Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2019年09月

最近、どこもかしこもタピオカドリンク専門店がやたら増えているのはご存知であろう。
何であんなカエルの卵みたいな物が流行るのか小生には理解出来ないが、それ以上に理解出来ないのは飲み残しのたっぷり入った状態でそこらかしこ場所を選ばず大量に捨てられている。それは何といっても非常に不潔で何といっても見ていて気分が悪くなる。それを見たら不快に思う方が人間としてナチュラルだと思う。
飲み残すなら飲み切れるサイズを買えばいいと思うだが、大きい方がインスタ映えするという理由だけで到底飲み切れないサイズを注文するのが後を絶たないらしい。要は最初から飲み切るつもりはないのである。そういう奴等の頭の中身って一体何なんだろうか?、ろくでもない脳みそしか入っていないと確信してしまう。


fugaku102


そして最近都内の飲食店でこんな事態が起きたのだという。それはジビエ料理を売りにしている店なのだが、大量に注文しておきながら、殆ど食べずに店を後にしてしまうという客がいたらしい。専らインスタ映えを狙って、映え~な画像だけ撮ってしまえばあとは用済み、実食するつもりはさらさらなかった。
これには店側もご立腹だったというが(当たり前の事だが)、インスタ映えでネットをバズらせればそれで満足なのだろうか?どこの国の人間がやったのか知らないが、呆れてものが言えない奴等である。
本音を言えばそんなバカどもは、毒ガスでも浴びせてブッ壊せばいいのだ!


今の時代は何せあの死ネッチケー(日本反社会的基地外ともいう)でも「NET BUZZ」なんていう番組をやっているご時世である。

序に言えば高速道路本線上=伊勢湾道で下車して、路肩を歩きながら長島スパーランドを撮っている奴の映像がある。
しかも車は路肩に停まらず、本線上を最徐行して渋滞を作りながら進んでいる。最後には駆け込んで車に乗り何食わぬ顔で去っていたが、高速自動車国道法・道路法という2つの法律に完全に抵触する行為(道交法の最低速度違反でもある可能性は高いからダブルでなくトリプル違法行為か)で大変な危険迷惑行為であるのはそれこそ牛馬犬猫の類でも分る事である。
(映像と解説はこちらのようつべ=綾人サロンで)



最近一頃流行った?、バカッター。今や聞かない日はない「インスタ映え」、「炎上商法」も基本は同じ。
炎上でも何でも数という結果が全て、PV や「いいね!」の数を稼いだものが勝者で、数を稼げない奴には存在価値は無い。
ネットはそういうものであると言われれば御尤もで、この論理がまさに金科玉条の如く罷り通る。


ネット投稿で金が稼げると来れば、常にバズらせなければ稼げないから、バズらせるためには手段を問わないという事になってしまうのは仕方がないともいえるが、それを全面的に是認する気はない。是認してしまえばそれこそネットメディアの自滅に直結しかねない。
自分の人格を貶めてまでバズバズ映え映えして低レベルな自己愛を満たしたいのか?


この話はこんな所で終わりにしないので、其の弐へと続く!



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南アフリカのワインは初登場となるがこれが最後になる可能性もある。現時点で他の南アフリカワインをストックしていないからである。
では何でそんな国のワインを買ったのかといえば、欧州のワインのオルタナティブになり得るかと思って買ったのである。それも約10年前の事である。その当時は2010年ワールドカップが近付いていた事もあり、同国が有望な新興国として注目を集めた。ワインの業界でもそこに便乗する様にして、南アフリカワインでも非常に評価の高いとされたこのワインを某インポーターが調子こいて輸入してみたものの、あまり売れず決算その他の事情も絡んで投げ売りしたらしいが、それでかなりお安く入手出来た。
南アフリカのワイン産地としての歴史はかなり古い。1655年にオランダ東インド会社の人間が葡萄栽培を始めたのに始まってその4年後=1659年2月2日に初のワインが誕生したので、今年で360周年となる。小生も30年以上前の時点で既に KWV とか Nederburg なんて銘柄のワインを目にする事はあった。


