Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
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2018年03月

酒屋は幇間たるべし?

ネット通販をしているワインショップや酒屋は多いが、そのホームページやメルマガを見ていると、「嘘付け、ドアホ!」「たかがこんな物、ようこんな大袈裟に褒めれるなぁ」「酒屋辞めて太鼓持ち=幇間になった方がエエの違うか?」と突っ込みたくなる様なセールストーク的文句が並んでいる事が多い。そんなのにはウンザリな小生である。
その事はネット通販に限った事ではなく、10年以上前の事だが都内にあるワインショップを訪れたらそこで延々とセールストークを聞かされてウンザリした記憶がある。商売熱心なのはイイが、「舐めんのもエエ加減にせぇや、コラ!」と思わず口走りそうになった小生だったのである。(その時点で小生のワイン歴は約20年)


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※画像はあくまでもイメージであり、記事の内容と直接関係するものではない

去年秋に大阪市内のこの酒屋を訪れた際も、お店の御仁と色々話しているうちに、目に付いたワインそれぞれの作りについて突っ込むような質問もしてしまう。
そうすると「我々酒屋は商品を褒めるのが仕事ですから」と言われてその挙句、「一般の方があれこれと好き勝手に書いたりできるのが羨ましいですわ」と本音を少し厭味がてらに零された。

確かに、売ろうとしている商品の欠点を挙げる奴はいない。貶された物を買おうとする消費者もいない。下手に商品の欠点なんか他言しようものなら、メーカーやインポーターから取引を切られてしまう可能性も高いから、言えない事も多いのは充分に理解出来る。


でも、「良い所ばっかりの物って本当にあるんでちゅかぁ~」と思わないのだろうか?
「こういうところは素晴らしいですが、ここの部分は欠点です。そこをご勘案してご納得頂けるのならお買い上げ下さい」という所まで言ってくれる相手なら誠実だと思ってしまうのが小生である。でも、どんなに突っ込んでも「素晴らしい部分」しか言わない奴も多いのが現実でそこが困る。


今年に入って先日別の酒屋でこんな話をしていたら、「あなた(=小生)位良くお判りの方が相手なら、個々のワインの長所も短所も正直且つストレートに言えます。でも例えば若し初心者に近い様な方が相手だと弱点については言い辛いものがありますし、そこは言い方を慎重に考えざるを得ません」、との言葉を聞いた。(一部意訳入りだが、要旨としては斯様の次第)
更に続いて、「褒め様が無い物は仕入れませんよ、うちの店は」
牽強付会にでも褒めて売りつければ商売としてはその方が合理的なのだろうが、そこはプライドと矜持が許さないという事らしい。
そこの酒屋とはまだ 7年程度の付き合いしかないのだが、小生はその店をリスペクトしている。そこまでしっかり仰って頂けるという事が有難いと思う小生である。





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自動改札も50年を超えて・・・

小生が幼少期に両親に連れられて関西に行った時の事だった、どの駅だったかは覚えていないが自動改札機を見てカルチャーショックを受けた記憶がある。時代は1970年代終盤だったが、東京ではそんな「ハイカラな物」は見られなかった。

自動改札なんて今や地方でも見られるようになった。地方で使われる様になったのはここ数年の間の事だが、JR が自動改札を本格的に導入したのは1990年代に入ってからと記憶している。小生が大学生だったバブルの時代は民営化されたばかりという事もあって、有人改札ばかりだった。

自動改札機は1967年に阪急(当時=京阪神急行電鉄)の北千里駅で導入されたのが最初である。メーカーは立石電機(現・オムロン)だったが、北千里の機械は定期券専用であり、通常の乗車券には対応出来なかった。
磁気式乗車券を使った自動改札は1969年に近鉄奈良線学園前駅で日本信号製の物が試験導入された。


