1997年、国内スポーツの世界を振り返ってみると、J リーグは元旦の天皇杯こそヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ1969、これが川崎時代の最後のタイトル)が制したが、時代は既に鹿島磐田の2枚看板時代に突入。
そんな中、11月16日には所謂「ジョホールバルの歓喜」により日本代表がワールドカップ初出場を決めた。


国内のゴルフでは男子の賞金王は尾崎将司、女子は福島晃子(どっちも懐かしい名前である)

プロレス界では何と言っても蝶野正洋氏率いる nWo JAPAN が一大ブームとなり、( nWo =New World Order、訳すと新世界秩序)プロレス大賞MVP も当然の様に受賞。ただし、G1 Climax は佐々木健介氏が優勝。
蝶野氏・佐々木氏のみならず、武藤敬司、橋本真也、三沢光晴、川田利明、田上明、馳浩、小橋健太、鈴木みのる、船木誠勝、高田延彦(敬称略)という1960年代生れの錚々たる御仁達が全盛期だった。
プラム麻里子 嬢が試合中の事故で死亡した(JWP)のもこの年だった。

角界に眼を向けると、この時は旧・双子山部屋の全盛期。若乃花(花田虎上)と貴乃花で4回の優勝、貴ノ浪も九州場所を制した。(残りの1場所は曙が優勝)
ただ、貴乃花自身は故障がちになってこの年から下降線に入ってしまう。

てなわけで、このPart 3 に於けるターゲットはこれ!



kh805@khysn01
(京阪山科を発車した第3編成 2010年11月=この記事の画像は全て同日撮影)

京阪電鉄800系

1997年10月の京都市営地下鉄東西線開業とそれに伴う京阪京津線からの乗り入れの為に4連8本の合計32両が作られた。車幅は何と2380mmと狭小で1両の長さも16.5mと南海のズームカーより短い。それでも従前の80形等に比べれば長くはなっている。
ただ、その最大の特徴は何と言っても高価である事
「劇場路線」とすら呼ばれる京津線、併用軌道・山岳路線・地下鉄と3つの大きく特性の異なる路線が「 3 in one 」になっている所を直通するという前代未聞の仕事を課せられた車両がこの800系(Ⅱ)なのである。



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(京阪山科発車直後の第6編成)

稼ぎの悪い金食い虫?
コイツの凄さは一重に高コストという所。急勾配急カーブ連続区間に対応すべく全電動車方式を採用。
地下鉄乗り入れに対応してATC・ATO 搭載、勿論京阪式ATS も装備。ブレーキシューは一般的だった樹脂製ではなく鋳鉄を使用
パンタグラフもミニ地下鉄規格の東西線と浜大津付近の併用軌道区間では高さが大きく異なるが、その全てに対応すべく稼動域が非常に広いPT-7201 (東洋電機製)を搭載している。


長さ16.5m、幅2.38mという小振りな車体ながら1両当たりのコストは2億円!
これがもし21m級で幅2.8mの車体なら2.99億円、フル規格の新幹線車両と同サイズだったら単純計算で4.3億円に相当してしまう。体積当りのコストで言うと近鉄50000系しまかぜ並みで、N700系より高いという事になる。


kh813@khysn01
(京阪山科駅に到着する第7編成 太秦天神川行き)

この800系の凄さはこれだけに留まらない。
併用軌道内での自動車相手の事故を想定して、その場合の修繕を容易にするという事で一部の部品は自動車用の物を使用するという「おったまげぇ~」な所もある。気動車の場合バス用のクーラーを搭載するケースは多いが、都市部を走る鉄道車両でこんなケースは他にあるだろうか?


ただでさえも経営状態が余り芳しくないとされる京阪、その中で元々採算の良くないローカル路線と不便で採算の余り見込めない地下鉄を乗り入れさせて繋いだ事自体、現時点で考えると失敗にしか見えない。現に京津線も地下鉄東西線も状況は悪い。


kh814@khysn01
(京阪山科にアプローチする浜大津行きの第7編成)

これを撮影したのは7年前の11月某日だったが、天気が悪いのはお判り頂けるだろう。仕事で関西に行っていた序でだったのだが、天気が良かったら名神クロスあたりに繰り出していたであろうから、京津線なんて撮りに行かなかっただろう。
シャッタースピードを抑えられる状況でとなれば、鈍足の京津線でも駅発着シーンかこんなカーブでという事になる。
住宅地や山の間を縫うように走っている京津線なので、適した場所がなかなか見付からないのも事実である。有名撮影地である大谷駅東側のカーブでも山の影に注意しなければならないから厄介である。


次回はどの車が槍玉に上がるのか…、そこは次回 Part 4 でのお楽しみ!




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