Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

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DALMORE 30yo 1966 / 1996 The Bottlers

最近なかなか見なくなったThe Bottlers からの一本、岐阜市内は柳ヶ瀬付近のバーにて体験。
目敏く見つけて、聞いてみたところ、開栓してから相当な年月を経てしまっているというので、爆安価格で飲ませて頂けた。

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Dalmore はボトラーズからのリリースが少なく、ましてや60年代蒸溜なんてもうお目に掛れない可能性も高いので、それだけでも貴重な体験になると思えたのである。
内容は…、やはりという事で、香味はかなり飛んでいたと思われ、残骸になる少し手前だった。それでも飲めない代物ではなかったところが、60年代蒸溜の所以か。

Dalmore Distillery
Inverness の北約30㎞、Alness という所にある蒸留所。1839年Alex Matheson の手により創業、1886年にMacKenzie 一家の手に渡る。1960年からWhyte and Mackay 社の所有。現在はUnited Breweries 傘下。
第1次世界大戦中、蒸留所自体が地雷製造の為に軍に接収され、熟成中の樽も全て疎開したが、一樽も失われずに戻ったというエピソードもある。
"12 pointer stag" という枝分かれした大きな角を持つ鹿のマークで有名で、ハウススタイル的には古典的なハイランドモルトと称され、蒸留釜は8基ある。


The Bottlers
The Bottlers という名のボトラー、1993年にEdinburgh で創業したが、本来はワインを中心に扱う酒商。 元々リリース数は少なく、ボトルの形もウィスキーには珍しい straight Cognac bottle を使用。「瓶詰めとは、ウイスキーのエッセンスだけでなく、各々の蒸留所の比類なき品質の表情をも詰める事」というのがポリシーとの事。




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Feb. 2013)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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メモリーズ ~名古屋鉄道・モ510形電車~

名鉄モ510形といえば、 "丸窓電車" として有名だったあの車である。
私はこの車の現役の時の姿を一度も見る事が出来なかったが、今は岐阜市の中心部にある金公園(こがねこうえん)で静態保存されている513号車を手軽に拝める。

 
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このショットは2008年7月上旬に岐阜を訪れた際に撮ったもので、この時は見ての通り、パンタを上げた状態だった。K20D で撮影、パンタも一応抜けている。

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ここからは2012年9月中旬にこの地を再訪した時のショットになる。機材は勿論 K-5。
前回は曇りで光線状態ははっきりしなかったが、基本的に午前順光と判った。ただ、パンタは下げられてしまっていた。


この車が産声を挙げたのは1926年で、「大正生まれの丸窓電車」とも呼ばれる所以である。1923年に木造ボギー車DB505形=後の520形が登場した後を追う様に、美濃電気軌道セミボ510形として日本車輛製造にて5両が製造された。
セミボはセミスティール・ボギーの略で、半鋼製であったという事である。設計は20世紀初頭にアメリカで流行ったInterurban(インターアーバン)のスタイルを踏襲したとされる。 美濃電気軌道は企業合併により、1930年に名岐鉄道に編入される。鉄道線で使用されていたが、それを機に美濃町線に転属。


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1935年に名岐鉄道は名古屋鉄道に。モ510形になったのは1941年。1967年からは520形と共に揖斐・谷汲線・岐阜市内線直通急行運用に就く。
1960・70年代にかけて各種改造改良が繰り返される。 1980年代に入ると老朽化・陳腐化が激しくなった事もあって、1988年までに520形は全車が、510形も2両が廃車になる。
その中でも、残った3両は鉄道友の会エバーグリーン賞を獲得する。「古希」に達した1997年に定期運用から離脱するも、その後イベント列車などで走る。


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2001年に谷汲線が、2005年3月31日に美濃町線・田神線・岐阜市内線・揖斐線が廃止されると(600V 区間消滅)、最後まで残った2両も運命を共にして、79年の歩みに終止符を打った。
尚、製造された5両のうち、512~515の計4両は静態保存されている。512=旧美濃駅(美濃市)、513=金公園
514=旧谷汲駅(揖斐川町)、515=オールドスパゲッティファクトリー名古屋店内(名古屋市南区)


※2016年6月に画像差し替え




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メモリーズ Port Dundas Distillery

このブログでグレインウィスキー(grain whisky)を取り上げるのはこれが初となる。

dundas20nこの画像は、去年12月のWhisky Festival で撮影したもの。オフィシャルとして出された20年熟成。 グレインウィスキーなので、味はバーボンに似てくる場合が多い。長熟のもの(30年以上)がたまにボトラーズから出てくるが、オフィシャル同然の形で出るのは殆どない。

ウッディでスパイシーな要素が強く、多少オイリーで、程々のフルーティーさもある。非常に滑らかで、甘さは強く感じるが、嫌味ではない。20年という数字以上のものを感じる、グレインウィスキーといって侮ってはならない。同価格帯(12000円前後)のバーボンと比較しても遜色無いどころか上回る事すらあるだろう (註1) 。

