Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
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2012年08月

Dailuaine 1973 38yo for Whiskylink "Cure" selection No.1

Whiskylinkというサイトの主宰者である某T 氏が福島県在住である事もあり、某有名ボトラーから樽を買い付けWhiskylink Cure selection(東日本大震災復興祈念ボトル)として2011年7月にリリースした。
同時にNo.2 としてCaol Ila 1982 29yo 53.8% もリリースされている。売り上げの一部が震災復興チャリティに寄付されている。因みに2種類とも、カスクタイプ=樽の種類はhogshead、フランス流に言えばbarrique、つまり小樽。


ボトルは発売と同時に1本押さえたのだが、初めてテイスティングしたのはWhiskylink の忘年会だった。状況がそういう状況だけに然程綿密な批評は出来ないが、その時の印象をコメントとして載せる
 
dailcure73n1そもそも、Dailuaine なんてそうそう飲む機会は無いが、このウィスキーを飲んだ印象は、Bourgogne の銘醸白ワインのMeursault)みたいだという所に尽きる。

色は年数の割には明るいと思われた。
一にも二にも、非常にナッティーな風味が支配的だと思えた。酸の無いやや鈍重になったMeursaultという表現が出来るかとすら思える。結構樽を効かせた感じのMeursaultの感じに思えた。
ナッツといっても、カシュー胡桃ヘーゼルの要素が特に強かった感じである。勿論ナッティーなだけではない。白桃黄桃・洋梨、更にはパインのニュアンス。蜂蜜やホワイトチョコ、柑橘のタッチも伴いながら、白胡椒・西洋杉白い花のニュアンスもサブ的な役割を果たす。
クリーミーにも感じられる舌触りから、味わいにもなかなかの粘りと持続力が感じられる。 ただ、 38年という年数の割には色にも香味にも若さも残っている様に感じられる部分がある。


70年代の原酒がここ数年かなり高騰していて、ボトラーズからのリリースもかなり高額になってしまっている。これもその例に漏れず、かなり高額である。
忘年会の様な状況でなければ、この酒質をもっと堪能できるであろう。そうすればもっと高い評価を下す事になるのは間違いない。


この後に他のDailuaine をテイスティングしたが、ナッティーな香味の強さはこの蒸留所ではよく見られるキャラという個人的結論に至った。

Les Meilleurs Vins de France 風に点を付けるなら…、probably 18.5 / 20
 
Dailuaine Distillery
1852年W. McKenzie によって創業されたSpeysideにある蒸留所。キルンにパゴダ屋根を付けたのはこの蒸留所が初(1889)。
1898年にはTalisker 蒸留所と共にDailuaine-Talisker Distilleries Co. Ltd を結成。 1925年にDCL(Distilleries Company Ltd.)傘下に入るが、実際の運営はその子会社のSMD(Scotch Malt Distillers)によってなされる。
1965年からは間接加熱による蒸留を始める。現在はDiageo 傘下、蒸留機は3対で、年産320万リットル(アルコール量で)


)Côte de Beaune にある白ワインの銘醸地の1つ、Grand cru は存在しないが、秀逸な1er cru に恵まれている。赤も少しは生産されるが、殆どが白。土壌は石灰質が特に多い。
産せられる白ワインにはナッツや桃のニュアンスが強い傾向がある。蜂蜜やバターの様な余韻が残るのも良く見られる傾向。Comtes Lafon、F. Mikulski、Albert Grivault、Coche Dury等が有名生産者。




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Aug. 2012)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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T氏からの御指摘に基づき、記事を一部訂正 (8月30日)

