小生が大学に通っていた1989年は、福岡ダイエーホークス(旧南海)、オリックス・ブレーブス(旧阪急)の初年でもあった。

パシフィックリーグではオリックスのブルーサンダー打線が快進撃を見せるも、近鉄オリックス西武の三つ巴のペナント争いに。 その中で断トツに衝撃的だったのは、近鉄バファローズのR. ブライアント(Ralph Bryant)がダブルヘッダー足掛2試合4打数連続本塁打(10月12日・西武球場)という離れ業を成し遂げ、近鉄を9年振りのリーグ優勝に導いた場面である。勿論同氏はリーグMVP に。
セントラルリーグでは、巨人軍で一世を風靡したあのW. クロマティ(Warren Cromartie)が大暴れ。打率 .378 を記録して首位打者+MVP 獲得。これにより、両リーグのMVP が外国人というNPB 史上初の事態となった。


更にこの年の日本シリーズでは、その近鉄相手に巨人が3連敗の後4連勝して日本一に。(シリーズの流れを変えた加藤哲郎の「ロッテより弱い」発言は有名ww)
他にもワニを食う男、自称ランボー等々、強烈なキャラを持った外国人選手が彼方此方で大暴れしまくったのを小生は昨日の事の様に覚えている。
又、「〇億円外人」、「産直大リーガー」と称して、高額な年俸でMLB から有名選手を引っ張ってくるケースが多発したのもこの時代であった。

 
更に、アマチュアに目を移すと、選抜高校野球は東邦が制し、全国高校野球は帝京が優勝(吉岡雄二を擁していた)。都市対抗はプリンスホテル(懐かしい!)が優勝している。

こんな流れの中で今回、
行くぞブーマー! ホームラン! V を目指して それ行けブーマー!」 「かっ飛ばせかっ飛ばせ松永! それ行けかっ飛ばせ松永! ホームラン打つぞ!ホームラン打つぞ!レフトスタンドへ~っ!」 的なノリで登場するのはこの車!


hk8001@mik01
(2009年2月 御影のS 字カーブにて)

阪急電鉄・8000/8300系電車
東芝製GTO-VVVF を搭載し、車体は7000系から採用されたアルミ車体。神宝線用の8000系は元旦に走り始めたが、京都線用の8300系は数ヶ月遅れて登場したのである。最初からチョコレートパフェとも呼ばれる屋根肩だけアイボリーにする微妙な塗り分けで登場したのは6300系以来である。ワンハンドルマスコンも6300系から受け継がれる大きなT 字形だが、メーター類は一気にデジタル化された。大きなマスコンを船を漕ぐ様に操作しているのは滑稽に見えるかも知れない。
8300系に初めて乗車したのは20年近く前の事だが、いかつい額縁顔に先頭2丁パンタ(しかも下枠交差)そしてGTO-VVVF のあのサウンドに結構感動した記憶がある。
阪急8000/8300系や北大阪急行8000形の様な黎明期のVVVF にありがちなあの勇ましいVVVF サウンドも小生は好きなのだが、一部の車でVVVF 装置換装、モーターのSMPM への交換が行われ、あの音が聴けなくなっているとか…。

8000系の初度製造は1988年内に行われたが、デビューは1989年1月である。阪急初のVVVF という事もあり、 試作車のテストに少々時間を要したためである。 斯くして、8000系は阪急ブレーブスを知らない阪急電車の第一号になったわけである。因みに、 阪急ブレーブスの身売り発表は球史に残る「10.19」と同日である。(正式な譲渡は11月4日)

