Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

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2015年12月

痛い国&痛い国民!

マイナンバーがいよいよ来年1月1日からスタートするが、個人番号カードを作ろうとして写真館に駆け込み証明写真を撮る人が急増している。
当然、彼方此方の店の証明写真コーナー(機械)でも大々的に宣伝している。
写真館に駆け込むのは専ら65歳以上の高齢者だというのだが、個人番号カードが義務だと勝手に思い込んでいる輩が多いのには少々驚く
思い込まされているのは高齢者だけではなく若年層にも結構な数がいるらしいから余計驚きである。


個人番号通知書が届くが、その後個人番号カードというIC付のカードを申請するかどうかはあくまでも任意である。
個人番号カードこそが本物で直ぐに引き換えなければならないと思っているとすれば、これは明らかに間違い。
高齢者の中には身分証明としてこのカードを作らなければならないと思い込んでいる輩も多いのではないかと見えるが、身分証明になるものが欲しいから、便利そうだからという理由で申請しようとしている人間たちも多いのであろう。
 
そういう奴等に此処で言っておく!この個人番号カードは身分証明として使う事は出来ないのである!日本人には言葉の響きとかいうものに踊らされる奴が多いが、マイナンバーという言葉の響きに騙されてはならない! これは言うまでもなく、国民総背番号制である!


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マイナンバーという代物、当分は税と社会保障に関するセクションにだけ使われるが、済し崩し的にでもこの範囲を大々的に広げようというのが政府や一部業界の狙いである。
国民一人一人の一挙手一投足まで直ぐにモニタリングして、速攻で取り締まれるという怖ろしい凶器になって行くのは必定と思われる。
国家権力が市民生活の隅々にまで強権的に干渉する事が容易になるという方向に向えば、極論せずとも立憲民主主義近代国家というものを揺るがしかねないのである。


そして、このマイナンバー制度、まず間違いなく破綻する! 破綻まで待つという悠長な事を言うのはナンセンス! 
そこまで待ったら国民一人一人に齎される損失は膨大なものとなるであろう。


又将来、これが明らかに破綻したとしても、国(霞が関の厄人達)はこれを認めない事も明らかである。 この制度施行に先立って、一つ非常におかしい事に気付かないであろうか?
個人番号通知書についてだが、国は一人一人に厳重な管理を要求しているのにもかかわらず、実際の郵送は個人単位ではなく世帯単位である。
ただの経費節減という所が真相であろうが、既に矛盾と杜撰さが透けて見える。 前にも述べたが、日本と同じフラット型システムを導入したアメリカでは、なりすましによる犯罪が後を絶たず、事実上ギブアップしている。番号の使用を制限する法律を作って運用範囲を制限している。
宗主国の失敗から何も学ばない属国が失敗の上乗せをする事態になるのは目に見えているとも言えよう
またこの国内でも、医療業界からは医療関係だけは別番号にする様に要請が出ているという情報を受け取っている。
小生のいる業界でも研修会が度々開催されているが、大手や中堅処はマイナンバーへの対処で大変な状態になっているのがよく判る。規模の大小にかかわらず、漏えいすれば2次3次の被害が起きる。


大企業から一般の個人に至るまでこんな危ないものを厳正かつ完璧に管理しろと要求する事自体無茶が過ぎるのである。 IT ゼネコンはこの大型公共事業でボロ儲けという算段なのであろうが、大多数の事業者はおそらくこの制度に振り回され、大変なコストを払う破目になり、それが「マイナンバー不況」なるものを招く危険性も高い。
 

政治がダメでも官僚が非常に優秀だからこの国が成り立つとぬかしているマスゴミ!
マイナンバーなんてこんな物を目にしてもまだそんな事が言えるのか!
驚く程バカな輩を目の前にして閉口させられる事は多いが、無知で不勉強で馬鹿な一般大衆が粗製乱造されて、簡単に洗脳され、国や企業、マスゴミ等に日々踊らされている
公権力は国民の主君ではない、国民は国家の家来ではない!
日本人の頭から真の文明開化の音がするのは一体何時の事になるのであろうか?
日本という国、並び日本国民共々に痛いとしか言い様がない!


