Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
画像をクリックすると大きな画像が出る。

相鉄の撮影場所には困ってしまう件 Part 1

相模鉄道、小生的には一寸したブーム。では相模鉄道の撮影地を挙げようとすると駅撮りばかり出て来る様な印象が無いだろうか?
ここで「そもそも相鉄なんて全然興味ない」なんていわれると二進も三進も行かなくなるのだが…、事実、関東の人間が相手でも「相鉄?、何それ?}と返される事も多い。

駅間撮りスポットに絞ってみると、鶴ヶ峰~二俣川間にあるあのスポット(タカナシ乳業の工場の近く)は有名だが、あの場所を根城にしている様なガキ達にいつも占拠されていて余所者に入り込む隙は無い。それ以外で言えば、西谷駅付近や鶴ヶ峰辺りにある小さな踏切群という事になろうか。嘗ては西谷近くの築堤もあったが、東急・JR 直通化工事の影響で消滅し、駅間撮り派の小生としては辛い状況である。

相鉄自体でよくあるケースとして、線路際まで高い建物が迫っている、又は住宅街の中を縫って走っている、更には架線柱の間隔が短く障害物が多い。そういう場所が多いので、綺麗に撮れる場所が本当に少ない
それでも何とか駅間で撮れる場所をリサーチして、ある程度の妥協も含めて撮った作例達を紹介したい。


其の壱、平沼橋の上から…県道13号の「新横浜通り」区間で横浜駅の西口・東口両エリアを繋ぐアーチ橋、「あぁ、あの橋かぁ」と思う筈である。

st7508@ykh01

相鉄というとこのフォルムを思い浮かべる御仁も多かろうが、この 旧7000系 は8連が3本のみと残数が少なく、遭遇出来ない時は幾ら粘っても駄目だが、この日はこの 7707 編成(湘南台行き特急)に遭遇した。

st7555@ykh01

こちらもここ数年内の去就が取沙汰される新7000系、50番台なので制御はVFD を採用
同じ7000系でも新旧でこんなに違うかとお思いかも知れないが、側面は一緒。以前無塗装アルミ+赤の装飾帯だった時代を思い出せば、側面は一緒と判る。
制御方式が増備途中で変更された(抵抗制御→VFD)という歴史を持つが、VFD への統一は行われていない。(どこかでしれっと機器更新して統一してしまうのが普通なのだが)


st8506@ykh01

こちらは相鉄の最大勢力であるが為に、「ミスター相鉄」とも呼ばれる?8000系
この絵は8506F のものだが、移転グランドオープンをお知らせした記事ではこの日に撮った8510F の画像を使ったのである。



st9501@ykh01

9000系トップナンバー=9701F 普通海老名行き
9000系は10連が7本のみとその数は決して多くはなく、1時間待っても遭遇しないケースもある。8000系の130両が突出している感じで、それ以外の700090001000011000の各系列については70両程の所帯規模である。


st9503@ykh01

YOKOHAMA NAVY に変った9503F を初めて捕らえたが、このダークネイヴィーを綺麗に出すのはかなり難しい。今後はこのカラーの車両が増殖して行くのである
撮り鉄泣かせなカラーの車は幾つか存在するが(かぎろひ 瑞風 四季島 等)、その新たな仲間の登場か?


st11903@ykh01

横浜駅に吸い込まれて行く 11000系 そうにゃんラッピング。
この車輌、 E233系 パクリ感がハンパなく、完全にコピー商品の域に達している


せいぜい6両しか入らない、電線類がやたら煩い、その他の障害物も結構多いという事であまりお勧め出来る訳でもないが、横浜駅至近である。よって横浜駅界隈でしかもターミナルへの発着という場景もセットにした絵作りと考えて良いだろう。
8月上旬の撮影だが、ここは基本的に夏場用のスポットである。
ただし、水路を挟んだ所には当然だが結構高いビルが建っていて、陽が落ちてくるとその影が線路に伸びてくる。8月上旬でも16時半近くになるとヤバイ状態になる。
その事も勘案すると4月下旬から8月の旧盆明け位まで(ただし、夏至の近辺は避けた方が良いか)というのが最適解という事になろうか。


Part 2 へと続く!



