Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
画像をクリックすると大きな画像が出る。

鉄道

<悲報>E351系さん、黒歴史は確実

E351系の置換えが去年末から始まったが、運用を離脱したS2・S22・S5・S25編成は去年の内に長野送りを食らい、S5・25編成の解体はほぼ終わりに近い模様。
E353 系導入が発表された時点で常識的に見れば E351 の一部が波動用に残り、豊田や長野の 189系 を置き換えるというのが順当と思われたが、報道によると(これが出鱈目というケースも非常に多いが)3月のダイヤ改正で全車廃車となっている。
しかし、その一方で1編成のみが波動用に残るという情報もあり、その点が注目される。



e351s4@tthc01
(淺川=豊田~八王子間を渡るS4+S24 編成のスーパーあずさ)

中央本線に最適化しようとして寿命縮めたのには草生える。その最適化すら出来たかは微妙。

乗務員ゲロらせたらさすがにアカンやろ!

NATURAL BORN BLACK HISTORY ! 完全なるしくじり電車
振子式車体でコストが高い、メンテナンスのコストも高くなる、汎用性が無くて扱いきれない。
上物が普通鋼で結果的に重心が高かった。バブル期に開発を始めたら、途中で弾けて、結局大事な所をケチって鋼製車体→中途半端な作りになって自分の首を絞める。
381系 だってアルミ車体なのに、E351 が普通鋼車体というのは訳判らん。


ワイドビュー死ぬのは軽量ステンレス車体でセーフ! 381系 は「げろしお」「ぐったりはくも」がキャラクターとして確立したのでセーフ!
九州のヤツも水戸岡大正義作品なのでセーフ!


結局は5編成60両しか作らんかった。JR 東日本からすれば、途中で失敗作と気付いてしまった模様。失敗作→早めの殺処分という切り替えの早さに草

中央本線も高規格化してスーパー特急導入なんて誰が言い出したんや?

20年も経てばある程度のリニューアルをするのが普通。でもリニューアルされた形跡無しで内装はボロさが満々やった。

何年も前から見切りを付けて黒歴史として葬り去るという結論やったという事!
試作車は2編成も作って、量産車はたった3編成という摩訶不思議

特殊な車体断面で狭いといわれても、
500系 =鉄道を超えた異次元空間、流石や!、有能! ワンダホー=レジェンドになる事が約束されていた
E351系=無能、何なんコレ、あほす=ブラックヒストリーが最初から約束されていた

松坂〇輔、村〇修一、梵〇心も乗せて長野送りにしてやってクレメンス。(鬼畜
Wow! 御重機様グルメ過ぎぃ~
同じ村〇でも長野送りにしたいのは真一の方やろ、寧ろ!


3人+1系列とも今や単なる無用の長物、転用利かず需要作れず買い手無しのトリプルクラウン(


村〇修一とE351 系で同じ匂いがしている様に見えるから不思議(適当)




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遂に20周年! この結構微妙なジェネレーション? Part 12

1997年の話をしようにも、Part 12 まで来るとネタも尽きてはくるが、流行は如何だったかを一寸紐解いてみる。
あのたまごっちを憶えているだろうか? 前年に発売されたものの、当初は余り流行らなかったが、年が変わると一転大ブレイク! 入手不能になるほどの大人気を博した。当初のターゲットは10代の女子だったが、それがあれよあれよと老若男女と問わす広がったのであった。
女子中高生といえば、ルーズソックスが流行っていたのがハイソ=ハイソックス主流に切り替わったのもこの頃。その他のファッション関係では裏原宿スタイル、モード系、ホルターネック、109ファッションといった辺りが流行った。
映画「失楽園」の爆発的ヒットを受けて流行語大賞もこれになった。他に流行語として認められたのは、「ガーデニング」 「マイブーム」 「パパラッチ」 「日本版ビッグバン」 「郵政3事業」等であった。
今や老害やDQN の御用達車、路上の迷惑者となったトヨタ・プリウス(TOYOTA PRIUS)や、ハイパーヨーヨーが出現したのもこの年であった。


