Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
画像をクリックすると大きな画像が出る。

2014年06月

Barolo Classico Riserva 1996 Borgogno

以前、有名イタリア食材専門店の代官山本店で買ったボトル。この銘柄はそう簡単には入手出来ない筈なのだが、この店の経営母体がこの生産者の大株主らしく、主な取扱銘柄になっている。 この春で代官山の本店と工場は消滅し、全店舗でパン・惣菜の販売が終了している。ワイン等は他の各店舗で買える。
 
borgogno96n01
イタリア食材店の宣伝をする気は無いので、このワインの話に移る。 
 
色は完璧なガーネットにすこし煉瓦色が入った感じ、グラス全体でかなり均一。


ココア、リコリス、古い時代のイタリア系薬草酒類アッサムティーCognac、Armagnac、焼きたてのパン黒の干し葡萄高級バルサミコブラックチェリー、ブラックベリー、プルーンサワーチェリー、苺
タンニンと酸は細やかで多少柔らかだが、非常にしっかりしていて尚且つシルキーである。


出汁の効いたところもはっきり感じられ、全体の溶け込み方も非常に宜しい。 口に含んだところからの果実味を中心としたボディの厚みは予想以上だったが、諄さは全くない。

ボディは厚みも丸みもあり万遍なく広がる。 アフターはかなり長いがその一方、少々ドライな部分も見受けられ、まだ固さが残っている様に思われる。まだ寝かせておくべきだった可能性は高い。

前述の如く、安定供給はされている様だが、このイタリア食材店での販売価格も、ここ数年でかなり上がったと思われる。

Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点を付けるなら…、17.5/20 
 
Borgogno
Barolo を含めたPiemonte 最古の生産者の一つで、創業は1848年。ワイン造りはそれ以前の1761年に開始したとされる。非常にクラシックな長熟型の作りを身上とし、近年導入が進む小樽は一切使用しない。Barolo については、昔ながらの大樽で2年以上熟成の後に瓶詰め。 熟成を経たバックヴィンテージのワインもコンスタントにリリースしている




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

画面右側の各種ランキングに参加しております。御訪問の序でにその中のどれか1つでもクリックを頂ければ幸いです。

The Legendary Super Star 秩父鉄道1000系 Part 7

1010F、大雪に消されたラストダンス

2月の土休日には1000系1010F の固定時刻運行が行われるというので、当然、予定を立てて狙いに行った。
本来行くはずだった2月9日は、一発目の大雪orz、その翌々日=11日朝から車を飛ばしてあの定番ポイントに…。

幹線道路上は除雪も進み問題なく走れたのだが、脇道はまだ雪が結構残っていたorz。

そうはいっても、残雪と絡めて撮るという機会が出来たのは非常にラッキーな事であった。

ct1010feb14a


実は羽生に向うところから撮るつもりでいたのだが、国道125号が予想より混んでいて間に合わなかった。国道125号では予想できない様な混雑や渋滞が起きる事があるので始末が悪い。

絶好且つ有名な撮影地という事で、既に混み合い始めていたが、返しの三峰口行きだけは必ず押さえようとポジションを取った。 残雪がレフ版の役割をして、光を持ち上げてくれるかと期待したが、微妙に曇ってしまった為かどことなく冴えない。

1003F も他のスジで動いていないかと期待してはいたのだが、居合わせた方から、故障で動かない状態であるという情報を受け取ってしまった。

ctc7502@arak01

参考までに、7500系7502F 長瀞に春を告げる不動寺の火祭りH.M. 付き 関東平野部での降雪は冬の終りに多いのだが、まさか雪+火祭りというコラボで春を告げようなんて…ww。

午後の三峰口からの返しは熊谷行きだという事だったので、ひろせ野鳥の森駅付近に移動。 ここでも線路上には結構な残雪があり、ステンレスカーでもボーナスショットになるという事で、何本か撮って時間を過ごした。
そして件の熊谷行きも、そこで確実に撮ろうと駅の横の道の上でスタンバイ。

