Dufftown 街角ミュージック

穏健主義の波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
画像をクリックすると大きな画像が出る。

100周年記念シーズン(1920年のAPFC から通算)も大詰めのNFL は去る1月19日、AFC・NFC 共々チャンプオンシップが行われた。
AFC はカンザスシティ・チーフス(Kansas City Chiefs)が、NFC はサンフランシスコ・49ers (San Francisco 49ers)が勝利を飾り、この両者が2月2日(アメリカ時間)のSuper Bowl LIV (第54回スーパーボウル)で対戦する事となった。
プレイオフに第1シードで臨んだ49ers は第2シード・Green Bay Packers (グリーンベイ・パッカーズ)相手に前半だけで27点を奪い大勢を決した。このゲームでは要所要所のランプレーが冴えていた。
パッカーズも後半3TD を奪う反撃を見せたが、結局 37 - 20 で49ers 完勝!7年ぶりのスーパーボウル進出で25年ぶりの勝利を期す事になった
AFC の方では、東地区優勝で第3シードのNE ペイトリオッツ、シーズン中無双状態で第1シードだったボルティモア・レイヴンズを次々下して波乱を巻き起こしたTennessee Titans (テネシー・タイタンズ)チーフス=第2シードに挑んだ。KC は前半終了6分前で10点リードされたが、その5分間で2TD を挙げてあっさり逆転、最終的には 35 - 24 で勝利を収めて、こちらは何と50年ぶりのSuper Bowl !(50年前の第4回は勝利している)
因みにQB のPatrick Lavon Mahomes Ⅱ(パトリック・マホームズ2世)の父親は1997年から2シーズン横浜ベイスターズでプレイしていたパット・マホームズ(Patrick Lavon Mahomes)。


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実はこの両チーム、ある偉大な人間と所縁が深い。その偉大な人間とは言うまでも無く、Joe Montana (ジョー・モンタナ)様である。小生にとっては「我が青春のモンタナ様」「神様仏様モンタナ様」である。49ers 時代の背番号 16 は同チームのretired number=永久欠番なのは言うまでもない。

「逆転の〇〇」と言えば昔ならPL 、最近なら広島若しくはペイトリオッツという所が出て来るだろうが、この言葉が最もフィットするのが何つったってモンタナ様である。数々の劇的な逆転勝利を大学時代から演出し続けてきたのである。
ノートルダム大学3回生の1977年シーズンではコットンボウルで勝利して全米チャンピオンとなり、4回生でもコットンボウル連覇


1979年にSF 49ers にドラフト3巡目で入団、2年目の1980年シーズンの後半からレギュラーとなる。’81シーズンのNFC チャンピオンシップでは伝説の " The Catch " でDallas Cowboys (ダラス・カウボーイズ)に逆転勝利。その後のSuper Bowl 16(Jan. 24, '82)ではCincinaty Bengals (シンシナティ・ベンガルズ)を下してチームとしてもスーパーボウル初出場で勝利。その3年後の第19回もダン・マリーノ(Dan Marino)を擁したマイアミ・ドルフィンズに完勝して制した。1989年1月22日、ベンガルズと対戦した第23回では試合時間残り3分から92ヤードの " The (Montana) Drive " を過呼吸状態になりながらも成功させ逆転勝利。これで3回目のスーパーボウル制覇。
そして翌年の第24回ではジョン・エルウェイ擁するデンヴァー・ブロンコス(Denver Broncos)をボコボコにして(55 - 10)連覇達成。
90年シーズンも14勝2敗でプレイオフ第1シードとなったが、NY ジャイアンツと対戦したNFC チャンピオンシップで終盤にサックを食らい負傷退場しゲームも落とした。ここから彼のキャリアが暗転する。相次ぐ怪我に見舞われ、91年シーズンは出場無しでエースQB の座を完全に失う。92年シーズンも怪我が祟って試合に出られず、最終週で漸く途中出場し2TD を挙げてチームも勝利したが、既に居場所は無いに等しかった。