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北千里駅開業と共にデビューした阪急3300系

1971年に標準化された磁気式旅客駅コードが制定されると、その後関西では私鉄や地下鉄を中心に自動改札機の着実に導入が進んだ。そこには新しい物好きの関西人の琴線に触れたという事もあるのかも知れないが、私鉄が旧国鉄を圧倒して私鉄王国と呼ばれていた風土があった事、相互乗入が非常に少ないという背景があった。
70年代に開業した札幌・横浜・福岡の市営地下鉄と北総鉄道は全駅で開業当初から設置していた。


関東では1971年に東急が数駅で導入し、順次少しずつは広げられていったものの主体になる所までは行かなかった。首都圏は官僚組織のお膝元で、国鉄も強かった(私鉄との競争が殆どなかった)、その上相互乗り入れも昔から非常に多かった。国鉄では労組が直ぐ暴れる事を思えば、自動改札なんて到底考えられる訳もなかった。
相互乗入を考えると、乗入先同士で一斉に導入しないと機能しない上に、国鉄絡みの相互乗入も多かった事を考えると、自動改札は広がらないのも当然と言えた。


そして時代は流れて1990年代、1991年からJR 東日本は漸く自動改札機本格導入に本腰を入れ、首都圏の大手私鉄や地下鉄も右へ倣えと自動が当り前の改札に変えて行った。一方、JR 西日本ではJ スルーというシステムが導入される1997年まで待たなければならなかった。
その当時はまだ IC カードなんてものは無くて、プリペイド式カードで切符を購入してから改札を通すか、カードを通すかしなければならなかった。(


そして時は21世紀、2001年にJR 東日本Suica をリリースすると、JR 西日本が2003年11月に ICOCA をリリース、乗車券は IC カード時代に突入。ここで気付かないだろうか、嘗て自動改札では遅れを取っていた関東が90年代以降は逆転して寧ろリードする状況になった事を。旧国鉄時代に自動改札機導入を拒否していた JR 勢が私鉄・地下鉄勢に対して IC 乗車券では先行する形になった事も見逃せない。
関東・関西の違いとして以前あった事象としては、関東では改札に入る時点で初乗り料金が差し引かれたが、関西では出る時点での一括採算だった事も挙げられる。


自動改札機と不可分的な存在にまでなったIC カードであるが、2013年3月に10銘柄の全国相互利用が始まった後も拡大を続けて全国の鉄道事業77社局、バス178社局に広まっている。
そして現在、自動改札では遅れを取った関東の方が関西より普及率が高いという事実がある。首都圏ではその上、殆どが IC カード専用機に変っている駅も多く、IC カードは生活のマストアイテム的な物になっている。
これに対して関西での IC カード普及率はなかなか伸びていない。そこには関東との習慣や風土の違いもあるのだろうが、自動改札誕生から半世紀の歳月の中で、当初リードした関西がいつの間にか関東の後塵を拝する様になった所に現代の日本の歩みと変化の縮図があるのだとすれば非常に皮肉な事であるともいえる。




)オレンジカード=乗車券機能無しから、乗車券機能付のイオカード(io-card)=JR 東日本J スルーカード=JR 西日本に変えられていった



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ソムリエにワインの事は訊くべからず

ワインに関する資格は色々ある。
ワインエキスパート、ワインアドバイザー、ソムリエ、ワインコーディネーター、国際的ソムリエ資格である International A.S.I. Sommelier Diploma
イギリスでは WSET=Wine and Spirits Education Trust (Level 1~3・Diploma)、更にはワイン資格の最高峰といわれる Master of Wine がある。そしてフランスでは Conseiller du Vin (コンセイエ・デュ・ヴァン=Sopexa による認定)が有名である。


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「ソムリエ=ワインの専門家」というイメージを持つ人は多かろう。
そのルーツを調べると、13世紀頃にこの言葉は生まれたがその時は動物の使い手という意味だった。
そこから(王政当時)王の旅行に随行し荷物の運搬と管理を取り仕切る仕事から、宮廷での食事とワインの管理サーヴィス係という様に変って行った。やがて王政が崩壊するとレストランやカフェに仕事場を求める様になり今に至ったという事らしい。
そして、その語源はラテン語の " saumarius " =荷役用の牛馬という意味であり、そこから12世紀にフランスで " sommier " という言葉になり、" sommelier " に変っていったのである。
ソムリエは所詮、運び屋兼サーヴィス係というのがその主務なのである。管理されたワインを客の下に運んでサーヴィスして気持ちよく飲ませればそれでよいのである。