しかし、そこで予想外の事態が…、 1000系と直ぐに判るあのブタ鼻のヘッドライトは見えず、来たのは別の車両!ガ――ン!+orz 

大雪の影響で車両運用が変更になったのか?
何せ、三峰口の辺りでは熊谷の様な平野部とは状況が大きく異なっていたのかも知れない。 羽生経由で熊谷まで行って、ここであっさり引き下がるのは納得が行かず、ひろせ野鳥の森駅の真横まで移動して、もう一つ後のスジまで待つ事に賭けてみた。 そしてその結果は…


ct1010feb14b


諦めずに粘った甲斐もあって、今度こそ、キタ――ッ!
何とか目標は達成し、無事帰京した小生だが、帰京の途中で既に、2月23日のラストランも撮りに行けないかと考え始めた。

2月23日というと、その日は秩父ウィスキー祭りが秩父神社内の秩父会館で予定されていた。 小生は強欲にも、如何したら掛持ち出来るか色々とプランを練っていた。熊谷辺りで前泊する事まで考えていたのであった。

ところが、2月14日にあの大雪が関東を襲い、全てを打ち砕いた
秩父鉄道は数日間全線運休という事態に陥り、その後も一部区間運休や間引きダイヤを余儀なくされた。 その中で、23日に予定されていた1010F ラストランは早々と中止になってしまい、最後の雄姿を拝む事は叶わず、この11日午後のショットがラストショットになってしまった。
20日頃に西武秩父線が復旧し、失意の中、秩父ウィスキー祭りに向かったのであった。 そこで、入場者が当初の想定を大幅に超えた事もあって、楽しむ事も儘ならない程の混雑に見舞われた。

その上、 DQN に随分酷い仕打ちを受ける等、あまり思い出したくない一日になった。
てなわけで、小生は結局、ダブルパンチを喰らった格好になってしまった sh*t !


sbchi


因みに、これが秩父ウィスキー祭りに行くために寄った際の西武秩父駅周辺の様子、2月23日昼頃の事。 秩父市内ですら「雪の壁」が散見されたのである。
三峰山付近では3mを超える積雪となった様で、実際に23日の時点でも西武秩父線・芦ヶ久保辺りでは電車が半分雪に埋まる様な感じだった。

それでも、羽生~寄居間位に規模を縮小してでもラストランを行う事は出来なかったか?
この時、オリンピックをやっていたソチでは雪不足で、遠く離れた秩父でこのザマwww


さて、このシリーズ恒例ww今回の一曲は…、
STYX は1983年のヒットナンバー、" Don't Let It End " (
11枚目のアルバム" Kilroy Was Here " から、あの有名曲" Mr. Roboto " 後続のシングルとして彼らの代表的なヒットの一つとなった。


如何いう曲かについては、この動かない動画、若しくはこの古いライブ映像でも御覧頂きたい。 

What can I do ?  Pictures of you still make me cry
Trying to live without your love, it’s so hard to do
Some nights I’ll wake up
I’ll look at your pillow hoping that I’ll see you there

But I get up each day, not much to say  I’ve no where to go
Loneliness fills me up inside ‘cause I’m missing you
So if you’ll give us a chance to remember the love we had once together
Wait and see, time is all that we really need
I’m praying you won’t say no, I mean to tell you

Don’t let it end  Baby, we could have so much more
Don’t let it end  Honey, please don’t walk out that door

I’m telling you baby, I made my mistakes
But I’ll make you this promise to do what it takes
I’ll be there to protect you and hold you tight
You’ve got my loving baby, every single night

Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way
Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way

Don’t let it end  Baby, we could have so much more
Don’t let it end  Honey, please don’t walk out that door
Don’t let it end, I’m begging you
Don’t let it end this way
Don’t let it end, I’m begging you  Don’t let it end this way No, no, no…  

No, no, no…
What will I do ?  If you say we’re throughI need you to stay, honey
Don’t let it end this way…


DeYoung のソロのライブ映像もある!


