Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
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Ben Nevis 25yo (1966-91) 59%

ネタとしては少々古いが、日本企業が所有するこの蒸留所の懐かしいボトル!

benv66ob59aBen Nevis 1966・25yo オフィシャルボトル

ただしこれは、日本向け正規品の方ではなく、欧州用のヴァージョンと思われる。頂いたのは池袋西口のオールドボトルを沢山置いているあの店!某C である。


Ben Nevis(ベン・ネヴィス)というと陽の当らない存在だと思われている。私も飲んだ記憶は数える程もない。 ただ、これはさすが!非常にバランスの良いモルトであるのに驚く。色は赤みがかった濃いアンバー。

Sherry cask なのだが、シェリーの乗り具合は綺麗でバランスが良い。エグみもいやらしさも硫黄臭さもない。 何と言っても先ずアーシーさ&ミネラル感が目立つ、そしてこれが終始一貫している。


この時代のこの蒸留所に見られる傾向であるが、これを嫌う人も多いが、小生は好感する。ワインを飲み慣れている人なら何とも思わない筈である。 かりん糖、八つ橋、シナモン、黒胡椒、チョコレート、Kirsch、苺ジャム、ラズベリー☆、ダークラム、なめし皮、刻みたばこ、といったフレ―ヴァーが感じられる。


膨らみも豊かで、モルト感も充分。余韻もしっかりして長い。ここでも一貫したアーシーさミネラル感が出ている。

もし、Les Meilleurs Vins de France 風に点を付けるなら…、18.5 / 20

Ben Nevis Distillery
1825年、"Long John" MacDonald (かなりの大男だったらしい)により創業。Highland の西の端に近く、大ブリテン島最高峰になるBen Nevis 山の麓にある。その後度重なるオーナーの変遷を経て、1955年には当時のオーナーJoseph Hobbs のもと連続蒸留機を導入し、グレーンウィスキーの生産にも手を染める。
近年では、1978年休止、1981年Whitbread 社が買収。1984年部分再開、1986年再び停止。1989年にニッカが買収。1990年より再開されて今に至る。生産規模はアルコール換算で年200万リットル程、蒸留機は2対。




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Sep. 2012)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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川崎駅周辺で逢えるアーティスト達 その参

mu-ton02音楽のまち・かわさき というプロジェクトが「音楽のまち・かわさき推進協議会」() という民間団体のもとで進められている。

その一環として、川崎駅周辺では毎週末・祝日を中心に「公認路上ライブ」という形のステージイベントが開催される。

西口MUZA ゲート前、京急川崎駅側の銀座街アーケード内を主に、市役所通東横インエントランス、川崎信用金庫かわしん広場等の会場も不定期で設定される。


そこで演奏するアーティスト達はかなりの数になるが、その中から一部ではあるが当ブログで簡単に紹介して行きたい。逢える確率はアーティスト毎にかなりバラつきがある。 各種音楽イベントの内容・日時・出演者等に関しては音楽のまち・かわさき公式HP のイベント案内の項目を随時チェックされたい。


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松岡里果(まつおか・りか)
フルートを吹くシンガーソングライター。 出身は奈良県。2006年デビュー、当時存在していたリノ・レコードからデビュー。上野まな・伊藤さくら・漆乃(現・篠原亜季)等と共に「リノガールズ」を構成していた。
秋葉原や代々木公園・錦糸町等でのストリートライブを始め各所の箱ライブも精力的にこなす。 リノ離脱後は川崎や都内を中心に活動する。川崎にも2009年頃から定着し、川崎の顔と言えるアーティストの1人に。 2011年JTB夏旅キャンペーンCMに自身が書いた楽曲「向日葵」が採用される。同年の川崎銀座街バスカー最優秀賞獲得。
ただし、かなり「天然」な所があるので取扱い注意!!
3rd album " Lover's Day " 発売中