関連記事 コレは糞過ぎる! マイナンバー制度 Part 1  Part 2  Part 3



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Dec. 2015)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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メモリーズ 413系国鉄近郊型車体 Part 3

2014年9月の富山遠征でも今回は午後編である。
初日は東富山~富山のストレートの後、西高岡~福岡間=能越道を潜る所、更に呉羽~小杉間と車で飛び回り、14時半頃常願寺川の鉄橋に着いた。
東富山~水橋と云えば、川のすぐ西側の築堤で撮るのが普通。立山連邦をバックに入れて風景の様に撮るのが定石になっているアレである。
でも何故か、常願寺川鉄橋での撮影を選択してしまった。土手に車を置き、列車が来る時だけ出て行って撮れば良い。車からほんの数メートルだけ動けばよいから楽というノリだったのである。
川の手前は車を置くのが難しいという事情もあったのだが、今から思えばこの選択はしくじりであった


この鉄橋、何故か架線柱の間隔が狭い。通常1スパンはほぼ2両分なのだが、ここでは1.5両分くらいしかない。架線柱が刺さりまくる不格好な絵になってしまう。このすぐ西側の築堤で撮る人が多いのは背景のみならず、この問題も大きな理由と思われる。
しくじり状態の中でも、もう後には引けない!当然の如く、 はくたか と 北越 をターゲットにして、その序に普通電車も狙うというやり方だが、そんな中、あの珍編成がやって来た!

413@jnjg01

珍編成其の1、B11 編成 クハ455-702 を西側に付けて糸魚川方向に走って行った。
このクハ455は、元はサハ455。 
413系登場に合せてクハ化したのだが、運転台取り付けやシャンパ栓交換等々は行ったが、それをやる位なら、車体ごと交換しなかったのか?


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もう1本の珍編成も押えられた。B04 編成=青一色、西側にはクハ455-701 この場所でも立山連峰がバックに入るのだが、完全な快晴でなかったのが悔やまれる。
ただ、青一色だと快晴でも殆ど保護色状態ww


 

2日目も前記事の通り、東富山北側のカーブから南側のストレイトに移動というパターンで午前中の撮影をクリア。
前日と違い雲は無し!そして昼時は少しだけ富山地鉄に挑戦してみた。


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稲荷町駅付近で捕えた 14720形 、登場は1962年、即ち浪花のブギーマンこと 南海6000系 と同期で松田聖子と同い年。(
1年先輩の 10020形 と共に日車ロマンスカー軍団註1)の貴重な残党である。(両形式とも2連×1本ずつ) 更に常願寺川の鉄橋でも少しだけ撮影して、再び北陸本線の撮影に…




413@hty01

13・14時台は東富山~水橋間でも東富山寄りのストレートで撮影このへんはちょこまかとした半端な障害物が多い。この413系も「線路に入ってはいけません」という看板と被ってしまった
14時台の はくたか (コイツは6連)撮影後、常願寺川方向に移動この日こそ土手ではない所で撮ろうと決めていたが、現場に近付き車を止められる所を探しながらゆっくり走っていたら、後から一台の車が猛追して来て、それどころではなくなった。
慌てて土手を登って逃げた…、と思ったらその車も付いてきた。もう逃げ場無しorz
土手を歩いて降りて撮りたいスポットに行く事も出来るが、土手の車が2台写り込んでしまう危険性が高かった。
追ってきた其の車も実は同業者!目的が同じだったのである。これでは文句も言えない。
かくして、しくじりを繰り返す破目に


 

413@jnjg03

ノーマルな413系北陸色 2日続けて珍編成という訳には行かなかった。現場の天気は全くの晴れなのだが、バックに入る筈の立山連峰は霞んで全く写らず。

413@jnjg04

青一色も当然撮った。架線柱の間隔が短いのは困る(所々の鉄橋ではこういうケースはあるが)。
この場所でパンタを抜けたら殆ど奇跡だと思う。


急行形を近郊型にコンバートして誕生したのが413系なのだが、3ドアではなく2ドアになったのか? 3ドアにする必要までは無かったという事なのだろうか?
80年代中期の当時、日車ロマンスカー軍団が北陸信越の私鉄で幅を利かせていたのは上述の通りだが、それに対するパクリ、いや違う、一種のアンサーソング的な意義付けだったかも知れないとやや牽強付会?な事も考える小生だった。
(当時全盛だった117系に合せる理由も見当たらないし…)


 


特急街道として栄華を誇った北陸本線だが、それも今は昔… 注目を浴びる事は少なかったが、なかなか味のある優秀なバイプレイヤーであり続けた413系。
475系と違い、JR に残った車で七尾線に回ったものもあり、あいの風とやま鉄道に移って走り続けている車もある。確かに今なら、七尾線やあいの風~に行けばまだ逢える。ただ、何時まで走り続けるか分からない。
老朽化は確実に進行しているから、終焉は意外と近いかも知れない。


