Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
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撮影地探訪 近鉄奈良線 額田~石切間 Part 2

Part 1 の続き、カーブのショットを更に…

kt3702@nkis01n
3200系区間準急難波行の運用に入る。
1986年登場で、京都市営地下鉄烏丸線との相互乗り入れ用の車だが、京都線ではなく奈良線の運用に入る事も多い。但し、阪神に乗入れる事は出来ない。
1986年はVVVF元年とも言うべき年だった。この車のみならず、 東急9000系 新京成8800形 北急8000形(Polestar)等がこの年にデビューして、本格的なVVVF時代の扉が開いたと言える。


kt5723@nkis01n
シリーズ21のL/Cカー、5820系の急行大阪難波行。基本的にシリーズ21は奈良線に集中している。阪神との乗り入れやJRとの競争がある為である。人に優しく、地球に優しく、コストダウンという訳だが、これも含めたシリーズ21として2001年度のローレル賞を獲得。

hs9204@nkis01n
阪神9000系が三宮を快速急行として目指す。阪神大震災の直後、車両補充の必要に迫られて同社初のステンレス車としてデビューした。製造は川崎重工。
石屋川車庫が被災し、多くの車両が使用不能になったので、製造にかかる日数の短いステンレス車が補充用に選ばれ、武庫川車両工業ではステンレス車の大量製造は無理なので、川重に発注したという事の様である。
震災直後の阪神を支えたこの車は、15年以上の時を経た今、1000系と共に近鉄への乗り入れという大役を担っている。

hs9209@imdz01n

参考までに…、懐かしい 9000系 のオリジナルカラーを。 (2008年11月に今津駅で撮影)
線路の間近に高いマンションが立ってしまい、どうしても影が伸びてしまう。


次の新展開?はPart 3 にて!



※ この記事は旧ブログからの移転記事につき、旧ブログにてアップされた時点(Sep. 2012)での事実関係に基いて書かれているので、現在の事実関係とは大きく異なる場合があっても何卒ご了承賜りたい。

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撮影地探訪 近鉄奈良線 額田~石切間 Part 1

近鉄奈良線で駅間ロケの出来る所というと、意外と少ない気がする。この額田~石切は難波・尼崎方面の電車を狙う場所である。
午後順光額田駅至近のストレートと、少し石切寄りに行った所のカーブのアングルがある。


kt1029@nkis01n
画像は去年5月の撮影、その日は午後から曇ってしまって困ったが、この近辺での電車の速度は低い。勾配とカーブが連続するからである。然程早いシャッタースピードは必要ない。
これはL/C車の一つ、1020系6連急行大阪難波行。


kt1272@nkis01n
1230系1272F以下、2連のトリプルで前パンでパンタ山盛り!さすが関西の私鉄!と言いたくなる様なショット、普通尼崎行き。
架線には余計な負担をかけているが…、そんな事はイイので皆様ご唱和を!!
パンタが大将~(パンタが大将)、パンタが女王~(パンタが大将)、パンタが株主~(パンタが大将)、
パンタが班長~(パンタが大将)、パンタが主役~(パンタが大将)、パンタが社長~(パンタが大将)、
パンタが天才~(パンタが大将)、パンタが番長~(パンタが大将)、パンタが大将~
(嗚呼、くだらん、アホ過ぎるわ!!)


kt1239@inks01n
1230系1239F+8600系の急行大阪難波行。このパターンの6連が結構多い。
8600系を含む8000系一門は今でも奈良・京都・橿原線の主力車である。しかし一方で、近鉄が2014年にATS-SP全面導入を予定している中で、8600系以外はATS-SP対応化がされておらず、40年オーヴァーの車も多くなっているので、去就が注目される。
注意したいのは、この画像の撮影ポイントは線路脇の道路なのだが、道幅が狭い割に交通量が多くなる事があるので、三脚は使い難い。基本的にあまりお勧めは出来ない。
ただ、もう少しだけ石切寄りに行くと道幅に余裕が出来るので、もしそこから撮れそうならそちらをお勧めする。


Part 2 へと続く!

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Ben Nevis 25yo (1966-91) 59%

ネタとしては少々古いが、日本企業が所有するこの蒸留所の懐かしいボトル!

benv66ob59aBen Nevis 1966・25yo オフィシャルボトル

ただしこれは、日本向け正規品の方ではなく、欧州用のヴァージョンと思われる。頂いたのは池袋西口のオールドボトルを沢山置いているあの店!某C である。


Ben Nevis(ベン・ネヴィス)というと陽の当らない存在だと思われている。私も飲んだ記憶は数える程もない。 ただ、これはさすが!非常にバランスの良いモルトであるのに驚く。色は赤みがかった濃いアンバー。

Sherry cask なのだが、シェリーの乗り具合は綺麗でバランスが良い。エグみもいやらしさも硫黄臭さもない。 何と言っても先ずアーシーさ&ミネラル感が目立つ、そしてこれが終始一貫している。


この時代のこの蒸留所に見られる傾向であるが、これを嫌う人も多いが、小生は好感する。ワインを飲み慣れている人なら何とも思わない筈である。 かりん糖、八つ橋、シナモン、黒胡椒、チョコレート、Kirsch、苺ジャム、ラズベリー☆、ダークラム、なめし皮、刻みたばこ、といったフレ―ヴァーが感じられる。


