Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

2014年07月

もう1年以上も前のネタにはなるが、成城のStudio Aya で撮ったもの紹介する。

2013年6月半ば、梅雨の中休みで蒸していたある日の夜、予定通り成城のスタジオに入った。
そこで慌しく色々準備をしながら、予定していたモデルさんが来るのを待っていた。開始予定時刻をとっくに過ぎていても現れる気配がない。
暫く後、スタジオ側とモデルさんの間で連絡ミスが発生していたために、そのモデルさんが来ない事が判明!


返金してもらって御破算にするのが常識だが、成城の住宅地の奥の方まで行って、既にガソリン代+駐車料金も掛けていて、準備もしていたのに何もせずに帰る事に納得は行かなかった。
スタジオの方で代役のモデルを探してくれるという事となり、待つ事約1時間…。
やって来たのが彼女だった。予定していた相手より、彼女の方が撮り甲斐はありそうだったのは幸いだった。
(あくまでも小生の独断と偏見w)

nnm002  nnm003

Ferrari 458 Italia のラジコンとクッションの組み合わせ。両方とも既に登場しているが、同時に出て来るのは初めて。非常にマッチングが良いのは当たり前田のクラッカー!ww

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彼女は愛知から上京してきたというのだが、身長は178㎝だというのだから、胸を張ってモデルと名乗れるわけである。
モデルとは到底言えない様なチンチクリンを沢山見ている小生からすると、これだけで何やら非常に有難く感じてしまうww。


今回は一先ずこんな所です、という訳で、Part 2 へ!

Jun 16th, 2013 at Studio Aya
PENTAX K-5 + SMC DA limited 40mm f2.8 モノブロックストロボ2機使用



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jul. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



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元国鉄 101系! グランドフィナーレ

秩鉄1000系そして旧国鉄101系にいよいよ最後の時が迫ってきた
3月になって3度目の撮影だったが、これがおそらくラストになる可能性が高かったので、まだ撮った事のないポイントでの撮影を試みた。



ct1003mar14k

永田~武川間、コンクリート工場近くの踏切から。
見ての通り、光線状態はかなり良いのだが、架線が何故かここで2重になっていてその影が…、そこまで計算し切れなかったorz


ct1003mar14m

武川駅付近に移動しロケハンをしたが、電線類やら障害物やらで…ポイントがなかなか定まらない。比較的マシな所を選んで撮る事が出来たと思われる。

101系は全電動車方式を前提に開発されたものの、変電設備容量不足、更には主電動機の熱容量問題等等の諸事情も絡んで実現しなかった。これが101系にとっては大きな躓きになってしまった。
結局、国鉄形通勤車のスタンダードという地位を得たのは後継の103系である。103系登場後も細々と1969年まで追加製造が続き、製造両数は1535両=歴代5位に達したがその割りに、存在感が薄かったのは否めない。
国鉄電車の新性能化の魁とはなったが、天下は獲れなかったのであった。アリがちな話だが…。


旧国電スタイルも関東では遂に見られなくなってしまったその一方、関西では103系が阪和線・奈良線・関西本線等で往生際悪くのさばり、利用者からの顰蹙(ひんしゅく)を買っているが、 嘗て大都市圏で天下を獲った生きた化石として貴重な存在になっているとも言える。
関東では、JR に於いて101系は2003年秋に南部支線を最後に消滅し、103系も2006年春に成田線を最後に消滅している。(東北では2009年10月まで仙石線を走った)
ただ、秩父鉄道1000系の存在によって103系の後で101系が消えるという一種の逆転現象が起きたという事になる。


秩鉄1000系製造から約50年(通算で)走り続けた事になるが、曲げ・捩り剛性でE231系の2倍以上というボディの存在によるところが大きいと言えなくもない。
角度を変えれば、軽量化とコストカットを徒に追い求めた様な今時の車が如何に弱いかを表すジョークの様に聞こえなくもない。東急東横線・元住吉のあの事故を見たら尚更であるww。


ctdk102@muk01

羽生行きを狙うまではまだまだ時間がある。武川まで行ったら、貨物を狙わない訳には行かないと、期待を寄せてみたのだが…、この日の午後は単機ばっかり、damn!

