Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2019年01月

大阪は水の都を昔から自称していた。年末には「OSAKA 光のルネッサンス」なるイベント(大阪・光の饗宴の一環)も行われるなど、水の都的な所を観光資源として売りにしようと官民挙げて躍起になっている様にも見える。
水の都・大阪の中でも大きなアイコンともいえるのが中之島界隈である。「中之島」という通りに 2本の川に挟まれて中州みたいになっている。寝屋川と大川がテレビ大阪のある寝屋川橋で合流するものの、そこから約1km西の天神橋付近で 2本に分かれて堂島川と土佐堀川を形成している。この 2本が大阪市中央卸売市場付近で再合流し安治川になるのである。


ここでは2017年11月下旬に撮影した作例を紹介する。光のルネッサンスは開催前でイルミネーションの賑やかさはないが、普段でも所々ライトアップがあり全国区の夜景スポットではある。

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夜景はトワイライトからブルーモーメントになる時間を狙うのが定石である。ただその時間は限られたものなので、ポイントを絞る必要があった。八軒屋浜や玉江橋の辺りは過去に撮影しているの事もあって、この時は大江橋からスタートし西に向かって進み渡邊橋まで進む事にした。
16時過ぎに仕事が終わってその後この界隈に移動しての撮影だったが、こんなシャッターチャンスがあろうかと思って、smc DA 14mm f2.8 (ここ数年あまり出番がなかった)を用意していたのが嵌った。
17時前に現場に着いて軽くロケハンした後、大江橋での最初のショットは西側を向いて撮ってみた。西の空は綺麗な茜色が出始めていたがまだまだ明るい。
そこで橋の逆サイドに移ってブルーモーメントに入り始めた東側から撮り始める事とした。



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北北東寄りにカメラを振って撮ると阪高の奥に西天満界隈が入る。西天満は大阪地裁が有名で法曹関係の場所が多く地味な場所なので、光量も少なめで今一つパッとしない。川に架かるアーチ橋は水晶橋と思われる。この橋の灯りがアクセントになっているのが救いだろうか?

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こちらは水晶橋に正対するアングルで撮った作例。右サイドは大阪市役所になる。12月になるとこのサイドはイルミネーションでもう少しきらびやかになるのだろうか?
これならもっと東にある難波橋あたりからスタートしても良かっただろうか?



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御堂筋を渡って西側に戻ると、漸く夜景らしくなってきた。西側の地平線近くには適度に茜色が残り、ブルーモーメントが始まる時の幻想的な空である。この日は見ての通り一日中快晴、晩秋から冬に移ろう一日で黄砂も無く湿度も低く絶好の夜景日和だった。
「夜景撮るのは何時ですか? こういう時でしょう!」という典型のシチュエーションだった。


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少し角度を変えて撮ってみる。堂島川なんてどう考えてもドブ川に毛が生えた程度の物なのだが、堂島浜のビル群の水鏡が出来るとそんな感じはあまり受けない。

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更にポジションとアングルを変えて撮るとこうなる。
ここで一つの大きなポイントとなるのが阪神高速 1号環状線なのだが、この日は通行量が思ったより少なめでアピールに欠けてしまった。渋滞しない程度にもっと通行量があると光量と華やかさが稼げたのにそこは残念だった。


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大江橋から西に移動し中之島ガーデンブリッジとのほぼ中間点から北西方向を臨む。この時点でほぼ完全にブルーモーメントに入ったのだが、このアングルだと左奥に新梅田シティが大きく映り込んでくる。阪神高速の下に映る橋が中之島ガーデンブリッジである。

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更に歩を進めてガーデンブリッジの手前で撮るとこんな作例も出来る。

其の壱と謳っているという事は、当然これにはまだ続きがあるって事で…、そこは其の弐にて!