という訳で、最後にOzzy Ozbourne の有名曲、" Goodbye To Romance " (1980)を以てこの413系の話を締めたい。(註2

ロマンスに満ちた北陸本線の姿は昔のものとなってしまったが、413系に再会出来ると信じて。

どの様な曲かについては、
こちらの映像でも御覧頂きたい

Yesterday has been and gone
Tommorow will I find the sun or will it rain
Everybody's having fun except me, I'm the lonely one, I live in shame
I said goodbye to romance, yeah
Goodbye to friends,
I tell you Goodbye to all the past
I guess that we'll meet, we'll meet in the end
 
I've been the king, I've been the clown
Now broken wings can't hold me down, I'm free again
The jester with the broken crown
It won't be me this time around to love in vain

I said goodbye to romance, yeah
Goodbye to friends,
I tell you Goodbye to all the past
I guess that we'll meet, we'll meet in the end

And I feel the time is right
Although I know that you just might say to me
What you gonna do, what you gonna do,
but I have to check this chance
Goodbye to friends and to romance
and to all of you, and to all of you
Come on now!

I said goodbye to romance, yeah
Goodbye to friends, I tell you Goodbye to all the past
I guess that we'll meet, we'll meet in the end
And the winter is looking fine
And I think the sun will shine again
And I feel I've cleaned my mind, all the past is left behind again
I said goodbye to romance, yeah
Goodbye to friends,
I tell you Goodbye to all the past I guess that we'll meet, we'll meet in the end


 

註1)日本車輛製造が1955年に製造した名鉄初代5000系に準じた車体を持つ地方私鉄向け車両群。2ドアでクロスシート、顔は湘南顔に近いのが特徴。過去、秩父鉄道300系、富士急3100形、長野電鉄2000系、北陸鉄道6000/3010系といった辺りが存在したが、現在残っているのは富山地鉄10020、14720形と福井鉄道200形のみ
註2)Ozzy Osbourne は1948年12月、英国バーミンガム(Birmingham)生れ。言わずと知れたBlack Sabbath の初代ヴォーカルとして1978年まで在籍したが追放同然で脱退し、ソロに転向。
へヴィメタルの帝王とも称される一方、数々の奇行でも名を馳せる。1982年1月にやらかした「蝙蝠の羽噛み千切り事件」はつとに有名。
この" Goodbye to Romance " の収録アルバムは勿論、" Blizzard of Ozz "




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メモリーズ 413系国鉄近郊型車体 Part 2

2014年5月の高岡遠征では朝の時間帯に475系を捕える事に成功した小生だったが、413系を真面に捕えたのは1回だけだった。メインターゲットはあくまでも はくたか であり、場所も高岡であったから、普通電車は521系が主力を占めていた。
そして季節は移ろい、9月も末になった頃だった。季節の変わり目で天候が安定し難い。それでも何とか2日連続で晴れる可能性の高い時を見つけて遠征を敢行した。 その遠征場所は富山!


富山~東富山~水橋という辺りをメインに、他のポイントも加えるという形になった。 初日朝、バスで富山に到着して空を見ると雲が多い!
そんな中、富山ライトレールを時間潰しがてら撮影した後、朝8時からレンタカーで行動開始。
この遠征のメインターゲットは言うまでもなく、 はくたか
5月とは光線状態も全然違うから、最適な撮影場所も当然違ってくる。はくたか、北越を中心に、そこに普通、カモレ等を如何に絡めて行くかという事になる。


2日間とも、午前一発目として先ず、東富山駅の北側のカーブで越後湯沢行きの  はくたか を1本撮って、同駅南側のストレートに移動するというパターンだった。
2日あったらパターンを変えるのが普通だが、富山なんて不慣れなので許してニャン!てなわけで、今回は9月の富山、午前編という事にするが…


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富山に向かう普通列車をキャッチ。 3連というのが一寸情けないが、521系なら2連というもっとショボイ状態だからそれよりはマシか(?) 白地に青という北陸色の413系、晴れた秋空には映える!
空に映えた序にだが(?)、この21世紀の世になってキノコ型クーラキセを何回も見るなんて思わなかった。古臭いが結構「萌え~っ」と来るのが不思議ww。
現在、首都圏でこんなクーラキセを見られるのは189系豊田車の臨時列車くらいである。


413@hty03

糸魚川方面行きのケツ打ちショット 3連だと架線柱に全く掛らずにいとも簡単にすっぽり収まるww ただし、パンタを抜き切れなかったのは残念、更にタイガーロープまであるというザマだが、これ位の妥協は仕方ないか(
 