そして1993年、彼はトレードでカンザスシティ・チーフスに移籍。背番号は 19 となった。
そうするとLA レイダーズを退団し引退まで考えていたマーカス・アレンも合流する等して、チームも11勝5敗でプレイオフに進む。
ワイルドカードでPittsburgh Steelers (ピッツバーグ・スティーラーズ)を下し、ディヴィジョナルではあのWarren Moon (ウォーレン・ムーン)を擁したHouston Oilers (ヒューストン・オイラーズ)を下しAFC 決勝に進む。J. モンタナW. ムーンという対決は今でも伝説になっている。我々世代からすると泣ける位のゲームだった。(この両名は同い年で、ムーンは後年チーフスでプレイして引退している)
しかしチャンピオンシップではジム・ケリー(Jim Kelly)擁するBuffalo Bills (バファロー・ビルズ)に敗退。
1994シーズンでは9勝7敗で何とかポストシーズンに進んだが、ワイルドカードでマイアミ・ドルフィンズに敗れて、これがモンタナ自身のラストマッチになった。その3ヶ月後に引退を正式に発表し、2000年には殿堂入りを果たす。



ここからは雑談形式にて…

ジョー・モンタナを語れるなんて、それはアラフィフ以上という証拠(

三菱電機のCM で「どんなモンタナ」「ジョー況判断」ってあったなぁ~。モンタナ本人も出てたで!
バブルの終わりの頃やったと思うけど、なつい!


そんなアホなCM でモンタナ様もよう出はったなぁ

SEGA のメガドラのソフトで「Joe Montana Football」「Joe Montana Ⅱ Super Talk Football」ってのがあったんや

アメリカでは" Cool Joe " とか" Comeback Kid " なんて評されていたみたいやねぇ。
2つ合わせると「カッコイイ逆転男」って所かねぇ…


先ず、2世代前でレジェンドに近かったKen Anderson を倒して、一世代後のDan Marino、John Elway、Boomer Essiason といったスーパースターを悉く撥ね退けて、同い年のWarren Moon も退けて、でも結局Jim Kellyは倒せなかった。最後はエルウェイにもマリーノにも首を獲られた
モンタナ=スーパーボウル4勝0敗、ケリー=スーパーボウルは0勝4敗、因みにエルウェイ=4敗の後引退直前に連覇して2勝4敗。


因みに、ブレイディは6勝3敗、マニング兄は2勝1敗・弟2勝0敗=兄弟合計4勝1敗

2人で一つにカウントすんな!

Ken Anderson (ケン・アンダーソン)は現役時代はベンガルズ一筋でスーパーボウルは結局勝てなかった。引退から20年以上経って、スティーラーズのアシスタントコーチとして初めてスーパーボウルリングを手に出来た。超レジェンド級の選手だったのに今でも殿堂入りが叶っていない。

ジョー・モンタナって一体どんだけのスターなん?

日本で言えば少なく見積もっても、長嶋茂雄クラスやね

モンタナ全盛期は日本ではバブル絶頂で「巨人モンタナ六本木」が合言葉やったで(適当)

そんな「巨人・大鵬・玉子焼き」違うねんから、アンタ!

NFL 記録色々作ったけど、結局殆ど抜かれてるやんか! ブリーズとか、マニング兄とか、ブレイディとかに
リーグMVP だってあの人は獲ったの2回だけやろ?、ブレイディとかファーヴは3回獲ってはるでぇ!


ブレイディのヤツはインチキの塊だ、心配するな!、気にすんな!
Montana captivated the nation, Brady would never do.


今度のSuper Bowl はスティーヴ・ディバーグ(Steve DeBerg)所縁の対決にもなってるで。モンタナが49ers でポジションを奪った相手が先輩のディバーグ、これでお払い箱になった彼はカンザスシティで2年間プレイしている。

スーパーボウルも80年代初頭まではAFC 優勢、その後はNFC が圧倒的に優位。第19回~31回までNFC が13連勝なんて言う時代もあった。13連勝の口火を切ったのが49ers。80年代後半は49ersレッドスキンズジャイアンツがやたら強くて、90年代に入るとパッカーズとかカウボーイズが復活してあれよあれよとNFC が13連勝だったという訳。その後今世紀に入ってからはペイトリオッツのインチキ?も功を奏したのかAFC 側が押している。