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1978年、それは ビスタカー が産声を上げて丁度20年という年だった。
従前の10100系は運用し易くする為か、コンパクトな3連接という形を取り、片方だけ流線型非貫通=A・B 編成、両方貫通=C 編成という3つのスタイルを持っていた。これで他系列との併結運用が比較的容易にはなった。連接という構造がやはり癌だったと考えられ、そこから来る各種の弊害は看過出来ないものだったと推測される。


ktvasat@isash01
22600系AT・22000系AS を後に従えての8連で名阪特急運用に就く 伊勢朝日~川越富洲原間 

10100系の廃車は12400系登場の1977年から開始されたが、初代・2代目の経験を踏まえて新世代ビスタカーとして開発されたのが 30000系だった。連接構造を廃止し、ボギー形式の4連ユニットを採用。顔も 12400系 と同じ貫通型正面に統一。他の特急車との共通運用化を最初から前提にしたと言える。
斯くして3代目が1978年12月に登場すると、残存していた2代目をわずか半年で置き換えた。翌1979年春~夏のトリプル連結「10100系引退興行」へと繋がっていったのである。


ktv@kois02
12200系に裏被りを食らいそうになる名古屋行きの単独運用 2016年2月・櫛田~漕代間

ktvns@kois01
12200系と組んでの8連名伊特急で賢島に向かう 2016年2月・櫛田~漕代間

この30000系、開発段階初期ではダブルデッカーは採用しない方向で考えられていた模様である。ダブルデッカーの欠点の一つとされる乗り降りに手間取るという部分が敬遠され、単なるハイデッカーという方向で考えられた。しかし、ハイデッカーでも乗降のし難さが解消されるわけでもないとされ、ダブルデッカー採用と改められたらしい。
そういう紆余曲折があったのも、先代と違い名阪ノンストップを想定せず阪伊・名伊特急に充当するという前提に変わってしまった事がある。


ktv@isnak01
単独の4連で賢島に向かう 2016年2月・伊勢中川~伊勢中原間

10000系、10100系はその特殊性が前面に出て、それ故に使い辛い物になってしまいそれぞれ13年・20年という比較的短命に終わってしまった。
これに対し、3代目は汎用性との両立によって去年末に40周年を迎えたばかりでなく、カラーリング変更を含めたリニューアルを受けて、50周年という大台まで行ける可能性が出てきた。

このビスタカー(Ⅲ)が産声を上げた1978年というと、成田空港開港、キャンディーズ解散コンサート=後楽園球場(「普通の女の子に戻りたい」と言って後々は普通の芸能人に成り下がった=曝)、江川卓氏の「空白の一日」、故・大杉勝男氏の「疑惑のホームラン」、宮城県沖地震、伊豆大島近海地震、第一次大平正芳内閣成立、故・植村直己氏の犬ぞりでの北極点単独到達、旧農林省が農林水産省に改組、王貞治氏の通算800号HR、「Star Wars Episode Ⅳ」=第一作の公開、世界最強タッグ決定リーグ戦初開催…、こんな辺りだろうか。

因みにこの 30000系 と「同期生」になる面々はというと…、サザンオールスターズ、石野真子、石川ひとみ、杏里、竹内まりやPrinceVan Halen、The Cars 、更にスポーツ界ではS.S. マシン(平田淳嗣)や達川光男が同期で、テレビでは「暴れん坊将軍」、「ザ・ベストテン」、「熱中時代」、「24時間テレビ」、「白い巨塔」(故・田宮二郎氏のヤツ)が、自動車界ではHONDA・プレリュード、三菱・ミラージュがこの括りに入る。
1978年生まれという括りに変えると、ヤクルトのミルミル、横浜スタジアム、サンシャイン60、浜崎あゆみ、Misia、椎名林檎、持田香織、ISSA、矢井田瞳、DAIGO、ファンキー加藤、堂珍嘉邦、長谷川京子、矢田亜希子、菊川怜、
釈由美子、大江麻理子、白石美帆、長瀬智也、小泉孝太郎、若林正恭、塙宜之、
スポーツ界では、Frank Lampard (フランク・ランパード)、Gennaro Gattuso(ジェンナー・ガットゥーゾ)、Kobe Bryant (コービー・ブライアント)、Manny Pacquiao (マニー・パッキャオ)、森野将彦、関本賢太郎、Vernon Wells(ヴァーノン・ウェルズ)、Chase Utley (チェイス・アトリー)、澤穂希、浜口京子、井上康生…等々まだまだ挙がる。



そんな30000系も1990年代後半に入り20年という大台に差し掛かると、車体・各種設備更新が必要になった。そこで、中間車 2階部分は新たに作り直して取り換えるというだけでも大規模工事だが、母線長が50mまでおK になった事でパンタの削減、その他諸々の工事を行った。これで観光客を運ぶリゾート特急としての性格を強めた VISTA EX に生まれ変わった。

