Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

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メモリーズ JR 東日本107系電車 Part 3

正直に言えば、小生にとって然して強い思い入れがあった訳でもなく、贔屓目に見てもスターとはいえない様な存在だった107系
ただ7月になって引退が発表されれば、それまで撮れた回数が非常に少ない事もあって、その最期を撮りに行こうと思うのが人情。

ただ、そこでとんでもない壁が立ちはだかった、それはこの夏の天候があまりにも不順過ぎた事である。殊に関東以北は本当に話にならなかった。
天気に関係なく、2連×2本=実質4連1本だけで運用という状態であり、朝夕しか運用が無くデイタイムはどこかで車庫番という事も多かったらしく、高速代と燃料費をかけて行っても空振りではシャレにならない状況だった。


そんな中、最後まで残存していた2連×6本=12両が 上信電鉄 に譲渡される事となり、その第1陣としてR13・14編成の4両が8月下旬に高崎駅から 上信電鉄 に送り込まれた。
てなわけで、JR での最後の姿を拝めなくとも 上信電鉄 でまた逢えるのであるから、無理してまでは追い掛けない事とした。
ただ、入るものがあれば出るものがある。 上信電鉄 サイドでは今回の107系獲得によって最期を迎える車があるという事になる。最期を迎える可能性が高い車はもう一度押えておく必要があると考え、9月下旬群馬に出撃する事となった。


午前の部は昼前の時間帯に烏川の鉄橋を渡る列車を東サイドから狙うという、ド定番の撮影。


jsd153@krsg01

最期を迎えるかも知れない150形第2編成、大概の人達はこのカラーリングを縞馬と思うだろうが、それは間違い。これはあくまでも群馬サファリパークとその名物であるホワイトタイガーを模したラッピングである。
季節はまだ秋分、昼前の時間ではまだ陽が結構高く今一つの感触。川原で夏の間に伸びきった雑草がやたら凄くて、ポイントを決めるのに苦労する。ここで数本撮影したが、「危なさそうな」車両はこの153Fだけしか来なかった。

正午前にこの川原を後にして、次なるスポットは上州新屋~上州福島(甘楽郡甘楽町)となった

jsd1001@jsfs01

絶対に安泰とはまだ言い切れない1000形
上信電鉄で下仁田側の先頭にパンタがないのはこの車が唯一だが、これは以前(1976~2001)は3両編成だった事の名残とも言える。高崎側にクハ1301が付いていたのを切り離し、運転台も中間車だった1201に移設して今の姿になった。



上信電鉄を撮りながら彼是考えた結果、途中までは上信電鉄を狙って、最後は一か八かで高崎問屋町若しくは伊野付近で107系が来る可能性に賭けようという事にした。
伊野に移るその途上で、烏川の西側(高崎市寺尾になる)に移って2本撮影したが、線路の反対側には東農大二校のグラウンドがあり、練習試合らしきものが行われていて球児達の出す球音を聞きながら列車を待っていた。東農大二校といえば嘗ては北関東を代表する様な野球強豪校だったが、それも隔世の感がある。(現在でもラグビーや陸上では強豪校)

jsd6001@negy01

どっちを向いても先頭パンタという撮影者にとっては非常に美味しい車である?6000形
ここでの撮影後に城南大橋を渡り高崎駅西側の市街地を北上し国道17号問屋町を経由して伊野に移動。





15時半近くになり太陽の高度も下がってくる時間帯、光線状態のみならず建物の影が落ちて来難いといった条件も考えなければならない.。そこで伊野~新前橋間でも伊野駅寄りの場所をチョイス。
ただ、午後から雲が増えていたので、空に対しナーヴァスになりながら列車を待った。


107r7@ino01

見ての通り、「ありがとう107系仕様」のR7+R8 編成
意外と簡単にキャッチ出来てしまって少々拍子抜けではあったが、晴れているタイミングでやって来たので非常に有り難かった


9月30日・10月7日に行われた107系JR ラストランはこの編成と思われたが、JR は何とその裏を掻いてR15+R16編成を充当してきた
このR7+R8 編成はラストランに就く事なく、10月3日に 上信電鉄 に譲渡回送された。


