Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

2017年10月

この銘柄を憶えている御仁はどれだけいるだろうか?
ドライジンの中でも1,2を争う超メジャーブランド、Beefeater (ビフィーター)のプレミアムレンジの商品で、如何にもというその名は Crown Jewel (クラウン・ジュエル)
それこそこの紫色のリッター瓶で憶えている御仁も多いのではないかと…

bftcrjwl@tsu01

約8年前に終売になったこの銘柄だが、今年3月に近鉄を撮影するために三重を訪れた時、津駅近くのバーで再会出来た。
土曜の夕方というのにマスター氏は不在で女性スタッフ2名が接客に当られていた。その日がマスター氏の高校の同窓会に当っていたらしく、終了後撤収し次第店に戻られるとの事だった。小生はカウンター片隅に陣取って仕方なく1杯目はビールを頼み間を繋ぐ。
店自体がかなり古い感じでマスター氏も結構ご年配な方らしいが、バックバーにはかなり豊富な種類のボトルが置いてあり、地方都市にもこんな店があるとありえん良さみ深くしてバイブスアゲアゲである。
そして小生の目前には Nikon F4 が何故か鎮座していて、マスター氏はカメラも趣味にしていた様である。


だが、マスター氏は同窓会が長引いたらしく、中々お戻りにならない。そんな中、小生も2杯目に移行せざるを得なかった。そこで、Beefeater Crown Jewel のドライマティーニをオーダーした。この銘柄、8年位前にしれっと終売になってしまった訳なので、これを使ったドライマティーニなんてそれこそ何時以来だか思い出せない。
開けてから年月が経ってしまったからなのか、香味は少々飛んでしまっていた印象が拭えなかった。それでも現行の製品より美味いというのが凄い。
コイツの度数は47.3ではなく50度、免税店用の商品ながら事実上のフラッグシップとして自信を持って出していた物だった事は今でも容易に想像が付く。腐っても鯛、痩せても枯れてもCrown Jewel という事なのだろう
Beefeater も " 24 " とかへんちくりんな物は作らんでエエから、このクラウン・ジュエルを大々的に復活させて欲しいと願って止まない小生である。(去年僅かな量が復活販売された模様だが…)




マスター氏も戻られるや否や、大挙して乗り込んでこられた同窓生達の注文を捌くのにテンヤワンヤで、じっくりお話しする事も儘ならなかったのは残念。
結局小生が最後にオーダーしたのはこのウィスキーだった。


balvn7490sig571a

Balvenie 1974-90 15yo 57.1% Singnatory dumpee bottle
超懐かしいボトルにバイブスアゲアゲ! 何つったって、Signatory (シグナトリ)のダンピーボトル
その上、ボトラーズながら Balvenie (バルヴニー)としっかり明記されているのがポイント高い
Balvenie に関してはボトラーズからの場合、蒸留所名が明記された状態でリリースされる事は殆ど無い上に、シングルモルトとして出る事も少なく、ティースプーンモルトとして出されるケースが多いのは御存知の方も多かろう。
70年代前半蒸留のスペイサイドというと、やたらトロピカルフルーティーなキャラを想起される御仁も多かろうが、これはそういう酒ではない。スペイサイド本来の酒質に忠実な面がはっきり出ていて、押し付けがましさは無くクラシックなタイプで落ち着きのあるなかなかの美酒であった


大都市圏では消費し尽された様な酒が、地方だとまだこういう形で残っている事もあるのは、見方によっては皮肉にも大都市と地方の間で愛好家の数とレベルにおいて差があるという事の証しになってしまうのであろうか?

