Dufftown 街角ミュージック

穏健リベラルの波とマイナーパワーがこの世を救う

2016年9月、FC2 から移転。
Blairfindy1号2号から大文字左京(だいもんじ・さきょう)に改名しリスタート
旧名義の画像が混在しているのは御了承願いたい

記事並び画像の無断使用転載はこれを固く禁ず!
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オールタイム侍ジャパンを選考してみた件

今年もNPB のシーズンが始まって20日程経つが、先月はプレシーズンゲームとして日本代表の意味の良く判らない強化試合も非常に低調な感じで行われていたのを覚えてられるだろうか?
野球日本代表という言葉が注目される様になったのは、2000年のシドニー五輪以降の事である。それが何時しか「侍ジャパン」という愛称まで付いて、毎年どこかで代表強化試合まで組まれる様になったというのは70年代から野球を観ていた小生からすると時代も変ったという印象である。



fugaku102


もし、遥か昔から日本代表(フル代表)があったら、それぞれの年代でどんなメンツで組まれていたのだろうかという想像をしてしまう事も多い。そこで、小生なりに選考してみる事とする。


メンバーは総計33人とし、ベンチ入り登録可能は28名、従って5人は補欠(予備召集)=斜字体表記外国籍の者は候補から除外した。
ベンチ入りは25名とし、ベンチ入りのピッチャーは9名で、3人は「上がり」となってベンチ外になる前提である。
紫字体は現役選手、DH は野手陣の中からその日の都合で適当に指名するものとする。


投手 12+2 =14名
金田正一、稲尾和久、山田久志、野茂英雄、鈴木啓示、米田哲也、梶本隆夫
岩瀬仁紀、佐々木主浩、江夏豊、高津臣吾、大野豊、杉浦忠、津田恒実

捕手 3名+1 =4名
野村克也、城島健司、古田敦也、伊東勤


内野手 7+2 =9名
長嶋茂雄、藤村富美男、落合博満、野村謙二郎、松井稼頭央、大杉勝男、高木守道、榎本喜八、中西太


外野手 6+1 =7名
イチロー・スズキ、山本浩二、松井秀喜、福本豊、門田博光、長池徳士、山内一弘



やってみて思ったのだがオールタイムではなく、各年代10年区切りで選出する方が寧ろ容易である様に思えた。オールタイムでは幅が広くなりすぎる感があった。(今更言うなって?)
現役選手はその評価が変化する可能性が高いこともあって、なるべく避けたいという部分もあったので、そこで余計に難しくなった。


王貞治御大は中華民国籍、老害ハリー氏は朝鮮籍なので除外となったが、これで結構人選を迷う結果になった。
それ以上に苦労するのはリリーフピッチャーの人選だった。スターター系に比べてリリーフ系は歴史が浅く、分業制が確立し始めたのは1980年代以降で、セットアッパーなんていう役割が確立したのは1990年代以降である。
しかもリリーフ系のピッチャーで重要な所は外国人選手の比率が高い様に見えるから、今回のテーマでいうとピックアップが難しい。


キャッチャー3人は比較的容易に出たが、補欠は苦労した。補欠に入ったのは伊東勤氏だが、阿部慎之助、森祇晶、木俣達彦という選択肢もあった。阿部氏は現役であり途中から内野に転向というマイナス点がある。木俣氏は阿部氏より打撃がやや劣る。純粋に捕手としての能力なら森氏という事だろうが、打撃が如何せん・・・。てなわけで、伊東氏が漁夫の利を得て滑り込んだ。

「何でコイツが?」というメンツも入っている様に見えるが、オールスターではなくあくまでも侍ジャパンという前提なので、全体としてのバランスも一定程度考慮しての人選をしたかったという事は御忖度頂きたい。
榎本、長池、山内の御3名なんて、それこそサブとしてでも入れたら面白いだろうなという感じでリストアップしたのであるが、内外野とも最後の3人は選考に迷った。内野なら高橋慶彦氏、掛布雅之氏、松永浩美氏もアリと思われるし勿論、「鉄人」「ジャワ原人」こと衣笠祥雄氏を忘れた訳ではない。
外野手なら簑田浩二氏、広瀬叔功氏、更には土井正博氏を入れても面白いと思われた。