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寝屋川橋で京阪をという件 Part 2

前記事では天満橋駅に吸い込まれて行く淀屋橋行きのものを専ら載せていったが、京都方面の列車も撮れない事は無い。
ただその場合、手前側=下り線の架線とケーブル類が車輌にモロ被りして醜くなってしまうのは不可避だがそれでも、京都に向けてTake Off!というテイストの絵にはなる


kh8001@tmbs02

前記事に続き登場の 8001F 、つまり淀屋橋に行った後折り返して来たという事なのだが…
下り・淀屋橋行きは手前の4番線に入り、上り列車=京都方面は3番線から発車する。
手前に写る2本の線路は中之島線開業の為の形状変更(2006年)までは折返し用で、日中は殆ど使われていなかった。淀屋橋発着列車は以前この影に隠れている1・2番線=現・中之島線側に発着していた。
中之島線大失敗作とされるが、こういう絵が撮れる様になったのは同路線開通の副産物であり、小生はそのおかげを享受したのであった。
3番線だけこんな形になったのかといえば、1970年11月の複々線化が行われた際、1・2番線を高架で跨ぐ事によって、天満橋始発列車が下り線の線路と平面交差をせずに上り線に入れる様にした結果である。


kh8009@tmbs02

こちら 8009F もTake Off!
Taking Off~ Taking Off~ 皆よう知ってる京都へ~
Taking Off~ Taking Off~ 枚方樟葉出町柳へ~
てな感じで調子のイイ事言っても、貼られている金網が細かくて下回りは辛うじて透けて見える程度なのが痛い


kh3001@tmbs01

区間急行萱島行きに入った 3001F も飛び立つ( 3000系 と決められている格下げ運用のスジ)
この間合いの格下げ運用について言えば、 8000系 が普通として中之島線に入線するケースも朝時にある。



kh7202@tmbs01

7200系7202F の急行樟葉行き
午前中の急行は9時台には4本あるが(出町柳行き・樟葉行き共に2本ずつ)、その後は17時台まで無い


kh9004@tmbs02

9000系9004Fの普通萱島行き 20周年記念の副標付き
この車が登場した当初は「特急兼用車」と位置付けられ、 8000系 を補完する存在として優等列車運用に就く事も多かった。その時代の9000系にも乗車した事がある小生だが、結構輝いた存在に見えた。
ところが登場から僅か5年で始まったロングシート化によって、単なる一般車に格下げを食らった後、元々のポジションは 3000系 に奪われた。


kh9004@tmbs01

9004F 快速急行2456F 急行出町柳行き
時系列的には直ぐ上のピンのショットと逆になるのだが、一番撮りたかった構図のショットだったのでトリに持ってきた。上下線で線路の高さが違うからこそ撮れる絵である。
これが 8000系 6000系の競演だったら悲鳴を上げて失神したかも知れない(する訳ないやろ!ドアホ!)
上下線で競演するシーンはもっと多いかと思って期待したが、75分程粘って実はこの1回だけ。
期待外れの序で言えば、13000系10000系(7連)、それから引退間近といわれる5000系の何れにも遭遇しなかった。(TДT)
10時を過ぎる頃には正面が翳りだして、光線もかなり高くなってしまった事もあり撤収。昼過ぎからの仕事が控えていたのでその現場への移動を開始した。

京阪本線は高架区間が多く、駅間撮りのスポットがただでさえも少ない。しかも編成の京都側から順光で撮れる場所は更に少ないから、決して綺麗には撮れないが春夏向けの貴重な撮影地と言えるかも知れない。





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寝屋川橋で京阪をという件 Part 1

先々月関西に行った際の話たが、初日は天気に恵まれて、明けて2日目の事。午前は空いていて、天気は良いという予報だった。前日は阪急を撮ったという事もあり、次は久し振りに京阪を撮りたいと考えた。そこで、京阪なら西三荘大和田でと行きたいところ。だがその場合、時期は4月下旬であるから光線状態があまり良くない。
5月~7月あたりなら土居で超望遠使って朝早く仕掛けるという手があるが、時期的にそれもまだ早いので、京阪を狙うにも一寸悩ましい状況であった。


そこで考えたのが、土佐堀通の寝屋川橋辺りから天満橋駅に吸い込まれる淀屋橋行きを狙うという作戦だった。天満橋は京阪にとって昔のターミナル駅で、大川と寝屋川の合流地点でもあり、如何にも水の都大阪という空気絵の中に織り込めるのではないかという期待もあっての事だった。

この寝屋川という川は交野市の丘陵地から出発、そこから北上し寝屋川市駅の北側で進路変更、大東市まで一気に南下。JR 住道付近で西に向きを変えて、片町線とほぼ平行になる形で大阪城公園を掠めて第二寝屋川と合流しこの寝屋川橋で大川(旧淀川)に合流する。

