Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

2019年06月

発足から70年を迎えたという国鉄の話も最初は 2回で終わるかと思ったが、何しか書く事が色々出て来たので、この時点で既に其の四になってしまった。

話は70年代に戻るが国鉄運賃の急上昇は1976年に始まった1976・77年に 5割という破格の値上げが 2回繰り返され、その後も運賃値上げが風物詩の様になった時代が続いたのである。これでも負のスパイラル状態からの脱却なんて到底無理で、旅客だけでなく貨物荷主の国鉄離れが一層深刻になったのであった。
80年代に入ると風物詩の如く地方のローカル線廃止のニュースが相次いで流れていた。それでも相次ぐ合理化と値上げの甲斐もあって民営化プロセスが本格的に動き出していた1984年度に旅客部門だけは黒字を計上出来ていた。それでも焼け石に水で貨物部門は大幅赤字で長期債務の返済もあって全体では大きな赤字だった。


民営化時点で37兆円オーヴァーまで膨らんだ国鉄の借金だが、何処から借りていたかというと直接的には財政投融資と政府保証鉄道債券である。企業の破綻した時は破産・会社更生法若しくは民事再生の何れかの手続きが取られる。破産や会社更生なら債権者は債権の一部又は全部の放棄を強いられる。
国鉄の場合も経営破綻だと考えれば、ここに挙げた様な手法が取れた可能性を考えても不思議ではない。でも、それはあり得ない話だった。債権者が国であり、貸し付けの原資は財政投融資と政府保証鉄道債券だったからである。国が一部でも債権放棄してしまうとこの両方が大きく欠損し、年金・簡保・郵貯が破綻し日本国債の信用まで大幅に落ちてしまうという危険性を大蔵省が危惧したからとされる。
それでは一部でも民間から借りて調達出来なかったのかといえば、国鉄に必要とされた1000億~1兆円単位の貸し出しなんて当時の民間の金融機関では無理だったと考えるのが妥当である。
国側もこれ以上貸すのは困難という状況下で、国鉄のままでは民間からの資金調達もやり難い、そうなれば民営化するより他はなかったという指摘もある。


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183系オオH102 編成10連 2012年5月ヒガハスにて

国鉄破綻を語る上では民業圧迫を避けるという名目で副業禁止にされていたはやはり大きい要素だった。どこぞのJR みたいに副業で本業の赤字を補い御釣が来て上場にまで漕ぎ付けるなんて話はその当時から見たら宇宙的 SFファンタジーみたいな話だっただろう。1950年代以降世界的に鉄道は斜陽産業とされていた中で、東海道新幹線を作り上げて鉄道の新しい可能性を示したは良かったが、それでとんでもない借財を背負い尚且つ鉄道だけでビジネスを成り立たせなければならないというのは大きなハンディキャップだったのは明らか。途中からでも遊休地を使って今の様に色々副業を行う事が出来たなら、37兆円なんて言う債務を残さずには済んだ可能性がある。

183c35@kyt01
なんちゃって183系のフクC35 編成 2010年京都駅にて

国鉄を苦しめたのは設備投資の問題も然る事ながら、人件費も大きかった。
戦争帰還者に職を与え生活を保障するという意味合いもあって発足前から大量に採用したのは、労務及び社会保障政策としては仕方が無かった部分は否定出来ない。そこに年功序列・終身雇用・社会保障がプラスされると人件費はドンドン上昇した。
国鉄には大きな労組が複数存在したが、その中でも最大勢力だった国労は総評を支える一大労組でもあった。そこに左翼過激派まで入り込んで来て国鉄のイメージダウンに大きく貢献してしまったが、それでも70年代初頭のマル生運動までぶっ壊し国労は国鉄に対し随分有利に戦う事が出来た時代が続いた。それこそ50%賃上げ要求なんてとんでもない事をブチ上げ大規模ストをやったりしたが、これで世間や私鉄各社労組の反感まで買い自分達の首を絞める格好になったといえる。
80年代に入ると国労はドンドン崩されて瓦解への道を辿る。その当時、総務労務畑(職員局)のトップとして労組に対峙したのが今やJR 東海の老害となりつつある?葛西敬之だったのである。
斯くして、民営化前年の1986年になると国労の組合員数は全盛期の20%程度にまで落ち込んだ。それに合わせて総評は大打撃を食ったのは否定出来ず、死んだふり解散からの衆参ダブル選挙圧勝に繋がったと考えられる。これはまさに時の〇曽〇政権が一番望んでいた展開で国鉄分割民営化のコアはコレだったといえる。そしてその3年後に総評は崩壊、労働界は再編されて連合が発足する。


