Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
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The Legendary Super Star JR 東日本651系 Part 7

They are leaving, they must be on their ways. Time has drawn.
We'll be missing them, and hope they'll be missing us.


3月上旬、私は再び茨城に向かい、高浜~石岡の有名なカーブを撮影地にした。アウトカーブ0度から中を向いたショットがなかったので、最後にそれを一度撮りたかったのである。
御存知の方も多かろうが、有名な踏切は消滅し、国道6号BPの工事も進んで、線路を跨ぐ橋脚もかなり出来上がっている。「石岡6号クロス」などという撮影地が出来るのだろうか?


651k109@isok01n

陽炎が出まくって、全体に波打ったような画像になってしまった。これが 651系S.ひたち のラストショットになってしまった。 これが通過した少し後までは晴れていたのだが、そこから急に曇りだして、挙句の果てに午後はドン曇り。

657k3@isok01n

651系の26号通過の1時間後、 E657系 の30号の時は曇天に。ただ、そこそこの露光条件は確保し、アウトカーブ0度の有難さを痛感!陽炎が消えて波打たない絵になったのは怪我の功名?
常磐線特急における E657系 への車輛統一は結局、車輛運用の都合が一番の原因と思われる。悪天候や事故などで抑止が掛った場合等で、車輛の都合がつかずにウヤを出さざるを得ないケースが多々あったのも事実である。残念なのは E657系 のグリーンは半室で、4列シートでグリーンとしての体をなしていない事である。普通車はそれなりに頑張って作った様なので、なお一層残念。


501407@isok01n

序に、 E531系 ではこうなる。 因みに、トリフジ=取手~藤代間にも跨線道路が作られている。常磐線自体もだが、その撮影地もターニングポイントを迎えているという事である。

4月初めにあるTV 番組を見ていたら、何故か 651系 とある女性との間に相通じるものを感じ取ってしまった。 この春、N.Y. に旅立ち女子アナとしてのピリオドを打ったテレ東の大エース、大江麻理子 嬢である。
651系 は時代に恵まれ、大江は担当番組に恵まれた。 「天女」とすら評される彼女を見ていて、他局を含めた沢山の女子アナ達と比べて遜色があっただろうか?ないと断言すら出来る。
(大江麻理子嬢の姿は
これとかこの辺からでも…)

若くて綺麗な女子アナはいっぱいいるが、30代半ばにして、その娘達を遥かに上回っている事も多かった。
〇藤綾子や水〇麻美、〇島えり〇、〇賀〇つみ、〇山愛の様な若さは無くとも、全く見劣りしなかったのは明らかである。
651系 についても同じ事が言えよう。後から出て来たJR各社更には私鉄各社の特急車と比べても、まだまだタメ張れるそころか蹴散らせる場合だってある。 両者とも稀有なものを持った素晴らしい存在であったのは間違いないであろう。


数少なくなった特急街道の一つである常磐線の主役を専ら担うのが E657系 であるが、 651系 の登場で 485系 の独壇場だったのが一転、二枚看板になり、 485系 E653系に置き換わっても続いた20有余年の二枚看板時代が終わりを迎えたのである。
スーパーひたちとしての最終運用になった3月15日の66号では、 651系 E653系定期運用終了のアナウンスが行われた様である。(最終運用はフレッシュひたち75号)


その日は東急渋谷地上駅のフィナーレが話題をさらったが、夜の上野駅も 651系 ひたちのファイナルという事で相当な人出であった。 651系 の去就については、原発事故等の原因により、常磐線特急再編計画が狂ってしまった事もあって現時点でもはっきりしない。
一部のメディアでは転用されずに全廃との報道もあるが、一部が波動用になり 183/189系 185系を置き換えるとの見方が有力である。


私見ではあるが、数年内に予想される中央本線新型特急車導入による特急再編が起きた場合の車輛の動向も絡んで来るとも考えられ、予断は許されない。



最後に…、651系からのメッセージを… (えっ?ホンマかいな?)
特急「スーパーひたち」「フレッシュひたち」から3月15日を以て卒業致します、20有余年に渡る御愛顧は忘れません。 波動用としての新たな役割を得るべく旅立つ事になろうかと思われます。暫しのお別れとはなりますが、また何時か団臨等でお目に掛れる事を願っております 。
E657系 は嫌いでも、常磐線は嫌いにならないで下さい!