211a56@ino01

107系の後にやって来た 211系 も一応載せておく。コイツがグンマーを制圧するのは時間の問題。

ひょっとしたら 115系 も来るか、高崎に行った107系の返しも撮れるかという淡い期待もあって暫く待ってみると…直ぐ近くの踏切が鳴り伊野駅を出て新前橋方面に向う列車の姿が見えて、急いでアングルを作り備えたら…

107r7@ino02

やや曇り気味になってしまって残念だが、高崎での返しになる伊勢崎行きを何とかキャッチ成功! 
この時は15時40分頃だったが、この時間になって雲がかなり増えてきて、 115系 が来る確証も無い。赤城等の山々が近いから空模様は読み難くなる、ここ2年位は何処に行っても期待した程晴れない事が多い

himocawa01
結局粘ってもそれが得策とは言えないと判断した上で切り上げて撤収し、帰京前に土産を購入すべく一旦高崎駅方面に向かった。
すると、伊野の辺りは曇ってしまったのに高崎駅周辺はほぼ晴れていて、地団駄を踏む破目になったが時既に遅し

駅ビル内の「いろは群馬」にて群馬特産のひもかわうどん等を購入。きしめんや Fettuccine(フェットゥチーネ)の様な平打ち系の麺が大好きな小生としては購入したかったアイテムだった。

最後はもやもやと消化不良なものを引きずりながらも、日没前の空の下、国道354号線を走り 関越道 高崎玉村S.I.C. に向った。すると高速入口直ぐ近くに「道の駅玉村宿」があった。それは土産ならそこでも買えた可能性が高く、高崎駅まで行った事自体あまり意味が無かった事を示していた。

帰りの 関越 も嵐山近辺で事故があった影響で予想以上の大渋滞、練馬までの所要時間は2時間を楽に越えてしまって、疲労のあまり三芳P.A. で休憩と給油を強いられた。

107系 上信電鉄 での運用開始は来年だが、107系に押し出される車両の事もあるから、結局近いうちに 上信電鉄 沿線に繰り出す事になるかも知れない。





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メモリーズ JR 東日本107系電車 Part 2

107系って 105系 のパチモンか?」
「違うわ! 一緒にすんなや!」
そんなやりとりが実際あったのかどうかは判らないが、西日本の御仁達から見れば、「107系って 105系 のパチモンみたいやんか」という事になるのかも知れない。

107系の場合、前期形(N1~8R1~5)と後期形(R6~18)でサイドの窓配置が異なる、N 編成=日光線用R 編成=上越・両毛その他用で比べると、塗装と霜取りパンタの有無という違いはある。それでも 105系 の様に、簡易冷房という裏技や少々ゲテモノ的なヴァリエーションに富んだ展開wwは無い。
そもそも、 105系 の場合3ドアも4ドアも纏めて一括りという事に不自然さを感じたのは小生だけではない筈。
103系魔改造と判るならまだマシで、見た目に103系その物みたいな「何のために 105系 ?」すらいた訳で、そこまで行くとゲテモノを通り越して国鉄の末期的症状のアイコンとして十分だった。


走行機器についても、 105系 は新造車でも103系に準じた物を採用していて、いずれにせよ改造組も含めて基本的に103系の域を出ない。これに対し、107系は急行形だった 165系 の機器を再利用しているから、見た目には似ていても中身は全然違う物であり、更にはサイドの窓配置等も生粋の 105系 とは異なる。

御存知の通り、107系 165系 の走行機器を受け継いではいるが、書面上は新製車である。上越線や両毛線で 115系 と共に走っていたが、 115系 と違い107系はロングシートだったので利用者からも外れの烙印を押されて日影の存在に甘んじる事が多かったと言える。