取敢えず、これを基にして小生なりにスターティングラインナップを組んでみると・・・
1=RF イチロー・スズキ
2=2B 松井稼頭央(又は高木守道)
3=1B 落合博満
4=C  野村克也
5=LF 松井秀喜
6=3B 長嶋茂雄
7=CF 山本浩二
8=DH 門田博光(又は藤村富美男、その他)
9=SS 野村謙二郎(又は松井稼頭央)
先発P=稲尾和久(金田正一だと思ったらそうは行かんぞ!)


もし機会があれば次は、「侍ジャパン of the decades 」(各10年毎の侍ジャパン)とも呼ぶべきものも選考してみたい。




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元・ハマの主砲対決、その結果は・・・?

元・ハマの主砲同士の対決となったこの一番!

異業種格闘技戦=3分×10R 試合会場は京急ファインテック内

京浜急行2000形電車 <実質上引分け> 村田修一


kq2011@jtc01


京急2000形
1982年~1987年にかけて8連・4連各6編成ずつ合計72両が製造され、快特用車として前任車の2代目600形を置き換える。1983年には京急唯一のブルーリボン受賞車となる。
2100形登場に伴い、1998~2000年にかけて3扉化による一般車への格下げが行われた。一時はニートレイン化した不遇の時代もあったが、ここ数年は8連はエア急を主体に4連は品川口の普通を主体に運用された。
2012年から4連の廃車が始まり、2014年から8連も廃車開始となり、先日3月28日を以て全廃となった。



村田修一
1980年福岡県生まれ、東福岡高校で甲子園出場を果たすも、松坂大輔を擁した横浜高校にボコられる。日本大学進学と共に内野手に転向、東都大学リーグ通算20HR を記録。高校時代に続き大学でも日本代表に入る。
2003年に横浜ベイスターズに自由枠で入団し、2007・2008年は HR キングを獲得。2009年WBC では途中まで日本代表の4番を打つ。
その後、2012年に FA で巨人軍に移籍し、2014年からは選手会長に就任し、6年間でG. グラブ賞とベストナイン各2回ずつ獲得する。2017年シーズン終了後に巨人を敢え無く解雇され、他球団からのオファーも無く、仕方なくチャレンジリーグの栃木に入団。この時点でNPB に復帰出来る芽は事実上消滅し、プロ野球選手としては実質上引退と云って過言ではない。


同世代に当り、同時期に終焉となったこの両者の異業種格闘技戦は「実質上引分け」という結果になった



一寸待った一寸待った鬼いさん
電車対野球で格闘技戦って何ちゅう企画ですか?


フリーノックダウン・フリーエスケイプ且つエニウェア(anywhere)の形式でやったらしい(適当)

漢・村田はずっと寝そべってたんか? 1976年にモハメド・アリとやった時の猪木さんみたいに

そしたら轢殺されて終わりやろ!

2000形の早過ぎる引退はかな C、京急には JR 西日本を見習ってほ C、古い車両を末永く大事に使いましょう運動を広めてほ C
増殖し過ぎの1000形がウルトラぐう畜で草生える


2000形が快特として走っていたのも編成毎に違うが、平均15年程度。村田もプロでは15年やから両方のレベルはほぼ一緒。

漢・村田曰く「(巨人に)入った頃は、こんな日が来るとは思わずにいたのともみぃ~

巨人としては他球団移籍も阻止出来たし、取敢えず一安心。村田=悪い奴というのを世間に印象付けるべく情報操作しまくったのが功を奏したという事。

その巨人自体は村田を切ったまでは作戦通りだったが、今日の時点で既に死んだも同然腐乱死体も同然だった事が明らかに。尚、上原は白骨化していた模様。

腐乱死体の場合は~、あまりにもおバカさん~ 腐乱死体の場合は~、あまりにもさび C~


巨人ファン村田嫌いという人いたんでちゅかぁ? 聞いた事ありませんけど・・・

嫌い言う奴はおらんかったのは確かや、でも世の中そういうもんや

村田自身も諦めたんか、「一般人に戻るためのリハビリ」とか抜かしてるらしい。一般人に戻るならアマチュア復帰して社会人野球に行った方がエエん違うか?、今なら多分超無双するで。今はアマチュアで指導者修行を始めるのもアリやから、一石二鳥になるかも知れん。
都市対抗なら補強でも出れるチャンスあるし、それで黒獅子旗(都市対抗MVP)なんて取ったら痛快かも知れん。


アカン!それは不可能やで! それはな、企業というものはイメージを大事にするからや!