これによる効果としては、パンタの異常近接配置のリスクが無くなったので重連が可能になり、他系列との併結の自由度も増した。W パンタの時代には不可能だった形の併結も可能になった。
1枚目や3枚目の画像を見ればわかるが、2丁パンタの車両を隣に持ってくる様な併結はEX になったから可能になったのである。
併結運用の場合、W パンタの他系列は阪伊・名阪では難波寄り、京伊では京都側、名伊では賢島側に持ってくる以外無かったが、EX 化でどちらでもおK になった。


ktv@kois01
漕代を通過し櫛田川を渡るべく築堤を駆け上がる難波行き 2016年2月・櫛田~漕代間

ktvns@iss01
12200系とほぼピッタリ並んでしまった…、2015年11月・宮川~伊勢市間

ヴィスタカーのネタ元はアメリカのEmpier Builder (エンパイア・ビルダー)だったと言われる。(現在もAmtrak の下で運行している)そのアメリカではスーパーライナー客車を使用したAmtrak の長距離列車群、更にはシカゴ・メトラのハイライナーといったダブルデッカー列車がある。
今やダブルデッカーは国内外に結構な種類が存在していて、珍しいものではない。
欧州での代表選手は何といってもTGV Duplex Avelia Horizonスイス国鉄のIC2000客車・RABe511形電車等々を始めとして、ダブルデッカー車両は各国で当たり前の様に走っている。
日本では乗降に時間が掛る等の理由で敬遠されがちで、重心も高く軸重も嵩んでしまう事もあり、新幹線からは排除されてしまった。ただそれ以外では首都圏の普通列車グリーン車、E26 系、285系京阪8000系JR 四国5000系(マリンライナー)が走っている。

日本に於いてダブルデッカーはあまり浸透しないが、ヴィスタカーはそのパイオニアであるのは間違いなく、名列車であるのは疑いようがない。
30000系は今でも単独運用が多いが、他系列との併結運転のケースは更に減って行くと考えられる。来年以降、3代目アーバンライナーが登場すると、名伊・阪伊等での6連運用も21000系・21020系におまかせ!という事になって行く可能性は高い。汎用特急車の6連は減って行くと考えられ、8連運用のケースも増えるとは思えずこの系列も 4連単独運用ばかりになってしまうかも知れない。(2025年の万博輸送(Ⅱ)という一時的要素を加味してもである)



ここからは初めて志摩線内で撮った画像=2017年3月を紹介する。

kyv@shmiso01
志摩磯部~穴川間の所謂磯部カーブにて 外国人観光客による誤乗防止の為の副標で特急表示を復活させた。 

2017年3月上旬撮影だが、カーブ外側の枯れ草は焼いてあったのは香ばしかったのだが、勿論撮り鉄的にも助かる。
磯部カーブというと望遠で切り取るこのアングルだが、秋冬期の昼頃の列車が順光になる



ktv@shmiso03
京都を目指す 上画像と同じ磯部カーブの反対側からのアングル

冬場は難しいが、春先や秋口なら午後遅い時間の上り列車はカーブの内側から広角標準系で狙える。遠近感が強く出てしまう事や架線柱の処理に結構きついものがあるのを厭わなければの話だが。

脇役に甘んじる様になってかなりの年月が経った様にも思えるが、40年に渡って活躍しまだこの先10年位は使い倒されそうなこの名車をこの曲を以て讃える事としてこのネタを締めたい。
又々の登場になってしまうが、Bobby Caldwell が1978年に放った有名曲、" What You Won't Do For Love " である。彼に関して一番有名なのがこの曲であろう。
どの様な曲かについてはこちらのYouTubeでも参照頂きたい


I guess you wonder where I’ve been, I searched for the love within
I came back to let you know. Got a thing for you, and I can’t let go

My friends wonder what is wrong with me Well, I’m in a daze from your love you see
I came back to let you know. Got a thing for you, and I can’t let go

Some people go around the world for love, but they may never find what they dream of
What you won’t do, do for love. You tried everything, but you don’t give up
In my world, only you..., make me do for love what I would not do

