Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2019年02月

伊豆箱根鉄道のNo. 1 撮影地で富岳バックと洒落込んで見事に曇られたのが2016年12月、それ以来2年程リヴェンジのチャンスは待たなければならなかった。
2017年は一度もなく、2018年も 3月に EF66-30 を追い掛けた序に牧之郷付近で少しだけ撮っただけであった。
そして件のリヴェンジマッチ敢行は2018年11月半ばと相成った。静岡方面に行く機会があり、その序に午前中三島に寄ろうという訳だった。3000系第1編成が 6月の時点で軌道線カラーに変えられていたのだが、小生がそれを知ったのは秋になってからだった。



185c1@daib01

駿豆線には185系5連の特急踊り子が乗り入れているが、この春からはE257系による置き換えが進む事になっている。置き換えを機に駿豆線撮影の醍醐味の一つでもある踊り子乗り入れの光景も見られなくなる可能性がある。

izh3501@daib01

この日の天気はズバリ快晴!ただ、11月半ばだったとはいえ既に暖冬傾向、よって富岳を飾る雪は少なかった。そして、陣取ってから15分程度でこの日のメインターゲットもあっさりゲット。
この軌道線カラーだが、去年が駿豆線開業120周年だった事を記念してのものらしい。伊豆箱最古の路線は1898年に豆相鉄道によって開業したこの駿豆線。(BenRiach =ベンリアック蒸留所と同い年になる)
その8年後=1906年に駿豆電気鉄道が軌道線を開業させるが、これが静岡県内初の電車営業でもあった。この軌道線は三島六反田電停(現・三島広小路駅)から沼津駅前電停まで旧東海道(現在は県道145号沼津三島線)の上を走っていたらしいが、1963年にモータリゼーションの煽り等を受けて廃止されてしまった。
1912年に駿豆電気鉄道は豆相鉄道(伊豆鉄道)を吸収し、その後1916年に一旦富士水力電気という電力会社に吸収されるも、数ヶ月で駿豆鉄道を設立して独立し現在の伊豆箱の基となる。


izh2201@daib01

2年ぶりに撮った1300系西武復刻塗装。小生にとって幼少期から見慣れた西武101系・301系のカラーだが、701系・801系・401系・2000系・9000系は塗分けの無い黄一色である。3000系も元々は101系カラーだったが1996年から黄一色に変えられてしまい、新101・301系もいつの間にか準末期色となった。
この1300系に於いてはドアがステンレス無地なのも忠実に再現されている



izh3503@daib02

ドアが赤いのが特徴的な3000系第3編成。

この時は電車移動だったので新幹線のダイヤの関係で1時間弱しか撮影出来なかったが、それから約3ヶ月、今月に入って静岡に行く事となったので、朝から寄り道して挑戦する事となったが、この日は車で東名・新東名を飛ばして現場に向かった。
天気予報は昼頃迄は晴れで間違いなく午後から下り坂で曇るという話だった。現場に行ってみると、本当のクリアな青空とまでは行かないまでも、撮り鉄的には全く問題の無い状態だった。


izh3501@daib02

再び出会った3000系軌道線カラー。富士山頂に小さな雲が現れ始めているが、この時点では外国語でよく見かけるアクセント符号みたいにも見える。空自体も少し湿気ている感じでコントラストが低い。

izh3503@daib03

こちらも2回連続でお目にかかった3000系第3編成。富士山頂付近に雲の塊が出来始めているのが判る。

izh3502@daib02

笠雲が山頂に現れ始めた、こんなに判り易い笠雲をハッキリ捉えたのは記憶にない。こんなにしっかりした笠雲までバックに入れて撮れたのは奇跡かも知れない。
この編成は有名ドラマ「逃げるは恥だが~」(2016・新垣結衣嬢主演)のロケにも使用されたらしい。今年に入って1月7日~2月24日までスマホゲーム「刀剣乱舞 on line 」とのコラボトレインとして運行されていた事もあり、この撮影時点では少々賑やかな状態だった。


izh7501@daib01

7000系第1編成三島行きが通過したが、笠雲は更に太りだしていた。
ドアの部分だけ広告ラッピングになっているのは最早伊豆箱の御約束みたいになっている。7000系第1編成のドアは缶コーヒーの広告(サ〇〇リーのB××Sというブランド)が付いている。
顔だけ真鍮色になった第2編成はOver the Rainbow 仕様ラッピングにもなっているが、真鍮顔の状態では捉えられていない。


