スコッチウィスキーと云えばシェリー樽。旧い世代だと斯様に思われる御仁も多かろう。確かに古い時代の物、特にブレンディドではシェリー樽の要素が大きく感じられる物は多い。
何でこんな枕なのかと云えば、シェリーそのもの並びシェリーカスクのウィスキーを小生は応援している(したい)からである。 ワインには新樽何%使用などという文言はよく目にするし、バーボンでは新樽使用が義務である。
これらに対し、スコッチで新樽使用は稀である。スコッチの樽で過ごす時間は総体的に長い傾向にある。熟成年数という部分だけでいえば3年でウィスキーとして成立するが、実際は通常短いもので5年、それこそ20年以上過ごす物も少なくない。
新樽を使うと樽の影響が出過ぎてしまう危険性が高いから、他の酒の「御下がり」の樽を使うのは理に適っていると言える。


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左=Glenfarclas Family casks 1967 58.7% 2007年ボトリング 2010年撮影
右=Aberlour 1964 8yo 50% イタリア向け


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左=Glendronach single cask 1994-2011 17yo 60.1% 並びに1971-2011 39yo 48.1%
右=Mortlach 12yo 43% 1970年代ロット・日本コールドベック扱い


先ずは、シェリー樽熟成のスコッチウィスキーの絵を4点取敢えず貼ってみた。

さて、以前にも述べた通り、昔シェリーはスペインからスコットランドを含めたイギリスに樽で運ばれていた。当時、ヨーロピアン(コモン)オークは安く、これで出来た樽は酒の保存運搬用として2、3回使うと捨てられる状態だった。 スコッチウィスキーをシェリー樽で熟成させる手法は、その運び樽の廃物利用だったのである。
寒冷で痩せた土地も多く、長くイングランドに圧迫を食らってきて豊かとは云えないスコットランド人はケチだったので(?)、捨てられたその樽に目を付けたとも言われている。
そんなケチなやり方が生み出したこの超ファインプレーだが、45年程前に暗転してしまった。転機になったのは1970年、EC(EU の前身)域内で樽詰状態での酒の輸出入が大幅に規制された事にある。(EC のワイン法改正で原産地名称統制を受けるワインは生産地で瓶詰まで行う事が義務付けられた)
かくして1970年代以降、スコッチウィスキーのシェリー樽比率はドンドン下がり、近年はバーボン樽が殆どを占めている。


一方メーカーや蒸留所では、この状況に対応すべく、シェリーの蔵と手を組んでシーズニングという方法を用いて独自にシェリー樽を確保せんとする様になった。シェリーを1、2年程樽に入れその内側に染み込ませて、新樽のえげつない部分も取る。そのシーズニングを専門にやる会社までスペインには存在するのである。
そのシーズニングが結構な曲者で、80年代までは酷い物も多かったという。
出来の悪い酒を使い、更にはそれを煮詰めた紛い物まで使用して、挙句の果てには何度も使い回す。その中には不衛生な樽も多く、二酸化硫黄でたっぷり燻蒸して無理矢理消毒して使えば、オフフレーヴァーの塊になるのは明らかだった。
さすがに1990年頃このシーズニングについて規制が掛ったが、それまでそんな事は茶飯事だったらしい。シェリー樽熟成を切り札にしていた生産者にとって、良質な樽の確保が困難になった事は、品質面での信用低下を始めとして大きな打撃を齎したのは想像に難くない。(特にMacallan、Glenfarclas なんていう辺り)
これ位優良又は秀逸ななシェリーで注意深くシーズニングすれば問題は起きない筈なのだが…


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Sherry のトップメーカーの一角を占める Delgado Zuleta のラインナップの一部
2012年4月都内で行われたアンダルシア製品展示会にて


ここまではスコッチウィスキーの樽という切り口から見てきたが、シェリーのファクターは勿論これだけではない!
誰が何と言おうともシェリーという酒は愛づるべき物である
 

この先はPart 2 にて




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jan. 2016)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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