2000形って、非貫通でしかも高速巡航性能重視だったから、各停では使えない、泉岳寺にすら入れない、汎用性が無い、使い辛い。
村田は足が遅い、併殺も多い。サードかファースト若しくは DH でしか使えない、その上2000安打が中途半端に近いというのが足枷で、こちらも使い辛い。


ポイントゲッターは併殺が多いのは仕方ないから、そこは突っ込むな

東映フライヤーズにいた毒島章一を思い出すなぁ。2000安打まであと23本という所まで来て、「もう達成したも同然だ」といわれて引退させられた。コーチとしてチームに残ったまでは良かったが、その後親会社が日本ハムになったのが運の尽き。食品会社でさすがに「毒」は良くないという事でお払い箱。
でも、根本陸夫に拾われてライオンズのコーチやスカウトを歴任したが・・・


2000安打の手前で力尽きたのはそれなりにおるで。
飯田徳治、松永浩美、大村直之、谷佳知、真弓明信、井端弘和、木俣達彦・・・



2000形が若し京阪6000系みたいなフロントマスクだったら、今でも SH 快特ででも走ってたんやろか?
一般車に降格する時に貫通形のフロントに付け替えてたらまだ走れたかも知れないのに・・・

1500形の下位互換にしてどないすんねん

特急車のまま2ドアで潔く終った 京阪初代3000系 は超ぐう聖!
今でも富山で走ってる、そうだ、富山へ行こう!

2000形ってどれだけの人に愛されたんか? そもそも鉄道界の「ハマの主砲」やったんか?

2ドアクロスシートの赤い快特はハマの主砲で至宝です!(ギラリ

神奈川への貢献度では京急2000形の勝ち、そこだけでも大差の判定では勝てる筈

京浜急行って東京湾沿いをちょこちょこ走ってるだけやないか、そこで貢献度って大した事ないやんか!

「実質上引分け」って結局の落し所として良くねぇ?

ナイスゲーム!!(根拠不明)

そだねぇ~ 



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Barolo Grignore 1974 Ceretto

Ceretto (チェレット)といえば、Barolo (バローロ)を含む Piemonte (ピエモンテ)の中でも名門の一つである。
バローロに11ha、Barbaresco(バルバレスコ)で8ha、その他諸々で合計150ha以上という規模の大きさばかりを特筆するのではなく、その名声の裏付けになっているクオリティの高さは素直に評価すべきである。醸造も一箇所で集中的に行うのではなく、エリア毎に別れた数箇所で行っている。
1930年代にRiccardo Ceretto (リカルド・チェレット)氏によって創業。その約30年後に息子達=Bruno(ブルーノ)と Marcello(マルチェッロ)が引き継ぎ、リカルドの孫に当る4人が1999年から引き継いでいる。


この生産者のワインに出逢ったのはもう25年近く前であったが、古くから某大手が安定して取り扱っていた事もあり、それなりの頻度で見掛けたものだった。
このBarolo Grignore (バローロ・グリニョーレ)は大阪で先年秋に購入した物だが、(その際の記事はこちら)、このワインに関する情報は少ない。それもその筈、現在は生産されておらず、どうやら1990年代で生産を終了したらしく、どうやら Serralunga(セッラルンガ=バローロでも西側になる)区域内の小さな区画から生産されていた様である。


現在この蔵のバローロについては、Cannubi San Lorenzo(カンヌビ・サン・ロレンツォ)Bricco Rocche (ブリッコ・ロッケ)Brunate(ブルナーテ)Prapo(プラポ)という100%自社畑生産の「4本柱」がウリになっている。ただ、この強力カルテットも確立されたのは1980~90年代にかけてであって、それまではこのグリニョーレが大きな柱の一つで、そこから4本柱に役目を譲って消えたと解釈するのが妥当かも知れない。


cert74barlgrn01
色はオレンジがかったレンガ色だが、赤というより濃い目のロゼの様な深度。拾い上げたエレメンツを整理して行くと・・・
第1陣としてはCognacBénédictine湿式の葉巻乾燥ポルチーニ、腐葉土、リコリス
これだけの年月を重ねると、熟成によって生じるニュアンスが主体で先行するのは当然か?