晴れたる青空 我等のブレーブス 萌え立つ緑か 我等のブレーブス
勝利を目指して鍛えし技を 此の日も示さん 我等のブレーブス
阪急 阪急ブレーブス おお、阪急ブレーブス
守りは鉄壁 我等のブレーブス 攻めては怒涛か 我等のブレーブス
勝利を誓いて力を合わせ 歓呼に応えん 我等のブレーブス
阪急 阪急ブレーブス おお、阪急ブレーブス
輝く伝統 我等のブレーブス 心は一つぞ 我等のブレーブス
勝利を称えて 明日に備え 女神と謳わん 我等のブレーブス
阪急 阪急ブレーブス おお、阪急ブレーブス


なんていうのは経験していない車輛なのである。


最初の画像は8001F 特急梅田行き。
2009年2月、御影のS 字に始めて行った時のものだが、この日はかなりの冬晴れだった。この場所は線路の向きからして冬場向きの撮影地であるが、神戸線の撮影地には秋冬向きの場所が多いと思われる。


hk8302@sozj01
(2011年5月 柴島浄水場付近=崇禅寺~南方間)

2011年5月に柴島浄水場の直ぐ近くで撮った8302F特急梅田行き。
妙に角度を付けた様な顔より、こちらの正調の額縁フェイスがイイ!
この時はフェンスも低く、撮り易かった。夏場の午後やや遅めの時間が順光だったが、近くの集合住宅の影が落ちてきやすいのは難点だった。しかし、今はもうこの場所では撮れない。連続高架化が進んできているからである。
当時、淡路駅付近からの立体化工事はここまで及んでなかった。数年内には高架化された線路が丁度この辺りで地上に降りてくる形になると思われるが、高いフェンスも張られてしまうであろうから高架から降りてくるところは撮れないであろう。


hk8008@mik01
(2014年4月 御影のS 字カーブにて)

今年4月、約5年振りに訪れた御影のS 字だったが、この日は当初の予報に反して曇り気味であまり具合が宜しくなかった。
8000系8連の内、何故かこの8008F だけがシングルアームパンタである。シングルアームだと迫力は少々落ちる。
8000系8連に於いて、8008の次は8020F といきなり番号が飛んでいる。8020F は元々6連で登場したので、8009には出来なかった。後に8連化され神戸線専用になった。ただ、その論理だと、製造当初は6連であった8001F との間で辻褄が合わない。
8020F を8連化の際に8009F に改番すればよかったと思うのは小生だけだろうか?


hk8333@yod01
(2014年4月 十三~梅田間にて)

淀川を渡り梅田に向かう8333F+8314F通勤特急梅田行き今年4月の関西遠征初日は一日を通して非常に良く晴れた。朝一番で2300系1300系を狙うべく淀川に赴いた。
当然、73008300も結構ヒットした、が…、ラッシュアワーで列車密度が高いためか結構裏被りはあった da*n !!

ここは土手寄りに障害物が多いので、齧り付きは無理。こういうアングルに限られる。 JR の名所である上淀鉄橋が近隣だが、線路の向きが11 to 5(時計盤で11時から5時の方角)なので、順光時間はこちらの方が早い。冬場は具合が良くなく、春から初夏にかけて、若しくは8月位が光線的には良く、順光時間も長いと思われる。(JR の上淀は12 to 6 なので秋冬向き)


hk8303@set01
(2013年11月 南茨木~摂津市間にて)

小生としてはあの硬い感じの額縁顔が非常に好きなのだが…、風切り音が大きいらしく、ややダイヤモンドカット風に角度を付けた顔の車が、追加製造の2連ユニットから誕生した。
それどころか、額縁からダイヤモンドカット風に顔面整形される奴まで出て来たからややこしい。その顔面整形を受けた代表選手、8303F 準急梅田行き
南茨木~摂津市間でも摂津市寄りのポイントで、あまり知られてはいない穴場スポットらしいが、実際の最寄駅はJR 千里丘w。小生は数回足を運んでいるが、何と云っても、架線柱が白過ぎるww!
ここまでマルーンの車体にくっきり映り込まれると降参であるww、更に背景の建物や鉄塔がボロww!


