この企画、越年させるつもりは無かったが、パソコン死亡とか色々あって思う様には行かないものである。

ヨンサントウ改正は戦後鉄道史の中の一大イベントだったという事に異論は差し挟めないであろう。これに合わせる様にデビューしたのは EF66 以外にも、EF81 485系 583系 というまさにそれぞれのジャンルに於ける決定版といえる車達で、それぞれが長年に渡りウルトラ級の大スターであり続けたのである。

このカルテットと同い年に当る御仁達を挙げて行くと…
羽田美智子、森口博子、松下由樹、紫吹淳、菊池桃子、荻野目洋子、鈴木京香、いしのようこ、和央ようか、杉本彩、大塚寧々、河合美智子、井森美幸、生稲晃子、長嶋三奈、重太みゆき、勝間和代、小野文恵、高嶋ちさ子、Chara、
城之内早苗、濱田マリ

つんく♂、木山裕策、内野聖陽、渡部篤郎、佐々木蔵之介、岡田圭右、葉加瀬太郎、名倉潤、月亭方正

スポーツ界に目を遣ると、野球界からは桑田真澄、野茂英雄、山崎武司、金本知憲、矢野燿大、長谷川滋利、杉浦正則、緒方耕一、緒方孝市、飯田哲也
その他スポーツ界では琴錦功宗(朝日山親方)、北沢豪、原田雅彦、深堀圭一郎、伊澤利光、永田裕志、ブル中野、尾崎魔弓、ミスター雁之助、ハヤブサ、邪道、鈴木みのる、薬師寺保栄、小川直也、長崎宏子


海外のスター達から挙げると、Celine Dion(セリーヌ・ディオン)、Kylie Minogue (カイリー・ミノーグ)、Lisa Loeb(リサ・ローブ)、Naomi Watts(ナオミ・ワッツ)、Will Smith(ウィル・スミス)、Mark Anthony(マーク・アンソニー)、
スポーツ界、特に MLB では90年代~2000年代のスタープレイヤーが目立つ(当然だが)。
Frank Thomas(フランク・トーマス)、Mike Piazza(マイク・ピアッツァ)、Sammy Sosa(サミー・ソーサ)、Jeffery Kent(ジェフリー・ケント)、Gary Sheffield(ゲイリー・シェフィールド)、Jeffery Bagwell(ジェフリー・バグウェル)、Roberto Alomar(ロベルト・アロマー)、Mike Mussina(マイク・ムシーナ)、
その他のスポーツでは、Paolo Maldini(パオロ・マルディーニ=サッカー)、Mika Hakkinen(ミカ・ハキネン=F1)、Colin McRae(コリン・マクレー=ラリー)、Michael Stich(ミヒャエル・シュティッヒ=テニス)、Kurt Angle(カート・アングル=プロレス)
極め付き?は、Felipe VI=現・スペイン国王フェリペ6世

余談かも知れないが、ゼロロク世代には小生の知っているバーテンダーさんにも結構いる訳でバーテンダー界でも一寸した Golden Generation だったりもするのか?

ただ、この世代を見てゆくと実は飛び抜けたスターが少なく、全般的にやや小物感が否めない所がある。その中ではやはり横綱に EF66 、大関には 485系 583系 EF81が列せられるのは間違いなく、C. ディオンやW. スミス、S. ソーサ、K. アングルで関脇・小結という感じだろうか?

「同期デビュー」という視点に変えて見ると、
Deep Purple(ディープパープル)King Crimson(キングクリムゾン)、Yes(イエス)、ジュンとネネ、池乃めだか、大谷直子、和田アキ子、丘みつ子、水木一郎
プロ野球では高田繁、関本四十四、川藤幸三、松岡弘、村田兆治、小川亨

更に他では出前一丁、ボンカレー、霞が関ビルディング、道路交通法違反点数制、日商岩井、ソニー・トリニトロン、トヨタコロナマークⅡ(現・マークX)、日産ローレル、いすゞ117クーペ、タカラ人生ゲーム、少年ジャンプ、ゴルゴ13、ゲゲゲの鬼太郎(アニメ)、郵便番号、文化庁、全仏オープン(オープン化がこの年)、キイハンター、巨人の星、お昼のワイドショー、3時のあなた、夜のヒットスタジオ、オールナイトニッポン

こんな辺りが挙げられる。


そんな事は兎も角、ここでは東北本線でも活躍していた頃の ゼロロク様 の絵を紹介して行きたい。
午前10時半頃にワシクリを通過する3096レ(当時)に充当されていた(黒磯以南)
この時代には 0番台 も廃車が進んでいたので、運用の大部分はサメちゃんだったのは言うまでも無かったが、運が良ければ ゼロロク閣下 にも出会えたのである。