現に、資格認定試験においてはサーヴィスの部分が重要視される。ここがワインアドバイザーとの決定的な違いでもある。
日頃からそれこそ命を賭す位にワインの研鑽を積まれているソムリエの御仁もいるのは承知で述べるが、極論すればソムリエは専門家である必要もなく、ワインについての深い知識や造詣なんぞは要らぬという事になるから、
ワインの事はソムリエに訊けなんていうのはナンセンスなのである。

消費者自身各々がワインを多角的に学んで知る事に尽きるという事になるのだが、その基本になるのは上質な経験の積み重ねであると考える。
小生が最初にワインに触れたのはバブルの時代でそれから約30年経つが、今から思えば20代から30代初頭にかけての時期は小さいながらも上質な経験に恵まれていたのではと思う。それでもどれだけの事を知って悟れたかというと、そこは然程自信がない。
ただ、本当に上質な経験をさせてくれるワインが近年は本当に減ってしまったのは明らかでこれは大変不幸である


何時からソムリエなんてそんなに偉くなったのかは知らないが、何処ぞのソムリエ狂塊が彼是のたまっても、それを絶対視したり忖度する必要は全く無い。しかも、ソムリエ凶会なんて所詮運び屋の集団でしかない、資格試験の問題で酷い設問があったという情報を幾つも耳目にしているがそれこそ良い証拠である。

ワインの事はソムリエではなくコンセイエに訊く方がまともな選択であるとは思われるが、そもそもこの世に星の数程存在するワインの事を片っ端から把握出来る者なんて皆無に等しい事は頭に入れておくべきだ。




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2018、早春の初挑戦 其の弐

2月早春の初挑戦はもう一つあった。京阪を撮った翌日の午後も空いたので、昼過ぎに大阪市内を出て向った先は・・・、ラグビーで御馴染の東花園、といっても別にラグビーは全く関係ない。新しくトライしてみたい撮影地をネットで見付けていたのである。

2月という時期で最適な撮影地、午後順光で大阪からも遠くない所という条件を考えた。そこで、思い付いたのが前出の撮影地だった訳である。
近鉄奈良線の撮影地というと、思い浮かぶのは額田~石切間だが、そればかりでは面白みがない。


そこで、東花園駅から線路南側にある恩智川沿いの道に出てロケハンする。コンクリートガーターが切れる所を見付けてその辺で色々アングルを物色する。近鉄のみならず関西私鉄に多い思いっきりゴツイ架線柱が櫓みたいになっているところもあるのでそこも回避したい所、川と線路の間の道は工事用道路になってしまっていて立ち入れないから恩智川越しに撮るしかない。

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9020系8600系の6連・急行大阪難波行きだが、先頭 2丁パンタもシングルアームでは然程アピールにならずというところか。
8600系8000系ブラザーズの中でも三男に当る。8000・8400系4連は1C8M 化されて、Tc-M-M-Tc でパンタは奈良寄りM 車に2基のみという形に変えられたが、8600系の大部分は1C4M を保ちMc-T-M-Tc というレイアウトで、パンタはMc に1基、M に2基=大阪線等の2600系ブラザーズと同じレイアウト。よって、8000・8400系とはパンタの数と位置で遠くからでも見分けが付く事になる。
長男に当る8000系はその約85%が駆逐され、次男の8400系も数を減らしたので、奈良線の主力は8600系になっている。


kt1244@hhan01

1230系8600系区間準急・大阪難波行き
シリーズ21以前の20世紀カラーの車体の方がコントラストが出せて見栄えがする。先頭W パンタと来れば一気にアゲアゲ~
こちらの8600系は1C8M 化された編成(50 / 60番台)で、車番の下2桁が判れば何とか見別けられる。