kh18126@osk
これも花の1968組の一員・キハ181系 2009年大阪駅にて

今まで書いて来た他にも色々出来事はあって、小生の力ではこの程度しか語れないが、国鉄から業務を継承する12の法人が作られて、日本国有鉄道は1987年3月31日にその37年9ヶ月の生涯を終えた。
これにてめでたしめでたし…ってそんな訳無いやろが~っ


国鉄改革トリオ・国鉄の青年将校とも呼ばれたものの本社の怒りを買って一度は左遷まで食らった、井手正敬、松田昌士、葛西敬之だが、最終的には分割民営化の立役者となって、民営化後はそれぞれ本州3社=西日本東日本東海のトップとなるのだが、そのプロセスにも「30年以上戦争」のスウィッチが存在したのである。

結局フィニッシュには至らず、遂に其の伍へと行く事になる



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国鉄発足は丁度70年前の1949年だったのだが、そこから10年程度しか経っていない1960年代の時点で既に大変な病巣に蝕まれていたのであった。国鉄自体も病巣を抱えていたが、やはり鉄建公団という超弩級の疫病神(一部ではボンビーキングとも呼ばれる)を抜きにして国鉄崩壊は語れない。1964年に創設された鉄建公団=日本鉄道建設公団には政治家官僚土建業界、その他各種税金ゴロ達が山の様に集っていたこの国自体の癌だったのは明らか。
国鉄には経営判断がある。その判断上で作れないとされた路線の場合、それを鉄建公団で建設し国鉄に押し付けるというインチキで、我田引鉄が罷り通る時代があったのだ。この公団が出来た時点で赤字ローカル線が既に多数あったにも関わらず、そこに赤字の元凶が新しく上乗せされた格好であった。
ヨンサントオの1ヶ月前の時点で国鉄諮問委員会の意見書によって所謂赤字83線が指定され、翌年から廃止協議が各地で始まったが、相次ぐ反対運動でプロセスは難航した。(今ならあっさり通るだろうが…)てなわけで、1972年までに廃止出来たのは15路線の135kmだけだった。しかも同年に発足した田中角栄内閣が列島改造をブチ上げると、その話自体頓挫してしまった。
結局赤字ローカル線の淘汰が一気に進んだのは国鉄最末期に入った1983年からであった。
そして言うまでもなくそこから時代が進むと共に、我田引鉄我田引道へと変り、更には我田引幹へと「進化」している訳である
更に件の税金ゴロ疫病神公団だが、特殊法人改革の一環で2003年に解散したが、国鉄清算事業団の債務と共に JTTR に引き継がれているからその遺伝子は残っており、いつまたボンビーキング復活となるか分らない。


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2019年にして初撮影となった鹿島貨物=EF64・1043号機

1970年代の国鉄といえば其の壱で触れた様なトリプルスレットマッチが起きてしまったり、オイルショックの影響をもろに受けて停滞と凋落の時代に入ってしまった。1969年からは赤字ローカル線の整理を柱とする財政再建10ヵ年計画をスタートさせたが、72年に発足した田中角栄内閣の列島改造で頓挫。それどころか列島改造で疫病神公団が息を吹き返し大暴れ
斯くして再建への道筋は全く見えなくなった。


この時期の国鉄に於ける労使紛争は大変なもので、今からは想像出来ない様な状態だった。合理化という言葉が呪文の様に出て来て、国鉄側が生産性向上運動を推し進めると不当労働行為問題が発生。そこで国鉄の三大労組=国労・鉄労・動労が大反発し、いつ大規模ストが起きても不思議ではない状況が70年代後半まで続いた。オイルショックによる経済低迷・モータリゼーションの進行による鉄道の地位低下・そこにあの疫病神というトリプルパンチで負のスパイラルに嵌っていた事は容易に想像出来よう。