ここで取り上げるワインの生産者である The Sadie Family (ザ・サディ・ファミリー)だが、これは元サーファーという肩書を持つ Eben Sadie (イーベン・サディ)氏が1999年にスタートさせたワイナリーで、Swartland (スワートランド)地域(=Cape Town から北に約50㎞)に存在する。
同氏は欧州各地のワイン産地を10年以上旅しながらワインの生産を手伝ってワイン造りのイロハを習得。1998年に南アフリカに帰国して The Spice Route という蔵でワイン造りの総責任者として働く様になる。そしてその翌年に自分自身の蔵としてThe Sadie Family を立ち上げる。それから20年、今や南アフリカ随一の鬼才と称され、南半球で最も偉大なワインメーカーの一人と讃えられる様にまでなった。


ここで取り上げる Columella (コルメラ)というワインは、2000年VT で登場し、サディに於いては赤のコルメラ白の Palladius (パラディウス)という具合にフラッグシップの双璧をなすワインである。Shiraz (シラーズ)主体で(8割程度)そこに Mourvèdre (ムールヴェドル)等をブレンドして作られるワインで、樹齢の高さもウリになっている。南アフリカのような場所でありながら灌漑は一切せず、自然に任せるワイン造りを実践しているそうである。

collumella2k4a
ここからはワインのインプレッションとなる。
色はルビーパープルが結構残っていて且つくすんだガーネットで、深度はかなりあるが、クリアで上品な輝きもある。
テイスティング過程で拾い出したエレメンツを挙げて行くとこうなった。
メインの部分としては、ブラックベリー、ブラックチェリー、ブルーベリー、カシス。そこからKirsch 漬けのGriottineも乱入。
そこからブラックオリーブ、黒胡椒、生のThyme、オレガノラヴェンダーという所が続いて
更にはシナモン、ナツメグ牛レバー、薫茶、白檀、スターアニス、花椒、ローレル(乾燥)


タンニンの過剰さはなく、酸が意外としっかりしているのはポイント高いが、その酸もキレや美しさという所では今一つだろうか? それでもワインの味の全体のシルエットはコルナスのイメージに近いのかも知れない。
新大陸系の諄さもそれなりに持っているが、グダグダにならない程度にはブレーキが掛かる。バランスは常に一定レベルを行き来して、大崩れはしないが変身解脱する事もない。

今年5月のテイスティングなので、丁度15年という事になるがその割には熟成感が出ていないのは気がかりで、若いのか熟成したのか判らない。この時点では判断に困るワインでもある。まだまだこの先5年以上は楽しめる物であるのは間違いないが、近い将来凄い展開がありそうかと言われるとそこは何とも言えない。
凝縮感もいい線突いているしスターネス(sternness =厳格さ)も感じさせる、新大陸系のノリは出てしまってはいるが、全体的に良く出来たワインなのは明らか。それでも気に入らないのは、その割にアフターが期待したレベルに届かない事である。


御約束のスコアリングだが、その結果は… 18 / 20 なんて遣ってもいいだろうか?
新大陸であり、デビューして5年目という事を思えばなかなか凄い出来だと思う。


買った当時はバーゲン価格という事もあって4000円程度だったが、この蔵の名が世界的に轟いた今では15000円クラスになってしまった。この状況下で手を出す事は無いだろうが…。