こうして、津での結構 GJ な体験を終えて近鉄特急で宿泊地の四日市に向かい、次の日に備えたのであった。(津ではホテルが取れなかったのが残念




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107系に押し出されて廃車になる車両を予想する件だが、押し出す側の107系の走行機器が1960年代製の 165系 からかっぱらって来た物と言う事が、事態をややこしくする様でならない。

最新型2013年新製の 7000形 は云うに及ばず、1981年新製の 6000形 は生き残りが確実と思われるが、微妙かもしれないのがコイツ

jsd1001@yamn01

1000形  1976年新潟生まれ 撮影は2013年7月・山名~西山名間
一見そんなに古い車には見えないが、1976年生れの41歳 後に登場する 6000形 1000形 から踏襲した物が多いとはいえ、年齢だけで言えば 500形 =元 西武新101系 より古い事になるから、まだ完全に安心は出来ないか?
非冷房で登場し、3連ユニットだった事もあり1990年代は出番が少なく、2001年に2連化・冷房化を行い主力に復帰している。



jsd251@yamn01  jsd252@yamn02


jsd252@nymn01

上2点は山名~西山名間 下は西山名駅の外から 何れも2013年7月撮影

250形 、といっても編成ではない。この形式は下仁田側のモハだけで両運転台である。これ実は1981年デビュー= 6000形 と同期で、コイツの正面は微妙にΣ カットなのである。
251号(上段左)の相方はクハ300=非冷房車
252号 の相方は クハ1301号 =運転台を 1201号車 に明け渡し、 250形 と良く似た運転台(同じではない)を新たに取り付けたというかなりの魔改造車

そういう訳で高崎側のクハが曲者、107系導入を機にクハを外して モハ250形 2両で実質固定化する可能性もそれなりにあるといえる。

そしてもう一つ、大穴と見た方が良い車がある。それがコイツ!

jsd503@yamn01

500形第2編成=元 西武新101系 293編成 (2連) 2013年7月・山名~西山名間にて
両パンで走る姿は今や懐かしい絵になってしまった。
西武新101系 は2連から製造開始したので、これは当然1979年製の初期車になる。それでも1000形より若いという一種の逆転現象が存在する。


6000形・250形 を新造して以来、2013年に 7000形 を導入するまで新車の自社発注は22年間行われなかった。その間に西武の中古車を導入しお茶を濁し続けたが、 7000形 を新造したその舌の根も乾かぬ内に今度は107系購入とはまさに地方私鉄の置かれた状況を如実に示している。

本命=200形 対抗= 150形  穴= クハ300、クハ1301 、大穴= 1000形、500形  こんな感じの予想になろうか?



この私鉄の沿線には富岡製糸場があるのは有名だがこれが世界遺産に登録されて、その当時は観光客も一気に増えたが今は伸び悩んでいるという。世界遺産を増やそうと狂奔する日本だが、世界遺産登録を拒否する又は登録解除も辞さない場所が世界的に増えつつある模様。
訪問客を増やすべく各種の施策を打とうにも、世界遺産故の制約が立ちはだかってしまい手が出せないという現実がある様で、世界遺産にはデメリットも大きい事が判る。製糸場サイドも当てが外れた格好である。
世界遺産はそもそもが観光産業のためにあるものではないし、登録された事で地元民達の生活や産業に支障をきたしているケースも増えている。
そして仮に観光客が増えても、一部の業界にしか恩恵が齎されない事が多く、地元の住民達の生活が脅かされてしまうケースも多い。現在、欧州の一部では観光客流入の抑制に向けた動きが加速している所もある程である。




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7日の事だったが、107系がJR でのラストランを終えた。8月末に2連2本=4両が先行して移籍、3日には最後まで定期運用に就いていたR7・R8 編成も移籍

107系 上信電鉄 に移籍するのは12両だが…、12両全てが走る訳ではないだろう。12両の内には部品取り用にストックされる奴がいるのは間違いない。
107系は1M+1T という構成で、モーター出力は120kw=2連での出力は480kwとなる。上信電鉄の他形式との比較で言えば、 250形+クハ1301 or クハ303 (400kw)よりは上回るが、その他の形式よりは大きく下回ってしまう。1996年にワンマン化と準急廃止で速達性重視の運転は無くなっているものの、2M 化してしまう可能性も完全には捨てきれない。ただ、2M 化すると予備のモーターが確保出来ない事になる。
1M+1T を維持する前提で考えても、走行機器が 165系 の流用品=約50年前の代物であるから、2編成位は部品取りに回す可能性がある。就役するのは4編成と小生は見ている。ただし、既に廃車された他の編成からの廃車発生品を別途購入していればこの条件も変ってくる可能性がある。