この日は90分程度撮影した後、12時丁度にこの地を後にして伊豆縦貫道・新東名経由で静岡に向かった。長泉沼津以西の新東名を走ったのは初めてだったが走り易い道だった。午後の静岡は一気に曇りだして16時頃には雨が降り出した。
帰りの東名は予想通り横浜町田~秦野中井間で15kmを超える渋滞。秦野中井から海側へ逃げて1号BP 経由のルートに変更したが、茅ヶ崎界隈大渋滞新湘南BP を抜けた先での国道1号が戸塚警察署(横浜の方)を先頭に断続で15km渋滞という具合にどうにもならない状態だった。ここ数年神奈川県内の主要道路の渋滞は酷くなるばかりの気がする。


東海地方のローカル私鉄と言えば、この伊豆箱以外にも伊豆急行、岳南電車、静岡鉄道、大井川鉄道、遠州鉄道、豊橋鉄道、三岐鉄道、養老鉄道が存在し、所謂第 3セクターも複数存在する。
伊豆箱は大部分が、静鉄、遠鉄は全車自社発注である。運行頻度も地方私鉄としては高く、私鉄としてのレベルは悪くない
伊豆急は東急の孫会社で、東急8000系が幅を利かせる様になってしまったが、「東の塩害大王」2100系も 3編成残存し更には特急踊り子伊豆クレイルも乗り入れる。


三岐鉄道三岐線の電車はすべて西武OB であるものの、会社自体が太平洋セメント系列であることから貨物列車という武器がある。加えては近鉄から北勢線を引き取りナローゲージもその見所に入れた。
豊橋鉄道渥美線では懐かしの東急7200系がカラフルトレインとなって走っている。
関西の様に大手・準大手の猛者達がひしめき合い鎬を削る様な場所ではないが、東海地方は静かにローカル私鉄王国していると言って過言ではない。



関連記事=EF66 The Greatest! Part 3 ~EF66生誕50周年~
     さよならの後は… June of 2012 伊豆箱根鉄道1100系 




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伊豆箱根鉄道、地方私鉄としては関東を中心にそこそこの認知度があろう。この会社は駿豆線と大雄山線という 2路線を有しているが、駿豆線の撮影地の決定版としてすぐに思い浮かべるスポットとしては三島二日町~大場間のあのストレートだろう。
今時の地方私鉄としては珍しく、自社発注車両が主力を占める。親会社である西武からやって来た駿豆線用1300系(元西武101系)3連が2本あるのみで、自社発注の3000系3連が6本と7000系3連が2本走っている。一方の大雄山線は5000系 7編成で統一されている。


無論、小生もこのストレートで数回撮影した事がある。Google Map 等で探すと判るが愛樹園とかいう植木屋のすぐ傍の踏切の辺りである。

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2012年2月上旬、ウルトラ級のクリアな冬晴れで、バックの富岳もばっちりである。雪がしっかり乗った富岳が冬の青空に映える。

izh3503@daib01

1枚目は3000系の第2編成、2枚目は第3編成
線路にかなり近い所から引き付けて撮るとこういう絵になるのだが、中間車のパンタが抜き切れない。少し離れたポジションから撮るのが結局妥当という事になる。

2012年2月というと、1100系の終焉が迫り赤電カラーになって運行されていたのでそれを目当てに繰り出したのというのが実のところなのだが、肝心の1100系は車両トラブルで運行中止。古い車両なので起り得る事ではあるが、骨折り損の草臥れ儲けとはこの事である。快晴で光線状態バッチリが確実だったので更にガッカリ。