107系の3度目の撮影は、2014年3月のダイヤ改正直後の3連休最終日だったが、この時も本来の狙いは1000番代となり高崎線で再スタートを切った 651系 だった。
前日夜に高崎入りして、烏川の鉄橋で 651系 ブルサン等々朝の上り列車を撮影し、その後昼前に伊野~新前橋間のストレート区間に行った。107系はこの時も一種の外道みたいな位置付けだった。
107系 651系1000番台 115系 に比べれば、影が薄かったのは否めない。


107r18@ino01

R18 編成単独、一言でいえばショボ 2連は上越・信越線系統の運用だったのかも知れない。

107r17@ino01

R17 他2編成4連での高崎行き。4連位では来てくれないと絵になり難い。

107r12@ino01

R12 他で4連を組んだ伊勢崎行きは後追いで捉えた。ただ、慣れない場所という事もあり、後追いアングルは難しいものとなった。
朝方の烏川は文句なしの快晴だった、しかし伊野に移ると背景の山々には続々とえげつない雲が湧き出して、風も強まり厭な予感を禁じ得なくなった。
実はこれが午後になって小生を思いっきり悩ませる事になった。




折角前泊までして来たのだから何とかやれる所までやろうと、午後はターゲットを上信電鉄に変えて上州福島付近に移動。県道のオーヴァーパスに付随するボロボロの歩道橋から俯瞰するとこんな絵になる。


jsd501@jsfs01

この時既に片パンで走る様になっていた500形・501編成

最初は上々だったが山間部の空模様は変わり易いのか、途中から曇りだしてしまい早々に撤収し帰京する破目になった。3連休最終日の関越は思いっきり渋滞していたので、高速料金をドブに捨てないために花園I.C. まで一般道を走ったがこれも大渋滞。
夜に都内で予定していたモデル撮影会には間に合ったが、死ぬほど消耗した一日になってしまった。(どんなスケジュール組んでんねん、という話だが)



そして話は運命の2017年初秋へと一気に飛んでしまうが、そこはPart 3 にて!



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メモリーズ JR 東日本107系電車 Part 1

今年の夏になって高崎の107系が引退というニュースが飛び込んで来た。ただ、以前から 115系 共々置き換えは進行していたので、全廃も何れ時間の問題になると思われていたから驚きはしなかった。 115系 でさえここ数年で 211系 に押し出されて姿を消しつつあったのだから、107系も後を追うだろうと容易に想像が付いた。

ここ数年、群馬に鉄活で行く事があってもそのターゲットは上信電鉄になっていた。
確かに今から思えば、 115系 107系にもっと関心を向けて撮りに行けばよかったと後悔する小生だが、2013年の時点で両毛線・上越線では 211系 の侵出が結構進んでいた上に、上信電鉄は珍車レア車の宝庫で、JR より魅力的に思えたのは事実である。



この107系という車がネタになった事が今までどれだけあっただろうか?
殆ど無いはずである。
引退が迫って漸くネタとして陽の目を見たのだとすれば、何とも皮肉である。


107系は群馬栃木のローカル品種だった訳で、東京在住で北関東に足を運ぶ事の少ない小生としては撮りに行くチャンスは乏しかった。わざわざそれなりの経費をかけて撮りに行くという程魅力的な車にも見えなかった。
そんな小生が初めて107系を捉える事が出来たのは2012年4月末だった。
大型連休の始まりで、足利藤まつりの時期にも当っていて 183系 485系K60 の臨時列車が両毛線を走るというので捉えに行ったその序に引っ掛かったというのが本当の所である。前日の夜から東北道を走り、健康ランドで仮眠と入浴をして午前9時前に大平下のあたりに向った。午前9時前位に現場に着いたが、場所取りに勤しむ撮影者が結構な数だった。


107r2@ohst01

正面に陽が回らず思いっきり顔潰れ、しかもトップライト気味。お世辞にも良い絵とは言えないが、曲がりなりにもこれが小生にとって107系の1st ショット
5年前の両毛線、主力は 115系 でこの日は休日だった事もあってか、107系に遭遇したのはこの1回だけだった。