そして、夕方前の羽生行きを撮るロケーションとして、八高線と秩鉄が並走するあの有名ポイントを選んだ。
有名なのは東側から撮るアングルだが、今回はその逆アングルとなる。
実際行ってみると、八高線の側にある妙な障害物が…orz、かといってロケ地変更も利かない

ct7506@yor01

リハーサルとして7500系の三峰口行きを撮り、本番に備える。撮影者は私一人、静かにその時を待つが、自然と緊張が高まる。 失敗も怖いが、万が一八高線に被られでもしたら…。

そして、この時がやって来た。自分を、機械を信じ、シャッターを切ったショットは…、成功!


ct1003mar14n

Adieu !! La Série 1000 du chemin de fer de Chichibu
originairement la série 101 du Chemin de fer nationaux Japonais

さらば、秩鉄1000系=元国鉄101系に今生の別れを!
一つの時代のアイコン、その消えゆく後姿を見送った。ラストは後追いのショットで良かったのだと… そして、気付けば秩鉄も6000系以外はステンレスばかり、この後撮りに行く事はあるのだろうかと思ってしまう。
今こそ退廃する鉄道文化を検証し、再建して取り戻す必要があるとすら思う小生であった。



標準規格だか何だか知らねぇが、糞くだらねえ手抜きの基地外 4 letter 無塗装車ばかり走らして、 何がサービスだ?何が環境だ? 冗談言うのも大概にしろ!
テメェらのやってる事はただのケチ&画一化、既に立派な貧困だ! 乗るのは人間だ、物じゃねぇ! ただの「数」じゃねぇ事思い知れ!
たとえ利用者は黙って見逃したとしてもこの懐剣が承知出来ねえとよ!
 


1000系に捧ぐ最後の一曲を選ぶのに苦悩したが…、
最終的に選んだのはこの曲!


Patti LaBelle 並び Michael MacDonald のデュエットによる超有名曲、 " On My Own " (
これがヒットしたのは1986年、即ち秩鉄に1000系が登場したその年である。
全米#1、カナダでも#1、全英では#2まで行っている。 Patty はNY で、Michael はLA で各自別々に撮った映像を組み合わせただけのPV が印象的wwで懐かしい。
それから既に四半世紀を越える時が流れている。


この曲の懐かしいPV はこちらをご覧あれ!

So many times, said it was forever, said our love would always be true
Something in my heart always knew I’d be lying here beside you
On my own..., on my own..., on my own

So many promises never should be spoken
Now I know what loving you cost
Now we’re up to talking divorce and we weren’t even married
On my own once again now..., one more time, by myself

No one said it was easy..., but it once was so easy
Well, I believed in love
Now here I stand, I wonder why

I’m on my own...,
Why did it end this way ?
On my own..., This wasn’t how it was supposed to be
On my own..., I wish we could do it all again

So many times, I know I could have told you losing you it cuts like a knife
You walked out and there went my life, I don’t want to live without you
On my own..., This wasn’t how it was supposed to be
On my own..., I wish we could do it all again
On my own..., I never dreamed I’d spend one night alone
By myself...

On my own, I’ve got to find where I belong again
I’ve got to learn to be strong again
I never dreamed I’d spend one night alone, by myself..., by myself

I’ve got to find out what was mine again
My heart’s saying that it’s time again and I have faith that I will shine again
I have faith in me...


両者は一回も顔を合わすことなく、レコーディングもPV 撮影も別個に行った。これは、曲の元々のコンセプトに忠実に作り上げる上で必要な事だったと云われている。
両者が対面したのは後に、この曲を歌うべく、" The Tonight Show "(有名なTV 番組=NBC ) に出演した時だった。


hanyu85joker549n01そして追撃編として… 左は、今をときめくイチローズ・モルトはカードシリーズからの "JOKER " 羽生1985で、Part 7 でも名が出た秩父ウィスキー祭りでお披露目された際の画像である。

イチローズ・モルトといえば、最近国内は元より、海外でも人気沸騰中で入手が非常に困難な状況が続いている。
このイベントの時もイチローズ・モルトのブースは物凄い行列で、私は一滴も試飲出来なかったorz