そこから更にシナモンスターアニス、鞣革、焼きたてのバゲット
crème de cacao
時間経過と共に漸く、野薔薇、レッドサワーチェリー、ラズベリー、
野苺、といった赤系のニュアンス
が現れるが、これで終らず、
邪門紅茶、薫茶、ブラックベリーハスカップモラセスMadeira
(マデイラ)
といった所がフォローしてくる。


少し枯れて来てはいる様にも見えるが、儚い感じなんて皆無。
それどころか非常に粘り強く伸びがあるというのが判る。持続力は相当なもので流麗な溶け込み感は凄い!
同時に膨らみもかなりのレベルで、時間経過と共に膨らみと果実味、旨味感がアップ43歳とは思えない力強さにビックリ!、酸・タンニンもまだまだガッチリしている。
色の薄さと香味の強さの間のギャップに驚くかも知れない。鉄人ならぬ鉄ワインか?

序盤は香り高さが目立つが、徐々に味も凄いというのが露わになる。舌触りもシルキーにしてしっかりグリップして爪痕を残し続ける。


恒例のスコアリングをしてみると・・・、18.5 or 19 / 20

オールドヴィンテージはどうしてもリスクが高い。当るも当らぬも八卦になってしまうが、どうやら当りだったと見て間違いない。古酒独特の魅力という部分も然る事ながら、それ以上にワインが本来持ち得る生命力と成長力の凄さを体感する事が出来た様に思われる。

葡萄は手間暇かけて丁寧に栽培し、醸造に於いても表層的なテクニックに頼らず、全房発酵でその本来の力を過剰にではなく自然にバランス良く且つフルに引き出す。ワインとは本来斯様に作られて然るべきだと改めて思い知った小生であった。古き良き造りのワインを味わえた事が幸せであるのは言うまでも無い。今はこういう作りの物は稀少になってしまっていて、未来においてレガシーそしてレジェンドとなる様なワインはもう出て来ないのだろうか?




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モデル撮影記 飛鳥なつき 2014-3

このネタもモデル撮影記の大定番バルーンシリーズで〆る。これは変わらない。

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この時用意したのは、ルビーレッドワイルドベリーピンクゴールデンロット。暖色系ばかりでバランスは悪いように思えるが、この頃は乙女受けすると思いこういうチョイスが多かった。
囲むだけで持たせなくっても、鮮やかなバルーンに彼女の姿が映える。


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その後、バルーンを手にしてもらうと・・・、カラフルなバルーンは乙女心を擽るのか、本当に嬉しそうで・・・(エヘヘ)
乙女が風船を手にして喜んでいる姿を傍で見ると、それだけで報われた気にもなる。こんな物でその場の空気も弾むのかと思われるかも知れないが、そうです!アゲアゲで弾むんです!
(大人し過ぎてそういう所を表に出さない娘もそれなりにいるのだが・・・)


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ワイルドベリー=ややピンクに近い赤、この頃は良く使っていた色。
モデルちゃん達には大人気だったのだが、最近は他のグッズと併用する都合上殆ど使っていない。彼女のこの色がお気に入りだった模様。


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ローズピンクの風船を膨らますシーン。ここも楽しそうである

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ここで 京阪3000系(Ⅰ) に再びご登場願っての作例
特急車カラーとしてルビーレッド ゴールデンロット をあしらって、そこでウィンターグリーンを膨らます。一般車がグリーンの濃淡=旧塗装だった頃のイメージになるが、小生としては旧塗色の方が好きだった。