件の場所が電車移動の場合は不便で三島二日町から徒歩15分程度掛かる。富士をバックに入れるアングルは秋冬期限定みたいなものなので、春夏期なら線路の東側から朝方の列車を狙い富岳と絡める撮り方もあるが、湿度が高く空気中の塵等も多いといった理由で富士山をハッキリ写す事が殆ど出来ない。
そういった事もあって、タイミングが合わず富岳バックの撮影は4年以上やっていなかった。


その間、駿豆線の撮影は幾らかしていたものの、違う場所で撮っていた。時は流れて2016年末、1300系の第1編成西武時代のカラーリングで走り出したというのが話題になった。
101系といっても西武の101系なので末期色ではなく、イエローとベージュの塗分けとなり、小生としては懐かしい姿となった。そこで12月も後半になった週末に車を飛ばして三島に向かった。
朝から撮影したかったので三島に前日入りすべく、土曜の午後に東名を下ったら西に傾いた陽が思いっきり逆光になって随分困らされた。


そして撮影当日も朝から快晴てなわけで、先ずは韮山のすぐ北のいちご街道と交差する所で撮影したが、時期を考えると光線状態的にもっと有利な伊豆長岡~田京間に移動。両駅のちょうど中間地点、線路の西側には国道136号線が走り東側には田畑が残る。
そんな場所で西武時代のカラーに戻った1300系第1編成に初遭遇。


izh2201@degy01

背後が国道で道沿いに住宅等が立ち並んでいるので、背景としては綺麗ではない。その中でも電信柱が何か煩い。でも美しい冬光線で撮れるのは有難い。

朝方の撮影を終えて、あのド定番ストレートへ向かうと、1300系が西武時代のカラーに戻って間もなく、ネットで結構話題にもなった為か既に数名の撮影者がいた。
そこで冬の富岳をバックに昼時の撮影をと思ったのだが…、世の中そうは上手くいかない。


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列車は7000系第2編成だが見たまんま、画面左側に入る筈の富士山は雲に隠れて見えず。

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1300系でも伊豆箱カラーの第2編成。昼時は雲が多く、富士山の方から流れてきた雲が撮影地の方までやって来て完全曇になる時間まであった。それ以外も被写体側は晴れているのに背景は曇という状況で富士山バックの絵は撮れずじまいという結果はガッカリだった。

その後は韮山近辺のストレートに移動したが、その時には雲の非常に少ないほぼほぼ快晴の空が戻っていた。そこで午後の撮影を楽しむ事は出来たが、昼時の曇は何だったのかと思うと釈然としなかった。

izh7502@nirym01

韮山付近の田園地帯での作例=7000系第2編成。原木~韮山~伊豆長岡という辺りで開けた場所を見つけて撮るとほぼ同じ様な感じの絵にはなるが、電信柱が煩かったりするケースは多い。
沿線住民では1300系イエロー+ベージュのカラーでかつて西武の線路を走っていた事をご存じない方も多い様である。


izh3003@daib01

参考までに、件のストレートでもこちらは春夏期午後用のアングル。愛樹園の所から150m程二日町寄りに戻った所の畳屋の踏切から撮るとこうなる。北北西から南南東にカメラを向ける様な形で、富士山をバックに入れる事は当然不可能である。でも、そこそこスッキリした絵にはなろうか?
(3000系第2編成=2011年8月撮影


駿豆線では20m車両が走るが一方の大雄山線では18m車両という具合に両線で車両の規格が異なる上に、大雄山線の車両が検査や修繕を受ける際には(=於・大場工場)、東海道本線を甲種輸送されるという事態が発生する。両路線で同じ会社とは思えない様な状況なのは、伊豆箱の前身である駿豆鉄道が大雄山鉄道を吸収した(1941年)という経緯があるからである。

てなわけで、Part 2 へと続く! 果たして富岳バックのリヴェンジは出来たのか?