上信電鉄は殆どの場合一度に4運用と考えられるが、高崎で1日の内で何回も車両交換をしている様で、これで古い車両への負担を軽減している可能性がある。仮に4編成就役となった場合、常識的には4編成が離脱する事になるので、ここではこの前提で予想を立ててみた。


jsd204@jsfs01

デハ204+クハ304=1969年所沢生まれ  2014年3月・上州新屋~上州福島間にて

これは廃車確実か 非冷房というのが特に決定的だろうか?
コイツは21世紀になっても非冷房なので夏場は殆ど走る事はない。というか走らせられない。予備車に回っている。台車は150形として走っている西武701・801系のものと同一設計なので、台車だけは使いまわせる模様


jsd151@jsfs01

150形・第1編成 元西武411→401系  2014年3月・上州新屋~上州福島間にて
1964年12月に411系(吊り掛け駆動)として所沢で生まれ、78年から新性能化・黄色化・冷房化で401系407F となる、1992年5月に移籍
これも可能性高い



jsd155@yamn01

150形・第3編成 =元 西武701系755F (1966年新製) 2013年7月、山名~西山名間で撮影
4年前の絵では美魔車に見えるが現在は御年51歳 一見501系(Ⅱ)の様にも見えるが違うので注意されたい。中間電動車ユニット(モハ755・756)に同編成制御車から運転室を移設した魔改造車

このカーブ、夏場の午後遅い時間はかなり綺麗な光線状態で撮れるのだが、畑が本当にギリギリまで迫っているため、作物の種類によっては床下が隠されてしまう



jsd153@jsfs01

150形・第2編成=元 西武801系801F (1968年新製) 2017年9月・上州新屋~上州福島間にて
これも又一見501系(Ⅱ)の様にも見えるが違うので注意されたい。中間電動車ユニット(モハ801・802)に同編成のTc 車の運転室を移設した魔改造車


3編成とも種車が全て違うのに、 150形 で一括りというのは草生える、更に第2編成より第3編成の方が車齢が高いのも一寸草生える
3編成が何れにせよ1960年代生まれという事から、普通に考えればこの2形式4編成が有力なのだが


この記事を書いている時点でまだ発表は無く、予断を許さない部分もあるので、Part 2 へと続ける!



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正直に言えば、小生にとって然して強い思い入れがあった訳でもなく、贔屓目に見てもスターとはいえない様な存在だった107系
ただ7月になって引退が発表されれば、それまで撮れた回数が非常に少ない事もあって、その最期を撮りに行こうと思うのが人情。

ただ、そこでとんでもない壁が立ちはだかった、それはこの夏の天候があまりにも不順過ぎた事である。殊に関東以北は本当に話にならなかった。
天気に関係なく、2連×2本=実質4連1本だけで運用という状態であり、朝夕しか運用が無くデイタイムはどこかで車庫番という事も多かったらしく、高速代と燃料費をかけて行っても空振りではシャレにならない状況だった。


そんな中、最後まで残存していた2連×6本=12両が 上信電鉄 に譲渡される事となり、その第1陣としてR13・14編成の4両が8月下旬に高崎駅から 上信電鉄 に送り込まれた。
てなわけで、JR での最後の姿を拝めなくとも 上信電鉄 でまた逢えるのであるから、無理してまでは追い掛けない事とした。
ただ、入るものがあれば出るものがある。 上信電鉄 サイドでは今回の107系獲得によって最期を迎える車があるという事になる。最期を迎える可能性が高い車はもう一度押えておく必要があると考え、9月下旬群馬に出撃する事となった。


午前の部は昼前の時間帯に烏川の鉄橋を渡る列車を東サイドから狙うという、ド定番の撮影。


jsd153@krsg01

最期を迎えるかも知れない150形第2編成、大概の人達はこのカラーリングを縞馬と思うだろうが、それは間違い。これはあくまでも群馬サファリパークとその名物であるホワイトタイガーを模したラッピングである。
季節はまだ秋分、昼前の時間ではまだ陽が結構高く今一つの感触。川原で夏の間に伸びきった雑草がやたら凄くて、ポイントを決めるのに苦労する。ここで数本撮影したが、「危なさそうな」車両はこの153Fだけしか来なかった。

