Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
画像をクリックすると大きな画像が出る。

GLEN KEITH 41yo 49.8% TWA&3 Rivers

Glen Keith(グレン・キース)といえばStrathisla(ストラスアイラ)の弟分的な呼ばれ方もされる。名前の通り、SpeysideでもKeithというエリアにある。当然、Strathislaは直ぐ近所にある。
StrathislaはChivas Regalのメインモルトとして生産され続けているが、このGlen Keithは2000年に操業停止、再開の見込みは無い。
嘗てはオフィシャルとして10年・43度のスクエアボトルの物が出ていたが、今では入手は殆ど不可能。ボトラーズの物は時折リリースがあって、結構な人気である。

 
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これを頂いたのは中野区のHighlander Inn Tokyo(註1)であった。
実はGlenfarclas Family cask 信濃屋&Highlander Inn Tokyo註2)のテイスティングイベントだった。
でも、その一杯だけで終わる訳もないので、店の人と話しながら選んだのがこれだった。


色は年数の割には明るい。それでもしっかりしたアンバーである。
林檎や洋梨が先ず出て来る。遅れてカモミールを含めて白い花の要素、更に黄桃白桃といった辺りだろうか。
続いてシナモンや白胡椒のニュアンス。焼いたcrème d'amandeローストした胡桃の様な味が出る。僅かにカラメル風の香りが残って来る。
楕円形に横方向の味の広がりも見せて、最後は和三盆的な甘みとフルーティーさが結合する様な形に落ち着く。
この熟成年数で49.8度残っている事からしても、それなりにはコシの強さもある。


Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点を付ければ… 18 / 20

註1)スコットランドにあるHighlander Inn の東京支店になるパブ(バー)。本店所在地はCraigellachie、ホテルにバーやレストランを備え、独自にスコッチのボトルもリリースしている。
註2)Glenfarclas からはオフィシャル限定ボトルとしてFamily Caskが出ているが、信濃屋とHighlander Inn Tokyoがシェリーバット1樽全量買い取りをする事でこのボトルがFamily Caskとしてリリースされた。ボトル総数は470本。



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jul. 2012)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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イタリアボトラー大集合 Part 3

前の2回ではSESTANTEを扱ったが、今回はその流れを汲むとされるSilver Seal を取り上げる。SESTANTEの商標権はこのSilver Sealが引き継いでいる様である
ここで取り上げるのはモルトウィスキーだけだが、ラムもかなりの数をリリースしている。このボトラーもSESTANTEの流れを汲むというブランド力?のせいか、価格はかなり強気である。


ただ、高評価のボトルが多いのも事実である。 先ずは、2010年11月のWhisky Festival で撮影したボトル達の画像を3点。

sseal2010a


sseal2010b


sseal2010c

超至近距離から広角レンズで撮っているので、歪曲や収差が目立つのはご勘弁願いたい。見ての通り、ラベルも数種類ある。中身もカスクストレンクスの場合と46度に加水されている物がある。以前は50度に調整された物も。
最上段=左からMacallan 21yo 1989Clynelish 28yo 1982
      Highland Park 14yo 1996(加水)Highland Park 18yo 1991
中段=左からMortlach 13yo 1997Longmorn 22yo 1988、上段のMacallan&Clynelish
下段=左からLittlemill 20yo 1990(加水)Mortlach 13yo 1997(加水)、中段のMortlach&Longmorn


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左上=Littlemill 1990 20yo 57%・SESTANTE ラベル。 右上=Bowmore 1995 16yo 54%・Sheery cask
この2本は何れも高評価!

下=Ardbeg 1976 25yo 50%
見ての通りSilver Seal 最初の作品でファンの間では伝説となりつつある。ただ、某Whi---funのSer--氏はこのボトルをあまり評価していらっしゃらない様だが…。 空瓶とはいえ大変貴重な画像。1976年はArdbeg が休止する(1978~96)少し前の時代となる。


このシリーズはまだ続く!



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さよならの後は… March of 2012 Part 5

小田急線を彩った名優達 番外編 JR東海371系

小田急20000形RSE運転終了と同時に、その相方的存在でもあったJR東海371系も定期運行を終了した。今後は臨時列車に供される事となる。

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東海大学前~秦野間で捉えたあさぎり3号。この後曇りだして、やがて暗くなり、午後狙う筈だったHiSEは断念。改めて見ると、良く出来た車である。

371@trtm01

371系あさぎり最後の日、上り=2号を鶴川駅付近・所謂ツルタマで捉えられた。当然ながら先客も結構いたので、ポジションの確保が大変だった。アウトカーブの教科書通りに近いショット。

371@syrgk01


新宿で折り返して沼津に向うあさぎりを新百合ヶ丘駅付近で捉えた!