脇役になっても主役を食う、The 珠玉の名作


2008年から始まった V 編成 へのコンバートに当っては、1~4号車はそのまま1~4号車、旧13号車→5号車、旧10・11号車→6・7号車、旧16号車→8号車という形に組み換えられた。グリーン車だった6号車が普通車指定席でシート配置はグリーン車時代と変わらず。全席禁煙化で3・7号車に喫煙ルーム。パンタ及びカヴァーは700系同様の物に変えられ、2・7号車に配置。
V という編成記号は嘗ての100系グランドひかり=ダブルデッカー4両のもの以来の復活となるが、因みに100系V 編成は275km/hでの運転、つまり高速化も実は視野に入れていたのではあるが、実現はしなかった。


2013年秋~冬にかけては4・5号車の指定席化=2列+2列への改造がしれっと行われた。のそみ時代のグリーン車の旅に近いものが、こだま普通車指定席の料金で再現出来て、更にはこだまという事を活かしてゆったり時間を掛けて楽しめるという超お得なチャンスが広がったのである

小生が 500系 との再会を果たしたのは2010年5月、仕事で大阪に行った際に新大阪で新幹線を降りたその序でだった。

500v3@sosk01

新大阪の20番線から博多に向けて出発する場面を押さえてはみたが、逆光気味のトップライトで醜い絵になってしまった

500v8@sosk01

2011年5月、再び逢う事が出来た。この時も新大阪に降り立った序でなのだが、この時はV8 編成元W 8 編成=関東で最後に撮った編成で1年3ヶ月振りの再会だった。
このアングルでも、夏場の夕方以外は晴れると逆光に近く、ハレーションも出たりするので、余り具合は良くない。 それにしても、ホンマにストイックな体をしている。


500v8@sosk02

この2枚が全く同じショットに見えるかも知れないが、1枚目は中望遠(120mm相当)で、2枚目は下がって望遠域(220mm相当)で撮ったという違いがある。


御存知の通り、 W 編成 時代の営業最高速は300km/hであったが、 V 編成 になって285km/hに変更された。8両の中に必要な機器を全て搭載して300km/hで走行する事は可能なのであるが、安全基準に抵触するので営業最高速を変更している。
「腐っても鯛」という言葉があるが、8両になっても、こだまになっても 500系は500系 なのだ!


300km/hでの営業運転という事にポイントを絞って開発されたこの車だが、存在そのものが高度な機能美であるのに加えて、このフォルムには一種の形式美も備わっているといえ、それは300km/hでの営業運転が無くなっても変わらない。こんな車は世界の鉄道史上でも簡単には見つからないであろう。「走る機械芸術」という言葉を体現した数少ない存在と言える。

虜になった様に何回も 500系 に乗り、狂った様に何回もレンズを向けた、その事が栄誉にすら思える。東海道から去ってしまった今も、その佇まいを前に、思い入れが甦り身を焦がしそうになる。 8両に切られて、のぞみ、さくら、みずほにドンドン追い越される姿であっても、ずっと傍で見ていたい…、我々はやっぱりこんな車両を待っていたのだ…、コイツに代われる奴はいない。
鉄道ファンの憧れそのもの、そしてずっと愛する存在。


この V 編成 だが、山陽のこだま自体がが岡山以西に偏っているので、運用も岡山以西が中心にならざるを得ない。しかも充当列車自体が少ない。なので季節にも依るが撮影地も限定されてしまう事も非常に痛いところである。中山間部をトンネルで貫いている区間の多い山陽新幹線の事なので、駅撮りを除く撮影地は余り多くない。ここから岡山以西に限定すると更に限られる。