肥土伊知郎(あくと・いちろう)氏は東農大~サントリーを経て、実家である東亜酒造に入社、2000年同社の羽生蒸留所が売却される際には、同蒸留所のウィスキー原酒を買い取り、その管理を福島県の藤の川酒造に委託。自身も藤の川酒造の業務に携わりながら秩父蒸留所の建設に着手。2007年に完成し翌年生産開始。2011年秋に秩父蒸留所最初のウィスキーをリリースした。

羽生と秩父を結ぶ秩父鉄道はまさに、Ichiro's Malt の歩みを結ぶ鉄路なのである!
だからこそ、秩父鉄道1000系メモリアルとなるウィスキーを是非ともリリースして欲しいのである!
もし、羽生の原酒がまだ残っているのであれば、その為に少しでも使って頂きたい。これはイチローズ・モルトの責務であると言っても過言ではない!(何様のつもり?ww)



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jul. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。



)Patti LaBelle =Philadelphia で1944年5月に生れる。つまり、久米宏、高橋英樹、長池徳士(元・阪急)と同い年。1962年Patti LaBelle and Bluebells のヴォーカルとしてデビュー、1977年解散後はソロに転向し、20作のアルバムをリリースしている。
Michael McDonald =1952年、St. Louis 生まれ。同い年は水谷豊、渡辺喜美、夏樹陽子、簑田浩二(元・阪急)というあたりww。1974年Steely Dan に参加した後、76年からDoobie Brothers の2代目ヴォーカルを務める。1982年からソロに転向し、数々のヒットを作り出す。特徴的な歌い方とバリトンヴォイスで有名。




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あっ、オランダだ! あっ、巨人軍だ! あっ!、1003F だ!

国鉄101系と云えば、1980年代に入る頃まで中央線快速中央総武緩行線は殆どこの車だった。103系も混じってはいたが、少数派であった。
幼少期の小生は四谷、水道橋や代々木にある進学教室に通っていて、そこへの行き帰りに乗ったのである。 その時の記憶にある101系は、ドアの開閉が「ガラガラガラ、ドン!」という非常に荒っぽく、ドア自体もステンレスではなく、内側も鉄に塗装したもので、如何にも「ペンキを塗りました」という感じで、幼少期の小生にとっては前近代的に映ったのである


今だとドアが剥き出しのステンレス、若しくは内側面が化粧版になっているのが当り前だが、当時から私鉄ではそういうものが多かったので、私鉄が羨ましく思えた事もあった。
停止してドアが開く時、又ドアを閉めて発進する時のあの音、C1000形コンプレッサーの音、走行音もリアルタイムで聞いたものは今でも忘れない。
勿論殆どが非冷房車だった。冷房改造車もあったが、たまに中央快速線で見かける程度だった。


そういう時代だったので201系試作車に出会った折には一種の高揚感に包まれたものである。
Part 8 からの続きになるが、あの定番スポットでの撮影の後、その返しを撮ろうと持田~熊谷間に向かった。
ロケーションはパチンコ屋駐車場の裏に決めたが、時間や光線状態を鑑みて、線路が9 to 3 である所が良いと考えたからである。
だが、近くの畦道に駐車車両がいた事等で、当初の計算は狂って行った。予定したポイントとアングルは取れず。しかも三脚が不具合を起し、応急処置を強いられた。


ct1003mar14f

計算外だったのは、太陽の角度が冬場とは違っていたことで、電線類の影の掛り方が違った事である。太陽の角度の関係で高い所の電線まで映り込んでしまったorz。

ここで同じ様に1003F を狙っていた人がいたのだが、 いつの間にか何処かに行ってしまった。この1003F が通過した直後に戻って来たので、そのタイミングからして撮らなかったのかと思い訊いてみると、完璧なショットが撮れるロケーションを探している間に電車が来てしまい、撮り損なったのだという。
完璧なショットが撮れるシチュエーションすらあるとは限らない、取敢えず確実に押える事を優先して考えよう!
前日の熊谷での大失敗、そのリベンジを期して、熊谷駅付近のカーブに移動したが、ここも連日10人程度の撮影者はいた。完全に齧り付き、縦位置で前面だけを撮るという方法を選ぶ人が多かった。


御覧の通り、どう足掻いても超窮屈な構図を強いられる。
急カーブという事もあって、架線柱のスパン短過ぎww、架線柱を支える筋交もビッシリww 、更にピントを置く所がなかなか難しい。