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replnfl01


3日(現地時間)の Super Bowl LIIINew England Patriots が L.A. Rams を 13 - 3 で下して6回目の勝利を手にしたが、史上最低のスーパーボウルになる事は間違いない。
全米での視聴者数も辛うじて1億人をキープしたが、ここ数十年で最低の数となった。(TV とライブストリーミング合計)
関連のツイートでは boring (退屈)とか worst (最低)という言葉が合計12万回以上飛び交った。
第3クオーターまでタッチダウンが無し、飛び出したタッチダウンの数は最終的に1つだけ。ラムズの得点はスーパーボウル史上最少タイの3点(FG 1回)、両チームの合計得点=16も最少記録。WR のJulien Edelman はTD パスを取っていないのにMVP 獲得(史上2人目)


去年(第52回)で劣化のエヴィデンスを晒して、見事に敗北した Tom Brady (トム・ブレイディ=41歳)だが、スーパーボウルでの連敗は免れた格好である。
ただ、本人は劣化が明らかでしかもファンからも飽きられてしまっているにも関わらず、まだ数年現役を続けるつもりらしく、この先更にオンボロっぷりを曝すのは間違いない。


NFL でボロの 2 Top と言えば、Adam Vintieri (アダム・ヴィナティエリ)=46歳と、ブレイディという事になるが、ヴィナティエリも現役続行の可能性がある。今や最大のボロとなったブレイディが駆逐されるまであと数年かかる見通しである。この 2人は 6シーズンの間チームメイトだった。


Tom Brady=トム・ブレイディ(N.E. Patriots=2000~)
1977年8月・カリフォルニア州生まれ即ち、新井貴浩・香取慎吾・市川海老蔵(XI)・安室奈美恵・アンジェラ・アキ、福留孝介、滝川クリステル、菅野美穂、松たか子、城咲仁と同い年。
幼少期から地元である SF 49ers の大ファン。フットボールを本格的にやり始めたのは高校からで、大学はミシガン大学に進学。2000年ドラフトで49ers からの指名を待ったが、それは叶わず結局ペイトリオッツに6巡目で指名され入団、2年目で第36回スーパーボウル進出を果たした。当時 Kurt Warner (カート・ワーナー)や Marshall Faulk (マーシャル・フォーク)を擁した St. Louis Rams (セントルイス・ラムズ)をS.B. 史上初のオーヴァータイムに入った上で撃破。その後のキャリアは知っての通り。


Adam Vintieri=アダム・ヴィナティエリ(N.E. =1996~2005→Indianapolis Colts=2006~)
1972年12月・サウスダコタ州生まれ。ポジションはプレイスキッカー。
常盤貴子、木村拓哉、藤木直人、平井堅、松雪泰子、寺島しのぶ、稲森いずみ、花田光司、ペ・ヨンジュン、堀江貴文、Manny Ramirez(マニー・ラミレス)、Luis Figo (ルイス・フィーゴ)、ジネディーヌ・ジダン(Zinedine Zidane)等々と同い年。
Tom Brady ・Peyton Manning という 2人の超大物QB に仕えて、両方でスーパーボウル制覇を果たした。




ここからは久しぶりのざつだん形式…


史上最低って、アメリカ人的には確かにそうかも知れない。

いや、日本人から見てもつまらんかったで。でもオッチーさんの時の中日の試合と一緒やったと思えば腹も立たん、特に2011年の時や。

落合監督、フットボールにいきなり降臨するの巻

中日関係無いやろ! でもこんな所でオッチー引きずり出されてて草

昔のユヴェントスの試合も大体こんなノリやった気がする。

Winning Is The Only Thing という試合なら、リスクを避けた地味な戦い方になるのはある程度仕方ない。

市川海老蔵(XI)って何でスーパーボウルに寄せた書き方すんねん?

QB と K と P は選手寿命が長い。激しくヒットされるケースが少ないのは大きい。何せ怪我から来る劣化のリスクも低い。

後半の強さは凄い! 逆転のニューイングランドを何回も見せ付けられてるンゴねぇ~

逆転勝ちというならマニング兄貴の方が上や!