膨らみも豊かで、モルト感も充分。余韻もしっかりして長い。ここでも一貫したアーシーさミネラル感が出ている。

もし、Les Meilleurs Vins de France 風に点を付けるなら…、18.5 / 20

Ben Nevis Distillery
1825年、"Long John" MacDonald (かなりの大男だったらしい)により創業。Highland の西の端に近く、大ブリテン島最高峰になるBen Nevis 山の麓にある。その後度重なるオーナーの変遷を経て、1955年には当時のオーナーJoseph Hobbs のもと連続蒸留機を導入し、グレーンウィスキーの生産にも手を染める。
近年では、1978年休止、1981年Whitbread 社が買収。1984年部分再開、1986年再び停止。1989年にニッカが買収。1990年より再開されて今に至る。生産規模はアルコール換算で年200万リットル程、蒸留機は2対。




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川崎駅周辺で逢えるアーティスト達 その参

mu-ton02音楽のまち・かわさき というプロジェクトが「音楽のまち・かわさき推進協議会」() という民間団体のもとで進められている。

その一環として、川崎駅周辺では毎週末・祝日を中心に「公認路上ライブ」という形のステージイベントが開催される。

西口MUZA ゲート前、京急川崎駅側の銀座街アーケード内を主に、市役所通東横インエントランス、川崎信用金庫かわしん広場等の会場も不定期で設定される。


そこで演奏するアーティスト達はかなりの数になるが、その中から一部ではあるが当ブログで簡単に紹介して行きたい。逢える確率はアーティスト毎にかなりバラつきがある。 各種音楽イベントの内容・日時・出演者等に関しては音楽のまち・かわさき公式HP のイベント案内の項目を随時チェックされたい。


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松岡里果(まつおか・りか)
フルートを吹くシンガーソングライター。 出身は奈良県。2006年デビュー、当時存在していたリノ・レコードからデビュー。上野まな・伊藤さくら・漆乃(現・篠原亜季)等と共に「リノガールズ」を構成していた。
秋葉原や代々木公園・錦糸町等でのストリートライブを始め各所の箱ライブも精力的にこなす。 リノ離脱後は川崎や都内を中心に活動する。川崎にも2009年頃から定着し、川崎の顔と言えるアーティストの1人に。 2011年JTB夏旅キャンペーンCMに自身が書いた楽曲「向日葵」が採用される。同年の川崎銀座街バスカー最優秀賞獲得。
ただし、かなり「天然」な所があるので取扱い注意!!
3rd album " Lover's Day " 発売中

松岡里果official weblog : http://ameblo.jp/matsuokarika/


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まつもとななみ
出身は岡山県、血液型AB、身長153cm。
2002年に岡山アクターズスクールに入りトレーニングを積む。翌年上京、歌手活動開始。2008年に自主製作ミニアルバムをリリース。ピアノ(キーボード)弾き語りが基本のスタイル。
川崎にもすっかり定着し人気上昇中。刑務所慰問等の活動にも参加している様である。 2012年11月7日にミニアルバム「MIO」を全国発売。 ステージのMC等で結構頻繁に岡山弁を覗かせる。
見て判ると思うが、この細さ尋常ではない。
まつもとななみ official weblog : http://ameblo.jp/nana-nana-na-na/



) 2004年4月に川崎の音楽関係者、メディア、行政等が協力して設立した組織。


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メモリーズ ~阪神電鉄2000系~

過去に撮影したDNGファイル(註1)をチェックしていたら、幸いにもこんな画像が出てきたので、再現像してここに載せる。
2008年11月下旬に甲子園駅で撮影したもので、 2215F 6両の急行西宮行き(後追い撮影)2215F2000系8次車に当り、種車は全て7001形で、7801形は含まれない。因みに、この約半年後に廃車されている。


hs2215@kosn

御世辞にも良い写真とは言えない。11月末という事もあって、建物の影が思いっきり伸びている。 この時期にたまたま大阪方面に行っていて、この日は丁度、阪急西宮ガーデンズ開店初日だった。そこに向う道中、午前中は大阪・梅田から阪神で駅撮りをしながら今津まで行って阪急今津線で西宮北口にたどり着いた。その途中、甲子園駅でたまたま遭遇したのがこの2215F。 それはともかく、御世辞にもかっこいいとは言えないが、この顔こそ阪神電車という感じである。
8000系も最初の1編成はこの顔だった(註2)。
2000系は阪神大震災で8編成中5編成が被災し、12両が廃車になり6編成に減ったが、震災後の輸送を支えた。 2007年から1000系と入れ替わる様に廃車が始まり、2011年に全廃となった。
赤胴車の中でも8000系等の影に隠れて目立たない存在だった感はあるが、さよなら運転等の特別な事も一切行われる事なく、人知れず消えて行った様に見える。

 

阪神電鉄2000系
元は1970~73年に製造された7001/7101形4連(電機子チョッパ制御)及び7801/7901形2連(抵抗制御)。それらを組み合わせ6連ユニット化して、界磁添加励磁制御に変えた車両。改造は1990~93年。種車に7801/7901形を含む編成と含まない編成が存在した。7001/7101形は日本初の電機子チョッパ制御の量産車。

註1)Digital Negative の略称。Adobe Systems により提唱されオープンソース化されたRAWファイルの形式で、汎用性が高い。
註2)8000系の中でも試作車的な位置付けの第1編成=8201Fだったが、第2編成以降は御馴染みのあの顔に変っている。8201Fは阪神大震災で被災し3両を失い、以来8523Fの神戸側3両として残っている。



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