My friends wonder what is wrong with me Well, I’m in a daze from your love, you see
I came back to let you know. Got a thing for you, and I can’t let go

Oh, I only want the best, it’s true. I can’t believe the things I do for you
What you won’t do, do for love. You tried everything, but you don’t give up
In my world, only you..., make me do for love what I would not do

Make me do for love what I would not do..., make me do for love what I would not do
Make me do for love what I would not do..., make me do for love what I would not do





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今回取り上げるのは、Bourgogne のグランメゾンの一つである Joseph Drouhin (ジョセフ・ドゥルーアン)のワイン。このメゾンはどちらかというと Montrachet (モンラッシェ)等の白ワインで名を馳せている様に思われるが、ここでフィーチャーするのは赤ワイン。
Gevrey Chambertin (ジュヴレ・シャンベルタン)は Côte de Nuits (コート・ドゥ・ニュイ)でも面積が比較的広く、9区画の Grand cru と20区画以上の 1er cru が存在する。その一級畑の中の一つがこのワインを産する(Aux又はLes)Combottes (コンボットゥ)である。又そのロケーションは Gevrey の一番南側で南隣の Morey-St. Denis (モレ・サン・ドゥニ)との境目にある。


Joseph Drouhin は1880年にBeaune (ボーヌ)で設立されたメゾンだが、創設者とその子孫達によって経営されてきていて、現在は Joseph の曾孫達(4代目)が運営している。Bourgogne でも大手の部類に入るドメーヌ兼ネゴシアンである。1957年から経営に当った3代目の Robert Drouhin (ロベール・ドゥルーアン)の時代に名立たる特級畑(grand cru)を次々に取得した事もあって、ドメーヌとして所有する畑だけでも65haに上りそのラインナップも錚々たるものとなって現在に至っている。1988年からはオレゴンで Domanie Drouhin Oregon (ドメーヌ・ドゥルーアン・オレゴン)も経営し、ピノノワールからワインを作っていてこちらもかなり有名な品である。
小生もこの蔵のワインを初めて見掛けたのは30年以上前の事で、当時は雪印乳業がエージェントだった。(現在は三国ワイン等が扱っている)
30年以上前なんてこの国でブルゴーニュワインを見掛ける機会なんて然程なかった時期で、この国で早くから浸透していた作り手だというのは間違いなかろう。



gevcombt96jdr01このワインとの出会いは2007年秋だった、確か。神戸に行った際に元町の或る店で偶然見付けて買った記憶があるボトルである。当時のプライスは ¥8000位だったと思うが、それも今となっては隔世の感がある。
去年の大晦日の深夜つまり日付は変わって2019年の元旦になってテイスティングしたので、今年の一発目になるボトルだった。


てなわけで…、肝心のインプレッションに移る事とする。先ずはカラーだが、結構レンガ色の入ったガーネット、クリアで深度は中程度~やや深め。
エレメンツを挙げて行くと、リコリス、シナモン、クローブ、コリアンダーシード、乾式葉巻ラズベリー、野苺、野薔薇、ハイビスカスティー、クランベリー
そこから続いて出てきた一群としては、昔のFernet 系、Bénédictine、セミスウィートチョコ、カラメル
更にはEpoisse(エポワス)苺ジャム、桧材、マロウ、Lady Grey、キームン
そんな感じだろうか…


無理なく綺麗に熟成しそれなりに甘美な液体になったのは間違いない。特筆する様な凄いとかインプレッシヴな要素はないが、パッケージとして何やらかんやら云っても結構宜しい感じに出来上がっていると見た。滑らかなボディの広がりと膨らみは水平方向がやや勝るか?

軽快でシルキーな流れ方はこのメゾンのカラーが良く出ている感じでそこは、いいね!である。柔らかくもキレを残す酸に伴われながら流れる。済んだ出汁の様なタッチと梅酒の様な抜けも揃っている。

時間経過と共に、フィニッシュ~アフターという所の溜と盛り上がりが少し出てくる。その部分はさり気無いというかやや大人しいのが玉に傷か。
いつもの様にスコアリングしてみると… 17.5 / 20
フィネスもそれなりにあって美しいワインだが、そこからもう一歩踏み込めているとは思えず、ちょっとスコアが伸びなかった。




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harumi001


去年 7月、IR 法案(統合型リゾート法案)が成立した。6月以降特に大規模災害が連続している状況下だった事も御記憶の方は多いと思うが、その中で強行突破的に成立させた事にもっと批判が集中していも良いはずだったが、そこは悪運強過ぎのアベ・ジョンイルはさすが!

