Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
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遂に20周年! この結構微妙なジェネレーション? Part 1

今から20年前の1997年、世の巷では何が起きたか憶えているだろうか?
「社員は悪くありません」という発言が未だに語り草になる山一證券自主廃業=破綻はつとに有名だが、90年代中盤~終盤に掛けてはバブル崩壊で蝕まれ続けた銀行・証券会社が破綻に至るケースが多かった。


神戸では児童連続殺傷事件(所謂・酒鬼薔薇事件)、更には宅見勝山口組若頭射殺事件もあった。奈良では月ヶ瀬村女子中学生殺人事件が起きた。又、東電O.L. 殺人事件(容疑者は2012年に無罪判決確定)もこの年である。
4月には連続幼女誘拐殺人事件の被告だった宮崎勤に死刑判決が東京地裁で下った。
1982年に松山で同僚ホステスを殺害したとされる福田和子が、潜伏先の福井市で逮捕されたのはこの年の夏だった。

フジテレビの台場移転(現在の酷い凋落の一番の原因とされる)、某自称公共放送が24時間放送開始(現在は両局とも国内を代表するブラック企業の一つに成り上がった?)

年末には自・社・さ連立政権からの政権奪取を狙って結成された新進党が、敢え無く僅か結党3年で瓦解し解党

色々挙げればまだまだあるが、先ずはそんな所だろうか

そんな1997年にデビューした車両達が今年20年という節目を迎えたのであった。その中から先陣を切って登場してもらうのがこの車!

tb31615@kksgy01
(伊勢崎線浅草口運用に就く6連の第15編成 2011年1月・大袋~北越谷間)

東武鉄道30000系

営団地下鉄(現・東京メトロ)半蔵門線の押上延伸に伴う東武伊勢崎線との相互直通に対応する車として、 10000系・3部作 の続編の様な意味合いも込めて作られたのがこの 30000系 だった。
東武としては沢山の支線を抱え、伊勢崎線の浅草口運用は6連以下でないと対応出来ない事情から、使い勝手を考慮して6連+4連という形でそれぞれ15本ずつという事で(6+4)×15=150両が作られた。東武で初めてワンハンドルマスコンや急行灯を採用、LED 式の表示機類も東武では初採用となった。東武としても経営が非常に苦しかった中でも、一種の起爆剤としての重大な使命を背負わす為に気合を入れて開発した事が伺える。
製造開始は1996年だが、営業運転に就いたのは1997年3月だった。
デビューは1997年なのに、その最大のミッションだった半蔵門線乗り入れ開始は2003年。諸般の事情で半蔵門線延伸開業が当初の予定から大きくずれ込んだのが原因だが、これでミッション遂行開始まで6年も待たされる事となり、のっけからケチが付く格好になってしまった。


tb34410@nskwg01
(東上本線に移ってからの第10編成 川越市~霞ヶ関間 東上線での画像は全て同所)

~誤算の塊となった悲運の車両~
前作に当る 10000系ブラザーズ が450両という大所帯に達したのに対し、この 30000系 はその1/3の150両しかない(関西ならこれでも大所帯だが)
でもコイツの最大の悲運は東武的使い勝手を考えて作ったが為に、肝心の半蔵門線・田都線乗り入れというミッションを果たせなくなった事であるのは言うまでも無い。異なった事情を抱える会社同士の相互乗り入れが実際は非常に難しいものである事を示す存在になってしまった。
何せ、田都線は国内随一の混雑率で、乗客が多過ぎてその圧力でドアのガラスが爆発して生える凄い路線なのである。6連+4連で10連を組んでも中間に運転台が2箇所余分に入るから混雑が余計酷くなると 大東急様 が因縁を付けておファビョりになられたので、東武は新たに 50050系 を投入して交代させざるを得なかった。 50000系 bros. 安物プレハブ電車だとは言っても、東武としてはメンツ丸つぶれで経済的にも痛い誤算になったのは間違いない。
天下の 大東急様 としては東武なんて下僕程度にしか見えなかった模様である。



tb34403@nskwg01


2編成20両を残して地下鉄直通運用から外れて地上線専用となった 30000系 だが、その事で10両貫通という縛りが無くなったにも拘らず、東武は何を思ったか13編成130両については10両貫通化工事を行い東上本線に移籍させた。 大東急様 )への中てつけとしか思えないが

tb34411@nskwg01

地下鉄直通車の任を解かれてからは、浅草口の運用が主になり、一時期は宇都宮線の運用に就いていた事もあった(4連ユニット)。そして2011年から森林公園検修区に移動を開始して東上本線を戦場にする様になった。
新天地となった東上本線でも主力にはなれていない。 10000系Bros. 日立製プレハブ軍団 に数で圧倒されているので、今一つその存在感を示せていない。



tb34404@nskwg01

東武がこの 30000系 で見せた気合も空回り、不動産事業とのコンビネーションも今一つで2000年頃に起きた様な経営危機が近い将来又あるのではと言われる。一番ツライ大手私鉄の座をガッチリキープしている模様である。