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先日、E26系が成人式を恙なく迎えた模様だが、このPart 3 ではカシオペアが寝台特急として迎える最後の冬の画像を更に載せて行く。
510514cass@sam01
正月明け早々、佐間での俯瞰撮影に挑戦したが、新たに架線柱が増殖していた。おかげで超串刺し状態。諦めて他の場所に移動しようにもそんな時間は無く渋々こんな絵を撮ってしまった。
なにもこんな時期に架線柱の建て替えをしなくてもと思うのだが、都内で老朽化した架線柱が倒れるという事故があった後で、JR東日本も慌てて急いだのではないかと思われる。


この架線柱の一件もあって、カシオペアはやはり八甫で撮る事にした
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こっちは足回りに雪を付けてやって来た時の作例、こちらは1月下旬撮影

月は変わって2月上旬…
510509cass@hap01
この前夜埼玉は雪が降ったらしく、僅かだが積雪があった中カシオペアはやって来た。線路や周辺に雪はあったのに列車の方に雪は無かった。

小生も度々お世話になった八甫の道路橋クロス撮影地だが、北斗星が廃止になる頃から、線路際の植物が伸び放題になって来て撮影がし難くなっていたのも事実である。特に陸橋に近い方の灌木が本当に邪魔なくらい伸びて来ていた。小生も4年程足を運んでいないが、今はどのような状態になっているか分からない。地元の農家さんも高齢化して農地周りの手入れまで出来なくなっているのかも知れない。
一つの時代の終焉と共に撮るものが無くなり、撮影地も荒廃するというのであれば、諸行無常すぎてかなC 


さてここで、この列車がデビューした1999年、同期デビューと言えばどんな面々が出て来るか?
野球界では何と言っても上原浩治二岡智宏松坂大輔新井貴浩福原忍藤川球児福留孝介岩瀬仁紀、森本稀哲、實松一成、里崎智也
サッカー界では玉田圭司、更にプロレス界では棚橋弘至、ゴルフではセルヒオ・ガルシア(Sergio Garcia)
芸能関係からは山田孝之、嵐、倉木麻衣、つじあやの、小柳ゆき、島谷ひとみ、後藤真希、ピース、ダイアン、キングコング
自動車界においては、トヨタから登場した Vitz(ヴィッツ)、日産ではR34系GT-R、ホンダではS2000とインサイト


鉄道では何といってもJR 東海・西日本700系新幹線電車、遠州鉄道2000形JR 東海313系、東急3000系・300系、JR 九州815系南海31000系といった所が挙がる。これを受けた2000年のブルーリボン賞はコストを抑える事を主眼に置いて作られた700系対豪華さが売りのE26系という非常に対照的な闘いになったが、E26系の完勝だった。(700系はローレル賞)

閑話休題、ここで一旦時を遡って2015年12月末撮影のものを
510509cass@hghs02
カシオペアがよく裏被られるヒガハス、最後のリヴェンジを期して行ってみた。この列車をヒガハスで良好な光線状態で撮れるのは年末位の時期に限られるからである。
しか~し、その甲斐もなく又もや無粋な安物に裏被りを食らった。


時は再び2016年、寝台特急としての終焉も差し迫った3月に入ってすぐ、何回も足を運んで撮影した場所を再び巡るべく、白岡陸橋朝アングルへ。
510510cass@shirk01
3月ともなると黄砂と花粉が飛散している模様で、全体が黄色っぽく濁っている感じで色は感じ良く出なかった。線路脇の一部の樹木はだいぶ伸びてしまい列車の後部を隠す様になってしまった。

寝台特急としての最後の姿を撮るに当って、何処で如何いうアングルでと考えた結果…
時は3月半ば、17時前ならそれなりに明るい。いつもと趣向を変えて見送る様な絵を撮っても良い。
そこで考えたのは下り列車後追い撮影@ヒガハス。