防府市(山口県)の国道2号 BP とか、東広島駅から西に少し行った所、高梁橋梁はそこそこ有名だが、他には土井駅(福岡市東区・香椎線)の近所に俯瞰気味で撮れる場所があるとか、福山駅近くの商業施設の屋上駐車場からも撮れるとかいう情報もあるから、探せばまだ見付かるかも知れない。
ただ、低速で走っている都内と違い沿線撮りは相当難しい事を覚悟せねばならず、こだまは全駅停車なので駅に近い場所を見つけて狙うのが無難であろう。
登場から20年が経過した現在、古い車両を末永く使うJR 西日本と雖もこの車両に残された時間はそう長くは無いと思われる。


さて、このネタもいよいよ最後という事で、
Kenny Rogers (ケニー・ロジャーズ)の超有名曲である " LADY " (1980年)を捧げて掉尾を飾る事とする。
これは彼がカントリーからポップスに本格的に転向した時代の曲だった。曲を書いた Lionel Richie (ライオネル・リッチー)がオファーを出して、Las Vegas (ラス・ヴェガス)のスタジオにてたった一晩の内にレコーディングされた。(
1980年の9月にリリースされてから、11~12月にかけて Billboard Hot 100 で6週間#1 になり、彼の代表曲になったが、年月を経た今も色褪せない珠玉の一曲である。
毎度毎度の展開ではあるが、どの様な曲かについては、こちらのようつべでもご参照頂きたい


Lady, I’m your knight in shining armor and I love you
You have made me what I am, and I am yours
My love, there are so many ways I want to say I love you
Let me hold you in my arms forever more
You have gone and made me such a foolI’m so lost in your love, and oh, we belong together
Won’t you believe in my song


Lady, for so many years I thought I’d never find you
You have come into my life and made me whole
Forever, let me wake to see you each and every morning
Let me hear you whisper softly in my earIn my eyes, I see no one else but you
There’s no other love like our love and yes, oh yes, I’ll always want you near me
I’ve waited for you for so long


Lady, your love’s the only love I need and beside me is where I want you to be
Cause, my love, there’s something I want you to know
You’re the love of my life, you’re my lady





ここまで12回に渡って、全てではないものの、1997年組の車両達を挙げていった。確かに 500系 という歴史に残る最高傑作と叡山電鉄900系というスターを擁してはいる。ただ、全体的に見ると、この2系列が突出してしまっている。これでも充分花形世代と言えるのかも知れないが、1988年・1989年組あたりと比べると総体的には見劣りする気がする。
この時代はバブル崩壊から5年以上が経過して、世界の中でも日本が一人負けをしているとすら言われ、この頃から鉄道界でもスターが出難くなって行ったのは間違いない。
タイトルで「結構微妙」と評したのはこのあたりを鑑みての事だった。




)R&B 出身の L. Richie と、カントリー出身の K. Roders がポップスの世界のどこかで出会うという事だったのだろうと、ケニー自信は後に或るインタビューで述べている。
この曲の大ヒットはケニー本人のみならず、当時 Commodoors (コモドアーズ)を脱退したばかりのライオネルにとってもソロとして大成功する地盤になった。




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遂に20周年! この結構微妙なジェネレーション? Part 11

前記事で600アイテムに到達し、このシリーズもいよいよラスト、の筈だったが・・・
この回で全て終らせようとすると、ここが冗長になってしまう。よって、分割して急遽新に Part 12 を設けそこでフィニッシュしたい。

本題に入る前に1997年デビューという 500系 と「同期生」に当る面々を探してみると・・・


俳優女優陣では橋本マナミ、吉田羊、釈由美子、満島ひかり(当時はFolder の一員)、水川あさみ、小野真千子、山田純大(杉良太郎の息子)、藤原竜也、吉岡毅志(ウルトラマンガイアで有名)
芸人では永野、鉄拳、トータルテンボス、インスタントジョンソン、レイザーラモン、いとうあさこといった所。
音楽の世界では、スガシカオ、Zeebra、Dragon Ash、DA PUMP、ゆず、モーニング娘。、あの Beyoncé(ビヨンセ)を擁する Destiny's Child (デスチャことデスティニーズ・チャイルド)という面々が挙げられる。