正午前にこの川原を後にして、次なるスポットは上州新屋~上州福島(甘楽郡甘楽町)となった

jsd1001@jsfs01

絶対に安泰とはまだ言い切れない1000形
上信電鉄で下仁田側の先頭にパンタがないのはこの車が唯一だが、これは以前(1976~2001)は3両編成だった事の名残とも言える。高崎側にクハ1301が付いていたのを切り離し、運転台も中間車だった1201に移設して今の姿になった。



上信電鉄を撮りながら彼是考えた結果、途中までは上信電鉄を狙って、最後は一か八かで高崎問屋町若しくは伊野付近で107系が来る可能性に賭けようという事にした。
伊野に移るその途上で、烏川の西側(高崎市寺尾になる)に移って2本撮影したが、線路の反対側には東農大二校のグラウンドがあり、練習試合らしきものが行われていて球児達の出す球音を聞きながら列車を待っていた。東農大二校といえば嘗ては北関東を代表する様な野球強豪校だったが、それも隔世の感がある。(現在でもラグビーや陸上では強豪校)

jsd6001@negy01

どっちを向いても先頭パンタという撮影者にとっては非常に美味しい車である?6000形
ここでの撮影後に城南大橋を渡り高崎駅西側の市街地を北上し国道17号問屋町を経由して伊野に移動。





15時半近くになり太陽の高度も下がってくる時間帯、光線状態のみならず建物の影が落ちて来難いといった条件も考えなければならない.。そこで伊野~新前橋間でも伊野駅寄りの場所をチョイス。
ただ、午後から雲が増えていたので、空に対しナーヴァスになりながら列車を待った。


107r7@ino01

見ての通り、「ありがとう107系仕様」のR7+R8 編成
意外と簡単にキャッチ出来てしまって少々拍子抜けではあったが、晴れているタイミングでやって来たので非常に有り難かった


9月30日・10月7日に行われた107系JR ラストランはこの編成と思われたが、JR は何とその裏を掻いてR15+R16編成を充当してきた
このR7+R8 編成はラストランに就く事なく、10月3日に 上信電鉄 に譲渡回送された。


211a56@ino01

107系の後にやって来た 211系 も一応載せておく。コイツがグンマーを制圧するのは時間の問題。

ひょっとしたら 115系 も来るか、高崎に行った107系の返しも撮れるかという淡い期待もあって暫く待ってみると…直ぐ近くの踏切が鳴り伊野駅を出て新前橋方面に向う列車の姿が見えて、急いでアングルを作り備えたら…

107r7@ino02

やや曇り気味になってしまって残念だが、高崎での返しになる伊勢崎行きを何とかキャッチ成功! 
この時は15時40分頃だったが、この時間になって雲がかなり増えてきて、 115系 が来る確証も無い。赤城等の山々が近いから空模様は読み難くなる、ここ2年位は何処に行っても期待した程晴れない事が多い

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結局粘ってもそれが得策とは言えないと判断した上で切り上げて撤収し、帰京前に土産を購入すべく一旦高崎駅方面に向かった。
すると、伊野の辺りは曇ってしまったのに高崎駅周辺はほぼ晴れていて、地団駄を踏む破目になったが時既に遅し

駅ビル内の「いろは群馬」にて群馬特産のひもかわうどん等を購入。きしめんや Fettuccine(フェットゥチーネ)の様な平打ち系の麺が大好きな小生としては購入したかったアイテムだった。

最後はもやもやと消化不良なものを引きずりながらも、日没前の空の下、国道354号線を走り 関越道 高崎玉村S.I.C. に向った。すると高速入口直ぐ近くに「道の駅玉村宿」があった。それは土産ならそこでも買えた可能性が高く、高崎駅まで行った事自体あまり意味が無かった事を示していた。