そして最後に、御愛顧頂いた鉄道ファン及び利用者の皆様にこの曲を捧げます。

2013年3月15日 東日本旅客鉄道特急型車体  651系 K101~109、K201~209 99輌一同

その曲とは…、STYX の超名曲、"BABE" (1979年・全米#1) (

御存知の方も多いとは思うが、こちらこの辺でも御覧頂きたい

Babe,I’m leaving. I must be on my way, the time is drawing near
My train is going, I see it in your eyes, the love, the need, your tears

But I’ll be lonely without you and I’ll need your love to see me through
So please believe me, my heart is in your hands, I’ll be missing you

You know it’s you, babe
Whenever I get weary and I’d had enough, feel like giving up
You know it’s you, babe
Giving me courage and the strength I need
Please believe that it’s true... 
Babe, I love you

You know it’s you, babe
Whenever I get weary and I’d had enough, feel like giving up
You know it’s you, babe
Giving me courage and the strength I need
Please believe that it’s true... 
Babe, I love you

Babe,I’m leaving, I’ll say it once again and somehow try to smile
I know the feeling we’re trying to forget
If only for a while
Cause I’ll be lonely without you and I’ll need your love to see me through
So please believe me. My heart is in your hands, 'cause I’ll be missing you
Babe, I love you... Babe, I love you... Ooh-ooh-ooh, babe



JR東日本 651系
1988~1992年にかけて9編成99両が全て川重で製造。基本編成7両及び付属編成4両から構成される。1989年3月から営業運転開始。JR東日本がデビューさせた最初の特急車。 スピードアップに主眼が置かれ、在来線特急として初の130㎞/hでの営業運転を実現。界磁添加励磁制御を採用。耐寒構造でありながら、耐雪構造ではない。雪を考慮しなくてもよいという常磐線の事情に合わせた構造になっている。 1990年ブルーリボン賞獲得


)STYX 唯一の全米#1シングルで全英でも最高6位。
全米だけでも300万枚売り上げたアルバム "Cornerstone" からの一曲。
元々は、Dennis DeYoung がコンサートツアーに出る時に、暫く会えなくなる嫁へのバースデープレゼントとして書いた曲。




※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Jun. 2013)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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MILTONDUFF 13yo 43% O.B. around 1970

前回記事のBallantine's のキーモルトになっているのがMiltonduff (ミルトンダフ)である。Miltonduff と言っても、モルトに明るくない御仁にはピンと来ない名前であろうし、モルト愛好家でさえ、あまりマークしない蒸留所である。
 
mtdf13y70s@ngy01nこれは1970年頃流通していたボトルであるから、蒸留は1950年代中~後半という事になる。Ballantine’s 17年と同じボトルを使用している。
画像をよく見るとイタリア向けのボトルである事も推察できる。
Miltonduff の旧いボトルというと、スクエアボトルが直ぐに浮かぶが、スクエアは1970年代後半から。

封を開けてからかなり日数が経って、最後の一杯になっていた事もあってか、いきなりフルーティーで華やかなトップノート!
マスターの説明によれば、開けた当初は非常に硬かったという事。クランベリー・苺・ラズベリーという辺りの赤系果実のフレッシュ+コンポートの先制攻撃が炸裂!


そこから パレート=口蓋に傾れ込み、やがて杏仁系のニュアンスが覗く、エルダー、ジャスミン、ミントアニスといったヒントを見せ、
フローラルスパイシー且つハーブ的なニュアンスを演出している。
無論これだけでは終わらず、洋梨白桃辺りのエッセンスにプラスしてパパイヤ・パイン・パッションの南国系タッチが加勢する

モルト的甘みもしっかり主張しながらもすっきりと流れる印象。そういったフレーヴァー群が縦横に広がってゆき、シルキー、流麗にして軽快さを持って、且つ諄さを感じさせずじっくり染み渡り結構長い余韻も創り出す。

度数は43%、でもこの充実感!今時の下手なカスクストレンクスの奴より全然良い。


マイナーな蒸留所だからと侮ってはならない、Ballantine’s の重要原酒としての地位を守っている理由が判るというもの。

最後に皆様ご唱和を!、 あの時モルトは~凄かった ♫、今は如何か知らねども~ ♫

Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点を付けると…、18or18.5 / 20

Miltonduff Distillery
1824年、Andrew Peary、Robert Bain の両名によってSpeyside のElgin 付近にて創業。1937年からはHiram Walker 社の傘下に。1964年にはLomond Still 2基を導入し、Mosstowie という名のモルトも1981年まで生産。1992年、Hiram Walker はAllied Domecq に買収され、現在はPernod Ricard の傘下に。Miltonduff も運命を共にしている。Ballantine's の主要原酒でもあるが、Teacher's、Old Smuggler 等でも重要な役割を果たす。蒸留器は3対で計6基になり、年産はアルコール換算で500万リットル程度。