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この時大多数の撮影者達はこの画面の左奥に当る場所に集結して半逆光で撮影していたが、小生と同じ事を考える人間も数名だけいた様である。後追い撮影ならバリ順
曇られる心配もなくそして何といっても裏被り無く、春の快晴の夕方の空の下、一つの時代を見送る様な絵が撮れた。


この2016年の時点でカシオペアが成人式を迎えられると予想した人間は少なかったかも知れない。E001系四季島の運行開始が迫っていて、その時点でE26系は即刻廃車と予想する人間も多かった。そんな予想を偉そうに語っていた御仁達にはこの客車の前で土下座してもらいたいものである。

最終回=Part 4 ではツアー列車として再出発してからの姿を取り上げる。



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今回フィーチャーする René Engel (ルネ・アンジェル)を覚えている方々はどれだけおいでだろうか?
ワイン好きを自称されている様な御仁から、その道のプロという御仁まで含めて、ブルゴーニュワインに対する知識をある程度以上持っておられないとこの名前は中々直ぐに思い出されないであろう。何せ、この生産者は15年前に消えてしまったのだから。
1910年に創設されたこの蔵は Vosne Romanée(ヴォーヌ・ロマネ)に本拠を置いていた。創設者は勿論 René Engel 氏だが、この生産者をスターにしたのはその孫に当る Philippe Engel (フィリップ・アンジェル)氏である。フィリップが蔵を継承した1980年代以降は特に目覚しい活躍で高い人気と知名度を博していた。
所有する畑は総計で6ha程と規模としては非常に小さいものだったが、Clos-Vougeot(クロ・ヴージョ=1.37ha)、Grands-Echézeaux (グラン・ゼシェゾ=0.5ha)、Echézeaux (エシェゾー=0.5ha)という特級畑 3箇所、しかもそれぞれ最上級の区画を持っていた


2005年、この生産者を突然の悲劇が襲いその歩みが絶たれてしまった。この年の5月に休暇でタヒチを訪れていたフィリップが心臓麻痺に襲われて急死したのであった
ドメーヌは廃業となりその 6haの畑はFrançois Pinault (フランソワ・ピノ)率いる Groupe Artémis (グループ・アルテミス)に13億ユーロ=当時のレートで約19億円で売却された。これを受けて Château Latour やあの Gucci や Yves Saint Laurent を抱えるこのグループによってDomaine d'Eugenie (ドメーヌ・ドゥジュニ)が造られて今に至っている。



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ここからはワインのインプレッションとなる。
最初に色だが、中間的な深さだが澄んだ感じのガーネットでエッジに少しレンガ色が入る。これだけなら非常に期待出来る感じに見える。


拾い出したエレメンツを挙げて行くと…、
先ずはリコリス黒文字鞣革、トリュフ、腐葉土、夏の土、乾燥したモリーユ、丁子、煎ったカカオ高級肉まんの中身シナモン
その後出て来たものとしてはプラムブラックチェリーハスカップ古い時代のFernet 系アマーロ系Bénédictine、薫茶
ローレル(生)ラズベリー焼きたてバゲットセミスウィートチョコ、Kirsch、ラヴェンダー野苺


香味のトーンが総体的に暗い。20年の熟成を経ている事もあって熟成によって顕在化したエレメンツが表に立って来ている印象。
ボディの厚味は結構なもの。酸に不足感はないがキレ上がってくる感じは今一つで、バックラインでの主張も思った程強くはない。1999という年の感じが強く出ている気がする。



妙な断層はなくシームレスな躯体を見せてくれるものの、タニックな所が目立つのも事実。若さと固さもまだ見出される。
そうはいってもしっかりした美しい溶け込みでパワーは完全にグランクリュという事なのだろうか。ただ、後半終盤フィニッシュにかけての盛り上がりと吹け上がりが少々弱く見えてしまう。酸のパワーが少し不足気味だからであろう。
そうは言っても時間経過と共にトーンは少し明るくなってしかもアフターはかなり長い物に変わるが、何しか本当の美麗さに少し欠ける様な印象。極めて誠実に作られた濃密なワイン、これこそがアンジェルの武器だったのだが、小生の期待が大き過ぎたのだろうか。

