Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
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アレが、特別大セールに突入か?


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予想通り、羽生結弦氏の国民栄誉賞受賞が決まった。五輪連覇はフィギュアスケートでは60有余年ぶりなので、金メダル決定の瞬間にこれは間違いないと確信した。
同氏は世界選手権を2回GP Final を4回(しかも連続で)制しているから「フィギュア世界 3冠王2回分を既に達成して " Double Triple Crown " という所まで来たのである。
Grand Prix シリーズが導入され現行のシステムになってからの「3冠王」を挙げると、女子ではキム・ヨナ(Kim Yuna)、男子でも A. K. ヤグディン(Alexei K. Yagudin)だけである。五輪での団体戦も含めれば E. V. プルシェンコ(Evgeny V. Plushenko)、パトリック・チャン(Patrick Chan)も入る。


羽生結弦氏の事はともかくここ数年、国民栄誉賞が乱発気味だと思わないだろうか?
そもそも、この顕彰の発端は1977年の王貞治氏である。創設理由が「総理大臣顕彰の対象にスポーツが入っていない」「叙勲には若すぎる」という事だったというのはLOL の大草原だったのである。
この顕彰の頻度が上がる時が以前にもあった、1984年、1989年、1992~93年がこれに当る。ただ、90年代までは没後受賞が多かった。


でも最近はやたら若年化していて、頻度も高めである。2011年(総理は管直人)のなでしこジャパンの時は流石に耳目を疑ったが、政権側に問題が生じている時に政権浮揚のカードとして切られる事の端的な一例であった。
(受賞メンバーの一人=丸山桂里奈 嬢が最近になって「しくじり先生」に先生として出演したのは草生えた

「贈られる側の賞」ではなく「贈る側の章」であると揶揄される一番の原因がここにあり、最近の流れでいうと更にこれから「
国民栄誉賞特別大セール」が始まるのではないかと懸念せざるを得ない。それこそ某・秋〇康氏及び何チャラ48・46まで受賞するのではないかとすら思われる勢いがある。

この顕彰が文化やスポーツの政治利用の道具であるのが明らかで、お手盛り的に決められるこの顕彰に疑問を呈する御仁は多い。
福本豊氏やイチロー・スズキ氏はオファーを受けたが辞退したというのは有名である。羽生結弦氏が3冠王2回分で受賞なら、30年以上前にパリーグ 3冠王 3回達成の落合博満氏は候補に挙がる事すらなかったというのはおかしいという事になる。(落合氏の言動からすると、譬えオファーがあっても固辞したであろうが)
高橋尚子女史はシドニー五輪マラソン金メダル一つで受賞したが、谷(田村)亮子女史も噂はあったが実現せず、総理大臣顕彰に「留まった」のは如何いう事やと突っ込む余地はある。
序でに言えば、千代の富士(秋元貢氏)や大鵬(納谷幸喜氏)が受賞したのに、時の総理に「感動した」とすら言わしめた貴乃花(花田光司氏)が候補にすらならなかったのは如何説明するのかなんていう突っ込み所もある。


国民栄誉賞自体非常に魑魅魍魎として伏魔殿的、尚且つ意義の曖昧なものであり、叙勲となると老人ホーム的な匂いが強く、政治家や官僚のマスターベーションの道具になっているとも揶揄される。


国民栄誉賞、総理大臣顕彰、各種叙勲もこの際、大英帝国勲章=Order of British Empire の日本版みたいな形シンプルに一本化すべきでは無いだろうか。
大英帝国勲章には 5階級が存在し最上位が、Knight (Dame) of Grand Cross=GBE、
第2位は Knight (Dame) Commander of British Empire =KBE、Commander of British Empire =CBE が第3位、
更に第4位は Officer of British Empire =OBE、第5位は Member of British Empire =MBE という形になっている。

大英帝国勲章ではスポーツや芸能分野で OBE、MBE に列せられる人は多く、王族以外での史上最年少叙勲者は F-1 ドライヴァーの Lewis Hamilton (ルイス・ハミルトン)、2008年に23歳でMBE に列せられている。(同年のワールドチャンピオン)
しかも、途中での昇格も可能である。

実を言うと、叙勲とかいう話は現行憲法下では少しセンシティヴなものにならざるを得ないのだが、この辺が良い落とし所かも知れないと小生は考える。何れにせよ、結局は突っ込み所満載になるのは致し方ないのだが・・・





