小生は現在、Marilyn Monroe(享年36)、John Lennon(享年40)、Elvis Presley(享年42)、John F. Kennedy(享年46)、ジャンボ鶴田(享年49)といった人達の死亡時の年齢は超えてしまっている。近い将来は石原裕次郎・美空ひばりの死亡時年齢も超えてしまう。
日本国有鉄道(Jun. 1st, 1949~Mar. 31st, 1987)=享年37歳9ヶ月。JR は現在32歳4ヶ月で国鉄解体時の年齢を超えてしまう時は遠くない。


国鉄発足~分割民営化~JR 以降の合わせて70年になるストーリーも漸くフィニッシュ。今回は総括みたいな話になる。
国鉄改革=分割民営化と思っている御仁が大半であろうが、実を言うとそれは違うと考えるべきである。国鉄改革は膨大な債務を抱えて、労使関係も悪化してその解決の糸口が見えないといった病を治して少しでも健全な方向に持って行く事が本来のイシューであった筈である。換言すれば財政、労使関係、サービス向上と利用率回復という3つのポイントをどうするかが国鉄改革だったのである。
ところが、鈴木善幸政権下で第二次臨時行政調査会(国鉄問題は第四部会)と自民党国鉄再建小委員会が発足すると、「国鉄国賊論」「国鉄解体すべし」という論調が中心的な委員達から先手を打っての情報操作の様に続々と出された。その後分割解体を推し進めた中曽根政権と土光敏夫をメディアは非常に持ち上げて、分割民営化について疑念を持つ余地はない様な報道すらしていた様な記憶が小生にもある。
そういう中で論理がすり替えられて、貨物も含めて7社への分割という所まで「論理が飛躍」しまったとしか考えようがない。


115t1091@tksk01
在りし日の115系高崎車T1091編成 2008年7月・高崎駅にて

国鉄崩壊から丁度30年となる2017年2月の国会答弁だったが、そこで麻生太郎も分割民営化が事実上失敗だったと認めたとしか思えない様な答弁をしている。その中にあったのは「黒字になるのは本州3社で他は成り立たない、鉄道関係者なら例外なく思っていた、分割は反対でみんな突っ込みでやるべきだ」というのである。そして「分割民営化は国鉄という商売の分っていない方で、学校秀才が考えるとこういう事になるという典型」というのもあった。
(因みに麻生氏の地盤は福岡8区=直方・飯塚を中心とした地域で、国鉄末期の路線廃止が多かった。)



k486502@iss01n
2015年12月に伊勢からミャンマーに渡ったキハ48-6502 2013年4月・伊勢市駅

国鉄を6つのエリアに切り刻んだのか、特に東海というものが作られた事には未だに合理性が見いだせない。中日本ではなく東海というのが未だに解せない。その割り振りは国内の移動需要を分析した結果だと言うかも知れないが、東海道・山陽新幹線は一体なので西に渡す、それ以外は東海北陸以西と以東で東西という形で切ってしまえば良かった筈である。「東海道新幹線を西に渡したくなかった勢力が存在していて、東海を無理やり独立させたのではないか?」又は「松田・葛西・井手のトリオにポストを割り振る為だったのでは?」等と推測する人達もいる、経営資源のほぼ全てを新幹線一路線に依存する東海旅客鉄道なんて抑々非常に歪んだ存在であるとも言えるのではないか。

更には地域会社毎の収益格差が大きくなるのは最初から分かっていて、それは防ぎようがない事も自明の理だった。人口も産業も首都圏・中京・京阪神の寡占状態であるからであり、これと同様の「寡占状態」とそこから生ずる大都市圏と地方の格差は他国でもよくあるケースでもある。
そういう中でもJR北海道の惨状は、発足当初から見え見えだったとはいえ目を覆いたくなる様なものである。
歴代の社長7名から既に2名の自殺者(坂本眞一・中島尚俊)が出ている。企業としての事業の存続が出来なくなるのは必至で、鉄道という公共サービスどころではない。自力での鉄道維持が困難な線区が営業キロの約50%。こんな状況では展望なんて喪失していて経営陣も匙を投げざるを得ず、限界集落ならぬ限界企業と呼べる所すら飛び越してしまっている。