Clos-Vougeot はその畑面積が50ヘクタールを超えるから、偉大なものからへなちょこまで格差がデカいのだが、ここのワインは勿論偉大な方に入るどころかトップクラスだったのは間違いない。

最後にスコアリング結果の発表…、少々迷ったが結局 18 / 20



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JR 東日本E26系客車がこの度目出度く成人式を迎えた話のPart 2である。
そんな皇紀2659年・主体88年に生まれたカシオペアと同い年に当る面々としては…、
橋本環奈永野芽郁西野未姫大和田南那荻野由佳トラウデン直美吉川愛大友花恋
清宮幸太郎村上宗隆大江竜聖、安田尚憲、ネイサン・チェン(Nathan Chen)、エフゲニア・メドベージェフ(Evgenia Medvedeva)サニブラウン・アブデル・ハキーム(Abdul Hakim Sani Brown)畑岡奈紗
更にはセーフコフィールド(現・T-Mobile Park)、DVD レコーダー(民生用)
未だ如何せん20年というとこれから覚醒して有名になる段階のメンツも多いのでここにオンリストする人間を選ぶのは結構苦労した。


北斗星との名コンビで鳴らしていた時代は約16年だったが、その時代も終焉に近付いた2014年末の画像から…。
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黒小屋は小生にとっては寝台特急の後の貨物列車等を撮る場所という認識だったから小生としてはこの列車を黒小屋で撮影したのは僅かな回数しかない。大幅に遅延しない限り正面に陽が当たらないからである。10時前まで八甫にいて、その後黒小屋に移動するというのが小生の定番だった。
この日はカシオペア北斗星共々120分を超える大幅遅延に見舞われて、いつもの八甫や白岡陸橋ではなく黒小屋に移動しての撮影に成功した。遅延したからなのか、期待された足回りの雪はなかった。
ただ最近は東北本線の貨物がEH500 ばっかりになってしまった事もあって、この踏切もここ3年程御無沙汰である。


そして2015年に入って早々、この列車にある変化が起きた!
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2015年3月、白岡の県道からの俯瞰=牽引機がEF81-95 号機

牽引機関車が突如EF81(田端)に戻されて昔の姿で走る様になったのである。EF510-500番台よりEF81の方がファンには人気が高かった様である。2013年3月以降、500番台の貨物列車運用が無くなりJR貨物への譲渡が進められて、この時点では6機(#509・510512~515)の体制で、その中で故障したカマもあった模様で、暫定的にEF81牽引になった様である。これに対して北斗星は最後までEF510 牽引でパーイチに戻される事は終ぞや無かったのが悔やまれる


北斗星最後の夏は、カシオペアにとっても寝台特急としての最後の夏だった。
そして春夏期の上りを良さげな感じで撮れそうな場所を漸く知った小生もトライした。早起きは苦手な小生だが、そこは頑張って車を飛ばして北斗星カシオペアを撮りに何回も足を運んだ2015年の夏だった。

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北浦和~与野間のある場所で撮影した作例だが、まぁ妥協の産物。
とにかく架線柱の処理がし難い上に、狭い場所で定員も最大で5人程度。居合わせた人に話を聞くと、昔は架線柱の位置も形状も違って撮り易かったという事だった。


510513cass@shirk01
白岡陸橋から南方向を向いて(2枚目の画像の逆)札幌行きを撮った作例。
夏場であれば朝は上りを北浦和付近で撮って、夕方は白岡の陸橋若しくは東十条で撮るというダブルヘッダーも可能だったのである。


2015年8月、最強の相棒でもあった北斗星が遂に終焉、一人ぼっちになったカシオペアの冬の姿。一般販売の「臨時列車」としての最後の冬だった。

510510cass@sam01
2015年も末になって、ワシクリで最も栗橋寄りの佐間の歩道橋からの小俯瞰でも撮っておこうとトライした。これが一筋縄では行かないものだった。
線路の脇道に歩行者やチャリが入り込んだらその時点でアウト。異様な緊張の中で待たねばならないのが第1点。更には障害物だの何だのでアングル作りも早々簡単ではない。しかもこれに輪を掛けたのが新しく建ってしまったゴツイ架線柱。架線柱の付け替え工事が始まってしまった様で、しかも時期が悪かった。
それでも冬の朝の光線に照らされてやって来る上りは一番絵になるのである。



