2017年も中盤に差し掛かり、GW 大型連休となったが小生は一般大衆とは違い遠出なんぞはせず、神奈川駅至近の踏切へ2回足を運んだ。

~嗚呼、2000形だけが、2000形だけがほ C~
この時点で小生にとっては京急を狙う事はこの形式を狙う事とほぼ一緒になっていて、他の形式はその序というか外道に過ぎないと言う位の割り切りも出来ていたのである。通常夏場なら久里浜線の野比界隈にでもという感じになるのだが、当然そこでは全く意味がないという訳だった。


kq2011@kang31

大本命の2011編成
この時の空色もそこそこ綺麗。実はこの編成、元々が試作編成という事もあって2013年には廃車される筈だったが、何と1500形1701編成に命を救われる形となったという皮肉なエピソードがある。

kq2051@kang32

2051編成
時間が遅くなるとサイドが綺麗に出しやすくはなるのだが、線路と狭い路地一本挟んで住宅が密集しているので、その影が容赦なく線路上に襲い掛かってくるのは厄介。


kq2061@kang31


kq2061@kang32

2061編成の画像が 2点、それぞれ日時が違う、更にアングルも少しだけ違う。序に言えば空の色も違う。大都市圏の市街地では理想的な空色で撮れる確率も低い。
影の落ちる位置も時間経過と共に変る。それもあって少しずつアングルは調整するのだが、それをしたところで余り撮り易くはならない。


ここで、「外道」の絵も2枚貼っておく

kq823@kang01

半年振りの再会となった823編成、このときはPASMO 10周年のヘッドマーク付だった
40周年を迎えた今、既に14編成が廃車され残り8編成となった800形の余命も長くはないだろう、1600番台車が川重でドンドン上がって来る模様で800形の駆逐のスピードは緩まない。


kq2101@kang01

こちらも同じくPASMO 10周年記念仕様の2101編成、同形式10編成の中でも何故か出くわす確率が非常に高い。こちらも今年で20周年だが、30周年はこのままの姿で迎えられるのか?
2100形2000形の教訓を踏まえて3ドア改造を前提に作られたという都市伝説があるので注意が必要だ。




去年の関東は夏場の天候が不順だった。撮影に行ける機会自体も少なかった事もあって、時は9月まで飛んでしまう。この年は7月に2度の台風直撃があり(3・5号)、中でも3号は九州北部豪雨の引鉄を引いた。そして9月になると台風18号が中旬の3連休を直撃し、イベントの中止などが相次いだ生憎の3連休になってしまったが、連休最終日になって台風一過の晴天(Wow!)という事で鶴見川の鉄橋の午後アングル。
鶴見川は都市河川であり河原が狭い上に、堤防が低いので線路に近い高さに立てる土手がないからアングルには大変不自由してしまう。


kq2011@tsmg31

羽田に向う2011編成エア急
ここの午後アングルは大きく見上げる様に撮らざるを得ないので、下りを撮るのには余り向かない気がする。上りの後追いの方ならまだエエ感じで撮れるやろか。この日は湿度も低めで過ごし易い日になったが、9月でここまで綺麗に青空が出るのも珍しいか?


kq2061@tsmg31

2061編成の羽田空港行き
色々とアングルを調整しながら撮っていたのだが、要求される条件を全てクリアするのは難しい。この区間は列車がかなりのスピードで飛ばしてくるので、このアングルだと ss=1 / 1250 sec 稼げると取敢えず安心か。


kq2061@tsmg32

同じ編成の羽田からの返し
御覧の通り下り列車はその床下がかなり隠れてしまうから、ここは上りの後追いが最適解になるのである。


これだけでは淋しいので、ここもまた外道の奴から2点程

kq2109@tsmg01

2109編成快特
2000形とはパンタの位置が違うので、パンタはそれなりに抜き易かった


kq2133@tsmg01

2133編成=Blue Sky Train がやって来て、まさにブルースカイブルーや!ワ~オッ!
こりゃ空の色に擬態してもうてるわ
この編成も車体更新と共に Blue Sky を拝命して3年が経つが、606編成共々出くわす事がなかなかない。