11日の撮影の際、駅の西側から広瀬河原の車庫を覗くと1003F が留置されているのが見えて、先述の情報が正しかったと確認してしまった。
月末の時点でも、最後の砦となった1003F は故障中で、再び走れるか分らない状況だったので、1000系自体がこのまま終わってしまうかとすら思われたが、Don't let it end this way、復帰をひたすら祈りながら3月を待ったのであった。


そして、いよいよ運命の春が来る!この続きは、Part 8 で!

)Chuck とJohn のPanozzo 兄弟とその友人Dennis DeYoung を中心にシカゴ近郊で結成され、1972年にデビュー。75年にTommy Shaw が加入、5枚目のアルバム" Equinox " がヒット、その後80年代初頭までの大活躍は有名。

80年代中期からバンドは休止したが、1990年に復活。以降も休止と再開を繰り返す様になるが、1999年にDennis DeYoung が脱退。現在残るオリジナルメンバーはJames Young のみ。




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

画面右側の各種ランキングに参加しております。御訪問の序でにその中のどれか1つでもクリックを頂ければ幸いです。

The Legendary Super Star 秩父鉄道1000系 Part 6

1000系は冬の季語?

1000系に限らず、秩鉄の撮影は、都内在住の私の場合、ワシクリ(又はヒガハス)での寝台特急撮影とセットになる事が多く、結果的にでも殆どが冬場になってしまう。

ct1005dec11a

最初は、2011年12月に石原~ひろせ野鳥の森駅付近で捉えた1005F。実はこの数日後に、1005F は退役し廃車になってしまった。同編成のまさに最後の姿である。 思えば、このロケ地も武州荒木~東行田間あの定番スポット程ではないが、結構世話になったものである。 2013年12月、ヒガハスで寝台特急等を捉えた後で東北道を北上するというパターンで2回挑戦したが…。

ct1003dec13a

1回目こそこの様に1003F を捉えたが、結局これのみorz。(実はこの日の午後、上村叶恵嬢を捉えるべくウニクス南古谷に移動してしまった事もあるのだが…)
その1週間後の2回目では昼前から午後まで粘っても釣果ゼロという惨劇を味わったorz & too bad!
博打で負けたのと同じと言えばそれまでだが、こんなザマになるのなら、同日に行われた183系幕張車=旧あずさ色の廃車回送さよなら運転(一回目)を狙いに行った方が良かったと…

そしていよいよ、1000系最後の時が近付いてきた2014年1月、鉄活初めはワシクリでの寝台特急、そして秩鉄。
どうして年末の慌しくなる時期や、正月3が日のクソ寒い最中であっても埼玉の僻地wまで撮りに行くのか? 1000系狙いなんて博打に近い状態。
もう終りだからというだけではなく、又単なるノスタルジーでもない。 先頭2丁パンタの絵が撮りたいだけでもない。
これらの部分以外にも、小生を惹き付けてしまう何かを感じる様になっていたのだと思う。


ct1010jan14a

一発目からコレ!1010F 羽生行き捕獲成功!これで返しの秩父方面もこの場所で狙える事も確定!
クソ寒くてもこの青空、そこで1000系をいきなり捉えれば心も弾む!


ct1003jan14a

1003F
もやって来た!正月早々縁起が良い! と言いたい所だが…、先の1010F の前のスジで羽生に向かったその返しという事だから、羽生行きを撮り損なっているという事でもある。
この原因は北斗星の遅れ。ただでさえも「冬ダイヤ」で遅くなっている所で、更に40分以上遅延しやがった。冬ダイヤでも定刻で来ていたら、1003F を羽生行きでも撮れていた可能性は高かった。


ct1010jan14b

先程の1010F が羽生から折り返し、三峰口に向かう所。後位のパンタもギリギリ抜けた! しかし強欲な小生はw、これだけでは飽き足らず、三峰口からの返しも狙えないかと考えた