1970年代という時代は小生にとっては幼少期になるが、これが又荒れた時代だったと記憶している。
70年安保が終息した後、大学は荒れていたのが一転大人しくなったが、荒れた部分は下の世代に下り高校中学小学校が暴力化して荒れだした。それが校内暴力という社会問題にまで発展した。政治といえば55年体制の下、労組がどの業界でもかなり大きな力を持っていてそれに支えられた日本社会党が国会でも少なくとも1/3程度、多い時は40%程の議席を持っていた。
そんな中で労使紛争はまだかなり凄まじいものを残していた様に記憶している。



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ローピンのパーイチが牽いていた寝台特急日本海 2008年大阪駅にて

1978年からは自由に運賃改定が可能な様になり、その時期から何しか毎年の様に値上げがあった様に記憶している。だが、国鉄離れにはストップが掛からず負のスパイラルから到底抜け出せる見込みは無かった。そして、1980年11月国鉄再建法が成立し、83年からは赤字ローカル線の淘汰が本格化した。
所謂土光臨調で三公社五現業改革が本格化すると、その第4部会で審議されたが、その部会に関わった主要人物から悉く「国鉄解体」「国鉄労使国賊論」がブチ上げられて、国鉄解体という世論が下地として誘導されて行った。この時民営化という事は大筋で既定路線化していたが、分割という所にはなかなか行かなかった。自民党内でも分割推進派と分割反対派で意見が割れていて、当時まだ隠然たる力を持っていた田中角栄が分割には反対だったからだとされる。
それが1985年になって一気に流れが分割派に傾いた。竹下登が田中派に反旗を翻し創政会を結成、田中自身もその直後に脳梗塞で実質 The End になったのである。何があっても分割したかった当時の総理大臣中〇根〇〇にはまさに神風が吹いた様な状況になった。


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遂に大阪環状線からも姿を消した201系 2008年大阪駅にて

ただ、国鉄分割民営化自体にも相当な恐ろしい闇の部分が隠されたのは想像に難くない。
因みにこの1985年といえば、日航機123便の事故もあったが、実際は撃墜だったのがほぼ間違いないとされる。今や闇が深すぎる事件としてネットでは取り上げられるが、自衛隊が非常に速い時点で現場に乗込み火炎放射器を使って犠牲者の遺体だけでなく、生存の可能性があった者もその殆どを焼き殺す事で各種の証拠を隠滅し、人命救助に向かった隊員達まで片っ端から手に掛けたという説が有力になっている。(闇が深過ぎで一生反吐が吐けるレベル
これで当時TRON プロジェクトに関わっていた技術者17名が「殺されて」いて、TRON はその4年後に所謂スーパー301条でピンポイントで制裁されている。(その技術者達はもっと敏感に用心深く行動すべきだったのは明らかだが)


そしてこの事故?の翌日に当時内閣の一員で、総理大臣の有力ライバルでもあった河本敏夫が実質的オーナーを務めていた三光汽船が民事再生法適用を申請して倒産したのである(1回目)。本来なら一大ニュースになる筈のこの事件だが前日にアレが起きたので殆ど話題にはならなかった。次期総裁候補と云われ続けた河本だが、結局これが響いて政権獲得のチャンスが無くなってしまった。そして1986年7月になると所謂「死んだふり解散」からの衆参ダブル選挙で自民が圧勝し、国鉄の分割民営化が確定的となる。
件の総理は本当に狂気レベル以上の売国行為を色々やらかしておきながら「アホほど持ってる」「鬼の様に神ってる」としか言い様がない。

途中から大きく迂回してしまった事もあり、ここでもフィニッシュ出来なくなったので其の四へと続く!




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モデル撮影記 Lana の最終回となったこの Part 8 は更にカラフルでキュートに、風船に囲まれながら風船を膨らます乙女の巻!

