イギリスでは今年に入っても相変わらずテロが連発しているが、若い世代はイギリスでのテロ連発はここ10年程度の事と思っているかも知れないが、それは正確ではない。

今や世界の監視カメラの20%がロンドンにあるという様に、イギリス自体も2008年の金融危機を経て監視ビジネスを新たな基幹産業にして今度はそれで食って行こうと目論んでいる感がある。ただ、2012年のオリンピックから急にテロが増えた訳でも、監視産業が拡大したわけでもない、五輪はあくまでもスロットルに過ぎないと考える方が妥当であろう。



イギリスといえば大英帝国といわれた時代から、世界中に植民地を作り、近世~近代にかけての世界分割でも中心的な役割をしていた。中近東からアフリカにかけて不自然に直線的な国境線が多いのもそのためである。
ロンドンといえば今でも人、モノ、カネが世界中から集ってくる所である。更にはムスリムのコミュニティも大きい、島国とは言ってもヨーロッパ大陸からドーヴァー海峡を渡れば直ぐである。
これだけでも昔からテロのターゲットとしてはこの上ない所で、歴史から考えれば攻撃の大義には事欠かず、謂わば「テロ銀座」になってしまう下地は昔から幾らでも揃っていたといえる。MI5 辺りが幾ら頑張っても限界があるのは当然である。


テロ=イスラム過激派というのは短絡的過ぎる発想である。
因みに言うまでもない事だが、イギリスはThe United Kingdom of Great Britain and North Ireland が正式名。その後側に付いているNorth Ireland が実は曲者。


1970~90年代にかけての北アイルランド紛争を憶えているであろうか?
我々の世代だと、U2 の超有名曲 " Sunday, Bloody Sunday " (1983 註1)を思い出す筈である。
その紛争で主導的役割を果たしたのが I.R.A. 暫定派(Provisional Irish Repblican Army、the Provos ともいう)であり、1998年のベルファスト合意まで約30年に渡ってイギリス国内の彼方此方でも数え切れないほどのテロを起しまくった集団である。
1972年1月に起きた血の日曜日事件(Bloody Sunday)、同年7月の血の金曜日事件(Bloody Friday)はあまりにも有名でこの紛争と対立の根の深さ、その凄惨さ思い知らせる。
又、ベルファスト合意からI.R.A. の武器放棄までは7年、北アイルランド自治政府の正式な成立までは9年も掛かっている。


テロ組織というと、今でこそイスラム各種過激派を真っ先に思い浮かべるであろうが、その他では今も中南米等に存在する共産主義極左ゲリラ、バスク祖国と自由独立民族組織の様な民族主義系で国家としての独立を目指したものも存在し、多数のテロを起してきた。それこそこの国内でも日本赤軍、革マル派、中核派という名は今でも時折耳にするであろう。
小生の世代だと、嘗てはアイルランド共和軍(Irish Repblican Army=I.R.A.)なんて国際的テロ組織の代表選手の一つだった。


そのI.R.A. が出現したその背景にあるアイルランドの近世以降の歴史は随分悲惨だった。
17世紀にイングランドが侵攻し植民地化、1689年のウィリアマイト戦争を経てイングランドのプロテスタント支配が決定的になる。その後もカトリック教徒達には弾圧と圧政を加え続けたイギリスは、1800年の連合法成立を機に、連合王国という形で完全に併合した。その後1849年のジャガイモ飢饉が起きると、アメリカへの人口流出が激化して当時800万人の人口も1911年には半数に激減した。
18世紀末からアイルランドではイギリス支配からの独立と信教の自由を求めた武力闘争が日常化していたが、ここから20世紀末に至るまで暴力的政治活動がアイルランドの伝統みたいになってしまったのである。


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左=イギリス(イングランド)名産品代表のTanqueray London Dry Gin(タンカレー・ロンドン・ドライ・ジン)
右=アイルランド名産品代表 Bushmills 10yo Irish malt whiskey(ブッシュミルズ・モルト10年)


やがて20世紀に入ると、1916年に起きたイースター蜂起から、1919年のアイルランド共和国樹立宣言1921年に勃発したアイルランド独立戦争を経て、英愛条約によってアイルランド自由国が成立した。
ただ、この自由国はイギリス連邦内の自治領という形でしかなく、入植したプロテスタントの多い北東部は北アイルランドとしてイギリスに残った事で、分断国家の様な形になってすぐに内戦に突入してしまった。
その後イギリスからの完全独立は1949年(英連邦からの離脱)に達成されたが、島内の分断国家状態は解消されず、今でも英愛条約が不当だとしている人間も多く、21世紀の今でも火種は消えていない
イギリスに虐められ続けて血塗られた時代が長く続いた事によって、経済もヨーロッパ内でも最貧国という時が長く続く破目になった。失業率は非常に高く、マフィアが横行しまくり麻薬汚染も非常に深刻という時代も長かった。



ロンドンを始めとしたイギリスではテロが起き易い下地は昔からタップリあったである。序に言えば、マンチェスターでは21年前にも、UEFA EURO '96 の最中にI.R.A. による大規模な爆弾テロがあったのである。(註2)(註3
イギリス人は悪く言えばテロ慣れしてしまっている様な部分があり、良く言えばテロにそうそう動じないという事だが、これも困ったものである。
イギリスでは前述した1972年の2つの事件を纏めて " The Troubles " と呼ぶ事が多い。こんな異常な程の鈍感さw(にしか見えない)は謂わばアングロサクソン・クオリティなのか。
日本人はイギリスというと直ぐやたら持ち上げてしまう傾向があるが、本当の所はそんなに褒められた国でもない様に思う。




註1)アルバム " War " に収録され、その1曲目である。欧州と日本限定で3枚目のシングルにもなった。
同アルバムにはポーランドの独立自主労働組合「連帯」(=同国の民主化を主導)の事を歌った " New Year's Day " も入っている

註2)1996年6月15日にマンチェスター市の中心部で発生。大型トラックを自動車爆弾として使ったテロだったが、予告電話が警察に寄せられて、周辺が直前に封鎖された事もあり200人の負傷者が出たものの、死者は無かった。このテロについて警察は2006年に立件を断念した。
使用されたのは肥料をベースに作られた爆弾とされ、その量は当初3300ポンド(1500kg弱)となっていたが後に3500kgという説が有力になった。
註3)1996年6月に開催され、優勝はドイツ、準優勝はチェコ。開催国イングランドは準決勝止りだった



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