プロ野球では、前年のアトランタ五輪出場選手のプロ入りも多かったため結構な豊作となった。井口資仁、松中信彦、小阪誠、小笠原道大、谷佳知、森慎二、和田一浩、大塚晶文、磯部公一、今岡誠、関本健太郎、濱中治、黒田博樹、澤崎俊和、森野将彦、岩村明憲、入来祐作、鈴木尚広、川村丈夫がこの年にデビューした。
サッカー界では、Michael Owen (マイケル・オーウェン)、James Carrager(ジェイムズ・キャラガー)、稲本潤一といったあたりになる。


ここから本題に入るが、2009年も年末に差し掛かると、 500系のぞみ 終焉のカウントダウンが本格化してきた。

栄光のW 編成最後の時に向けて

500w1@numb41

2009年の冬に田園調布付近で撮影、陽の向きと角度が良く判る。フロント部分に落ちる影は隣の横須賀線の架線からの物

2009年末から2010年の正月にかけての臨時便にも 500系のぞみ が設定された。馬込坂は新幹線と横須賀線が併走する所なのだが、線路の南側は西側と違い道幅にも余裕があり、冬場の昼頃の列車なら撮影がし易いという事で、既に結構な数の撮影者で賑っていた。
この頃から、ここでの望遠撮影をする様になった。(上りは後追い)


500w7@mgmz41

上り列車の後追いの作例から・・・
フェンスはそれなりの高さだが、フェンス際にコインパーキングもあるため、その看板がかなり邪魔である。結局はその看板に非常に苦労させられっ放しになるのだった。
W7 編成はこの年始の運用を最後に離脱し、こだま転用の工事に入ってしまった。


500w8@mgmz44

門松が取れると、 W8 ・W1 しか残っていない状態となり終焉が近い事をマジで感じざるを得なかった。

500w8@mgmz43

本来ならもっと手前に引き付けたアングルで撮りたいのだが、フェンスと件の看板が手前に目立って列車に被ってくる危険性も高いので出来ないのである。


500w1@mgmz42

下りの作例も・・・
この W1 編成 は元々試作編成だった事もあり、今や博物館と車庫の肥やしになっている。(1号車=京都のアレ、16号車=博多総合車両所)



500w1@mgmz43

500系のぞみ最後の冬だったが、空色の良くない日が多かった。東京都内でも冬場は空色がもっと綺麗な筈なのだが、湿気て濁った空になる日も多かった。
又こういうケースでは、当時使用していた K-7 の偽色の多さと発色の基本的に厭な所が非常に目立ってしまいそれが小生のストレスを増大させてくれたのである。


2月28日が近付くと、毎日何回も間近で見られたものが見られなくなり、山陽でこだまとして走っているとはいえ、遠くに離れてしまったという感は拭えなかった。東海道新幹線から本当の花形が無くなってしまう様で非常に淋しい思いに駆られてしまう小生だった。

2010年2月下旬、 500系のぞみ の終焉が迫った晴天の日に撮った以下の2枚が、 500系のぞみ のラストショットになった。この日もやってきたのは W8 編成であった。


500w8@mgmz45

正午の 6A は被りを食らう危険性も考え、今まで何度も撮ってきた形で納めようという事で望遠後追いはせず、脚立使用で金網に登ってのショットを選択したが、まあまあの感じの出来にはなった

500w8@mgmz46


当然、この日の2枚目として返しの29A を撮ろうと場所を移動したが、この日もかなりの人数が既に犇めいていていいアングルは取れなかった。結局、件の看板がかわせないという最悪の事態になってしまった
更には時期的な事を鑑みると黄砂、PM2.5、杉花粉等の影響も多分にあったと思うが、発色も悪い。馬込坂の近所は環状7号と国道1号という大型車の通行も非常に多い道路がある事も空色の悪さに拍車を掛けたのだろうか。