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Ballantine's 17yo Blended Scotch 43% 1970s

Ballantine's 17yo なんて当たり前に飲める様な物だが、今年4月名古屋市東区の或るバーにて、1970年代後半流通の物を頂くことが出来た。現行品とは全く別物であるのは言うまでもない。
何せ、原酒の蒸留年代は1950年代後半である。


bltn70s@ngy01n

レンガ色に近い、Sherry 樽のブレンド比率がかなり高かった事をうかがわせる。一方、今のボトルはもっと薄く明るいをしている。
トップノートに出て来るSherry 感があからさまでなく、さり気無いながらもしっかり主張してくる。
底を強力に支えるスモーク感、ピート感 Ardbeg が結構含まれている事を偲ばせる。全体としてボディはかなり重厚で、Ballantine’sの現在の一般的イメージとは少し異なる。


華やかさはあまり感じないものの、その分、重厚さがしっかり舌の上にも、口蓋にも染み渡る。 少々の時間をおいて、ラズベリーやクランベリーの様な赤系果実ブルーベリーの様な青系果実のタッチが更に奥から時折フェンネルの葉、ディル等のハーブ感が顔を覗かせる。 続いて、カシューやヘイゼルといった辺りのナッツフレーヴァー。 オイリーな舌触りも微妙に残し、重厚さを其のままに適度なフルーティーさとナッツ感を伴って流れて行く。
香味の広がり、中盤の膨らみ並び粘り、そしてアフターテイストも基本的に文句なし。

この時代のブレンデッド、恐るべし。


Les Meilleurs Vins de France 的な感じで点を付けるなら…、18or18.5/20



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The Legendary Super Star JR 東日本651系 Part 6

今年2月下旬のある日、爆弾低気圧一過となって、好天が期待出来た。そこで、 651系 のラストスパートを掛けるべく、この日は友部駅付近のストレートで26号を迎え撃とうと常磐道を走ったが、横風にハンドルを取られそうになる事数回。
特に利根川を渡る所は暴風壁がないのでヒヤヒヤものだった。時折吹く暴風で空が茶色く濁るのが見えたのであった。
それでも気合一閃!撮影地に辿り着いたが、ターゲットが来る筈の時刻になっても来ない。
その時既にダイヤは乱れていたであった。何時来るか分からないターゲットを強風吹き荒ぶ中で待ち続けるのは地獄に近かったのだが…
でも、ウヤにならない限り、辛抱強く待てば何とかなるものである。

651k106@uchr01

暴風と砂塵に耐えて御互いよく頑張った!! 感動した?!
現場に着いたら、暴風吹き荒ぶ中、田園地帯という事もあり、土が大量に舞い上がり、視界を奪う事すらあった。この画像でも、編成後部は土埃の為予想以上にぼやけている。


653k306@uchr01

こちらはE653系・K306編成のフレッシュひたち。この日は強風が終日吹き荒れ、常磐線のダイヤは乱れまくっていた。しかも時折厚い雲が空を覆った、雲に覆われた時にこいつが来たのでこんな絵になってしまった。

651k107@uchr01

通過時刻が読めなくなった状態ではあったが、上野からの下りS. ひたちも撮れた。しかし、こちらもやや曇られ気味

その後、5388レも遅れてくると読んで、場所を移動しようとしたら、何と5388レだけがほぼ定刻で来て、その姿を呆然と見送るしかなかったのあった。
その後は北上し、勝田車両センター北側の線路際に陣取り、42号を待つ事にした。


だが、いざその時になってみると、機械の不調もあって、見事失敗!