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ワイルドベリーってピンクともとも言える様で言えない感じの微妙な色だが、女の子達には人気の色。現在はこの場面でしか使えないが、一応切らさない様にストックはしている。
カラーヴァリエーションと価格ではSempertex に軍配が上がるが、日本ではQualatex の方が入手し易い。Qualatex も最近ではクオリティのムラが多く一寸困った状況だが、昔から使っている事もあり切り替えるのは容易ではない。


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ダークグリーンは本来 Twilight Express にコーデする色なのだが、最近は登場機会が減った為こちらに回って使用されている。

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イエロートワエクとコーデする事を念頭にストックしているが、照明の当たり方次第では白っぽくなるリスクがあって結構厄介。それでも御姐ちゃん達にはカワイイとそれなりに人気があるからこういう場面でも使う。

Part 7・8の様なバルーン囲まれ戯れ系のネタは常にクライマックスに持ってくる事にしているが、この膨らます絵に入る時は最終盤なので駆け込む様にやってしまう。その前のネタで時間が押してしまうからだが、思い描いた感じにはどうしても進行出来ないのが悩み。
2時間近くの間、とてもウキウキノリノリで楽しく撮影出来たのは間違いない。今までの中でも一番充実して楽しかった部類に入る撮影会だった。
最後はいつも通り記念品進呈、今回は彼女が好みだというオレンジルビーレッド。「どこのパーティー行って来たんだろう?と思うかなぁ~」なんて言いながら嬉しそうに受け取ってくれた。その時の姿を思い出すだけでも萌え~っと思ってしまう。


この撮影会は今年初頭に廃止になったが、一昨年辺りからスタジオ及びその中の備品でメンテナンスが悪いと思われる部分があった。今から思えば数年前から廃止に向かう兆候はあったのであるが、これ以上の発言は差し控える。


Apr. 2018 東京近郊での或る撮影会(現在は廃止)
PENTAX K - 3 Ⅱ+smc DA star 16 - 50mm f2.8 / smc DA 35mm f2.4
モノブロックストロボ1基及び LED ライト使用




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国鉄の話は前半終了という事で、こっちのネタに戻る。(国鉄の話後半はこのネタ終了後に回す)
恒例バルーンシリーズ第2弾から再開。このスタジオはベッドがあり、そこの使い方が重要。ベッドの上で風船に囲まれるの巻


lan@ginn092  lan@ginn091

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フロアの上でというのも良いのだが、ベッドの上でとなるとよりリラックスして風船で戯れてもらえるような気がして更にキュートな雰囲気が出せると小生は考えている。この時彼女はスカートではなくショートパンツを履いていたのが絵的には嵌った様に思う。
手にしているルビーレッドはジュエルカラーと呼ばれるタイプで鮮やかな赤色ながら、彼女のボディまでしっかり透けて見えている。この日の彼女にとっては 2番目のお気に入りだった。


宝石はすべて透けている訳ではなく、全く透けない宝石だってそれなりにはある。なのに透けるタイプはジュエルカラーっておかしくないか?というツッコミは無しで…

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彼女の断トツお気に入りだったオレンジの風船、気分も一気に弾んだ様で…
彼女の左足がルビーレッドから透けて見えているのがどことなく


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通常、若い女性の一番人気になるローズピンクなのだが、余りお気に入りではなかった様で、そこは一寸イレギュラー。そうはいっても風船に囲まれての撮影なんて彼女も初めてかも知れないが、やはり嬉しくてアゲアゲといった所だろうか。


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ブルーの風船でも遊んでもらったが、この様に表情が弾むというのはイイ!
バルーンで楽しそうに戯れてもらえると撮ってる方も心がアゲアゲになる


次はいよいよ最終回、Part 8へ!


Apr. 2018 東京近郊での或る撮影会(現在は廃止)
PENTAX K - 3 Ⅱ+smc DA star 16 - 50mm f2.8 / smc DA 35mm f2.4
モノブロックストロボ1基及び LED ライト使用




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国鉄発足から丁度70年という節目なのだが、余り話題になってもいない様だ。1949年6月1日の発足当時はというと、確かに国の直轄事業から公社形式に変わったのだが、実質的には看板が掛け変った程度にしか思われなかったのであろう。


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カツミの581系HO ゲージ模型・1970年代のロット

1949年というと、戦後の混乱は終息に向かってはいたが、それまでの混乱と資材価格の大幅上昇等、戦争帰還者を大量に雇わざるを得なかった事等が色々重なった結果、大変不利な状況下でのスタートを強いられた。結果論と言われればそれまでだが、発足時点で既に破綻のスウィッチは押されていたと考えるのが妥当なのであろう。
発足直後の49年9月に公社化後で初のダイヤ改正によって特急列車が復活し、1950年10月の大規模改正を迎えようとしたが、その間に朝鮮戦争が勃発しその特需に押されて高度成長期に突入したが、国鉄自体はGHQ の指示を受けて米軍の為の軍事輸送を担う必要が生じて混乱が生じる事となった。