実は、同じ所でばかり撮っていてはいけないと思い遠方への遠征も考えていたのだが、結局それは実現せず、馬込坂になってしまった。

そして、2月28日=終焉の日は午前中を中心に雨だった。それでも東京駅を始めとして沿線各地には人が押し寄せて激バだったのは約8年経った今でも御記憶の方も多いのではないか。
因みにその日の昼頃小生は車を走らせていた。最後の 500系のぞみ=29A が東京駅を出発する12時30分、小生は山手通りの初台付近にいて信号待ちをしていたのだが、心中に去来してきた想いに小生は涙を押さえる事が出来なかった。


かくして、1997年から12年半続いた 500系のぞみ は終焉となった。2008年以降、運用が減った中でもN700系以上の存在感を示し続けたのは明らかで、伝説になるのは開発されたその時からの約束だったというべきであろう。
以来、8連の V 編成 になって山陽区間のこだまの運用に就いて新たに得た使命を遂行している。それまで山陽のこだまは0系100系が主体だったので高速化に対応出来なかったが、 500系V編成 700系E 編成(Rail Star) がこだまの高速化に寄与したという事である。


そしてこの記事の締めとして、 500系W 編成 「のぞみ」に捧ぐ最後の曲として小生が選んだのはこの曲であった。
 3 Doors Down (スリー・ドアーズ・ダウン)が2003年に放った大ヒットナンバー、" Here Without You " 。 (
いつもながらの展開だが、この曲自体の紹介はこのリンク先の You Tube にて



A hundred days had made me older since the last time that I saw your pretty face
A thousand lights had made me colder and I don’t think I can look at this the same
But all the miles had seperated
They disappeard now when I’m dreaming of your face

I’m here without you, baby, but you’re still on my lonely mind
I think about you, baby, and I dream about you all the time 
I’m here without you, baby, but you’re still with me in my dreams
And tonight it’s only you and me

The miles just keep rolling as the people either way to say hello
I hear this life is overrated but I hope it gets better as we go

I’m here without you, baby, but you’re still on my lonely mind
I think about you, baby, and I dream about you all the time
I’m here without you, baby, but you’re still with me in my dreams
And tonight it’s only you and me

Everything I know, everywhere I go, it gets hard, but it won’t take away my love
When the last one falls, when it’s all said and done
It gets hard, but it won’t take away my love, oh, oh…

I’m here without you, baby, but you’re still on my lonely mind
I think about you, baby, and I dream about you all the time
I’m here without you, baby, but you’re still with me in my dreams
And tonight, girl, it’s only you and me

次こそ本当にファイナル、Part 12 へと続く!



)3 Doors Down は Mississippi (ミシシッピ州)で1996年に結成され、2000年に世界的大ブレイクを果たす。
このバンドにとっての2nd アルバムである " Away From The Sun " (2002)からの 3rd シングルとしてヒットしたのが " Here Without You "で、Billboard Hot 100 では最高位が5位だった。




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遂に20周年! この結構微妙なジェネレーション? Part 10

~このネタ、まさかの越年~
本来、越年させたら意味が無くなってしまうのであろうが、完遂しない訳にも行かないので続行する。


一寸強引になってきたが、1997年のワインは如何だったかを少し語ってみよう
ヨーロッパ全般では比較的恵まれた所が多い印象であるが、フランスではかなりばらつきがあった模様である。
ボルドーでは駄目だった。ブルゴーニュは夏の高温が続いたのが災いし、肝心の酸が上手く育たずバランスの悪い物が多かった。シャンパーニュ・ローヌ北部・プロヴァンスといった産地で作柄に恵まれ、アルザス・ロワールに関してはまあまあ良い部類と思われる。
イタリアでは北から南までビッグヴィンテージになった所が多かった。ドイツやスペインはそこそこ良かったという感じで、オーストリアが抜群に良かったと言われている。