終了後のお約束はワイルドベリー ゴールデンロット をプレゼント!
彼女は自身のブログでも書いてくれたが、大喜びだった! 
プレゼントらしく持ち帰りもし易い様に少々工夫をするのだが、そこも又彼女の乙女心を擽ったらしい。撮影会自体は思ったように行かず絵の出来も悪かった中で、これが唯一の救いだったか・・・



歩止まりが悪かったので、3回だけで終わってしまう。悪かったのは歩止まりだけでなく出来も良いとはいえなかった。撮影会の翌日から、PC でファイルの選別をしたのだが、それが終ってマジで愕然とした。
だが、同時に此の侭で終らせてなるものか!という思いが込み上げて、この後27ヶ月(2年以上)待ってリヴェンジマッチを敢行する事となったのである。
この GINNENN にはA・Bの2部屋があるのだが、B 室の方は相性が良くないのか出来が悪くなるので、2015年以降はA 室でしか撮影をしていない。

去年春に決行したリヴェンジマッチのものは「2017エディション」として後日公開予定



Dec. 23rd, 2014 @ GINNENN 撮影会 room B
PENTAX K-5 Ⅱ+smc DA35mm f2.4 / SIGMA 18-50mm f2.8 DC その他
モノブロックストロボ使用




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モデル撮影記 飛鳥なつき 2014-2

飛鳥なつき(秋野恵里)嬢・2014エディションの2回目は鉄グッズシリーズ、ということで 485 / 489系 日本海縦貫ヘッドマーク集

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在来線時代の はくたか は鉄道ファン以外にはあまり知られていなかった。そういう小生も乗車したのは一回だけ
2011年3月 489系 が消滅するまで珍重され続けた ボンたか 、小生も一度は撮ってみたかったのだが・・・、その後 北陸新幹線 開業までの約4年間はヨンたか683系4000番台代走)という有り難味の全く無い奴が存在したのであった(小生も遭遇した



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2011年3月11日といえば、関西の鉄道ファンにとっては東日本大震災というより、この 雷 鳥 終焉の日という事で思い浮かべる御仁が多いかも知れない。(関西では大ニュースだった模様)
若しあの大震災がなかったら、関東でも 雷 鳥 ラストランは結構なニュースになっていたかも知れない。そしてその翌日の九州新幹線全通も大きな話題になって折角のCM も放送されていたであろう。


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特急 白 鳥 というと、近年は青函連絡として活躍したが、やはり2001年3月まで大阪~青森を日本海ルートで結んでいた時代のものが印象深い。2011年3月末の 485 / 489系 ラストランの際にこれを模したトレインマークも使われたが、この列車ももうリヴァイヴァル不可能になってしまった。彼方此方第3セクター化でブツ切りされた事も大きいが、それ以前にリヴァイヴァルに使える車両が存在しないのである。



続いてはこちらも当時定番だった 京阪3000系(Ⅰ) 、そこに合せてバルーンもコーデ。
これもラストランからもう 4年が経つのである。


akieri015  akieri016

良く見ると、白く霞んだ様な絵になってしまっている。彼方此方からの反射光がもろに入ってしまった可能性が高いが、フードさえ付けていればある程度防ぐ事は可能だったか?

こうやって鉄グッズを使用して撮影をしていると、彼女の出生地は函館市で親戚が住んでいる(当時)事や、彼女が函館まで北斗星に乗車した事があるという話が聞けた。
(函館で生まれたものの、その後埼玉に引越したという事の様で、出身高校は某・春〇部〇栄らしい)


まだ終わりにはしない、2014-3 がある!

Dec. 23rd, 2014 @ GINNENN 撮影会 room B
PENTAX K-5 Ⅱ+smc DA35mm f2.4 / SIGMA 18-50mm f2.8 DC その他
モノブロックストロボ使用




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プロフィール

大文字左京

FC2 より移転

本務機
PENTAX K-3 Ⅱ
SIGMA APO 70-200mm f2.8
SIGMA APO 120-400mm
SMC DA☆50-135mm f2.8
SMC DA☆16-50mm f2.8
SMC DA35mm f2.4
SMC DA14mm f2.8
その他

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