背後の鉄塔は如何足掻いても処理不能、画面の真ん中を思いっきり串刺しにしてくれる。工事中である為、制限速度15kmという標識が目立つ
川の水面と線路の間に距離があるので水鏡という技は使えないが、川という風情は何とか出せる気もする。背後は生駒山地の山々であのデンジャラス酷道として有名な R308 暗峠(くらがりとうげ)もその中にある。なので空は殆ど入らない。
こんな所で撮るなんて頭おかしいん違うかという声が多数聞えてきそうだが、いつもと違う所で撮るという事に主眼を置いた様なものだったから、ある意味諦めも付くのであった。


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元・京都線所属車だった8000系3連ダブルで6連を組成しての大阪難波行きの急行
3連は嘗て京都線各停が3連で運行されていた時代の名残りである。8400系8000系には3連が存在する中で、8400系はワンマン運転対応で田原本線の運用に就くが、8000系はワンマン運用不可なので、奈良・京都線でダブルに重ねての6連運用に就いている。
ただ、8000系3連はこのB78・B79編成しかないので遭遇確率の低いレア編成だといえる。


kt9022@hhan01

9020系のトリプル・普通尼崎行き
W パンタがトリプルと来れば、本来は魅惑的な編成なのだが、シングルアームでありシリーズ21のカラーリングもあって何やら薄~い感じに見える


14時45分頃、サイドが陰りだすと踏んだ小生はこの場所での撮影を切り上げた。そして、この時期ならまだもう一勝負出来ると思いロケ地を移動する事にした。

現在は工事用道路となっている線路脇の道だが、この後一般に開放されるとなると状況は一変する可能性が高い。道路と線路の間に高いフェンスでも張られたらこの撮影地はアウトである。本当なら川と線路の間の道から齧り付き気味で撮って見たい所ではあるのだが・・・。



駅のホームに入って直ぐ電車が来たものの、そいつが阪神車区間準急。つまらないステンレスカーでは気が進まず、約10分飲み物を飲みながら休憩し、次の近鉄車に乗車して額田へ。でもこの10分が大しくじりを生んだ。乗車した区間準急が枚岡で5802F =デボ1形復刻塗装とすれ違い、恨めしい気持ちで上り車線を眺める破目になってしまった。休憩さえしなければ、5802F を撮れていた可能性があったかも知れないからである。

そんな後悔を引き摺りながらも、額賀駅を出て直ぐの所で撮影に挑んだ。このポイントでの撮影も約7年振りである。


kt9727@nkda01

9820系急行大阪難波行き。この場所では急行以下はゆっくりアプローチして来るが、快速急行だけ何故か結構飛ばしてくる。

この周辺は住宅地である故、15時半ともなると住宅や電柱の影が一気に伸びてくる。そこを何とか交わすべく、ポジションやアングルを色々変えてみるが、色々な条件をクリアしようとすると恐ろしく窮屈になってしまう。


kt1235@nkda01

先頭 W パンタが目映い?1230系8000系列の内のどれかを従えて急行として難波を目指す。ブツが大阪・神戸寄りに付けばこの様に先頭 W パンタで撮れるが、最近は奈良寄りに付いてしまう事も多く、勿体無い限りである。

16時位になると周囲の物の影かドンドン落ちてきて苦心惨憺する破目になる。このアングルでも列車を手前までひきつけるとパン切れになってしまう。パン切れにならない様なアングルにして引き付けようとすると影が掛ってしまう。
それこそ、この時期こそ住宅の影が掛らない石切寄りの S 字カーブに行けばこんな苦労はしないで済んだのだろうが、その S 字には行かずにこのストレートで如何にかしたかったのだから仕方がない。

いつもと違う絵を撮ろうと考えてチャレンジした東花園だったが、絵に迫力が出ない上、あの高圧鉄塔が何といっても癌!あまりお勧め出来ない場所ではある。
ただ、11月の後半あたりに紅葉する生駒山地をバックに撮れればそこそこの絵になるかも知れないが・・・。