次回はどの車が槍玉に上がるのか…、そこは Part 2 にて!



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NPB のポストシーズンを考える


fugaku101

去る10月以降、クライマックスシリーズ廃止論が彼方此方で持ち上がっている。
その背景として、バブル化したカープファンども(特に俄か)が未だにファビョっている模様である。そのバブルにぶら下がって飯を食おうとしている一部の評論家までそこに乗っかってフジコっているから始末が悪い。ファビョってフジコった話がヨウツベ等で更に拡散されて、ミスリードされた世論に「大多数の良識ある国民の世論」という錦の御旗が付けられるとすれば、それは到底納得が行かない話である。
何にでも表があれば裏がある、光があれば影がある。セントラルのCS で優勝チームが下克上されたのは2007、2014年に続いて3度目である。過去下克上を2度も食らった巨人ファンがその度にCS 廃止論をファビョってぶち上げただろうか?
(ファイナルのアドヴァンテージ1勝設定は巨人サイドが2007年の敗退を受けてゴリ押ししたとも言われているが…)
この際なのでフジコしているカープファンどもには、ポストシーズン短期決戦の本当の世界にようこそと言うてやりたい。



ただ、小生としても、今のシステムが必ずしも良いと言う気も無い。
いつの間にかアジアシリーズは消滅し、アジアプロ野球チャンピオンシップという大会が発足した。でも、年齢制限付代表の大会を行うのは良いが、それはプロ野球のアジアNo. 1 チームを決める大会ではない。
いっその事、C.S. 、日シリ、韓シリ、その他諸々一緒に纏めれば良くねぇ?
要は野球版アジアチャンピオンズリーグ=アジアプロ野球クラブ選手権をやったらエエ、という事!


そこで小生の考えたシステムとは…
NPB 両リーグのC.S. 1st ステージを予備予選(PQ=pre qualify)と位置付け、その勝者と両リーグ優勝チームを加えて合計4チームがNPB 代表
韓酷KBO から上位2チーム(本来なら韓シリに出る2チーム)=これに合せてKBO でポストシーズンの組み換えをしたいなら勝手にやってくれ。
台湾は台シリの勝者が出場、敗者はオーストラリアのリーグの優勝者と大陸間プレイオフ(これも予備予選となる)
これで出場は合計8チームとなる。


上記8チームを2ブロックに別けて先ずは1次リーグを2回戦総当りで行い、各ブロックの上位2チームが準決勝リーグに進む事とする。
1次リーグを勝ち上がった4チームがこれまた2回戦総当り形式で準決勝リーグを戦う。

最終的に準決勝の上位2チームで3試合先取形式の決勝ラウンド、下位2チームで2試合先取形式の3位決定ラウンドを行う。


全試合について開催地は日本で、指名打者制採用。
リーグ戦に関しては順位は勝ち点で決定、勝利=3点・敗戦=0点・引分け=1点とする。リーグ戦の延長は12回までで、タイブレイク無し。勝ち点で並んだ場合は得失点差等の要素で順位を決定する。


このシステムだった場合、優勝までの試合数は最大で17となるが、MLB の場合最大で20となる事と比較しても妥当な数字と考えられる。

細かい所はさて置いて、大略こんな感じでやってみたらエエの違うかと思う。




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CNDP cuvée réservée 2000 Domaine du Pegau