6626@krky01

いつだったかは判らないが、ワシクリで ゼロロク 初撮影となったのは 26号機
でもこれは本当は失敗例と考えるべき。引き付け気味に撮ろうとして架線柱の処理を誤った典型例。本来ならもっと奥に追いやるべきだったのだろう。この時は久し振りのワシクリだったが、その当時多用していた撮り方と違う撮り方に挑戦したらこんな失敗。
この失敗で引き付けて撮るのが怖くなってしまった小生、以下の構図(従前の形)で撮る様に戻ってしまった。


6633@krky01

裏被り食らった 33号機 、相手はEF210 のコンテナ列車。何故かこういうケースが多かった。
以上 2点は K-5 Ⅱ時代の作例。これ以下は K-3 (2015年1月購入)へとバトンタッチ。




ここで EF66 御登場の1968年はどんな年だったかを振り返ってみると、それは「激動の時」という言葉で表現される事も多い。
先ず、この国は東京五輪(Ⅰ)から4年後で翌々年には大阪万博(Ⅰ)を控えていた高度成長の時代だった。この機関車は高度成長の末にGNP 世界第2位となり先進国の仲間入りを目前にした時代の申し子の様にして誕生したとも、高度成長の歩みが必然的に産み出した怪物とも呼べるのである。


安保闘争はクライマックスに近い状態で全共闘その他の過激派が暴れていて、ヴェトナム反戦運動もピークに達し、東大闘争も始まった。10月には新宿騒乱=新宿解放区なんていう事件まで起きた。三里塚闘争を始めとした成田闘争も最高潮に近い状態で、第1次~第3次成田デモ事件等々が起きている。
他では横須賀線電車爆破事件、金嬉老事件、日大闘争の引き金になった20億円使途不明金事件、3億円事件もこの年の事件。
公害問題もクライマックスとなり、水俣病が公害病認定を受け、カネミ油症事件が起こったのもこの年であった。


年明け早々にプラハ(当時はチェコスロヴァキアだった)の春が起きて、続いてヴェトナム戦争では所謂「テト攻勢」も始まったが、これを対抗する様にフォンニィ・フォンニャットの虐殺、ハミの虐殺(この 2つをやらかしたのはバ完酷)、更に米軍によりソンミ虐殺事件も起こった。
春になるとワルシャワで「 3月事件」が勃発。アメリカでもキング牧師(Martin Luther King)が 4月に暗殺されると人種暴動勃発の引鉄が引かれた。6月には RFK ことRobert F. Kennedy (JFK の実弟)暗殺事件も起きている。
フランスでも所謂「 5月革命」が3月~7月にかけて起きたが、5月の大規模ゼネストがそのピークであった。
8月にはプラハの春に対抗してワルシャワ条約機構軍がチェコスロヴァキアに侵攻するチェコ事件が発生。10月にはメキシコでも五輪の10日前に民主化要求デモが起こり、これに対し警官隊が発砲し数百人の死者が出た。



現代史の話はここまでにして閑話休題という訳で…

6633@krky02

K-3 での ゼロロク様 初撮影は2015年2月上旬で 33号機 だったが、又も裏被りを食らってしまう=[ 悲報 ]

なんでこんな構図で撮っていたのかという理由だが、その一つとしてこの場所では線路の脇に道路があるのだが、線路から離れてしまうとそこを車や歩行者が入ってしまうと完全にアウトなので、そのリスクを避けるという事もあった。踏切の手前なので微妙な所に障害物が出来てしまったりで当時の小生はこういう撮り方しか考えなくなってしまった。(猛省)


6621@krky01

こちらは 21号機 =2次形最初のカマ
裏被りがなく撮れたのは良いが、途中で空コキが連続して非常に間抜けな感じになってしまった。これは臨貨なのか代走なのか今となっては解らないが、前出の #33 と同日撮影であった。一度に2回も 0番台 のシャッターチャンスが訪れるなんて夢の様な日もあったのだ。



6624@krky01

ダブル撮影の約一週間後、裏被りなしでほぼフルコンで #24 も捉えられた。
2015年2月は 0番台様 に逢える機会が比較的多かった様に思うが、嗚呼、帰れるならこの時に帰りたい。


6626@krky02

2015年10月中旬、 26号機 は2回目だった。
また少しアングルを変えてと思って撮ってみたが、今一つな形に
架線柱が中央付近に来てしまったのは悔いが残る。今の小生ならこういう構図はない90~100mm相当でもう少しだけサイド気味に引き付けて撮る。


6630@sam01

年は変わって2016年1月、黒小屋ばかりだとマンネリ過ぎるので佐間のストレートで撮る事にしたが、それが結果的にしくじりだった。
その日3096レでやって来るのは 30号機 、歩道橋からの俯瞰アングルでとも思ったが、線路の脇道に歩行者等が入り込むと完全にアウトなので、それを避けようと地上に降りて撮影した。そうしたらこんな絵に。(黒小屋に撮影地変更するにも既に他の撮影者で埋まっている危険性があったので佐間で我慢)


