Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
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コイツを憶えていますか? Aberlour 100

コイツを憶えていますか?」なんて言っても、アルルの女第2組曲・メヌエットが流れては来ないので悪しからず!

ablr100@ngy01n  ablr100@ngy02n
 
ABERLOUR 100proof (lot 1990s)
今は存在していないアイテム。100proof という通り、度数は57.1%。
画像の物は1990年代の100cl(リッター瓶)だが、他に33clのボトルもあった。
元々は免税店での販売用のアイテムだった。10~15年前後の原酒を中心にヴァッティングして作られていると思われる。
原酒の一部はシェリー樽なのは間違いない。 終売時期は覚えていないが、素直に美味しいと思える酒だった。


際立った所はないが、バランスが良く、度数の高さもあって一寸したパンチもあり、Aberlour の素性の良さは感じられた。上質なSpeyside の見本の一つだったかも知れない。
この蒸留所の最近のボトルはかなり軽くなっている一方、a'bunadh の様な少々際物っぽい物も目立つ。
現在この100 proof が存在しないのは残念だが、もし作られていてもグレードダウンは避けられなかったかも知れない。



Aberlour Distillery
1826年にJames Gordon及びPeter Weir の手により創業。1879年に火災で焼失も、直後に銀行家だったJames Fleming により再建。1880年代にAlfred Bernard が行った一大調査旅行で1887年に訪れた際に" perfect modern distillery " と評された。1898年にも大規模火災に見舞われるが、再建と共に規模も拡大。
その後、数回のオーナー交代・2度の操業中止を経て1974年からPernod Ricard 傘下に。2002年には新しいビジターセンターもオープン。蒸留釜は2対、年産320万リットル(アルコール換算)




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Aug. 2013)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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Cos d'Estournel 1990

cos90n01Cos d’Estournel(コデストゥルネル)でも非常に評価が高いとされた
1990年だが、このワインの第1印象は兎に角タニック。そして色もどぎつい感じ。濃いガーネットの様に見えて、まだルビーパープルがかなり残っている。熟成したのかしていないのかも分からない様な色。

タニックなのが問題なのではない、バランスに問題がある様にしか思えない。タニックな割に全体が緩く感じるのである。それがタンニンをより際立たせる。

本来Cos d’Estournel はそんなワインではなかった筈であるから、非常にイラっとする。

カシス、ブラックベリー、ブラックチェリー西洋杉、sous bois、なめし皮、エスプレッソ、ビターチョコ、昔のキナ(China)リキュール等々という辺りのフレーヴァーが拾い出せるが、全体として単調になり易い。
小生を更にイラッとさせるのは、所々間延びが見受けられるところである。1990年のボルドーは大変暑い年だった事もかなり影響していると思われる。


新大陸の一部のカベルネ程にきつさや諄さはないのが救いではあるが、このクラスのワインに期待すべき要素を満たしているとは思えない。余韻も期待した程伸びてこない。過剰抽出を疑わせる様な痕跡もある。

Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点を付ければ…、17 / 20


1980年代終盤辺りからボルドーワインの作りは大きく変わってしまった事を如実に表す1本だと言えよう。
ボルドーワインは、自らのidentity 及びdignity と引換に、換言すれば精神性を捨てて=人間を辞めて金儲けの機械に成り下がって、今日の商業的拡大と経済的成功を得たとも言ってしまって構わない思う。
ボルドー辞めますか?、それとも人間辞めますか?とすら言いたくもなる。
今や、世界中の赤ワインが右へ倣えして特徴の無い物が増えすぎてしまっている。何処でどの品種を使っても大差なくなってしまった。


ワイン産業は世界的に成長を続け、自動車産業を超えたとする話もあるが、実際出て来るワインはつまらない物が多いので、ワインの話で心が動く事も少なくなってしまった。



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メモリーズ ~189系 "彩野" ~

あずさ・かいじから撤退した 189系6両 を波動用に転用するに際し、内外装をリニューアルし小山車両センターに配置、189系Z45編成「彩野」とした、2003年の事である。
「彩の国」埼玉+下野国栃木という意味であった。 2006年に外装を東武100系スペーシアに合わせたものに変更、大宮車両センターに転属し、OM201編成となり、特急「日光」・「きぬがわ」の予備車並びに各種波動輸送用になる。


ayano@wsk01

末期は運用も減り、出会える機会も当然少なかった。何とか収めようと埼玉まで行って、被られて終わった事もあった。それでも僅かな数だが何とか押えられた。
アップした画像2点は、ワシクリでも東鷲宮寄りで線路を跨ぐ県道からの小俯瞰撮影。全く同じに見えるが、完全に違う。上の画像はきぬがわの臨時便運用、2011年2月中旬の3連休の最後の日だった筈である。晴天を信じて東北道を北上しロケに行ったが、だんだん曇って、この列車の通過時には完全に曇天。全く冴えない絵に成り果てた。


ayano@wsk02

それから2週間後、臨時列車運用の後、回送列車として東北本線を午後南下するという情報を掴み、E655系「和」も走るという事もあって、躊躇なく同じ場所に向かった。今度は晴れてしっかり撮れてリベンジ成功。これが「彩野」のラストショットに。
 