奇しくもこの2編成は「トレビジョン」無線LAN 映像配信実験車だった(2004年頃~2009年3月)が、本格採用に至らず終了した。




2000形京急の西城秀樹だった?~

2000形が京急で一番かっけぇという人は意外と多かったと思われる。あのデザインはそれ以前のものとも違う、京急ではこの車両オンリーであり、現・600形以降の変にのっぺりと丸っこい感じの「バルーンフェイス」とも呼ばれる今の京急顔より、メリハリがある分質感や存在感があってカッコイイのは小生も同感。そこは痩せても枯れても元・快特専用車であり京急唯一のブルーリボン賞獲得車である。
この車両は京浜急行の西城秀樹だったに違いない。小生の世代だと西城氏はカッコイイ男の代名詞の一人みたいな所があった。奇しくも時を同じくして終焉を迎えてしまった西城氏・京急2000形も今になって再評価される存在という共通点を見出す事も出来ない訳ではない。
「嗚呼、2000形だけが、2000形だけがほ C」「ブルースカイブルー」というのもこのフリという事で、1982年に西城氏が放ったヒットナンバー「南十字星」をこの車両に捧げたい。この時代は言うまでも無く同氏の黄金期だった。
因みに「稲川淳二式西城秀樹」が登場したのはこの直ぐ後位だったかと記憶している。(


この時代、「球界の西城秀樹」とも呼ぶべき選手が 2人いた。その 2名とは簑田浩二氏(阪急=当時)と真弓明信氏(阪神)であるが、1983年に簑田氏はトリプルスリーを達成し、真弓氏は首位打者を獲得しその後最強のリードオフマンの名を欲しい侭にしている。(


尚、曲をお聴きになりたい方は・・・こちらでも如何だろうか


若し貴女が此処にいたら夕陽の色も違うだろう 季節外れの潮騒聴いて 思い知らされた帰らぬ愛
remember 南十字星、この岬で接吻たら remember 永遠の愛が叶うと信じたあの日
嗚呼、貴女だけが貴女だけが欲しい、この胸にこの腕の中に
嗚呼、貴女だけが貴女だけが欲しい、恋人よ、この腕の中に

熱い目をした貴方の全て、髪の香りも忘れないさ 貴女を抱いて見詰めた窓を染めた朝焼けは眩しかった
remember 南十字星、譬え時が引き裂いても remember 限り無い愛で貴女を包んでいたい
嗚呼、あの日のまま、あの日のままの夢、もう一度この腕の中に
嗚呼、あの日のまま、あの日のままの夢、恋人よ、この腕の中に

嗚呼、貴女だけが貴女だけが欲しい、この胸にこの腕の中に
嗚呼、貴女だけが貴女だけが欲しい、恋人よ、この腕の中に



kq2061@sng21

2000形快特2061編成=2016年2月中旬、品川のあの踏切にて撮影
快特として品川駅に入って行く場面をみて驚いた、その暫く後に快特三崎口と表示を出してやって来たこの瞬間はガチでサブイボ(鳥肌)立った
今も快特で走っていたならここの景色も違うだろう、あの日のままの夢はこれ以降叶わずに終わってしまった。


このネタもいよいよラストスパート、次回は最終回=Part 7



)簑田浩二氏は大竹高校~三菱三原を経て阪急巨人で1976~90年の15シーズン活躍。引退後は巨人軍のコーチや解説者を経て、現在は都内でゴルフのレッスンプロ兼野球評論家として活動している。広瀬叔功氏(南海)は高校の先輩に当る。

真弓明信氏は太平洋クラブクラウンライター)でプロ生活をスタート、78年シーズン後のライオンズ所沢移転の際にトレードで阪神に移籍してその後ブレイク。
現役時代から数々のぐう聖伝説を残し、今や「聖人」と呼ばれ崇められている。阪神の監督としては無能と言われたが、打撃コーチとしては有能だった模様。



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