ただ、産地毎のヴィンテージ評価自体が結局はザックリとした目安でしかなく、実際に出回ったワインをテイスティングする事すらなく机上の論理だけで決めてしまう人間も多い。いざ実際にワインを買うとなれば、個別の銘柄の出来不出来が重要で、それは結局飲むまで判らない。

てなわけで、のぞみ時代の 500系 の画像を載せながら20周年を語って行く事にする。


500w7@numb31
(W7編成 田園調布付近にて

2008年以降、N700系の増備が本格化して、 500系 のぞみの終焉は刻々と迫っていた。運用列車も減って行き、遂に2009年春からは2往復4列車のみになってしまった=6号,29号,28号,51号。更に同年秋には1往復2列車のみに。それでも臨時列車での運用はそれなりの数があったので、狙うチャンスはそこそこ確保出来た。

のぞみ50号(2007年当時)等の最終近くのスジで運用されていた頃は新大阪・名古屋→東京で乗る事が結構あった。
先ずはあのボディ形状なので乗り降りがし難いのは事実だった、某・川〇俊〇や某・遼〇は〇ひの場合、頭がつっかえてしまい乗れなかったという噂もある。
車内に入ってしまえば、電車とは思えない様な形状の空間、紫やグレーをベースにしたインテリアが相俟って「そこまでやるか」感に満ちた世界が広がり、他の車両とは一味も二味も違う!と小生は陶酔感すら覚えたものであった。


もっとも、2008年の時点でN700 との比較で 500系 の旧さが露呈していたのは事実で、2007年11月からV 編成への改造=こだま転用(W3→5→6→4→2という順で)は始っており、のぞみ運用が減って行く中、遂には 500系 のぞみに乗車するチャンスも無くなり、2009年は乗車した記憶が無い。
ただ、同年秋にに新神戸→新大阪の1区間だけこだまとしての 500系 に乗車出来たのである。
そういう現実の中でこの曲が、漆黒の車窓を眺めながら 500系 に乗っていた素晴らしい時間の思い出と何処かシンクロナイズしてしまう。
その曲とは、 Whitesnake (ホワイトスネイク) が1987年に放った大ヒットナンバー、" Is This Love " (註1
因みに、Billboard Hot 100 では最高位が2位、全英では最高9位を記録。
この曲の収録アルバム共々ヒットしてから30年が経つ、アルバムは国鉄終焉とほぼ同時にリリースされていたのであった。(別に何の関係性も無いが)

如何いう曲かはこちらのようつべでもご覧あれ
PV では " Here I Go Again " と同様に David Coverdale(デイヴィド・カヴァデイル)の当時の彼女だった Tawny Kitaen が出ている。


I should have known better than to let you go alone
It’s times like these I can’t make it on my own
Wasted days, sleepless nights, and I can’t wait to see you again
I find I spend my time waiting on your call
How can I tell you, baby, my back’s against the wall
I need you by my side to tell me it’s alright, ‘cause I don’t think I can take anymore


Is this love that I’m feeling  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming
This must be love ‘cause it’s really got a hold on me..., hold on me


I can’t stop the feeling I’ve been this way before
But with you I’ve found the key to open any door
I can feel my love for you growing stronger day by day and I can’t wait to see you again
So, I can hold you in my arms


Is this love that I’m feeling  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming
This must be love ‘cause it’s really got a hold on me..., hold on me


Is this love that I’m feeling  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for


Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for
Is this love or I’m dreaming  Is this the love that I’ve been searching for... (fade out)



見る者達に対して感情移入の隙を見せずこれを全く許さないものこそスーパースターであるという論調も世の巷にはあるが、ありったけの感情移入をさせてくるSuper Star が 500系 なのだとつくづく思う。