さてここでE26系カシオペアを讃える一曲として、小生がセレクトしたのはE26系が登場した1999年の世界的大ヒットナンバー、
Ricky Martin (リッキー・マーティン)の超有名曲、" Living La Vida Loca " である
この Living la Vida Loca という言葉一寸おかしく見える。Living は英語なのに la Vida Loca はスペイン語で沖縄辺りで売っていそうなニコイチの中古車みたいで草生える。これを完全に英語にすると Living the Crazy Life となる。
Ricky Martin 氏(本名=Enrique Martin Morales)は1971年プエルトリコ生まれ。MENUDO (メヌード)の一員として13~16歳まで活動し、その後は俳優活動を経て1991年にソロシンガーになる。1998年にFIFA ワールドカップのテーマ曲 " The Cup of Life " =" Here we go ! Allez ! Allez ! Allez ! ~”で有名なヤツで名が売れて、その翌99年の世界的大ブレイクに繋がった。
代理出産で生まれた双子の息子がいるが、ご存じの通り本人はゲイであり「夫」もいる。因みに、ゲイやLGBT のカップルでもカシオペアには乗車出来た様である。(JR が乗車拒否したらそれこそ大々的人権問題になってしまうが…)


いつものパターンではあるが…、どの様な曲かについてはこちらのリンクを御覧頂きたい


She’s into superstitions, black cat and voodoo dolls
I feel a premonition, that girl’s gonna make me fall
She’s into new sansation, new kicks in the candlelight
She’s got a new addiction for every day and night


She’ll make you take your cloths off and go dancing in the rain
She’ll make you live her crazy life, but she’ll take away your pain
Like a bullet into your brain, come on !


Upside inside out, she’s living la vida loca
She’ll push and pull you down, living la vida loca
Her lips are devil red, and her skins are color mocha
She will wear you out, living la vida loca (come on !)
She’s living la vida loca (come on !), she’s living la vida loca


Woke up in New York city, in a funky cheep hotel
She took my heart and she took my money, she must have slipped me a sleeping pill


She never drinks water, makes you order French Champagne
Once you’ve had the taste of her, you’ll never be the same
Yeah, she’ll make you go insane, come on !


Upside inside out, living la vida loca
She’ll push and pull you down, living la vida loca
Her lips are devil red, and her skins are color mocha
She will wear you out, living la vida loca (come on !)
She’s living la vida loca (come on !), she’s living la vida loca


She’ll make you take your cloths off and go dancing in the rain
She’ll make you live her crazy life, but she’ll take away your pain
Like a bullet into your brain, come on !


Upside inside out, she’s living la vida loca
She’ll push and pull you down, living la vida loca
Her lips are devil red, and her skins are color mocha
She will wear you out, living la vida loca (come on !)
Upside inside out, she’s living la vida loca
She’ll push and pull you down, living la vida loca
Her lips are devil red, and her skins are color mocha
She will wear you out, living la vida loca (come on !)
She’s living la vida loca (come on !), she’s living la vida loca (come on !)


La, la la la la la la vida loca..., la la la la la la la vida loca, la la la la la la la vie


こんな豪華さを売りにした列車に乗っている事自体が抑々クレイジーな事かも知れない。瑞風四季島ななつ星クレイジーの極みという事も出来る。
カシオペアはあの豪華さでこの値段で収まったと評する向きもあるのは事実。そのコストパフォーマンスを高めたのは174人という定員であるという。件のクレイジーの極みトリオの場合、定員はそれぞれ30人程度である。その定員に関わらず運行やサービスに掛かるコストの基本的な部分は大きく変わらないから、運行頻度や一度に扱える客の数で単価が変わるのは仕方ない事ではある。
数千人単位で乗せられる豪華客船のショートクルーズ、そのジュニアスイートクラスでも一日当たり30000円位で収まる場合もある。ななつ星なんかと比較しても豪華だったりするが、それでもそんな値段で収まるのはこの収容数がものをいうのである。


