Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
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2016年03月

メモリーズ 京成電鉄AE100形電車 Part 1

少々地味だけど、VVVF 特急車のパイオニア…(の一角)

今では電車どころか機関車までVVVF が当り前になったが、抑々VVVF 元年と云えば1986年である。
その年は東急9000系新京成8800形近鉄3200系、同6400系等の車両が登場した。これらは御存知の通り、VVVF 車の第1世代というべき車両達で、しかも全部通勤型(一般型)車である。
VVVF 開発導入については先行したのは一部私鉄であり、 その他私鉄及びJR(旧国鉄も含む)はかなり遅れをとっていた。旧国鉄の場合、1970年代から財政並び労使関係の極端な悪化が慢性化していた事を鑑みれば仕方が無いと言える。

 
特急車でVVVF が採用される様になるのはそれから4年後という事で少々ギャップがある。特急は加減速の機会が少ないからVVVF の様な省エネシステムを積極的に導入するインセンティヴが見出し難い。その当時はまだVVVF のイニシャルコストが高かった上に、大容量化も難しかった。
1988年デビューの名鉄1000系(パノラマSuper)界磁チョッパを採用し、近鉄21000系(アーバンライナー)抵抗制御であった。翌年デビューの西鉄8000形抵抗制御JR 東日本651系界磁添加励磁制御という具合で、1980年代末でもVVVF 特急車は登場していなかったのである。 それでも、VVVF という波が特急車に及ぶのは時間の問題でしかなかった。


1990年と云えば昭和も終り、バブル真っ只中。この後「失われた〇〇年」という状況が四半世紀を超えて更に継続する破目になるなんて誰もそこまでは予測し得なかった。35歳以下の連中はバブルなんて知らないのである。その年はバブル崩壊の足音が忍び寄っていた。この年の夏は伝説的酷暑(その時代としては)、そしてイラクのクウェイト侵攻(所謂・湾岸危機)なんて言う事が起きていた。

そんな中、VVVF 特急車のパイオニアとして6月19日、京成AE100はデビューした。同年同月デビューなのが、東武100系スペーシアだったのだが、厳密にいうとスペーシアが6月1日デビューという事でVVVF 特急車一番乗りなのである。タッチの差で一番乗りを逃したというのが、後の運命を示唆してしまった感がある。
初代AE形は、苦難の歴史を歩んでしまった。成田空港は過激派の闘争活動のターゲットにされまくって、開港は5年程遅れてしまった。空港に乗り入れる特急電車はあっても、肝心の空港がないという状況が続いたのである。更に開港直前の1978年5月にはスカイライナー放火事件でAE29号車が全焼した他、数両が被害を受け修繕を余儀なくされるという事まで起きた。昭和の歴史に翻弄され、そのポテンシャルを十分に発揮出来たとは言えないまま「悲運の特急車」になってしまった初代AE形の後継車として、AE100形は生を享けたのである


 

ks-ae100@tsg01
(2010年7月 高砂~京成小岩間にて)
AE100形をある程度真面に撮れた最初の画像。スカイライナーとしての最後の姿を何とか捉えられた、が…、時は7月の昼時、完全なトップライト状態だったのが惜しまれる。 この後、年末まで鉄活は僅かしか出来ない状況になって、そんなこんなで年が明けて、2011年

ksae100@nkgw01
 
1月に中川の鉄橋=青砥~高砂間に初めて足を運んで撮れた絵。見事な裏被りにガッカリ。
ここは複々線で列車本数もやたら増えるからこういうリスクは高くなる。北総・スカイアクセス関係の列車と本線の列車が入り乱れる。見ている分には飽きないのだが、撮るとなると大違い。
かなり見上げる様に撮る事になる上に、裏被りリスクも大きいから気の進まぬ撮影地ではある。 その数日後…、今度はド定番の千住のカーブに行ってみた。

 
ksae100@senj01

冬場の青空に白・の車体が映える!でもどことなく、床屋の店先でクルクル回るアレみたいにも見えなくもないww
 
ksae100@senj02

この2つの絵の違い、お判りであろうか?光線状態が明らかに違う!
デビューしたての現・AE 形が話題をかっさらう中、この車両もシティライナーとしてまだ活躍してくれると思っていたのだが、この直後「AE100、お前もか…」という様な悲劇に襲われるのである。

Part 2 へと続く!


※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Mar. 2016)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。




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大改造?の上で出場 南紗椰

見慣れた車両が入場後、別の車両かと思う姿になって出場して来るというのは時々ある話で、例えば阪急7000系7008F・7007F、7300系7320F なんて言う辺りは記憶に新しい。

hk7008@mik01
(7008F 特急大阪梅田行き 2014年4月 御影のS 字にて)

ところで先日、「いさご通り街角ミュージック」(第184・185回)は会場を川崎駅東口広場に変更して行われたのだが、その1日目、観ていた人達に衝撃を与える事が起きた。
このイベントの常連で、当ブログにも数回御登場の南紗椰 嬢がこの日もステージにやって来たのだが…、


mms201n    mms212

抑々、南紗椰 嬢と云えば、長い黒髪がトレードマークになっている感がある、小生にとっても4年前にStudio Smart で初めて会った時から基本的にその姿は変っていない。
その日も、南紗椰 嬢の一つ手前の折井敦子 嬢のステージが終りに近づき、控えに彼女の姿があるかと思い目線を遣った…、が、見当たらない…
何かトラブルでも起きたかと思って心配したら、そこに目を疑う様な姿が、
そして一瞬、「お前、誰やねん?」と


mms214  mms215

コレは紛れもなく、南紗椰 嬢!
顔は変っていない!(当たり前田のクラッカーだが)でも、あの長い黒髪→ボブに茶髪とは小生少々混乱!

ウィッグなのではなく、本当にこの髪になったのである。 このリニューアル、イメチェンは思い切った感じである。
本来なら、パンタやクーラキセの換装程度に考えれば良い話かも知れないが、一寸魔改造的な匂いまで感じてしまった。



mms216  mms217
 
2nd-train のトピックスだったらさしずめ、「何チャラ電鉄××××系××××F が出場して運用復帰しました。 今回の出場でこれとあれとこんな所とあんな所が変更されています。」てな事になるのであろうか。



ここからは、このイベントの他の画像も紹介していきたい。


okis25  afrsz05

iri22  iri21

suicary11  isg001

上段左=今年で四十路に入る(失礼) 大希幸子 嬢 愛くるしさは変わらない
 
上段右=今回、A for Real庄司みずき 嬢のみが出演(相方の杉山直樹氏は翌日のイベントの為大阪に先乗り)一人でも悪ノリが過ぎる自由奔放なパフォーマンスはいつも通り!

中段=この人一体誰でしょう、と言いたくなる絵だが…、実はIRI(あいり)嬢(紹介記事はこちら
彼女は重度の花粉症に悩んでいるらしく、スギ花粉シーズンの今はこんな出で立ちになってしまうそう。期間限定の姿なので載せておく。


下段左=久し振りに会う事が出来た水華かりん 
下段右=2日目(185回)でMC をしていた娘がカワイかったので、少ないチャンスを見て撮ってみた

 

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