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今は無き475系、A25 編成は最期までデカ目を貫いた

日本が表面的には独立を回復して、
この後50年代終盤からは64年の東京五輪を控えていた事もあり、都市部を中心に急激な近代化を行わなければならなかった。
所謂国鉄形電車で111~115系415系ブラザーズ165 / 169系471~475系183/189系481~489系581 / 583系等々の近郊型以上の車両についてはそのプラットフォームは然程変わらず、それらは1958年に登場した153系のそれを踏襲し続けたのである。よって485系113系183系415系というコンバートも比較的容易だったのである。


因みに、色々仕様変更しながらも一つのプラットフォームを使い回して平準化するのが効率良く高性能高速化という課題に対処するには欠かせない事だったのは明らか。ただこの平準化はあくまでも国鉄内の話であって、今の関東を中心に蔓延する平準化とは意味合いが少し違う。
国鉄形車両について言えば、不幸にも70年代から一気に停滞を余儀なくされた事で、最末期までプラットフォームを一新する機会を失ってしまった事実も看過出来ない。


元々発足の時点から大きな爆弾を抱え続けながらも、1960年代という国鉄唯一の黄金期がやって来る。
1958年10月の所謂「サンサントオ」で20系客車が特急あさかぜに投入され、東京以北で初の特急列車となるはつかりが運転開始。11月に151系特急こだまが登場
その翌年には紀勢本線が全通し幹線網は完成を見たが、同時に東海道新幹線が起工した。そして次の1960年にはつばめ・はと・こだまが統合されて151系での運転となり、東京~大阪間が6時間半で移動出来る様になった。


81725@tak01
花の1968組の一角を占めるEF81

国鉄の第1次5ヵ年計画の集大成にして次の第2次5ヵ年計画のプロローグとなる、初の「白紙改正」ともなった「サンロクトオ」こと1961年10月ダイヤ改正になだれ込む。当時の総裁だった石原米彦の弁によると「鉄道が如何に便利なものであるかを実証する事を考えた」改正だった。
旅客面の充実に力が入れられた事で、特急・急行・準急の増発により優等列車網が一応の完成を見て、夜行列車の寝台化も進められた。その反面、貨物輸送は短距離を中心に削減され、優等列車運行を優先するために普通列車が削減となった線区も多かった。増大する旅客需要に対応するダイヤ改正だったが、同時に建設されていた東海道新幹線に予算を優先的に割いた事で設備面の投資は追いつかない状態で悲鳴を上げた様になり遅延や事故が連発する事態を招いたのは皮肉である。


そして、燦然と輝く伝説の「ヨンサントオ」=1968年10月ダイヤ改正を迎えた。国鉄は1964年の東海道新幹線開業から赤字に転落していたにも関わらず、翌1965年から3兆円規模の超大盤振る舞い設備投資を7ヵ年計画として遂行していた。そしてその中間点としての大きな成果をアピールすべく行ったのがヨンサントオだった。これで最重要な幹線は120km/h対応となった。そこに花の1968組ともいうべきあの名車達が一気にデビューして特急・急行大増発+スピードアップが行われた。
勿論その1968組とは、485系583系EF66EF81キハ181系である。


そんな華々しくも見えたヨンサントオだったが、ローカル線では大減量ダイヤとなり、無煙化が一気に進められて蒸気機関車が一気に姿を消した。それのみならず、このダイヤ改正の代償は思いの外大きく国鉄の財政は大きく悪化。これを以って件の 7ヵ年計画は打ち切られ、国鉄は停滞の時代を迎え崩壊へのカウントダウンが進んで行く事になってしまった。
更にこれが民営化された後の世に於いて幹線と呼ばれる線区でさえ高速道路やバイパス(バイブスではない!)等の高規格道路に対抗出来ない状況を生み出した大きな要因と思われる。
更にはあのとんでもない病理が炸裂して行くのでもあった。


ここまで書いたらもう其の参までやるしかないから、其の参へと続く!




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