昼時からは、ひろせ野鳥の森~石原間で撮影。三峰口まで片道で、羽生から120分、熊谷からでも100分掛る。熊谷近辺まで帰って来るとしても早くて15時位という予測はついた。
 正月では日が暮れるのが早い。粘れても16時が限界だろうと思われた。季節柄、15時を過ぎると少し暗くなり始める。近隣の電柱や住宅等の影にも一層の注意が要る。
その上、万が一曇られた時(SS が稼げない)の事も考え、野鳥の森駅の方に近付いてのリハーサルもした。
結局曇られる事もなく、15時22分、報われる時がやって来た

ct1010jan14c

執念のショットと言いたいところだがw、サイドが少し翳り気味で、 あまり良い画像とは思えない。それでも熊谷行きを何とか撮れた。
枯れ芒が結構凄い状態w、正月を迎えるに当って、草焼き位はして欲しいものだがww


この一方で1010F に先行して三峰口に行った1003F は三峰口で昼寝をしてしまったと思われる。
ワシクリと合わせれば、結構な釣果を挙げた鉄活初めという感じであった

という事でございましてぇ~、 今回の一曲は…、

国鉄101系が秩鉄に1000系として最初にやって来た1986年
イギリスのバンド、LEVEL 42 が放った大ヒットナンバー、" Something About You " (
どの様な曲かについては…、
このPV近年と思われるライブ映像を参照されたい。

Now, how can it be that a love carved out of caring, fashioned by fate
Could suffer so hard from the games played once too often
But making mistakes is a part of life’s imperfection born of the years
Is it so wrong to behuman after all
Drawn into the stream of undefined illusion
Those diamond dreams, they can’t disguise the truth

That there is something about you, baby, so right
I wouldn’t be without you, baby, tonight

If ever our love is consealed, no one can say that we didn’t feel
A million things and a perfect dream of life, (gone…) fragile but free
We remain tender together, not so in love
It’s not so wrong, we’re human after all
These changing years, they add to your confusions
Oh, and you need to hear the time that told the truth
Because there is something about you, baby, the way you are, so right
I couldn’t be without you, baby, tonight
 
I know there is something about you, baby..
And I couldn’t live without you, tonight…


今回はここで終わらず、初撮りの行掛けの駄賃となった中から2点を紹介する。

ct7201@hir01

7000系元東急8500系でも正調の顔を持つ7001F
2010年に1000系抹殺の刺客として導入された7000系も、2編成のみというレアな立場にとどまり、主力にはなれなかった。


ct6002@hir01

良く見ると、無茶苦茶な魔改造ぶりが光る6000系=元西武新101系 
正月らしい開運H.M.付き 種車の西武新101系はあくまでも通勤電車! 
これを2ドア化して無理矢理クロスシートを付けて、ワンマン運転しながら一丁前に急行料金なんて取る秩鉄は凄い度胸の持ち主であると言えるww


いよいよ佳境に近付くという事で、Part 7 へと続く!

)Mark King、Mike Lindup を中心に1979年にロンドンで結成されたフュージョン系バンド。 1980年代後半に一世を風靡した。94年に一度解散するも2001年にメンツを変えて再結成し今に至る。
" Something About You "、" Lessons In Love " 等のヒット曲を持つ。
LEVEL 42 というバンド名の由来は、SF 作品" The Hitchhiker's Guide to the Galaxy" の中で、「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」について、スーパーコンピュータが出した答えが、"42" であるという話から来ているらしい。



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

画面右側の各種ランキングに参加しております。御訪問の序でにその中のどれか1つでもクリックを頂ければ幸いです。

Bienvenues Batârd-Montrachet 1995 Henri Clerc

hc-bbm95b

2005年頃、愛知県内の有名なワインショップで購入した物で、当時の買価は8500円程度だった筈である。白のgrand cru でこの値段は安いと思って飛付いた記憶がある。その飛付いた事が吉と出たか凶と出たか…
  

hc-bbm95a色はストローからゴールド、一見すると白ワインとは思えない色。見た目だけなら殆どウィスキー?
熟れたメロン類、ムスク、洋梨焼林檎パパイア、乾燥パイン焼いたcrème d’amande、蜂蜜、梅酒、ミネラル類 そこから更に、微かにカモミールマーマレード、アーモンドオイル、ランシオ香