民営化自体は間違いではなかった、前にも述べた様にもうそれしかなかった。間違ったのは分割の方である。国労を分断解体し総評の解体まで狙ったというその事が国鉄改革という母屋を乗っ取ったとしか言い様がない。こうして分割という本来ではない着地点に行ってしまったのである。
全土を管轄する日本旅客貨物鉄道として民営化をスタートして、その後東西と貨物という形にでも分割すれば(つまりNTT と似た様な方法)もっとマシな展開で現在に至ったかも知れない。こうしておけば、後に「JR ホールディングス」みたいなものを作って、その下に各社をぶら下げるという形だって採れたかも知れない。


国鉄解体で7000人近い人間が離職に追い込まれた。5000人弱が清算事業団に送り込まれて、その中で約1000人が国労闘争団になり結局全員事実上の犬死にみたいな形に終わった。これについて「国鉄からJR に変わって成功したんだから、それに比べたらそんなの大した問題じゃない」なんていうヤツがいたらそいつは頭が岡C

余談だが、ウィスキーファンにとって神戸の聖地であるBar Main Malt (バー・メイン・モルト)のオーナーである後藤氏、実は国鉄機関士という前歴を持つ。年齢からして恐らく国鉄最後の採用組だった可能性が高い。同氏は分割民営化時に離職してその後にあの名店を開く事になったのである。

113l17@kyt01
113系京都車L17編成(現在は抹茶色) 2010年11月・京都駅

2016年頃からJR 各社の株式持ち合い関係が始められたものの、各社の連携があまり上手く行っていない状況には変わりがない。乗車券特急券のインターネット販売でも各社の連携が出来ていない状況だったり、会社を跨ると不便という状況はずっと続いている。各社が抱える事情や方針が大きく異なってしまっているから連携が上手く行かず不便でややこしい部分が出来てしまうのは仕方がないと納得するのは一部の鉄道ファンだけかも知れない。東海道本線のダイヤが狂った時に、JR 東海がそこに入ろうとする貨物列車を悉くブロックして運休にさせたところ、TOYOTA が部品の供給が滞るとして抗議したという一件もあった。

1987年の民営化に際して、その前の数年間で80路線程度のローカル線を廃止した事もあって地方を中心に民営化への不安も根強かったのも事実であった。(当時10代だった小生もそんな話を耳目にした記憶がある)
そこで当時の政府が国民に新聞広告を通じて以下の様な約束をしたのであった。
~民営分割 ご期待ください~
「全国画一からローカル優先のサービスに徹します。」「明るく、親切な窓口に変身します。」「楽しい旅行を次々と企画します。」
~民営分割 ご安心ください~
「会社間をまたがっても乗り換えもなく不便になりません。」「運賃も高くなりません。」「ブルートレインなどの長距離列車もなくなりません。」「ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません。」
この文言を見て如何思われるだろうか?、この約束を果たそうとしている様には思えないどころかドンドン逆の方向に行っている様にしか見えない。それもその筈、元々出来ない約束若しくは守る気なんてさらさらないものだったのだから。1987年当時、一寸はそのつもりだったかも知れないが、この様に言われても反論出来やしないのは明らか。
E653系K70編成が国鉄特急色を身に纏った時は、JR 各社も国鉄70周年記念のイベントや記念グッズのリリース等を展開して行くのかと期待もされたが、現在その気配すらない。
国鉄を経験した世代は一部の上役達以外では超少数派になってしまっているという事情もあるだろうが、JR は法的には国鉄を継承する存在ではない=国鉄は祖先には当たらないというスタンスを持ち出してこの節目をスルーするのだろうか?
それこそ32年前の国民との約束を悉くスルーして反故にして来た様に。




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