さて、 500系のぞみ 最後の夏となった2009年の夏は、今までと違うショットを求めて品川界隈に繰り出した。国道15号北品川交差点から御殿山に向う路地が線路を跨ぐ所から金網を通しての撮影となる。その夏は実を言うと天候がやや不順で晴天率も低めでゲリラ雷雨も結構多く、撮り鉄泣かせな夏になってしまった。


500w8@goty31

15時過ぎに東京を出発する臨時便の後追い作例を3点

500w1@goty32

ただでさえも金網が細かくレンズを遮ってしまう上に、この線路を跨ぐ道路が狭く三脚も使えないという状況下での撮影は困難だった。

500w9@gtym32

博多に向う W9 編成だが、これ位だとまあまあ納得の行くショットにはなる。

500w1@goty31

夕方近くになって上京してきた W1 編成、旧盆くらいになると夕方前には御殿山の影に全体が覆われてきてしまう。

このアングルで順光になる事は無いが、夏場の午後遅い時間なら光線状態は少しはマシになるかという程度で夕方になると御殿山の影に覆われてきてしまう。基本的には曇りの日用のアングルと考えて欲しい。
品川駅を向いて下り列車を撮るなら午後順光。
2009年夏の時点でボディはK-7 だったのだが、コイツのセンサーの色の偏りが酷く、その事もあって納得のゆく絵作りが出来ていない。この時にせめてK-5 であったならと恨み節も出てしまうのである。


500w8@sng31

品川を出発して同駅構内のシェルターから飛び出してきた W8 編成

夏場の午後遅い時間に撮るというのなら、馬込坂の午後アングルで望遠撮影というのも有力な選択肢なのだが、その場合はキャパシティも少なく又被りのリスクも非常に怖かった。
前述の様に空模様が安定せず、しかも近隣住民の一部に撮り鉄を敵視する人間がいるらしく、穏便には済まない可能性もあったので避けたのである。





500w8@mgmz32

小生定番だった 6A @馬込坂のショットだが、フェンスの上からではなく金網にレンズを付けて撮った作例。湘南新宿ラインと思われる超つまらない奴が左サイドに割り込んできた。

500w8@mgmz31

W8
編成による 6A の後追い撮影
このショットも夏場だった事もあり光線はトップライトに近い上に、金網の影響が結構強く出ている。障害物も多いので非常に窮屈な撮影にならざるを得ない。


若しこの時代にFA Limited 43mm f1.9 やFA Limited 31mm f1.8 なんて持っていたらもっと良いショットが撮れたのではないかと悔やまれる。(今も持っていないが・・・、何せかなり高価
FA Limited は口径が非常に小さい物が多く、金網引っ付けには最適だったはずである。それこそこれ専用にでも中古でも買うべきだったかと今でも自問自答する小生である。(43mmなら今でもスタジオでバリバリに働いていただろうが・・・)


500w9@mgmz31

金網の上から撮った W9 編成、2009年9月頃のショットだったが、この編成を捉えた最後のショットになってしまった。この構図で何度も撮ってはいるがその中でもかなり納得出来たショットではある
同編成は11月上旬に運用離脱し、翌年2月から V9 編成として山陽こだま運用に専念している。


ここで、今回 500系 に捧ぐ2曲目として、STYX (スティクス)の有名曲、" The Best Of Times " (1981) を紹介したい。この曲はアルバム " Paradise Theatre " からシングルカットされ、全米でTop 3 を記録する大ヒット、隣国カナダで#1ヒットなった。作者は勿論 Dennis DeYoung (デニス・デヤング)。(註2
どんな曲かという事については、こちらのYou Tube でも御覧になられたし。


Tonight's the night we'll make history, honey, you and I
'Cos I'll take any risk to tie back the hands of time and stay with you here tonight
I know you feel these are the worst of times, I do believe it's true
When people lock their doors and hide inside
Rumor has it, it's the end of Paradise
But I know if the world just passed us by, baby, I know I wouldn't have to cry, no, no