実は大きな階段の中腹の踊り場である。近くの高い電柱をかわすとこんな絵になるがアングルは非常に窮屈である。昼前後の下りを取敢えず順光で捉えられる場所ではある。鉄道に関係ない電線が入り込んで邪魔である。
中間にダブルデッカー2両、このカラーリング。100系新幹線電車をパクったかの様なテイストが盛り込まれている。乗降口には外引きプラグドアを採用し、内装も全て間接照明採用、グリーン車の内装は新幹線レベル、普通車もレベルは高い。
内装だけならRSEより上であろう。良く見ると結構意気込みを込めて作ったとも思われ、隠れた名車であるが何せ1編成しかない


今後はイベント列車・団臨関係で活躍すると思われる。去る6月には静岡~松田間で臨時列車「さわやかウォーキング」号の運用についている。出来れば更新を受けて2代目ユーロライナーを襲名して頂きたい。


JR東海・371系
小田急JR東海が特急あさぎりを共同運行する事になって、JR東海・小田急で交わされた相互直通運転車両の規格使用に関する議定書に基づき1991年製作・導入された特急型車両。同年グッドデザイン賞獲得。基本仕様は小田急20000形RSEと揃えてある。

抵抗制御+界磁添加励磁制御を採用。 JR東海静岡電車区所属で、あさぎり以外にも静岡地区のホームライナーの運用にも就いていたが、2012年3月16日を最後にこれらの定期運用から離脱。既に臨時列車専用になっているが、2013年秋までに改造を行うものと思われる。

 

「さよならの後は…」というのは当ブログでも常連である?安本美緒 嬢のデビューシングルのタイトルでもある。

(紹介記事=Part 1 Part 2 さらに此方でも)
ysmm5622人の時間を包む砂時計 気付かぬ間にそっと別れを告げた
キスした後はにかんでた その横顔を
何時までも見れる様に願っていたけれど

Good bye my sweet heart, Never forget you. 溢れ出す涙
この想い胸の奥 大切にしまおう
Good bye my sweet heart, Never forget you. 幸せだったよ
またいつか出会えたら 一番の笑顔で 手を振りたい


出会いと別れを人は繰り返し 涙流す度愛を知るの
手を繋いで歩いた道 一人で歩く
変らない風の中 あなたに会いたい

Good bye my sweet heart, Never forget you. 振り向かない様に
前を見てしっかりと進んで行くからね
Good bye my sweet heart, Never forget you. 約束をしたね
離れても遠くでも 強くある様に ずっとずっと

Good bye my sweet heart, Never forget you. 溢れ出す涙
この想い胸の奥 大切にしまおう
Good bye my sweet heart, Never forget you. 幸せだったよ
またいつか出会えたら 一番の笑顔で 手を振りたい


ダイヤ改正=3月17日の関東は酷い雨だった。 その中で横浜伊勢佐木町Cross Street()で彼女のステージがあるという事で、向ったのだが、渋滞に嵌り道に迷って遅刻してしまった。私が会場に着く前に彼女はこの曲を歌ってしまったのでこの日は聴く事が出来なかった。でも、それで良かったとも思える。
その日この曲をそこで聴いていたら、300系100系 日本海 きたぐに 5000形 HiSERSE371系
次々走馬灯の様に駆け巡り、一人で勝手に泣いていた可能性が高かったからである。 (この画像は同所だが別日のもの)



)横浜の伊勢佐木町商店街が同4丁目に設立・運営するイベントスペース。名付親は伊勢佐木町が生んだ大スター・ゆずの2人。



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さよならの後は… March of 2012 Part4

小田急線を彩った名優達 Ⅱ

小田急の名物といえば、ロマンスカーと呼ばれる一連の特急車群。その中でもハイデッカーと呼ばれるつまり高床式の特急車2形式が引退となってしまった。しかもこの2形式は共にブルーリボン賞受賞車である。

HiSEこと10000形はデビューから25年、RSEこと20000形は20年、早過ぎる終焉だった。こうなったのも所謂交通バリアフリー法によるものである。鉄道車両は20年前後で大幅な更新・改良が必要となる。2000年の交通バリアフリー法施行を受けて、この2形式は更新をせずに然るべき時に引退させるという事になったのである。

でもそんな事を言うのなら、近鉄の某V***A ?X こと3***0系の立つ瀬が無い?