舌の上では少々のグラッシーさを残す。口蓋内でのグリップ感はかなりの高レベル。ボディと酸の溶け込みも良く、繋ぎ目は無いので極めてスムーズ 香味はかなり一体化しており、それぞれの要素を分離して読むのは難しい

18年を過ぎた今でも酸は健在でまだ熟成も期待出来る気はする
あまり温度を落とさない方が良い、グラスについだ後少々温度が上がってからの方が風味が際立つ。余韻もかなり長い。 階調感については物凄く広いとまでは言えないが、細やかさは充分


Bougogne白のgrand cruらしい最高のChardonnay としての一つの形は見せてくれたと思う

ゼロロク(EF66-0番台) を思わせる様な?迫力と厚みは流石で、Bougogne白のgrand cru でこのレベルなら十分合格点以上は付けられる。 あまり迷わず飛付いて良かったという事になる。



Les Meilleurs Vins de France
的な感じで点を付けるとするならば…、18.5 / 20

Domaine Henri Clerc

Puligny-Montrachet で1965年にBernard 及びHenri のClerc 親子が創業したドメーヌ。 Chevalier-Montrachet、Bienvenue Batârd-Montrachet のみならず、Puligny-Montrachet の1er cru を含む数区画と更には、Clos-Vougeot、Echezeaux等を保持していたが、2002年のBernard 引退後は、Vincent Girardin に畑を貸し出してしまっていた様だが、2009年には復活している様である。



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

画面右側の各種ランキングに参加しております。御訪問の序でにその中のどれか1つでもクリックを頂ければ幸いです。

The Legendary Super Star 秩父鉄道1000系 Part 5

Le Dernier Automne ~遂に2編成だけになった最後の秋~

秩父鉄道を撮りに行くというのは小生にとって容易い事でもない。2013年10月の1001F ラストランも関越道の渋滞に阻まれるのが必至でダイヤの関係上順光で撮れる所は非常に少ないと思われ、早々に諦めてしまった。

同月下旬のある日、ワシクリ(八甫)でカシオペア・北斗星、更には黒小屋踏切付近で貨物列車も撮影し、その日の午後、一年半ぶりに秩父鉄道を撮影出来た。ただ、1001F が消えた直後であり、1003F1010F しか残っていない状況だった。 東京から70㎞程離れた所まで行って、空振りという超惨劇を味わう可能性も覚悟しなければならなかったのだが…

ct1003oct13a


武州荒木から新郷寄りに少し行った場所で…、この日は意外と簡単に1003F を捕獲! 羽生行きの後追いだが、フレーミングが強気過ぎてカツカツww。

秩鉄の架線柱は基本的に貧乏臭く見えるがw、脇の電線類が貧乏臭さに拍車を掛けるww。更に中途半端に所々立っている木製の柱は如何にかならんのか?

この返しを撮るべく光線状態を考えた上で、持田~熊谷間への移動を決意。その途中で1010Fが羽生に向かうところを目撃し、ダブルで行けると喜び勇んだが…。

行田市内の125号が渋滞していて(その原因が爺婆や女のドライバーだったりするとホンマに腹立つわ!)、着いた時点で 時間に余裕が無くロケーションを殆ど吟味出来なかった。取り逃がす事こそ避けられたのだが…、その結果がこれである。

ct1003oct13b


このポイントは持田寄り、国道17号BP・125号が交差する持田インターから西に約200m程のポイントだったのだが…。 秋らしい空色+出しゃばらない程度の草の緑オレンジヴァーミリオンが映える。