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Côte Rôtie Côte Blonde 1996 René Rostaing

ローヌ渓谷(Côtes du Rhône)を代表する銘醸であるコート・ロティ(Côte Rôtie)。その中でも " King of Classic Style " と呼べる存在の作り手がいる。それこそ、他に誰あろう René Rostaing (ルネ・ロスタン)である。このサイトでは初登場となるが、漸くここのワインを取り上げられた事が正直嬉しい小生である。

彼はそもそも、200年以上に渡って Ampuis (アンピュイ 註1)地域でワインを作ってきた一族の末裔で、1971年に親族姻族達の畑を纏める形で現在のドメーヌを創設。その当時、Côte Rôtie に所有していた畑は 2haであったが、1990年に彼の「ウト」に当る Albert Dervieux (アルベール・デルヴュ 註2)から 4haを引継ぎ、更には親戚の Marius Gentaz (マリウス・ジャンタス)からも1993年に 1.4haを引継ぎ、Côte Rôtie だけで合計7.4haを所有するようになった。
コート・ロティのみならず Condrieu (コンドリュ)にも畑を持ち白ワインを作るが、入手困難な逸品である

クラシックな造りを極める為に敢えて最新技術を導入するという、ある意味で鬼畜な作り手であるが、それも彼のこのワインに対する揺るがぬポリシー故の事である。
この作り手の Côte Rôtie で2枚看板となるのが、La Landonne (ラ・ランドンヌ)とこの Côte Blonde (コート・ブロンド)という2銘柄である。(註3



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色は非常に美しいガーネット
カンファー、クローブ、中国山椒、楠といったニュアンスが先陣を切ってきた。
そこから野苺、ラズベリーブラックベリー、ブラックチェリー葉巻、カカオ、リコリスハスカップ、スローベリー
副次的に古い時代のヴェルモットスターアニスラヴェンダー
トリュフ、ローズマリーコーヒー
更にその先にはクランベリークリムゾンルバーブカシスチェリーブランデーといったエレメンツが待ち構える。


予想したより総体的なトーンは低い。旨味感、酸、タンニンの完全にシームレス化した溶け込み感流麗さを見せる熟成感、コンスタントな強さに加えて、澄んだ深い海の様な透明感を見せ付けながら、素晴らしい持続力を発揮する。

アフターに向って一見落ちそうで落ちないで粘りを見せる、柔らかくも非常に長い非常に美しい酸によって高いレベルで統率がなされている。Côte Rôtie が本来持つ美点とはこれなりと雄弁且つ繊細に教え示してくれると言えるであろう。

1996というのは必ずしも恵まれたヴィンテージではないとは言え、流石の出来栄え。

「Guigal (ギガル)のあの基地外トリオ?それがナンボのもんじゃい!」という自信に満ちた雄叫びが聞えても来そうである。


最後に恒例となったあの形でスコアリングすると・・・ 18.5 / 20



註1)Côte Rôtie の直ぐ麓にある村で、ローヌ北部を代表するワインの聖地とも言われる。毎年1月の " Marché Au Vin " (ワイン市)というイベントは有名。
註2)ドメーヌとしての名前はDervieux-Thaize (デルヴュ・テーズ)1990年にリタイアするまでCôte Rôtie を代表する名手の一人だった。
" La Viaillere "、" Côte Blonde La Garde "、" Côte Brune Fongent " 等のキュヴェが有名だった。
註3)両者では使用する葡萄の区画も違うが、セパージュ及び徐梗率も少し違う。La Landonne はSyrah 100% で徐梗率10~20%であるのに対して、Côte Blonde ではSyrah 95%+Viognier 5% で徐梗率30~50%である。