odkhise@trmk01

引退直前に漸く撮ったショット。鶴巻温泉駅のやや東側の築堤を見上げる形で。本来ならもっと伊勢原よりの場所まで歩ければもっと良いショットが撮れたのだが…。


odkhise@ebn01


引退記念イベント「The Last Greeting」での一枚。
2日間に渡ったイベントの初日に行ったのだが、午後は一時かなりの雨になったが、最後の方になって晴れ間ものぞく。そんな中でも人出は多くかなりの賑いで撮影は苦労を極めた。閉場間際に人が減って漸くこの程度のものなら撮れる状態になった。
2005年の50000形VSE登場時に2編成が運用離脱、4連接に減車の上で長野電鉄に無償譲渡され同社1000系ゆけむりとして走っているが、先日最後まで小田急に残った第1編成は相模大野に廃車回送されたので、すでに解体に入っていると思われる。HiSEから廃SEになってしまった。


odkrse@sjk01


3月16日午後のRSEあさぎり。RSEは失敗続きで撮れずにいて、正直焦っていた。最後の日の午後、賭け同然で新宿駅至近の踏切から撮影。この踏切も激バ状態でまともな写真にはなっていない。でもこれはRSEあさぎりの下りラストランだった。(新宿駅では記念の出発式が行われた)

言い訳がましくなるが、2月~3月は季節の変わり目で空模様が安定せず、失敗が連続したのである。それでも何とか最後の最後で走行写真は撮れたという事だろうか。 関東の鉄道は何時でも撮れると思ってあまり一生懸命撮らなかったりする事の罰が見事に当たったのである。

「何時までもあると思うな鉄道車両!撮れる時に兎に角撮っておけ!」これが今回の格言か。



odkrse@ebn01




odkrse@ebn02


仕方が無いので、引退記念イベント「The Last Greeting」でのショットを載せておく。バブルと共に登場したHiSE、バブルの中で開発されたRSE、まだまだ全然活躍出来る上に、特急車らしいグレード感も存在感もある。真に勿体無い話である。

私がRSEに乗車したのは1回だけだったと思う。沼津から8号(上り最終)で新宿まで乗ったのが約7年前だったと記憶している。 上述の通り、HiSEは長電に移って走っていいるが、その一方RSEに関して富士急行への譲渡の話もある様だが、去就は決まっていない様である。仮に富士急に譲渡されると、フジサン特急こと2000形(元国鉄165系)が押し出されて廃車になると思われるので、何とも微妙な所である。

Part 5 もある!

小田急10000形・HiSE
1987~89年に4編成が日車・川重で製作される。小田急電鉄開業60周年を記念して導入された。同社初の「インフレナンバー」採用、11連接の抵抗制御車で、関東の私鉄では少数派の下枠交差型パンタを搭載。設計上の最高速は145km/h。1988年ブルーリボン賞を獲得。第2・第4編成は現在の長野電鉄1000系ゆけむり号。


小田急20000形・RSE
1991年、JR東海・小田急で交わされた相互直通運転車両の規格使用に関する議定書に基づき製作・導入され、初代3000形(SE)を置き換えた。同社特急車としては2300形以来のホギー車だが、箱根特急の運用にも入る前提でLSE・HiSEと編成長を合せて7両ユニットになった。HiSE同様、下枠交差型パンタを搭載。設計上の最高速は140km/h。1992年ブルーリボン賞を獲得。




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御報告

実は、先月24日にスコッチ文化研究所主催のシングルモルト検定3級&2級を受験しておりまして、その結果を御通知頂きました。初めての受験だったのですが…
見事?2級に合格致しました!!

受験後の感触として、3級は完全に自信あったのですが、2級は然程自信が無かったのです。
2級まで一発合格出来て一安心しております。これで来年準1級・1級を受験する権利も得られました。
以上御報告でした。


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画像は、Whisky Festival 2010 記念ボトルのLongmorn 1976 34yo 52.2%・同イベント主催のスコ文研によるボトリング。(同イベントで撮影)



追 伸
大津市のいじめ自殺について色々な情報が連日流れているが、その内の大部分がもし本当だったなら、そこには日本の統治機構の闇の部分、そして構造的瑕疵まで透けて見えてしまうと言ったら言い過ぎだろうか?
この手の話は後を絶たないが、「逃げずに立ち向かえ」とバカの一つ覚えみたいに言う者は多いが、物事そんなに単純なものではなく、それが却って悲惨な事態を招き得る事も常に考えるべきである。

私の場合、唯の他人事として片付けられない部分がある。 私は長い間いじめを受けていて、幼少期から思春期まで楽しい思い出は非常に少ない
因みに、私は中学から大学まで私立だったが。、私の世代は、校内暴力、バブル入社、社会に出たらバブルは弾け、さらにはモンスターペアレント粗製乱造…、幸せな世代とは決して言えない


最近思わされるのは、いじめ自殺の様な事象でも劇場化している事である。
政治のみならず、交通事故や自殺ですら完全に劇場化させられている。こんな事をしていたら近々この国は滅びる!



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