初勝利のXXXVI とこの間のLIII は同じ2月3日開催で、対戦チームも一緒やったんやねぇ~

ラムズでなくセインツに出てきて欲しかったンゴねぇ~。それなら Brees vs. Brady という究極のボロ対決になったのに…

ブレイディ、実は元々野球が得意で高校卒業時はモントリオール・エクスポズ(現・ワシントン・ナショナルズ)からキャッチャーとしてドラフトされた事がある。

MLB 蹴って正解やったな

Brady 初先発出場の相手は何とあの Peyton Manning (ペイトン・マニング)を擁したコルツだった。しかもそこで勝利した。

そんなブレイディにも超苦手が一人おるで、マニング 2号こと Eli Manning (イーライ・マニング)様やで。スーパーボウルで 2回もブレイディに辛酸を舐めさせたんやで(第42・46回)!

マニング弟の見せ場はその2ヵ所だけやんけ

[ 悲報 ] マニ弟、「ブレイディと同格」を自称するも全く認められず失笑を食らう。

ところで、件の 2名はもうこれ位ボロいという感じなんか?


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東武8000系6R 車、2018年12月藤の牛島駅付近にて

115d29@bicmin01
115系末期色岡山車D29 編成 2018年11月備中箕島~早島間

わざわざ東武8000系とか115系末期色食パンを持ってきたのは悪意ありすぎや!

辛いさんや安室ちゃんが辞めても、福留孝介が辞めへんから辞められんのやろきっと(適当)

Avex広島阪神も関係ないやろ!

マニキなんて辞める寸前は目を覆う様な劣化を曝していた、でも現役最後の試合になったスーパーボウルを制してキャリアを終えた。しかも銅像まで立った。

それやり過ぎやろ! 相手にどうやって負けブック呑ませたんかねぇ~(白目)

NFL でブックなんてあったら怖いわ!

[ 悲報 ] 2019年、ブレイディとヴィナティエリのNFL 老害競争に Drew Brees (ドゥリュー・ブリーズ)も参戦してしまう。


NFL に於いてこれから近い内に置き換え対象になると思われる主な選手
Ben Rothlisberger (ベン・ロスリスバーガー、Pittsburgh・QB=36歳)
Eli Manning (イーライ・マニング、NYG・QB=37歳)
Aaron Rogers (アーロン・ロジャーズ、Green Bay・QB=35歳)
Drew Brees (ドゥリュー・ブリーズ、New Orleans・QB=40歳)
Philip Rivers (フィリップ・リヴァーズ、LA Chargers・QB=37歳)
Drew Stanton (ドゥリュー・スタントン、Cleveland・QB=34歳)
Larry Fitzgerald Jr. (ラリー・フィッツジェラルド、Arizona・WR=35歳)
Adian Peterson (エイドリアン・ピーターソン、Washington DC・RB=33歳)
Alex Smith (アレックス・スミス、Washington DC・QB=34歳)


ロジャーズなんて今年36になるというのに、最大で 5年分契約が残っているなんてパッカーズは頭がおか C

契約切れる時で40歳だから、あながちな話とは言えん。

クオーターバックで長期政権築いたら、置き換えるのが難しいいう事やね

幾ら飽きられても何が起きようがここまで来たら老害になるまでやってもらいましょう


[ 朗報 ] もう一人の「Brady を倒した男」ことニック・フォウルズ(Nick Foles)、この秋から漸くレギュラー復帰確実。

カーソン・ウェンツ(Carson Wentz)って毎年大怪我するイメージしかない。とんだ一杯食わせ者になる定期。

年末に大怪我して離脱→フォウルズに取って代わられるというブックを呑んでるからやろ(適当)

Foles が元々レギュラーやったのに、トレードに出してしまい、その後 Wentz を鳴り物入りで取った。
Foles はパーフェクトレイティング(158.3)と 7 TD を同一試合でスコアするという史上初の快挙を成し遂げる位の凄い能力はあった。