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鶴橋って・・・ 其の弐

去年2回目の鶴橋という話になるが、それは11月末の事だった。その日は神戸のホテルをチェックアウトした後、午前中は西三荘に飛んで京阪を撮影、正午前から中津~十三間の淀川で阪急神戸線を撮影、午後は近鉄奈良線を撮りに額田~石切間の S 字カーブに繰り出した。この S 字カーブは一昨年に続いて2年連続となったが、一昨年の時は空模様に恵まれなかったのでそのリヴェンジという意味合いも兼ねてだった。


kt5803@iskr01
2016年11月の作例 5800系DH03 編成の急行大阪難波行き

2016年11月の時は天候に恵まれなかったが、日が差した時のマシなショット

kt3702@iskr02
2017年11月の作例 3200系KL02 編成・急行大阪難波行き

こちらは2017年に訪れた時の作例、天候はほぼバッチリ。背景にある桜の紅葉が残っていてくれてそこは助かったのだが、時期が時期だけに線路際の木の陰が早々と被って来るのは大変辛かったorz
それに対応して構図の変更を行っていったら最終的にこういう絵になってしまった。
この時期に近鉄奈良線であれば、東花園駅西側で撮るというのもアリではないかと思う小生である。





撮影終了後に石切駅そばの喫茶店で一息ついてその後急行で鶴橋へ。別に鶴橋界隈の散策が目的ではなく、目指す所は別にあったのである。その場所とは生野区中川にあるイタリアワインで有名な酒販店であった。石切出発前にアポは取っていたので、空振りという事は無いと判っていた。
鶴橋駅でタクシーを拾おうとしたが、何処で拾えるかが良く判らない。まともに区画整理されている様には見えない所で方向感覚も狂い易いのか駅の周囲をグルグル
ただ、そういう中でも
高架下で自家焙煎コーヒーの業務卸兼小売みたいな小さな工場も発見。後で調べたら結構有名な所らしい。

その店は今里筋から近いものの、鶴橋駅からの徒歩だと結構な距離があったのでタクシーを利用して店に行った。中川2丁目の交差点付近でタクシーを降りて数十メートル程西に入ると、商店街の様で住宅地の様な少々鄙びたマイナーな感じの街区であのコ〇ア〇タウンも見えてくる所にその店はあった。

小生の予想を裏切る地味で古臭い小さな店でイタリアワインで有名な酒屋とは到底思えない外観。ワインの事を取り仕切られている方と御挨拶をさせて頂いた後、早速セラーを覗かせて頂く事とした。
セラー手前に大きな台があったのでそこに荷物を置かせてもらおうとすると・・・、
外から見えてしまうのでその場所に置かないで下さい」「その場所だと置き引きに遭います
と言われて少々フリーズ気味になりながらも外から見えない物影に荷物を移した。
荷物を置こうとしたのは店の中、店自体は小さいので直ぐに店の方の眼は届く。そんな状況でも置き引きが多発するってどんなに治安悪いねん! リオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro) か此処は?日本違うやろ!とツッコミたくもなる
大阪の犯罪率は確かに高い。この近隣の新今宮なんぞ検索すると治安が悪いという言葉が候補に直ぐ出てくる。環状線の南側エリアはガチでそんなに治安悪いんか?


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狭いセラーの中にやや雑然と詰め込まれたワインの中から小生はこの2本のボトルをピックアップ!、何れもBarolo (バローロ)の中でも優れた生産者達の結構な名品
左は何と1974年・Ceretto(チェレット)Barolo Grignore(バローロ・グリニョーレ)
1960年代以降一気に名門の地位を築いたCeretto 。1974年の Barolo はなかなかの出来で、大変オールドでレアな掘り出し物。相場よりかなり安く買えるという幸運に感謝
枯れてきてはいるとは思われるがまだ充分活きている可能性は高い。

右は Cavalltto (カヴァロット)Barolo Riserva Vignolo (バローロ・リセルヴァ・ヴィニョロ)2007
このCavallotto も非常に優れた作り手として有名で、ナチュラル&クラシックという感じの作りがウリ。このワインは5年もスラヴォニアン・オークの大樽で熟成してから瓶詰する。あと5年以上は寝かせようと思っている。


色々とお話をさせて頂きながら、その中で結構ためになる事も聞けた。正確には覚えていないが、40分以上はいただろうか?
荷物があったので、最後にこのボトル達を発送してもらうべく手続きを行って店を出ようとした時、鶴橋駅への道順を教えられた。(小生は今里筋に出てタクシーでと思っていたのだが・・・)
あのコリアンタウンの中を突っ切り大きな通りに当ったら右に曲れという話なのだが、最後はダメ押し気味に
拉致されない様にくれぐれも気をつけて!
冗談とも本気とも付かない様なノリのこの一言、「何ちゅう所やねん?ここは!」と心の中でツッコミを入れてしまう小生だった。