その日の事を今になって振り返れば、前夜に栃木入りしていたのだから、もっと早朝から出撃していれば、小山方面の列車を良い光線状態で狙えた訳で、その当時の撮り鉄としての頭の未熟さに自ら呆れるばかりである。
しかもその日は午後のかわさきTMO バスカーにお目当ての娘が出演するというので、昼前には栃木を後にして川崎に向かってしまったが、それも今からすれば随分勿体無い事で悔いが残る。
わざわざ栃木まで行ったのだから午後も居残って両毛線の撮影をするのが最適解だったのは明らかで、昼時を使って午後用の最適な撮影地をロケハンする時間もあったのである。
(尤も、5年前ではその先まだまだ 115系 107系も撮りに行けるという考えもあったが、結果的には甘かったという事になる。)


183om01@ohst01

この日の本命は 183系大宮車 の(OM101)足利藤まつり号(画像は1本目)
この臨時快速列車も2014年頃から185系に変ってしまった(改悪!)、そして今や 183系 は全廃となり、兄弟車に当る 189系豊田車 (6連3本)・長野車(6連1本)が残っているだけである。


485k60@ohst01

水戸からやってきた 485系K60 編成、こちらはあまり人気が無かった模様。この車に再会する事なく年を越し、翌年1月に廃車されてしまった 国民的特急車 の灯がスピード感を以て消えて行く残酷な流れを思い知らされた。
(関連記事=メモリーズ 485系・K60編成





107系との再会を果たしたのは2013年8月、丁度旧盆の頃だった。その時は リゾートやまどり の臨時列車を撮って、その他首都圏では見られない車両も押えようと手強い暑さの夏の午後高崎に向った。高崎近辺の撮影地は良く判らなかったので、取敢えず高崎問屋町近辺に行ってみたのだった。

107r12@tkstym01

ショボい2連でやって来たR12 編成。両毛線か上越線の運用だったかは覚えていない。その時の本音は「 115系 の方がいいですぅ~。」
見飽きた 211系 よりはマシだが、結局は 115系 の外道という感じで捉えていた。


185om03@tkstym01

185系時代の特急 草 津
スクリーン式のトレインマークが今となっては懐かしい。特急 草 津 はこの次の年から 651系1000番台 に交代、トレインマークはあるが電光掲示である。


ところで、この日の本命だった リゾートやまどり だが…、何と失敗したので廃棄 まさに「何てこった、パンナコッタ」であった
この場所だが、架線柱に付いた 高崎問屋町 という看板が妙に目立ってしまう。架線柱とフェンスの間に距離があって齧り付ききれないので結構撮り難いスポットだった。4両以下なら上手く抜ける可能性が高いのだが、6両以上だと苦戦を強いられる。



アップする機会も無く眠っていたストックが、運用終了という事で陽の目を見る?なんていうのは少々可哀相と言えなくも無いが…、Part 2 へと続く!



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<極論>こっちも将来無くなるのか?

JR 東日本キヤE195系JR 東海キヤ97系の兄弟車を東北地区に導入するとアナウンスしたのはご存知であろう。JR 東海は早々とレール運搬を専用の気動車に切り替えたが、これが遂に東日本にも波及したと云えるだろう。
キヤE195系については定尺レール用・ロングレール用各1編成ずつ、この冬から試験運用を開始し、その後本格導入となる見込みである。


レール運搬が機関車列車ではなくなるという流れが、いよいよ全国に波及するとでもいうのだろうか。今はまだ首都圏でロンチキやチキの工事列車がまだたまに見られるが、これもキヤE×××系に置き換えられる可能性が出てきた。
現実を言えば、旅客会社(地域会社)では機関車列車が廃れて長く、機関士の数も減って、近い将来いなくなる可能性は高い。機回しすら効率が悪いといって無くしたがる今の在り様である。JR 東日本でも現在所有する機関車はEF64EF65EF81 であり、何れも残りの寿命が長くないのは明らかである。

まだバラスト運搬の方は配給機関車列車である程度は残るであろうが、これも将来は怪しくなってきた。極論すれば、近い将来バラスト運搬用のディーゼルカー又は電車が出現しかねない。それこそ、キヤにバラスト運搬機能が追加されるかも知れない。

若し将来そうなったら…、こんな光景はそれこそ「メモリーズ」という事にになってしまうのか?