Port Dundas(ポートダンダス)といえば、Diageo(ディアジオ)所有のグレインウィスキーの蒸留所であるが、閉鎖されてしまった。
Diageo のグレイン製造はCameronbridge註2) 、North British
(Edrington Group との共同経営)にシフトしたからである。 直ぐ近くにあったDundas Hill Cooperage=樽工場も閉鎖され、140人程が職を失ったという事だが、一部はCameronbridge に再雇用された。
Port Dundas という蒸留所は2つ存在していて、一つは1811年Daniel MacFarlane によって、もう一つは1813年にBrown, Gourlie & Co. によって作られ、1845年には両者ともCoffey Still を導入し (註3) 、グレインウィスキーを生産した。 1860年代に両者は合併し、1877年にD.C.L. に入った。1903年に火事で焼失するも、10年後に再建される。

第二次世界大戦中は休業していたが、終戦後に再開し、1970年代には大規模な設備改修による近代化が行われた。アルコール換算で3900万リッターの生産量(年間)を誇った。 Alfred Bernard(アルフレッド・バーナード) が1885~87年に行った大旅行の際、最初に訪れた蒸留所でもあった。この時の事は彼の大著 "Whisky Distilleries of the United Kingdom" に記載されている。


註1)バーボンもグレインウィスキーの一種と考えるべきである。
註2)グレインの蒸留所としては最古で最大。Diageo 傘下のSmirnoff Vodka、Tanqueray Gin 等も生産する。
註3)Aeneas Coffey(イーニアス・コフィ)が1831年に特許を取得したので、patent still とも呼ばれるが、この特許が1845年に切れている。




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川崎駅周辺で逢えるアーティスト達 その六

mu-ton02音楽のまち・かわさき というプロジェクトが「音楽のまち・かわさき推進協議会」() という民間団体のもとで進められている。

その一環として、川崎駅周辺では毎週末・祝日を中心に「公認路上ライブ」という形のステージイベントが開催される。
西口MUZA ゲート前、京急川崎駅側の銀座街アーケード内を主に、市役所通東横インエントランス、川崎信用金庫かわしん広場等の会場も不定期で設定される。


そこで演奏するアーティスト達はかなりの数になるが、その中から一部ではあるが当ブログで簡単に紹介して行きたい。

逢える確率はアーティスト毎にかなりバラつきがある。 各種音楽イベントの内容・日時・出演者等に関しては音楽のまち・かわさき公式HP のイベント案内の項目を随時チェックされたい。


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MiA(ミア)
Marie=姉・画像左側、Angela=妹・画像右側の姉妹によるユニット、Marie+Angela でi =愛を歌うという事でMiA 。
直ぐに御判りになると思うが、イタリア系アメリカ人の父と日本人の母を持つ、ハーフである。去年秋、川崎に現れるや否や、人気を獲得!更なる上積みも期待出来る。
出身は新潟市。2009年から姉妹デュオとしての活動を始める。これまでにミニアルバム2作品・シングル1作品・DVD1タイトルをリリース。今年の元旦からファンクラブも創設し、ステップアップも狙う。
今月、姉のMarie は新潟に戻って運転免許取得に励み、妹のAngela は北中米を旅するとのことで、本来の活動に戻るのは3月以降。



) 2004年4月に川崎の音楽関係者、メディア、行政等が協力して設立した組織。



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Hermitage Cuvée des Miaux 1995 Ferraton père et fils

今回はローヌ北部、Hermitage からFerraton père et fils(フェラトン・ペール・エ・フィス)のものを取り上げる。

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この作り手は近年、Chapoutier 傘下に入り、そのためか一部の物はかなり高額で入手困難なワインになってしまったが、それ以前は比較的良心的な価格で入手出来た。

これはその時代のワインである。 一見するとSyrah とは思えない様な色である。熟成したBourgogne のPinot Noir を少し濃くした様な色である。綺麗なガーネットである。
最初は微かにクローブ、シナモン、ブラックペッパー、赤胡椒、キャラウェイといったところのニュアンスが先行してくる。
その後間もなく、ラズベリー、Fraise des Bois(野苺)、赤スグリの様な赤系果実カシス等の黒系や青系果実がくっ付いて、混じり合いながら流れてくる。コンポートのように入ってきて、リキュールの様になって広がり流れてゆく。


最初は酸が強く感じられたが、時間経過とともに昔のBordeaux とBourgogne の中間の様な口当たりに変ってきた。ただ、酸が基本をしっかり支え旨味感、明瞭感と同時に一種の訴求力をも産み出している様に思われる。
西洋杉、ミントButon、Dr. Pepper、カカオマスというサブキャラ達が時折参戦してくる。 余韻は申し分ない長さで合格点ではある、ただ、もう少し盛り上がりと伸びが欲しかった。Hermitage としては比較的華やかな感じのワインではなかろうか。


Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点を付けるとすれば…、18 or 18.5 / 20(この部分やや微妙)



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