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ここでフィーチャーする Château de Fonsalette (シャトー・ドゥ・フォンサレット)は言わずと知れた Château Rayas (シャトー・ラヤス)が作り出すワインである。そのワインは21世紀の今も近代化とは無縁と思える様な古びた施設内で作られている。
この蔵の初代は Albert Reynaud (アルベール・レイノー)という人物だが、彼が1880年に聴覚障害を患ってそれまでの仕事が出来なくなったのを機に、ワインメーカーに転身。その際にラヤスの蔵を購入したのがレイノー家によるシャトー・ラヤスの始まり。その後2代目になった Louis Reynaud (ルイ・レイノー)の時代も畑の購入を続け、1935年にDomaine des Tours (ドメーヌ・デ・トゥール)を購入。この頃Châteauneuf-du-Pape のAOC 規定に対応するためPignan (ピニャン)という場所に新たな醸造施設を建設した。そして1945年には今回登場のChâteau de Fonsalette を購入。
ルイの死後、Ch. des Tours は Bernard Reynaud (ベルナール・レイノー)が、Rayas とFonsalette はあの Jacques Reynaud (ジャック・レイノー)が継いだ。これが1978年の事だったのだが、そこからこの蔵の快進撃の幕が切って落とされ、一躍ローヌワイン界のビッグスターの座を手にした。
1997年ジャックが死去すると、Bernard の息子=Jacques の甥である Emanuel Reynaud (エマニュエル・レイノー)が継いで今に至っている。(デ・トゥールの方も彼が引き継いでいる)
ここの蔵、何故ラヤスの名前で統一せず色々な名前を使い分けるという一見ややこしい事をしているのか?、その理由はこういう経緯があっての事と思われる。

この生産者は全房発酵を貫くなど大変クラシックなやり方でも有名で、ワイン自体もローヌ南部について一般的に持たれるイメージとは一線を画す。この蔵の畑はCNDP にありがちな石が沢山転がっている様な畑ではなく、その石も人工的に除去している。砂岩主体で粘土質と石灰が程よく含まれる土壌は痩せてはいるが冷涼で水分も適度に保たれる模様である。


fonslsyr2k01
そしてこの2000というヴィンテージ、エマニュエルの初期で彼もまだ若かった事に加えて所有する葡萄樹の50%近くが1980年代に改植を余儀なくされた影響で樹齢が若い木が多かった事もあってか、特にRayas としてのCNDP は97年以前(叔父の代)に比して総体的に評価は低く、名声を完全に取り戻したのは2005年頃であった。


ここで登場する Fonsalette cuvée Syrah は名前の通りSyrah 100%のワインで抑々生産量が極めて少ない。AOC は勿論Côtes du Rhôneである。しかもRayas CNDP より更に入手困難ともいわれた程のかなりのレアワインである。小生的にはそれでも10年位前までは何とか入手の機会もあったのである。

ここで漸くワインのインプレッションに入るが、先ずは色についてだが、そこそこの深度のクリアなガーネットで、ルビーパープルもまだ少し残っていた。
香味面の話をすると拾い出したエレメンツを並べるとこんな感じになる。


リコリス、トリュフブルーベリー、ハスカップ、ブラックベリー苺、ラズベリーブラックチェリーといった所が綺麗に繋がり交じり合って出てくる。クローブ煎ったカカオ(東南アジア系)昔のFernet 系やキナ・リキュールcrème de mocaプルーンエキス赤ワインで煮た黒ドライフィグ
エスプレッソオールスパイス牛レバー鞣革が追随し、更なる時間経過と共にカシスまで乱入する。そして味も香りもそのトーンが予想したよりは暗い。


酸・タンニン共々厭味無く溶け込みを見せながら強くその存在を主張し、まだまだタイトに引き締まったボディを形成する。その間隙を縫って出て来る返りは旨味感を伴って非常に高いレベルにあり、アフターまでタイトながら長い。
18年の時を経て果実感、熟成感共に既に高レベルに達しているものの、未だ解脱出来ると見える。これが更なる解脱を経てガチで甘美な液体に変身したら結構凄い事になるのではと思ってしまう。そう思うと2~3年待つべきだったと思うが後の祭り((´;ω;`) (テイスティングは今年5月)

これでも不調と評された時代のワインである。この蔵はどうしてもRayas CNDP の出来だけで評価されてしまいがちなのだろう。Fonsalette についてはこの時期の不調はあまり考えなくて良いか。Grenache (グルナッシュ)の魔術師とも称されるレイノー氏はシラーでもその魔術を遺憾なく発揮し最高レベルの逸品を作っている。


このボトルのスコアリングの結果は…、18~18.5 / 20 こんな辺りが妥当だろう。
Château Rayas、Château de Fonsalette、Domaine des Tours の3者とも入手するチャンスすら殆どない上に価格高騰も激しく、幻のワインに近い存在になってしまった。