8180@shi01

EF81-80 牽引の宇都宮配給下り Jun. 2015 白岡~新白岡にて

8195@higj01

北斗星の序に撮った宇都宮配給=EF81-95 牽引 Jul. 2015 ヒガジュウにて

dd511193@aigw01

DD51-1193(宮原)牽引の工臨か配給の類(詳細は不明) Nov. 2014 現・JR 総持寺付近にて

この国内で使われる鉄道のレールは、新日鉄住金八幡製鉄所(北九州市)とJFE 西日本製鉄所(福山市)でその殆どが生産され、各鉄道会社のレール集積所に船舶又は貨物列車で輸送される。
JR 貨物の方としてはまだまだチキ・ロンチキを使ったレール運搬列車を機関車牽引で運行するであろうが、こっちだって将来は判らない。





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What a Big Surprise! but ...

去る7月に、 GORDON'S London Dry Gin 47.3% 販売終了という話をした。
これにはバーテンダー等の御仁達も右往左往した様で、そこに愛好家達も加わる形で国内に残った在庫に群がり一気に市場から姿を消した。
先月末に神戸の Bar SAVOY に足を運んだ際、ドライマティーニを締めに頼んだが、「これ、まだあります」と GORDON'S 47.3% を見せられて迷い無くそれをベースに指定した。昔に比べれば味は落ちているものの、鉄板銘柄としての安定度とバランスは無視出来ないと改めて思った小生だった。


それから1ヶ月も経たないというのに…、世田谷のある有名酒販店=〇濃〇でこんな物を発見してしまった。
商品紹介の札には「ゴードン・ロンドン・ドライジン 1000ml 47.3% 直輸入」と書いてある。47.3%は廃止された筈で、「古い札を外し忘れたん違うか?」と思ったが、念の為、手に取って見た。


gordon473trav01

紛れも無く新パッケージでありながら、47.3%と書いてあり、これには驚きである
何かの悪い冗談の類かと思ったがそんな事もない様である。
でも、良く見ると Traveller's Edition (トラヴェラーズ・エディション)という文字があり=ボトル下部、1000mlという容量である事からも、空港その他の免税店で販売する目的で作られた特殊仕様だと考えれば合点が行く。
47.3%というハイプルーフに対する需要は北米、アジア、オセアニアでまだまだ需要があると考えられる。(ゴードンの場合、元々が豪州仕様から始まった)
件の酒販店でも入荷して直ぐなのだろうが、結構なスピードで売れている様に見えた。小生も早速2本購入した次第。


近年になってハードリカーの業界は空港・フェリー・クルーズ船等々にある免税店のマーケットに注力している。1947年にアイルランド西部の地方空港で世界最初の免税店が生まれて今年で70年()、免税店のマーケットはトラヴェル・リテールと称されて世界中に広がり、新興国を中心に今も広がりを見せている。それこそ「第6の大陸」とすら呼ぶ所もある程である。

これはあくまでもトラヴェル・リテール向けの商品で、所謂並行品として極めて限定的なルートでしか日本に入ってこない事は想像に難くない。現に今回のこれも有名酒販店が直輸入したロットである。
となれば、一回当りの入荷量も限られて来るだろうから入手は容易くない事が予想される。この手の商品は何時仕様変更されたり消滅してもおかしくはない。

これらの事象を頭に入れながら、早速開けてジントニックで試してみたのだが…、旧型と比較して味が少々変わってしまった様な気がした。尤も、まだ1回しか試していないのではっきりした事はまだ言えないが、何れにせよ色々な意味でこの件が一安心とはならないのは確か。





)Shannon Airport (シャノン空港)はDublin (ダブリン)から西南西約190kmの場所にあり、1936年に造成が開始され1940年に開港。以前はヨーロッパ・アメリカ間のフライトの給油地としての役割を果たしていた。アイリッシュコーヒー(カクテル)はこの空港のレストランで生まれている。



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