様は読み難くなる、ここ2年位は何処に行っても期待した程晴れない事が多い

himocawa01
結局粘ってもそれが得策とは言えないと判断した上で切り上げて撤収し、帰京前に土産を購入すべく一旦高崎駅方面に向かった。
すると、伊野の辺りは曇ってしまったのに高崎駅周辺はほぼ晴れていて、地団駄を踏む破目になったが時既に遅し

駅ビル内の「いろは群馬」にて群馬特産のひもかわうどん等を購入。きしめんや Fettuccine(フェットゥチーネ)の様な平打ち系の麺が大好きな小生としては購入したかったアイテムだった。

最後はもやもやと消化不良なものを引きずりながらも、日没前の空の下、国道354号線を走り 関越道 高崎玉村S.I.C. に向った。すると高速入口直ぐ近くに「道の駅玉村宿」があった。それは土産ならそこでも買えた可能性が高く、高崎駅まで行った事自体あまり意味が無かった事を示していた。

帰りの 関越 も嵐山近辺で事故があった影響で予想以上の大渋滞、練馬までの所要時間は2時間を楽に越えてしまって、疲労のあまり三芳P.A. で休憩と給油を強いられた。

107系 上信電鉄 での運用開始は来年だが、107系に押し出される車両の事もあるから、結局近いうちに 上信電鉄 沿線に繰り出す事になるかも知れない。





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