メモリーズ・キハ181系 特急はまかぜ

2010年11月、1968年の登場以来走り続けた キハ181系がラストランを迎え、消滅した のは記憶に新しい。

キハ181系 といえば、中間車の屋根に乗った大きなラジエーター、運転席後方の大きな機器室、独特の強烈なターボサウンドあたりが思い浮かぶであろう。
キハ181系 は所謂「ヨンサントオ」=1968年10月の大規模ダイヤ改正に備えて、非電化勾配線区に高速特急列車を走らせるべく開発された。特急「しなの」を皮切りに、「つばさ」「やくも」等にも導入された。 しかし、燃費が悪く、トラブルも多く、亜幹線の線路規格等との絡みで実際にその性能を発揮するチャンスは少なかった。
JR発足後に車体傾斜を搭載した気動車が当り前に登場し、近年になって、キハ261系 キハ187系 が900psの領域に足を踏み入れるとその存在は霞んで行った。


kh18126@osk

2009年5月に大阪に行った際に大阪駅で撮った6連の特急はまかぜ。私の手元に残る唯一の キハ181系 の画像である。この時は台風接近の影響で天気が悪く、走行写真は殆ど撮れなかった。上淀鉄橋等々にもっと足を運んでいれば、幾らかは撮れたかもしれないと思うと後悔が残る。
キハ80系ほどの成功は収められなかったと一般的には評されるが、名車の名には充分値する。 せめて最後の1年位は 国鉄色 に戻して走らせて欲しかったと思うのは私だけだろうか?


キハ181系
1968年登場、当時としては破格の500ps(30分定格では590ps)の大馬力高性能気動車だった。搭載されたDML30HSC(HSD/HSE/HSFも含む)エンジンは、世界的に進んでいた直噴式と逆行する予燃焼室式で、様々な問題のもとになった。1972年迄に158両が製造される。
国鉄民営化以降はJR西日本と四国に所属。1993年に四国では引退。2010年に西日本でも運用離脱。2012年2月、最終的に残った15両がミャンマーに輸出され、廃系列に。
リニア・鉄道館(愛知)及び津山扇状機関庫(岡山)で1両ずつが静態保存される。




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メモリーズ・関東鉄道キハ350形(キハ35) Part 3

水海道での1回目の撮影を終えると、晴間が覗きだした。この日はキハ100形も運用に就いていたので、石下駅付近まで北上しキハ100(101号車)単行を狙ってみた。

kant101@ishg01

現場付近に着いた時は曇天だったが、ロケハンしている間に一気に晴れた。県道が線路を跨ぐ所から俯瞰で狙ったのがこれである。 日が思ったより西に回ってしまい顔薄に!チクショーの一言である。
キハ350形が引退し、JRでも久留里線に残ったキハ35も今年度中に引退するので、この関鉄キハ100形が定期運行に就く最後のキハ35として貴重な存在になる。


kant2202@ishg01

キハ101号車に先立って捉えたのがこの2202号車、コイツにはまた後で出くわすのである。
そして再び水海道まで南下してキハ350に備える


kant358@mizk03

先ずは、車庫からの回送をケツ持ちで。これは8月14日と同様。
そして、水海道を発って取手に向う所を捉えるべくセッティングをした。もう失敗は出来ない!結構なプレッシャーの中で待つ


kant358@mizk04

そして、今度は成功!

画面左下に入り込む夏草が邪魔ではあるが、被ってはいない。ディーセルの煙も少々吹き出して、花を添えている?
狙いたかったショットが漸く撮れて一安心して、後続も何本か撮影。ラストショットはもう1度守谷で狙う事として、車を走らせた。

kant2202@mory01

先ずはキハ2200形(2202号車)単行を捉える。石下の辺りで出くわしたあの車である。
1両の中で片開き扉と両開き扉が混在する珍しい車だが、ワンマン運転をし易くするための措置といわれている。
しかし困った事に…、守谷に着いてから雲が増えて露光がきつくなり始めた。これ以上暗くならない様に祈るだけだった。


kant3511@mory02

ISO400で何とか撮れた。必ずしも満足のいくものとは言えないが、お別れのショットとして貴重なものになるであろう。
キハ100も含めればこの日は合計7回のチャンスに恵まれ、全て成功した。
まだ残暑の残る中で、想い出深い日となった。