しかし、電線類の影が…酷い!予想以上に酷くて最悪! ガーン! 電線類がばらけて纏まっていない場所はN.G. であった。

実はこの近くでもう少し纏められている所があったわけで、そこを選ぶべきだった。ただ、10月末というと太陽も低くなってくる季節だったので、電線類以外にも建物や電柱の陰にも警戒が要るから一層ややこしい

ct1010oct13a


1003F の一つ後で1010F がやって来た 1010F が来るまでの間にロケーションを吟味して移動出来た筈なのだが、何故かそれを怠ってしまった。

実はここから400m程西にあるパチンコ屋(某G**A)駐車場の裏手ではもう少しマシに撮れるポジションがあったのである。 反省すべき所は色々見つかるわけだが、2編成のうち片方だけでも捉えられたら良しとしようと思っていた所で、両方押えられたのは非常に幸運だった。

てなわけで、1000系に捧げる今回の一曲は…、

Paul Davis註1)のヒットナンバー、" '65 Love Affair "(1982) (註2

'65 とは1965年の事を指すが、小生はまだ生まれていない。この曲自体は色褪せず変る事無く心に生き続ける10代の日々の想い出を歌ったものである。
小生にとって、国鉄101系は幼少期の、秩鉄1000系となっては中年の日々の想い出として心に生き続けるという事なのだろうか…。


どの様な曲かについては、このHD の静止画wwを御参照して頂きたい。


I was a car hop, you were into be-bop
You sang…, do wop diddy wop diddy wop doo
All of them changes you put me through
If I could go back again, well, I know I'd never let you go
Back with all of my friends to that wonderful '65 Love Affair
We weren’t gettin' nowhere, but we didn't care
It was a crazy '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clear
Oh, I still can hear, I can hear it baby

Well I acted like a dum-dum
You were bad with your pom-poms
You said, ooh wah go team ooh wah go
Ooh-ee baby I want you to know
If I could go back in time, well, I know somehow you'd still be mine
I wouldn't be so blind to that wonderful '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clear Oh, I still can hear, I can hear it baby

Well, I tried to make you give in
One night at the drive-in
You said, oh no baby, oh no woo
All of them changes you put me through
If I could go back in time, well, I know somehow you'd still be mine
I wouldn't be so blind to that wonderful '65 Love Affair
We weren’t going nowhere, but we didn't care
It was a crazy '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clear
Oh, I still can hear, I can hear it baby

We sang doo wop diddy wop diddy wop doo
Doo wop diddy wop diddy wop doo (repeat 5 times)

If I could go back again, well, I know I'd never let you go
Back with all of my friends to that wonderful '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clearOh, I still can hear, I can hear it baby
'65 Love Affair
We weren’t going nowhere, but we didn't care
It was a crazy '65 Love Affair
Rock 'n' roll was simple and clearOh, I still can hear, I can hear it baby…(fade out)


1965年といえば、101系の製造はほぼ終了して、103系に移行していたが、80年代初頭まで 中央快速線・中央総武緩行線は101系で埋め尽くされていたのであったが、実はこの路線に閉じ込められてしまっていたという方が正しいのかも知れない。

この歌の中に、Rock 'n' roll was simple and clear という件があるが、60年代は元より、小生が幼少期を過ごし、101系が活躍していた1970年代でさえ、今と比較すれば世の凡てがsimple and clear だった気がする。実際はそう思わされていただけなのかも知れないがww。

この企画、まだまだ引っ張ってやるぜぇ~、Part 6 に続く

註1)1948年、Mississippi 州生れのシンガーソングライター。ロックのみならずカントリーもこなし、" I Go Crazy "、" '65 Love Affair " 等のヒットも放つが、90年代以降は表舞台から姿を消す。2008年4月、60歳を迎えた次の日に心臓発作で死去。
註2)1981年発表のアルバム" Cool Nights " からのシングルで、彼最大のヒット曲となる。 最初のタイトルは'55 Love Affair だったが、レコード会社から'55~ では若年層へのアピールが足りないと云われ、'65~ に変更された。本人はこの曲をあまり気に入っていなかったとも言われる。




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2014)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

画面右側の各種ランキングに参加しております。御訪問の序でにその中のどれか1つでもクリックを頂ければ幸いです。
livedoor プロフィール
ランキング参加 1
ランキング参加 2
ランキング参加 3
ランキング参加 4
最新コメント
記事検索
livedoor 天気
楽天市場
  • ライブドアブログ