松岡里果official weblog : http://ameblo.jp/matsuokarika/


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まつもとななみ
出身は岡山県、血液型AB、身長153cm。
2002年に岡山アクターズスクールに入りトレーニングを積む。翌年上京、歌手活動開始。2008年に自主製作ミニアルバムをリリース。ピアノ(キーボード)弾き語りが基本のスタイル。
川崎にもすっかり定着し人気上昇中。刑務所慰問等の活動にも参加している様である。 2012年11月7日にミニアルバム「MIO」を全国発売。 ステージのMC等で結構頻繁に岡山弁を覗かせる。
見て判ると思うが、この細さ尋常ではない。
まつもとななみ official weblog : http://ameblo.jp/nana-nana-na-na/



) 2004年4月に川崎の音楽関係者、メディア、行政等が協力して設立した組織。


※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(2012年9月)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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メモリーズ ~阪神電鉄2000系~

過去に撮影したDNGファイル(註1)をチェックしていたら、幸いにもこんな画像が出てきたので、再現像してここに載せる。
2008年11月下旬に甲子園駅で撮影したもので、 2215F 6両の急行西宮行き(後追い撮影)2215F2000系8次車に当り、種車は全て7001形で、7801形は含まれない。因みに、この約半年後に廃車されている。


hs2215@kosn

御世辞にも良い写真とは言えない。11月末という事もあって、建物の影が思いっきり伸びている。 この時期にたまたま大阪方面に行っていて、この日は丁度、阪急西宮ガーデンズ開店初日だった。そこに向う道中、午前中は大阪・梅田から阪神で駅撮りをしながら今津まで行って阪急今津線で西宮北口にたどり着いた。その途中、甲子園駅でたまたま遭遇したのがこの2215F。 それはともかく、御世辞にもかっこいいとは言えないが、この顔こそ阪神電車という感じである。
8000系も最初の1編成はこの顔だった(註2)。
2000系は阪神大震災で8編成中5編成が被災し、12両が廃車になり6編成に減ったが、震災後の輸送を支えた。 2007年から1000系と入れ替わる様に廃車が始まり、2011年に全廃となった。
赤胴車の中でも8000系等の影に隠れて目立たない存在だった感はあるが、さよなら運転等の特別な事も一切行われる事なく、人知れず消えて行った様に見える。

 

阪神電鉄2000系
元は1970~73年に製造された7001/7101形4連(電機子チョッパ制御)及び7801/7901形2連(抵抗制御)。それらを組み合わせ6連ユニット化して、界磁添加励磁制御に変えた車両。改造は1990~93年。種車に7801/7901形を含む編成と含まない編成が存在した。7001/7101形は日本初の電機子チョッパ制御の量産車。

註1)Digital Negative の略称。Adobe Systems により提唱されオープンソース化されたRAWファイルの形式で、汎用性が高い。
註2)8000系の中でも試作車的な位置付けの第1編成=8201Fだったが、第2編成以降は御馴染みのあの顔に変っている。8201Fは阪神大震災で被災し3両を失い、以来8523Fの神戸側3両として残っている。



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Dailuaine 1973 38yo for Whiskylink "Cure" selection No.1

Whiskylinkというサイトの主宰者である某T 氏が福島県在住である事もあり、某有名ボトラーから樽を買い付けWhiskylink Cure selection(東日本大震災復興祈念ボトル)として2011年7月にリリースした。
同時にNo.2 としてCaol Ila 1982 29yo 53.8% もリリースされている。売り上げの一部が震災復興チャリティに寄付されている。因みに2種類とも、カスクタイプ=樽の種類はhogshead、フランス流に言えばbarrique、つまり小樽。


ボトルは発売と同時に1本押さえたのだが、初めてテイスティングしたのはWhiskylink の忘年会だった。状況がそういう状況だけに然程綿密な批評は出来ないが、その時の印象をコメントとして載せる
 
dailcure73n1そもそも、Dailuaine なんてそうそう飲む機会は無いが、このウィスキーを飲んだ印象は、Bourgogne の銘醸白ワインのMeursault)みたいだという所に尽きる。

色は年数の割には明るいと思われた。
一にも二にも、非常にナッティーな風味が支配的だと思えた。酸の無いやや鈍重になったMeursaultという表現が出来るかとすら思える。結構樽を効かせた感じのMeursaultの感じに思えた。
ナッツといっても、カシュー胡桃ヘーゼルの要素が特に強かった感じである。勿論ナッティーなだけではない。白桃黄桃・洋梨、更にはパインのニュアンス。蜂蜜やホワイトチョコ、柑橘のタッチも伴いながら、白胡椒・西洋杉白い花のニュアンスもサブ的な役割を果たす。
クリーミーにも感じられる舌触りから、味わいにもなかなかの粘りと持続力が感じられる。 ただ、 38年という年数の割には色にも香味にも若さも残っている様に感じられる部分がある。