初日、基本的には晴だったのだが、午前中は雲が多い時間があったのは誤算で、肝心な時に曇られるという惨劇を幾つか食らった。

413@hty07
 
曇られてしまった辛い一例
普通電車だって富山を挟んで西と東では本数が違う。富山以東では列車本数が少なくなるから(以西に比べてという意味でだが)、一つ一つのチャンスがより貴重になる。そこで一回曇られるというだけでも本当は非常に辛い。



単色化された車も捉えたが、青一色故に秋の青空に溶け込み過ぎた感がある

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東に向かう列車の後追いの作例上述の通り、3連であるが故に架線柱に掛けずに撮れるから、手前サイドの架線柱を全く入れない絵も可能。(この場合は少々トリミングしてあるww)
 
413@hty05

富山行きを迎え撃つショットでは、架線柱は掛ってしまうが、パン抜きはほぼ成功!
この遠征でのメインターゲットはあくまでも はくたか 北越 であったから、この413系、釣りでいえば外道に近いという事になってしまうが、貴重な収穫を齎してくれたのは間違いない!


列車密度が低い所で撮影効率を稼がなければならないとなると、同じ場所でも3連、6連、9連、更には長編成の貨物まで対応すべく色々細かく動いて構図を変えてというのは結構大変であった。
これも修行であるし、その一方でやり甲斐もある。


午後の撮影ではあの貴重な編成も捉えられたが、それはPart 3 にて!




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メモリーズ 413系国鉄近郊型車体 Part 1

まだコイツをメモリーズと扱ってはならないとは思うが、北陸新幹線が金沢に延伸された以上、たとえ再び富山に出向く事があってもその際は地鉄がメインになるであろうから、北陸本線を撮る機会はもう無いかもしれない

よって、この413系に遭遇する機会も無いかも知れない。 この春のダイヤ改正と3セク移行で、475系は完全に消滅したが、413系については3連×11本の内、5本が第3セクターに継承された。
3セクの初期投資を抑えるという目的によるものである。
前にも触れたが小生は、681/683系 はくたか の最後の雄姿を押えようと去年5月と9月に遠征を行ったのだが、475系413系を捉えられた事も大きかった。

 
413@tak

5月の遠征は高岡だった。富山より西の区間である。朝の通勤時間帯には475/413系の6連運用も見られるが、この時点で既に521系が侵出していてデイタイムに入ると521系ばかりで475系はおろか413系の姿すら殆ど拝めない状況だった。
その遠征では早朝出撃で475系6連を捉える事も出来た、急行型の姿を捉えて狂喜乱舞した小生だった。(下記リンクも参照されたい) 471/473系 の車体更新車が413系であるから、言うまでもなく、急行型のまま走り続けた475系と基本構造は一緒である。
475系も413系も同じ位貴重な車である事には変わりがないと判ってはいるのだが、413系に対しては475系程の有難みを感じない所があった。

そんな中、午後の普通で1回だけ413系を撮る事が出来た。時期は陽の長い5月も下旬、夕方まで待てば再び475/413に出逢えるかと期待して高岡~西高岡間のあのカーブで夕方まで待ったが、普通は521系ばっかりだった。富山に足を運ぶのが少なくともあと2年早ければと後悔する訳であった。

 
521g15@tak02

521系、あのヘンチクリンなバンパーが無い状態で4両編成というだけまだマシ、そして貴重(今は全車にこのバンパーが付いてしまった 
JR 西日本車の521系ももうここにはいない。(IR いしかわ・あいの風とやまの車はカラーリングが違う)
ここは夏場向きの結構有名な撮影地だが、金沢~直江津では特急がすべて消えた今、このカーブに再び足を運ぶ事はないと思う。

 


2日目の夕方撮影終了後、高岡でレンタカーを返却して、帰京前の夜の数時間を富山で過ごすべく普通電車に乗り込んだ。やって来たのは413系! 
本音を言えば475系だったら超嬉しかったのだが…、521でなかっただけラッキー。
ドアから入ろうとすると、そこにはステップが!地方線区ではホームの低い駅が多かったその時の名残である。大都市圏でこんな車に乗る機会はまず無い。

ステップのある鉄道車両に乗るなんて何年振りであろうか?
そして何と言っても国鉄近郊型という風情の車内…、ノスタルジーも当然あったが、それ以上に何故かときめきに近いものすら感じてしまった


所謂「走ルンです」ばかりに囲まれていてウンザリな日常を過ごす小生だから、それも当り前であろうか…。
乗車時間は20分程度だったが、小生にとっては真に貴重な時となった。富山駅で下車した後も、暫くホーム上でその姿を眺め、更にホームを跨ぐ通路から糸魚川に向けて発つその姿を見送った。
残された機会は少なしと雖も、必ずもう一度会おうと心に誓って…


今回はこのへんにしておいて、Part 2 へと続く!