参考記事= Vin de Pay de Vaucluse 2000 Domaine des Tours
      PIGNAN (Châteauneuf-du-pape) 1998 Rayas




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神奈川新町の事故の話の続きみたいになるが、この事故でゴミ屑記者クラブメディアは何やら京急をここぞと云わんばかりに叩きまくろうとしていた。ただあれだけの事故でありながら、1137号車こそ大破したものの乗客から死者は出なかった。この部分こそもっと大きく評価すべきではないか。
2005年に尼崎で起きた福知山線207系の事故と一概に比較出来ないが、「あの程度」で収めたステ千の有能さは評価されて良い。


kq1137@ttis02
京成立石駅至近の場所から 2014年

2007年にそれまでのアルミ車に代わって登場したものの、その何処か安っぽく凡庸なルックス故にファンからは白い目で見られて、あまりにも増殖し過ぎて結果ぐう畜呼ばわりされていた?所謂銀千だが、今回の事故を通じて見た目以上の有能さを実証したと言えるかも知れない。
これに引き換え、2014年2月に起った元住吉駅での追突事故でボディが簡単に拉げてしまった東急5000系は全く無能に見えてしまう。


京急は軌間=1435㎜の標準軌、台車はボルスタ台車。ボルスタレス台車が主流になりつつある今の世もボルスタ台車を貫いている、先頭車は必ず電動車といった一連のファクターがあるものの、JR で同様の事故が起きたらこの程度で済まなかった可能性は高い。更に、駅のポイント制御はコンピューター制御に…しない!、軸箱支持も円筒案内式を採用しているなど、今の時代からみると偏屈にも見える京急的なやり方が1000形を始めとした京急の車両を有能にさせていると言えるだろう。



ここからは、ざつだん形式にて…

マスゴミが京急を叩いたのは、抑々競合相手のJR 東日本への忖度なのが見え見え。何せJR 東はマスゴミの一大スポンサー

忖度なんて程度の話ですかねぇ? 結託してたの違いますか?(白目)

序に国交省様の御言い付けに抗うかの様なやり方を貫く京急には鉄槌を食らわせたいのだろう。

ステ千も多少は有能かも知れないが、何より有能なのは京急自体違うか?

アルミやステンレスのボディでもフロントセクションだけ普通鋼というケースは珍しくはない。

もし事故ったのがアルミ車だったら、この程度で済んだとは思えんが…

若しそれだったら編成全体が廃車やろねぇ、もう今更代替新造も利かんやろし。
潰れた所だけステンレスに差し替えて見た目は厚化粧で誤魔化すいうのもあるかも知れん。山陽3000系の偽アルミ車3100F・3050系偽鋼製車3066Fみたいにな!

sy3619@kasmg01
偽アルミ車3619を姫路寄りに組み込む3100F 2017年8月

sy3066@shio01
3050系偽鋼製車3066F=姫路側Tc 3638だけ鋼製、神戸方3両はアルミに塗装 2017年11月

一番有能なのは京浜急行自体やろ、今時のステンレス車はどこもそう大して変わらんから、別にステ千が有能いう訳もないやろ。

よその走ルンですとは一味違うのは分かったやろ! どや!参ったか! この国交省のクソ厄人ども!

やっぱり標準軌はエエなぁ! JR なんか狭軌なのに130㎞/hでぶっ飛ばすけどなんか無理あるよなぁ。

223系なんて新快速で高速運転してたら振動でパンタがみんな離線して停電、いきなりストップした事があったらしい。

[ 悲報 ] コストダウンを狙ったボルスタレス台車、却ってコスト高を招いてしまう。
207系の事故を受けて乗り心地や安全性向上のためにいろいろな部品の取り付けが必要になり、結局コストダウンにも軽量化にも然程寄与しなかった。


京急より線形の悪い京阪はこれまで一度もボルスタレス台車を採用していない。
阪急8300系後期型でボルスタレスをやってみたけど、9000系以降はボルスタに戻っている。山陽電鉄もボルスタ台車。東京メトロも10000系からボルスタ台車に回帰した。


いつの間にかボルスタレス台車バッシングになってて

ボルスタレス台車は乗り心地が悪くて挙動不安定でクソやから叩かれて当たり前や!
こんなもん普及をゴリ押しした国交省が悪いに決まっとるやないか!