店を出て約2分程でコリアンタウンのゲートを潜る。18時前だというのに意外とひっそりしていた。キムチ屋が所々で店を開けていたが、大部分は既に店仕舞。後に聞いた話だが、コリアンタウンは朝が早い代りに店仕舞もやたら早いらしい。そこから数分でコリアンタウンを脱出し大きな通りに当る。桑津から鶴橋・森之宮を経由して京橋まで北上する道らしい。
その道を北上し、近鉄大阪線の高架が見えて鶴橋駅付近に到達するも、そこから駅に入る所で迷路の様な狭い路地を歩く。そこはまさにディープな大阪のジャングル。闇市みたいだとまでは言わないが、21世紀とは思えないような光景に出くわす。大阪の一部の日常が東京の人間である小生にとっては非日常の異次元空間。「ネットで見れるからそれでいいや」、ではなく彼方此方色々と歩く事だけでも勉強になる。ライブな経験や情報は強い。



kt-ul@matdk03
8両で名古屋に向うアーバンライナー 2013年11月・大和高田~松塚間

鶴橋から一旦大阪上本町に行きそこで一休みしてアーバンライナーのチケットを買い(しかもDX シート)、地上ホームを暫くウォッチしてから地下に下って19時03分にアーバンライナーに乗り込みそのまま名古屋に向った。その後は名古屋に寄れた序でにお気に入りのバーに久し振りに顔を出してから日付も変わる頃夜行バスに乗り込み帰京。東京に着いたのは未明の時間だったが、そこからは東京の日常に戻った訳である。



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鶴橋って・・・ 其の壱

ここ最近は仕事が立て込んでいた上に、風邪をひくわ背中は痛めるわで更新が滞り 9日も空いてしまったが、何とか更新を再開する事と相成った。

鶴橋といえば大阪でもかなりメジャーな街。JR 環状線近鉄大阪・奈良線、更には地下鉄千日前線が交差する交通の要衝である。ただ、メジャーな道路は直ぐ近くには無く上町筋と今里筋の丁度中間にある形になる。


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特急区間準急の離合 2013年11月・大和高田~松塚間

この鶴橋に小生が最初に降り立ったのは20年以上前のまだ20代半ばだった時で、大阪も関西も良く知らなかったのであった。東京の感覚でいえば、有数のメジャーな駅がある所であればモダンで華やかさのある町を想像しがちにもなろうが、そこは大阪!想像とは真逆の別世界!
その最初の印象としては焼肉屋がやたらと多い、大阪の御仁達はそんなに焼肉が好きなのかと思いながら自らの眼を疑ってしまった。総体的にはごちゃごちゃしていて狭くて薄汚くあまり良い印象ではなかった。(何故そうなのか当時の小生は知らなかった)


その後、鶴橋を通る事は幾度かあったものの、降り立つ機会は無かった。ところが去年の小生は鶴橋に2回降り立った。約20年ぶりという事になる。
1回目は4月下旬、朝方に神崎川で阪急神戸線を撮影した後、梅田から環状線で鶴橋へ。駅から千日前通を500m程東に行った所の有名なスーパー銭湯に一風呂浴びに行ったが、駅周辺から僅かに歩いただけで住宅地という趣に変わってしまう。
駅周辺のガード下では日曜の昼間だというのに立呑み屋が平然と店を開けていて、そこには焼き鳥等を片手にビールだの酎ハイだのをやっているオッサン達がいる。何処となく羨ましい気持ちもある中でディープな大阪の一端を覗き見る事が出来たのだが、それはまだ本当に一端に過ぎないのであった。それでも鶴橋のその光景は東京ではまずお目に掛れないものであろう。
何せ大阪ミナミの中心である難波から僅か3km東に行っただけでこんな光景に出くわすというのは東京の人間には少々理解し難いものかも知れない。


323ls05@kyob01
環状線の新しい顔である 323系  撮影は2017年8月・京橋駅にて

4月のその時は風呂屋を出た後、そそくさと京橋経由で寝屋川に向ってしまったから鶴橋をブラブラする事はなかった。それだけだったらネタにならないのでここに書くわけは無い。続きは11月の話になるのだが、そこは次の記事にて。

関連記事=The Legendary Super Star 阪急電鉄6300系電車 追撃遍 Part 1
       KAWASAKI vs. UMEKITA ~東西バスカー大戦争?~