反対派も酷いもので「ギャンブル依存症が増える」とかその対策の話とか、そんな所しか追求出来ていない。もっと追求すべき所はあった筈である。推進論者は外国人観光客がドンドンやって来てカジノを設ければジャンジャン儲かると夢の様な話すらブチ上げるが、これも夢の様な話でしかない可能性が高いのである。

シンガポールもカジノがあるが、そこはアメリカ資本が胴元を握っている。そこに至る経緯は恐ろしく不透明で、アメリカの会社に握らせた経緯等を示す資料や数字は何処を探しても見付からないらしい。そこはさすが独裁国家クオリティと呼べる所。
(因みに、ここのカジノは国際会議に出席するVIP 達に少しだけ遊んでもらうというのが主な目的)
ただ、ここ数年はアジアのカジノは何処も閑古鳥が鳴いていて、カンボジアのカジノが一人勝ちという状態。


賭場の胴元は絶対儲かる、その胴元の権利をアメリカ資本のカジノ業者に独占させようという腹は見え見えだ。御存知の方も多かろうが、トランプ政権はカジノ業界と一体の状態で、トランプも運営会社を持っている

トランプの側近にはカジノ王 Sheldon Adelson (シェルドン・アデルソン)がいるのだが、アベジョンイル訪米時にその一団との会談した結果、何と胴元(運営会社)に「金貸し」もやらせる事は禁止にする筈だったのが、一転 OK になった。
ここまで来ると時代劇の賭場と一緒のノリである。


IR 設立可能なのは国内 3箇所、そこに合わせて運営会社も 3事業者という形に決められている。
日本に来る外国人観光客がカジノを目当てにはするとは到底思えない。そんな事はアメリカ側もお見通し。カジノと金貸しのダブルで日本人から収奪する事だけが目的なのである。胴元は絶対儲かるのが賭場という所、好き勝手放題日本人の富を収奪出来るというアメリカ、殊にトランプ政権の一団にとっては美味しすぎる展開なのである。
外国勢力による収奪に積極的に加担して自国民は潰しておきながら、自分のお友達には行き過ぎた不当な利益供与。暴君アベゾフの背任ショーと呼ばずに何と言う。
これを日本の宿命とほざく政府関係者達も勿論同罪の売国奴である



~カジノ以上の極悪政策が進んでいる!~

今国会で入管法の騒ぎの影に隠れているものの入管法以上に問題なのが水道法改正。鉄道でいう上下分離を採用し、水道の運営を民間に丸投げできる様にするというもの。
フランスに視察に行った官僚が水道メジャーの会社(Suez )に移動用の車等を用意してもらってそれを使っていたという事実がばれてしまった。こうなると最初からこの会社に握らせる事ありきで政策が進められる破目になるのは明らかである。アジア・アフリカ・ラテンアメリカの「遅れた国」で利権を取ろうとするなら賄賂攻勢は 1丁目1番地というのが欧米の常識、日本も舐めくさられたものである。

水道民営化というやり口、他国もこぞって失敗して、公営に戻さざるを得なかった所も多い。ところが公営に戻す余地を与えない様に法律を改正するというのである。

水道インフラの老朽化は全国的に深刻な所が多く、その改修のコストが膨大な物になる事も避けられないという現実はある。それが自治体を通じて利用者に圧し掛かる危険性が大きい事も考えられる。
グローバルな戦略が必要だ等とぬかしながら、実際は世界の孤児にまっしぐら。何でも世界の潮流に合せろという小並感的な事を言う気は毛頭無いが、水は国民の生命に直結する最重要資源。


水道というインフラの少なくともハード面は、国家が責任を持って管理すべし。水道と消防は市区町村の管轄になっているのも見直さなければならないだろう。
オリンピックなんか無くても生きて行ける人間は99%以上、でも水無くして生きて行ける人間はいない。こんな事は牛馬犬猫の類でも判る事である。