霞が関の学校秀才がやるからこうなる。黒塗りの車で通勤してて鉄道になんか殆ど乗らない学校秀才の売国野郎どもが決定してそれを上意下達で押し付けるからこうなる。

2000年に起きた日比谷線の中目黒での事故だって、第一にはボルスタレス台車が悪い! それはハッキリしてる! ボルスタレス台車が悪い!そして新井が悪い=朴貴浩が悪い!

それ福知山線の207系並みに脱線してて

有能さを証明した1137にはこの際京急らしさを体現して塗装ボディで帰ってきてほC ンゴねぇ~

kq1217@kanzb01
1000形8連でつい先日までラストナンバーだった ステンレスに厚化粧の1217編成


1200番台・1600番台厚化粧=人呼んで京急の八代亜紀ってか?

化粧厚すぎて顔の大きさが倍になってるとかいうネタ、それ知ってるのは相当なオッサンオバハン。



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先日神奈川新町駅すぐの踏切で起きた事故は先週の主なニュースのひとつになってしまった。そして昨日は常磐線の勝田~佐和間で軽自動車絡みの踏切事故が起きている。

この様に大型トラックと列車が踏切で絡んだ事故といえば、2013年2月12日に山陽電鉄本線荒井駅付近(高砂市)で起きた事故が記憶に新しいと思われる。
駅西側の神鋼前踏切で大阪方面の直通特急山陽5630F が踏切内で立ち往生したカーキャリアと衝突した後、荒井駅の上りホームに衝突し6両全てが脱線したという事故である。踏切の直ぐ先が赤信号で抜けられるスペースが足りなかったにも関わらず踏切内に進入、カーキャリア荷台後部のスロープが降りた遮断棒に引っ掛かってしまい、それを下げたところで直特が衝突した。
大型車運転手は直前で脱出し無事だったが、自動車運転過失傷害罪で逮捕された。(最終的に執行猶予付きの有罪判決、雇用主の運送会社も行政処分を受けた)
直特の運転手を含めた15人が重軽傷、すぐ近くにいたタクシー1台が巻き添えを食って廃車になり、線路沿いの民家にも損壊の被害が出た。


kqrt602@kansm01
神奈川新町で保存されている元・レール探傷車? 件の踏切の西側から撮影=2012年

今回の京急の事故だが、上述の山陽電車の事故と違い、鉄道用の設備に被害は出たものの、周囲にいた他の車や沿線の建物に被害を出す事はなかった。ただし、大型車のドライバーは死亡した。
この事故で犠牲になったのはドライバーだけではない、京急現1000形の1137編成(1137~1144)SH 快特で三崎口に向かう途中で被害を受けた。三崎口側の先頭だった1137号車は大破した上に、編成の内何両が証拠として押さえられているか分からないが、警察や運輸安全委員会の検証が終わらないとこの先の処理は進められない。


sy5631@kasmg01
全車修復で廃車・代替新造を出さずに復帰した山陽5630F 2017年8月

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SH快特運用につく1137編成 品川第一踏切にて

1137号車は廃車→代替新造という可能性が高いと考えられる。山陽5630F は6両全て修復を受けて2年3ヶ月後に全車復帰を果たしているが、両者間でアルミとステンレスという構造の違い等々、事情は違う上に今回の1137のダメージの方が大きい様に見える。
そこに続く1138・1139号車はどうなるか?一見すると大きなダメージを受けていない様にも見えるが、あれだけの事故なので意外と深刻なダメージがあるかも知れない。
当該編成は10次車として2010年に生まれたので、減価償却計上期間中に事故にあった事になる。
編成全体の廃車は考え難い。8両編成は予備車があまりないようであるから、何とか早く復帰させたいのも間違いない。しかもSH 運用は都営浅草線に入る関係で8連貫通でないとマズい。
1137は代替新造となっても、1138・1139は修復か代替新造になるかは分からない。何れにせよ編成中で検査時期が異なるというややこしい事態は避けたい。
修復や代替新造が終って8両揃った時点で編成全体の全検を受けさせれば、全検時期を統一できる筈である。更に小生の提案としては、この際であるからいっその事京急らしさの「厚化粧君」に変身して1233編成として改番、忌まわしい事故を振り切る様な形でリスタートさせてやったら如何だろうか?