帰りの 関越 も嵐山近辺で事故があった影響で予想以上の大渋滞、練馬までの所要時間は2時間を楽に越えてしまって、疲労のあまり三芳P.A. で休憩と給油を強いられた。

107系 上信電鉄 での運用開始は来年だが、107系に押し出される車両の事もあるから、結局近いうちに 上信電鉄 沿線に繰り出す事になるかも知れない。




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107系って 105系 のパチモンか?」
「違うわ! 一緒にすんなや!」
そんなやりとりが実際あったのかどうかは判らないが、西日本の御仁達から見れば、「107系って 105系 のパチモンみたいやんか」という事になるのかも知れない。

107系の場合、前期形(N1~8R1~5)と後期形(R6~18)でサイドの窓配置が異なる、N 編成=日光線用R 編成=上越・両毛その他用で比べると、塗装と霜取りパンタの有無という違いはある。それでも 105系 の様に、簡易冷房という裏技や少々ゲテモノ的なヴァリエーションに富んだ展開wwは無い。
そもそも、 105系 の場合3ドアも4ドアも纏めて一括りという事に不自然さを感じたのは小生だけではない筈。
103系魔改造と判るならまだマシで、見た目に103系その物みたいな「何のために 105系 ?」すらいた訳で、そこまで行くとゲテモノを通り越して国鉄の末期的症状のアイコンとして十分だった。


走行機器についても、 105系 は新造車でも103系に準じた物を採用していて、いずれにせよ改造組も含めて基本的に103系の域を出ない。これに対し、107系は急行形だった 165系 の機器を再利用しているから、見た目には似ていても中身は全然違う物であり、更にはサイドの窓配置等も生粋の 105系 とは異なる。

御存知の通り、107系 165系 の走行機器を受け継いではいるが、書面上は新製車である。上越線や両毛線で 115系 と共に走っていたが、 115系 と違い107系はロングシートだったので利用者からも外れの烙印を押されて日影の存在に甘んじる事が多かったと言える。

107系の3度目の撮影は、2014年3月のダイヤ改正直後の3連休最終日だったが、この時も本来の狙いは1000番代となり高崎線で再スタートを切った 651系 だった。
前日夜に高崎入りして、烏川の鉄橋で 651系 ブルサン等々朝の上り列車を撮影し、その後昼前に伊野~新前橋間のストレート区間に行った。107系はこの時も一種の外道みたいな位置付けだった。
107系 651系1000番台 115系 に比べれば、影が薄かったのは否めない。


107r18@ino01

R18 編成単独、一言でいえばショボ 2連は上越・信越線系統の運用だったのかも知れない。

107r17@ino01

R17 他2編成4連での高崎行き。4連位では来てくれないと絵になり難い。

107r12@ino01

R12 他で4連を組んだ伊勢崎行きは後追いで捉えた。ただ、慣れない場所という事もあり、後追いアングルは難しいものとなった。
朝方の烏川は文句なしの快晴だった、しかし伊野に移ると背景の山々には続々とえげつない雲が湧き出して、風も強まり厭な予感を禁じ得なくなった。
実はこれが午後になって小生を思いっきり悩ませる事になった。




折角前泊までして来たのだから何とかやれる所までやろうと、午後はターゲットを上信電鉄に変えて上州福島付近に移動。県道のオーヴァーパスに付随するボロボロの歩道橋から俯瞰するとこんな絵になる。


jsd501@jsfs01

この時既に片パンで走る様になっていた500形・501編成

最初は上々だったが山間部の空模様は変わり易いのか、途中から曇りだしてしまい早々に撤収し帰京する破目になった。3連休最終日の関越は思いっきり渋滞していたので、高速料金をドブに捨てないために花園I.C. まで一般道を走ったがこれも大渋滞。
夜に都内で予定していたモデル撮影会には間に合ったが、死ぬほど消耗した一日になってしまった。(どんなスケジュール組んでんねん、という話だが)


そして話は運命の2017年初秋へと一気に飛んでしまうが、そこはPart 3 にて!



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