次回=Part 3では寝台特急としての最後がいよいよ迫った時の画像を載せながら更に語って行きたい。



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1999年夏、それまでの寝台特急の概念を覆す様な新しい寝台客車が登場した。その寝台客車とは言うまでもなくE26系カシオペア。これがこの度成人式を迎えたのである
北斗星トワエク24系の改造車だった。北斗星は従前のダークブルーを継承し、トワイライトはダークグリーンの車体だったが、このE26 系カシオペアはやる事が違った!
ボディが…、な、な、何とステンレスの無地! これには鉄道ファン達も一斉に「ビックリしたなぁ~もう~!」となったらしい。


510509cass@oku01
2010年8月下旬、尾久駅付近で撮影

これが小生のカシオペア初撮影。脚立で登って、フェンスにクランプでカメラを括り付けて撮っていた。
サイドに日が当たっていない。8月も末だったとはいえ、この場所で夏場はダメである。時期毎の光線状態の違いなんてあまり細かく意識していなかった。カメラも K-7 というヘタレだったが、小生も勉強不足でヘタレだった。


510509cass@kuk01
2011年8月中旬、久喜駅の南側で撮影。

春夏期で上野行きのカシオペアを具合よく撮れる所は少ないと漸く気が付いた小生。
そこでド定番のヒガジュウ de 夏オペアである。背景に東北新幹線その他諸々入り込んでやたら煩いのは妥協である。


510506cass@higjj01
2011年8月撮影・ヒガジュウでのカシオペア初撮影となったショット。

下り=札幌行きの上の出発は16時20分なので、東十条駅南側で待ち構えるとこの様に撮れる。周囲に建っているビルもそれなりの高さがあったりするのでその影には注意が要る。2015年の夏、臨時化された北斗星の最後の雄姿を撮ろうと運転日には多くの撮影者が集まったのは記憶に新しい。

今度はヒガハス de 冬オペアという作例を載せてみる。

510510cass@hghs01
2011年12月24日=クリスマスイヴ、この日はカシオペア北斗星がダブルで札幌から上って来るという事でヒガハスは大盛況。9時を僅かに過ぎた時、定刻より10分程度遅れてカシオペアがやって来た。
詰めかけた多くのファンに向けてクリスマスを祝うかの様に長めのホーンを鳴らして通過していった。2011年は東日本大震災でJR 東日本も大打撃を受けこの列車も2ヶ月程運休を強いられた年だったが、そんな時だったからこその鉄道ファンへの粋なクリスマスプレゼントである。
これだけなら「めでたしめでたし」なのだが、見ての通り裏被り、無粋極まりない安物普通電車にはブーイングが起きた。ヒガハスとカシオペアの相性は決して良いとは言えない様で、裏被りしてしまう確率はかなり高かった。


510509cass@hghs01
2013年12月の作例だが、こちらは裏被りを食らわずに済んだラッキーなケース。

JR 発足以降初となる新系列客車となったE26系の大きな特徴としては、全て個室でしかも1人用がないという事である。つまり2人での乗車が全ての前提になって登場している。マーケットを完全に絞り込んだ上での商品コンセプトなのである。シニア層がドンドン増えて行く、昭和の時代にモーレツしていた世代がある程度の財産も築いてリタイアし始めていた時期であり、21世紀に入れば団塊世代もリタイアが始まるので、時間も金も出来たそこの富裕層の夫婦がターゲットになったのである。(その子供達からのプレゼントというケースも想定にはあったはずである)
この時代は言うまでもなく、北斗星という最強の相方がいて「お一人様」はそっちが担当してくれていたから、丁度イイ感じに棲み分けが出来ていて問題は無かったのである。尤も「お一人様」という言葉が市民権を得たのはカシオペア登場から数年先だったのではあるが。


てなわけで、都内在住の小生がわざわざ埼玉まで何回も足を運んで撮ったショットから選んだものを次回Part 2 以降も載せて行く事にしたい!




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