1010F、大雪に消されたラストダンス

2月の土休日には1000系1010F の固定時刻運行が行われるというので、当然、予定を立てて狙いに行った。
本来行くはずだった2月9日は、一発目の大雪orz、その翌々日=11日朝から車を飛ばしてあの定番ポイントに…。

幹線道路上は除雪も進み問題なく走れたのだが、脇道はまだ雪が結構残っていたorz。

そうはいっても、残雪と絡めて撮るという機会が出来たのは非常にラッキーな事であった。

ct1010feb14a


実は羽生に向うところから撮るつもりでいたのだが、国道125号が予想より混んでいて間に合わなかった。国道125号では予想できない様な混雑や渋滞が起きる事があるので始末が悪い。

絶好且つ有名な撮影地という事で、既に混み合い始めていたが、返しの三峰口行きだけは必ず押さえようとポジションを取った。 残雪がレフ版の役割をして、光を持ち上げてくれるかと期待したが、微妙に曇ってしまった為かどことなく冴えない。

1003F も他のスジで動いていないかと期待してはいたのだが、居合わせた方から、故障で動かない状態であるという情報を受け取ってしまった。


ctc7502@arak01

参考までに、7500系7502F 長瀞に春を告げる不動寺の火祭りH.M. 付き 関東平野部での降雪は冬の終りに多いのだが、まさか雪+火祭りというコラボで春を告げようなんて…ww。

午後の三峰口からの返しは熊谷行きだという事だったので、ひろせ野鳥の森駅付近に移動。 ここでも線路上には結構な残雪があり、ステンレスカーでもボーナスショットになるという事で、何本か撮って時間を過ごした。
そして件の熊谷行きも、そこで確実に撮ろうと駅の横の道の上でスタンバイ。

しかし、そこで予想外の事態が…、 1000系と直ぐに判るあのブタ鼻のヘッドライトは見えず、来たのは別の車両!ガ――ン!+orz 

大雪の影響で車両運用が変更になったのか?
何せ、三峰口の辺りでは熊谷の様な平野部とは状況が大きく異なっていたのかも知れない。 羽生経由で熊谷まで行って、ここであっさり引き下がるのは納得が行かず、ひろせ野鳥の森駅の真横まで移動して、もう一つ後のスジまで待つ事に賭けてみた。 そしてその結果は…


ct1010feb14b


諦めずに粘った甲斐もあって、今度こそ、キタ――ッ!
何とか目標は達成し、無事帰京した小生だが、帰京の途中で既に、2月23日のラストランも撮りに行けないかと考え始めた。

2月23日というと、その日は秩父ウィスキー祭りが秩父神社内の秩父会館で予定されていた。 小生は強欲にも、如何したら掛持ち出来るか色々とプランを練っていた。熊谷辺りで前泊する事まで考えていたのであった。

ところが、2月14日にあの大雪が関東を襲い、全てを打ち砕いた
秩父鉄道は数日間全線運休という事態に陥り、その後も一部区間運休や間引きダイヤを余儀なくされた。 その中で、23日に予定されていた1010F ラストランは早々と中止になってしまい、最後の雄姿を拝む事は叶わず、この11日午後のショットがラストショットになってしまった。
20日頃に西武秩父線が復旧し、失意の中、秩父ウィスキー祭りに向かったのであった。 そこで、入場者が当初の想定を大幅に超えた事もあって、楽しむ事も儘ならない程の混雑に見舞われた。

その上、 DQN に随分酷い仕打ちを受ける等、あまり思い出したくない一日になった。
てなわけで、小生は結局、ダブルパンチを喰らった格好になってしまった sh*t !


sbchi


因みに、これが秩父ウィスキー祭りに行くために寄った際の西武秩父駅周辺の様子、2月23日昼頃の事。 秩父市内ですら「雪の壁」が散見されたのである。
三峰山付近では3mを超える積雪となった様で、実際に23日の時点でも西武秩父線・芦ヶ久保辺りでは電車が半分雪に埋まる様な感じだった。

それでも、羽生~寄居間位に規模を縮小してでもラストランを行う事は出来なかったか?
この時、オリンピックをやっていたソチでは雪不足で、遠く離れた秩父でこのザマwww


さて、このシリーズ恒例ww今回の一曲は…、
STYX は1983年のヒットナンバー、" Don't Let It End " (
11枚目のアルバム" Kilroy Was Here " から、あの有名曲" Mr. Roboto " 後続のシングルとして彼らの代表的なヒットの一つとなった。


如何いう曲かについては、この動かない動画、若しくはこの古いライブ映像でも御覧頂きたい。 

What can I do ?  Pictures of you still make me cry
Trying to live without your love, it’s so hard to do
Some nights I’ll wake up
I’ll look at your pillow hoping that I’ll see you there

But I get up each day, not much to say  I’ve no where to go
Loneliness fills me up inside ‘cause I’m missing you
So if you’ll give us a chance to remember the love we had once together
Wait and see, time is all that we really need
I’m praying you won’t say no, I mean to tell you

Don’t let it end  Baby, we could have so much more
Don’t let it end  Honey, please don’t walk out that door

I’m telling you baby, I made my mistakes
But I’ll make you this promise to do what it takes
I’ll be there to protect you and hold you tight
You’ve got my loving baby, every single night

Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way
Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way

Don’t let it end  Baby, we could have so much more
Don’t let it end  Honey, please don’t walk out that door
Don’t let it end, I’m begging you
Don’t let it end this way
Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way No, no, no…  

No, no, no…
What will I do ?  If you say we’re throughI need you to stay, honey
Don’t let it end this way…


DeYoung のソロのライブ映像もある!


11日の撮影の際、駅の西側から広瀬河原の車庫を覗くと1003F が留置されているのが見えて、先述の情報が正しかったと確認してしまった。
月末の時点でも、最後の砦となった1003F は故障中で、再び走れるか分らない状況だったので、1000系自体がこのまま終わってしまうかとすら思われたが、Don't let it end this way、復帰をひたすら祈りながら3月を待ったのであった。


そして、いよいよ運命の春が来る!この続きは、Part 8 で!

)Chuck とJohn のPanozzo 兄弟とその友人Dennis DeYoung を中心にシカゴ近郊で結成され、1972年にデビュー。75年にTommy Shaw が加入、5枚目のアルバム" Equinox " がヒット、その後80年代初頭までの大活躍は有名。

80年代中期からバンドは休止したが、1990年に復活。以降も休止と再開を繰り返す様になるが、1999年にDennis DeYoung が脱退。現在残るオリジナルメンバーはJames Young のみ。




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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