The best of times are when I'm alone with you
Some rain, some shine, we'll make this a world for two
Our memories of yesterday will last a lifetime
We'll take the best, forget the rest, and someday we'll find
These are the best of times...  These are the best of times


The headlines read these are the worst of times, I do believe it's true
I feel so helpless like a boat against the tide
I wish the summer wind could bring back Paradise
But I know if the world turned upside down, baby, I know you'd always be around my mind


The best of times are when I'm alone with you
Some rain, some shine, we'll make this a world for two
When I'm alone with you ( The best of times... )
Everything's alright ( Are when I'm alone with you... )
When I'm alone with you ( Some rain, some shine... )
You brighten up the night ( We'll make this a world for two... ) ( fade out )


この時代は 500系 のみならず、300系700系N700系と種類に富んでいた。東海道新幹線の半世紀を超える歩みの中でもピンズドで " The Best of Times " だったという事になるのであろう。そして 500系 と共にあった時間の想い出は、それこそ認知症か記憶喪失にでもならない限り心の中でずっと続くであろう。


500w7@mgmz31

2009年の晩秋に 29A の運用に就く W7 編成を国道1号から2つめの跨線橋から撮ったパターン。周囲の建物等の影の伸び方が季節を感じさせるが、これが 500系のぞみ が終焉へのカウントダウンに入り始めた現実をも示していた。それにしても29A は何故こんなにという程に裏被りを食らう状況は変わらなかった様に思う。

このシリーズもラストスパートで最終回=Part 11 へと続く!



馬込坂で 500系 の序でに撮れた、釣りで言う「外道」に当るショットの中から2点を載せる。

n700n3@mgmz01

N700系でも西日本所属編成=N3 この当時のN 編成も今はN700A 「もどき」K 編成になってしまった

700b13@mgmz01

2019年には東海道から一掃される700系・B13 編成 この姿を見られる機会も少なくなってきた。




註1)" Whitesnake " というアルバム名の通り、このバンドの代表作となった。このアルバムからは " Still of the Night "、 " Here I Go Again "、 " Is This Love "、 " Give Me All Your Love " 等のヒットシングルも生れて、北米だけでも1000万枚以上を売り上げた。2007年には20周年記念リメイク盤、去年には30周年記念のリメイク盤がリリースされている。
註2)このアルバムは1970年代終盤のアメリカ社会の変化というものを、同バンドの地元 Chicago に嘗て存在し人気を博した Paradise Theatre (1928年開場→ '56年閉鎖・'58年取壊し)にてライヴを行うというフィクションストーリーに准えて表現したコンセプトアルバムだった。全米アルバムチャートで#1を記録し、300万枚以上を売り上げた。
 



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<悲報>189系あずさ色M50 編成さん、今月で消滅

この春以降も 189系豊田車 3編成は当分生き残れるかと思われたが、M50 編成(あずさ色)が1月25日で運行終了=廃車となる見込みになった。


183m31@hap01
あずさ色だった今は亡き183系幕張車 M31 2012年久喜市八甫にて)


全編成生き残りはならずでかなC

E351 を1本だけ残すという話は出てるみたいやけど、これでピンズドいう事かいな。

JR 東日本が国鉄型車両部品のメンテを一昨年打ち切った→ 485系仙台車 583系秋田車 も消滅→次は 189 という流れ。

E353 増備からのE257 余剰、 189 を時機を見て置換え。 189 もあと2年が限度というのはお約束、撮るなら今の内に。(

E351 を残すならそれは長野で使ってもらって、あさま色のN102 を豊田に移してやってクレメンス~、スッ、スッ、スゥ

M50 の代りにE257 でも千葉で暇になっている500番台が来るとか?(ガクブル
あんな酷いの要らんわ





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