天満橋の地下駅から土佐堀通に出て、東方向(京橋方面)に歩く事数分。寝屋川橋東詰の歩道橋に上って戦闘開始。
線路の向きは天満橋に向って凡そ2時から8時(2 to 8)という形で、4月下旬の大阪なら9時前位がベストという一応の計算は成り立つ。9時前には現場に着く事が出来たが、予定より20分以上押してしまった。朝早いのは一寸苦手な部分のある小生である。
橋の南サイドには日経新聞大阪支社とテレビ大阪社屋があるので、その影が被ってこないか心配もされた。時期が4月という事が幸いしてか杞憂に終った。


先ずは 8000系 の作例から

kh8007@tmbs01

先頭パンタの処理が結構難しい事に気が付くであろうか。こういう事は実際にその場所で撮って初めて判る事でもある。よって、慎重に構図を考えなければならないが、背景が如何せん煩いので、パンタを抜けても報われない感がある。これは 8007F  

kh8001@tmbs01

この時点でプレミアムカー改造の為、全て7連化されている。そういう情報が無くとも、ここは線路がカーブしている上に、地下への入り口があって編成全体は入らないが、この系列の編成の組成が判っている人ならこれでも気付く筈である。これは 8001F


kh8009@tmbs01

こちらは 8009F が吸い込まれるシーン
川の感じはあまり演出出来なかった様だが、先ず第1に線路を潜る寝屋川が如何せん単なるドブ川にしか見えなかったのである。


kh3003@tmbs01

こちらは 現3000系3003F の天満橋進入シーン
コイツのカラーリングが何故 ネイヴィー+ホワイト なのか小生は理解出来ない。京阪のイメージからかけ離れ過ぎていて、その登場時から唐突な感が否めない。
特急の約1/3はコイツが充当されていて、3ドア車であるが故に特急の混雑緩和に一役買っているという事を言う輩もいる様である。ただ、この 現3000系 も元々は快速急行が前提で、特急には 8000系 が存在する以上、どうしても遜色特急にはなってしまう


kh6002@tmbs01

6002F 特急運用
6000系自体は名車である事は疑い様もなく、10000系までのデザインの基本線を作った大変な御存在なのだが、これが特急でという事だと遜色を通り越してかなり残念な特急になってしまう


kh6006@tmbs01

こっちは6006F 準急運用
8連を表す「8」のサインが出ているので、出町柳始発でない事は明らか。枚方市又は樟葉始発という事になる。
ラッシュ時・深夜以外の急行を廃止して、特急準急・普通の組み合わせでダイヤを組んだ結果、特急の混雑が激しくなってしまった上、利便性もダウンした様にしか見えない。
特急が混雑する様に持ってゆけば、夏から導入のプレミアムカーが常時満席になって収益性が増すという魂胆なのだろうが、それは机上の論理に過ぎないと考えられる。混雑が酷くなり利便性もダウンとなれば利用者離れに繋がる。
準急をやめて特急急行・普通という組合せに変えるべきである。


kh2452@tmbs01

2400系準急
関西の私鉄で冷房装備でデビューした通勤型車はこれが最初。それにしてもクーラーキセ分割し過ぎww
天満橋の駅ビルから西天満エリアのビル群、大川に掛かる天満橋・天神橋や阪神高速1号線なんてところも少しずつ入れられれば、大阪的場景は少しでも演出出来るだろうか?
出来れば、駅ビル最上部の KEIHAN CITY MALL という看板も入れられれば、そこは更にポイントアップか。

前半戦はここまでとして、後半戦=Part 2 へと続く!




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基地外変態リキュールの旅@大阪西天満

酒好きの御仁達でもリキュールに手を付けるケースは少なかろう。ヨーロッパではディジェスティフとしてリキュールを飲むという事は珍しくないが、この国では非常に稀である。
大阪西天満のある店はウィスキーのオールドボトルが豊富なので有名なのだが、そこでは古い時代のなかなか凄いリキュールも味わえるのである。そこで去年から今年にかけてそこで頂いたリキュール3種を紹介したい。


moronimenani01  gcerosa50s01

brancamoka50s01上段左=MENT ANISE(マント・アニス)
製造者はMORONI(モロニ)という会社らしく、フランス南部で生産された物の様である。
ラベルの退色がかなり進んでいて色々な情報は読み取り難いが、聞く所によると1940年代の流通品だとか
ハーブ・スパイス系のリキュールで度数もある程度ある物は劣化し難く、寧ろ熟成している可能性すらあるから驚きである。
ミントとアニスが中心の味わいで、全体的にかなりガッツリ強烈で、強烈なウィスキーの代表選手であるLagavulin(ラガヴリン)でさえも簡単に吹き飛ばす程である。
酒自体は甘いものの、その強烈さゆえに1~2オンス程度なら飲み切れてしまう。ドライジンとステアしてショートカクテルにしてもその味は十分に楽しめるだろうか?


