107系って 105系 のパチモンか?」
「違うわ! 一緒にすんなや!」
そんなやりとりが実際あったのかどうかは判らないが、西日本の御仁達から見れば、「107系って 105系 のパチモンみたいやんか」という事になるのかも知れない。

107系の場合、前期形(N1~8R1~5)と後期形(R6~18)でサイドの窓配置が異なる、N 編成=日光線用R 編成=上越・両毛その他用で比べると、塗装と霜取りパンタの有無という違いはある。それでも 105系 の様に、簡易冷房という裏技や少々ゲテモノ的なヴァリエーションに富んだ展開wwは無い。
そもそも、 105系 の場合3ドアも4ドアも纏めて一括りという事に不自然さを感じたのは小生だけではない筈。
103系魔改造と判るならまだマシで、見た目に103系その物みたいな「何のために 105系 ?」すらいた訳で、そこまで行くとゲテモノを通り越して国鉄の末期的症状のアイコンとして十分だった。


走行機器についても、 105系 は新造車でも103系に準じた物を採用していて、いずれにせよ改造組も含めて基本的に103系の域を出ない。これに対し、107系は急行形だった 165系 の機器を再利用しているから、見た目には似ていても中身は全然違う物であり、更にはサイドの窓配置等も生粋の 105系 とは異なる。

御存知の通り、107系 165系 の走行機器を受け継いではいるが、書面上は新製車である。上越線や両毛線で 115系 と共に走っていたが、 115系 と違い107系はロングシートだったので利用者からも外れの烙印を押されて日影の存在に甘んじる事が多かったと言える。

107系の3度目の撮影は、2014年3月のダイヤ改正直後の3連休最終日だったが、この時も本来の狙いは1000番代となり高崎線で再スタートを切った 651系 だった。
前日夜に高崎入りして、烏川の鉄橋で 651系 ブルサン等々朝の上り列車を撮影し、その後昼前に伊野~新前橋間のストレート区間に行った。107系はこの時も一種の外道みたいな位置付けだった。
107系 651系1000番台 115系 に比べれば、影が薄かったのは否めない。


107r18@ino01

R18 編成単独、一言でいえばショボ 2連は上越・信越線系統の運用だったのかも知れない。

107r17@ino01

R17 他2編成4連での高崎行き。4連位では来てくれないと絵になり難い。

107r12@ino01

R12 他で4連を組んだ伊勢崎行きは後追いで捉えた。ただ、慣れない場所という事もあり、後追いアングルは難しいものとなった。
朝方の烏川は文句なしの快晴だった、しかし伊野に移ると背景の山々には続々とえげつない雲が湧き出して、風も強まり厭な予感を禁じ得なくなった。
実はこれが午後になって小生を思いっきり悩ませる事になった。




折角前泊までして来たのだから何とかやれる所までやろうと、午後はターゲットを上信電鉄に変えて上州福島付近に移動。県道のオーヴァーパスに付随するボロボロの歩道橋から俯瞰するとこんな絵になる。


jsd501@jsfs01

この時既に片パンで走る様になっていた500形・501編成

最初は上々だったが山間部の空模様は変わり易いのか、途中から曇りだしてしまい早々に撤収し帰京する破目になった。3連休最終日の関越は思いっきり渋滞していたので、高速料金をドブに捨てないために花園I.C. まで一般道を走ったがこれも大渋滞。
夜に都内で予定していたモデル撮影会には間に合ったが、死ぬほど消耗した一日になってしまった。(どんなスケジュール組んでんねん、という話だが)



そして話は運命の2017年初秋へと一気に飛んでしまうが、そこはPart 3 にて!



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