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銀千を脱ぎ捨て厚化粧で復帰したら面白いか?

kq1637@kan01
厚化粧君の一例、1637編成 1137編成もこの仲間入りが望まれる?

私鉄沿線ではよくある事だが、線路が住宅地の中を走っているというパターンは京浜急行でも多い。駅周辺や線路沿いの道は狭い。京急でも横浜以北ではJRの直ぐ東側を走り、その又東側を国道15号が走っている。小生もあの辺は月3~4回程度はあの辺りを通行する。
花月園~神奈川間では国道との距離は縮まり、国道と京急の間の場所は本当に狭く、大型車が入れる様な道は本当に少ない、ましてや2桁トン数のサイスで長さも10m超えなら本当に限られる。一旦国道15号より港側に回り込もうにもあのサイズだと適した道は意外と少ない印象である。
事故を起こした運転手は67歳だったらしく、長年大手に勤めた後の再就職でその会社に入ったと思われるが、横浜のあのエリアの土地勘や道の知識もなかった可能性は高い。
大型トラックやトレーラーではそもそもナビを付ける(使う)事が出来ない会社が殆ど。それこそ車種によっては法律上、予め許可された道路しか走行出来ない場合も多い。そんな所で思わぬミスを犯して冷静な判断も出来ず、年齢も年齢だけにパニックに近い状態になった可能性は高い。


当該大型車は横浜市神奈川区出田町(いづたちょう)の倉庫を出発し東関東自動車道方面に向かう予定だったとされる。R15 の出田町入口で左折して一旦下り線を走行し神奈川2丁目で転回して首都高K1横羽線東神奈川入口から東京方面に入る手筈だった模様だが、その交差点では15号からの右折と交差道路からの左折が同時になるので転回は見た目以上に難しい。

では、どういうルートだったら安全円滑に行けただろうかというのを小生も実走調査してみた。ただし、個別の道路における走行許可の有無等の問題は考慮に入れないものとする。
神奈川2丁目で左折してコットンハーバー方向に向かい瑞穂橋手前で右折し瑞穂大橋を抜けて橋本町2丁目を左折、コットンハーバーを右に見ながら高架道路を抜けて市場交差点で右折。市場通りを走って中央市場入口交差点で更に右折し15号線に復帰するのが一番簡単な方法と思われた。勿論この逆の手順でも行ける。
他のルートとしては市場通りに入らず、みなとみらいTN を経由してリング状の歩道橋で有名な新港交差点で右折、万国橋・本町4丁目を経由してランドマークの交差点でみなとみらいから首都高に入るルートも可能である。


bankoku008
こんな所にでも迂回すればあんな惨劇にはならなかった…万国橋から

その後生麦のこの酒屋に顔を出して、店主氏と談笑をしていたらこの事故の話になった。店主氏は小生も見落としていた重要なファクターを指摘してくれた。東関道方面に行くというのに、出田町入口で左折した事自体不自然だという事だった。その交差点を右折して国道15号を北上、大黒町入口で再度右折して神奈川産業道路に入って大黒埠頭入口から首都高に入れば済む話だったのである。東神奈川から首都高に入るという選択自体がそもそも合理性を欠くものだったという結論に至った。これだけだと。ドライバーにそんなルート選択を指示した会社側の指導も明らかにおかしかったと見えるが、走行許可等の事情があっての事だったかも知れない。
転回する所を右折して狭い道に入った時点で道路法違反等の事由により運送会社も厳しい行政処分を受ける可能性が十分にある。


この事故が運送業界に於けるドライバーの高齢化という深刻な問題も露呈する結果となったのも間違いない。70歳近くになっても過酷な運用に就かなければ生きて行けないドライバーが多いのも事実で、プロのドライバーとしてあってはならないミスによって重大事態が起きてしまうリスクも高くなる事は頭に入れなければならない。




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