関東鉄道は首都圏にありながら、電化が出来ない特殊な事情を抱えている。(註1
その事が、キハ35を首都圏で見続けられたという奇跡の様な状態を作ったのである。まだキハ10/20系の流れを汲むキハ0・310形は残っている。(註2
国鉄民営化から四半世紀、電車のみならず気動車でも国鉄型の淘汰が進んでいる。同じ茨城県には幸いにも古いディーゼルカーの楽園?とも言えるひたちなか海浜鉄道がある。そこにプチ遠征するのも面白いと思う。




註1)石岡市に気象庁地磁気観測所があり、その半径30m以内に於いては、高圧の直流電流からの磁気によって生ずる地磁気観測への悪影響を防ぐ観点から、直流電化は原則不可とされる。この為、常磐線取手以北・つくばエクスプレス守谷以北は交流電化であるが、設備費用が嵩むため関東鉄道は電化が出来ていない。
註2)キハ10/20系の機器類を再利用して車体を新製して作られたが、キハ0形は新製車扱い、キハ310形は改造車扱いである。



関東鉄道・キハ350形(キハ35)
キハ35系はキハ35・36・30形の総称。1961年から製造され、通勤形気動車として基本構造は101系電車のそれを踏襲。エンジン等の機器はキハ58系と共通だが、エンジンは全車1基のみ。 関東鉄道では1987~92年に39両を購入し、キハ350・300形とした。殆どの車両で1989年からは冷房化、一部の車両では1993年からエンジン換装を行った。1997年から廃車が本格的に始り、最後まで在籍した358&3511の編成も2011年10月9日に運行終了。8両が残存しているが、休車・留置の状態。両運転台仕様のキハ100形2両は定期運行中。




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メモリーズ・関東鉄道キハ350形(キハ35) Part 2

8月で終了予定だったキハ350最後の定期運行が大好評につき?、9月にも追加される事になり、あの「911」から丁度10年になる日に、朝は先ずワシクリ(八甫の立体交差)でカシオペア 北斗星 の撮影を行いその後、東北道&北関東道経由で下館に向った。

kant358@shmd01

最初は水海道始発で下館に向う運用をケツ持ちで。背後の高架道路をくぐると下館駅の構内に入る。当然だが、近くには数名の同業者がいた。
初めての場所である上に、非電化=架線柱が無い事で、列車の長さの感覚が掴みづらく、思う様な構図にならなかったので、画像はトリミングしてある。
夏草の丈は予想より低かったものの、この角度だと足回りは隠されてしまう上に、ピントを置くにも結構苦労する。 下館で折返し、水海道に向う所を待ちうけていたら…、その間にも雲が増えてきた。

kant358@shmd02

下館から水海道に向うキハ350を捉えたが、ほぼ曇天に。それでも何とか撮れた。 空気はどことなくジメジメしていて、所により一時雨の予報も出ていたが、厭な予感が的中するのに時間は掛らなかった。
キハ350を追って国道294号を水海道に南下する途中で雷雨に遭ってしまった。
それでも諦めずに水海道に向うと、雨はなんとか上がった。そして…


kant358@mizk02

下館からの運用を終え、水海道の車庫にいったん引き揚げるキハ350。雨は上がったものの、雲はまだ厚い。
露光条件からして駅を出て直ぐでスピードも上がっていない所を狙おうとしたら、この場所になった。我ながら、執念の1枚か?


Part 3 もある!