70年代の原酒がここ数年かなり高騰していて、ボトラーズからのリリースもかなり高額になってしまっている。これもその例に漏れず、かなり高額である。
忘年会の様な状況でなければ、この酒質をもっと堪能できるであろう。そうすればもっと高い評価を下す事になるのは間違いない。


この後に他のDailuaine をテイスティングしたが、ナッティーな香味の強さはこの蒸留所ではよく見られるキャラという個人的結論に至った。

Les Meilleurs Vins de France 風に点を付けるなら…、probably 18.5 / 20
 
Dailuaine Distillery
1852年W. McKenzie によって創業されたSpeysideにある蒸留所。キルンにパゴダ屋根を付けたのはこの蒸留所が初(1889)。
1898年にはTalisker 蒸留所と共にDailuaine-Talisker Distilleries Co. Ltd を結成。 1925年にDCL(Distilleries Company Ltd.)傘下に入るが、実際の運営はその子会社のSMD(Scotch Malt Distillers)によってなされる。
1965年からは間接加熱による蒸留を始める。現在はDiageo 傘下、蒸留機は3対で、年産320万リットル(アルコール量で)


)Côte de Beaune にある白ワインの銘醸地の1つ、Grand cru は存在しないが、秀逸な1er cru に恵まれている。赤も少しは生産されるが、殆どが白。土壌は石灰質が特に多い。
産せられる白ワインにはナッツや桃のニュアンスが強い傾向がある。蜂蜜やバターの様な余韻が残るのも良く見られる傾向。Comtes Lafon、F. Mikulski、Albert Grivault、Coche Dury等が有名生産者。




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T氏からの御指摘に基づき、記事を一部訂正 (8月30日)

メモリーズ・キハ181系 特急はまかぜ

2010年11月、1968年の登場以来走り続けた キハ181系がラストランを迎え、消滅した のは記憶に新しい。

キハ181系 といえば、中間車の屋根に乗った大きなラジエーター、運転席後方の大きな機器室、独特の強烈なターボサウンドあたりが思い浮かぶであろう。
キハ181系 は所謂「ヨンサントオ」=1968年10月の大規模ダイヤ改正に備えて、非電化勾配線区に高速特急列車を走らせるべく開発された。特急「しなの」を皮切りに、「つばさ」「やくも」等にも導入された。 しかし、燃費が悪く、トラブルも多く、亜幹線の線路規格等との絡みで実際にその性能を発揮するチャンスは少なかった。
JR発足後に車体傾斜を搭載した気動車が当り前に登場し、近年になって、キハ261系 キハ187系 が900psの領域に足を踏み入れるとその存在は霞んで行った。


kh18126@osk

2009年5月に大阪に行った際に大阪駅で撮った6連の特急はまかぜ。私の手元に残る唯一の キハ181系 の画像である。この時は台風接近の影響で天気が悪く、走行写真は殆ど撮れなかった。上淀鉄橋等々にもっと足を運んでいれば、幾らかは撮れたかもしれないと思うと後悔が残る。
キハ80系ほどの成功は収められなかったと一般的には評されるが、名車の名には充分値する。 せめて最後の1年位は 国鉄色 に戻して走らせて欲しかったと思うのは私だけだろうか?


キハ181系
1968年登場、当時としては破格の500ps(30分定格では590ps)の大馬力高性能気動車だった。搭載されたDML30HSC(HSD/HSE/HSFも含む)エンジンは、世界的に進んでいた直噴式と逆行する予燃焼室式で、様々な問題のもとになった。1972年迄に158両が製造される。
国鉄民営化以降はJR西日本と四国に所属。1993年に四国では引退。2010年に西日本でも運用離脱。2012年2月、最終的に残った15両がミャンマーに輸出され、廃系列に。
リニア・鉄道館(愛知)及び津山扇状機関庫(岡山)で1両ずつが静態保存される。




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