画像は全て2009年3月に平山城址公園駅付近で撮影。陽の長い時期の午後遅い時間帯では下り列車に対して順光。カーブの外側を撮る形になるので編成写真は撮れない。
もっとも、朝方の上り列車を狙うというのも季節によっては可能な筈である。

京王6000系 といえば、同社初の20m車でフラッグシップ的な存在になり、その都会的とも評され当時としては洗練されたスタイリングで京王のイメージを一新したとも言える。
小生も子供の頃は 京王といえば6000系 が思い浮かんだものである。


ko6774@hyjk01

準特急運用に就いていた元5ドア車=通称20番台、5連2本を合併しての10連。実はラッシュ対策用に1991年に製造されたのだが、5ドアは不評で半ば強引に4ドア化している(2000年施工)ので、ドアと窓の配置が変則的でややこしかった。この編成は2009年秋に廃車。


ko6764@hyjk01

こちらは1980年製造で、生粋の4ドア車で8連の 6014F 。この地上専用8連も2010年夏までに全廃になった。地下鉄乗入れ用の 6030番台 は2009年夏に全廃。 最後に残ったのは不評だった5ドアの 6022F で、動物園線用だった。それも遂に2011年3月、静かに最期を迎えた。時代を築いた功労車としては淋しい最期だったと思われる。
京王が全車VVVF 化及びバリアフリー化を打ち出した事がこの車の最期を早めたのは間違いないであろう。 関東の私鉄車両のライフサイクルは関西に比べて全般的に短い、言い方を変えれば新型車導入のペースが速い。
関西の私鉄であれば、車齢40年どころか50年なんていう車も平気で走っている。関西のファンからしたらこの 6000系 が既に全廃なんて考えられないであろう。



京王電鉄・6000系
1972年にデビューし、京王の顔として人気を博した。スタイリングもさることながら、2連・3連・5連・8連・10連が存在して多彩な編成パターンを見せてくれた。初期車のみ抵抗制御であったが、2次車以降は界磁チョッパで登場。
製造時期は主に1972~1981年であるが、1990・91年にも再度の増備が行われ、全体で304両が製造された。製造は初期車のごく一部以外は日本車輛及び東急車輛(現・総合車両製作所)。現在、3連・2本が事業用車デワ600形として走っている。


ko7774@hyjk01


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参考までに、同じ場所で 7000系・8000系 を撮るとこうなる。



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2012)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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追記 この撮影は2009年3月だったが、その後何時の事かは判らないが、180cm以上のフェンスが張られてしまっていて、撮影は現在実質上かなり困難という事が判明した。(工夫次第では可能とも考えられる)