~サマータイム~

東京五輪組織員会会長=北陸の老害豚からアベゾフに要請したという報道はご存じだろうが、東京五輪を使ってゴリ押ししようとしているのは明らか。同時にこれが根本的に財界の意向なのも明らか。
サマータイムを採用しているのは欧米に多い。オーストラリアでは一部の地域で、南米ではチリとブラジルが採用している。そもそも、この制度はイギリスで提唱されたが、最初の実施例は1916年のドイツである。
昼間の時間が長く取れる事で、長時間労働を強いることが容易になり、経済活動が活発になるという理屈に尽きるだろう。


小学校の授業で習っている筈だが、ヨーロッパや北米の様な高緯度地域では夏と冬で昼の時間の長さに大きな差が出来てしまう。極地であれば、ホワイトナイトとピッチダークという極端過ぎる様な差になる。冬場の陽の短さを考えると、春~夏の日中時間は貴重なものと言えるのである。
例を取ると、コペンハーゲン=北緯55度では当時で昼の時間は7時間30分程度、夏至で17時間30分位になるからその差は10時間。パリ=北緯48度で冬至で約8時間30分、夏至で15時間20分位になるからその差は7時間弱。東京でなら夏至で14時間半、冬至で9時間45分程度なので差は5時間にも満たない。


そんな欧州でもスイスで廃止の動きが出たのを皮切りに、EU がインターネットで意見公募したところ廃止が圧倒的に支持されるという数字が出て、EU 圏内でも廃止は間違い無いという模様になった。早ければそれこそ2020年にもサマータイムは消滅する事になるらしい

日本を含めた中緯度以下の地域では冬場でもそこそこの陽の長さがあり、サマータイムを無理矢理導入する合理性が存在するとは到底思えない。欧米でも 1時間だけなのに、そこを 2時間移動するなんて市民達を愚弄し、更なる虐待搾取を進めるという背信行為と言わずして何と言うのだろうか?

嘗て「国民の生命財産を守るのが国家の第一の責任」と言っていたのはアベゾフの祖父(母方)である岸信介
世には「肉を切らせて骨を断つ」という表現はあるが、肉を切らせて事足りず肉から骨から内臓や皮まで食わせて挙句の果てには相手に引っ搔き傷すら付けられないというのがこの国なのか?
隅から隅まで奴隷根性染まりきったこの国と国民には相変わらず反吐しか出ない。




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1940年代から走り続ける 近鉄特急 の顔といえば、今こそアーバンライナーしまかぜという事になるのだろうが、しまかぜ登場は2013年であり、1988年にアーバンライナーが登場する前は間違いなくビスタカーだったといえる。そのビスタカーが去年60周年を迎えていたのである。
ところが近鉄はこの大きな節目を「VISTA、か~んれきぃ~!」という感じで大々的に記念する事もなくあっさりスルーしてしまったのである。


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阪伊特急として単独で賢島に向かう 2013年11月・松塚~真菅間

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22600系AT 編成を付けて鳥羽に向かう 1枚目と同日同所

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12410 or 12600系?を従え名阪運用に就く 2013年4月・川越富洲原~近鉄富田間にて


ビスタカーは御存知の通り、初代が 10000系 、2代目が 10100系 、3代目が現・VISTA EX 30000系 である。

初代ビスタカー 10000系 の運用開始は1958年の7月11日、その編成構造は 2両+3連接+2両=4両+3連接で 7連という珍妙なものだった。しかもこの車両の存在自体がダブルデッカーの実証実験だったのである。実証実験という事で、7連ユニット 1編成のみが投入された。
3連接の両端(3・5号車)がドーム構造ダブルデッカー構造で、更には簡易運転台まで付いていた。この連接部分と連結される 2・6号車にも入れ替え用運転台があったから、4号車以外は運転台を備えていた事になり、7両中で6箇所も運転台があったというだけでもびっくりである。
何でこんなヘンチクリンな編成にしたのかといえば、3つのユニットに分割出来る様にしておいて、運用の自由度を上げたかったらしいのである。
標準軌車両という事もあり、高出力に最適なWN ドライブで駆動している。この駆動方式が日本に初導入されてから 5年(白黒テレビカーこと京阪1800系が最初)、この車両に於けるWN 採用はこの国の鉄道でも非常に早い部類に入る。