イーグルズっていまだにランドール・カニンガム(Randall Cunningham)のイメージが抜けんのやけど…




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今回は南イタリアのワインで先日テイスティングした物をフィーチャー。今回お出ましとなる Feudi di San Gregorio (フェウディ・ディ・サン・グレゴリオ)といえば、Mastroberardino (マストロベラルディノ)と並ぶ Taurasi (タウラージ)の巨頭である。勿論、Taurasi どころか Campania (カンパニア州)を代表するワイン生産者である。
この両巨頭によって Aglianico (アリアニコ)という葡萄も、それから作られる Taurasi を含めた色々なワイン達も陽の目を見る事が出来たと言える。そしてこの両巨頭は Taurasi DOCG と IGT Irpinia Rosso の両方で秀逸なワインを作り出している。
長い歴史を誇る Mastroberardino に対して、この San Gregorio は1986年創業というから歴史は浅いのであるが、デビューして10年にも満たない時点(1990年代)から高評価を連発し、あっという間に南イタリアのスーパースターに登り詰めた感がある。
その原動力になったワインの一つが今回フィーチャーする IGT Irpinia rosso Serpico (セルピコ・イルピニア・ロッソ)である。pre-phylloxera (プレ・フィロキセラ)、つまりフィロキセラ禍(19世紀後半)の前から存在する畑のアリアニコから作られているらしい。(フィロキセラを免れた自根モノかどうかは知らないが)


この Aglianico という葡萄はかなり晩熟で、その上少々ミステリアスな所がある。タウラージ周辺と気候や土壌が良く似ている他の場所で育てても上手く育たず、それ故に南イタリアの一部地域専用品種というポジションに留まっている。

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ヴェスヴィオ火山( Monte Vesuvio )から40km程東にある近い火山性土壌の畑で育てられた Aglianico 種は10月中旬~11月上旬にかけて収穫され(遅っ!)、ステンレスタンク内で30~40日掛けて発酵醸造される。その後マロラクティック発酵を経て18ヶ月間フレンチオークの樽で熟成され更に12ヶ月の瓶熟となる。このワインは無論、アリアニコ100%である。
このワイン、こんなバカでかいエティケットを使っていたのはこの1996ヴィンテージまでだったらしく、翌1997年にはこの半分位のサイズになり(普通のサイズ)、2001年頃から黒い小型の物に変わった。2009年頃からは現行の金色小型ラベルを採用している。


さてここからは本題であるワインのインプレッションに入って行く。
色はガーネットでルビーパープルは残さないがルビーレッドを残す。レンガ色はまだ入っておらず、予想より少し若い印象。
そして、拾い出したエレメンツを挙げて行くとこういう感じだろうか… 
リコリスブラックベリー、ブラックチェリー、ハスカップ、ブルーベリーBénédictine黒文字
続くグループとしてビターチョコ濃縮グレープジュースコーラ煎ったカカオ(アフリカ系)オールスパイス、クローブ
そこに加えて微かにジュニパーやタール、肉系のニュアンスまで乱入する場面も

タンニンが目立ち総体的に甘苦いフィーリングでしかも閉じ気味。その陰から熟成感を感じさせる旨味感と比較的穏やかな酸が主張して来る。香味の出方は完全にシームレス。果実の完熟感とそこから変化して生じる旨味感はかなりのレベル。返りは何しかフルーティーで結構甘美、諄くなることはない。このワイン、22歳となった現時点では変わり目なのかも知れない。完全覚醒によって甘美この上ない液体へと変貌を遂げるそのステップを踏んで行くのだろうか?、その一方構造面で一寸緩さも感じてしまう部分もあるので、そこは断言し辛い。


最後はスコアリングとなるが…、迷う部分もあるものの、 18 / 20 は献上出来よう



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小生位の世代だと、東武特急というとスペーシア100系ではなくこちらを思い浮かべる御仁達も多かろう。1960・70・80年代と東武鉄道の顔であり続け、その独特の風貌と相まってファンを魅了し続けた 1720系 、通称 DRC
DRC とはいっても DeLuxe Romance Car の略であるから、世界的に有名な彼の Domaine de la Romanée Conti (ドメーヌ・ドゥ・ラ・ロマネ・コンティ)ではない方の DRC である。(曝
実を言うと小生は東武、殊に伊勢崎・日光線とは縁遠い人生を送って来た為か、この車を生で目撃した回数は五指にも余る程度かも知れない。ただそういう個人的事情とは関係なく、この車両が伝説のスターである事に異論を差し挟む余地はなかろう。