上段右=Gran Gerrosa Verde(グラン・ジェロサ・ヴェルデ) 40度
イタリアを代表する苦味系リキュールの Fernet Blanca(フェルネ・
ブランカ)
で御馴染みの Fratelli Branca(フラテッリ・ブランカ 註1)の品でこちらは1950年代流通
フランスのChartreuse Vert(シャルトルーズ・ヴェール)に少し近い感じのリキュールだが、こちらの方がよりあっさりしている様な印象だった。全体的にバランスの取れた味わいで好感が持てた。
こんなボトルでも家に一本でもあれば、随分とお洒落な感じで夜を過ごせそうな気がする。


上段2点は去年11月のものだが、被写体正面に当てるLED ライトが点かず、という事で撮影に苦労した上にこんな醜い絵になってしまった。使わない時には電池を抜かないと勝手に放電してあっという間に点かなくなってしまうらしい。
このしくじりを受けてそれ以来、入れる電池は小袋に入れてライトとは別けておき、使用時だけ入れる様にする事になったのである。


下段=CREMA MOKA delle antille(クレマ・モカ・デレ・アンティレ)こちらも Fratelli Branca の品で1950年代流通
こちらは今年4月の撮影で、ライトも当てて撮っている
CREMA MOKA という名の通り、所謂コーヒーリキュールコーヒーリキュールというと、専らコーヒーやヴァニラの香りばかりが強そうなイメージがあるが、こちらは一寸違う。ハーブ系の香りも豊かでスパイシー系・ウッディ系フローラル系のニュアンスも微かにある。エレメントが多く結構複雑!
無論、安っぽいヤツにある様な下品さやくどさは無く、作り手は何せイタリアを代表する薬草苦味系リキュールであるフェルネ(Fernet 註2)の本家とも言うべきF. ブランカなので、その力量とプライドが表現されている様にも見えた。
この時はモルトウィスキー2種類を頂いた後の締めとして頂いたのたが、コイツが一番光っていたかも知れない
又、この3種のいずれについても、ベースになるスピリッツ自体が丁寧に作られた物だった事も透けて見えるのであった。香味を付ける各種の原料に関しても勿論である。


関連記事=リキュールに垣間見た!ヨーロッパ食文化の底力

※記事上で重大な表記の間違いがあり、6月21日に訂正。



註1)1845年、Bernardino Branca(ベルナルディノ・ブランカ)によってミラノを本拠に創業したイタリアでも大手になる酒造メーカー
1982年にはヴェルモットの有名どころであるカルパノ(Carpano)を傘下に収めている(2001年に完全子会社化)。更にはグラッパの有名メーカー、カンドリーニ(Candolini)もここの傘下(1987~)になっている
現在はBranca International S.p.A. という持株会社の下でグループ化されている
註2)イタリアのビターな薬草系リキュールは総称してリコーレ・アマーロ(Liquore Amaro)と呼ばれるが、フェルネはその中の一種。今でも複数のブランドが存在し、Branca 以外でもVincenzi(ヴィンチェンツィ)も有名




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2 Irish Malt Whiskeys ~アイリッシュ、本当はどうなんだ~

前記事でアイルランドの事にも触れたので、最近味わったアイリッシュ・ウィスキーのネタを行ってみたい。
ここ2~3年の間にアイリッシュ・ウィスキーが持て囃される様になったという話は以前にうp したが、小生としては実の所、そこにやや懐疑的な部分もあった。
最近でも25年クラスのモルトウィスキーが3万オーヴァーの価格帯で売られていて、それも結構売れた時期もあった。そういうボトルに対しての評価も一応に高いが、その中では「南国フルーツ」だの「非常にフルーティー」といった一寸聞き飽きた様な言葉が踊る。
この様な背景の下で小生は、アイリッシュのモルトから90年代初頭蒸留・20年オーヴァーの高額品と、近年デビューした蒸留所のショートエイジの物、2本の対照的なボトルを立て続けにある程度じっくりテイスティングする事が出来た。


teeling21y571a  wstcor10y573a

先ずは左画像のボトルから、
Teeling Vintage Reserve 1991 21yo 57.1% bottled for Bar Main Malt and Bar Campbelltoun Loch