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2018、早春の初挑戦 其の壱

10年位前は大阪方面に赴く機会もそこそこあった小生だが、2010年辺りから減ってしまっていた。それが去年からまたやや増加傾向になって、今年も先月に一度足を運べた。その際、初挑戦も経験したのでその時の模様を紹介したい。

門真市の西三荘駅京阪でも有数の撮影地だが、普通は1番線の淀屋橋寄りに構えて上り列車(京都方面)超望遠(400~450mm相当)でカーブの外から正面アングルでというのがスタンダードといえるかも知れない。
その一方で、2番線の京都寄りに構えて上り列車を撮る場合もある。これだとストレートに近いショットが撮れる。
ただ、これの厄介なのは冬場だと周囲の建物の影が落ちてしまい話にならないという事である。ただ、今回の様に2月下旬だとその心配は無かろうという事で、2番線からのストレートっぽいアングルに挑戦してみる事にした。


高速バスで日の出前に京都に着き、JR で大阪に向かい梅田で一風呂浴びて心身を清めてリフレッシュ。
梅田と扇町の間のゾーンは都島通沿い位ならまだ安全であるが、阪急東通りの堂山町や大融寺町近辺だと早朝から悪質な客引き集団が屯していて、集団で追い掛けられたりする事も多いので非常に怖い。

それでもサウナで一風呂の後は、午前9時過ぎ以降で光線状態が良くなると踏んで、JR 京橋駅でエネルギー補給兼時間調整を行った後、京阪に乗り換えてそこに合せて現場入り。
てなわけで、その日の作例集を幾つかご覧頂きたい


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3000系3001F 快速特急「洛楽」
2番線ホーム、その屋根、更にはその影まで入ってきてしまうのが大きな難点か。背景に入る Panasonic がこの西三荘という場所の本質をストレートに物語る。以前は「西三荘松下前」という駅名だったが、「パナソニック前」になる事はなかった。
この後も通常の特急で来る 3000系 もあったのだが・・・、被られてアウト あの鳩マークを点けた姿はは撮れずじまい。


kh6012@nss01

1番線に進入する区間急行や普通もアングルを調整してこの様に撮れる。これは6012F 区間急行萱島行きだが、平日デイタイムの6000系は同時間帯の急行が消滅した今となっては普通運用が多くなる。これは8連であるが故の悲劇と言える。準急運用が出来ないのである。大正義 8000系 の影に隠れてはいるが、負けず劣らずの名車6000系としては宝の持ち腐れ状態か。

この場所、ラッシュアワーの影響もあってか、9時台を中心に被られも裏被りも多かった。

kh150310001@nss01

1000系(正確には3代目)の準急に10000系が中途半端に被ってきた。1000系の上半身は既に五十路に入り、下半身も大部分が四十路である。

kh8005@nss01

複々線ならではの裏被りの一例。これでは折角の 8000系 も台無しである。因みに、追い抜かれたのは7000系だった(多分)両方とも実は同年デビュー。


kh8008@nss01

綺麗に抜けた 8008F 京阪撮影の醍醐味はやはりコレか

先程の絵で1500系に被って来ていた10000系だが、その時の時刻からして折り返して来た所を撮れそうな感じだったが、準急としてやってきた!

kh10001@nss01

待ってたぜぇ~! 10000系は初撮影だぜぇ~! 中間の3両だけクーラーキセが違うんだぜぇ~
10000系の本線用7連は2本(10001・10002F )しか存在しないから、遭遇する確立が本当に低い。

西三荘でのこのアングルは時期的には寒露から立冬位まで、又は節分から啓蟄の間を目安にして撮影するのが最適解と見て間違いない。この駅では線路がほぼ3時半(方位角では凡そ105度)の向きなので、この日も11時過ぎまで光線的に良かった。朝方はサイドが陰る上に、9時を過ぎてホームの人が減る待つのが妥当な選択であろう。光線状態が本当に良くなったのは10時辺りからだった。

この早春の初挑戦、実は第2弾もあるのだが、そちらは其の弐にて!



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