この編成は結局2011年5月に運用離脱、6月下旬に長野車輛センターに疎開。それから暫く、「部品取り禁止」の張り紙が付けられて留置されていた。
当時、しなの鉄道169系の問題もあり (註1) 、復活も期待されたが、同年10月長野で解体されてしまった。
下段の画像を撮った時は、K-5をセンサー油汚れ問題 (註2) でリコールに出していたので、K-7 での撮影になったのは今更ながら腹が立つ。K-7 のセンサー(韓国企業のヤツ)は色の偏りとカラーノイズが酷く、K-7 で撮った画像は出来るだけ使いたくないのだが、仕方がない。



註1)国土交通省令によって、運転状況記録装置等が未装備のしなの鉄道の169系が篠ノ井線内を走行出来ないという事になり、2011年7月に定期運用から離脱した

註2)2010年秋に発売されたPENTAX K-5 の初期ロットで起こった問題。センサーとローパスフィルターの間に油汚れが付着した個体が存在し、リコールになった。



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メモリーズ ~ゲレンデ蔵王号~

もう2年以上前の事だが、東日本大震災直前の2011年2月25日、 ゲレンデ蔵王号 の正にラストランの送込み回送を撮りに行ったのである。場所はヒガハス。
この周辺に予想通り、数十人が集結していたのである。白岡やワシクリにも当然かなりの人数が集結したらしい。


583@hghs01n

16時前に通過していった583系原色仙台所属車(当時)N1+N2 編成 
実は危うく被られかかっていたのである。下り普通が通過した直後にこれがやって来た。もっと蓮田駅寄りの所で狙った人は被られてアウトだったらしい。
その後暫く居合わせた人とカメラ談義をしていたら、EH500 のカモレが通過…、二人揃って「金太郎来るのを忘れてた、アチャ~ッ!」

 
この後、同系列秋田車が廃車になったので、秋田に転属してしまった。関東で 583系 に逢えるチャンスはわくわくドリーム号上京時位しかない。

余談だが、K-5をセンサー油汚れ問題でリコールに出していたので、K-7 での撮影になったのは今更ながら腹が立つ。K-7 のセンサー(韓国企業のヤツ)は色の偏りとカラーノイズが酷く、K-7 で撮った画像は出来るだけ使いたくないのだが、この場合仕方がない。



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メモリーズ ~快速・榛名イルミネーション号~

榛名湖で年末に行われる榛名イルミネーションフェスタというイベントは有名だが、2010年までは大宮~高崎間で快速・榛名イルミネーション号なる臨時列車が運行されていた。 2011年東日本大震災に伴う原発事故を機に電力供給逼迫が叫ばれこのイベントの開催自体が危ぶまれるようになった。
結局、イベント自体は行われたいるが、2011年以降、この臨時列車が運行された形跡はない。 今のところ最後の運行になった2010年12月の画像を紹介する。
撮影地は高崎線・深谷~岡部間、岡部駅から800m程深谷寄りの地点である。


183h61@okfk01n

183系大宮車国鉄色H61 編成の快速・榛名イルミネーション号、この日の大本命。

本来陣取りたかった場所=画面右奥辺りには数名の先客がいたので、少し岡部寄りに移り線路を跨ぐ道路の歩道の階段途中の踊り場から撮影してみた。 微俯瞰で撮れるのは良いが、時期は年末であり、太陽の角度が非常に低い。そのため、線路近くの工場の影が列車に被ってしまった、最悪である。冬場でなければ、ここまで酷い影の掛り方はしない筈である。微俯瞰的なアングルはなかなか良く見えるが、夏場以外は工場の影が部分的にでも掛る危険性は高いと思われるので、お勧めは出来ない。
今後、この臨時列車が再び運行される様な事があったとしても、その時は恐らく185系死刑囚による有難みの無いものになるであろう。 これを撮るために都内から関越道を飛ばして行ったのだが、これだけというのではバカバカしすぎるので、可能な限り粘ってみた結果撮れた画像から2点を掲載する。


183om101@okfk01n

16時頃やってきた 183系大宮車OM101 編成の回送。冬場という事もあり、このあたりの時間が限界であった。予想になかった収穫にほくそえみながら撤収した次第。

66102@okfk01n

183系回送の30分前に通過したのが、EF66-102EF64新更新色次位無動+コキ8両。笑ってしまうほどの短編成!



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大文字左京

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本務機
PENTAX K-3 Ⅱ
SIGMA APO 70-200mm f2.8
SIGMA APO 120-400mm
SMC DA☆50-135mm f2.8
SMC DA☆16-50mm f2.8
SMC DA35mm f2.4
SMC DA14mm f2.8
その他

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