はまかぜという特急、如何にも地味である。
1972年に京阪神~山陰間の輸送需要を満たすべく キハ80系 で登場したが、当時の特急まつかぜとの兼ね合いもあり、2往復でスタートした。その後、82年に キハ181系 に切り替り、86年のまつかぜ消滅を受けて3往復に。
元々然程メジャーな特急とは言えなかったのだが、これをよりマイナーにした出来事が1994年に起きた。其の出来事とは、勿論、智頭急行開通とスーパーはくと登場である。(1997年3月7日まではキハ181系のはくとも併存)大阪~鳥取間の所要時間で90分以上違うともなれば、京阪神~山陰間の輸送はS. はくとが当然の如くメインとなり、ただでさえも一寸マイナーだったはまかぜは更に追いやられ、2往復に減便。
それでも1996年には急行但馬を吸収して3往復に戻ったが、存在感は薄いと言わざるを得ない。 兵庫県内の中小都市を結びながら縦断するという一種のローカル輸送的性格の列車となったが、その最大のファクターは、何と言っても キハ181系最後の牙城 という部分だっただろうか。
2010年11月7日、 キハ181系 から キハ189系 にチェンジされると、ファクターが殆ど無い様な列車になってしまった。


k189@mes01
(2015年10月、名神クロスにて)

以前は6両がデフォルトだったのに、いつのまにか4連となり、 キハ189系 登場以降は3連がデフォルトでモノクラス。この キハ189系 という車、何回見ても特急という感じがしない。
6月みたいな見てくれで特徴や存在感に欠ける、安っぽくて迫力もない。
国鉄最末期のキハ185系以来、ディーゼル特急車はスレンレスカーがデフォルトになってしまった。ディーゼル車の特急は採算の上り難い地方線区を走る列車が多いので、車はメンテナンスも含めて安く上げたい。更に四国や北海道であれば車両にとって過酷な走行環境になるので腐食に強いボディが良い、という事でこういう流れになったと思われる。



k189@yod02
(2014年11月 上淀鉄橋にて)

現在のはまかぜに数回乗車した事がある。一番最近では去年秋、神戸から京都への移動を強いられた時だった。その日は雲が多く、昼時から午後にかけて神戸電鉄を撮影後、神戸の中心部に下りて暫く時間を過ごした。
休日という事もあって三ノ宮駅の前では路上ライブをしている女の子達も見掛けた。(条件さえ良ければ彼女達の事も撮りたかったのだが…)
三ノ宮駅からJR に乗ろうとしたら連休中という事もあって、1番乗り場の新快速の乗車場所は大変な行列だった。夕方前、少し待てばはまかぜ4号がやって来る時間だったので、はまかぜで大阪に出てそこから阪急に乗り換えて京都を目指す事にした。
停止位置や自由席の号車が正確に判らず適当な所で待っていたら、この日のはまかぜ4号は多客期ver. の6連で到着、自由席車を急いで探したら、指定席の表示ばっかり。焦って息を切らせて走ったら、1号車が自由席と判り駆け込んで空席に陣取った。
兵庫県内のローカル輸送が主任務というだけあって、三ノ宮で降りる客が多く、同駅から大阪までの乗車率は6割程度だっただろうか。


k189@yod01
(2013年11月、上淀鉄橋にて)

キハ189系 、実際乗ってみると、見た目ほど悪くは無い! 中身はヨンダーに準じた物で、681系以降のJR 西日本が出している特急車の標準的なそれである。及第点はクリアして合格点に近いかも知れない。
JR 東日本のE257系、E653系(常磐線時代)の見るからに安っぽいインテリアに比べたらまだ特急車らしいと言える。 スペック的な部分でも、1両当り900psを叩き出し、最高速度は勿論130㎞/h(3両以上での運用時)。出力ではライバルのHOT7000系(1両につき710ps)を上回り、静粛性を中心とした乗り心地では明らかに上である。
かくして大阪までの20分程は快適だった。 「安い(チャラい)ウルトラマン」とも評されるこの外見が如何せん惜しまれる。惜しまれるというより、この外見で全てぶち壊しと云って良いかも知れない。

 


※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Feb. 2016)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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