3月で15時近辺、羽生~熊谷間という中で、バリ順かそれに近い光線状態で、なるべく電線類の影響が少ない所、という条件を満たすのはここしかないと考えたのである。
しかも今までにないショットが撮れるとあれば、挑戦しない訳には行かない。 前日の失敗を思い出しながら、アングル、ピントの位置等を練り直し、時を今かと待ち続けた


ct1003mar14g

熊谷行きが入ってくるところを捉えて、一発目のリベンジ成功!

ct1003mar14h

羽生へ向けての返しも又成功!
しかし、この余韻に浸る暇もなく、車を飛ばし、またあの場所へ!


ct1003mar14i

再び熊谷行きになった所を狙うのも2日続けてになった。前日の反省を踏まえて、あまり齧り付かずに撮ってみた。 前日のショットと比してバランス等は良さそうで、これもリベンジ成功と言える。
取敢えず失敗なしで乗り切って、ほぼ満足の行く成果は上がった様に思われた。

あとは3連休中のさよなら運転をと考えたが、それ以前にチャンスがあったらそこで撮り納めをしようと考えを変えた。


ここまで来たら、今回の一曲も序にやってしまえ!という事で、その曲とは…、
" If I Close My Eyes Forever "
Lita Ford(元・The Runaways)Ozzy Osbourne(元・Black Sabbath)のデュエットで1988年にヒットした有名なバラードである。(


因みに、1988年当時、1000系にこんなリバイバルカラーなんぞ無く、全て チョコバナナ であった。

如何いう曲かという事については、こちらのDailymotion 動画でもご覧あれ

Baby, I get so scared inside and I don't really understand
Is it love that's on my mind or is it fantasy
Heaven is in the palm of my hand and it's waiting here for you
What am I supposed to do with a childhood tragedy

If I close my eyes forever, will it all remain unchanged ?
If I close my eyes forever, will it all remain the same ?

Sometimes it's hard to hold on, so hard to hold on to my dreams
It isn't always what it seems when you're face to face with me
You're like a dagger, and you stick me in the heart
And taste the blood from my blade
And when we sleep, would you shelter me in your warm and dark embrace ?

If I close my eyes forever, will it all remain unchanged ?
If I close my eyes forever, will it all remain the same ?

Will you ever take me ?   No, I just can't take the pain
But would you ever trust me ?   No, I'll never feel the same...
Ohh I know I've been so hard on you, I know Ive told you lies
If I could have just one more wish, I'd wipe the cobb webs from my eyes

If I close my eyes forever, will it all remain unchanged ?
If I close my eyes forever, will it all remain the same ?
Close your eyes…, close your eyes…  You gotta close your eyes for me


次こそ本当の最後、クライマックスはPart 10 で!

)Lita Ford=1958年9月生まれ・即ち原辰徳と同い年ww。イギリス出生だが幼少期にアメリカに移住。
1975~79年まではJoan Jett と共にThe Runaways の中心メンバーだった。その後、ソロに転向。
この曲は、1988年リリースのアルバム" Lita " に収録。3回結婚(3回とも離婚)しているが、最初のパートナーはBlack Sabbathの一員であったTony Iommy



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It Didn't End That Way
1003F 復帰! そして最後のステージへ!


3月に入って気を揉んでいた小生だったが、秩鉄から1003F 復帰及び、土休日の固定ダイヤのアナウンスがなされた。
こうなればこちらも大勝負!
ただ、天気というものがある以上、気を揉む事には結局変わりなかったのである。3月は季節の変わり目で天候が変り易い時なのでそこは尚更である。

ct1003mar14a

数回出て来た形だが、やや正面気味で望遠効かせまくりアングルで。 このアングルでもパンタは殆どw 抜けているし、それなりに迫力も出せたとは思う。

この返しを午後に狙う為に行ったのは寄居だったが、寄居なんて10年以上も足を運んでいない。
寄居~波久礼間、寄居町末野は善導寺付近のカーブである。 1000系はストレート系のショットばかりで、カーブのショットが1枚もなかった事と、万が一曇られても何とかなるという計算があったからである。
本命を撮る前に、リハーサルがてら何本か撮ってみたが、意外と難しい。先頭パンタとなると難易度アップ。 空を見ると、時折山の方で湧いた雲がやって来る、風に乗って直ぐ去って行く。そして、1003F 通過予定時刻がせまり、空には雲の塊がが一つ…。

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1003F、キタ――!という瞬間に、何と、その計算が当たってしまった!
1003F 通過のその時だけ曇られた!
これには唖然呆然+sh*t, du*b ! +怒るでしかし!