Domaine du Pegau (ドメーヌ・デュ・ぺゴー)といえばあのクソ漫画「神の何チャラ」にも登場して日本でも有名になった作り手。

この蔵の歴史は17世紀後半まで遡るらしいが、当初はオリーブオイルを中心に生産していてそこで資金を稼ぎ、ワインを本格的に作り出したのは18世紀に入ってからの模様。ただ、自社元詰めを始めたのはそれから250年経った1987年の事。現当主のPaul Feraud (ポール・フェロー)氏の娘、Laurence (ローランス)女史がドメーヌに加わった時であり、そこからの快進撃は凄まじいとすらいえるレベルかも知れない。

cndppegres2k01小生がこのドメーヌに出会ったのは彼是20年位前だった、当時交流があったある人から勧められ、当時は値段も結構安かった事で、1990年のヤツを買ったのが馴初めという訳である。
作りはクラシックな要素が強く、葡萄は除梗せず(先ずココが小生を萌えさせる)、発酵はコンクリの桶で行い、熟成は大樽使用(3000~6000リットル程度)の新樽無し、フィルター掛けも無しである。
因みに、使用する葡萄の比率としてはGrenache noir(グルナッシュ・ノワール)=75%、Syrah(シラー)=20%、残り5%がその他諸々という模様


色は暗めのガーネット、色だけ見るとかなり熟成感がありそうだが…さて実際は?
第1陣で中心的な部分としてはブラックチェリー、ブラックベリーリコリス、黒胡椒、西洋杉、ブルーベリー
第2陣として、なめし革、腐葉土、煎ったカカオプルーンエキスリエージュシロップ、微かにカンファー
更にはラベンダータイム、オレガノナツメグといったあたりが加わってくる。
フィニッシュとアフターで eau de vie Kirsch、eau de vie framboiseの感じがそれなりに出てくる。これは優秀なGrenache noir を主体にしたCNDP の特徴としてよく見られるものである。特に熟成をある程度重ねた場合顕著になると思われる。
最初はタンニンがやや目立つ、しかも甘苦系な感じ。酸が後からしっかり現れてくるが、甘苦系なニュアンスがやや強い。
それでも時間と共にグズグズに崩れたりする事はなかった。アフターは力強く粘りと伸びもあって勿論長い。全体としては期待以上だったか。


Les Meilleurs Vins de France 的なノリでスコアリングするなら… 18.5 / 20

ここの最上級品である Cuvée da Capo (キュヴェ・ダ・カポ)は最良年にしか作られず、しかも前出のクソコミックのお陰もあってか今や幻のワイン同然になり、価格も凄まじいレベルに。それが作られない時はその代りにCuvée Laurence (キュヴェ・ローランス)が作られるという事らしい。こちらは入手のチャンスもそこそこあって価格もまだ辛うじて現実的かと思われる。
この2つのスペシャル品の下に位置するこのワイン=CNDP cuvée réservée (レゼルヴェ)だが、それでもトップクラスのCNDP である事は明確である。15年位待てると報われるというのが小生的にはナイスで、これでも充分だとも思える。





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Montevertine riserva 1995 Toscana IGT

ワインの名も、蔵の名も Montevertine (モンテヴェルティーネ)この生産者のフラッグシップは Le Pergole Torte (ル・ぺルゴール・トルテ)だが、その下に当るこのMontevertine も高評価。今から15年以上前に都内某所の店で、当時そこに付いていたソムリエに勧められて買った記憶がある。

montvt95aこの生産者はChianti classico DOCG(キャンティ・クラシコ DOCG)の中でもRadda in Chianti (ラッダ・イン・キャンティ)という標高の高い場所に畑を構えていて、その歩みは1967年に当時鉄鋼業を営んでいたSergio Manetti (セルジオ・マネッティ)氏が5エーカーの畑を購入したところから始まったので、今年で丁度50周年を迎える事になる。
最初のリリースは1971年VT で当時はChianti Classico を作っていたが、1977年にその枠を超える Le Pergole Torte の生産を開始。
その後1980年代になると遂にChianti Classico の生産を辞めて、IGT 規格のワインに完全にフォーカスした。
以前は Il Sodaccio (イル・ソダッチオ)というワインも生産していたが、1998年で終了した。(畑の改植のためらしい)


Le Pergole TorteSangiovese (サンジョヴェーゼ)100%でフレンチオークのバリックを多用する典型的スーパータスカンであるのに対して、このMontevertineSangiovese 90%にCanaiolo(カナイオロ)と
Colorino(コロリノ)を混醸
してスラヴォニアンオークの大樽を使う。こちらはChianti Classico DOCG を付けて売る事も可能なのであるが、そういう事はしない。それは生産者の意地、プライドそして、こだわりと云う事だろう。
何れにせよかなり忍耐強く熟成させないとその真の姿を現さないという少々厄介なワインらしい。