東武博物館で 1721号車 (第1編成の浅草側)が保管されているのは有名だが、残されているのは運転台側の半分のみである。同一編成の日光側先頭車= 1726号車 は岩槻城址公園内に保存されている。車内が公開される事がある為、階段が付いてしまっているが、丸儘1両が保存されている。この編成の中間車2両=1724・25はわたらせ渓谷鉄道の神戸駅でレストランとして再利用されている。
今から5年以上前の話だが、1726号車目当てに2013年の9月末に岩槻城址に行ってみた。



tb1726@iwat02

1721号車はナニワ(アルナ)工機製造で、こちらの1726号車は日本車両製造(東京支社蕨工場)での製造である。第1・第2編成はナニワ工機と日車の混成軍であった。

実を言うと小生、幼少期に乗車した様な記憶もあるが定かではない。(ビスタカーはちゃんと記憶しているのに…)
小学校低学年の頃だったと思うが、図鑑でその姿を見た時には何しかゴツくて仰々しい出で立ちだと感じたものだった。
それから40年近くを経た2013年の時点でだが、静態保存車ではあっても改めてその姿を拝んでみると、クラシックでヴィンテージな佇まいに魅せられてしまう。ライト回りのゴツさには驚いてしまう。縦長のボックス状のライト回りというと、 EF66-0 番台 然り、 181系~489系 に至るまでの国鉄特急ボンネット達も採用していたが、この DRC の奴はやり過ぎ感がいっぱいである。鹿の角みたいな飾りも何か意味があったのだろうか?
作り易さや空力特性、メンテのし易さが求められる今の時代ではこんなデザインは到底許される訳がない。


tb1726@iwat04

撮影した時間は日没も迫った17時30分頃、周囲の木々の影が映らない様な時間帯を選んで夜景の様な撮り方で撮るのが良かろうと思ったのであった。西の空が小生の予想より明るかったのは計算外だった。
1720系が絶賛晒し中なのは公園でも北東側の隅っこで、隣接するのが第 3駐車場で、この駐車場だけ何しかクローズする時刻が早いので17時台の撮影になってしまった。
歩くのが面倒でも第 1若しくは第 2駐車場に入れておくべきだった。そうしておけばトワイライトやブルーモーメントで撮れたかも知れない。今の時期なら周囲の欅も芽吹いておらず、9月末に比べれば日の入りも早いから群青色の空をバックにした絵も可能かもしれない。
現在2019年、この車がこの場所にやって来たのは1994年なので、晒し者歴も 25年になるのである。


tb1726@iwat03

今でこそどの業界も「インバウンドが~」と喚き散らし、「外国人観光客へのアピール」なんて事を馬鹿の一つ覚えの如く連呼しているが、今から60年も前に外国人観光客誘致の為の仕様をふんだんに盛り込んで DeLuxe の名に恥じない豪華仕様の列車として登場したのは正にエポックメイキングな事だったと言える。
当初備えられたジュークボックスやサロンは後年外されてプチ豪華位にダウンしたとはいえ、この風貌そして格調高さと相俟って終生その存在感は褪せる事はなかったと思われる。
この 1720系 は打倒国鉄の切り札として登場し、東京~日光間の競争では完全に勝ったと言える。ただし、賞レースでは キハ81系 に敗れた(1961年)。
2006年から現在に至るまで東武とJR は「日光」・「きぬがわ」で相互乗入を行っているが、そんな事 DRC の時代には誰が想像しただろうか?


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画面左サイドを見ると分かるが、何故信号機まで建ててあるのかは理解に苦しむ。(この蛇足は東武から押し付けられたのか?)