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JR 貨物は芸無し? 桃太郎のどこまでやるの?=「桃どこ」

去年で国鉄も民営化30年の節目を迎え、JR 貨物も当然30歳の節目であった。そんな時なら当然記念事業が幾つかあっても不思議ではないが、その手の話は聞えて来なかった。

明けて今年=2018年は ゼロロク様 こと EF66-0 番台 登場から丁度50年!、なのだが…
去年から今年にはかけて ゼロロク の廃車が一気に進んで、現在稼動しているのは #30・#27 のみという状況で、先日も 36号機 が全検期限を2年残しているのに廃車されている
かくして EF66-0 番台 もめったにその姿を拝めなくなっているが、その裏でサメちゃんの部品確保ですら相当困難になってきている事も考えられる。
何せ、平成生れのサメちゃんですら2021年から3度目の全検が切れてくるのである。「サメちゃんも一寸工夫でこの美味さ」などと呑気な事もぬかしていられないのかも知れない。
去年JR 東日本は国鉄形車両の部品のメンテナンスを打ち切っている。この流れが他のJR 各社に波及するのは間違いないと考えられ、JR 貨物もその例外にはならないであろう。


今や直流区間を制圧しかかっている EF210 だが、本来セノハチ用捕機として製造された筈の300番台も遂に2桁に乗り、更なる増殖が進んでいる模様で山陽本線全般で幅を利かせている。

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ももちんクマイチ ワシクリの水沢踏切にて

ももちんことEF210 も量産化から丁度20年という節目を迎える。 EF210-901 が試作されたのは1996年、基本設計は1990年代半ばのものという事になる。基本設計自体は旧いものとなりつつあると考えられる。日本のメーカーは機関車の海外受注は殆ど出来ていない。機関車を作ってもJR 貨物にしか売る所が無い様な状態である。JR 貨物・川重・東芝は戦略の見直しを迫られるであろう。
特に、これから機関車(車両)部門の比率を上げざるを得ない状況にある東芝にとってここの部分は大変な問題になって行くのは自明の理である。


ただここで機関車世界戦略を立てようにも、日本は島国で狭軌という決定的なハンデがある。国を跨いだ物流網を陸上交通で作る事が不可能なのだ。欧州等で行われているトレーラーを丸ごと貨車に載せて運ぶという様な芸当も出来ない。

国内の事を考えても、伯備線や中央西線はどう対応するのか?
ブルサン増備は現実的でない様に思われる。中央西線にH 級機が入れる見込みは立たず、伯備線ではオーヴァースペックになるのは目に見えている。
EF64 後継機は開発しなければならない可能性は高い。牽引力にウェイトを置き、ノッチ段数も大幅に増やしてホイールスピン対策を施す必要がある。 EF210 でさえ3400kw程度の定格出力があるので、新設計でなら勾配線区仕様の牽引力重視形でも3000kwに近い定格出力も確保出来るのではないかと思われる。更に中央西線での重連にも備えて重連総括制御と貫通型の前面も備えれば良い。
これなら牽引する列車の性質如何によっては首都圏や京阪神等での運用も可能であろう。


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今では見られなくなった中央東線でのロクヨン重連 2010年1月・日野~豊田間

更に先を見据えて新しい基本設計によるEF220?・230?の開発を急ぐべきである。そこから更に輸出用のプラットフォームを作ればよい。 EF210 既に旧いフォーマットになりつつあるのだから、ヴァージョンアップした新しい機関車開発は必要な時期が来ていると考えられる。当然、ブランドイメージを上げるべくデザインも大きく見直すべきである。
新しい展開を生み出す事なく20年、30年と唯々同じ物を漫然と作り続けるというのなら、嘗ての国鉄が経営悪化と労使紛争に明け暮れて進化の歩みを止めてしまった暗黒の歳月を再現する事になりかねない。
「どこまでやるの」といって呑気に馬鹿の一つ覚えみたいに何処までもやっていてはならない

JR 貨物も川重も東芝もやる気あるんでちゅかぁ~?
入口があったら出口もあるんだよ! バーカ!


210155@mizs01
EF210-155 2014年・水沢踏切にて

桃太郎から引越し 引越し さっさと引越し しばくぞ 
ワンパターンから 引越し 引越し さっさと引越し しばくぞ 





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