色はやや明るめでレンガ色に近いガーネット
香味の要素が色々あっても20年を超える時間の中で溶け込んで一体化しているので、分析して挙げて行くのは少々難しいが中ではあるが、拾い出したものを挙げて行くと…
トリュフ、土、ティートゥリー、楠サワーチェリーブラックチェリーという辺りが先頭に立つ。
それらを追いかける形でビターチョコ、なめし革、モリーユ、乾燥ポルチーニという所が出てくる、
そしてそこから更に苺、ラズベリー、リコリス、ミントFernet BlancaCognac、刻みタバコの要素が出て展開する。

総体的に少々枯れかけた様にも見えるが、酸が非常に綺麗でえぐい感じは無い。酸が全体を貫いて、柔らかく同時にブレがなく尚且つシームレスな躯体
酸だけでなく、旨味感も柔らかいがかなり強く終始崩れる事なく、水平方向にも垂直方向にも広がる。更にはこの両者が一体となって、シルキーなタッチの非常に上品で美しい液体を作り出す。淡麗に見えて長く美しく力強い。
1995年はトスカーナでも偉大なヴィンテージの一つであり、しばしば同じ位ハイレベルな1997年・99年と比較され、95年はその中でも少々玄人好みのキャラとされる。ヴィンテージのキャラとこの生産者の作りが上手くマッチしているのも間違いなかろう。


Les Meilleur Vins de France 的なノリでスコアリングすれば… 18.5 / 20




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無差別で一気に廃車の模様?

御存知の通り 西武9000系 の廃車が始まったが、全検切れになるタイミングで廃車を行うと予想していた。全検切れはほぼ編成番号順になる筈であるから、先日のトレインフェスティバル 2017 in 横瀬でも廃車一番乗りで落書き用に展示されるのは9101F と予想していた。

ところが、そのイベントで展示されたのは 9106F =第6編成 だった。これは如何言う事か理解に苦しんだ小生だったが、 9000系 の台車は 101系 のそれでVFD 化(2004~2008)の際にも交換されなかった。この機器更新が台車の痛みとへたりを加速させる結果になったのは事実らしく、一番最初にVFD 化されたこの編成が最初に廃車されたとも考えられる。最初に更新された 9106・9107編成 のみが武蔵丘での施工で、続く残りの6編成については東急車輛(現・J-TREC)での施工だったという経緯も絡んでいるのかも知れない。

sb9106@tok01
在りし日の 9106F  秋津~所沢間・2014年3月撮影
小生も 9000系 には随分と遭遇しているが、この編成に出会ったケースは何故か非常に少ない様で、画像を探し出すのに結構苦労した。


この度の事で西武 9000系 を3全検にしないどころか、1日も早く全廃する意向をハッキリさせたのは確か。最初の廃車は 9106F だったが、近々9101F が全検切れで廃車になる可能性が高いと思われる。
今の西武にとって地下鉄に入れない10連ユニットは必要ないのである。西武にとっては10連固定なんてそもそも使い勝手が悪くて邪魔なのであろう。6連や4連で支線運用に対応出来る編成がどちらかというと望ましいのである。


2013年の5社相互直通開始以来、池袋~練馬の地上線については西武としては如何でも良い感じで、近い将来に特急以外は運行系統分離という可能性も考えられる。10連運用は他社様に出来る限り押し付けたいという本音がどこかにある事まで透けて見える。

この9000系は突っ込み所が多かった様に思われる。
コストをケチって 101系 機器再利用車として中途半端に作った事が、短命に終る最大の原因だったのは明らかである。約20年前に初めて乗車した時に、見た目と走行音のギャップに違和感を覚えた記憶がある。機器更新後も乗車した事があるが、その時も色々混ざった様な感じで別の違和感を禁じ得なかった。正面の貫通扉にわざわざエコマークを貼り付けて省エネ車に生まれ変わった事を今更の様にアピールしていたのも突っ込み所の一つである。
それでも20年以上優等運用主体で走ったのだから失敗作と決め付けるのは問題だが、デビュー時からボタンは既に掛け違えられていたのは間違いない。
80年代末にはVFD の技術は確立していた訳で、 2000系(Ⅲ) としてVFD 制御で6連 and 4連の様な構成で登場させるべきだった。現に登場時は4連だったのだから。(
地下鉄乗り入れを考えず、西武的な使い勝手も考えるなら尚更であっただろう。




)4連で登場した真の理由は当時の所沢工場の製造能力によるものである。



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