この時期は、その少し前に都内で起きた架線柱倒壊事故を受けてか、急に架線柱の架け替えを行う事にしたのか?、従前の物に加えてコンクリートのゴツい架線柱が増やされていたのである。聞いた所では、前年末から急に増殖したらしかった。増やされた奴のせいで、画面全体が串刺しという惨劇になってしまった。俯瞰撮影ならリスクはあってもここまでの惨劇は起こらなかっただろう。(パン抜きは至難中の至難になっただろうが)

その後3月からは東北本線は EH500 独壇場になってしまった事もあって、結局これがワシクリ、そして東北本線での ゼロロク様 ラストショットになってしまった。



小生が EF66-0 番台を捉えられた回数は、実を言うと屁みたいな数でしかない。
何でもかんでも片っ端から追い駆けられる訳ではないが、以前からもっと情報にアンテナを張りゼロロク様を優先して真剣に追い掛けていれば、結果は全然違っていただろう。消え行こうとしているこの 偉大なる領導機様 とのシャッターチャンスを慈しみたかった。そしてこれからも、残った1機 とまだ巡り会えるチャンスがあると信じて、諦めずに待って逃さない様にしたい。。

てなわけで、今回の一曲として、Dionne Warwick (ディオンヌ・ワーウィック)の " Never Gonna Let You Go " をこの偉大なる車両に捧げたい。註1彼女は故・Whitney Houston (ホイットニー・ヒューストン)の従姉としても知られる。この曲は実を言うと Sergio Mendes (セルジオ・メンデス)の曲としての方が有名だが註2、実質的オリジナルは彼女の方。
この曲は元々Earth, Wind and Fire のために書かれたが、それがレコーディングにも至らずで、D. ワーウィックが1982年のアルバム " Friends In Love " に収録したのが最初となった。
翌年、アルバム制作の為にバラード曲を探していたメンデスがこの曲に注目し、カヴァーしたのがシングルとしてもリリースされて全米(Billboard Top 100)でもTop 5 入りするヒット曲になり、以降は大変有名な曲となった。


D. ワーウィックのオリジナルの方は こちらのYouTube を参照いただきたい、
S. メンデスのカヴァーのライブヴァージョンもリンクさせておく事とする。(メンデス氏は殆ど映っていないが…)


両者で曲の構成と歌詞が若干異なるが、掲載の lyrics は D. ワーウィックのヴァージョンの方である。

I was as wrong as I could be to let you get away from me
I’ll regret that move for as long as I’m living
And now that I’ve come to see the light, all that I wanna do is make things right
So just say the word and tell me that I’m forgiven


You and me, we’re gonna be better than we were before
I loved you then but now I intend to open up and love you even more, this time you can be sure


Never gonna let you go, I’m gonna hold you in my arms forever
Gonna try and make up for the times I hurt you so
Gonna hold your body close to mine, from this day on, we’re gonna be together
Oh, I swear this time, I’m never gonna let you go


Looknig back now, it seems so clear, I had it all when you were here
Oh. you gave it all and I took it for granted
And if there’s some feeling left in you, a flicker of love that still shines through
Let’s talk it out, Let’s talk about second chances


When you see it’s gonna be sweeter than it was before
I gave something but now I intend to dedicate myself to giving more, this time you can be sure


Never gonna let you go, I’m gonna hold you in my arms forever
Gonna try and make up for the times I hurt you so
Gonna hold your body close to mine, from this day on, we’re gonna be together
Oh, I swear this time, I’m never gonna let you go


Let me hold you to my heart, let me say that you’re a part of me
And you always will be, I’ve come to see there’s no one else but you
So, won’t you say you want me too


Never gonna let you go, I’m gonna hold you in my arms forever
Gonna try and make up for the times I hurt you so
Gonna hold your body close to mine, from this day on, we’re gonna be together
Oh, I swear this time, I’m never gonna let you go


Never gonna let you go, I’m gonna hold you in my arms forever
Gonna try and make up for the times I hurt you so
Gonna hold your body close to mine, from this day on, we’re gonna be together
Oh, I swear this time, I’m never gonna let you go...  ( repeat and fade out )


その 唯一残った0番台 はまだ出て来てないが、それはどうしたかって?
その辺の事も含めてPart 3 へと続く!




註1)Dionne Warwick は1940年12月New Jersey 州生まれで、本名はMarie Dionne Warrick。大学時代に音楽を専攻し、音楽プロデューサーの Burt Bacharach と出会う。大学卒業後の1963年にデビュー、翌年 " Walk On By " というヒット曲を放つとその後は70年代後半の不振を除いての活躍は夙に有名。
註2)Sergio Mendes は1941年2月・ブラジル生まれのブラジル人。幼少期はクラシックを学んでいたが、その後はボサノヴァ・ジャズを手掛ける様になる。80年代に入るとadult contemporary にも進出。その際のヒット曲が " Never Gonna Let You Go "




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