657k5@kats01n

暴風と変り易い空模様に振り回され、勝田迄行って42号を失敗するという大失態。
42号はその半月前に岩間でも失敗しているので非常に情けない事である。
その1時間後の46号=E657系は御覧の様にほぼパーフェクトだっただけに非常に残念である。
26号は撃ち漏らす事はなかったが、42号は悉く失敗。
かくして、肩を落としながら車を飛ばして東京まで戻ったのである。


こうした一連の記憶と記録を整理して、今一度 651系 に思いを馳せながら夜、この記事を書いているが、そこで心に浮かんだのはこの曲である。

このサイトでは初登場になるが、成田圭 嬢の「涙月」( るいげつ )。
彼女が去年リリースしたミニアルバム「ふたりじめ」に収録されている。

成田圭という名を聞くと、深夜のTV オーディション番組を思い出される方もおられると思う。あれから4年、現在はインディーズで活動中。  
どの様な曲かを知りたければ、
レコ発ライブ映像出身地でのステージ映像を御覧頂きたい。 

n'kei112懐かしい写真を並べて、この時間を紛らわす
さらって欲しい、寂しさ全部 
愛しさだけ放せないの
会いたい気持ちを言葉にしても、きっと叶わなくて
会えない一人の夜も あなたの声、指先まで体に溢れるの

滲んだ月を見てる今日は
優しい言葉よりもずっと あなたの強い腕にくるまれたい
薄れて行く今日 耳元の鼓動だけ

記憶の糸を手繰り寄せる 
確かめる様に何度も口づけした
月の下で交わした約束、今は二人離れてても
冷たい肩抱いてくれる あなたの手は届かなくて
泣きたい一人の夜は 心の声 願い掛ける、あなたに届く様に

滲んだ月を見上げながら
重ねるあなたへのこの愛を 涙が今日も零れ落ちる前に
苦しい位 そばで愛してよもっと

滲んだ月を見てる今日は
優しい言葉よりもずっと あなたの強い腕にくるまれたい
薄れて行く今日 耳元の鼓動だけ



肩を落としながらとはいえ、水戸まで行っておいて撮り鉄のみで帰るのは味気なく、買い物やグルメも少しは楽しむ。
水戸に限った事ではないが、遠征するとある時はワインやウイスキー等の酒類、又ある時はその土地の色々な食べ物類を買う事は多い。掘り出し物に当たる確率もそれなりにある。


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今回のおまけ画像=水戸市堀町にある菓匠にいつまの人気商品、シューあら大福
大手メディアでも度々取り上げられているので結構有名な品である。 シュークリームと大福のクロスオーヴァー的菓子、中々美味



Part 7 に続く!


JR東日本651系
1988~1992年にかけて9編成99両が全て川重で製造。基本編成7両及び付属編成4両から構成される。1989年3月から営業運転開始。JR東日本がデビューさせた最初の特急車。 スピードアップに主眼が置かれ、在来線特急として初の130㎞/hでの営業運転を実現。界磁添加励磁制御を採用。耐寒構造でありながら、耐雪構造ではない。雪を考慮しなくてもよいという常磐線の事情に合わせた構造になっている。 1990年ブルーリボン賞獲得



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Echézeaux vielle vignes 1998 Haegelen-Jayer

Haegelen-Jayer(エジュラン・ジャイエ)なんて日本ではあまり知られていないが、高い評価を得続けているドメーヌである。

haegelen98echz01n
ここの当主、Alfred Haegelen(アルフレッド・エジュラン)は元々、学校の教師をしていたが、Henri Jayer の親戚と結婚した事がきっかけで、ワイン造りに転職した。それで出来たのがこのドメーヌだが、Jayer 一家の外戚になる。ワイン自体はクラシックな作りで有名

色調は如何にも熟成したBourgogne という様なクリアなガーネットリコリス、なめし皮、sous bois系のニュアンスで始まり、ブラックチェリー、チェリーブランデーラスベリー、赤スグリArmagnacシナモン、キャラウェイシード、微かにDrambuie、Angostura、少々の土っぽさも時折出してくる。 酸もタンニンも当然ながら健在で、かつ凝縮感も高い

最初はタイトな印象に感じるが、時間経過と共に、ミッドのグラ(gras)及びボディの膨らみも充分になり、やがて酸と溶け込む様にしてフィニッシュまで切れ目なく繋がる様になる。赤果実系リキュールの様な返りが出てくる。 1998のBourgogne にありがちな間延び感はない。

頑強過ぎるのではという批判もあり得るかもしれないが、堅牢な構体を持ち、諄さはなく、嫌味も感じられない。 余韻はかなり長い
開いて膨らみが出て来ても、フィニッシュは少々ドライ。1998の特性が影響しているのであろうか?
何やらかんやら言うても、grand cru=特級畑でvielle vignes=古樹という何は恥じない。


Jayer といっても、このドメーヌの場合、Lucien Jayer とJayer-Gilles の中間のスタイルといえようか。

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