1960年から1973年にかけて 7編成42両が製造されたが、第6編成=1771F 竣工から第7編成=1781F 竣工までの2年の間に、1700系を1720系そっくりさんに作り替えて(更新して)しまったのは有名な話。
如何にもケチな東武らしい暴挙といえばそれまでだが、途中で1720系と同じ台車やモーターを交換してしまったので、それなら1700系は完全に没にして1720系を最初から真っ新で作れば良かったやんかという事は言えるが、それだと最終増備が第9編成になり、この系列の附番からすると1800番台に行ってしまう。それを防ぐために1700系を クリソツDRC に更新したのか…、というのはさすがに牽強付会が過ぎるか?


登場時と大きく変わる事無く走り続けた1720 / 1700系も100系スペーシアの登場でバブル末期の1990年から廃車が始まるのだが、そして1991年8月に定期運用終了、9月にラストランを行いその歴史に幕を下ろした。ただ、ここで東武鉄道を甘く見てはならない。同社は再びの暴挙に出る!
それがりょうもう用200系への「更新」だった(紙の上の話ではあるが)。ほぼ同世代の西武NRA 10000系でも101系の「廃車機器流用」なのにである。その「更新された姿」はシンプルといえば聞こえはイイが、何しか地方私鉄の特急というレベルにしか見えない。



tb209@kksgy01
209編成 北越谷~大袋間、所謂イ86号踏切にて 2009年1月

この200系、1990~98年の8年に渡って「更新」されてきたが、何せ1700系の機器を流用していたりする事も考えると、東武自体は将来の去就について何もアナウンスしていないが、あと5年以内にはその命運も尽きるのではないかと思われる。

tb20x@kask01
春日部を通過して野田線を潜る手前のカーブにて 2013年9月末
編成番号特定は出来ないが、パンタの形状からして201~206編成の何れかであるのは明らかである。

西武では遂に「肉棒電車」「走る肉茎」が登場し、実質上無塗装のボディと相まってデビュー前から悪趣味感を振り撒いている。鉄道に限った事ではないが今の世には如何せん見た目にチープで悪趣味な物が溢れ過ぎである。他に類を見ない存在感や格調高さという付加価値を生み出すようなデザイン力というものも消え失せてしまったのだろうか?

ここまで色々書いて来たが、最後に東武史上随一ともいえる名車にはこの曲を捧げてこの記事を締める事にする。

その曲とは…、Queen 初の本格的ヒットシングルである " Killer Queen " (1974)である。
アルバム " Sheer Heart Attack " からシングルカットされて英国でTop 3 、アメリカでもTop 20 入りを果たした曲だった。尚、一部の御仁達には歌詞の中の「gunpowder, gelatine 」という部分が「がんばれ田淵」と聞えるのだとか(曝)(笑)(余談だが、フレディと田淵氏は同い年)


因みに、Freddie Mercury (フレディ・マーキュリー)氏が死去したのは東武DRC ラストランから77日後の1991年11月24日だった。
実際の曲に関しては、こちらのようつべでも御参照頂きたいのだが、フレディの画面を通じて放つホモ感が半端なく草生える



She keeps Moët et Chandon in her pretty cabinet
Let them eat cake, she says just like Marie Antoinette
A built-in remedy for Kruschev and Kennedy
At anytime an invitation you can’t decline

Caviar and cigarettes, well versed in etiquette, extraordinary nice
She’s a kilker queen
Gunpowder, gelatine, dynamite with a laser beam
Guaranteed to blow your mind anytime
Recommended at the priceInsatiable an appetite…, wanna try ?

To avoid complications, she never kept the same adress
In conversation, she spoke just like a baroness
Met a man from china, went down to Geisha Minah
Then again, incidentally, if you’re that way inclined

Perfume came naturally from Paris ( naturally )
For cars she couldn’t care less, fastidious and precise
She’s a kilker queen
Gunpowder, gelatine, dynamite with a laser beam
Guaranteed to blow your mind anytime

Drop of a hat she’s as willing as playful as a pussy cat
Then momentarily out of action, temporarily out of gas
To absolutely drive you wild, wild…, she’s all out to get you

She’s a kilker queen
Gunpowder, gelatine, dynamite with a laser beam
Guaranteed to blow your mind anytime
Recommended at the priceInsatiable an appetite…, wanna try ?
You wanna try ?





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