その後、羽生からの返しが熊谷行きで、その返しが羽生に行き、又再び熊谷に向かうという事だったので、熊谷駅付近に移動。
熊谷駅に急カーブを曲がりながらアプローチする所とその返しを狙ったのだが…、
何と両方とも失敗! これは痛過ぎである!

悔し過ぎて気が振れそうになった。 この重大な失敗を引きずっている暇はなく、再び熊谷行きとなった所をあの定番スポット午後アングルで捉えるべく、R17~R125~R17BP~R125BP という具合で車を飛ばした。


ct1003mar14c

御覧の通り、一応成功だった。ただ、一寸齧り付き過ぎなのか、小生としては何か今一つ。 狙った列車に限って満足に撮れないというのは悲惨で、やるせない気持ちにさせられる。
辛い気持ちを引きずっての帰京は当然気の重くなるものだった。


ここで早くも、今回の一曲登場!
その曲とは… 8utterfly (誤記ではない、バタフライと読む)の「願って 願っても」 (
この曲のPV は
こちらをご覧あれ!
 
願って 何百回 願って 願っても 君は今日も振り向かない
何百回諦めようとしたよ だけどその度に気付いた 君が好きなんだ私

勘違いしちゃダメだ、ダメだと 何度も自分に言い聞かせた
あんなに優しくしてくれたの 今までなかったから
チャラい奴とか 遊んでるとか いろんな悪口聞いてるのに
ホントは違うとか…、私重症だよ

You are in my heart 
君が誰かと楽しそうに話してるだけで 胸が苦しいよ
願いひとつ叶うなら 君の隣で笑いたい
何百回諦めようとしたよ だけどその度に気付いた 君が好きなんだ私

イイ奴だなって言われても 全然嬉しくなんてないよ
イイ奴じゃなくて イイ女に ホントはなりたいから
片想いだって判ってるけど 叶わないなんて思いたくない
君の理想にもっと近付きたいよ

You are in my heart
偶然道とかで 君とばったり会えたらな ありえないのに
願いひとつ叶うなら 君の隣で笑いたい
何百回諦めようとしたよ だけどその度に気付いた 君が好きなんだ私

きっとこの世界に君を探しに来たんだ ずっと昔から ずっと ずっと…

願って 何百回 願って 願っても 君は今日も振り向かない
願いひとつ叶うなら 君の隣で笑いたい
何百回諦めようとしたよ だけどその度に気付いた 君が好きなんだ私

願い、ひとつ…  願い、ひとつ…  願い、ひとつ…  願い、ひとつ…


小生は勿論、狙って 狙っても、狙い…、ひとつ… !
そして、翌日の勝負…、絶対リベンジしたると心に誓い再び。 ,始めはやはりこの場所から

ct1003mar14e

もう見飽きたと思うが、先ずは羽生・行田市の境である定番スポット ここで1000系は何回も撮ったが、角度、正面とサイドのバランス、そしてパンタの抜け方という所を鑑みると、これはベストショットの一つと思われる。兎にも角にも、幸先良くスタート出来た。

午後は当然ながら、他に移動してロケを続行、続きはPart 9 にて!


さて、ここからは行掛けの駄賃集!1003F だって晴れていればこんな風に撮れたのである。

ctdk108@yorihaku01

始めて撮れた秩鉄のカモレ。 デキ108号牽引でフル編成

ct5202@yorihaku01

これだって何時まで走るか分からない5000系の5002F
2010年11月、ダンプに特攻を食らって1編成潰れているが(5004F)、皮肉にもこの特攻が1000系延命に一役買っている。
しかもこれで延命されたのが1010F だったのだ。



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)福岡出身のR&B 系シンガーで、Koyumi として2006年活動開始。2011年のCDデビューを機に8utterfly に改名。先頭がB でなく8 なのは、8が∞に似ているからとの事。
実は小生、彼女の生の姿を一度だけ見た事があるのだが、宣材やジャケットの画像との間に結構なギャップがある様に思えたww




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