今や3万越えどころか4万近くまで相場が上がっているTeeling Vintage Reserve のモルトウィスキーだが、これは2013年のボトリングなので、現在よりは価格も安かったと思われ、当時の実勢価格を推測すると18000円位だったのだろうか?
因みに、この時sa-4、sa-5 という2つの樽がそれぞれボトリングされたが、こちらはsa-4 の方である。
色はゴールド
少々のスモーキー感と土っぽさから始まり、夏の川原の様なやや蒸れた様なニュアンスのある蒼い草叢の感じ、オイリーさとエステルが顔を覗かせる。その後はカスタードクリーム、ヴァニラ、蜂蜜煎りたてのカカオBénédictine という辺りが出てくる。そして、期待通りの展開が…
パパイヤパッションフルーツグアヴァライチパインという南国フルーツが一気に出てくる、が、そこからの展開が今一つパッとしない
パッションライチパインという要素が突出して支配的になり何処か単調になってしまって、そこから中々脱出出来ずに他のエレメントが拾い出せなくなる。バーテンダー氏と話をすると、この手のアイリッシュに共通した傾向らしい。
それから時間が経って漸く黄桃加熱した洋梨、更には微かにマスカットグレープフルーツシナモンという所が拾い出せた。
味の長さという部分は一応十分なのだが、アフターに掛けての迫力が思った程ではなかったか。


酒としてのレベルは高いというのは確かだが、実際味わうと残念な部分も目立つ(T_T)
スコッチのモルトと比べると何処か垢抜けず、大きく展開出来ずやや単調になりがちというが現実なのだろうか? スコッチに水を開けられている様に見える。


スコットランドとアイルランド、気候風土は少し違うが、それだけでそんなに差が出るのだろうか?
やはりアイルランドの近現代の歩み、そしてアイリッシュウィスキーの苦難の歴史にそのキーがあるのではないか?
イギリスからの圧政に始まり、独立戦争、内戦、北アイルランド問題…、そういう中で経済の低迷が幾十年も続いた20世紀、その中でウィスキー産業も低迷と縮小を余儀なくされた時代が長かった。1920年代から減速が始まり、第2次世界大戦後アイルランドが完全独立を果たしても、上昇する事は無く低迷から抜け出すのは結局1990年代末まで待たなければならなかった。


これに対し1940年代からウィスキーの代名詞的存在として世界中に幅を利かせたスコッチにおいては、色々な改良や技術革新を積み重ねて1960年代終盤から70年代前半位に一つのピークを迎えた。その後1980年代の暗黒時代を経ても、その方向性と内容の是非は別として色々な意味での進歩を続けて今の隆盛がある。

60・70年代のアイリッシュにだって素晴らしいボトルは勿論あったが、総体的にはその進歩のペースは遅々としたものにならざるを得なかったのではないかと考えられる。そういう所からアイリッシュとスコッチで格差が生じたとしてもおかしくない。




右画像=WEST CORK Irish single malt whiskey 10yo single cask 57.3%
新進気鋭のWest Cork(ウェスト・コーク)蒸留所から遂に出されたシングルカスクで度数調整も無し。この蒸留所はDenis MacArthy・Ger MacArthy・John O'Connell の3人によって2003年にスタートした小規模な所謂クラフト・ディスティラリである。(実はKilbeggan=キルベガン蒸留所の再スタートより早かった事になる)
アイルランド南部の主要都市 Cork(コーク)から南西に80km位行った所で同島でも南の端というべき所にあるらしく、ウィスキーと平行してジン・ウォッカ・ポティンも作っている。


結論から言うと大した事ない。フルーティーさはあまり感じられないが、その反面シリアル系のフレーヴァー及びカラメル、柑橘、カスタード等の風味が目立つ。まだ荒削り感が強いが、実勢価格が3500~4000円程度という事を鑑みれば、それなりに妥協の出来る物なのであろう。

前にも述べた通り、今世紀に入ってアイルランドでも新進気鋭のウィスキー蒸留所が続々誕生しているが、ウェストコークもその一つ。失われた年月を取り戻すべく反転攻勢に出たアイリッシュ、その新時代の旗手に名乗りを挙げんと奮闘するこの蒸留所の歩みのマイルストーンとしては意義のあるボトルだと考えるべきなのであろう。
将来、15・20・25年等という中~長熟のボトルが出てくれば、どんな物になるかというのは興味深いというだけでなく、それらも新たに重要なマイルストーンとなって行くであろう。アイリッシュがウィスキーの元祖として復権して行くにはまだまだ歳月を要するのは間違いないが、スコッチがかなりチャラくなってきている今だからこそ十分に勝機はある。




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