製缶工場と線路の間にある路地から撮影だが、このアングルは昼前位が順光、夏場はトップライトになってしまうので秋冬向き。夏場であれば午後遅めに線路の西側から撮るのは可能と思われる。このポイントは連続立体交差化事業(南茨木~正雀)の対象で、今年度から各種調査測量等に入っている様で、あと数年内には消滅する破目になる。

撮影時期の違う画像を並べて比較すると、こんな事も判る。 2009年当時、前照灯も通過標識灯も点けていない。 2011年の画像では通過標識灯だけ点けていた。 2013年の画像では前照灯も点いている。
同年1月から阪急は昼間点灯を実施したという事だが、良く見ると下から2番目の京都線通勤特急は点灯し忘れているww。
関東の私鉄では全社で昼間点灯(デイ・ライトオン)を行うが、関西の私鉄では京阪の様に殆ど行わない私鉄も存在している。

 
8000/8300系も登場から25年が経ち、改造・改修で色々いじられて段々訳の解らん混迷状態になりつつある。豊富なヴァリエーションwwを楽しむという考え方もあるが、ある程度の統一感は欲しいというのも本当である。

斯く斯く云々お送りしてきた所で、今回の一曲をという展開だが…、
ハードロック系ばかりでは飽きるので、ソフトロック系のアーティストの曲から、しかも1989年という事で
Richard Marx の有名曲、" Right Here Waiting " (
コイツを、8000/8300系、そして阪急への一種のラヴレターがてらに行ってみたい!


この曲は、彼の2nd アルバム " Repeat Offender "(1989年)から最初のシングル" Satisfied " が全米#1となったのに続いて、2枚目のシングルとしてこれも全米#1(3週連続)を達成。カナダ、オーストラリア等でも#1、全英でも最高2位を記録する世界的ヒット曲である。しかも、それから25年、この曲のカヴァーは数え切れない程存在し、スタンダードにもなりそうな域である。
この曲は、彼が当時結婚したばかりの嫁はんにラヴレターとして捧げるべく書かれた曲なのは有名な話だが、どの様な曲かについては、
この曲のオフィシャルPVでも御覧頂きたい。

Oceans apart day after day and I slowly go insane
I hear your voice on the line, but it doesn’t stop the pain
If I see you next to never
How can we say forever

Whereever you go, whatever you do
I will be right here waiting for you
Whatever it takes or how heart breaks
I will be right here waiting for you

I took for granted all the times that I thought would last somehow
I hear the laughter, I taste the tears, but I can’t get near you now
Oh, can’t you see it baby
You’ve got me going crazy

Whereever you go, whatever you do
I will be right here waiting for you
Whatever it takes or how heart breaks
I will be right here waiting for you

I wonder how we can survive this romance
But in the end, if I’m with you I’ll take the chance

Oh, can’t you see it baby
You’ve got me going crazy

Whereever you go, whatever you do
I will be right here waiting for you
Whatever it takes or how heart breaks
I will be right here waiting for you

Waiting for you



そして、この黄金世代はまだ終わらない! Part 9 へと続く!

)Richard Marx は1963年イリノイ州生まれ、という事は…、蝶野正洋、工藤公康、川田利明、今井美樹、香西かおり等とタメww。
5歳から父の手伝いとして音楽に携わる。18歳でL.A. に移って、Lionel Richie に始り、Madonna、Luther Vandross 等のサポートを行う様になり、実績を積んで、1987年自分の名を冠したアルバムでデビューし、大ブレイクを果たす。
1989年に出した2枚目のアルバム " Repaet Offender " のセールスは全米だけでも500万枚を超え、全世界では1000万枚を軽く超えている。このアルバムからは#1が2曲、Top 5入りが1曲、Top 20入りも2曲、合計5曲のヒットシングルも産れている。今迄11枚のアルバムを出しているが、1990年代後半以降はソングライター等の裏方的な仕事をメインにするようになっている。




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Oct. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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