参照記事=The Legendary Super Star 475系国鉄急行型車体 Part 1  Part 2




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7年振りになった再会 ~実は超メモリアルな罐?~

同じ罐に頻繁に出くわすという言うのは、同じ場所で定点観測をしている様な人ならある事かも知れないが、小生には当てはまらない。
寝台列車等の様に使う罐の限られている場合はともかく、貨物の罐の場合、運用範囲が広く、その上比較的数の多い物となると頻繁に顔を合わせるケースはなかなか無い。


例えば、EH500=金太郎なんて実質東北本線・青函線又は関門に限られる。東北側(つまり仙台車)で64両も存在しているから、現時点で黒磯以南では運用も少なくなるので、同じ罐に出くわす率は低くなってしまう。

EF66-100番台=サメちゃんでもその運用範囲は東京~幡生の約1000㎞に加えて、首都圏各線の運用にも入り得る。スジは多くなくとも、同じ罐に遭遇するのは結構大変かも知れない。
サメちゃんを含めた EF66 は吹田所属で、吹田のスジは代走になるケースも多い。途中で急に付け替えられるケースもあるので、余計にややこしい事も起こり易い。
サメちゃんは33機が存在し、決して少数とは言えないから同じ罐にそうそう出逢わない。ただし、同じ罐が一定期間狭い範囲をグルグル回る様なケースもあって、その場合は続けて出逢う可能性がある。


66101@otb01
 
2008年12月上旬に尾頭橋駅で撮影した101号機 本来なら向こうを走る名鉄を撮影するのだが、その序にJR も撮ったらコイツに遭遇首都圏の何処かで遭遇していても不思議ではないが、残っているファイルを調べても、この時以来この罐に遭遇した形跡はない。小生が近年に遭遇したサメちゃんに関しては、90年代製造の角形ライトのタイプ(109号機~)が圧倒的に多く、丸型ライトの89年組(101~108)は少ない。
 
66101@krky01

先日、ワシクリは黒小屋踏切に行った際に3064レで捉えられた。7年振りの撮影である。 この日一発目に八甫でカシオペア撮影後、黒小屋に移動するとこのスジに101号が入るというのが分った。 0番台 が入る可能性が比較的高いとされるスジで、サメちゃんというのではガックリな話。ただ、この101号機はJR 貨物発足後初の直流型新製機というメモリアルな罐なのである。

7年振りというのは帰宅後ファイルの整理をしていて気付いたのである。サメちゃん自体は何度も撮っているが、上述の様にこの1次車に遭遇するケースは意外と少ない。 丸いライトは1989年登場1次車(101~108号機)の証し、という事は今年で26歳、黒小屋で居合わせた人が「何時落ちてもおかしく無い」と言ったのを聞いて、もうそろそろ先行きが不透明になって来る年頃であると気付かされた。

後輩のEF200 も一部が落ちているから、環境に優しいww桃太郎がますますのさばって来るのは必至。

黒小屋で直流機の話が出来るのもあと僅かかも知れない。来年春以降、EH500 の首都圏での運用が拡大する可能性が高いからである。近い将来、黒磯のデッドセクションが駅の北側に移動して、機関車付替えが無くなるという噂もある。
来春以降寝台特急が消滅し、頼みの綱の貨物も実質的に金太郎独壇場になるとすれば、黒小屋に足を運ぶ事も殆ど無くなってしまうかも知れない。小生、金太郎が嫌いではなく、それどころか寧ろ結構積極的に撮る罐で、第一エンドから来てくれた時等は非常に嬉しいのだが、さすがにこればっかりになったら食傷を起こすのは目に見えている。


蛇足になるが、隣の水沢踏切とこの黒小屋との間で人気に差がある様な気がする、というより、現実的に差がある。黒小屋が余り人気になるのも個人的には困る話だが()、恐らく黒小屋だと県道の跨線橋がバックにどうしても映り込むのを嫌がる御仁達が水沢を選ぶからとしか思えない。
しかも、水沢踏切にはファンクラブみたいなものもあるらしい。 実は2日前、この黒小屋で撮ったのは102号機、こちらは5年振りの再会である。





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