小生としては、この実車を見た経験すらないが、4枚折戸というのは興味をそそられる。
4枚折戸なんてバスの話かよと思われるであろうが、2枚折戸は今の鉄道やバスでも見かける事がある。昔の路面電車にも 4枚折戸の採用例はあるが、鉄道車両だと 711系試作車 を思い浮かべる方もおられよう。でもやはりその決定版はクロ157-1 、唯一存在した クロ157 という形式、つまり御料車(貴賓車)であった。幼少期にこれを図鑑で見た小生の脳裏には 4枚折戸の鉄道車両は特別な物だという認識が生じたと思われる。


ビスタカーという名前、本当はヴィスタカーと書かなければならない筈である。Vista という言葉はイタリア語で、英語にすると view、即ち眺望・景色という意味になる。大阪市電5号形電車がこの国での初採用例とされている。そう考えると、Vista Car なんて本来成り立たない言葉である。ここは本来、 macchina della vista (マキーナ・デラ・ヴィスタ)若しくは  view car (ヴュー・カー)にしないとならない筈なのだが、そんな事を気にするのは小生位だろうか?

そして、1959年には早くも2代目となる 10100系が登場する。それは始祖となる 10000系の登場から1年後の事だったが、要は中間3連接の部分を抽出し独立させた様な格好になった。3連接の中央部分だけダブルデッカーにしたが、こちらは非ドーム構造で2階が広くなり席数も増やせた。

実はこの10100系、小生は一度だけ乗車した経験があるのである、しかも中央の2階席だった。家族旅行で連れられて乗車したわけだが、その時の小生は小学校低学年だったので、余り鮮明な記憶はないが、インプレッションとしては何しか予想したより狭かった様な気がする。

この 10000系 だが、僅か13年という短い生涯だったものの、その間に2回の魔改造を受けている。1966年11月の河内国分での追突事故で伊勢側先頭部分が大破して、これを機に伊勢側先頭部は非貫通から貫通型に付け替えられ、同時に 4枚折戸も 2枚折戸に変更された。編成の両端の形状が全く違うものになってしまった事になる。1970年には、トイレが垂流し式からタンク式に変更され、同時に1か所は移設されている。
そして、1971年即ち大阪万博(Ⅰ)翌年の5月に13年の生涯を終えた訳だが、この13年というのは鉄道車両の減価償却が計上出来る年数のリミット(税法上)である。そこは何とも上手いタイミングだったとしか言い様がない。


何故、初代・2代目のビスタカーが連接構造だったのか、明確な答えは出し辛い。ただ連接という構造がこの両者の寿命を大きく縮めたと言って差し支えない。この国内では連接は使い辛いというのは間違いない。 フランスの誇る TGVThalys は19m級車体の連接構造だが、ヨーロッパの強固な地盤の上を走れるという環境的な部分並びに動力集中構造である事が組み合わされてそのメリットが出せているのである。
その一方、軟弱地盤の場所が多く動力分散方式が圧倒的主流となった日本では、軸重が増えやすいとかメンテナンスが面倒臭い等のデメリットが大きくなってしまうという違いがある。


ktv@kusdgw01
単独で京都に向かうべく櫛田川を渡る 2012年9月・櫛田~漕代間 

ktv@matdk02
阪伊特急として単独4連で難波に向かう 2013年11月・松塚~大和高田間

ktv@iss02
晩秋の昼下がり伊勢市駅にアプローチする賢島行き 2015年11月・宮川~伊勢市間

1959年は伊勢湾台風の襲来があった。近鉄も大打撃を受けたが、これを機に名古屋線の改軌に成功、当初は伊勢中川でのスウィッチバックという形だったが名阪直通列車という悲願達成と相成った。それに伴い新設された名阪ノンストップ特急10100系 が充当されたのだった。それが大当たりしたのか、名阪間の利用者シェアでは当時の国鉄を大きくリードして、国鉄にとってはまさにデンジャラス  K という存在になったのであるが、それも 5年だけだった。
1964年に東海道新幹線が開通すると状況は逆転、名阪特急は影の薄い存在として隅に追いやられて行った。近鉄特急も名伊・阪伊がメインになると、ビスタカーも伊勢志摩方面の運用に回された。(同車両は1975年に名阪特急運用終了)
そして時は流れて1978年末、あの車両が登場するのであった。


この先は其の弐へと続く!



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