関東鉄道・キハ350形(キハ35)
キハ35系はキハ35・36・30形の総称。1961年から製造され、通勤形気動車として基本構造は101系電車のそれを踏襲。エンジン等の機器はキハ58系と共通だが、エンジンは全車1基のみ。
関東鉄道では1987~92年に39両を購入し、キハ350・300形とした。殆どの車両で1989年からは冷房化、一部の車両では1993年からエンジン換装を行った。1997年から廃車が本格的に始り、最後まで在籍した358&3511の編成も2011年10月9日に運行終了。8両が残存しているが、休車・留置の状態。両運転台仕様のキハ100形2両は定期運行中。



cass@hap11sep01


hkts@hap11sep01

この日の朝撮ったカシオペア 北斗星 の画像も序でに載せる。南側は晴れていて露光自体は問題なかったのだが、北(背景)は灰色の雲が覆っていた。これが昼時の雷雨の予告だったのか。



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メモリーズ・関東鉄道キハ350形(キハ35) Part 1

去年の夏は関東鉄道キハ350形最後の定期運行が話題となり、沿線に詰めかけたファンも結構いた。そういう小生も懐かしいキハ35を収めようと茨城まで足を運んだのである。
キハ35といえば、嘗ては大都市近郊の非電化路線の顔であった。関東・近畿を中心に九州北部や中京圏にも棲息していたが、大都市近郊路線が悉く電化されると、国鉄民営化も重なって、姿を消していった。
キハ350最後の定期運行に関しては、殆どが金土日。予定のスジの大略は関東鉄道公式ウェブサイトに載っていたので、情報は容易につかめた。

kant358@mizk01

2011年8月14日午後、常磐道を飛ばして水海道に向った。
車庫から回送されて水海道駅に入るところからキャッチした。独特の外吊り扉が物置みたいにも見えなくもない。 そして、いよいよ乗客を乗せ取手に向うところをキャッチしようと狙ったが…、何と事もあろうにピントを外して大失敗!! (ピントの置き場所が悪かった様である。)


kant2104@mizk01

茨城まで行って少ししか成果が無いのは勿体なく、その後、反省会も兼ねて、絶対的な主力であるキハ2100形等を暫くは黙々と撮影。常総線・取手~水海道間は見ての通り複線、でも非電化。ミスマッチ感が何処となく漂う。
時は8月、陽は長い。夕方の太陽は北西方向に回り込む。取手から水海道に向う所をキャッチする事は充分可能だったので、守谷駅付近で、北上する所を狙うべく、車を飛ばして守谷へ南下。


kant2107@mory01

守谷駅のやや北側の場所に陣取り、予行演習も兼ねて先ずは2100形を狙ってみた。この時間だと顔への光線の回り込みは少し弱い。今時のディーゼルという出で立ちのキハ2100形だとバックの守谷駅界隈とそれなりにマッチしてしまう。

kant3511@mory01

いよいよ真打再登場!陽は更に北側に回り、顔薄な感じはあまりない。
古めかしい国鉄型ディーゼルとつくばエクスプレス守谷駅及びその周辺の近代化された背景が超ミスマッチな1枚である。複線・気動車・田園・都市化された郊外、相反する様な要素が鬩ぎ合う光景を関鉄は見せてくれる。

ここで欲の塊になった小生、車を飛ばせば水海道でもう1回キャッチできるかと思って、無謀にも水海道に戻ったが、案の定、ダメだった


kant2102@mizk01

それでも、天気も良くてまだ充分明るかったので、夕日に染まり始めた列車を3本撮って撤収。 これが最後かと思いつつ帰宅したのであった。
しかし事態は変わって、9月に再び捉えるチャンスがやって来たのである。

でも、そこはPart 2 以降で



関東鉄道・キハ350形(キハ35)
キハ35系はキハ35・36・30形の総称。1961年から製造され、通勤形気動車として基本構造は101系電車のそれを踏襲。エンジン等の機器はキハ58系と共通だが、エンジンは全車1基のみ。
関東鉄道では1987~92年に39両を購入し、キハ350・300形とした。殆どの車両で1989年からは冷房化、一部の車両では1993年からエンジン換装を行った。1997年から廃車が本格的に始り、最後まで在籍した358&3511の編成も2011年10月9日に運行終了。8両が残存しているが、休車・留置の状態。両運転台仕様のキハ100形2両は未だ定期運行中。




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